ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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なんとか一ヶ月は空けずに投稿出来ました。
イマイチ、モチベーションが上がりませぬ。


第三十五話 水面下の攻防

 

 

 

 青道高校と稲城実業の試合は2回に突入していた。

 初回は両投手の快投により3人で終わっていた。つまり2回は両チームとも4番からの打順である。

 

「ボール!」

 

 稲実の投手である成宮鳴が投げた球は僅かにストライクゾーンを外れ、捕手の原田雅功が構えていたキャッチャーミットに収まった。

 

『これで2ストライク、3ボール。結城君が粘っています』

 

 フルカウントで、擁した球数はファールをした分も含めると7球。太陽は中天を超えて更に暑くなっていく中で、一人に球数を取られるのは原田としては好ましい状況と言えるものではない。

 

『ウィニングショットであるチェンジアップをどこで使って来るのか……。サインを交わして8球目!』

 

 塁にランナーがいない中、青道で一番怖い打者である結城に対して練りに練った上で出したサインに頷いた成宮が投げた一投。

 

『ストレートを捉えた! センター下がる!』

 

 速度はともかく甘く入った直球を確実に捕らえた金属バットが快音を鳴らし、反発力も合わせて飛んだ球はホームランになってもおかしくない軌道を描く。

 センターを守る神谷・カルロス・俊樹は一瞬だけ向かって来る球を見た後はフェンスを向き、一心不乱に走る。

 

『大きい! これは行ったか――』

 

 誰もがそう思った次の瞬間、一切減速することのなかったカルロスがフェンスに向かって飛び上がった。

 抜群のバネで走っていた勢いを殺すことなくフェンスを蹴って三角飛びの要領で、柵を越えようとしていた球を伸ばしたグローブで捕球する。

 

『と……捕ったぁっ!? 掴み取った!! センターのカルロス君、値千金の超ファインプレー!』

 

 カルロスのファインプレーに湧き上がる球場の中で打たれた成宮は安堵の一息をついていた。

 

「全く、やになるね。一瞬たりとも気を抜くなってか」

 

 当人としては気を抜いたつもりは無くとも、手から離れた球が甘いコースに行っていれば二の句を告げなくなる。

 

「チェンジアップなしで哲さんを抑えたんだ。切り替えて行こう」

 

 カルロスのファインプレーのお蔭だとしても青道の主砲を抑えた結果は変わらない。引きずって後にまで引いて後続に打たれては意味がないと、深呼吸をして次の打者である増子透を見据える。

 

「――――――ストライクバッターアウト!」

 

 増子にはフォークボールを引っ掛けさせて内野ゴロ、次の打者である御幸一也は鋭さを増した変化球に手が出ず、三振に終わった。

 

「やばいな。どんどんキレてきてるぞ、鳴の奴」

 

 プロテクター類の装着を手伝ってもらいながら御幸は相棒の準備が終えるのを待っている石田文悟に打席で感じた心象を伝える。

 

「野球は点を取られない限り負けることはない。一本も打たせる気はないよ、俺は」

 

 流石はエース、と自信満々に言い切った文悟に何時かは自分も真似をしようと心のメモ帳に記す沢村栄純。

 

「そろそろ一発が欲しいよね、雅さん」

「分かってる。結城を抑えて俺が打てば流れを引き寄せられるからな」

 

 とはいえ、初回の文悟の出来からしてチャンスが巡ってくることは決して多くないだろう。成宮が相手を三者凡退させ、ここで原田が打つことが出来れば状況も変わる可能性がある。

 

(うおっ……!?)

 

 打席に立って初球を見送るのではなく単純に手が出なかった原田は喉の奥で呻いた。

 初球は内角高めだがコース的には甘かった。

 

「やべぇな、早すぎてちびりそう」

 

 とは言いつつも決して打てない球ではないと原田も思ったが、次の球には微動だに出来なかった。

 

(去年以上に浮き上がってやがる…………ボールで助かった)

 

 審判のコールは高めに外れてボール。

 見送ったのではなく初めて見る軌道に手を出せなかったのだ。

 

「ストライク!」

 

 ストレートに注視すれば横からカーブが、カーブに注視すればストレートが来る。

 割合的にストレートが多いので待っていても、同じストレートでも4シームと2シームがあり、高速チェンジアップまであって御幸のリードもあって的を絞れないのに、ここにホップするストレートまで混ざると手に負えない。

 

「雅さん……」

「すまん」

 

 一時はライトフェンス直撃のファールも打ったがフルカウントで粘った末に本来ならばボール球をストライクにされて三振してしまった。

 球速とノビ・キレ共に抜群だが時折コースが甘くなるので、それを待っていた原田は最後の球をボールと見て見送った。

 

「御幸一也の捕球技術は高校レベルを越えている。俺ではあそこまで上手くフレーミングは出来ん」

 

 最後の球をボールからストライクにしたのは、手首の完全脱力からボールがミットに収まる瞬間に外側から内側に巻き込むようにして捕球し止める高等技術を使った御幸の仕業である。

 

「おっ!?」

 

 成宮が9番に下がったことで6番から5番に打順が繰り上がった山岡陸が打席でフルスイングした金属バットに当たった大きな音が鳴り響いた。

 

「ああ~、ファールか」

 

 レフトフェンスに直撃したものの、微かにファールゾーンだったので成宮も肩を落とす。

 

「だが、やはりコースは甘いようだな」

「元々、文悟は尻上がりに調子を上げていくタイプだから付け入る隙が多いのは今のウチだったんだ」

「…………悪かったよ」

「え、なに聞こえない」

「悪かったって言ってんだよ!」

 

 成宮は高い集中を保って甘いコースに行くのを防いでいるが、同じ集中状態にあっても抜群にコントロールが良いはずの文悟がコースを攻めれていない。しかし、文悟のエンジンが温まるのは4回辺りからだと皆知っているので付け入る隙は今しかないと分かっているのに、フォローする御幸に一杯食わされた原田も思わず怒鳴ってしまう。

 そんな原田の怒鳴り声も聞こえないほどに湧き上がっている歓声の坩堝に晒される打席で、山岡は外角低めストライクゾーンギリギリを狙ってきた球にバットを振るう。

 

(そこはストライクなんだろ? もう分かってるよ!)

 

 フルスイングしたボールは鋭い当たりで一塁線を破るもファールゾーンに切れてしまった。

 

「ちっ」

 

 微妙なライン際で守備を抜けただけにファールと判定されたことに惜しいという気持ちが脳裏を過り、思わず山岡の口から舌打ちの音が漏れる。

 

(後少し内側だったなら…………まあ、いい。次は配球的にもう一度外か?)

 

 山岡は2球続けてファールしている。普通ならばより打たれる可能性の高いインコースは避けるはずと山岡は考えた。

 

「ぐっ!?」

 

 だからこそ、内角でも外角でもなくど真ん中に直球が来たので軌道修正してバットを振るも、そんなスイングでは当たってもまともに飛びやしない。

 ガヅン、とバットの根に近い部分に辛うじて当てたものの、死んだ打球はマウンドにいる文悟の下へ向かって簡単に捕球され、一塁に送られた。

 

「アウト!」

 

 山岡は必死に走るも間に合わず、中ほどでアウトを宣告されてベンチに戻ることを余儀なくされる。

 次の打者である平井翼とすれ違う際、足を止めた。

 

「石田はまだ調子が上がり切っていません。ですが、御幸に注意してください。あのリードは厄介です」

「叩くなら今、か。分かった。他の皆にも伝えておいてくれ」

 

 山岡のアドバイスに頷いた平井が打席に立つ。

 

(…………ここで首を振るか)

 

 ストレートとカーブでフルカウントまで縺れ込んだ平井はバッテリー間で決まらないサインに目を細める。

 原田と同学年の平井は野球談議をしたことが何度もある。その中で話していたことが頭を過った。

 

(確か前に原田が速球派のピッチャーが首を振ってから投げたがるのはストレートだって言ってたことがあったな)

 

 信じるべきか否か、直感は前者を指示している。配球的にも直球の可能性が高い。直感と客観的情報も合わせて直球を張った。

 実際に投げられたのはカーブだった。

 

「っ!?」

 

 直球を張っていただけにカーブに対応できる力は平井にはなかった。

 振りかけたバットを止めたのは、せめてボールになってくれれば儲け物と思ってのこと。しかし、平井の必死の願いは届かず、寧ろコースは甘い方だったカーブはストライクゾーンに入った。

 

「ストライクバッターアウト!」

 

 フルカウントでのストライクは三振を意味する。

 立ち尽くしていた平井は、ふとチェンジでベンチに戻ろうとしている御幸がキャッチャーマスクの内側で薄らと唇の端を吊り上げているのを見た。

 

「あの首振りはわざとか?」

「さあね」

 

 直感的に御幸が仕掛けた罠であると悟った平井の問いに、足を止めて横目で見て来た御幸は笑みを深めるだけで明言はしなかった。

 

「くそったれっ!」

 

 明言はしなくともあっさりと罠に引っ掛かった己が身を顧みた平井の口から自身への罵倒が出るのは虚仮にされたと思ったから。

 ベンチに戻る途中、グラウンドに出ようとした成宮が平井の罵倒を耳にして苦笑する。

 

「まあまあ、翼クン。気にしない気にしない」

「けど、鳴」

「そうやって冷静さを失くしてミスを誘うのが一也の目的なんだって。カッカッしてたら相手の思うつぼだよ?」

「…………切り替える」

「頼むよ」

 

 成宮は先輩である平井を切り替えさえ、自分と文悟の球数を比べながらマウンドに向かう。

 

「俺の方が球数が多い…………出来ればチェンジアップは温存しておきたいけど」

 

 三振数は同じでもボール球が多くフルカウントまで縺れ込むことも多い成宮に比べ、文悟はコースが甘くなってもゾーンに集めているので必然前者の方が球数が多くなってしまう。

 

「向こうの方が手札が多いとは思いたくないな」

 

 新球種を秘密としていたのは同じでも既にリードに組み込んでいる文悟とそうではない成宮でそのまま球数の差に直結している。

 

「下位打線でどれだけ節約できるか」

 

 原田も考えることは同じなのだろう。

 強力青道打線の中でも安牌である7番の門田将明を初球で内野ゴロで打ち取り、8番の白洲健二郎を3球でキャッチャーフライに仕留めた。

 

「第2関門登場ってね」

 

 9番打者である文悟には去年綺麗に打たれている。去年打たれたのは文悟と結城だけだったので忘れるはずがない。

 

(警戒はしても、し過ぎて四球(フォアボール)で歩かせたら意味がない)

 

 文悟の後から二巡目の打順が始まるのだから、ここで綺麗に終わらせたい。

 去年の仕返しに球数をかけずに仕留めたいという成宮の内なる欲求が球筋を鈍らせたのか、甘く入った初球を文悟は見逃すことなくバットを振り抜いていた。

 

「っ!?」

 

 早すぎる打球に一瞬行き先を見逃した成宮は振り返った直後、起こった歓声に紛れて聞こえたガシャンと何かが何かに当たった音にライト方向を見る。

 ライトフェンスに直撃した打球があまりにも強すぎて、大きく跳ねて返って来たボールを捕球したライトの返球も速く文悟は1塁で足を止める。

 

「くそっ」

 

 この試合始まって初めてのヒットと進塁に試合が動くと予感した観客達が起こす歓声の輪の中で成宮は一言だけ自身に罵倒を吐くのを許した。

 

(切り替えは…………出来てるな。気持ちを切らすなよ、鳴)

 

 打たれたことに動揺はしても前を向いてサインを待つ成宮の目を見てタイムを取る必要性を感じず、原田は浮かしかけていた腰を下ろして次の打者である倉持がまたも左打席に立つのを見て眉を顰める。

 

(また左打席に? バントをするにしても足が速くない石田が塁にいるんだぞ)

 

 チラリと青道ベンチを見ても無駄に目立つ応援をしている一年以外に変化は見られない。

 

(初球は様子を見るか?)

 

 球数が増えている現状ではあまり取りたくはない選択肢である。

 倉持は塁上出たら厄介だが打者としては警戒はしても要注意というレベルではない。2アウトの状況で鑑みれば様子見は下策でしかない。

 

(外角低めのストレートで来い)

 

 警戒は怠らず、カウントを取りに行くサインを出すと頷いた成宮が要求した通りのコースに投げて来た。

 倉持が振ったバットは空を切り、原田が構えていたグローブの中に音を立てて収まった。

 

(今のがブラフだとは思えんが)

 

 文悟に走る予兆は見受けられず、倉持にもセーフティバントする気配は感じられない。

 

(…………って考えてる節から走るか!?)

 

 左投手である成宮には当然ながら盗塁を仕掛けた文悟の姿が見えていた。

 成宮が文悟にライバル意識を抱いているのは近しい者なら誰にでも分かる。文悟に打たれた、盗塁をされている状況が成宮から打者への集中を鈍らせた。

 

「――――吉沢!」

 

 死んだ打球が三塁線を転々と転がる。

 すっぽ抜けたとまではいかなくても成宮にしては失投に近い球にバットを辛うじて当てた倉持が走る。

 

「二塁だ!」

 

 俊足と言われる足は伊達ではなく左打席に立っていたこともあって一塁は間に合いそうにない。盗塁を仕掛けたとはいえ、まだ三塁に近い二塁で文悟をアウトにする方が間に合う可能性が高いとボールを捕球しかけていた吉沢秀明に向かって叫ぶ。

 

「…………セーフ!」

 

 吉沢は全国に轟く稲城実業の名に決して恥じぬ守備を見せたが僅かに文悟が二塁に到着する方が早く判定はセーフ。

 

「なんて無茶な作戦をする」

「無茶なのはあの2人だけで、青道全体を含めないでほしいね」

 

 2アウトで仕掛けるにはリスクの高い作戦に原田が思わず口から心証を零すと、バットを持った小湊亮介が涼しい顔をして打席に立とうとしていた。

 

「2人の独断だと?」

「折角、塁に出たのに2アウトでやることじゃないでしょ」

「そうだが……」

 

 迂闊に信じて良いものかと原田も判断に迷う。が、そうやって迷わせることが青道の目的ではないかと閃く。

 キャプテンで守りの要で4番である原田の迷いはチームに悪い影響しか与えない。先程のが青道が仕掛けたものか、2年2人が独断で行ったことなのかを知る必要は終わってしまえば意味がない。

 2アウトならばフライでもアウトで攻撃を終わらせることが出来る。

 

「来い、鳴!」

 

 原田は気持ちを切り替えて成宮に呼びかけた。

 静かな眼差しで打席に立った亮介を確実にアウトにする為に、6球も粘られた末に歩かせるよりかはマシだと原田が成宮にチェンジアップを要求することになることを今はまだ知らなかった。

 

 

 


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