現段階ではまだストレートのみで、変化球は今後習得予定。
家庭環境や家族構成が違うことで、野田ユキオと出会わない代わりに野球に詳しいおじさんにアドバイスを受けた√的な感じで進めて行きます。
ACTⅡでもBUNNGO要素が無いのであればクロスオーバーは外します。
まだ朝靄も晴れない早朝。それどころか太陽が欠片も出ていない頃から文悟は起きた。
「………………」
文悟は寝つきも良ければ寝起きも良い。とはいえ、一発で目を覚ました文悟は見覚えのない二段ベッドの天井に自分がどこにいるのか理解が追いつかなかった。
「そうか」
直ぐに自分が青道に入学したこと、東と尊敬するクリスと同じ部屋になったのだと思い至り、横を見れば二段ベッドの下に巨体が、上には文悟と大きな差はない体格が寝ているのを見る。
枕元に置いた時計を見れば起床時間である5時30分よりも15分ほど早い。何時もよりは15分遅いのだから緊張していたらしい。
下手に物音を立てて2人を起こすのは忍びないと、掛布団だけを避けて敷布団の上で軽く柔軟体操をする。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
静かに長く息を吐きながら前屈をすると伸ばした手が踵をしっかりと掴み、額が足につく。
(今日は少し固いか)
寝慣れていない布団なのもあって、何時もより眠りが浅かったのかもしれないと思いつつ、初練習に向けて体を解すことを続ける。
「早いな、文悟」
10分ほど柔軟体操を続けていると、二段ベッドの上段からクリスが声をかけてきた。
すると、その声に下段の東が身動ぎする。
「おはようございます、東先輩、クリス先輩」
「……………ふわぁ、おはようさん」
「おはよう」
頃合いを見計らって文悟が挨拶すると、東が巨体には小さすぎるベッド上で片手をついて体を持ち上げながら返し、クリスも上段から降りて来る。
「また、随分と早いのう。ちゃんと寝れたんか?」
ベッドから出て来てTシャツの裾から腹を掻きながら立ち上がった東の質問に、掛布団を畳んでいた文悟が顔を上げる。
「ぐっすりと。ただ、環境が変わって少し緊張してるのかもしれません。起きるのが15分も遅くなってしまいました」
「遅くなったって、初めて聞いたわ」
邪魔にならないように三つに折った布団を折って二段ベッドの下段から出て来た文悟の言葉に東は呆れていた。
「そうなんですか?」
「何時もはどれだけ起きるのが大変だったのかを聞くからな」
クリスが理由を言っても文悟は良く分かっていない様子であった。
「あんな早うに寝とったらそれも当然か」
歓迎会をしてやろうと思っていたのに22時前には寝ると言い出した時には小学生かとクリスと話していた東は納得した。
「早寝早起きが習慣付いているのは良いことだ」
話を聞いた限りでは文悟の習慣を必ずクリスが肯定的に見る所為で尊敬を高めているのだろう。現に今も飼い主に褒められた犬状態の文悟を見た東は深く深く納得してしまった。
「朝練の前になんか摘まんどくか。文悟はバナナ何本食う?」
「2人は?」
「その言い方だと食う気満々やな」
「ゼリーかヨーグルトを1つずつとして、バナナは1人2本で十分でしょう」
「そうやな」
朝食があるにしても、3人が3人とも180㎝越えなのだから朝練の前に何か食べないと体が持たない。
直ぐにエネルギーに代わるバナナが6本1房なので等分に割り、備蓄してあるゼリーかヨーグルト各1つで東を納得させたクリスは、文悟を食堂に案内がてら一緒に連れて行く。
「食堂にある共同冷蔵庫に自分の物を入れる時は必ず自分の名前を書くように。でないと、勝手に食べられるからな。偶に書いてても食べられる時があるから早く食べるようにな」
「了解です」
説明しつつ1階に降りて食堂に入ると、既に先客がいた。
「増子」
「ん? クリスか」
鍵が開いていたので先客に驚かなかったクリスが冷蔵庫に上半身を突っ込んでいる男に声をかけると、振り返った増子透はバナナを口にしながら答える。
「また一番乗りか」
「腹が鳴って起きてしまう」
「流石は俺達の世代で最初から3杯いけた男。食欲とパワーは学年一だな」
呆れているのか、感心しているのか、半々のような口調のクリスの後ろに立っていた文悟に増子も気づいた。
「ほう、そいつがそっちの新人か。随分と体格が良い」
「石田文悟です。これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
この
「まだバナナは残ってるか?」
文悟と頷いている増子を見て薄く笑みを浮かべたクリスが訊ねる。
「後1房なら」
「あまり食い過ぎるなよ」
「善処する」
増子が取ってくれたバナナとゼリー、ヨーグルトを受け取ったクリスと一緒に部屋に戻る。
「さっきの増子はキャプテンと同じサードでだな。ポジションが被っていることもあってレギュラーじゃないが代打で良く出る
クリスのアドバイスが間違っているはずがないと心のノートに書き込んだ文悟が朝食未満のバナナとヨーグルトを腹に収め、着替え諸々の準備を終えると外に出た。
「じゃあ、また後でな」
キャプテンである東とは直ぐに別れ、クリスに先導してもらってグラウンドに出ると数人先客がいた。
「おう、クリス。そいつがお前の部屋の新人か」
顎の一部分だけチョビ髭を生やした目付きの悪い男が話しかけて来た。
「ああ、こいつは」
「紹介はいい。どうせ後でやるんだからな」
と言いつつも、ジロジロと文悟を見て離れる。
「センターを守ってる伊佐敷純だ。見てくれは悪い奴だが良い奴だぞ」
「褒めてんのか、それ? つか、誰が見てくれは悪い奴だ」
「せめて、その髭を剃ってから言って欲しいな」
「言うじゃねぇか、おい」
あまり表情が変わらないクリスに対して、伊佐敷は一昔前の
「こらこら後輩の前でじゃれ合わない。困ってるだろ」
自分が原因の諍いにどうしたらいいかと文悟が困っていると、話し方からして先輩らしい人が伊佐敷よりも小柄な体で割って入った。
「1年はあっち。ほら、行っておいで」
名前も知らない先輩に背中を押されるようにして、続々と集まっている一年生の列に入る。
まだ数人しか揃っていないが、隣には目が悪いのか眼鏡をかけた男が眠そうに欠伸をしていた。
「おはよう」
「…………おはよう、ふわぁ」
取りあえず挨拶をしてみると、眼鏡の男は大きな欠伸をした。
「眠たいのか?」
「まだ6時前だってのに元気な方がおかしいって」
「そうか?」
文悟にとっては日の出前に起きることが当たり前なので、特段負担には感じないがやはり普通はそうではないらしい。
全く以て平気そうな文悟に眼鏡男は胡乱気な眼差しを向ける。
「おたく、出身は?」
「長野」
「また遠い。体格は良さそうだけどポジションは外野か?」
「いや、投手」
自分のポジションを告げると、眠たげだった男は僅かに目を開いて文悟を見る。
「俺は捕手だし、関わることがあったらよろしく頼むわ」
「こちらこそ、その時は頼む」
話すことで眠気覚ましにもなったのだろう。眼鏡男の眠そうだった目が覚醒に向かっている中で、周りに目をやった文悟は大分人が集まっていることに気付いた。
「ん、来たぞ」
恐らく自分達がいる二列は1年で、その前にバラバラに立っているのが2、3年であると考えて何人いるのかと呑気に文悟が数えていると、隣の眼鏡の男がボソリと言った。
「――はようございます!」
朝靄を切り裂くように文悟と身長は変わらないものの、更に厚みを増したような体格の人物が現れた途端、朝の挨拶が連続する。
文悟も地元に戻ってから青道高校のことは調べるだけのことは調べていた。現れた人物が青道高校野球部監督である片岡鉄心その人であると見て取り、深く息を吸う。
「おはようございます!」
挨拶は何よりも重要であると両親から仕込まれている文悟の、山育ちで鍛えられた桁外れの肺活量から放たれた声が大半の声を呑み込む。
「今年は元気な1年がいるようだ」
一度、声を発した文悟を見た片岡は口の中で呟き、二列に並んでいる1年生全員を見渡す。
「これで入部希望者は全員か?」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
文悟に負けじと返された大きな返事に、1度深く頷いた片岡が1年の列の端を見る。
「まずは順番に自己紹介してもらおうか」
「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
割と早めに順番が来るなと文悟は目算しながら、始まった自己紹介をしっかりと聞く。
「――――――出身、白州健二郎です――――――」
「なあなあ」
しっかりと聞く姿勢になっていたのに隣の眼鏡男に話しかけられた文悟の集中が阻害された。
「あの監督、強面過ぎじゃね? やばいって、あれ絶対に人を殺してるよ」
文悟は眉を片方上げたが取り合わぬが吉と考えて自己紹介の方に集中する。
「いや、流石にこの現代日本で人を殺したのが監督なんて無理か。でも、絶対に人を苛めて喜ぶタイプだぞ」
「――――中学出身倉持洋一、遊撃手―――――」
聞かざる見ざる言わざるの精神で無視していても、どうしても耳に入ってしまう眼鏡男の言葉につい片岡監督を見てしまい、恐らくそうだろうなと同意してしまった。
「――――出身川上 憲史です。ポジションは投手―――――」
「絶対そうだって。こんな朝早くからの練習を行う監督は絶対にSだ。気をつけなきゃどんな無茶振りをされるか……」
今、自己紹介している奴は同い年で同じポジションということで気になるのに、どんどん眼鏡男の話術に引き込まれて行く。
「次」
「江戸川シニア出身、御幸一也」
次は何を言われるのかと集中力を完全に奪われていた文悟の隣で眼鏡男の自己紹介が始まった途端にざわめきが起こった。
「ポジションは
自分の自己紹介文章を何も考えていなかった文悟が混乱している最中、不敵とも取れる宣言に場が騒然となった。
「次」
「桜ヶ丘中学出身、石田文悟です!」
囁きの眼鏡男、御幸一也の所為で何も考えられなかった文悟は開き直ることにした。
「ポジションは
本音で言ったら更に場が騒がしくなった。
御幸の自己紹介も聞かずに自分の自己紹介を考えていた文悟は半ば自身の宣戦布告とも言える内容に気づいていなかった。
「上等だ、テメェ……」
身長差で下から睨みつけるような目で見て来る御幸一也とのファーストコンタクトは決して良いと言えるものではなかった。