【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。   作:hige2902

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第十一話

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 アバンタイトル

 

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 端田屋 区屋良レは戸惑っていた。

 インブローリオとMt.レディの癒着を探ろうと雑居ビルで張っていたら、いきなり少し開けた森の中にいたのだから。

 明らかな個性攻撃に身を潜め、警察へ連絡しようとしたが繋がらない。機械に乗り移り、それの性能を大幅に向上させる個性『機潜強化』を使ってみるがうまくいかない。

 圏外だとかそういったものが原因ではないらしかった。これはまいったと頭を悩ませていると、外から声がする。ちらと物陰から覗くと恐ろしい夜色の巨体、インブローリオがいた。

 

 鼓動が早まる。なぜアイツが、Mt.レディが事務所を置くビルから? やはり二人は繋がっていたのだと、端田屋はリュックからドローンを取り出して乗り移る。彼は盗撮で捕まりはしたものの、それがきっかけでパパラッチを始めていた。個性との相性は良かったが、いまだに特ダネは掴んでいない。しかしこれは大スクープになるに違いなかった。

 脳無は世間を賑わすヴィラン連合の作り出した生物兵器だ。それと美貌も相まって新人の中ではトップの人気を誇るMt.レディが裏で関わりあっていたとなると……間違いなくヒーロー協会の痛手となりうる。

 それは民衆にとって不安の種であり、そういったネタはメディアに高く売れる。証拠をつかんだ後はテレビ局とライブ中継で盛り上げたいところだが、やはりドローンにも電波障害の影響があるらしく無理だった。

 まあいい、録画は出来る、必ずモノにしてやると息巻いて、音も無くドローンを飛翔させる。

 

 そもそも怪しかったのだ。なぜかMt.レディはインブローリオに攻撃されなかったようだし、一度は確保したものの手当して見逃したと噂されているのだ。必ず、尻尾を出すはず。

 そんな端田屋の野望の眼差しは、静かにインブローリオたちを見下ろしていた。

 

 

 

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 Aパート

 

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「くっそ! またこういうタイプかよ」

 

 インブローリオは毒づきながら、砕けた拳を『蔦』『蛭』『触手』で作り直す。相手の脳無は全身が六角形の『鋼』の装甲で覆われており、『蛭』が寄生できない。

 

「おれは裏切り者を始末する為に来たという事だ」

 脳無が腕を振りかぶる。上半身を逸らして一撃を躱し、足先から蔦と蛭を勢いよく生やして絡めとろうとするが、簡単に引きちぎられた。ジェントルが背後から何層もの空気の膜を叩きつけて押しつぶそうとするも、力任せに破られる。

 通常の脳無を上回る肉体スペックに加えて『パワー』の個性も与えられているらしかった。返す刀に振るわれた裏拳を、空気の膜で辛うじて防ぐも衝撃で吹き飛ばされる。

 

 恐ろしいな、とジェントルは口元の血を拭う。ラバーモードでもかろうじて反応できるくらいだ。あらかじめ空気の膜を作っておかなければ防ぎようがない。しかも多層で運用して直撃を軽減する程度。相性が悪い。

 基本的に対個性戦は相性がモノを言う。それを覆すには搦め手か物量、瞬間火力で押し切るしかない。裏切り者の脳無、インブローリオを始末しに来ただけあって対物理性能に特化しているようだった。『白い刃』を生やした拳で何度も殴ったが、装甲は抜けていない。

 

 脳無がインブローリオに肉薄する。『鋼』で覆われた拳の一振りが掠めただけで肉片が飛び散るほどの威力だ。躱し続けても削り殺される。

 

「インブローリオさん!」

「まだ大丈夫だから」

 駆け付けようとしたジェントルをインカムで制する。

「わたしはいい、痛く無いし身体はなんとでもなる。けどあなたは違う。博士の言う通り……サポートよろしくッ!」

 

 インブローリオはダメージ覚悟で脳無に組み付こうとするが、一瞬で後ろに引かれて躱される。

 

「そんな見え透いた組み付き」

 

 脳無は言いさして背中に例の感触を覚えた。柔らかく、弾力のある膜。それに跳ね返され、インブローリオが組み付く。流体の性質を活かし、ぐるりと背面に回りこむ。

 

「しまっ」

 

 動揺する脳無の首の骨をありったけの力で折る。岩を砕いたような音がして、力なく崩れ落ちた。

 

「ヴィラン連合ってこんなやつらを何体も持ってるのかよ、今回はなんとかなったけどさー」

 

 脳無から離れ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「やったのか」

「まあなんとか」

 

 一息つき、緊張がほぐれる。

 その瞬間に脳無は立ち上がりざまに回し蹴りでインブローリオを吹き飛ばす。ジェントルが反射的に空気の膜を張るが、背筋の凍る声がしたのは背後からだ。

 

「その見えない防御はもう覚えた」

 

 一瞬早く、インブローリオは蹴られたときに掴んでいた触手を引き寄せてジェントルを死から救う。

 

 脳無は蔑むように口を開く。

「所詮おまえは旧型だ。見てわかる通り、上位種のハイエンド脳無は『再生』がデフォだ。おれには勝てない。許しを請え、あのお方に対する裏切りに」

 

 大木をへし折るほどの勢いで叩きつけられたインブローリオに、ジェントルは肩をかす。

 

「助かったよ」

「さっきはね。でも次はどーかな。首を折っても『再生』できる個性なんて、さすがにマズい。ただでさえ『鋼』の体表が厄介なのに」

「『鋼』を破壊すればなんとかなるか?」

「そりゃ案が無いわけじゃないけど、わたしが殴っても壊れないんだよ」

 

「大丈夫。隙を作ってくれれば」

「わかった」

 

 インブローリオは向かってくる脳無と打ち合った。こっちが三発当てる間に、七発貰う。触手を細く強靭に編み上げ、疑似的な増強筋肉にしてもなお旧型と新型+『パワー』の差は明らかだった。

 

 脳無はインブローリオの不用意な一撃にカウンターを合わせる、が、それは『蔦』で作られた空洞の上半身だった。

 

「旧型ごときが!」

 

 その隙を突き、再びぬるりと背後から羽交い締めにする。ジェントルが素早く脳無の腹に手を当てた。あまりにも紳士的でない破壊なので使いたくなかった個性制御だが、もうそんな事は言っていられない。

 

 一つの肉体に複数の個性。

 それは誰もが思い描く理想の一つだ。ヒーローに憧れる思春期の少年少女にとっては、若き日のジェントルもその例に漏れなかった。『光』と『影』だとか、『火』と『氷』の剣だとか。今でもたまに夢想する。

 だが所詮は夢なのだ。少なくともジェントルにはそれが現実だ。結局のところ『弾性』と向き合うしかなかった。作業員を助けられなかった恨めしい個性と。

 

 だから彼はある日気付いた。よく攻防移動に使う透明な膜は、実は空気だけに『弾性』を付与しているのではないのだと。

 厳密には手の周辺に存在している人為的自然的微粒子も含めた大気を対象としている。なので、なんらかの物質に触れている状態で手の周辺の大気に『弾性』を与えれば、その物質の表面の形状をぴったりと覆う膜が出来る。押し込むように個性を起動すると、膜は吸盤のように作用する事も彼は知っていた。

 物質に付着している微粒子や気体分子なども膜に固定されているので超高真空に限りなく近く、強力に吸着していた。

 

 そして、ガラス窓に地球上で限りなく強力に吸着する吸盤をくっつけ無理やり引っ張ればガラス窓が破壊されるように、膜をラバーモードで引っ張ると、吸着していた脳無の体表の『鋼』が引き剥がされる。筋繊維が糸を引いていた。

 対インブローリオ用の防御は打撃という外からの内への力を防ぐためのものであり、内から外へ向かう力を防ぐ事は出来なかった。

 

「破壊した!」

「うわスゴ」

 

『白い刃』で膜を切り開き、筋肉繊維が見える傷口に蛭が殺到し肉体に侵入する。

 

「くっ!」

「力んでも無駄。蛭は筋肉で圧殺できないぞ。こいつら、踏んでも普通にしぶとく生きてるからな」

 

 脳無の肉体は『再生』を行うが、『蛭』の数を減らすことは出来ず、内側から活力を吸い取られ続け卵を産み付けられる。

 背後のインブローリオを無理やり力任せに振り払う。ジェントルに引き剥がされた『鋼』の傷跡は修復されていない。素体に付与された『再生』は脳無を治すが、同じく後付けされた『鋼』は個性によって素体を覆う別の物質なので『再生』の対象にはならないからだ。

 身体は治せても、鎧は直せない。

 肉体の中で蛭が蠢き、増殖していく。このままなら『再生』の効率が落ちる。

 

 インブローリオたちの優勢に追い風をかけるように、雑居ビルの窓から博士が顔を出す。

 

「ジャミングは打ち消した! ここは私君秩父(しきちちぶ)山中だ、都の田舎の方だがヤバけりゃなんとか逃げられるぞ!」

「どうするジェントルさん。次は鉱物みたいな頭部を破壊すれば倒せるかも。『再生』のリソースが蛭に割かれてるし」

「憂いは断っておくべきかもしれない」

 

 それを聞いて、脳無は小さく笑う。

 確かに体内の蛭はやっかいだが、相対的に被害を小さくして無力化してしまえばいいだけの事だ。『怪物化』の個性を起動する。体躯がそれまでの何倍にも膨れ上がり、インブローリオたちを見下ろす。目立つので最終手段だったが、ジャミングが突破されたのならば構いはしなかった。ヒーローが到着する前に始末すればいい。

 

 博士は落とされた影の中、呆然と見上げる。

「こんなのありか」

 

 脳無が腕を振り下ろす。今までの筋力に『怪物化』も加わった一撃はあまりにも速い。

 思わず目を瞑る。同時に二階の窓が勢いよくスターンと開け放たれ、人影が飛び出した。

 

「キャニオンカノン!!」

 

 脳無の側頭部に鋭い跳び蹴りが入り、体勢が崩れる。腕は雑居ビルのすぐ横に叩きつけられた。

 あいつはまさかと、四人は夕陽を背にする巨大な女性を見上げる。降り注ぐ光の糸のような長髪は夕焼けを反射し、燃えているように赤い。

 

 脳無が忌々しそうに呪う。

 

「バカな、なぜヒーローがここに……どうなっている」

 

 なぜ? なぜってそんなの決まっている。Mt.レディは髪を優雅にかき上げた。どうせ言っても通じないだろうと内心で勝ち誇る。

 運命の赤い糸で結ばれているからに決まっている。

 

 

 

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 ホントは偶然でしかない。

 翌日が休みだったので岳山は事務所で寝泊まりしていたところ、昼に一度起きてカップ麺を食べ、再びベッドで横になっていたのだ。休日の過ごし方がほとんど寝てばかりなのってどーなの? と思わなくもないが、思うだけにしておこう。何もできずに休日の夕焼けを見ることだってある。

 大きな音に気付いて寝ぼけまなこで外を見やれば、まだ夢の中なのかと疑う景色が広がっていた。んー? と腹を掻きながら下の方を見ると脳無とインブローリオたちが戦っていた。

 

 えっ! これ現実!? ハッとしてジャージからヒーロースーツに急いで着替え、窓から飛び出し今に至る。

 

 悪の秘密結社とマウント事務所が同じビルに構えているのもたまたまだ。

 ただ、Mt.レディはそれを運命と呼んでいる。

 

 息巻いて飛び出したものの相対する脳無の容貌は禍々しかった。多面体の頭部はそのまま大きくなっただけだが骨格は前のめりになり、身体は筋肉でより膨れ上がっていた。もうインブローリオがやったように首を折るといった芸当も出来ないだろう。

 

 その巨体がほんの少しばかり沈み込み、大ぶりなフックがMt.レディの横腹に突き刺さる。ヒーロースーツの上からでも確実に肋骨がへし折れ、内臓をずたずたにする一撃。

 それがどういう訳か、Mt.レディは一瞬前よりズレた位置にいる。

 

「こわ。久々に冷や汗出たわ、死んでたかも。並みの脳無じゃないでしょ、あんた」

 言って重心をやや前に移して腕をコンパクトに構える。

 

 どういうことだ、と脳無は空ぶった拳を握りしめ、再び打つが肘でいなされ予想外のカウンターを食らう。

 

「隠しときたかったけどヤバそうだから使うわ。わたしの個性制御」

 

 

 

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 Bパート

 

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 博士とラブラバがジャミングを抜いた事により、起こっている電子的な状況が()()あった。

 一つ目はMt.レディが位置情報付きで通報していた事。山奥という事もあって到着に時間はかかるが、逆に言えばそれまで持ちこたえればいいという事でもある。

 二つ目は、同じタイミングで端田屋がドローンでテレビ局と中継を始めた事。当初は胡散臭がっていた局の人間も、映像を見て一も二も無くいつものニュース番組にライブ放送を割り込ませた。場所が場所なだけに対脳無戦を独占しているし、なによりヒーローと悪の秘密結社の繋がりが明らかになったとも言える大スキャンダルなのだ。

 

 事務員が観葉植物に夕方の水やりをしていると、昔お世話になったヒーロー事務所から連絡が入った。前の職場からってなんか気まずいが、良くしてもらった手前でない訳にはいかない。

 

「お久しぶりです、シャークさん。ご無沙汰してますー。え? いやまさか」

 軽く笑ってテレビのリモコンを探す。

「休日ですよ、うちの岳山は……うそでしょ」

 

 手からリモコンが力なく抜け落ちる。

 映し出されたテレビの中ではMt.レディが巨大な脳無に立ち向かっていた。

 

「ちょちょっとそっち行っていいですか? いややっぱヒーロー協会に」

 

 そのまま鍵も掛けずに飛び出した。誰もいない部屋に、虚しくテレビの音が響く。

 

『恐ろしいアレです』

 

 テレビの中のアナウンサーが真面目な口調で読み上げた。ワイプで神妙な顔をする司会とMt.レディを映す領域が反転する。

 

『現在、私君秩父山中でヴィラン連合の脳無と思われるヴィランとMt.レディがアレです。幸いにも人的被害が及ばないような場所ですが、いったいどうしてこのような事態になったのでしょうか』

 

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、得意げな顔で返しが来る。

 

『なんか怪しいですよねー、あんなド田舎で脳無が暴れたって誰も困らないし、ヴィラン連合としても無駄な気もしますが~? 他に情報は無いんですか』

『現場のアレによりますと、どうやら自称悪の秘密結社に所属する自称脳無のインブローリオと、新人でトップの人気を誇るMt.レディの事務所は同じビルにあり、現地でもインブローリオの姿は確認できたそうです』

 

 タレント司会はあからさまにショックを受ける。

『ええ~!? 脳無とMt.レディは蜜月の関係にあるって事ですか!? 脳無はヴィラン連合の生物兵器という見方が通説ですが、それってつまりヴィラン連合とMt.レディが繋がっているって事になりません? ヒーロー側の情報とか筒抜けになってるかもしれないって事ですよね? これ善良な一市民であるぼくは、裏切られた気分だなー』

『当初は脳無とインブローリオが戦っていたそうですが、いったいなぜなのでしょうか。アレは深まるばかりです』

『これはやはりマッチポンプだと思いますよ! Mt.レディはインブローリオと共謀して自身の活躍の場を広げていたが、報酬のトラブルで揉めていると考えるのが自然ではないでしょうか。じゃなきゃ見た目だけの彼女がここまで人気になる訳ないですからね』

 

『たしかにインブローリオはMt.レディを攻撃しないといったアレは流れていましたね』

『裏でヴィランとつながるヒーローの癒着、役に立たないヴィラン受け取り係の警察。われわれはいったい、大手メディアの司会者以外に何を信じればよいのでしょうか。街の人の意見を聞いてみましょう』

 

 画面が移り替わり、休日中に一緒に遊ぶ女学生がマイクを向けられていた。テロップには、【ヴィラン連合と繋がるMt.レディ!?】とあった。

 

『そんなこと、無いとは思う、いまのとこ』

『不確定、推測だけで、物言えぬ』

『雲海を、見上げた口で、嶺語る』

 

 スタジオに返され、タレント司会が神妙な面持ちで口を開く。

 

『やはり民衆は今回のMt.レディの裏切りに強い憤りを感じているようです。ヒーロー協会は彼女の背信行為にどのような決断を下すのでしょうか』

 

 

 

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 Mt.レディの乱入により、博士たちはいそいそと逃げる準備をしていた。全然出番の無かったお手製のバイクがここにきて使えそうだったのだ。インブローリオが触手で三人を掴めば四人乗りも可能だろう。

 

「博士さん、まだなのかね!?」

「あれーなんか調子悪いな。あーマジで使わなかったからバッテリー上がってるわ。すっかり忘れてたから」

「ちょっとー!」

 とラブラバはUMPCを叩きながら雑な整備環境を責める。

 

 まあそんな事だろうとは思ったよ、とインブローリオはMt.レディを見上げた。ただの人間のクセに、生意気にも戦えているようだった。

 打撃が暴風のような風切り音を放ち、大質量が雷鳴のように大地を踏みしめる。

 

 

 

 脳無の肉体スペックは個性も合わさり、物理的にMt.レディのそれを上回っていた。

 打撃を見てから避けることは不可能なはずで、まともに受ければまず致命的なダメージを負う。

 そのはずが彼女は渡り合っていた。

 脳無にはその理由がわからない。一瞬で距離を詰める組み付きは距離感が狂わされ、弾丸のような拳はスカされる。そして苛立たしい事に──

 

 Mt.レディの姿が消え、コマ落ちしたかのような上段回し蹴りが飛んでくる。頭を下げて躱し、懐に入り込もうとするも頭上から首筋に踵を落とされた。裏拳を振るうが、すでにそこに姿は無かった。がら空きの脇腹にブローが入る。

 

「おまえ、まさか複数の個性持ちなのか」

 

 んなわけないでしょ。Mt.レディは不敵に笑って構える。まあ、わかんないか。いきなり複数の個性を与えられただけの脳無には、自らの個性と向き合う事もないだろうから。

 薄々感じてはいたが、やはり()()()()()()()()()()にあると確信する。

 

 この世で最も強力な力とは何か。

 千差万別の答えはあるだろうが、その内の一つは理解であると岳山 優は考えていた。

 子供の頃、デカ女とからかわれ嫌気もさした『巨大化』の個性とも、ヒーローを目指すなら受け入れるしかなかった。受け入れ、プロセスを理解する。

『巨大化』は変形型で、起動すると瞬間的に大きくなる。その起点となるのはいつも右足からだった。なぜだろうと考え、靴を履くときにいつも利き足である右足からだからと仮説を立てた。

 

 ころんとサッカーボールを左足で蹴ってみる。最初は違和感があり威力も無かったが、やがて右足と同じように蹴ることができた。

 すると左足を起点として個性を起動できるようになる。箸を左手で使えるようになると、左手を起点にできた。

 なら個性を解除した時の身体が縮む終点も制御できるのではと考え、それは現実となった。

 

 歌羽区でヤモリヴィランを追うのに使った、疑似的な瞬間移動が可能になる。長い努力による個性制御の鍛錬は個性を拡張した。岳山は胸に広がるじんわりとした暖かいものを覚えた。

 もちろんヒーローは一芸だけでは務まらない。相性が悪ければ個性を封殺される場合は珍しくないし、周囲の被害状況によっては起動を控えなくてはならないからだ。ゆえに体術は必須である。

 

「個性に対する認識が違うのよ。あんたらは、自分の個性と向き合うって事もないでしょ」

 

 ヒーローに憧れた中学時代。屋根に降り積もる北海道の雪を、あえて個性を使わずに落として鍛えた体幹と基礎体力。

 ヒーローに近づいた高校時代。本格的な個性訓練と身体作り、経験した様々な格闘技術。

 ヒーローにあと一歩の大学時代。経営や法律を学びながら、これまでの全てを一つずつ昇華していった。

 

 長かった。岳山 優が十年以上も掛け、研鑽に次ぐ研鑽の末にようやくたどり着いたMt.レディという立場。

 

「どーせその『怪物化』の個性も大して使い込んでない。何が出来て、出来ないかを知ろうとしない」

 

 個性を起動、解除した際の起点と終点を任意に制御する事により可能となった疑似的な瞬間移動。それに学んできた格闘技を組みあせた戦闘技法、雲海(ハイド クラウド)は故に同スケールでは無類の強さを誇る。

 まず近接戦術戦闘では定番の組み付きや寝技を無効化できる。ハイキックなどの打点の高い技は避けられても足先を終点にすれば上を取れ、こっちが組み付いて腰裏に手を回せば簡単に背後が取れる。また、長い髪は伊達ではなくそれも身体の一部なので、瞬間移動の範囲は意外に広い。

 

 ただ、デメリットとして個性の起動回数が爆発的に増加し、体力を著しく消耗する。その影響は確実に彼女を追い詰めていた。相手の打撃のインパクトに何とか間に合っていた個性解除が、僅かに遅れだす。たったそれだけで骨が軋むようなダメージを受けてしまう。

 脳無の攻撃を回避するという動作を、瞬間移動によるズラしで省略する事で保っていた均衡が崩れ、徐々に全身に打撲傷が増えだす。いたるところの骨が熱を持ち、内出血で腫れているのがわかった。

 

 ヒーローが人生をかけて培ってきた輝きを、一夜で踏みにじるほどのポテンシャルがハイエンド脳無にはあった。

 

 それにしても硬すぎる、とMt.レディは毒づく。

 応援要請をした以上は時間稼ぎに徹するべきだが、短期決戦用の雲海(ハイド クラウド)を使わねば太刀打ちできないという戦略的矛盾。しかもどうやら『再生』持ち。また、目に見える速度で表皮を『鋼』が覆っていた。このままでは打撃が完全に効かなくなる。弱点らしき頭部は、殴ればこっちの骨が折れそうなほどだった。

 

 ローキックを完全にズラしきれず、激痛に思わず膝をつく。

 それを見て博士が言った。

「Mt.レディ、ヤバそうだな。どうするインブローリオ? バイク、使えるようになったけど」

「どうするって……」

「置いて逃げるか、まあサイズ的に加勢できないから見守るか」

 

 インブローリオは言葉に詰まる。なぜかはわからない。Mt.レディの背を見たら、そうなった。

 

 多面体に波紋が走る。

 

「おれの目的は裏切り者の脳無の始末だ。邪魔をしないなら見逃してやってもいい……今は」

 

 安い情けを鼻で笑って答える。

 

「冗ーー談じゃない……もう言っちゃったんだよ。約束しちゃったからさ! 頑張るって!」

 痛みで脂汗を垂らしながら、震える脚でなんとか立ち上がる。口内の血を吐き捨て、紫に腫れた瞼で歪む視界の脳無を見据える。

「あんたらヴィラン連合は、警察やわたしらヒーローが……頑張って、頑張って頑張って頑張ってなんとかするってヒーローがそう約束したからさあ! どんだけ痛くても死にそうでももう頑張って、頑張って頑張って頑張るしかねーんだよ!」

 

 インブローリオはその背中を流れる髪から目が離せなかった。あれほど美しかったのに、いまでは埃と泥にまみれ見るも無残になった髪になぜだか……

 

 脳無は無言で回し蹴りを放つ。なんとかズラせたが、Mt.レディの視界は二撃目の尻尾が迫っているのを捉えた。

 ここにきて隠し玉に血の気が引く。雲海(ハイド クラウド)の終わりに合わせた不意打ちに、ズラしが間に合わない。

 この場にいるどの個性使いにも、たとえインブローリオであっても止めることは出来ない。

 

 これ死んだわ。

 

 Mt.レディは乾いた思考の中でそう呟いた。

 

 

 

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 ()()()は、まったく別の場所で起こっていた。

 一面には巨大スクリーン、整列された机にマルチモニターが並ぶセキュリティルームは混乱の極みにあった。

 

「どういう事だ? 大問題だぞ。ここのセキュリティが抜けられたのか?」

「いえそういう訳では……」

 現場責任者がコンソールを操作し、瞬きも忘れてモニタに食い入る。

 

「じゃあ何かしらの個性攻撃か?」

「正直考えにくいです。可能性はゼロではありませんが、アレは格納庫にあったので完全に視覚から遮断されてますし、各ゲートまでとなると非現実的です」

「だったら一番高い可能性は」

 

 それは……と現場責任者は口どもる。

 

「恥ずかしながら、原因不明としか。まず状況としてはうちの防壁は抜かれた()()で、コントロールを奪われたがその痕跡が無い。現在、痕跡を抹消した痕跡をn回探っていますが見込み無し。画面上はコントロールも完全にこちらの支配下ですが現実はその逆で、まったく矛盾している。ありえない。攻撃を受けたという痕跡すら発見できないのは異常です。まるで──」

 

 言いさして固まる。固唾を飲んでいた。

 

「まるで?」

「いや、ありえない。あんなものはネットミーム未満の噂だ」

「それが頭に浮かんだという事は可能性があるという事だろう。教えてくれ」

 

 現場責任者は気まずそうな顔する、首筋に手をやり口をまごつかせる。

 

「起こっている結果から逆算すると、というのを念頭に置いてほしいのですが」

 

 無言で続きを促され、雄英セキュリティ部門の現場責任者は言った。

 

貴種内謁(アリストクラック)

 

 

 

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 尻尾がMt.レディを叩き折る寸前で、巨大なナニカが脳無を突き飛ばす。

 

「なんだアレ!?」

 

 博士とジェントルは目を丸くして見上げた。

 そこには落日に灯る赤いカメラアイが並んでいた。オリーブドグリーンの角ばった巨体は、そのまま脳無に殴りかかる。

 ラブラバが打鍵をやめて一息つく。

 

「間に合ったようね。雄英製 巨大仮想敵が」

 へー、とジェントルが髭を撫でながら感心する。

「あー体育祭で見たやつ?」

「そ! 交通機関もクラックしてやっと来たわ」

 

 脳無とロボが戦闘を繰り広げている間にMt.レディは体勢を立て直し、息を整える。なぜ雄英の備品が加勢しに来たのか不明だったがこの際どうでもいい。

 このロボは入試にも使われている型ではあるが、ヒーロー科の訓練にも駆り出される。学年によって出力や反射速度をチェーン出来るので、一年用と三年用では戦闘能力に天と地ほどの差がある。

 

 とはいえハイエンド脳無相手では分が悪い。防戦一方の末に大破した。

 Mt.レディはその間に一旦個性を解除し、角に収納していたファーストエイドキットで焼け石に水だが手早く治療し、エネルギーバーを口に放り込む。

「やっぱ時間稼ぎにもなんないか、それでも助かるけど」

 

 再び『巨大化』を起動し、脳無に向き直る。

「あんなおもちゃでおれの相手をしようなどと」

「一撃食らったくせにさあ」

 

 構えると、新たな巨大仮想敵が飛び込んでくる。

「機械ごときを何度よこしても無駄だ!」

 

「ラブラバちゃん、やっぱりロボじゃ無理だよ。軍用のシステムってわけでもないんでしょ」

 残念そうに言ったインブローリオのインカムに、この場にいない人物の通信が入る。ラブラバがにやりと笑った。

 

『あれ? わたしが1ストック目は落とすってのは知ってるよね?』

 

 脳無の打撃がロボの前腕の装甲を掠め、金属片が森に飛ぶ。

「外した!? だと、動きがまるで」

『悪いけど大会ルールじゃ3ストック制だから。あんたのクセはもう覚えた』

 

 ロボは一体目とは比べ物にならない精度で脳無の攻撃を読み、パイルバンカーパンチをカウンターで入れる。頭部からレーザーを照射し、排煙しながら車大のシリンダーを排莢していた。

 

「ムギちゃん!? どうして!」

『正直インブロさんの立場とかよくわかんないけど、インブロさんがわたしにしてくれた事だけはわかってる! それで十分でしょ、今度はわたしがする番! また徳島に遊びに来てよね』

 

 ラブラバの卓越したクラッキング能力と電算干渉能力は、ロボと徳島でムギが操作するコントローラーを繋いでいた。

 ロボの動きに目を疑ったのはMt.レディも同じだが、これならやれるかもしれない。

 

「叩き落せる?」

『大丈夫、メテオは得意』

 

 脳無が突進する、ロボはひらりと身をひるがえして飛び越えて背後に着地し、脳無が振り返ると同時に腹部へドロップキックを放ち、吹き飛ばす。そのまま脳無が着地する間も与えずに駆け寄り、サマーソルトやパイルパンチで追撃を続け、ジェット昇竜で打ち上げ、一切の躊躇なく叩き落した。

 

 その猛攻を受けてもなお、脳無にダメージらしいものは無かった。それどころか一方的に殴ったロボの方が消耗している。それほどに硬い。

 

 だがその質量と重力加速、ロボの叩き落しの運動エネルギーに、『巨大化』する時の瞬間的な速力を合わせれば割れるかもしれない。

 Mt.レディは駆けながら叫ぶ。

 

「インッ! ブローリオオオ!」

 

 呼ばれた少女はびくりと震える。

 

「今度こそじっとしといてよ、わたしが守ってあげるからああ!」

 

 ヒーローは戦闘中の口数が多い。それは自分に発破をかける為であり、ヴィランを威嚇する為であり、守るべき者を安心させる為だからだ。

 

 脳無の落下地点で個性を解除し、低く沈み込む。

 

「バスター……」

 

 ヒーローは必殺技を言い放つ。その技を耳にした全てのヴィランに畏怖を刻む為。その技を耳にした全ての守るべき者に勇気を与える為。

 個性を起動し、飛び上がりながら高く蹴り上げる

 

 その刹那に、脳無は頭部の多面体を球状の剣山のように変形させた。誰もが徒手空拳での攻撃を戸惑う生理的な危険信号を受け取ってしまう。だがMt.レディの思考は違った。そこだけは攻撃しないでくれと言っているようなものでしかない。

 最高峰の運動エネルギーと質量と速力を掛け合わせた純粋な破壊力。

 

「――ピークXV!」

 

 瞬間移動と錯覚するほどの移動速度で放たれた右脚は無数の針で貫かれズタズタになり、インパクトの瞬間にその原型を失いながらも脳無の頭部を完膚なきまでに粉砕した。内部の脳が剥き出しになり、ぶるりと震える。

 

 

 

 ―――

 

 エンディング

 

 ―――

 

 

 

「嘘……」

 とインブローリオがこぼす。だがそれは、脳無を撃退した事に対してではない。この胸に渦巻く、例えようのない奇妙な感覚に対してだ。

 

 Mt.レディの脳裏に冷たいものが這いずり回る。それは短いながらもプロとして活動していく中で無意識に培った勘だった。個性を解除する。何かが目の前を急速に落ちていくと同時にロボと脳無はバラバラに引き裂かれた。『巨大化』のままなら同じ目にあっていただろう。

 

 落下してきたそれは着地すると一直線に駆けてインブローリオの前に姿を現し、顔に一撃を食らわせる。クロスカウンターだったが、吹き飛ばされたのはインブローリオだけだ。

 インブローリオの拳は確かにそれに届いていたが、背中から太い木の枝のようなものが一瞬だけ生え、すぐに元に戻るだけだった。

 

 夕闇の中でそれは、新たに現れた脳無は、筋肉質だが異形の姿ではない。すらりと高身長で、脳無シリーズの特徴である脳みそも見えずに収まっている。

 横たわるインブローリオをつまらなそうに眺めて言った。インブローリオのようなガラリとした声でもなく、先の脳無のように甲高い金属音のようでもなく、気品のある物憂げな人間の声で。

 

「なんだ、たいしたことない。やはり愛の無い存在は弱いな」

 

「喋ってる、またハイエンドってやつか?」

 

 博士の言葉に脳無が反応した。

 

「きみか、悪のなんとかのエンジニアってのは。さっきのハイエンドなんかと一緒にしたら、ドクターに怒られるよ。ぼくは気に入ってないけど臨界超越(オーバークリティカル)種って呼ばれてる」

 

 インブローリオはなかなか身体を起こせずにいた。

 嗚呼、この()()()()()()()()をどうしようもなく理解しているから。

 

 

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第十一話 再会

 

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脳無:臨界超越(オーバークリティカル)
個性:第七感(ドミナントセブンス)
AFOに与えられた個性:オーバーパワー、オーバータフネス、身代わり、超高速再生、復元、環境適応、接合、炎、飛行、トランプル、被覆、再活、変成。

あらゆる事に才覚を発揮する第七感(ドミナントセブンス)により、脳無である事の才能も得たぞ!
環境適応により、取って付けたように個性を与えられても平気平気してハイエンド種より人間的な思考が出来るぞ!
普段は変成を使って人間の姿でいる。
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