ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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PSVRを買って弄ってたら遅くなりました。




第三十話 VS明川学園

 

 

 

 夏季大会4回戦が行われる府中市民球場には今日も人が押しかけていた。

 

「つまり、この暑さで降谷はノックアウトと」

 

 時刻は午前9時を過ぎて既に30℃を超えており、北海道出身の降谷暁にとって東京の夏は暑すぎて体がついていっていない。

 前々日と前日は自身の調整に余念がなかった石田文悟は今日初めてその話を聞いて驚いていた。

 

「アウトしてません」

「マウンドに立てればっていう前提がないとフラフラなのに?」

 

 文悟の言い様に反論しつつも、自身の体が暑さに適応していないことは御幸一也に指摘されなくても降谷には分かっているので無言で通す。

 

「監督の構想に入ってないんだから今日は大人しくしとけ。ブルペンにも入るなよ」

「御幸もな」

「俺は沢村の球を受けてやらないといけないし」

 

 明川学園に勝てば、次は市大三高が有力視されている。

 万全の状態でエースである文悟を登板させる為に片岡監督は打率・打点で上回る滝川・クリス・優にスタメンマスクを与えた。早い段階で得点を重ねて文悟から沢村、もしくは丹波へと繋ぐには、得点力と後半2人への相性はクリスの方が勝っていたからである。

 

「おのれ、市大め……っ!」

 

 割とリードや単純な捕手としての能力でもクリスに勝てているか自信のない御幸は市大三高に責任転嫁することにした。

 

「お前達」

 

 180前後の大男が3人揃って話していると、文悟の肩に逞しい手が置かれた。

 

「何時までも喋ってないで行くぞ」

「「「はい!」」」

 

 青道の主将である結城哲也の言葉に背筋をピンと伸ばした後輩達は先に立って歩きだした背を追う。

 

「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」「青道!」

「見ろ、聞け、そして感じろ。この我が校への応援を」

「中二病か」

 

 2試合連続で試合に出れないフラストレーションに中二病が再発している御幸にツッコミを入れた文悟は顔を上げて相手ベンチを見る。

 

「整列!」 

 

 実力のある投手との投げ合いを楽しみにしていた文悟も主審の言葉に従って走った。

 

『1回表、明川学園の攻撃』

 

 午前10時から始まる試合は明川学園からの攻撃で始まる。

 マウンドに立つのは青道のエース・石田文悟。その姿をベンチから見ても楊舜臣の表情に変化はない。

 

「向こうの先発は予想通りエースですか」

「やることは何も変わりありません。相手が誰であれ、野球をやるのみです」

 

 監督である尾形一成の不安そうな声に、チームの戦力差など始めから分かっていたことなのだから楊に焦りはない。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 1番打者の二宮は明らかにトップギアに入っていない文悟の球を捉えきれずに三振を喫してしまう。

 

「てゆっか、あれが本当に同じ高校生ですか? マシンとは全然違うのがベンチからでも分かりますよ」

 

 尾形監督の見ている先で2番打者である橋本は、二宮のアドバイスで目算の場所より上を狙ってバットを振ったらツーシームを引っ掛けて内野ゴロ。

 

「バットを短く持って当てに行ってもヒット性の当たりは中々出ないでしょう」

「青道は守備もしっかりしてますからね。エラーも期待できなくなると、どれだけ上手く行ってもうちの打線では取れても1点」

 

 次の打者も打ち上げてしまって明川学園は三者凡退。

 

「なら、俺が点を取られなければいい」

「頼みます、舜臣」

 

 2人とも都合良く物事が運ぶとは思っておらず、2戦とも大量得点で勝ち上がっている青道の打線を楊が抑えられる保証もない。

 勝つ為に試合をするのだから全力を尽くす。ただ、それだけだった。

 

(こういうクレーバーな投手を揺さぶるには機動力とバント。いい加減に御幸と文悟の鼻を明かしてやんねぇと)

 

 1番打者として左打席に入った倉持洋一は体を小刻みに動かしながら楊が投げるのを見る。

 

「サード! セーフティあるぞ!」

 

 バントの構えをする前から明川学園のベンチからその声が聞こえてバットを引く。

 

(危ねぇ……完全に読まれてら)

 

 顔を上げれば楊が何歩か前進してきていた。3塁線は無理と見て1塁側にバントしていれば倉持の俊足があったとしてもアウトになっていただろう。

 

(研究されてるってことか。さて、次はどうしたものかね)

 

 初球はストライクとなったがカウントにはまだ余裕がある。

 もう1球見て、その次にもう一度セーフティバントを試みるか。それとも打ちに出るかで倉持は迷った。

 

「迷うぐらいなら最初から打ちに行きなよ」

「反論の言葉もありません」

 

 迷っている間にストライクが先行し、初戦と同じように臭いところを打たされてアウトになった倉持は次の打者である小湊亮介の叱責に返す言葉もなかった。

 

「………………やるね、あの投手」

 

 亮介は青道一の選球眼の持ち主。

 捕手の構えた所に投げ続けたことで審判のジャッジを味方につけた楊のピッチングに見逃しの三振を取られた。

 

「珍しい。亮さんが三振なんて」

「精密機械の異名は伊達じゃなかったよ。それ以上に食わせ者でもあるけどね」

 

 文悟にとって青道の中で勝負したくないのが結城で、相手にしたくないのが亮介である。

 その見切りを知っているだけに見逃しの三振に純粋に驚いていた文悟に笑みを深めた亮介が見ている先で、伊佐敷純がライト前ヒットを打っていた。

 

「打ちましたね」

「打ったね」

 

 何時もならば逆の光景を2人は見送った。

 

「型に嵌らないから逆に読めないのか…………はい、バット」

 

 バッターボックスに立った結城の次の打者は文悟なので、亮介は持っていたバットを渡してくる。

 

「仇、取って来ますから」

「任せた」

 

 沢村からヘルメットも受け取って被り、ネクストバッターサークルに向かう。

 

「アウトコースでカウントを稼いで、最後はインコースで勝負。でも、哲さんを相手にするなら常道は寧ろ捨てた方が良い」

 

 平凡な打者であれば詰まらせて内野フライな当たりも、結城ならば外野まで運ぶことが出来る。

 ギリギリ追いつけるか微妙な球を、レフトは焦って飛びついたが取ることが出来なかった。

 

「よし、まずは1点」

 

 センターがカバーに入っても、1塁ランナーの伊佐敷が3塁も回ってホームに戻るまでの時間は十分にあった。

 

「お前も続けや文悟!」

「うす」

 

 ベンチに戻る伊佐敷とハイタッチを交わし、バッターボックスに立った文悟が三振になるまで後2分。

 

「打席での借りはマウンドで返します」

「気負わずに普段通りに投げろ。投手としての仕事と打者としての仕事はまた別物だぞ。エースとしての責務を果たせ」

 

 ゴォッ、と燃えていた熱意がマウンドにやってきたクリスの冷静な一言によって少し冷まされ、ムキにならずに4番打者を抑えた文悟が相対するのは明川学園のキーマンである楊舜臣。

 

(楊はここまでの試合で殆どの得点に絡んでる。向こうの士気を打ち砕くためには絶対に抑えなければならない)

(絶対に与えてはならない先制点を奪われてしまった。このままでは相手にペースに乗られてしまう。勢いづかせないためにもここで絶対に打つ!)

 

 両エースはここが試合の分水嶺と見て意識をトップギアに上げる。

 2人を最も間近で見れるクリスが要求した球は打ち気に逸っている楊の気を散らすような高めのボール球。

 

(1回よりも球速も球威も増している。何よりも本当に浮いているのではないか?)

 

 振られたバットの遥か上を行ったボールはクリスのミットに収まり、楊は疑念を抱きながらも深呼吸をして打ち気に逸っていた自身の心を沈める。

 

(目で追うな。体で感じろ)

 

 母国語で呟きながら自分に言い聞かせる。

 ピッチングマシンとは全く違う文悟のボールを目で追おうとしても体は対応できない。ならば、体で感じたままに打つしかないと楊は感じ取っていた。

 

(もう1球高めを要求しても無駄か)

 

 クリスには楊が何を言っているのかは小声なのも相まって分からないが、恐らくボール球には手を出してこないだろうという確信があった。

 

(外角低めの際どい所に来い!)

 

 フォーシームの最速球をクリスが要求すると、文悟も頷いて投げた。

 

「…………ストライク!」

 

 判定は微妙だった。

 ボールだと判断して振りかけたバットを押し留めた楊が審判を振り返るほどに。

 

「何だね?」

「いえ……」

 

 楊は審判に返しつつ、自分がしたことと似たことをやり返されて苦笑した。

 

(明らかなボール球を振り、微妙な球に迷ったと見られては投手に有利に働くのも当然)

 

 元より文悟は剛速球投手にありがちなノーコンではないことは知られている。

 明らかなボール球ならば審判もストライクは取らなかっただろうが、あれほどの剛球を受けながらもクリスはキャッチャーミットを微動だにさせなかった。

 知名度の差と捕手の能力差、更には前後の展開によって楊に不利に働いた。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 直球に警戒すれば変化球を捉えること能わず。

 バットを振るも初見のカーブに対応できず、ボールを捉えることが出来なかった。

 

「ふっ」

 

 ベンチに戻る途中で楊は楽しくて笑みを浮かべる自分を見つける。

 

「それでこそだ」

 

 日本の野球が相手を分析して隙を見つければ容赦なく突いて来る緻密で高度なスポーツであると改めて思い知る。

 

「舜が笑ってる……」

「三振取られたのに」

「悪いか、俺が笑ったら」

「いや、三振だったじゃん。笑う要素無くない?」

 

 ベンチに戻ったところでチームメイトから指摘され、確かに笑うシーンではないと自覚する。

 

「倒し甲斐のある相手だと思っただけだ」

「俺達からすれば倒せるイメージすら湧かんのだが」

 

 先制点を取られた現状で、文悟を打ち崩せる気は楊もしない。

 

「向こうは次の試合を考えればエースが完投することはない。どこかで次の投手に交代するはずだ。そこに勝負を賭ける」

 

 言ってて情けなくなってきた楊は自分の次の打者がアウトになったのでグラブを持ってベンチを出る。

 

「この試合に勝つにはみんなの力がいる。力を貸してくれ」

『応!!』

 

 エースに頼りにされて燃えないチームメイトはいない。

 楊の後を追って走る明川学園の選手達に気負いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しんどい試合だった」

 

 7-0で7回コールドで終わったが文悟が振り返るように一瞬たりとも気が抜けない緊張の途切れない試合だった。

 

「見てるだけでも疲れる試合だったぜ」

 

 試合に出ていない御幸も疲労を覚えるほど、明川学園は打たれても諦めずに青道にぶつかってきた。

 

「コールドで勝ちはしたけど、最後まで切れなかった」

「普通なら諦めるのに全力で食い下がって来てたもんな。試合に出てないのに疲れるって初めての経験だよ」

 

 文悟が3回でマウンドを下りて沢村もたった3回しか投げていないのに疲労困憊のようで、小湊春市に抱えられるようにしてベンチから出てきたところで降谷が荷物を持っている姿が目に入った。

 

「沢村にも良い経験になっただろうけど、どうせなら最後まで投げたかったな」

 

 チームメイトの差が大きくて、伯仲した最高の試合とは言えないかもしれない。

 だけど、これだけの熱量の試合で投げるのは滅多にないので、後のことがあったにしてももっと強く成る為に投げたかったというのが文悟の本音だった。

 

「本当、文悟が投げてくれれば見ているこっちの精神的に良かったのに」

 

 文悟は未だにノーヒットピッチングを続けたが、沢村は毎回ランナーを背負ってあわや得点というシーンが何度も見られた。

 沢村に代わって最後の回も丹波も楊に打たれたりして、御幸でなくても観戦者の心臓によろしくない試合だった。

 

「こらそこの2人! 何時までも食っちゃべってないでさっさと動け!」

「あ、今日ノーヒットの1番だ」

「ぐっ…………出場してねぇ奴がうるせぇっ!」

 

 相手のエラーで出塁して盗塁も決めているが、ヒットではないので倉持の返す言葉にも力は薄いが御幸の心にはクリティカルヒットした。

 

「ほらほら、市大の試合が始まるから喧嘩しない」

 

 青道が次に当たると目されていた市大三高が最近台頭してきた薬師高校に敗れることを彼らはまだ知らない。

 

 

 





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