ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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第五話 テスト

 

 

 

 青道高校野球部の新入生の朝練のメニューは毎年ランニングと決まっていた。

 高校の練習は中学生の頃とは段違いに重くなる。練習に付いて行くだけの体力作りが必要で、今後の怪我の予防にも繋がる。しかし、どこにでも突き抜けている者が必ずいる。

 

「し、死ぬ……」

 

 食堂の机に突っ伏した御幸一也は己の未熟さを憂う前に目の前に積まれた食事に殺されそうになっていた。

 

「大袈裟な」

 

 御幸の隣で山盛りに盛られた茶碗のご飯をゆっくりと租借しながら呑み込んでいた石田文悟が言った。

 目の前のお膳には寮母さんが栄養バランスを考えて作られた朝食が並んでおり、文悟は一口一口味わうように食べていく。

 

「お前はなんであんなに走った後に食べられるんだよ」

 

 上には上が居る。1年の中では抜きんでているはずの自分がランニングで文悟に負けたことに密かにショックを覚えていた御幸は、張り切り過ぎたこともあって全く食事に手を付けることが出来なかった。

 

「あんなの朝飯前だろ」

「面白くない」

 

 上手いことを言ったと顔で物語っている文悟を一刀両断しつつ、御幸は朝練でランニングが何時の間にかダッシュになってしまったことを思い出していた。

 御幸は早くからスポーツ推薦で青道への入学が決まったので受験勉強は全くしていない。ずっと体を動かし続けていたので訛っていないはずなのに、自分のペースで走って良いとのお達しに逸早く抜け出した文悟に追いつけなかった。

 

(この体力お化けが)

 

 第一印象が悪いこともあって負けるものかと御幸が追随し、他にも何人かが後を追ったかが徐々にペースを上げていく文悟の独走を誰も止められなかった。

 まだ初日なので本気にならなかった者が居るとしても、文悟が体力の一点において1年の中でもトップクラスにいるのは朝練が終了した後のこの朝食の場で1人だけパクパクと食べられている姿が証明している。

 

「食べないのか?」

「食べるよ!」

 

 既に3杯目に突入しておかずが減っていることもあって、食べないのならば貰おうかなと態度で物語っていた文悟に叫んだ御幸は意地で箸を持つも何も口に運べない。

 

「おい、どうした1年ども! 箸が止まっとるぞ!」

 

 逸早く全部食べ終えたキャプテンの東清国が一年達が座っている机にやってくるなり叫んだ。

 

「高校野球はお前らがやってきた中学と次元が違うんや。食事で消費したエネルギーを補給しいひんかったら、みるみる痩せて練習で力を発揮出来ん」

 

 特に文悟に張り合って食事に手を付けることが出来ない面々を見て、その負けん気は良しと声には出さずに笑みを浮かべる。

 

「苦しいとは思うが日々の食事もトレーニングと思って食え。それが巡り巡って自分の為になる。お残しは許さんからな!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 アドバイスに元気に返事を返す1年達に満足げな東は目の前を通って行く文悟に気が付いた。

 

「ランニングで負けて、食事量でも負けるやなんて、今年の1年のトップは文悟で決まりかの」

 

 いきなり自分の名前を出された文悟が驚いて振り返る中、発奮した1年達が無理にでも食事を口に詰め込み始めた。

 呑み込めずに口の中に溜め込んでいる者も居たが。

 

「文悟は良く食うのう」

「クリス先輩のトレーニングメニューに食事のこともありましたから」

「練習済みというわけかい。ほんま、準備がええのう」

 

 純粋にクリスの用意周到さと与えられたメニューを信頼してこなして来た文悟の真面目さには感心する。

 

「先輩の助けもあったんや。このまま1年を引っ張っていけよ」

「はあ」

 

 今の1年の先頭を走っているのは文悟である。

 本人にその自覚はないだろうが、牽引力となってくれれば1年全体の底上げに繋がると東は考えていた。

 

「ほら、早う食って来い」

 

 引き止めて悪かったと文悟を離し、果たしてどれだけの1年がどんぶり3杯を食べられるかと思いながら改めて食堂を見る。

 1年で最も期待されていた御幸も苦戦しているのを見て、毎年恒例のことだけに東も笑みを浮かべる。

 

「この後は体力測定と希望のポジションに別れての能力テストがある。遅れんようにな」

 

 うぷっ、と誰かが吐きそうになる声を聞きながら毎年の風物詩もこれで最後であると自覚した東は前を向いて食堂を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ入学式も前なので、朝食後に食休みを挟んで部員達はグラウンドに出た。

 1年生は監督が来るまで柔軟体操をして待っているようにとのお達しが出ているので各自で行っている。

 

「あ~、気持ち悪い」

「大丈夫か?」

「うっさい、話し掛けんな」

 

 どんぶり1杯が限界だったにも拘らず、それでも胃が凭れているような不快感に腹部を擦る御幸を心配して文悟が声を掛けるも邪険に返される。

 仕方なく文悟も御幸から視線を切ると、グラウンドは先輩達が練習を始めていた。

 

「あんだけ食っててなんで普通に練習できるんだよ」

 

 御幸の愚痴というか疑問に、これがこの間まで中学生だった者と高校生の差なのだろうとぼんやりと文悟は考えていた。

 

「1年生集合!」

 

 文悟が膝の曲げ伸ばしをしながら先輩達の練習を眺めていると、監督の大きな声がグラウンドに響き渡った。

 1年生達は急いで監督の前に集まる。

 

「まずは体力測定を行う。スパイクに履き替えてBグラウンドに集まれ」

 

 まだ胃の調子が万全でない御幸が不安そうな顔をする中でぞろぞろと動き出す1年生達。

 

「調子が悪いなら俺から監督に言おうか?」

「そんな必要はない。俺はお前にだけには負けないからな」

 

 文悟が心配するも御幸は取り合わず、寧ろライバル心を剥き出しにして先に立って歩く。

 

(素直じゃない奴)

 

 と思いつつも、そういう奴は嫌いではないと思いながら文悟もスパイクへと履き替える。

 

「自分の用紙を持ったな? 名前に誤りがある者は申告するように」

 

 野球部の部長だという太田一義から名前を呼ばれて取りに行った用紙を確認し、しっかりと『石田文悟』と書かれているのを確認する。

 

「ないようなら説明を始める」

 

 全員が用紙から顔を上げるのを確認した片岡監督の背後に太田部長、副部長の高島礼、女子マネージャが並び、先輩が数人居るのは補佐なのだろうと勝手に考える。

 

「事前に言っておくが、この体力測定は毎年各学年に行っており、毎年の成長を確認する記録であって必ずしも評価の項目ではない」

 

 その言葉で緊張で凝り固まっていた1年生の肩から僅かに力が抜ける。

 

「各項目ごとに別れ、用紙を担当の者に渡してから計測を始める。今、出来る最高の能力を発揮してくれることを望む」

「「「「はい!」」」」」

 

 幾ら評価の項目にないと言われても、1年生の中で抜きんでた成績を出せば片岡監督の目に叶うかもしれないと誰もが闘志を覗かせる。

 

「では、始め!」

 

 健康診断でやるような体重や身長の計測は入学式後にあるので、体育会系部活ならではの項目になる。

 胃凭れしている者も多いだろうと、まずは動き回る必要のない握力測定などから始まり、最後は持久走で絞める。

 

「殆ど石田に負けた……っ!」

 

 全種目を終えて高い平均値(アベレージ)を叩き出した御幸が地面を蹴って悔しがる。

 

「石田だっけ? あいつ、半端ねぇな」

「お前の足もな」

 

 悔しがる御幸の横で50m走やホームベースからセカンドベースまでのスプリントタイムを計測するツーベースランではぶっちぎりの一位だった倉持洋一に、御幸には劣るものの全体的に高い標準を出している白洲健次郎がツッコミを入れる。

 

「走力系以外の項目で石田がトップか」

「総合点でもですね。遠投で120mを投げたことも大きいですが」

 

 体力系、筋力系の種目でトップを独占した文悟が目立っていたので、新入生とは別に記録を取っていた高島から用紙を借りて見た片岡監督は一つ頷いた。

 

「2年上位と比べれば少し落ちるが、よくぞ半年でここまで仕上げて来た」

 

 半年前の学校見学の際、高島に呼ばれて室内練習場で行われていたクリスに向かって投げる文悟を見た片岡監督も密かに期待していて、見事に応えてくれた。

 

「しかし、見たいのは投手としてだ」

「ええ」

 

 体を仕上げて来たのは評価しよう。だが、幾ら身体能力があろうとも野球選手としての能力が低ければ何の意味もない。

 

「よし、次はポジションごとに別れてテストを行う。投手と捕手を希望する者はブルペンに、内野手、外野手はグラウンドで順番に行う」

 

 朝練のランニングでどこに何があるかを把握していたので、片岡監督の指示に従って投手である文悟もブルペンに向かおうとした。

 

「おい、石田」

 

 歩き出そうとした文悟の足は後ろから声をかけた御幸によって止められた。

 

「お前、投手だったよな」

 

 向き直ると御幸が確認してきたので、文悟はコクリと頷いた。

 

「じゃあ、俺が受けてやるよ」

「なんで?」

 

 御幸の自己紹介を全く聞いていなかった文悟はふざけることなく本音で聞いていた。

 

「おっ、おま……っ!?」

 

 文悟の疑問が心の底からの物であると分かってしまったから、そこそこの有名人だった自信のあったプライドを傷つけられた御幸の口から続く言葉出て来ない。

 

「御幸が俺達世代のNo.1捕手だからだよ。受けてくれるって言ってくれるのは結構光栄なことだと思うよ」

「川上だっけ? へぇ、そうなの」

 

 同じ投手希望としてブルペンに向かう道すがら、偶々話を聞いていた川上憲史の説明に納得した文悟が御幸を見ると当の彼は怒りか何かで顔を真っ赤にしていた。

 

「今年の投手候補は3人、捕手も3人か」

 

 大元を正せば御幸の所為だとしても謝るべきだろうかと文悟が考えている間にブルペンに辿り着き、片岡監督の前に集まった投手と捕手の数は同じだった。

 

「捕手1人ずつに投手全員が順番に投げてもらう。まずは」

「はい! 俺からやらせて下さい!」

 

 手を上げて御幸が自分がとアピールする。

 自己アピールは過ぎれば害悪だが別に誰から始めても良いし、他の捕手候補である小野弘ともう一人からも異論は出なかったので御幸からテストを始めることになった。

 

「…………良いだろう。投手は」

「自分が」

 

 投手も文悟が立候補して、他の候補である川上と川島謙吾は強いアピールをしなかったので決まった。

 

「石田、持ち球は?」

 

 テストを始める前に片岡監督は捕手候補達を集め、文悟の持ち球を教える為に問う。

 

「ストレートだけです」

「マジ?」

「うん」

「今更、ストレートだけって……」

 

 この前まで中学生だったにしても投手をやっていれば変化球の1つは投げれる物である。

 

(これは身体能力だけの虚仮威しかね)

 

 体と身体能力だけで野球選手としては大したことないと内心で文悟に対する評価を下す。

 御幸は視力が良くは無いのでスポーツサングラスを付けている。スポーツサングラスの奥の瞳に侮りを見た高島が笑みを浮かべた。

 

「御幸君、彼のことをあまり侮らない方が良いわよ」

 

 プロテクター類を付けて準備をしていると、中学一年生の時から御幸を青道に誘い続けていた高島が近くやって来て忠告を放った。

 

「何言ってんの礼ちゃん。アイツの鼻を明かしてやるに決まってるじゃん」

 

 高島とは長い付き合いなこともあって御幸の返事も軽いものである。

 ケケケ、と悪魔の尻尾が生えていそうな黒い雰囲気を漂わせる御幸に、大分鬱憤が溜まっているのだなと思った高島は最後に忠告を送る。

 

「石田君の本気のストレートはクリス君も取り損ねかけたらしいから気を付けて」

「え?」

 

 何かの聞き間違いかと振り返った御幸の視線の先で高島が笑みを浮かべながら離れて行く。文悟がグローブをつけて投げる体勢を整えるところだったので追及の機会を逸してしまった。

 

「わっ!?」

 

 慌てるような声が聞こえて御幸がそちらを向くと、肩を作る為に文悟とキャッチボールをしていた川上が尻餅をついていた。

 

「ご、ごめん。力加減を間違えていきなり強く投げ過ぎた」

「……………だ、大丈夫」

 

 駆け寄って来た文悟にボールをグローブごと取り落としていた川上はゴクリと唾を呑み込んでいる。

 

「へぇ」

 

 その様子から文悟の投げるボールはよほど速いのだろうと予測した御幸はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「始めろ」

 

 文悟が肩を作れたと宣言したことで、片岡監督の合図で投手テストが始まった。

 

「まずはど真ん中から行ってみようか」

 

 投手は球速と制球、変化。捕手がこのテストで見られるのはキャッチング能力であった。前半の5球は捕手が、後半の5球は投手が投げる球種とコースを設定することが出来る。

 文悟がどれだけの球を投げられるのかを計る為に、もっとも狙いやすいストライクゾーンど真ん中を指定する。

 

「行きます」

 

 モーションに入る前に宣言をする必要がある。

 宣言をしてから動き始めた文悟の一挙手一投足に注目していた御幸は決して目を離さなかった。

 

「!?」

 

 力の抜けた動作で放たれたボールが音を立てて向かってくるような錯覚の後、構えたキャッチャーミットの中にドスンと重く嵌った。

 体の奥底にまで響く衝撃が突き抜け、今までどんな投手にも感じたことのないほどの感触が何時までも手から消えない。

 

「――――次」

「……っ!? 外角低め(アウトロー)で来てくれ」

 

 片岡監督の声が響くまでシンと静まり返ったブルペンで御幸は呼吸を忘れていたかのように我を取り戻し、捕手としての本能で文悟にボールを返してミットを宣言した外角低めに構えた。

 

「くっ」

 

 2球目も先に負けず劣らずの剛球がミットに収まった。

 しかし、1球目を知っていたこともあって驚きは先程よりも大きくはない。

 

「次は内角高め(インハイ)で」

 

 結果は言わずもがな。

 

(このコントロール、並じゃない)

 

 ピタリと狙った場所に収まったボールに御幸は喉の奥で唸った。

 

(球速は140㎞/h以下ってところか? だけど、球威と回転(スピン)が凄いから実際にはもっと早く感じる)

 

 元プロ野球選手の1人が投げたストレートは実際の球速よりも早く感じるほどのものであったという。文悟の球がそれと同じだとは言えないが、近いものがあるかもしれないと4球、5球と受けた御幸は認めずにはいられなかった。

 

「次からは石田が球種とコースを指定しろ」

 

 捕手が指定出来る分は終えたので片岡監督が文悟を見ながら言った。

 

「球種はストレート、コースはど真ん中で」

 

 御幸としては(コーナー)をつける制球力と十分な球を投げられると分かった時点で続ける意義を見い出せない。

 球種がストレートだけでは御幸が指定したコース以外に投げる意義があまりないからである。

 

「御幸」

 

 とはいえ、テストはテストなのでもう少しこいつの球を受けてみたいと思っていた中で文悟が話しかけて来た。

 

本気(・・)で投げる。多少、制球が乱れるからよろしく」

 

 文悟の言葉が何を物語っているかを理解したブルペンがざわつく中、御幸は背中に走った戦慄に楽し気な笑みを浮かべる。

 

「来いよ」

 

 御幸が言った直後、フォームは何も変わらないまま放たれたボールだけが違った。

 

(こ、これは……っ!?) 

 

 低いと直感したボールはホップし、御幸が構えていた場所から無意識にボール1つ分上げたミットの中に入った。

 

「悪い。少しズレた」

 

 ブルペンが俄かに騒然となる中、投げた本人はたったボール1個分のコントロールのズレを謝った。

 

「ないす、ボール」

 

 声が震えたかもしれない。ボールを投げ返した御幸は自らを省みられないほど驚いていた。

 続けられたコースの指定は御幸と似たり寄ったり。

 内角高め、外角低めといった打者が投げられたら嫌がるヵ所に浮き上がっていると言っても過言ではない剛速球が御幸のミットの中に収まった。

 最初の5球と比べればコントロールは一定ではないが、球速と回転数(スピン)が尋常ではない。

 

(風を切る球っていうのはこういうのを言うんだろうな)

 

 今まで御幸が受けた中で最高と言える投手の名前が変わったかもしれないと、そう思わせるほどに衝撃は大きかった。

 御幸の中で初対面の印象が悪かった文悟の評価は、最初の5球で大きく上方修正されていたにも関わらず、上方修正は留まることを知らない。

 

「最後、低め」

 

 もう終わりなのかと思ってしまうほどあっという間に最後が来てしまった。

 相変わらず力の抜けたフォームで投げられたボールは、初めて大きく狙いを外れた。

 

「くっ!?」

 

 尋常ではない速度と回転数(スピン)で上に上に逃げていくようなボールを御幸は飛びついて捕球した。後一瞬でも反応が遅れれば取れなかっただろう。

 最後の最後で大暴投をした文悟に文句を言おうとした御幸がマスクを取った。

 

「合格だ。御幸一也、石田文悟は2週間後に行われる一軍と二軍の紅白戦に出てもらう」

「「「なっ!?」」」

 

 御幸よりも僅かに早く、片岡監督が強面の顔に薄らと笑みを浮かべて告げられた宣告にブルペン中の人間が目を剥いた。

 その中で同じように文悟も驚きながらも僅かに御幸に申し訳なさそうな表情を向けたことで察した。

 

「まさか、さっきの暴投はわざと……?」

「紅白戦までは二軍に合流して練習しろ」

 

 呆然とした御幸に片岡監督は明言しなかった。

 

 

 


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