ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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更新が空いて申し訳ないです。
何故かスランプに陥りまして、ようやくリハビリがてら一話出来ました。


第三十一話 怪物対怪物

 

 

 

 市大三高が敗けた。予想外な出来事や対戦相手である薬師に勢いがあったとしても、個々の能力やチーム力を鑑みても市大三高が負ける余地はなかった。

 

「そこんところどうよ、エース」

 

 23日の明川学園戦で7回コールド勝ちし、その足で見に行った市大三高の試合で薬師が乱打戦を制した勝利した後から大なり小なり思うところがあった青道ナインの中で常と変わらなかった石田文悟に御幸一也は訊ねた。

 

「何が?」

 

 秋の大会で市大三高に敗けた時に試合に出ていたスタメン達が大なり小なり薬師に打ち崩された姿に思うところがあるというのに、エースである文悟が全く気にしている様子がない。

 

「真中さんがやられたことに関して」

「何も。こういうのも何だけど、真中さんの所為で負けたようなもんだし」

「まあ、確かに」

 

 基本的に他人を思いやれる優しい奴だが時折とてもドライになる文悟の言い様を御幸も否定しなかった。

 

「轟雷市…………確かに恐ろしいバッターだ。初見だったなら俺もホームランを打たれたかもしれない」

 

 文悟と真中はタイプの違う投手ではあるが、打者の脅威度を知らずに投げていれば同じ結果になっていた可能性はある。

 

「だけど、俺ならあんな無様は晒さない」

 

 真中は轟にツーランホームランを打たれ、続く打者にもソロホームランを浴びて外野の守備に回された。

 

「お前って何が何でもマウンドにしがみ付くところあるもんな」

「エースがマウンドに拘るのは当たり前のことだ」

 

 自分が投げ続ければ、という拘りではない。青道の看板を背負って立つ以上、個人を捨ててチームの為に尽くすエースとしての在り方がマウンドに拘らせている。

 

「御幸なら、もし俺が真中さんと同じ立場になっていたらどうした?」

「同じように一度は外野にやったとしても、ベンチに戻ったら殴ってでも次の回から投げさせる」

 

 もう1つ、例え自分が崩れたとしても立ち直らせてくれる相棒が居てくれるから文悟には何の心配もなかった。

 

「打たれたことを素直に受け入れて、次に活かして行けばいい。真中さんは重く受け止め過ぎたんだ」

 

 文悟にだって全く警戒していない打者に打たれたことも、絶対の自信を持って投げた球をホームランされた経験もある。

 調子を崩し、大量失点を食らおうとも監督もチームメイトも文悟を信じてくれた。公式戦でそこまで打たれたことはないとしても、試合中に立て直せると見られるだけの信頼を文悟は得ている。

 

「高校生でそこまでの精神力の奴、普通は居ないって」

 

 御幸は呆れながらも、文悟のエース観を滝川・クリス・優と共に作り上げた張本人であるだけに少し反省する。

 

「今はそこが頼もしくも思うけどな」

 

 府中市民球場、西東京大会準々決勝の場が青道高校と薬師高校の決戦の舞台であった。

 

「どうよ、雷市。お目当ての剛速球投手の姿を見て」

 

 薬師高校の監督である轟雷蔵が青道ベンチを見ながら息子である雷市に話し掛ける。

 

「ガハハハハハ、ヤベェヤベェ! 肌がビリビリする!!」

 

 バットを持ったままブルブルと震える息子がまだ笑みを浮かべていることに心の底で安心しつつ、雷市と同じように相手エースを見ている自分のところのエースを見る。

 

「真田はどう見る?」

「俺ですか?」

「同じ投手の目から見た意見を聞いておきたいのさ」

 

 打者から見た意見を述べるはずの雷市は、早く戦いたいと素振りをしまくっていて人の話を聞きそうにない。エースナンバーは3年がつけているが、実質的なエースである真田俊平に意見を求めた。

 

「あれはオーラからして違いますね」

 

 顎を撫でながら真田は所感を告げる。

 

「風格つうんですか? 強豪のエースらしい感じは真中さんにもありますけど、こっちには隙らしい隙が見当たらない」

 

 生まれか、育ちか、環境か、それとも背負っている物の差なのか。

 

「あれで同級生(タメ)って言うんですから嫌になりますよ」

 

 それでも負けるつもりはないと、真田の目は言葉よりも雄弁に語っていた。

 

「同じ地区に2人も怪物が居るなんざ、運がねぇ」

「その怪物達を倒すのが監督の楽しみじゃないんですか?」

「俺だって戦わねぇですむならそうしたいよ」

 

 センバツでベスト8の真中は意外にメンタルが強くなかったが、事前のスカウティングで真中以上とされている怪物投手の片翼と先に当たってしまった不運を嘆く。

 

「どうせなら怪物同士で潰し合ってくれれば、もっと客も呼べただろうに」

「順当に行けば決勝で当たりますよ」

「それって俺達が負けるってことじゃないか」

 

 決勝という誰が見ても分かりやすく盛り上がる舞台であることを知ってはいたが目を逸らしていた雷蔵は溜息を吐く。

 

「すみません」

「いいって。お前のそういうところを俺は買ってるんだから」

 

 育て上げた主軸の1年生とは別に、薬師に元からいた真田のこういった何者にも臆することのない気風を気に入っているのだ。

 

「甲子園に行くには嫌でも戦わなけりゃならない相手なんだ。事前の情報があるから市大の真中ほど簡単には打ち崩さしてはくれねぇ。となれば、如何に点を取られないに限る。頼むぜ、真田(エース)

「期待に応えられるように頑張ります」

 

 模範的な回答ではあったが、真田の握られた手に力を込められているのを見れば言葉以上の意気込みがあるのが分かる。

 

「轟が1番だってさ」

「みたいだな」

 

 後攻である青道のマウンドには投手である文悟と捕手の御幸が居て、相手のオーダーが市大三高から代わっていることを話していた。

 

「まさか初っ端から来るとはな。起爆剤どころか試合を決めかねない核弾頭をどう料理する?」

 

 雷市との勝負次第で試合が決まるかもしれないという思いを抱きながらも、これだけの強打者相手であっても御幸の中で不安は一切なかった。

 

「真正面からぶっ潰す」

「OK。そのプランで行くぞ」

 

 市大三高を打ち破り、ジャイアントキリングを成し遂げた薬師には大きな流れが来ている。その流れを断ち切り、勢いを引き寄せる簡単な方法がある。

 

相手()の最高の選手を圧倒する。ただ、それだけでいい」

 

 マウンドから戻る途中で御幸が呟く。

 敵は強大だろう。だとしても、文悟(エース)に絶大なる信頼を寄せている御幸が臆することはない。

 

『1回表、薬師高校の攻撃。1番サード・轟君』

「カハハ」

 

 球場を埋め尽くす連続の番狂わせを期待する空気の中で、バッターボックスに立った雷市の立ち姿には強打者の風格があった。

 

(これだけの威圧を発する奴はどれだけ居たかね) 

 

 座り心地を確かめるように微妙に防具をカチャカチャと動かして初球のコースを考えて決めた。

 

「ボール!」

「うぉ……おおおおおおおおおお!?」

 

 様子見の内角高めのボールはストライクゾーンを僅かに外れた。

 振ってくれれば儲け物。最低でもボールの勢いに圧されて仰け反らせる目的で投げられた球を見ても雷市は驚きの声を上げただけに留まっている。

 

「ハハ……カハハハハハ! な、なんか球がんごぉって!? イメージよりもずっと凄ェッ!!」

 

 初見で文悟の球を見ても笑う余裕があった者は殆どいない。

 

(振らなかったのか、振れなかったのか…………多分、前者だろうけど初球は様子見って指示があったかもしれねぇな)

 

 そう考えるとボール球にしてしまったのは惜しいかもしれない。

 

(今の4シームが頭に刻み込まれているだろうから、外角低めの2シームで行くか)

 

 ノビ過ぎるストレートを見た後に普通のストレートを見ると全然ノビないストレートに見える不思議。

 

「ストライク!」

 

 一瞬振りかけるも、先程のストレートが頭にあって低すぎると判断してバットを止めた雷市の思いとは裏腹に審判はストライクをコールする。

 

(入ってるよ)

 

 雷市は一度審判を振り返るも、放たれた判定が覆ることが無いのは受けた御幸が一番よく知っている。

 

(とはいえ、哲さんレベルを想定するとなると次は対応してきそうな気もする)

 

 バットをヘルメットに当てて1人でブツブツと呟いている雷市の姿を見ればあながち的外れでもないだろう。最も御幸が怖いと思う打者である結城哲也と勝負するときの気持ちでリードをする。

 

「ファール!」

 

 内角低めの球に詰まり、レフト方向のファールゾーンに切れた。

 

(あれを当てて来るか)

 

 捕手である御幸の眼から見ても砂煙を巻き上げる低さの4シームは、先の球もあって普通ならば今度はボールと判断してもおかしくなかった。

 

(次は……)

 

 雷市の頭には4シームと2シーム、そしてまだ見せていないカーブが来ることも予測しているはず。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 剛速球か変化球を待っていた雷市は高速チェンジアップの球速差に初見で対応することが出来なかった。

 

「くっ」

 

 文悟のフォームは球種によって変わることがないように御幸とクリスの手で徹底的に矯正されている。持ち前のコントロールの良さも相まって初見で捉えるのはかなり難しい。ここまで対応した雷市が悔し気にベンチを戻る姿を見送った御幸は変化球(カーブ)を見せずにすんだことに安堵していた。

 

(塁次第で敬遠も視野に入れるとしても、まだまだやりようはある)

 

 2番打者である秋葉一真がバッターボックスに入っても御幸の頭の端には三振に切って取った雷市のことを振り払えずにいた。

 

「あ」

 

 その結果がカキンと甲高い音の直後に高々と舞い上がった白球の行方であった。

 マウンドからスタンドを振り返っている文悟や、ホームベースの後ろから同じように白球の行方を見守る御幸の視線の先でボールは柵を超えた。

 

「…………ホームランだ!!」

 

 打った秋葉も呆然とする中、最も早く事実を受け止めた観客の誰かが驚愕の叫びを上げた。

 未だ現実を受け止められない様子の秋葉が塁を回っている間、腰に手を当ててボールが飛び込んだスタンドを見ていた文悟は小さく溜息を吐いた。

 

「気が抜けてたか」

 

 雷市を三振にしたことで次の打者である秋葉への意識が散漫になっていた。

 

「勝って兜の緒を締めよ、か。昔の人の言うことに外れはないな」

 

 秋葉がホームベースを踏んだことに対する歓声を耳にして前に向き直った文悟に、審判からボールを貰った御幸が投げて来る。

 

「切り替えていくぞ!」

 

 キャッチャーマスクで分かり難いが自分と似たような表情をしているであろう御幸に言われなくても、3番である三島優太がバッターボックスに立った瞬間には文悟の中でもう切り替えは出来ていた。

 

「「すみませんでした」」

 

 三島を外野フライに、4番の山内豊を三振にしてベンチに戻った文悟と御幸は監督に向かって揃って頭を下げた。

 

「過ちを自覚して修正したのならば謝る必要はない。頭を上げろ」

 

 片岡監督も雷市は十分にマークしていたので、二人が次の打者に対して集中を欠いたことを問題にはすれども直ぐに改めた二人にとやかく言う気はなかった。

 

「次に活かせ。俺が言うのはそれだけだ」

「「はい!」」

 

 説教というよりは指導を受けた気分でベンチに座った文悟の前に横からコップから差し出された。

 

「どうぞエース、冷たい水です!」

「ありがとう、沢村」

 

 たった1回だけなので疲労もしていないし、喉の渇きも覚えていなかったが折角なのでコップを受け取り、口を湿らせる程度だけ飲んで横に置く。

 

「エースでもホームランを打たれることがあるんすね」

「驚いたか?」

「かなり」

 

 素直に心情を吐露する沢村栄純に横にいた御幸が苦笑する。

 

「速くて重いからあんまり打たれることはないけど、それでも絶対ってわけじゃない。冬の紅白戦でも哲さんに打たれたしな」

 

 流石は主将だ、と沢村が感心していると1番打者としてバッターボックスに立った倉持洋一がデットボールを受けたところだった。

 

「コントロールが悪いんですかね、あっちの投手は?」

「投手にとって初球は鬼門だから気負ったんだろう。ガードに当たっただけ儲け物と思っとけ」

 

 打率は高くないが出塁すれば得点に関わることが多い倉持は、沢村が唸っている間に2番の倉持亮介に投じられた初球で盗塁を仕掛けて成功させた。

 

「真田だっけ? デットボールの後でも気にしてる感じがしないな」

「あっちも文悟と同じく図太いんじゃね?」

 

 エースと正捕手がそんな話をしている間に亮介がバントを決めて、1アウト三塁で得点圏にランナーを置いていた。

 

「打ち上げた」

 

 3番の伊佐敷純が3球目をレフト方向に打ち上げる。

 割かし内野に近いので犠牲フライにはなりそうにない場所である。

 

「あっ、落とした」

「ホームランを打って手が痺れてたのかも」

 

 レフトの秋葉は危なげなく捕球はしたがボールを投げようとしたところで手から落としてしまった。

 慌てて拾って投げている間に倉持がホームに滑り込む。

 

「流石は足だけは凄いことはある」

「足だけはってなんだ」

「出塁率を上げてから言ってくれ」

 

 気安い間柄には辛辣な言葉を投げかけやすい御幸の正論に倉持は何も言えない。

 

「きついっすね」

「一也なりの叱咤激励ってやつだよ。夏が終われば、3年がごっそり抜ける中で今のスタメンに期待するのが普通だろう?」

 

 3年が抜けた後は1番倉持、2番春市、3番白洲、4番文悟、5番御幸、6番降谷の打順になる可能性が高く、7番から9番は二軍か1年生がつくことになると思われていることを沢村に説明する。

 

「沢村も投げるばかりじゃなくて打つ方も頑張らないとな」

 

 4番の結城がサードライナーで3アウトとなり、自身に打順が回ることなく次の回になったのでグラブを持って立ち上がった。

 

 

 


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