ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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遂に毎日投稿を逃してしまった……。





第二十九話 油断せずに行こう

 

 

 

 府中市民球場の観客席は2回戦とは思えないほど人で埋め尽くされていた。流石に満席とまではいかないが、たかが2回戦程度で集まる人数ではない。

 

『只今より西東京大会2回戦、青道高校対米門西高校の試合を始めます』

 

 アナウンスされた両校の選手達がベンチから走って行く姿を観客席から見守る人達の視線がどちらに集中しているかなど誰もが知っていた。

 

「青道はエースが先発か。ふん、もっと油断していればいいものを」

 

 米門西高校の監督である千葉順一は青道のスターディングメンバーを見て鼻を鳴らす。

 

「見て見るがいい! 奴らの驚き慌てる様を!」

 

 嘴を向けられた青道高校ベンチ側では千葉監督が想定しているほど慌てはしていなかったが多少の驚きを以てマウンドに立つ選手を見る。

 

「背番号10だ」

「1じゃないな」

「間違い?」

「まさか」

 

 マウンドに上がっている米門西高校の先発が事前の予測と違っていて、打順は大分先なのでベンチから眺めている石田文悟と御幸一也はお互いを顔を見合わせる。

 

「グローブを左手に付けてるから右投げか」

「寧ろサウスポーじゃない分、打ちやすくなったかも」

 

 日本人は右利きが多く、当然ながら右投げの投手の方が多い。

 右と左では球の回転軸や投げる位置も異なっているので、右投げの方が打者は打ちやすい傾向があるので慣れない左投げは重宝される傾向にある。

 

「アンダースローって、また珍しい投げ方を」

 

 審判からボールを受け取ってマウンドに立った背番号10の投手は、2年の川上憲史のサイドスローよりも更に低い投げ方を見た御幸が口笛を吹く。

 

「渡辺から預かった米門西の資料によれば3年の南平守。1年の時は投手として試合に出ていましたが、それ以降に投手としての公式戦出場はありません」

 

 ベンチに入れない渡辺久志から米門西高校のデータを預かった滝川・クリス・優の報告に片岡監督は眉をピクリと動かした。

 投球練習を見ていた文悟と御幸は気付いておらず、相手投手の遅すぎる球に目を細めていた。

 

「120㎞/h出てる?」

「出てないだろう。まあ、流石にあれが最高ではないと思うけど」

「ここまで隠してたんだから最後まで隠し切るか」

 

 なんて2人が話している間に試合が始まる。

 

「プレイボール!」

 

 先攻は青道。

 バッターボックスに入るのは青道の核弾頭(リードオフマン)である倉持洋一。

 

「また倉持の悪い癖が出てる」

「まずは相手投手から情報引き出さなきゃって考えてるぞ、あれ」

 

 左打席に入った倉持は1番バッターの役割として、まずは塁に出ることと認識していながらも後に続く者の為に球筋や球種を見てから打つ傾向にある。

 

「今の打てただろうに」

 

 ベンチから見ていてもボールの縫い目が分かるほど遅い球を倉持は敢えて見送ったのを御幸が少し不満げに見る。

 

「コースも甘いし、球も遅い。初戦だから堅実に行こうとし過ぎ」

「川上のフォームよりももっと下で、一度浮き上がって沈む軌道なのと遅すぎるから逆に面食らったんじゃないか?」

 

 御幸の意見も分かるが倉持の気持ちも理解できる文悟は擁護してみた。

 

「また甘いコースでスピードも変わらず。倉持、油断し過ぎ」

 

 見送るだけで振ろうともしない倉持の隙を突くように、真ん中の内側に投げられたボールは打とうと思えば打てたはず。

 どういう形であっても先手を取ろうとする相手の策略に乗ってしまっている。

 

「これでもう臭いところも見逃せなくなった。御幸ならどういうリードをする?」

「俺なら低めの変化球を空振らせるか打ち取る」

 

 直後、御幸が言った前者の方のリード通りの展開になった倉持がベンチに戻って来た。

 

「もっと早い段階で打てば良かったのに」

「まんま相手の思い通りに動いてんじゃん」

「ぐっ……」

 

 反論したいが恥の上塗りになるだけなので堪えた倉持がベンチの奥に引っ込むのを見送る。

 2番の小湊亮介がサードライナー、3番の伊佐敷純が事前に奥深くで守っていた外野に阻まれて三者凡退。

 

「今のところ、相手さんの思惑通りの展開になってるな」

「相手にしっかりと研究されて、こっちには初戦特有の固さがある。舐めてたわけじゃないし、みんな自分の仕事をしようとした結果だが上手くない」

 

 攻守交替し、青道の守りとなってマウンドに上がった文悟と話す御幸に焦燥感は欠片もない。

 

「俺が打たれると思ってるのか?」

「さあ、それだけはやってみなくちゃ分からないだろう」

 

 安い挑発であると文悟にも分かっているが敢えて乗ってみせた。

 

「球場の空気を変えてみせる」

 

 元より緊張するタイプではない文悟から引き出せた言葉に満足げに笑った御幸がベース後ろに向かう。

 

「三者三振を狙ってみるか」

 

 その後ろ姿を見送り、一度空を見上げた文悟は口の中で呟き、バッターボックスに入った相手打者と構えた御幸のミットを見据えてモーションに入る。

 

「…………す、ストライク!!」

 

 青道を勢いづかせない為にベースに近づいて構えていた打者は大きく仰け反るも、コースはど真ん中なので主審もあまりのボールの迫力に遅れたもののストライクのコールをする。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 1人目は全球ど真ん中のストレートで見逃した。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 2人目はバットを振るもタイミングも位置も全く合っていない。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 3人目は初球の高速チェンジアップにタイミングが狂って、その後は全く手が出ない。

 

「ナイスプレー」

「そっちこそ」

 

 正しく力の次元が違うのだと示すかのような、余計な球数をかけず1人当たり3球の三者三振。

 しかもコースは全てがど真ん中。

 レベルが違うと思い知らせる文悟のピッチングに、球場がどよめく中で2人は何も変わらない。

 

「8割ってところか?」

「いや、7割ぐらい。沢村命名の脱力投法になってからあんまり力を入れずに投げれるようになったから」

「ほうほう」

 

 9球の中で最速はギリギリ140㎞/h後半だったが、球威と回転量で打者には150㎞/h以上だと錯覚しているはずで、合宿で一皮剥けたエースに御幸はニコニコである。

 

「何やってる! さっさと守備につかんか!!」

「勝ったな」

 

 相手校の監督がベンチでメガホンを柵に叩きつけて選手達を鼓舞しているが、自力の違いを思い知らせるような文悟の投球に府中市民球場の空気は明らかに変わっている。御幸は1人で勝利を確信していた。

 

「大きな当たりは必要ない。強く低い当たりで相手の守備を打ち砕け」

 

 と、片岡監督の指示を聞いて5番打者である文悟も長打を放った結城に続けとばかりにバッターボックスに立った、

 

「流石は哲さん」

 

 結城哲は、相手捕手が指示してショートがセカンドベース付近にまで移動する極端な右シフトを張られようと、アウトコースで勝負しようとしてコントロールの甘さから内側に入ったのを逃さずに痛打。

 ファーストとショートの間を抜いて、青道の初ヒットであった。

 

「それに引き換え文悟は」

「ホームラン打ったんだからいいじゃないか」

「監督の指示を無視して?」

「いや、まさかあんなに飛ぶなんて思いもせず……」

 

 ダイヤモンドを一周してベンチに戻って来た文悟はライトライナーがそのままスタンドインしてしまい、身を縮めていたがホームランを打った選手を責めるほど片岡監督は狭量ではなかった。

 

「あの野郎ぉ、俺が空振りした球を狙ってやがったな」

 

 6番増子は手本を示した結城同様に打ったら当たりが良すぎて短打となり、御幸は倉持が空振りした球を狙い打って青道は一、三塁。

 

「沢村、次の回から出番があるかもよ」

「えっ、もうですか?」

「多分」

 

 ノーアウト一、三塁で、ホームランも出ているので強打でガンガン打ちに来るという印象を植え付けておきながら8番白洲健二郎が初球スクイズを仕掛けてきた段階で勝負は決まった。

 

「次の回行くぞ、沢村!」

「はい!」

 

 打者一巡の猛攻で5点を先取した段階で、片岡監督は文悟をレフトに送ってマウンドに沢村を出した。

 2回と3回を、被安打1、無四球無失点。二打席回って来て三振1と犠打で打点1を上げ、次の打席では代打の小湊春市と交代。

 

「既にコールドの条件は満たしている。しっかりと締めて来い、降谷」

「はい」

 

 3回終えて10点差になっているので、相手校に点を取られずに5回を終えればコールドが成立する。

 代打の小湊春市がヒットし、他の1年生が活躍する場を見て燃えた降谷は大きく深呼吸してマウンドに向かう。

 

「試合終了!」

 

 降谷は最後の打者を三振に切って取った。

 残る二回を被安打0の四球1でピシャリと抑えた降谷がマウンドで静かに小さなガッツボーズをしたところで審判のコールが響く。

 

「礼!」

『したぁっ!!』

 

 23-0の5回コールド。それが青道の初戦のスコアであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初戦の米門西高校に大差をつけた試合から中4日の7月20日。

 青道の3回戦の相手は村田東。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 先発を任された丹波とスタメンマスクを任されたクリスの前に村田東は攻撃の糸口すら掴めず、気づけば3回の時点で10点差でコールドが見えてきている。

 

「ナイスピッチング、丹波」

「ああ」

 

 ベンチに戻ったところで女房役であるクリスが丹波に声をかける。

 

「このレベルの相手なら、まだどうということはない」

 

 沢村からタオルを受け取って薄く浮いている汗を拭く丹波は、4回の表が終わった時点で被安打2、四球1、自責点0の文句のつけようのないピッチング。だが、これらは中堅・弱小の部類に入る相手との戦いならば出来て当然という意識が丹波にはあった。

 

「頼もしい限りだ。女房役として少しでも助けになれているのなら幸いだが」

「これ以上、無い力を貰っているとも」

 

 と言うクリスも打者として、御幸に代わって7番として打席に立って3打点を上げるなど女房役として十分な働きで、公式戦でバッテリーを組めていることもあって丹波は今までにないパフォーマンスを発揮出来ていた。

 

「これだけ調子が良いのは、3年間でも初めてかもしれない」

 

 ストレートは何時もより伸び、カーブの切れ味も抜群。

 3年間で最高の出来を示すピッチングも、たった1人の前では砂上の楼閣と化す。

 

「それでも俺は文悟にはどれだけ背伸びをしても勝てん」

 

 客観で見ても、主観で見ても、丹波では文悟に勝るイメージを思い浮べることすら出来ない。

 

「確かに投手としては文悟の方が上かもしれない」

 

 嘘を言っても仕方なく、だけど現実だけを突きつけたところで丹波の為にはならないとクリスは知っている。

 

「だけど、俺達の代のエースは間違いなくお前だ丹波。胸を張ってくれないと困る」

「クリス……」

 

 ここまで言われては丹波も下を向いたままではいられない。

 

「ああ、任せろ」

 

 丹波は残る1回も3人で抑え、青道は17-0で4回戦への進出を決めた。

 

「各自ストレッチが終わったらスタンドで食事を取れ。この後の第3試合を全員で観戦するぞ」

『はい!』

 

 横綱相撲みたいな試合運びで危なげなく勝利したにも関わらず、片岡監督に油断の二文字はない。

 

「次ってどこだっけ?」

 

 エースなのに2戦やって投手陣で一番短いイニングしか投げていない文悟はレフトで出場していたので、しっかりとストレッチをして観客席に移動しながら御幸に聞く。

 

「神山と明川学園」

「じゃあ、上がってくるのは明川か」

「なんで分かるんですかエース?」

 

 クリスにスタメンマスクを奪われて出番の無かった御幸の後ろから顔を出した沢村が断定口調の文悟に聞く。

 

「見れば分かるよ」

 

 言葉で説明するのは簡単だが、百聞は一見に如かず。

 しつこく聞いて来る沢村を相手にしながら食事を食べ終えると、明川学園と神山高校の試合が始まろうとしていた。

 

「あれ? ようって日本人じゃない?」

 

 球場アナウンスで明川学園の投手の名前が読み上げられた際、沢村は日本人とは思えない名前に首を捻る。

 

「台湾からの留学生、楊舜臣。精密機械の異名を持つ投手だ」

 

 試合が始まり、楊が投げたボールは打者の頭の近くに行った。

 

「あれで精密機械?」

「次はアウトコースに行くぞ」

 

 文悟が言ったように楊が次に投げた球は外角一杯。

 しかも同じコースにもう1球が続く。最後も外角が来たが打者は空振った。

 

「3球続けて同じコースを投げるなんて」

 

 フォームが定まってからかなりコントロールがマシになってきた沢村以上に制球力が低い降谷にとって同じコースに続けて投げるのは至難の業。

 

「いや、1個分外に外したボール球だぞ、あれは。勿論、狙って投げてる」

 

 降谷の間違いを訂正した御幸は、あれほどコントロールが良ければ捕手としてリードのし甲斐があるだろうなと内心で考える。

 

「最初に顔の近くに投げたのはわざとで、あれで余計に外が遠く感じるだろう。同じコースに投げていると思わせてボール球を振らせる。コントロールに絶対の自信がなきゃ出来ない芸当だ」

「むむ、でもエースの方が上ですよね!」

「絶好調の時でもあそこまでは無理」

 

 聞けば聞くほど制球力に難がある自分達では無理な芸当だと思った沢村も、エースである文悟ならば勝っているはずだと同意を得ようとしてあっさりと否定された。

 

「俺の場合だと顔付近に投げて万が一でも当てたら洒落にならないから、怖くてとても投げられないそうにない」

「なんかズレてません?」

「何時ものこと何時ものこと。気にしてたら日が暮れるぞ」

 

 毎回狙ったところに投げられるわけではない沢村も意図的に顔付近に投げるのは怖い。しかし、聞いたのは楊とどちらがコントロールが上であって、微妙にズレていた気がしたが御幸の言うことを聞いておくことにする。

 

「コントロールの一点に限れば、多分楊の方が上だろう」

 

 1年以上、文悟の球を受けて来た御幸だからこそ絶好調時と比較すれば僅かに劣ると見抜いた。

 

「贔屓目に見て良い勝負、公平に見て半歩負けてるぐらいか」

「そんな程度?」

「そんな程度」

 

 実際にはそれほど離れていないと分かった沢村は胸を撫で下ろしているが、球威と球速が全く違う2人の決定的な違いには気付いていなかった。

 

「試合は3日後の水曜日。ようやく歯応えのある相手と戦うんだ。楽しんでいこう」

 

 そんなことを言う御幸だったが、次に戦うであろう市大三高戦を考えて文悟が登板するのは多くても5回とまで考えていたりする。

 

 

 




油断しまくりじゃね? というツッコミはなしで。

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