ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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時間には間に合いませんでした。

感想返事が遅れていますが必ず読んでいます。誤字も中々直せなくて申し訳ないです。

本当に明日は無理だ。無理なはずだ。無理なんだよ!

努力はする……。





第二十七話 始まる夏

 

 

 

 カキン、と甲高い音が鳴った直後、白球が雲の多い空に紛れるように高く飛んで行く。

 

「ホームランか」

 

 フェンスを越える前からボールの行く末を見切った滝川・クリス・優の言葉に、石田文悟は打った体勢から戻ってバットを肩に当てる。

 

「ぐそーっ!! なんでだ!!」

 

 志願のフリー登板をした沢村栄純が初球ホームランされて雄叫びを上げていた。

 先の合宿で文悟が見せたリリース時の指先に力を籠める投法を真似してキレは増したが、以前から球質は軽いと何度も言われていた沢村も初球ホームランされたことはないので魂の叫びだった。

 

「詰まったかと思いましたけど意外に飛びましたね」

「沢村の球は飛びやすいからな」

 

 沢村は基本的に球威もないのに打てるものなら打ってみろな投法である。

 軽い球質を良く知っているクリスからすれば、増子透には劣る物のスタメンでは高いパワーを持つ石田文悟であれば詰まってもホームラン級になるのは不思議でも何でもない。

 

「沢村、切り替えて行け」

「うぅ、はい!」

 

 クリスの言葉に若干やけくそ気味に返事をした沢村は一度大きく深呼吸する。

 

(身体脱力(リラックス)、全神経指先一点豪華主義!)

 

 シッと噛み締めた歯の間から空気音を漏らしながら投げられたボールは、クリスが構えたキャッチャーミットに収まった。

 振りかけたバットを途中で止めた文悟はボールを見送ってクリスを見る。

 

「ボール?」

「いや、外一杯ギリギリで入っていたぞ」

「随分遠くに感じました」

 

 ストライクゾーンを外れたと思ってバットを振らなかった文悟の見極めをクリスが否定する。

 クリスが嘘をつく理由も無いので受け入れた文悟はバットを握り直す。その間にクリスは沢村に声をかけていた。

 

「今の球は良かった」

「あざっす!」

 

 沢村自身快心の出来だったのだろう。クリスに褒められて鼻高々という表情を浮かべている。

 

「だが、まだかなりの割合で甘いボールが来ている。もっと攻めて来い」

 

 先のホームランのように甘い時は打ち頃のコースに来るので、クリスは伸びかけた沢村の鼻を折るように厳しい言葉を投げかける。

 

「くっ」

 

 外一杯のイメージが脳裏に焼き付いているだけに、今度はインコースの厳しい所に来た球を打ち損じてしまう。

 

「しゃあっ!」

 

 ピッチャーゴロの当たりに、初球ホームランを打たれたとはいえ青道のクリーンナップを打ち取った手応えに沢村はガッツボーズをする。

 

「ああっ!?」

 

 慢心したからか、次に投げたボールはど真ん中に近く、長打確定の当たりにボールの行方を追った沢村が崩れ落ちる。

 

「良い時は良いけど、悪い時はとことん悪い。全く降谷といい、今年の1年はどうしてこうも……」

 

 その後も何球か投げた沢村は時に笑顔に、時に絶望の表情を浮かべたり忙しない。

 

「まあ、ここから精度を上げて行けば一巡限定であれば確実に強豪校にも通用するレベルになると思いますよ」

「精度が上がればな。今のままではとても大事な場面を任せることは出来ん」

 

 文悟の擁護に頭が痛いとばかりに重い溜息を吐いたクリスは選手交代とばかりに沢村を押し退けている降谷を見る。

 ゲージは5つもあるのだから普通は打者の方が代わるのだが、クリスが受けて文悟が打者をするタイミングが偶々重なったのを見た2人が順番を取り合い、結局球数で交代するという結論に至ったわけである。

 

「…………今日は当たりの日ですか?」

「みたいだな」

 

 文悟が空振ったバットを戻しつつ言ったように、構えたミットに綺麗に収まった降谷の球にクリスは少し安心した。

 

「毎日こうなら言うことも無いんだが」

 

 とはいえ、最初期に比べれば浮いたボールは確実に減ってきている。

 

「立ち上がりが悪いのが降谷の欠点だ」 

「あ、ボール」

 

 良いところに来たと思えばストライクゾーンを大きく外れることも珍しくない。

 文悟とタイプは似ているがコントロールが決して良くないので的が搾り難いと評判の降谷。

 

「ぬぅ」

 

 立ち上がりが課題であることを自覚している降谷も一度空を見上げて大きく深呼吸をして投げる。

 

「あ」

 

 ガキーン、と少し鈍めの音の後に白球が飛んで行く。

 

「内野フライでアウト。沢村の後だと余計に重い感じがします」

「監督も対戦相手次第だが文悟・沢村・降谷の順で考えているらしい」

 

 沢村の球ならば外野に運べても球威のある降谷の球だと内野を超えることは難しい。

 

「飛んだな……」

 

 クリーンナップを抑えて油断したか。次に投げた球は浮いてしまい、文悟がフルスイングしたら快音と共に飛んでボールはギリギリでフェンスを越えてしまった。

 

「降谷、お前も切り替えて行け」

 

 呆然としていた降谷はクリスの喝と隣に居る沢村が何かを囁いて投球を再開する。

 

「…………今日は雨が降るか」

 

 時折交代しつつ、沢村と降谷は甘いコースに入ったらパコーンと大きな音を立てて飛んで行く白球の行方を見守る最中、手にポツリと落ちた水滴にクリスはこれからの天気を予想する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝練の直後から降り始めた雨はその勢いを増し、野球部員達が集まる室内練習場の屋根を数えきれないほど何度も叩く。

 

「組み合わせが決まったぞ」

 

 放課後、各学年各クラスで微妙に終わる時間が違うので集まるタイミングもバラバラな野球部員の中で、比較的に早く室内練習場に赴けた文悟と御幸は先に来ていたクリスから組み合わせ表を受け取った。

 

「稲実と当たるのは決勝か」

 

 横から組み合わせ表を覗き込んだ御幸が目下最大の敵となるであろう稲城実業高校と対戦する時期を確認する。

 

「順当に行けば市大とは準々決勝、薬師も仙泉もこっちのブロックだから」

「かなり激戦区だぞ、こりゃ。哲さんもまた随分と」

 

 青道は第1シードなので左上と分かりやすく、上から順に見ていくと西東京で強いとされる高校が固まっているのに御幸が気づいてうげぇという顔をする。

 逆に稲実がいる側には目立った強豪校は殆どいない。

 こうなると心配になるのはクジを引いたキャプテンである結城哲也のくじ運であった。

 

「哲さんってクジ運悪いんでしたっけ?」

「悪くは無いはずだ、多分」

 

 現状が現状だけに無いと言いたいクリスも自信なさげだった。

 

「うちはシードだから決勝まで5戦ある。準々決勝の市大より前に強豪には当たらないから1年に実戦を積ませる良い機会になるだろう」

「去年の文悟みたいにですか?」

「あれほどとはいかなくても、実戦ほど経験を積める場はない。後ろに文悟が控えていれば、こっちも安心できるからな」

「確かにあの2人だと何するか分かりませんもんね」

 

 あまり理解していなさそうな文悟はともかくとして、共通認識を得ている御幸とクリスはうんうんと強く頷き合う。

 

「俺は?」

「お前は何時も通りでいてくれ」

 

 入学時から鋼メンタルをしていた文悟は敗戦を経て超合金メンタルになっているので、どんな窮地でも慌てることを知らない。

 追い込まれても変わらずに投げてくれる安定感があるから、1年2人が多少やらかしても問題はない。

 

「初戦は大事だからやっぱり文悟が先発ですかね」

「恐らくな。点差がつけば1年を使うだろう」

「どっちをですか?」

「球速と質的にまずは沢村、1回以上ならば降谷も使うかもしれん。もしくは初戦では沢村だけ、次の試合で先発の丹波の後に降谷という継投で行くことも考えられる」

「その場合って捕手は俺とクリスさんのどっちに?」

「それも監督次第だ」

 

 一軍捕手が予選について楽しく会話してる最中、放っておかれたエース(文悟)にヒヨコの如く向かっていく影が3つ。

 

「石田先輩、少し聞きたいことが」

「なんだ?」

 

 1人寂しくコピーされた組み合わせ表を折りたたんでいた文悟は降谷に笑顔を向ける。

 

「どうして脱力投法でボールのキレが増すんですか?」

 

 モノにしつつある沢村と違って、脱力投法を試したら余計にコントロールが悪くなって断念せざるをえなかった降谷の純粋な疑問に文悟は困った。

 

「なんでだろう…………沢村、分かる?」

「さっぱり分かりません」

 

 これは2人とも分かっていないと悟った小湊春市は、指先に神経を集中させているからリリース時のボールの切り方が変わってキレが増しているんだろうと推測はしているが合っている自信は無かったので口には出さなかった。

 

「全員いるな」

 

 一軍投手3人で『何故、脱力投法でキレが増すのか?』という疑問に対して首を捻って丹波光一郎に聞いてみようという結論に達するその一瞬前、室内練習場に現れた片岡監督によって上級生の威厳が揺らぐ未来は潰えた。

 

「皆も知っている通り、予選の組み合わせが発表された」

 

 ビシッと空気が引き締まる。

 後ろに落合コーチ・太田部長・高島副部長が従えているといっても、この緊張感は片岡監督無くしてはありえない。

 

「みんなも分かっていると思うが高校野球に次はない」

 

 夏の予選は、一度の負けが引退に繋がる3年生にとって文字通りの背水の陣。

 

「日々の努力も、流して来た汗も涙も、全てはこの夏の為に」

 

 文悟は1年前のことを思い出していた。

 向う見ずで未熟で、ただ目の前だけを見ていれば良かった頃とは違うのだと同時に自覚する。

 

「例年より早いが背番号を渡す。呼ばれた者から順に取りに来い」

 

 何時もならば背番号が渡されるのは予選が始まる七月に入ってから。今はまだ六月の中旬なのでかなり早い。

 

「まずは背番号1」

 

 高校野球において『1』番には大きな意味がある。

 瞼を閉じた文悟の耳には屋根を叩く雨の音以外が静まった中で聞こえるものは何もない。

 

「石田文悟」

「はい!」

 

 波乱もなければ想定外もない。

 誰もが納得し、しかし丹波だけが悔しがっていることを誰もが知っている中で片岡監督から1番の背番号を受け取った文悟の背中に視線が集中する。

 

「背番号2」

 

 基本的に青道において、2番は正捕手が付けられる背番号である。

 この1年間、正捕手であった御幸か、その前まで正捕手で怪我から復帰したクリスになるのか。

 クリスが一軍に上がって来た時から注目の発表に、結果を知る監督陣以外が一様に硬い表情で続く言葉を待つ。

 

「御幸一也」

「っ!? はい!」

 

 クリスは目を伏せ、御幸は一瞬信じられないといった表情で目を見張って返事をする。

 

「続いて――」

 

 3番から9番までは皆の予想通り、結城哲也・小湊亮介・増子透・倉持洋一・坂井一郎・伊佐敷純・白州健二郎と発表されて各自が背番号を受け取っていく。

 

「背番号10」

 

 普通に考えるなら二番手投手である丹波の名が呼ばれると誰もが思っていた。

 

「滝川・クリス・優」

「……はい!」

 

 しかし、呼ばれたのはクリスの名であった。

 一軍なのだから呼ばれるのは当たり前だが、その背番号が示す意味が分からず誰もが声は出さないものの当惑している雰囲気が漂う。

 

「先発によって捕手を代えていく。石田の時は御幸、丹波の時はクリスのようにな。代打で使う時もあるから2人はスタメンでなくても準備は怠らないように」

「「はい!」」

 

 文悟の時は2人とも良いが、丹波の時は明らかにクリスの方が結果が良かった。

 2人に明確な優劣を着けれなかったので、2番手投手である丹波の背番号が後になったという裏情報もある。

 

「背番号11、丹波光一郎」

「はい!」

 

 二桁の背番号、2番手投手という立場だがクリスと公式戦でバッテリーを組めるのならば今は何も言うまいと、11番の背番号を握り締めた丹波は皆の下へと戻る。

 

「続けるぞ――――」

 

 12番から17番までは、門田将明・楠木文哉・樋笠昭二・田中晋・遠藤直樹・山崎邦夫。2年の樋笠以外は3年が名を連ねる。

 

「背番号18、降谷暁」

「はい」

 

 先に呼ばれた降谷に沢村が嫉妬を隠せずに、ぐぬぬと喉の奥で唸る。

 

「背番号19、小湊春市」

「はいっ」

 

 注目されながら背番号を取りに行くのに、顔を赤らめている春市の背にも沢村の嫉妬の眼差しが向く。

 

「そして最後に、背番号20」

 

 一軍は20人。背番号が与えられるベンチ入りメンバーも20人なので、自分が呼ばれないことはないと思いつつも不安な沢村は息を吸う。

 

「沢」

「はいっっっ!!!」

「…………早いな」

「ありがとうございます!!」

 

 呼ばれる前から準備万端だった沢村は片岡監督の名前呼びに声を被せ、受け取った背番号を胸にギュッと抱き締めて皆の輪の中に戻る。

 

「やっぱり背番号を貰えるのは嬉しいからな。ほら、倉持も一也も笑うなって」

 

 分かる分かる、と名前を呼ばれる前に返事をした沢村を笑っている御幸と倉持を諌めている文悟は同じ1年の時に受け取った背番号は10番だったりする。

 

「記録員は……」

 

 背番号を全て渡し終えたにも関わらず、片岡監督が高島から受け取ったのは試合用のユニフォーム。

 

「藤原。お前に頼む」

「わ、私っ!?」

 

 まさか自分が選ばれるとは予想もしていなかったマネージャーの藤原貴子は、これが夢ではないかと思いながら皆を見る。

 他の3年生達が一軍入り出来なくても記録員としてならばベンチに入ることが出来るから藤原は3年の誰かか、クリスの直弟子である渡辺久志になると思っていた。

 

「3年達の推薦もあったが、藤原のスコアブックが一番分かりやすい。お前も青道の一員だ。何も臆することはない」

 

 片岡監督の言葉と3年生達の無言の頷きに、藤原は半分泣きながら「ありがとうございます……」と小さな声ながらも言って試合用ユニフォームを受け取る。

 

「良かったですね、貴子先輩」

「もう、泣き過ぎですよ」

「泣いてないっ」

「分かります。私、分かりますから」

「うるさいっ」

 

 試合用ユニフォームを抱きしめながら戻って来た藤原を他のマネージャー達が手厚い歓迎で持て成す。

 そんな彼女らを見ながら片岡監督は高島から試合用ユニフォームを更に受け取る。

 

「藤原だけじゃない。他のマネージャー達も本当に良く手伝ってくれた。お前達もチームの一員として、スタンドから選手と一緒に応援してくれるな」

「「「「はい!」」」」 

 

 夏川唯が、梅本幸子が、吉川春乃が、蒼月若菜がそれぞれが満面の笑顔でユニフォームを受け取った。

 

「よし、何時ものやつ行け」

『はい!』

 

 雨が止み、外が晴れたのでグラウンドに出てベンチ入りメンバー20人が円陣を組む。

 やり方をしっかり覚えていない沢村の姿に若菜がハラハラとしながら、円陣を組んだ20人が胸に手を当てる。

 

「俺達は誰だ――」

 

 問うたキャプテンである結城が右手の親指で胸をトントンと叩く。

 

「「「「「「「「「「王者青道!」」」」」」」」」」

 

 右手を胸に当てた20人と、円陣の外で見守る者達の叫びが呼応する。

 

「誰よりも汗を流したのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

 

 円陣の外で80人以上の部員達と、マネージャーも含めた青道野球部全員の声が唱和する。

 

「誰よりも涙を流したのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

「道!」

 

 沢村だけタイミングがずれた。

 

「誰よりも野球を愛しているのは!」

「「「「「「「「「「青道!」」」」」」」」」」

「道!」

 

 今度は降谷がタイミングを間違えた。

 

「戦う準備は出来ているか!」

「「「「「「「「「「ぉおおおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 結城が天高く輝いている太陽に向けて右手を上げて指差すのに合わせて手を上げる。

 

「我が校の誇りを胸に狙うは全国制覇のみ!」

 

 円陣の20人の人差し指が、まるで青道の行く末を暗示するように雨雲が去って快晴の空に燦々と輝いている太陽を指差す。

 

「いくぞぉ!!」

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 文悟の2年目の夏が始まる。

 

 

 






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