ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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第三話 青道入学

 

 

 夕方の黄昏時。夜に向けて暗くなる道を進み、青道高等学校の正門を潜って歩く人影が2つ。

 駅から付き添ってくれた高島礼に付いて歩きながら石田文悟は、これから通うことになる校舎を見上げる。

 

「寮の荷物を片付けたら今日はゆっくり身体を休めておいてね」

 

 知らず足を止めていた文悟に振り返った高島が言った。

 

「春休み中でもウチの練習は朝からハードだから覚悟しておいた方が良いわ」

「覚悟の上です。大丈夫ですよ、これでも鍛えて来ましたから」

 

 止めていた足を踏み出した文悟は自信と共に言い切る。

 隣に立って歩く文悟の体格が以前とは見違えるほどに大きくなった文悟に、その言葉に偽りはないと高島も認めるしかない。

 

「体が大きくなったわね。背が伸びたというのもあるんでしょうけど、一回り分厚くなった感じがする」

「クリス先輩がくれたトレーニングプランのお蔭です」

「頑張ったのは石田君自身の努力の成果よ」

 

 半年前、青道に見学に来た帰りに文悟の前歴を聞いたクリスが後日に送ったトレーニングプランをこなしたことで文悟の体は高校に入学したばかりとは思えない程の圧力を秘めていた。

 

「180㎝には届いている?」

 

 高島は文悟の前に出て、自分との目線の違いを確認する。

 

「この前、計ったらギリ180でした」

 

 妙齢の女性に無自覚に近づかれた文悟は女性慣れしていないこともあって心持ち腰が引けつつも答える。

 

「随分と伸びてるわね。どこか痛くなったりしてない?」

 

 胸が触れるか触れないかぐらいの距離感から身を離した高島はこの急成長が逆に心配だった。

 

「しっかりとストレッチをやっていますから全然」

 

 元から娯楽がほぼ皆無な山暮らしの所為で運動系ばかりしかやることがなく、テレビは専らプロ野球観戦しか見る気の無かった文悟は小さい頃から暇潰しに風呂上りに柔軟体操をずっと続けていた。

 柔軟体操はクリスのトレーニングプランの中にもあって、今では体操選手にも負けない柔らかさであると密かに自負していて文悟が人に自慢できる数少ないものであった。

 

「なら、良かった」

 

 スポーツをしていれば、どうしてもケガはつきものだが事前に防げるのならばそれに越したことはなく、特に体が成長期にある時は怪我しやすいからこそ大人が気を付けようと高島も心掛けていた。

 

「これで私のスカウトとしての役目も終わりね」

 

 再び歩き出した最中、高島は感慨深げに言った。

 

「慣れない環境に最初は戸惑うかと思うけど、私は自分の眼を信じるわ。頑張ってね、未来のエース」

「はい!」

「良い返事」

 

 その直ぐ後、高島とは青道野球部の寮である青心寮の入り口で別れ、文悟は1人で自分に与えられた部屋を探す。

 

「部屋は2階の11か」

 

 鞄からメモを取り出して確認し、階段を上って2階に上がり順番に部屋の番号を見ながら歩く。

 

「ここか」

 

 端から2番目の扉に『11』と書かれているのを確認して、ドアノブに手を伸ばそうとして直ぐ傍に同室者になるネームプレートを見つけた。

 

「東清国とクリスさんっ!?」

 

 前者は知らないが後者については大恩人である滝川・クリス・優の名がしっかりと刻まれていた。

 尊敬するクリスと同じ部屋に成れた驚きと喜びに思わず叫びを上げた文悟の大声に、直ぐ傍の部屋の中からドタドタと大きな足音が連続する。

 

「誰じゃこんな時間に! やかましいぞ!!」

 

 ドアを強く開けた張本人である東清国の手にはドア越しに何かが当たった反動が返って来た。

 

「あん?」

 

 文句を言ってやろうと意気込んでいた東はドアを開けても誰もいないことに声を漏らし、直ぐに先程の手応えの意味に辿り着いてドアを少し引いた。

 

「………………今年、青道に入学する石田文悟です。夜分に五月蠅くして申し訳ありません」

「石田って同じ部屋になる…………俺も急に開けて悪かったから、まずは鼻血を拭けや」

 

 ドアで鼻を強打したのだろう。タラリと鼻血を流す新入生に毒気が抜けた東は文悟を部屋に招きながらティッシュペーパーを箱ごと投げて渡した。

 

「ありがとうございます」

「久しぶりの再会がこれでは締まらないな、石田」

 

 ティッシュペーパーを丸めて鼻血が出ている穴に突っ込んで塞いでいると、机に向かって座っていた様子のクリスが椅子から立ち上がっていた。

 

「あっ、クリスさん。お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ああ、元気だとも。災難だったな、いきなり」

「あれは大声を出した自分が悪いですから」

「なんや、この新人のことをクリスは知っとるんか」

 

 気安いやり取りをする新人と正捕手に興味を持った東が話に入る。

 

「半年ほど前に石田が見学に来た時に話す機会があって。それから偶に連絡を取り合っていたんですよ」

「ほぅ」

 

 即ちその時からクリスが目をかけていたと解釈した東が改めて鞄を床に置いている文悟を見る。

 

「身長は丹波より少し低いぐらいか。けど、厚みは全然違うのう。よう鍛えとる」

 

 どれ、と肩や背中と伝って足まで順番に触って確認すると、柔らかいながらもガッシリとした感触に感心する。

 

「クリスさんの教えの賜物です」

 

 尊敬を隠しもしない文悟の姿に、よほどクリスに惚れ込んでいるらしいことを見て取った東は軽く笑った。

 

「何を教えたんや、クリス。この惚れ込み具合は尋常じゃないで」

「体造りと一通りの野球術だけで、そんな大したことは教えてません。ここまで仕上げて来るとは俺も思っていませんでしたが」

 

 一通りというには尊敬具合は大きすぎるような気もした東がその理由を考えている間にクリスが立ち上がり、文悟の前に立って高島がやったように身長を計る。

 

「話には聞いていたが随分と身長も伸びた。その身体を見ればどれだけ努力したかが分かる。良く頑張ったな」

「ありがとうございます!」

 

 同室なのだから文悟本人から尊敬する理由を聞く機会もあるだろうと考えていると、階下から「うわぁあああああああああああああ!! 出たぁぁぁぁ!!」と叫ぶ声が聞こえた。

 

「ったく、増子の部屋やな」

 

 毎年のことなので驚きもしない東がガシガシと髪の毛を掻いていると、階下の叫びの理由を知る由もない文悟がキョロキョロとしている。

 

「何があったんでしょう?」

「あの部屋は毎年、新入生を脅かす習慣がある。その犠牲者が出たんだろう」

「毎年のことやからな。お前は運がええで。俺達と同じ部屋でな」

「はぁ……」

 

 あまり有難みが分かっていなさそうな文悟を床に座らせ、その前に座った東の斜め前にクリスも座った。

 

「遅れたが自己紹介をしとか。ようこそ青道野球部へ。俺はキャプテンの東清国、ポジションは三塁手(サード)や」

「滝川・クリス・優。知っているだろうが捕手(キャッチャー)だ」

 

 年長者らしく場の流れを掴んで自己紹介をする東と引き継いだクリスに文悟は正座で応える。

 

「桜ヶ丘中学出身、石田文悟です。ポジションは投手(ピッチャー)です」

「投手やと?」

 

 その言葉が示すものとクリスが目をかけているという二つの意味を正しく理解した東が改めて文悟を見る。

 

「投げる球種は?」

「ストレートだけです……」

「そのストレートが一級品ですよ」

 

 まさか変化球の一つもないとは思っていなかった東が一瞬落胆するも、クリスの保証に実物を見るまでは評価しないでおこうと決める。

 

「クリスにここまで言わせてるんや。信頼を裏切ったら承知せえへんで」

「……はい!」

 

 返事だけは既に一級品と認めつつ、話を進める。

 

「うちの大体の1日の流れを教えとこか。メモはいらん。これぐらい一発で覚えい」

 

 大事なことなので横に置いてある鞄からメモ出来る物を取り出そうとした文悟を止める。

 

「先輩」

「大体、俺らと行動は一緒なんや。直ぐに覚えるわ」

 

 クリスが苦言を呈そうとしたが東の言う通り、3年・2年・1年が同室になるのは先輩が後輩に教える為である。当然、後輩が規則違反をした時は先輩も連帯責任を負わされるので、必然的に面倒を見ることになる。

 

「朝の起床は5時30分。普通より大分早いけど、起きれるか?」

「何時もそれぐらいに起きてるので特に問題はないです」

 

 どんだけ早起きやねん、とは東が心の中で思っただけで言うことはなかった。

 

「6時から朝練があって遅刻は厳禁や。うちの監督は規則に厳しいが遅刻にはもっと厳しい。同じ部屋のもんも連帯責任を負わされるからな。もし、夜更かししても叩き起こすからな」

「肝に銘じます」

 

 実際、遅刻した者が朝練が終わるまでタイヤを引っ張って走る光景は何度も見て来て、自身も一年の頃に走らされた経験のある東はキャプテンという立場もあって遅刻を認めない。

 

「1時間半、朝練やって朝食は7時30分から。食事は体作りの基本、どんぶりは3杯以上食べんとあかんで」

「5杯はいけます」

「きつい練習後でも同じ台詞を聞きたいもんや」

 

 口では何とでも言えるが、今まで1年で3杯を問題なく食べられたのは、食べるのが好きな者などに限られる。

 

「クリスでも無理やったしな」

「最初の頃だけですよ」

 

 クリスでも出来なかったと知ると文悟も少し不安になったらしく表情に影が落ちた。

 

「日中は授業に出て、午後練は16時から。幾ら野球が上手かろうが赤点とったら試合には出られんから授業中に寝たらあかんぞ」

「頑張ります」

 

 少し気負っている感じのある文悟に満足しつつ、東は残りのスケジュールを頭の中で組み立てる。

 

「19時30分から夕食と風呂や。寮母さんが栄養バランスを考えて作ってくれて、食堂ではテレビに近い方から3年から順にレギュラーが座ることになっとる。風呂は共用で監督も入るから覚悟しとけ」

 

 後は何があったかと指折り数える。

 

「風呂入ったら基本的には自由時間や。試合直前にはミーティングすることもあるが、空いた時間は個人練習するも良し、遊ぶも良し。好きにしたらええ。まあ、大体こんなもんやな。何か質問はあるか?」

「クリスさんは何時、俺の受けてくれますか?」

「それは質問やないやろ」

 

 確認である。第一、青道のレギュラーであり不動の正捕手であるクリスに入学したばかりの1年生が受けてもらおうなどとは気が早すぎる。

 

「直ぐにでも受けてやりたいが明日も早い。成長を確認するのは、また今度にしよう」

「絶対ですよ!」

 

 どうにも自分に対する尊敬度が足りないとは思いつつも、自分は大人なのだと言い聞かせてその日は寝ることにした。

 

 

 


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