ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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最終話 BUNGO

 

 

 

 13時から始まった試合は最も暑い時間を迎えようとしていた。そして試合もまた終盤を迎えて盛り上がりのピークに到達しようとしている。

 

『両校共に0行進が続いている西東京大会決勝戦も9回を迎えようとしています。打たれながらも要所を抑えている稲実の成宮君とは対照的に、エラーによる出塁はあったものの未だノーヒットを続ける石田君、1年生の頃からライバルと目されていたこの2人の決着は延長戦にまで縺れ込むのか』

 

 完全試合は崩れたもののノーヒットノーランの可能性を色濃く残している石田文悟への期待も大きい。

 両校の応援団は声が嗄れようとも応援の声を止めず、ノーヒットノーランの期待もあって文悟に対しての声援が何時までも続いている。

 

『9回表、青道の攻撃です。打席に立つのは3番伊佐敷君』

 

 伊佐敷純は最悪の場合、これが高校で立つ最後の打席になるという思いを抱いて打席に立つ。

 

『最終回のマウンドにもこの人、稲実のエースである成宮君が立ちます』

 

 球数は100を優に超え、上がり続ける気温に晒された成宮の顔には疲労が色濃い。それでも力弱さを全く感じさせないのは、全身から放散される勝利への意欲が疲労を超えているから。

 

『得点の気配がない石田君を相手に後顧の憂いなく裏の攻撃に全てを懸ける為にも、この回は無失点に抑えておきたいところ』

 

 足場を均してヘルメットの位置を直し、手袋の嵌め具合を確かめる。バットをギュッと強く握り、伊佐敷は眼光も鋭く成宮を見据える。

 

(文悟は十分な働きをしてくれたんだ。先輩として俺達が結果を出さなきゃな)

 

 打順は3番(クリーンナップ)から始まる。伊佐敷、結城、増子と3年生が続く。本来の打順では増子の前に文悟が入るのだが、2年生がここまで頑張ってくれたのだから3年生として報いたいという思いがある中で3年生が続くのは気持ち的に盛り上がる。

 

「だっ!」

 

 成宮の初球は100球を超えたとは思えないほどの球威の直球を伊佐敷も必死に食らいついて当てた。

 

「ファール!」

 

 打球は一塁線を遥かに切れて観客席の手前の地面を跳ねた。

 打った球の行く末を確認してバットを戻した伊佐敷は止めていた息を長い時間をかけて吐き出し、ボールを貰って握り直している成宮の全てを見通さんとばかりに視線を固定する。

 

「ボール!」

 

 打席の少し手前で大きく落ちた球に伊佐敷は振りかけたバットを押し留めた。審判のコールで振っていないと判定されたことに安堵して思わず天を仰ぐ。

 際どい判定に一欠けらの悔しさも見せることなく、成宮は次の球を投げる。

 

「ん!」

 

 如何に怪物投手で意志が疲労を上回ろうともふとした時に後者が顔を出す。時にその意志が判定に不満を抱いた時に方向性が揺らいでしまうように。

 外角高めのスライダーだったが、稲実の捕手である原田雅功の想定よりも曲がらなかった。

 

「ボール!」

 

 気を抜いたというレベルではない。甲子園が懸かった大舞台で、もしかしたら自分を凌駕している相手との戦いで疲労の極致にある中で意志の方向性が揺らぐだけで如実にボールに影響が出るのが投手だった。

 

『伊佐敷君またもやファール! これでカウントは2-2、成宮君が追い込んだと見るか伊佐敷君が粘っていると見るか、難しいところです』

 

 またもや1塁線を切れたファールに悔しがることもなく、ただ前を向いて打つという意思を発し続ける。

 

「来いオラッ!!」

 

 言葉でも威圧してくる伊佐敷の暑苦しい闘志に当てられたわけではないが、拭いても拭いても浮き上がってくる汗の鬱陶しさに眉を顰めながらも成宮に焦りはない。

 

(何を迷ってんのさ。伊佐敷さんがストレート系に的を絞ってると思ってるならチェンジアップを使ってタイミングを外せばいいだろうに)

 

 とはいえ、成宮も原田の迷いが分からないわけではない。

 成宮のチェンジアップには投げ過ぎると浮いてしまう悪癖がある。今のところチェンジアップは10球を超えていないが、100球を超えた球数を考えるに疲労から悪癖が出てしまう恐れがある。

 

(違うよ、雅さん…………そう、それでいいんだよ)

 

 悩んだ末にスライダーのサインを出して来た雅さんに首を振り、ストレート・フォークと中々望んだサインを出さない原田にチェンジアップのサインが出るまで繰り返すと諦めたようだ。

 

『チェンジアップを辛うじて当てたものの内野ゴロでアウト!』

 

 片岡監督の指示でチェンジアップを捨てていた伊佐敷に打てるはずもなく、振りかけたバットを押し留めて当ててもパワーはない。

 遊撃手の白河勝之が危なげなく捕球して1塁でアウトにした。

 最も必要な時に打てないことに伊佐敷の人生で一番の怒りが湧き上がってバットを地面に叩きつけたい欲求が生まれるも、やってきた結城哲也を見るとその気を失くした。

 

「くそっ、後は頼んだぜキャプテン」

「任せろ」

 

 伊佐敷が逆立ちしても敵わないと認めた結城とハイタッチして全てを託す。

 言葉少な気に伊佐敷と入れ替わりに打席に立った結城の立ち姿を見た原田はキャッチャーマスクの中で顔を顰めた。

 

(力の抜けた良い姿勢をしてやがる。普通はちょっとぐらい緊張するものだろうに)

 

 甲子園がかかった大事な舞台の9回で、結城と同じキャプテンで4番という立場は最も周りの期待を集めることを良く知っている。だからこそ、ここまで力感の抜けた打撃フォームを維持出来ることに信じられない思いを抱く。

 

(前の打席でチェンジアップは見せた。伊佐敷の反応からしてヤマを張っているようには思えんが)

 

 あり得るとしたらチェンジアップを捨てているという選択肢だが、それだけを頼みにするには結城は油断できる打者ではない。

 

『両チームのエースと4番が4度目の対決を迎えます。ここまでの3打席でノーヒットの結城君がここで打てば流れは確実に青道に傾き、抑えれば稲実に傾くのは想像に難くありません。注目の初球は――』

 

 球場にいる全ての者が試合の趨勢を決しかねない対決。稲実メンバーが自分達のエースを信じる中で成宮の初球が投じられた。

 

「ットライク!」

 

 外角低めギリギリのフォークはこの日一番の落差で結城が振ったバットの下を掻い潜り、原田が構えていたミットの中に収まる。

 迷いなく初球から打ちに来た結城に、原田は狙いがストレートなのかと考察した。

 

『おおっと、ここでチェンジアップが来た! 結城君のバットがまたもや空を切る!』

 

 持ち札の全てを使って結城を倒すべくチェンジアップもここで使う。

 早くも結城を追い込んだ原田のサインに熟考の末に成宮も頷いた。

 

『高めの釣り球も振っていく結城君。以前変わらず、カウント2-0のまま』

 

 ストライクゾーンを外れていたが成宮が吠えるほどの渾身の直球が見逃すことを許してはくれなかった。

 

 それでも振る結城。

 

(やはりチェンジアップを切り捨てているのか?)

 

 直球に食らいついたが、チェンジアップには未だに手も足も出ていない。

 ここでチェンジアップを使うか、一度外すか。

 

「ボール!」

 

 何に手を出すのかを見極める為、足元を抉るようなスライダーは僅かにゾーンを外れた。

 微妙な判定だっただけに球場中が溜息をつく中、結城だけは静かな眼差しで成宮から視線を外さない。

 

(種は撒いた。低めに決まれば魔球。誰にも打たれやしない。ここで決めてこその真のウィニングショット。低めに来なかったら後でぶん殴るからな!)

 

 疲労の極致であろうとも今日最高の球で来いとサインで伝えると、一瞬だけ成宮は薄く笑った。

 稲実バッテリーがサインを交わし合っている最中、結城の集中力は極限に高まっていく。

 まずは音が消えた。

 次は成宮以外の姿が視界から消える。

 結城は自身の集中力が嘗てないほどに高まっているという自覚もないまま、思考ではない領域が体を動かす。

 

『う……打ったぁああああああああああああああああ!! ショートが伸ばした手の上を超えてレフト方向に飛んでいく!!』

 

 成宮自身、今日最高のチェンジアップと言い切れる球を体勢を崩しながらもバットの先で掬い上げるようにして打ち上げた打球がセンターとレフトの中間に落ちた。

 俊足のカルロスが追いつき、すぐさま返球するも結城が二塁に到達するのには間に合わない。

 

『――――――――4番の結城君が2ベースヒットを放ち、続く増子君が打った犠牲フライで三塁に進塁。次は得点圏では無類の強さを持つ御幸君ですが』

 

 原田が自ベンチを見て立ち上がった。

 

『原田君、立ち上がった。これは敬遠、敬遠です!』

 

 御幸は勝負を避けられ、これで2アウト一、三塁。大きいのが出れば、大量得点も十分にあり得る。

 

『ここで青道ベンチに動きが…………どうやら代打が出るようです。青道で代打と言えば予選3打席で打率10割の小湊春市君でしょうか?』

 

 この試合ノーヒットの門田のポジションはレフト。青道の中では最も流動性の高いポジションであるだけに門田に代打が出されても代わりにやれる者は多い。

 球場にいる誰もが、敵である稲実ですら春市が代打で出て来ることを疑わなかったからこそ出てきた人物に目を剥いた。

 

「クリスだと!?」

 

 ベンチから出て来たのは滝川・クリス・優。今大会で一度も代打で起用されたことがない選手の登場に球場が大きくどよめく。

 青道の観客席側からも動揺が伝わってくることから、事前の予定ではなかったことは確かである。

 

「お願いします!」

 

 クリスが頭を下げ、打席に入る。

 動揺から回帰して大急ぎでクリスのデータを脳内で蘇らせた原田は対策を考える必要があった。

 

「タイム、お願いします」

 

 タイムを取ってマウンドに向かう。

 

「予想外だよね、まさかクリスさんが代打だなんて」

 

 開口一番、成宮が特に気にした風もなく言ったことに原田は大きく頷いて同意する。

 

「今大会のデータを見る限り、代打としてはともかく打者としては間違いなく厄介な部類だ」

「じゃあ、敬遠する?」

「最悪、その手もあるが……」

 

 チラリと青道ベンチを見ればネクストバッターサークルには8番の白洲健二郎がいるが、控えのはずの小湊春市がバットを持っている姿が目に入る。

 

「1年ならクリスさんよりかはマシだとは思うけど?」

「満塁策はあまり取りたくない」

 

 3年のクリスよりも1年の春市の方が与しやすいのは間違いないだろうが、代打のスペシャリストという点は無視し難い。何よりもこういう大舞台において1年の方が気楽になるかもしれない。

 

「可能性としては薄いがスクイズもあり得る。何にしても内野は前進守備で対応する」

 

 原田がキャプテンとして、何よりも守備の中心として方針を打ち出している間、成宮は空の太陽を見上げていた。

 

「足んねぇな……」

 

 その呟きはチャンスに沸き立ってがなり立てる青道の応援団の声の中で不思議と響いた。

 

「暑さが足んねぇ。甲子園のマウンドはもっと暑かった、もっと、もっと……」

 

 成宮が顔を下ろしてニヤリと笑った。

 

「こんなところで終われない。もう一度、あの場所へ(甲子園に)行く為にここを抑えて勝とう」

 

 エースの集まっていた内野陣は笑い、思いを同じくして散って行く。

 

「勝つぞ、鳴」

 

 求める場所に辿り着くために勝利を目指した。

 

『クリス君、初球を狙い打ったァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 この試合の間、必ず自分に出番が回って来ることがあると考えて、ずっと原田のリードを読むことだけに集中していたクリスが確信を持って振ったバットに快音が響く。

 

『レフト梵君、懸命に突っ込むも僅かに届かず…………今、結城君がホームベースを踏んだ!! 青道待望の先制点が入った!!』

 

 御幸が二塁、クリスが一塁に進んだ中で、原田はクリスに狙い打たれたのが自分のリードの所為だと直感して立ち尽くしていた。

 

「雅さん」

 

 声かけられるまで成宮の接近に気付いていなかった原田は瞠目する。

 

「次を抑えよう」

 

 ボールを受け取り、マウンドに戻っていく成宮の背中に誓う。

 

(俺達は、鳴はまだ負けちゃいない……!)

 

 結局、春市は代打では出ず、白洲を抑えた原田が心中で叫ぶ。 

 

「坂井、レフトに入れ」

「はい!」

 

 9回を1人で投げ抜いた成宮にスタンドから大きな拍手が送られる中、青道ベンチは最後の詰めに余念がない。

 

「丹波、降谷、沢村、どんな状況でも行ける準備を」

「「「はい!」」」

 

 みんなにもみくちゃにされて少しヨレているクリスを急かすように、3人が準備を手伝う。

 

「石田、お前の後ろには丹波達がいる。この回に全てを込めろ」

「はい!」

 

 元よりそのつもり。延長のことなど考えず投げると決めた文悟は大きく返事をした。

 

「いいか! 相手は死の物狂いで点を取りに来るぞ! アウト1つを取るのも丁寧に、最後の最後まで決して油断するな!!」

『はい!』

 

 スタメンに限らず、ベンチにいる全員が返事を返すのに頷いた片岡監督が薄く笑う。

 

「稲実よりもお前達の方が強い。勝って来い」

 

 その言葉に送り出されるようにグラウンドに散っていくナインの中、沢村栄純に水を貰った文悟は一口だけ飲む。

 

「エース、みんながここまで行きたがる甲子園には何があるんですか?」

 

 水を呑み込んだところでかけられた問いに、文悟はコップを渡して口を開く。

 

それ(・・)を知る為に行くんだ」

 

 そう言ってマウンドに向かっていく1番(エース)に、沢村は必ずその背番号を奪って見せると誓いを新たにする。

 

『――――――――――9回表に遂に先制点が入り、アウト3つを取れば6年振りの甲子園行きが決まる青道バッテリーに焦りはないようです!』

 

 声援に後押しをされるように投げる文悟に隙は無かった。

 

『この回で力の全てを使い尽くさんばかりの気迫を見せる石田君を前に、連続三振の稲実。前の回から含めれば5者連続という状況で、残るアウトはたった1つ。そして迎えるのはまるで舞台であるかのように、ライバルである成宮君が打席に立ちます!』

 

 7番8番共に三振に終わり、前の回の三者連続三振も合わせれば5者連続三振の中、9番打者として成宮が打席に立つ。

 

『代打はありません! 国友監督も成宮君に全てを託します!』

 

 打席に立つ前、成宮は球場を見渡して穏やかな表情を浮かべる。

 

「長かったのか、短かったのか……」

 

 小さな呟きは声援に掻き消されて誰にも届くことなく消えていく。

 

(こいつ、ベースに覆い被さって)

 

 塁に出るのならば死球であろうとも構わないと成宮の姿勢が物語っていた。

 反則ではないが、文悟ほどの球速に当てられれば、下手をすれば当たり所が悪ければ命にも関わりかねない。

 

(普通の高校生なんて興味も無い。野球の為だけの生活、ここまでやってれば勝利が欲しい、結果が欲しい)

 

 未来など今は見えない。今だけが全てで、明日に繋ぐ為ならば怪我をしても構わない。

 だが、世の中には意志だけではどうにも出来ない領域がある。

 

「ストライク!」

『ベースに覆い被さる成宮君など関係ないとばかりのインコース! 青道バッテリーに全く臆した気配はありません!』

 

 未来など見ないのは青道も同じだ。去年と同じ思いをするぐらいならば死んだ方がマシだという思いが2人にはある。ベースに覆い被さる程度の揺さぶりが今更効くはずがない。

 

『今日一番のカーブがインコースに切り込んで来る!』

 

 ベースに覆い被さっていては内角を攻めて来るリードを、仮に打てても進塁することは難しい。

 成宮はこのままのやり方を通すかを迷った。

 この場面において、迷うことこそが敗因だった。

 

『最後はど真ん中のストレート! 浮き上がっているとしか言いようがないストレートになんとか当てた成宮君! ボールは高く浮き上がり――――』

 

 球の下側を叩いて大きく浮き上がったボールが直ぐに失速して落ちて来る。

 

『マウンドの石田君、空を見上げたまま動かず…………』

 

 ほぼ定位置のまま動かなかった文悟が天に向かってグラブを掲げた。その中にボールが落ちて来た。

 

試合終了(ゲームセット)!!』

 

 文悟のグラブの中に収まった球。スコアボードからアウトカウントが消えて球場が今日一番の歓声と悲鳴に染まる。その坩堝の中で、ノーヒットノーランを達成した文悟(エース)はマウンドで吠えた。

 

 

 

 

 

 そして青道は西東京大会を制した勢いそのままに甲子園でも暴れに暴れ、遂に一度も負けることなく夏を終えたのだった。

 

 

 




打ち切りっぽい感じですがこれにて最後です。

甲子園では
初戦、西邦で文悟が先発 完全試合
二回戦、大阪桐生 先発・文悟 6回から降谷、沢村のリレー
三回戦 帝東 先発・丹波 完投
準々決勝 翔西大付属翔西 大会NO.1投手である吉見雅樹と投手戦。
準決勝 青森真田 先発・丹波、5回でノックアウト、降谷、沢村一回ずつ、リリーフに文悟
決勝 巨摩大藤巻 先発・文悟 ノーヒットノーラン

という感じです。



最初と違って途中からモチベーションが切れかけたりしましたがなんとか年内に完結出来ました。

拙作を読んで頂きありがとうございました。

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