ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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昨日の予約投稿の時間をミスってしまいました。

そして今日こそ連続投稿最後です。明日はどうやっても無理。





第二十五話 全国の壁

 

 

 最も合宿の疲労が蓄積している6日目と7日目には練習試合が組まれていた。

 6日目の相手は去年の夏の甲子園で準優勝した大阪桐生高校。部員平均の背筋力が180㎏を超え、そのパワー野球は全国一とも言われる。

 

「とはいえ、今年のチームは去年甲子園で活躍したようなタレント揃いではないらしいぞ」

 

 ベンチ内でスパイクの紐が緩んでいないかの最終確認をしていた石田文悟に大阪桐生の話をしていた御幸一也は締め括った。

 

「それ、どこからの情報?」

「ナベ」

 

 御幸が2年生になってからクラスが別れた渡辺久志の名前を挙げるも、やはり文悟は捻らざるをえない。

 

「ナベはどこでその情報を得たんだろう」

 

 合宿の締めに練習試合が行われるのは例年の常とはいえ、その相手が大阪桐生だと文悟が知ったのは片岡監督から教えられた昨日のことである。

 練習漬けの中で同じ西東京地区の高校ならともかく、他県の強豪校の情報をどこから仕入れたのか不思議で仕方ない。

 

「去年の秋大会でクリスさんのサポートをしてから、そっち方面に関しては青道随一だからなナベは。あの『渡辺MEMO』がどうなってるのかサッパリ分からん」

「家族構成から趣味までどうやって調べているのやら」

「1回見てみたいよな」

「聞いてみたけど駄目って言われた」

 

 2人で決して解き明かせない疑問を前に悩むも、文悟には他の懸念もあった。

 

「このままマネージャーになる気かな、ナベの奴」

「どうだろう。こればかりは自分で決めることだし」

 

 選手からマネージャーに回った者の殆どは故障や怪我が原因で選手を続けたくても続けられなかった者達である。

 

「そうだけど、少し冷たくないか?」

「周りがあれこれ言ったって何になる。結局は決めるのは本人の意志だって」

「確かにそうだけど」

 

 文悟は認めつつも納得は出来そうにない。その顔を見た御幸が言葉を続ける。

 

「大体、俺達は野球をやる為に青道に集まって来たんだろ。ただ群れて馴れ合ってる集団じゃないなら余計なお世話だよ」

 

 スポーツ推薦で青道にやってきた文悟や御幸は野球をやらない選択肢はない。

 

「俺達は勝ってなんぼだ。ただ、勝ち続けることでしか救われない」

 

 理屈は分かるし、文悟も去年の夏の甲子園予選で稲実で負けてからあの日に蹲っている自分を否定できない。それこそ勝つことでしか足を進められない。

 

「極端な気もするけど」

「事実ではある、だろ?」

「まあ」

 

 負けて学ぶことはある。だが、負けることを肯定することは絶対にしたくなかった。

 

「今日はわざわざお越し頂きありがとうございます」

 

 微妙な内ゲバを起こしていたベンチ内のことを知る由もない片岡監督が到着した大阪桐生の松本隆弘監督を出迎えていた。

 

「夏も近いし、お互いに良い試合をしましょう」

 

 片岡監督は言いつつ、松本監督とチームメンバー表を交換し合う。

 

「お手柔らかにお願いしますわ」

 

 受け取った青道のメンバー表に目を落とした松本監督は七福神の恵比寿天のような笑顔を深める。

 

「噂の剛腕投手と全国トップクラスと言われる爆発力を持つ打線を味わわせてもらいます」

「こちらこそ胸を借りさせてもらいます」

 

 一見謙虚な姿勢を崩さないながらも片岡監督から発せられる闘志に松本監督は更に笑みを濃くするのだった。

 

「礼!」

『しゃあすっ!!』

 

 スタメンに限らず、青道は一軍全員と大阪桐生は遠征して来た全員が二列になって向かい合い、礼をして互いのベンチに戻っていく。

 

「石田」

 

 最初は青道の守備からなので文悟がグローブを持ってマウンドに行こうとしたところ、片岡監督が声をかけてきた。

 

「合宿の疲れもあると思うが、夏では似た状態で投げる時もあるかもしれん。今日は結果は求めず、今の状態でどこまで投げれるかを知って来い」

 

 夏の予選は過密日程で、エースともなれば連投する可能性もある。特に夏の甲子園ではエースが毎日投げるなんてこともあり得るからこそ、疲労状態で出来る最高のパフォーマンスを発揮出来るかを試す必要があった。

 

「監督、それは負けても良いということでしょうか」

 

 昨日に似たようなことをクリスからも言われていた文悟は片岡監督の言いたいことを分かっていながら敢えて聞いた。

 今の状態を理解していながらも微塵も負ける気のないエースに片岡監督が返す言葉はたった1つだけ。

 

「勝って来い」

「はい!」

 

 大きな返事をした文悟は帽子を被り直してマウンドに向かった。

 

「プレイ!」

 

 全員が守備につき、打者がバッターボックスに入ったところで主審より試合開始が告げられる。

 まだ誰にも荒らされていないマウンドに立ち、捕手を努める滝川・クリス・優のミットを見ながら文悟は大きく深呼吸する。

 

(一晩でどれだけ合宿の疲労が抜けてるか。ブルペンではイマイチだったけど)

 

 ブルペンとマウンドで投げる球は違う時が多い。

 前者では好調でも、後者で投げれば全然な時もあれば、その逆もまた然り。

 

「んっ!」

 

 クリスが要求したのは外角低めの4シーム。何時ものゆっくりとしたフォームで投げた。

 

「っ!?」

 

 カキン、と快音が鳴って目の前に飛んできたボールに、咄嗟に反応してグローブで捕球する。

 

「ワンアウト!」

「ナイスプレー!」

 

 慌てることなく一塁に投げ、まずはアウトカウント1つを無難に取れたことを安堵していると倉持と増子が声を掛けてくる。

 

(マズイな……。予想以上に球が走らない)

 

 投げた感覚で分かる。恐らく何時もの球威もなければ球速も出ていない。コントロールも帝東戦ほどに悪くはないが良くもない。

 

(同じコースに2シームか。ゴロを打たせて打ち取れればベスト)

 

 冬のオフシーズンの間に覚えた2シームは同様に投げても4シームほどにはノビないのでゴロを打たせやすい。

 

「っ」

 

 しかし、コントロールが微妙でストライクは入ったもののコースが甘い。

 見逃してくれたのは先の打者のように初球打ちをして早々にアウトになるのを嫌がったからだろう。

 

「ふぅ」

 

 2人目は高めの釣り球の4シームを打ち上げて外野フライ、3人目はカーブに翻弄されて三振で結果的には三者凡退させたものの、既に5回を投げ終えたような疲労が文悟を襲っていた。

 

「お疲れさ」

「見事な三者凡退でありますエース!」

 

 ん、と続けようとした御幸に被せるかのように紙コップに入れた水を持った沢村が文悟の前へと出る。

 

「ありがとう」

 

 まだ水は要らないのだが折角入れてくれたのならば有難く貰う。

 ベンチに座り、グローブを横に置いてコップの水を一口飲む。

 

「どうですか、大阪桐生は?」

「強いよ。甘いコースは容赦なく打たれるし、1人たりとも楽をさせてくれない」

「ほうほう」

 

 メモ帳を取り出して文悟の所感を記録する沢村を押し退けて隣に座った御幸。

 

「やっぱストレートが走ってないから厳しいよな」

「ベンチから見てもそう見える?」

「何時もより全然ノビてないから余計にそう見えるぞ。やっぱ疲労か?」

「多分」

 

 球速でいえば140前半程度しか出ていない上に、文悟のストレートの特徴であるノビが壊滅的であった。

 合宿5日分の疲労は、たった一晩程度では回復しないことは良く分かった。しんどい試合になると思って肩を落としている文悟にプロテクター類を外したクリスが御幸とは反対側に座って来る。

 

「悪くはない投球だったぞ」

「今の状態を考えれば、ですよね」

 

 今の文悟の調子を表現するならば、疲労が嵩み過ぎた絶不調と表現するのが正しい。

 

「最初の回を三者凡退に抑えられたのは大きい。カーブの状態は悪くないから何時もより多めに増やしていくぞ」

「後はクリスさんが後逸しなければね」

「そう僻むな、御幸」

 

 バッテリー間の会話に混ざった御幸がそっぽ向く。余程クリスにスタメンを取られたのが悔しいらしい。

 

「器の小さい男……」

「聞こえてるぞ、沢村!」

 

 同じことを思っても言わなかった降谷暁と違って口に出した沢村を懲らしめんと御幸が走る。

 

「好球必打ァ~!!」

 

 ガゴォ、と1番打者の倉持洋一がバットを振ると鈍い音がグラウンドに響く。

 

「ア……アウトッ!」

「守備が固いな、大阪桐生も」

 

 俊足の倉持が内野安打を取れずにアウトになったのを見たクリスが重く呟く。

 

「球も重そうだし、流石は前年準優勝校ってところですかね」

 

 ベンチ内で遊ぶなと片岡監督によって追い出された御幸と沢村を特に気にはせず、2番打者である小湊亮介が10球近く粘ってから四球を選んで一塁に向かって進んでいくのを見遣る。

 

「文悟も準備をしとけ」

 

 クリスに言われて文悟が用意している間に、3番の伊佐敷純がボテボテながらも亮介を進塁させ、バッターボックスに立つのは4番の結城哲也。

 

「本当に頼りになる先輩達だ。俺も負けてられないな」

 

 結城がレフトフェンス直撃のタイムリー打を放ち、先制を取ってくれたことに安心感を抱きながら5番打者として文悟がバッターボックスに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合は6回の裏を終え、残るは3回。

 既に6回を終えて文悟の球数は100球を超えている。合宿中であることも考えれば十分に投げていると言えた。

 

「行けるか、石田」

「最後まで投げ切りますよ」

 

 本人が無理だというなら予定を代えてでも交代させる気でいた片岡監督だったが、文悟が疲労が滲む体で張った虚勢を認めて送り出した。

 

「7回の時点で6-5。遠征中の向こうにも疲労があることを考えれば上々の出来と言えるだろう」

 

 一緒にマウンドにやってきたクリスは文悟が打たれながらも要所を抑えるピッチングをしていることを褒めつつ、今後の方策を練らねばならなかった。

 

「俺の球はどうですか?」

「球威・球速・制球、全てにおいて最悪。正直バックに助けてもらえる状況だ」

「それも限界ってことですか」

 

 特に二遊間の守備には何度も助けられていたから一瞬意識を後ろに持って行きかけたが、文悟は肩からを力を抜いて雲一つない空を見上げた。

 

「最早打開策はない。ここが限界――――なはずがない」

 

 誰もが思うであろう。現にOBの一部からは文悟を代えるべきという意見が出ている。

 

そう(・・)だよな。お前は何時もそうだった」

 

 ベンチ横に幽閉されている御幸はマウンドで笑みを浮かべている文悟を見る。

 

「こういう状況でこそ……!」

 

 文悟が投げる。

 今ある全てを絞り尽くし、限界を超えてその先にある物を掴み取ろうとする。

 

「ストライクバッターアウト!!」

「しゃあっ!!」

 

 1人目はヒットを許したものの、2人目は外野フライ、3人目を三振に切って取って2アウトを取った文悟がマウンドでガッツボーズを取る。

 

「疲れてるだろうに…………だが、今日の俺は絶好調。どんな球でも打てる気がするぞ」

 

 次に迎えるは大阪桐生のエースで4番の舘広美。

 怖いニヤケ顔を浮かべている舘がホームベース上をバットの先でコンコンと叩いてバッターボックスに立つ。

 

「チームの柱、この人を打ち取れば勢いを取れる。どのボールを投げればいい。どうやって投げれば打ち取れる?」 

 

 マウンド上で誰に聞かせるでもなく小声で呟き、考える。思考する。迷う。

 ランナーは一塁に居る。

 後悔しない為にワインドアップで投げるべきか。自分の一番信じられる球で勝負するべきか。

 

(考えろ。体は限界だとしても頭は働く)

 

 模索する。限界を超えた状態で、勝利を手にするのに必要なピースを手に入れる為に。

 青道に勝利を齎すのに必要な最高のボールを投げる方法を。

 

「ボール!」

 

 初球は屈んでいる主審の顔付近にまで高く外れた。

 

「ボール2!」

 

 カーブが指に引っ掛かり、地面にワンバウンドして一塁ランナーが進みかけたのをクリスが視線だけで制する。

 

「ボール3!」

 

 低めの4シームはストライクゾーンから僅かに外れた。

 

「おいおい、四球だけは勘弁してくれよ」

「次が来ますよ」

 

 ストライクゾーンに来ないことには舘も打てないので文句を言うが、クリスは今のリズムを切りたくなくて前を向かせる。

 

「少し……」

 

 ブツブツと口の中で呟き、返って来たボールを見ながら試す。

 

「ストライク!」

「……違う」

 

 コースは甘く、球威も球速も戻ったわけではない。

 ほぼど真ん中に近いボールに逆に手が出なかった舘はバットを構え直す。

 

(もっとギリギリまで……!)

 

 真ん中高めのストレートに振るわれたバットが当たって後ろのバックネットで跳ねる。

 

「まだだ……もっと、抜け……」

 

 流れ出る汗をユニフォームの袖で拭い、さっき投げた感覚から自分の中で芒洋と見えている理想へと近づけていく。

 セットアップから以前よりも更に力を抜いた状態でモーションに入る。

 

(もっとギリギリまで力を抜け……)

 

 右手で壁をイメージし、前に踏み出した右足が地を踏みしめる。

 遅れてやってくる左腕の先にあるボールに集中して、リリースするその瞬間に指先に全てを集約させた。

 

(ここっ!!)

 

 文悟自身、快心と思えるリリースで投げられたボールは舘が振るったバットの上の遥か上を通ってクリスが構えたミットに収まる。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 主審の声に文悟はマウンドで1人小さくガッツボーズしたのだった。

 

「クリスさん」

 

 前の回はクリスでアウトになったので出番が回って来ることはまずない。プロテクター類を外して水でも飲もうかと思っていると、ベンチ外に隔離されていた御幸がこっそりと入って来て話しかけて来た。

 

「文悟の最後のボールは」

「球威・球速・ノビのどれをとっても好調並だった」

「やっぱり…………でも、どうしてこの終盤になって」

 

 文悟は通常、投げる度に調子を上げていくタイプであるから一試合投げるとしたら3・4回辺りでトップギアになる。

 コントロールが良いので球数が多くても、延長が無ければ一試合で120球を超えることは殆どない。終盤で球威等を上げるのは注意すべき打者が相手だが、体力お化けと称されるほどの文悟が一試合で全精力を使い切ることはないので今とは状況が違う。

 

「今の状態で相手を抑えるにはどうしたらいいかを模索し、自分自身で導き出した答えだ。どうやら俺達は文悟の底を知った気でいたらしい」

 

 当の本人は水を渡してきた沢村と降谷に質問攻めを受けている。2人も同じ投手として感じるところが大いにあったのだろう。

 

「2人には絶対に真似させるなよ、まだ」

「させませんよ。全くあの2人は……」

 

 試合中に新たな投げ方を試すなど冗談ではないから両捕手は文悟をベンチから連れ出して投げ方を教わろうとしている1年2人を締めに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、文悟が坂井一郎と代わってレフトに入り、8回から降谷が、9回からは沢村がマウンドに上がり、2人が仲良く点を取られて試合は10-10の引き分けに終わった。

 

「ええな、お前らは女子マネージャーが5人も居て。ウチなんか怖がって誰も入ってこんで」

「しかもめっちゃ可愛いし」

 

 時は夕方。

 大阪桐生が帰宅の途につく前に青道の者達で世間話が行われていた。

 

「つうか、引き分けなんてフラストレーション溜まりまくるわ。この借りは甲子園で晴らさしてもらうからな。来いひんかったらシバキに来るからな」

「望むところに決まってんだろうが。そっちこそ予選でコケんなよ」

 

 積極的に話す者達の輪から離れた場所で舘が文悟を見つけて近づいて来る。

 

「最後のはエエ球やった。そっちは合宿中で今日は本調子じゃなかったんやってな」

 

 笑えば怖く、笑わなくても怖い顔で舘が問う。

 

「試合で出せたのが今の自分の全力です」

「…………まあ、そういうことにしといたるわ」

 

 そう言って舘が右手を差し出す。

 

「甲子園で決着を着けようやないか」

「ええ、必ず」

 

 文悟も右手を差し出して握手し、甲子園の舞台で引き分けに終わった再戦を誓い合う。

 エース同士が互いのチームメイトの所へ戻っている頃、監督陣も最後の挨拶をしていた。

 

「いやぁ、今日はホンマに楽しませてもらいましたわ。オマケに練習までさしてもろうて」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 年齢と学校の格的に下の立場である片岡監督と握手した松本監督は恵比須顔のまま口を開く。

 

「それにしても片岡さんが羨ましい。打たれたはしたものの伸び代の大きい1年が2人も居るなんて」

 

 たった1回ずつで2人で5点も取られたが、剛速球の降谷とクセ球の沢村という秘密兵器が羨ましくて仕方ない。

 

「そしてエースの石田君。最後のあの1球を見るに、出来れば甲子園で当たりたくはない投手ですわ。抽選では離れた所が当たるよう祈っときます」

 

 青道のホームグラウンドであることを考えたとしても確実に疲労度でいえば大阪桐生の方が下のはずで、夢の舞台で万全の状態で当たった時の想像は決して愉快なものではない。

 

「ウチの選手にもイイ刺激になったと思います。次に会う時は甲子園で」

「ええ、是非」

 

 降谷は四球も絡んで3点、沢村は自身の軽い球が外野に運ばれたことと守備ミスで2点取られた悔しさに寝れなかったらしい。

 

 

 





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