ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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一日で出来ました。
多分、次こそは無理のはず。





第二十六話 目の前の敵

 

 

 

 合宿最終日は青道高校・稲城実業高校・修北高校の3チームによる総当たりのダブルヘッダーである。

 第1試合は青道対稲実。

 

(くそっ、主力ではないというになんて威圧感だ……)

 

 先発は丹波光一郎。

 本番である夏の予選を前に互いに主力を温存しての試合である。2番手投手である丹波は相手が主力でないにも関わらず、そのプレッシャーに息が乱れる。

 

「8回無失点…………丹波さんがフォークなしでどこまで行けるか」

「こっちが2点取ってるんだ。焦る必要はないぞ」

 

 出場予定はないがベンチにいる石田文悟と御幸一也が見守る中、遂に丹波の球が打たれた。

 

「ホームラン!」

 

 一瞬ベンチが総立ちになる。

 しかし、ランナーは居なかったからソロホームラン。完封は消えたが、まだ1点勝っている。

 

「ここで持ち堪えられれば……」

 

 一度打たれ出したら止まらないのが丹波の欠点。というか、春までの文悟以外の投手全員に共通した悩みであった。

 それでもリードしなければならなかった御幸からすれば、今の丹波はとても不安である。

 

「クリスさんもマウンドに向かった。あの人なら大丈夫だ」

 

 タイムを取ってマウンドに向かった滝川・クリス・優の姿を見て、理由もなく文悟は丹波が立て直すと確信していた。

 

「よし、打ち取った!」

 

 ベンチからではどのような声をかけたかは分からないが、ホームランを打たれた後の初球は狙われる。

 稲実の打者の予想を超えてキレたカーブを引っ掛けて打ち取る。

 

「しゃあっ!!」

 

 その後も丹波は気迫を見せて後続を続かせず、8回をホームランによる1点に抑えてベンチに戻って来た。

 

「ナイスピッチング、丹波さん。どうぞ」

「…………ああ、ありがとう」

 

 文悟が水の入ったコップを渡すと、流石に合宿の疲れもあってスタミナがある方ではない丹波は億劫な動作で受け取って一気に飲み干す。

 

「これで相手が主力ではないのだから泣きたくなるな」

 

 主力ではない相手にようやく互角の戦いを演じられる自分の力に丹波は大きな息をついて自嘲する。

 

「そんなことありませんよ。丹波さんもフォークを使ってないし、合宿の疲れもある。全然、負けてません」

「カーブの精度は完璧としか言えません。100球を超えてもストレートもノビてましたよ」

 

 自分をあっという間に飛び越えた文悟と、相性が良くない御幸に認められても微妙に納得できない面倒臭さが丹波にはあった。

 

「後輩の言うことは信じておけ、丹波」

 

 実戦での丹波との相性を確かめる為に捕手として試合に出ていたクリスが打順が近いこともあって、バットを手に持って話しかける。

 

「クリス……」

「それにフォークを使うなという監督の指示の意味が分からないお前ではないだろう」

 

 他校に投げるならばともかく、確実に青道が甲子園に行く為の壁となるであろう稲実にフォークを使うなと片岡監督が厳命したのは、それだけ丹波が戦力として見られているから。

 

「すまない。ホームランを打たれて弱気になっていたようだ」

 

 稲実が主力を温存しているからこそ、丹波なりに相手を抑えて見せなければエースにはなれないと自身なりに課題を望んでいた。

 抑えるということが勝つことなのか、完封することなのかまでは考えていなかった丹波は点を取られた時点で課題は達成できなかったと思い込んだ。

 

「投手がこれだけ頑張っているのだから女房役として俺も点を取らないとな」

 

 有言実行の男。

 クリスは相手投手である井口から2ランホームランを打ち、後押しを受けた丹波が9回で更に1点を取られたものの4-2で青道の勝利で終わったのだった。

 

 

 

 

 

「う~ん、自分が出れない試合を見ていることしか出来ないこの悔しさ」

 

 試合後、ベンチを片付けて次の稲実と修北の試合をご飯食べながら見る予定の文悟はもどかしさを感じていた。

 

「文悟は昨日投げて、今日も投げんじゃん。俺なんて3試合中2試合でスタメンマスクをクリス先輩に奪われてんだぜ」

 

 昨日の大阪桐生戦では8回からクリスに代わってマスクを被ったものの、最後の文悟の投球に目を奪われて意識が完全に戻っていなかった降谷暁と沢村栄純が見事に打たれたことで御幸のプライドはズタズタであった。

 

「実力実力」

「違~う! 監督は投手と捕手の相性を確かめてんだよ!」

「でも、クリス先輩はどっちでも結果を出してるぞ」

「うっ」

 

 大阪桐生戦では4打数二安打二打点で、今日の稲実戦でも4番として2ホームランを打って勝利を決定づけた。

 

「…………文悟もクリス先輩の方が上だと思うか?」

 

 正直、御幸は不安だった。

 

「さあ、分かんない」

「おい」

 

 適当な返事の文悟に御幸の目つきが鋭くなる。

 しかし、文悟にも言い分はあった。

 

「結果だけ見るならクリス先輩が上かもしれないけど、大阪桐生戦のアレは運の悪さと投手の自滅があるから参考にはならない」

 

 御幸は大阪桐生戦ではランナーが居なくて凡退。捕手としても大体が投手の自滅で5点取られたので条件が悪すぎる。

 

「どっちが選手として上とかは分からないけど、俺は御幸の方が投げやすいかな」

「文悟~っ!!」

「うわっ、ちょ、抱き付くな!!」

 

 相棒に認められるほど捕手として嬉しいことはない。

 感極まって抱き付く御幸を引き剥がそうとするが、元よりクリスに勝てないと劣等感を抱いていただけに嬉しさも一入だから離れない。

 

「あれれ~、御幸って何時からそっちの趣味に目覚めたの?」

 

 聞き覚えのある声に2人の動きが止まる。

 

「鳴……」

 

 そこにいたのは稲城実業高校のエースである成宮鳴。

 宿敵であるエースを見た2人は離れ、御幸がその肩に手を置く。

 

「背、縮んだか?」

「第一声がそれかよ!」

 

 もっと他に気にすることがあるはずなのに、殊更身長差を揶揄してくる御幸の手を払いのける成宮。

 

「違う違う。そこはなんでやねん! って言うところだろ」

「だからなんで!?」

「特に理由はない」

 

 青道では御幸は基本的にボケ役なのでその流れであった。後、成宮が変な趣味に目覚めたとか言った腹いせもある。

 

「でも、前より開いてるよね…………身長差」

 

 天然ボケな文悟は御幸の策など知る由もないから成宮の気にしていることをズバリと突く。

 

「くっ……」

 

 1年前の初対面時はもう少し近かった目線の高さが全然合わない。

 ダメージを与えるつもりが逆に大ダメージを受けた成宮の体が揺れる。

 

「挑発しに行って負けてどうする」

「雅さ~ん!」

 

 自分よりも背の高い原田雅功に助けを求めようとした成宮は飛びつこうとして、ハタと気づいた。

 

「ま、雅さんも負けてる……!? カルロスっ! 誰かカルロスを呼んで来て!!」

 

 微妙だが原田も文悟に僅かに負けていると察した成宮は周囲に向けて長身の神谷・カルロス・俊樹を呼んだ。

 

「何の勝負をしてるんだお前は」

「身長」

「大人しく敗けとけ、チビ」

 

 かなりどうでも良い理由に原田は成宮の頭にチョップを落とす。

 

「あだっ!? 身長が縮んだらどうしてくれるんだよ!」

「小さい方が可愛げが…………うん、すまん。お前に可愛げを求めた俺が間違ってた」

「確かに。鳴ほど可愛げのない奴っていませんよね」

「分かるか、お前も」

「傲岸不遜な上に自己中って鳴の為にある言葉だと思いますよ」

 

 頭を抑えて涙目な成宮と原田の夫婦漫才に、つい原田の気持ちに共感してしまった御幸も会話に入ってしまった。

 

「なに一也と共感してんの! こいつ敵、敵なんだよ!」

「試合は終わったんだし、もう敵じゃないよ」

 

 成宮が空気を切り替えようとするが、空気を全く読めない文悟がぶった切る。

 ギギギ、と成宮が文悟を見る。

 

「石田文悟、お前は俺の敵だ!」

 

 王様形無しな涙目で成宮に指差された文悟は意味が理解できずに首を捻っていた。

 

「何やってんですか、エース?」

 

 昼食場所にやって来ない文悟達を倉持の命令で探しにやってきた沢村には混沌とした状況が理解できなかった。

 

「世間話?」

「そこで疑問形を出されるとこっちは意味分かんないすよ」

 

 文悟にも何故こうなったのか分からないのだから説明できるはずもない。

 

「えっと、成宮は今日投げるの?」

「投げるよ! 本当だったら青道戦に出たかったのに監督が」

「この時期にお互い手の内を見せるような真似をするわけがないだろう。いい加減に納得しろ」

「う~」

 

 納得しない成宮への罰も兼ねていたさっきまでのことを棚に上げ、原田は溜息を吐く。

 

「無駄話は終わりだ、行くぞ」

「まだ話は終わって……あっ、こら」

 

 首根っこを掴まれて連行されて行った成宮を見送った文悟達。

 

「なんなんすか、あの人」

 

 風のように来て風のように去っていた稲実のユニフォームを着た2人が先程の試合には出場していなかったので、親しく話していた様子が気になった沢村が聞いた。

 

「稲実のエースの成宮鳴と4番でキャプテンの原田雅功。俺達が甲子園に行く為の最大の障害だ」

 

 成宮を揶揄ってまだ残っていた燻りを解消して、真顔になった御幸の説明に沢村は驚いて去っていく2人を見る。

 

「あっ、あの小さい方はエースが見てたビデオに出てた人だ」

 

 そう言われてようやく思い出した沢村は近くに立つ文悟と見比べる。

 

「俺とそう変わらないぐらいなのに」

「アイツは文悟や沢村と同じサウスポーで、投手のお手本みたいなピッチングだから良く見ておいた方が良いぞ」

 

 去年に敗けた相手という因縁に、あの稲実のエースを打ち崩さなければ甲子園の切符は手に入らないのだと直感し、沢村は唾を呑み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第2戦である稲実と修北の試合は当初の予定通りの結果となった。

 

「最近、力をつけてきた東地区の新興勢力である修北高校を圧倒か」

 

 修北戦のベンチで出番のないクリスが第2戦のスコアブックを見ながら唸る。

 

「成宮も7回を投げて被安打5の無失点。以前より研ぎ澄まされていました」

 

 出番は大分後の方なので横からスコアブックを覗き込んだ文悟も自分の所感を告げる。

 

「前半は力をセーブし、後半からギアを上げて相手の反撃を封殺する。要所を締めるピッチングは正にエースの貫禄だった」

「敵ながら参考に成りました」

 

 良い投手のピッチングは見ているだけでも勉強になる。

 

「球速はMax148㎞という話でしたけど、あれって」

「150は出ていただろうな。キレのあるスライダーに、地面に突き刺さるようなフォークが、あのストレートでより際立つ」

「そして何よりもあのチェンジアップが」

「縦と横の変化に、力を増した直球、更には緩急まで身に着けたとは。敵ながら天晴れとしか言えん」

「最後は交代されられてましたけどね」

「俺が監督でもそうするがな」

 

 片岡監督が丹波にフォークを投げさせなかったように、明らかにチェンジアップは秘密兵器だったはずである。

 

「成宮らしいというか」

 

 交代というより降板させられた成宮が原田に文句たらたらだった姿にらしさを覚えていたが、一年の間に進化したのは何も一人だけではない。

 

「…………思いっきり成宮の影響受けてますね、1年2人」

「まあ、昨日よりかは打たれてないから良しとしよう」

 

 現在、7回。15-2.

 先発した降谷は4回被安打4、与四球3の失点1。5回から登板した沢村は被安打6、与四球1で失点1。

 降谷は変化球のコントロールが悪く、沢村は早く投げようとし過ぎ。相手が大量得点を取られて動揺していなければ、もっと点を取られていただろう。

 

「そろそろ準備を始めるか」

「そうですね。俺も成宮に負けないようにアレ(・・)を」

「駄目だ」

 

 秘密兵器を解禁して挑発返しをするべきだと思ったのだが言い切る前にダメ出しをされた。

 

「もし、アレ(・・)を投げたら二度と受けん。勿論、御幸にも受けさせん」

「秘密兵器は秘密兵器にしておくべきですね」

 

 クリスの眼がマジだったので、あっさりと掌を返した文悟は駆け足でブルペンに向かうのだった。

 

「くっ、後は頼みますエース!」

「任された、打者だけど」

 

 打者としては今のところ全く当たらない沢村の代打としてバッターボックスに立つ。

 昨日は7回を投げ抜いたので今日は最終戦の最終回以外は出番がない予定だったので、まだ体から疲労は抜けきっていないがやる気は十分。

 

(なんでだよ)

 

 8回裏で1アウト。

 公式戦ならば既にコールドで決着が付いている点数に、修北のエース投手は胸に巣くう感情を隠しきれなかった。

 

(こいつらと俺達で何が違うっていうんだよ)

 

 1年生らしき投手を打ち崩せず、3年の自分が簡単に打ち崩された。

 

(俺達だって3年間、必死にやってきたんだ)

 

 どこで差がついたのか、何で差がついたのか。

 自信があった。東地区の新興勢力と呼ばれるまでに強く成ったのに、集大成である夏の予選を前に抱いた自信は木端微塵に打ち砕かれた。

 

(くそっ……くそっ……ふざけんなよ、くそっ!!)

 

 自校の打線が青道から9回だけで逆転できるとは思えない。

 その憤りを球に込めて投げようとした。

 

(ふざけん……)

 

 憤りがあった。不満があった。怒りがあった。

 数多の感情と蓄積した疲労が混ざり、冷静さを失っていたことで手に浮いていた汗に気付かず、投げたことでボールが滑った。

 

「あっ」

 

 汗でボールが滑ったと分かっても、一度手から離れてしまったらどうしようも出来ない。

 

「っ!?」

 

 ガン、と鈍い音がグラウンドに響いた。

 空気が凍る。

 ボールに弾き飛ばされたヘルメットが地に落ちる前から片岡監督が、一瞬遅れて御幸とクリスがベンチを飛び出した。

 

「石田!」

「「文悟!」」

「あっ、はい」

 

 大声で名前を呼ばれた文悟は尻餅をついた状態で返事する。

 

「無事か?」

「ギリギリでした」

 

 得点差もあるから無理に打ちに行かずに初球を見るつもりだったから、ボールが自分に向かって来ると分かった時点で膝から力を抜いて自分から倒れ込んだので当たってはいない。

 落ちる動作よりも遅かったヘルメットに当たっただけで文悟には傷一つない。

 

「石田、交代だ」

「へ?」

「当たってないにしても病院に行け」

 

 去年の夏にクリスが、秋に丹波が怪我で離脱しているだけに片岡監督は慎重だった。

 その後、修北は投手を交代し、連投になるが丹波が1回をしっかりと締めて青道の勝利。太田部長の車で病院に向かった文悟は当然ながら何の異常もなかったという。

 

 

 




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