ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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第三十六話 投手戦

 

 

 

『当初の予想通り投手戦となっている西東京決勝。3回の裏、稲実の攻撃を迎えています』

 

 時間の経過と共に暑くなっていく球場内にアナウンスが響く中で、打席に立つ成宮鳴はヘルメットの位置を微調整する。

 

『未だノーヒットピッチングを続ける青道のエース石田君は7番梵君と8番富士川君を守備の好プレーもあって凡退に打ち取りました。稲実は9番の成宮君に打席が回ってきています』

 

 少し荒れた打席を整える。

 

『成宮君もノーヒットピッチングを続けていましたが、石田君に打たれました。その借りを返せるのか』

 

 足場を固めて打席からマウンドを見れば、石田文悟の感情を覗かせない平静な表情とは打って変わって闘志がギラギラと溢れる眼差しと視線が交わる。

 

(チャンスがあれば打つ)

 

 この試合では投手戦となると事前に予想されていたので打順を9番にまで下がっている成宮だが、本来はクリーンナップを務める打力がある。ピッチングに専念するといっても打てるならば打つ方が良いに決まっている。

 

(まだコースが甘い時がある。チャンスは必ず来るはずだ)

 

 文悟はこの試合で抜群の球威や球速に対して制球には未だ難があるようで、御幸一也のリードと技術に助けられている面が多いことは同じ投手である成宮には良く分かった。

 成宮もこの決勝戦ではピッチングに専念するつもりであるが打てる時には打つつもりであるから、失投を見逃すまいと目を凝らす。

 

『石田君、初球は…………ストライク! まさかの初球ど真ん中のストレート! 予想外だったのか、成宮君も手が出ません』

 

 動かすことが出来なかったバットのグリップを強く握って成宮は一度大きく深呼吸する。

 

(去年とは次元が違うって話だったけど、ここまでとは)

 

 解説が言っているようなど真ん中への予想が出来ていなかったわけではない。

 この試合の間だけでも何球かは来ていたので予想の範囲である。それでもバットを振れなかったのは、ベンチやネクストバッターサークルで見ているものよりもノビが成宮の想像以上だったことと初球は様子見だと決めていたから。

 

(これに浮き上がるストレートまであるってんだから反則だろ)

 

 浮き上がる直球にノビる直球(4シーム)落ちない直球(2シーム)と、ここまでバリエーションがあると的が搾りきれない。

 

『おおっと、ここで高速チェンジアップが来た!』

 

 非公式ながらも155km/hを出したことがあるという文悟のストレートを待っていたら、全く同じモーションで放たれる130㎞/hの高速チェンジアップには対応できない。

 成宮も振りかけたバットを抑えることが出来ず、スイングしたとみなされてしまう。

 

『早くも2ストライクに追い詰めた青道バッテリー。ここは勝負を急がずに1球外すでしょうか…………ストライク! なんとまたもど真ん中のストレートで来ました! これで早くも6個目の三振です!』

 

 打席で立ち尽くす成宮の横をニシシと笑って御幸が駆け抜けてゆく。

 全ては御幸の読み通りで、裏をかかれたと自覚すると怒りが込み上がってくる。

 

「あの野郎……っ!」

「腐るなよ、鳴。余計な感情はピッチングに響く」

「分かってるよ!」

 

 成宮が怒りに任せてバットを乱暴に直してベンチに戻ると、既に捕手装備を身に着けた原田雅功が告げるも虚仮にされたという思いは直ぐには消えない。

 

「次はクリーンナップだ。必ず抑えるぞ」

 

 打てなかったのは原田も同じ。注意や小言ではなく成宮を引っ張っていく言葉をかけて先にグラウンドに出る。

 原田の言葉が自身を信頼しているからだと成宮も分からないはずがない。ベンチで大きく深呼吸し、控えのメンバーに渡されたコップから水を一口だけ含んで喉を潤す。

 

「抑えて見せるさ」

 

 それだけの意志と自信が自分にあると言い聞かせ、グラウンドに出ると雲一つない空に燦々と輝く太陽の陽射しが成宮を照らし出す。

 

『先頭打者の伊佐敷君を気迫の投球で三振に抑えた成宮君。青道の主砲である結城君を相手に厳しいコースを攻めて行きます』

 

 主将にして4番の結城哲也に対しての3球目が原田が構えたキャッチャーグローブに音を立てて収まる。

 

「ボール!」

『主審の判定はボール。僅かに外れたようです』

 

 ストライクゾーンを僅かに切れたスライダーを捕球した原田はキャッチャーマスクの中で眉を寄せる。

 

(これで2ボールだが安易にストライクを取りに行けば打たれる)

 

 チラリと打席に立つ結城を見上げれば、一瞬手が出かけたバットを構え直しているところだった。

 

(チェンジアップは試合後半まで使わない。試合プランに変更はない)

 

 追い込まれたから使ってしまっては切り札の意味がない。小湊亮介相手にチェンジアップを使ってしまったのは原田としても忸怩たる思いがある。

 

(例えここで四球になろうとも厳しく攻めて来い!)

 

 塁上にランナーはおらず、結城のような強打者に一発を打たれるよりかは歩かせた方がマシ。だが、逃げては意味がない。攻めた上での四球と逃げた上での四球では意味が違うのだから。

 

「ストライク!」

 

 ここしかないという外角低め一杯のフォークが決まった。振られたバットの下を通過してグローブに収まった球に原田は心の中でガッツボーズをする。

 

(状況的には追い込んでいる。1球の余裕があるから高めの釣り球を要求するか……)

 

 先程が外角低めだったからセオリー通りにするか考える。

 

『ううん、ボールになりました。少し高めに外れ過ぎたようで、結城君も動かず。フルカウントとなりました。次の一球は――』

 

 熟考の末に原田はサインを出し、頷いた成宮が投げる。

 

「…………ボール、フォア!」

 

 際どい判定だったが主審は四球を宣言し、結城が一塁へと進む。

 前の回で文悟が盗塁を仕掛けたところなので、結城も同じことをする可能性があったから稲実バッテリーは警戒していた。

 初球は様子見で外し、2球目もバントの構えをしたから敢えて外して連続ボール。結城は動く様子がない。

 

『青道は増子君が手堅くバントして結城君は2塁へ。得点圏では無類の強さを発揮する御幸君が打席に立ちます』 

 

 3球目でセーフティバントをされ、結城が進塁。増子はアウトで、6番の御幸を迎えた原田は決断した。

 

『む? 稲実バッテリーはここで御幸君を敬遠するようです』

 

 原田が立ち上がり、打席から少し離れたところに移動する。

 

(無駄にリスクを冒す必要はない。お前にも分かるだろ、鳴?)

 

 表情を隠しているが女房役である原田には傲岸不遜で自信家な成宮が必ずしも納得して敬遠をしているわけではないと分かっている。

 

『御幸君を敬遠し、7番の門田君を打ち取った成宮君が吠える!』

 

 3回と同じく塁を背負いながらも無事に抑えた成宮の叫びがグラウンドに響き渡る。

 

「成宮に負けてられないな」

 

 攻撃が終わり、守備に代わるのでグローブを持ってベンチから出た文悟は拳を握る。

 

『ノーヒットノーランピッチングを続ける石田君。二巡目を迎える稲実は攻略の糸口を見つけることが出来るのか』

 

 打順は一巡して1番の神谷・カルロス・俊樹が打席に向かう。

 

(必ず打つ!)

 

 初打席では文悟のストレートのノビに目を見張ったが、二巡目ともなれば見たことのない軌道ではないのだから打てるはずだと自分に言い聞かせる。

 

「ストライク!」

 

 内角高め一杯のストレートに、思わず身を仰け反らせてしまったカルロスは羞恥に強く噛み締める。

 

「ストライク2!」

 

 内角低めギリギリに2シームが決まる。

 手が出せなかったカルロスは前の打席とは明らかな違いに気づいた。

 

(制球が…………エンジンが完全にかかりやがった)

 

 次の球もカルロスが振ったバットの上を通って御幸が構えたところにドンピシャで球が収まる。

 

『ここでもまた三振です。未だ完璧なピッチングを続ける石田君を稲実は打ち崩せるのか!』

 

 カルロスはベンチに戻る途中にすれ違う白河勝之に耳打ちする。

 

(予想通り4回でエンジンがかかったか。ますます厄介になるね)

 

 伝言を受け取った白河は寧ろ前の打席のイメージは邪魔になるかもしれないと考えた。

 マウンドの文悟がユラリとした力強さを感じさせないフォームで投げ込む。

 

(力感が全く無いのに体感速度は一番速い……)

 

 前の打席のイメージでバットを振るも、その前に球は御幸が構えたグローブに収まっていた。

 自身でも振り遅れを自覚した白河はイメージに修正を図る。

 

「ファール!」

 

 高めに外れたボール球に手を出してしまい、窮屈な姿勢で当てた打球はライト線を切れる。

 

(石田の投球能力も、御幸の配球による撹乱も、俺を打ち取る可能性を全て潰してお前らを撃つ!!)

 

 意気込む白河の視線の先で、力感を感じない姿で球が投げられた。

 夏前の合宿の総仕上げである対外試合で辿り着いた、全身脱力からのリリース時だけ一気に力を開放する投げ方で投げられたカーブは今日一番のキレを見せる。

 

「っ!?」

 

 白河も手が出ず、ただ見送ることしか出来ない。

 

『この回も完璧な内容で終えた石田君。ノーヒットノーラン、完全試合への期待が高まります』

 

 続く吉沢秀明を内野フライで仕留め、攻守が入れ替わる。

 

「ナイスピッチング」 

 

 ベンチに戻る途中で御幸が話しかけて来たので文悟は浮かんでいる汗を拭って口を開く。

 

「やっと身体がイメージ通りに動くようになってきたけど、最後の球が抜け気味だった。哲さんクラスにあんな球を投げてたらホームランを打たれる。もっと腕の振りを鋭くしないと」

「そうかい」

 

 完璧を求めて先の失投まではいかない球に納得がいっていない文悟に呆れつつも、御幸は頼もしさを感じて苦笑する。

 

「あまり完璧を求めすぎるなよ」

 

 聞こえていない様子ながらも言わずにはいられなかったが、反応した文悟が顔を向けて来た。

 

「なんで?」

「そういう時は一度でも崩れればドツボに嵌る。ほどほどにしとけ」

「大丈夫だ。御幸がいてくれるからな」

「こいつ……」

 

 女房役として絶対の信頼を向けられて嬉しくないはずがない。

 

「崩れたら張り倒してでも戻してやるから覚悟しとけ」

「期待してる」

 

 御幸の言葉が照れ隠しだと分かっているから敢えてツッコミはしなかった文悟がベンチに戻ると沢村栄純がタオルを差し出してくる。

 

「流石はエース! 完璧な投球でした!」

 

 憧れの眼差し向けて来る沢村に苦笑しつつ、流石に浮かんでいた汗が流れる不快感を拭いたくて「ありがとう」と言ってタオルを受け取る。

 文悟が汗を拭いている間、沢村の様子に気付いた御幸がニヤリと笑う。

 

「おい、沢村。文悟に惚れるなよ」

「男に惚れるわけないでしょ、御幸先輩」

「冗談に決まってるだろ。分かれよ、そこは」

「え」

 

 冗談を真面目に返された御幸が呆れていた近くで目を見張っていた降谷暁は本当に分かっていなかったらしい。

 そんな彼らの下に滝川・クリス・優がやってくる。

 

「楽し気なところ悪いが、文悟の打順が近い。そろそろ解放してやれ」

「別に拘束してたつもりはないんですけど」

「つもりはなくても、お前達の漫才を聞いてたら力が抜ける」

 

 自分を含まないでほしいと暗に込めた御幸の言葉をぶった切ったクリスが文悟にヘルメットとバットを手渡してベンチから送り出す。

 

 

 

 

 

 成宮は毎回ランナーを背負いながらもホームベースを踏まさず、文悟はランナーを1人も出さないまま回を重ねる。

 そして遂に7回で状況が動く。

 

 

 


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