【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。   作:hige2902

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第十二話 姉妹

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 アバンタイトル

 

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 ドクターの計画は順調に遂行されつつあった。

 悪の秘密結社の特定もすんなりと終わった。

 インブローリオはいずれ大きく負傷する。それはヒーローによるものかヴィランによるものかわからないが、とにかくそうなれば回復させるために廃倉庫の下水から泥を回収せざるを得ない。博士ならそうすると、ドクターには確信があった。

 先んじて泥に微小の発信機を撒いておけば、回収されアジトを特定できる。

 

 そして個性でアジトごと飛ばし、ハイエンドで削ってオーバークリティカルで確実に始末する算段だ。

 前座となる脳無は後釜がいる事を知らない。ハイエンドと言えど初期ロットの使い捨てだ。『鋼』は『再生』の対象外だし、『怪物化』に伴って量が増えるわけでもなく、広大な表皮の面積を再び覆わなくてはいけない。

 個性間のシナジーもコンボも無い出来損ないだ。

 

 誤算があるとすればプロヒーローが偶然居合わせたくらいなもの。中継は逆にありがたい、とどめを確認できる。

 オーバークリティカルのフィジカルは全盛期のオールマイトを超えている。破る事も逃げることも不可能だ。

 

 加えて与えた個性の純度も高い。例えば同じ『飛行』でも速度や航続距離、上昇限界などの優劣が存在するのだ。

 ドクターは病院の理事長という立場を利用し、不妊治療クリニックや産婦人科に手を回して不正な体外受精を繰り返していた。そうして優れた純度の高い個性を創っている。

 個性は意識に宿る、という現代生命学、倫理学は正しい。そして胎児の段階で無意識は生じているらしく、従って個性も存在した。『個性を奪い、与える個性』により収奪出来たからだ。

 胎児の段階で個性の所持をしているが発現には至らないというのは医学的な発見であったが、それをわざわざ発表する必要は無い。

 

『飛行』と『飛行』、『パワー』と『パワー』を掛け合わせ、体外受精により胎児を作り、個性を奪い、繰り返し、そうして高純度の個性が創り上げられた。個性ガチャとドクターは呼んでいる。

 純度の高い個性を与えられたオーバークリティカルは故に強い。

 それに『身代わり』の個性もある。単体では役に立たないが、他の個性と組み合わせれば無敵となれる。

 

 ドクターは忌々しいあのクソガキの死を待ちわびながら、ジョンちゃんに餌を用意してやる。

 

「おいでジョンちゃん、おまえの好物じゃよ」

 

 猫なで声に呼ばれて出てきたのは頭に脚が生えているだけの一頭身の脳無だった。脳無は別に食べなくても死にはしないが、残骸の処分に便利なので与えている。

 ジョンが大きな口で、エサ皿に盛られた肉を貪る。まだ動いているほど新鮮で、骨まで柔らかく血の滴るガチャの残骸を。

 

 中継中のテレビからは、いつものニュース番組のタレント司会の声が垂れ流されていた。

 

『それではここで自称ヒーロー専門家のリリーさんに意見を聞いてみましょう』

 胡散臭い男性が、真剣な顔で口を開く。

『これは非常に問題ですね。いやしくもヒーローたるものがヴィランと利害関係にあるのなら許されることではありません。マッチポンプしてるんじゃないかって考えている人はわたしの周りでも多いですね』

 

『ごもっとも。自称法律研究家のユウリさんはどうでしょう』

 胡散臭い女性が、真剣な顔で口を開く。

『これは法的にも問題ですね。絶対とは言いませんが、わたしの豊富な経験上、Mt.レディはクロだと思いますよ。ツイッターのフォロワーもそう言ってます』

 

『さあ、という事で面白くなってきました。ヒーロー協会は事実確認中とのことですが、すぐに否定しない所を見るに怪しいというか組織ぐるみなんじゃないかって皆が言ってるんですが、どうなんでしょうか』

 

 映像が現場に切り替わる。

 薄暗い森で、脳無がインブローリオを嬲っていた。

 

 

 

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 Aパート

 

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 Mt.レディは角の中のファーストエイドキットで右脚の応急処置をした。膝上で固く縛り止血し、鎮痛剤を打つ。剣山のように変形した脳無を蹴り上げたせいで無数の針に貫かれ、衝撃も加わり解放骨折どころではなかった。完全に挫滅しており、血と肉が滴り落ちた。切除は免れないだろう。

 山岳救助用の高アルコールを一口やって気を紛らわす。将来のキャリアなど、今考える必要は無い。

 

 木の枝を杖に、雑居ビル目指して歩き出す。そろそろヒーローが到着する頃だ。ハイエンドとロボを破壊した存在が気がかりだが、なんとかなるはず。

 やがてビルの外で立ち尽くす博士たちが、その姿を見つけて駆け寄る。

 

「ひどい怪我だな。痛むだろ? 止血だけか?」

「鎮痛剤は打った」

「アジトに医療用の麻酔がある。持って来るからここでじっとしといてくれ。ラブラバさんとジェントルさんは彼女を看といて」

「なんで民間人がそんなの持ってんのよ」

「いや悪の秘密結社だから」

 

 博士が慣れた手つきで局部麻酔を施すと、痛みも多少はマシになった。

 

「ありがと、楽になったわ。それにしても悪の秘密結社がわたしの事務所の真下か、どーりでアイツが近くにいる気がするわけだ。っていうか早く逃げなよ。すぐにヒーローが駆け付けてくれるから」

 

「逃げないんじゃなくて、逃げられないんだ」

 

 森の奥から、物憂げな声と共に、インブローリオの頭部を掴んでズルズルと引きずる脳無が歩み寄る。

 頭部を握ったまま振り回し、遠心力で千切れ飛んだ首から下が雑居ビルに激突した。掌に残った頭を握り潰す。

 

「ドクターも大げさだな、所詮は脳無でしかないってのに」

「うそでしょ……インブローリオッ!」

「次はエンジニアか、恨みは無いが」

 

 ぐるりと脳無の顔が博士を向く。無機質で、特に何の感情も浮かんでいない。

 ジェントルとMt.レディはハイエンドの戦いで消耗しており、ラブラバと博士は非戦闘員だ。もとよりインブローリオですら歯牙にもかけない相手である。万全の状態でもどうにかなる問題ではない。

 

「そこまでだ!」

 

 飛行系の個性で空輸されてきたヒーローたちが、脳無を囲むように次々と降り立つ。空では対地攻撃に備えている者もいた。その数は二十人を超えている。

 

「やっと来たか」

 到着を喜んだのは博士たちではなく、脳無だった。

「ついにヒーローと戦えると思うと、胸が躍る。インブローリオで時間をつぶした甲斐があった」

 

『飛行』で上空に飛び立つと、鋭角な軌道を描いて瞬時にヒーローに肉薄する。軽い殴打ではるか遠い地面に叩き落した。

 

「おかしいな。愛されて然るべきヒーローが、こんなものか?」

 

 脳無の腹に電磁投射された砲弾が突き刺さるが、背から短い枝が生えてすぐに縮むだけだ。脳無はがっかりして適当に何人か片付ける。

 一人が思わず呟いた。

「強すぎるだろ……今までの脳無どころじゃ、おれたちじゃまるで――」

「まるで愛が足りない」

 脳無が空にいた最後の一人の背に触れる。第七感(ドミナントセブンス)は与えられた個性に対する才も発揮した。つまり脳無の欠点であった個性制御を補う。本来は自身に使う『飛行』をヒーローを対象に取って起動すると、ブラックアウトする速度で他県まで飛んでいった。

 

 落胆して地表に降り立つと『麻痺毒』の電波を照射されたが、『被覆』はあらゆる非物理攻撃を防いだ。

 

「おれたちが時間を稼ぐ!」

 そう言って飛び出したヒーローの『物理吸収』や『防護』といった障壁は、『トランプル』の個性により貫通して本体にダメージを与え再起不能にさせられる。

 

 ヒーローたちが蹂躙されている短い間に、博士はインカムに囁く。

 

「生きてるか?」

『……姉さんだ』

「なに?」

『あのクソ脳無の中に姉がいる』

 

 最後のヒーローが無残な姿で転がった。頭部は粘土を殴ったように凹んでおり、かたかたと痙攣している。

 脳無が博士の頭を握る。そのまま力を込めようとして、辞めた。

 

「ヒーローに勝って実にすがすがしい気分だが、やっぱり生身の人間を殺すのは抵抗あるな」

「なに、言ってんだおまえ。あれだけヒーローを攻撃しておいて」

「あれは戦いの中の話だし、一応セーブしてたよ。それで失血死やらショック死しても、ぼくが直接手を下した感じがしないからいいんだ」

 

 意識の無いヒーローの身体と自身の腕を『接合』して傀儡化する。徐々に黒い肉に蝕まれ、ヒーローは出来の悪い糸人形のように『溶解』の個性を博士に向けた。

 

「だから他人を使って間接的に始末させるのか? 頭おかしいだろ」

「訓練された軍人でも躊躇なく人を殺せるのは数パーセントしかいないんだが? てことはぼくは正常だろ」

 

 博士の胸に粘質な液体が放たれるも、飛んできたバスタブが間に入って命中してドロリと溶け落ちる。

 

「そいつは殺させない。二人しかいない悪の秘密結社の、大事な博士だからな!」

 

 雑居ビルから泥を被ったインブローリオが駆け出す。

 脳無が面白そうに笑って迎え撃つ。

 

「なるほど、脳の位置を頭部から移動させたのか。なら粉々にしてやるかな」

 

 命拾いした博士がインブローリオに伝える。

 

『チャンスだ、お姉さんを取り戻す』

「どうやって!?」

 

 姉の個性は、誰かの身代わりになるというものだ。単体では役に立たないそれを、あのジジイならどう活かすかを博士は思考する。

 

 おそらくだが、オーバークリティカルは二体の脳無で構成されている。クソ野郎と姉だ。先ほどヒーローを『接合』して傀儡化した個性を使ったのだろう。

 クソ野郎が攻撃を受けると『接合』されている姉が自動的にダメージを引き受ける。その際に一瞬だけ生える枝のようなものがそれだ。だがそれもすぐに再生されるし、姉自体もオーバークリティカルのタフネスを持つので何度でもダメージを肩代わりさせられる。

 

 例えるなら体力バーが二本あり、そのどちらもが同じ耐久力と再生力を有している。姉を削り切っても、クソ野郎を一瞬で倒さなければ姉が再生する。

『身代わり』を活用するならこの設計が妥当だろう。

 

「だからそんなのどうやって!!」

『どうって、たぶんオールマイト級のパワーがあれば手段はある……』

「ふざけんな!」

 

 インブローリオが地面に向かって『飛行』を起動され、叩きつけられる。

 脳無は侮蔑的にその姿を見下した。

 

「なぜヴィランはヒーローに負けるのか、わかるか?」

「はあ?」

「ヴィランを愛する者は少なく、ヒーローを愛する者は多い。だから昔は跋扈していたヴィランもヒーローに負け続け、今に至る。ヴィラン連合は脳無を切り札のように扱っているが、あんな化物は愛されない。保須でヒーローに負けたのはそのせいだ」

「なにが言いたい」

「愛は力だ。愛されている者は強く、愛されていない者は弱い」

 

「気持ち悪いな、おまえだって脳無の姿だろ。なにが愛だ」

 

「きみたちと同じにするな。ぼくは個性で人間の姿になれるんだよ」

 冷ややかに続けて言った。

「実際、この理屈ですべて説明がつくんだ。人も社会も貧者を愛さない、学の無い者、容姿が醜い者を愛さない。現実としてそういった愛されない者から死んでいくだろう? つまり弱者なのだ。学が無ければは稼ぐ手段が限られ貧しくなり、貧乏人は飢え、醜い者は遺伝子を残せず消えていく……哀れな人たちだ。逆に学があれば稼ぐ機会を得られ、金持ちになれる。容姿が良ければ子孫を残しやすい。そういった者は人や社会から愛されている。だから強者だ。これもまた、愛は力だという証左だとは思わないか」

 

「知るか」

「おいおい、せっかくなんだ。この感動の理解者となってくれよ」

 

 脳無は大仰に手を広げて誇った。暗くなった森のいたるところからは、苦しそうに呻くヒーローたちの声が不気味に響いている。

 

「いまぼくは、ヒーローに勝った。それは国を動かす官僚や各国の上流階級といった強者からぼくに注がれる愛が、学歴経済格差やなんかに苦しむ弱者からヒーローに注がれる愛を上回った事にほかならない。ぼくはヒーローよりも強く愛されていた事が証明されたんだ。それを一人でも多くの人間に理解してほしい」

 

 脳無は心の底からそう考えていた、そしてオールマイトに勝った時、世界でも類を見ないほど愛されていると証明されるとも。それがたまらなく楽しみだった。この肉体はそれを可能にする。

 

「頭おかしいんじゃない。バズった名言っぽいツイートがこの世の真実だとでも思ってそう」

 

 悦に入っていたところに冷や水をかけられ、露骨に不機嫌になる。

 

「……きみの素性の資料は読んだ。産まれる前から、親からすらも愛されず醜い脳無の姿にされ生きてきた悲哀を誘う生き物。素体にはそういった天涯孤独や犯罪者崩れが選ばれる。愛されていないから消えても誰も気にしない、だから潜在的に弱いのだが」

「殺す」

 

 飛び掛かったインブローリオの連撃を軽々と躱し、悠然と語る。

 

「無理だってなんでわからないかな。わからないか、学が無いから。愛は力だとあれほど説明してやったのに」

 

 両手から爆ぜるような青い『炎』を噴出させた。身体に纏わりつくような高温に身もだえしながら反射的に距離を取る。全身の表皮は一瞬で炭化して異臭が漂った。脱皮するように燻ぶった部分を脱ぎ捨てるが、ダメージは大きい。

 

「一応きみ用に渡された個性だが、まいったな。ドクターは山火事とか気にしないのか。少しは環境破壊にも気を使ってほしいものだ」

 

 嘆息して断言する。

 

「愛されるぼくにおまえは勝てない。なぜなら誰もおまえを愛さないから、醜い姿のおまえを」

「そんな事ない!」

 

 そう叫んだのはラブラバだった。

 

「インブロちゃんはとっても素敵なんだから! 酷い目にあったけどへこたれなくて、どれだけ無謀と知っていてもお姉さんを取り返すって覚悟があって、ほんとはもっと女の子らしい服装がしたいおしゃれさんで、わたしの初めての友達なんだから!」

 

 その声が届いた瞬間、インブローリオの前蹴りが脳無の腹に突き刺さる。『身代わり』が起動し、背面から枝が伸びるが『超高速再生』によりすぐさま引っ込む。

 

「なんだ、急にこいつ」

 

 脳無は戸惑いながらインブローリオを観察する。明らかに動きが良くなっている。

 その答えに気付いたのはジェントルだった。それを受けていたからこそわかる。まさか、と目を見張る。インブローリオをスタジアムから救助したとき、い(・)つ(・)も(・)よ(・)り(・)強(・)力(・)な(・)『(・)愛(・)』(・)を(・)受(・)け(・)た(・)が、それはラブラバの彼女に対する気持ちも加わったからなのだと理解した。

 

 個(・)性(・)制(・)御(・)は(・)鍛(・)え(・)れ(・)ば(・)個(・)性(・)の(・)性(・)質(・)に(・)色(・)を(・)付(・)け(・)る(・)。(・)

 

「……ラバーモード? 作用したのか、インブローリオさんにも」

 

 本来であればラブラバの持つ『愛』は自身が愛したただ一人、つまりジェントルのみを対象としている。だがここにきて、唯一の友の危機に個性は拡張されたのだ。彼女が友愛を叫んだ時、インブローリオ・ラバーモードは生まれた。

 そうとあっては、もとより相棒だけに応援させておくわけにはいかない。ジェントルもまた叫ぶ。

 

「負けないでくれ、わが盟友インブローリオさん! わたしの愛する相棒、ラブラバの為にもッ! それにゴールド ティップス インペリアルを一緒に飲む約束だろう?」

 

 その言葉で、インブローリオの身体を包む愛のオーラは目に見えるほど色濃くなる。比例するようにパワーもスピードもタフネスも上がった。

 ジェントルの盟友としての友愛が、ラブラバの拡張された個性を介してインブローリオを後押しする。

 脳無は次第に力をセーブして遊ぶ余裕が無くなってきた。

 

 インカムからは遠く徳島のライバルの声が届く。

『中継で見てるよ、インブロさん。そんなやつに負けないで。あの時わたしを庇って戦ってくれたあなたは素敵で、カッコよかった。それに知ってる? オンラインとオフラインじゃダイアグラムが違うんだよ。オフだとどっちが強いのか、まだあの時の勝負はついてない!』

 

 超高温の青い『炎』が肉体に接触する前に回避する。もうその個性は通用しない。

 

 つられて博士が口を開く。

「インブローリオ。あんたには偶然だとしてもおれを助け出してくれた恩があった。その恩を返させてくれ。姉は奪還できるのかと聞いたな? おれが何とかする。悪の秘密結社の博士として! 必ず!」

 

 インブローリオの打撃が徐々に当たりだした。だがそれでもまだ足りない。オーバークリティカルを超えるにはまだ愛が足りない。

 最後にMt.レディが言った。

 

「最初はいけ好かない調子に乗ったヴィランだと思ったけど、今でもヴィランであることには変わりないけど、あんたは誰かが大事にしてる物を身を挺して守る優しさがあって――」

 

 脳無のローキックでインブローリオの脚が消し飛ぶ。すぐさま『触手』で再構成する。ラバーモードは肉体を強化するだけだが、インブローリオの肉体は『触手』の異形型でもあるので行える疑似的な再生だ。

 

「複雑な家庭環境にある女の子を気に掛ける優しさもあって――」

 

 削られ、抉られ、破壊されたインブローリオの肉片が辺りに飛び散る、それでもなお欠けた端から肉体を作り直して脳無と殴り合う。姉を奪還する為に。その凄惨な執念に、岳山は知らず知らずのうちに涙を浮かべていた。

 

「たしかに強面だけど実はお姉さんっ子で、可愛いところもあるあんたの事がわたしは――」

 

 脳無が焦りを覚えだす。バカな、こんなやつがぼくの愛に迫るはずがない。親からも愛されず、児童保護施設で育ち、学も碌に無い貧者の素体に。神にすら愛されているであろうぼくが。

 あってはならない、そのような事は。

 

「死ねッ! インブローリオ! 自覚しろ、おまえの醜悪な身体を、耳障りな声を、浅ましい産まれを! おまえは誰からも愛されずに殺されるという事を!」

 

 すぅ、と肺にありったけの空気を入れて、岳山はあらんかぎりの声を発した。

 

「わたしも(・)、あんたの事が好きぃいい!!!」

 

 インブローリオを包むオーラがはっきりと輝きを放つほど強くなり、完全に脳無と渡り合う。その戦闘はもはやプロであっても目で捉えるのは困難なほどの速度と、即死級の破壊力の応酬が繰り広げられていた。

 純粋な暴力の応酬は、もはや格闘技術の介入の余地すら失くす。

 インブローリオの肉体は破壊と再生が高速で繰り返され、脳無の背から生える枝は太く長く歪に伸び続ける。

 

 ラブラバとジェントルと博士がMt.レディに顔を向ける。

 え、も(・)ってなに? 

 場所を移してヒーロー協会でハラハラしながら中継を見ていた事務員は白目向いて泡吹いてぶっ倒れた。

 全国の視聴者が唖然とする。

 北海道のご両親も目を丸くしている。

 

「姉をッ! 返せええ!!」

 

 腰の入った、掬い上げるような殴打を放つ。拳は空気との摩擦熱で赤く燃え、大気の圧縮現象を引き起こして衝撃を生んだ。それが脳無の腹に突き刺さる。完璧なタイミングで。

 だが脳無は安堵した。

 第七感(ドミナントセブンス)により得た格闘の才能により、その攻撃の運動エネルギーでは一歩届かない事を理解したからだ。

 あと少し、ほんの少しの僅差で脳無が勝った。インブローリオの攻撃は背面に『接合』された『身代わり』が引き受け、同時に『超高速再生』で凌げる。返す刀の一撃で殺す。

 やはり、と脳無は内心で独り言ちる。

 

 ぼくの愛の方が強かった。そもそもこの個性のコンボを攻略する事など不可能なのだ。例え全盛期のオールマイトの瞬間火力でさえ余裕を持って耐えきるように設計されている。それを旧型の脳無が突破するなどあり得るはずがない。

 

 その事実は、インパクトの瞬間にインブローリオもまた勘付いていた。足りなかった、首の皮一枚残してケリを付けられなかったのだと理解した。

 たぶんだけど、もう一秒もしない内に負ける。そして博士も殺されるだろう。ジェントルさんとラブラバちゃんは、わからない。たぶん見逃されるとは思う。

 そして姉を取り戻せない現実に深い悲観に沈み込む。

 

(ごめんね、姉さん)

 そう内心で呟く、と言うより、印象する、とでも表現するべきか。そうするととても懐かしくあたたかい印象が彼女の意識に滴る。

(ありがとね、わたしの為にここまで戦ってくれて)

 

 彼女は小さく息をのむ。なにもかも、先ほどの自ら刻んだ失望すら忘れて姉を感じた。

 

(大丈夫、あなたはわたしの愛する妹だから)

 

 その瞬間、ラバーモードのオーラは煌めき、脳無の肉体は散り散りに消し飛んだ。『身代わり』が起動するよりも速く、『超高速再生』が作用するよりも速く、インブローリオの愛は歪んだ欲求の塊を貫いたのだ。

 

 その衝撃で背面に接合されていた肉塊が空高く放り出された。

 それから目を離さず、ジェントルは大気の膜をトランポリンのように跳ね、輝く星空にぽつりと孤独に落ちる黒い影に近づく。それにつれ、緊張で鼓動が早まるのがわかった。嫌な汗をかく。脳裏にあの時の清掃員の唖然とした表情がよぎる。

 今になって、もし落としたらどうしようという不安と過去の後悔の念が首をもたげる。だが今さらもう遅い。彼は考えるより先に身体が動いてしまっていたのだから。

 

 どうか、とジェントルは願わずにはいられない。

 どうか受け止めさせてくれ、今度こそ。

 

 かくしてそれはジェントルの手に収まった。盟友の為、脳無に立ち向かった救世たる義賊であれば当然の事だ。

 

 

 ―――

 

 Bパート

 

 ―――

 

 

 

「これが、インブロちゃんのお姉さん……」

 力を出し切ったインブローリオがゆっくりとこっち向かってきているが、果たしてこの姿を見てどう思うか。そう考えると、ラブラバが幾分かの落胆を混ぜて言うのも仕方がない。

 博士の掌に収まる小さな黒い肉塊がそうだ、と言われても納得は出来ず、素直に奪還を祝うのは難しい。

 

「厳密にはこの中のお姉さんの意識が、いま見える表層の脳無の肉と菌糸で繋がっている」

「でもそれ、取り除くのすごく難しいんでしょ? 複雑に絡まってるって……」

「並みの医者じゃまず無理……けどまあ、おれの個性ならあやとりみたいなもんだよ」

 

 そういうと、博士の周囲に『白い刃』が浮遊する。個性により不可視の糸で博士の指と結ばれたそれらは、寸分の狂いも無く切除を開始した。

 

「まったく活躍の機会のなかった『精密操作』がここにきて役立つとは。おれはいつだって、あのクソジジイのカウンターって事だな。顔真っ赤な姿が目に浮かぶ」

 

 やがて取り出されたのは、菌が姉の意識を象ったモノだった。

「ハートみたいで可愛い形ね」

 とラブラバ。

「カットされた宝石のように見えるが?」

 とジェントル。

「え、触ったら壊れそうな繭って感じじゃない」

 とMt.レディ。

「マジで? どの方向から見ても穴が開いてる物理的に矛盾した形状だろ?」

 

 博士たちが三者三様の形状を言った。

 

「主観によって形状が変わるのか? わけがわからんな。よく切り離せたもんだ」

 

 そのまま聞こえているのかわからないが、ある提案を姉の意識に語り掛ける。

 あまりの内容に他の三人は押し黙る。果たしてその提案をインブローリオは喜ぶのだろうか? 

 

 ほどなくしてインブローリオが戻ってきた。ラバーモードは解除され、オーラも消えている。

 

「姉さんは!?」

「ああ、いるよ。ここに」

 

 博士はそっと姉を手渡した、手の震えを隠して。最悪、インブローリオに殺されるかもしれない。それを行うかどうかは姉の裁量次第だが、やるとわかっていて提案した事には変わりない。

 

「姉さん……こんな姿になっちゃって。ごめんね、助けるのが遅くなって」

 

 インブローリオは姉を胸に抱いた。

 博士が覚悟を決めて切り出す。

 

「インブローリオ、あんたはおれに尋ねたな? 元の姿に戻れるのかと、姉を奪還できるのかと」

「ああ、その内の一つは達成できた。ありがとう」

「本当にそれでいいのか? 今のお姉さんの姿で……姉妹間で無意識的な会話ができるんだよな? あとはそっちで決めてくれ」

「どういう……待って姉さん!」

 

 どろりとインブローリオの身体が崩れ落ちて水たまりのように地面に広がり、すぐに丸い大きな胎が形成された。

 一分もしない間に胎から通り抜けるように転がり出てきたのはヌメっている塊だった。鈍い雲間から月光が射し、その姿を明かす。

 

 それは人間の腕ほどある大きさの触手の塊だった。原付ほどの体積がある。付着していた粘質な黒い液体は乾燥して剥がれ落ち、夜色の体表が見えている。

 蛭の塊はのたうち回りながら、触手を大に小、長に短にしながら不定が一定になってゆく。

 子どもが粘土で作ったような、頭の無い犬の出来そこない。それがよたよたと歩き、石に躓いて転んだ。すると、前だか後ろだかにギョロリと眼球が芽生えた。

 前足を視認すると、再び身体を膨張させ、収縮させる。今度は、形だけは人間に見えなくもない。

 

 ビクリと身体を振るわせると、するりと輪郭が現れた。『蛭』『触手』『蔦』で構成される体躯であるものの、インブローリオのそれとは違い少女の体つきだ。

 姉は三度、妹の『身代わり』となった。

 一度目は母体の胎の中で、二度目は記憶を奪われ。

 そして三度目は、脳(・)無(・)に(・)さ(・)れ(・)た(・)妹(・)の(・)『(・)身(・)代(・)わ(・)り(・)』(・)と(・)な(・)っ(・)た(・)のだ。

 

「すまんな、三度もあの子の『身代わり』にさせてしまった。だが可能であれば、この方法が最良だった。あんたは脳無という身体を得て、あの子は元の身体に戻れる。が、ヴィラン連合がおれたちを狙う場合、あんたが戦わなきゃならん」

 

 少女の脳無は気にしていないというように小さく頷く。

 

「怒られるかな?」

 

 姉はかぶりを振り、博士にハグをした。ゆっくりと触手群が蠢いていて、弾力性があり、ぬめってこそいないがいい気持ではない。だが懐かしかった。

 ジェントルやラブラバにも順にハグして回り、Mt.レディの時は一段とキツく抱きしめた。

「ちょ、ちょっと痛いですって」

 

 困ったように笑うMt.レディに姉は何かを言いたそうだったが、発声に慣れてないのか言葉になっていない。

 最後にしゃがみこんで右脚を労わるようにそっと触れた。妹の為に闘ってくれ、膝から下を失った代償。リカバリーガールでも元通りには出来ないだろう。

 今後のヒーロー活動はアイテムによる義足をつけるか、引退するか。どのみちリハビリにかかる期間から考えると、Mt.レディとしては表舞台から引くことになる。

 

 その現実を知りつつも岳山はニカッと笑って姉に言う。ヒーローが心配をかけてどうすると鼓舞した。

「大丈夫! こんなことでわたしは終わらないし、後悔はしてないから。それよりさ」

 胎に視線を移して続けた。

「その……なんて呼べばいいんだろ。アイツは大丈夫なの? 元インブローリオは、脳無にされた事をお姉さんが個性で引き受けたから、元の姿に戻れるんだよね」

 

「理論上はそうだ。『身代わり』は物理・自然法則を貫徹するタイプの個性だ。だが父親のそれと違うのは無から有を生み出せる点にある。アイツは母体の胎で姉に生命を明け渡されたと言ったが、現象として正しいのは生存に必要な栄養なんかを妹に生じさせた。何かを渡す個性じゃあない」

 

「信じられない個性だな。なぜぼくの第七感(ドミナントセブンス)で使えなかったのか謎だが」

 

 その場にいる全員が目を疑った。

 そこには、飛び散った無数の肉片が磁力のように引き寄せられ『復元』されていくオーバークリティカルの姿があった。

 

「あの程度でぼくの愛に勝てると思うなよ」

 

 博士は心底うんざりする。あのクソジジイ、とんでもないヤツを寄越しやがって。ちょっと昔のカワイイ悪戯をどんだけ根に持ってんだよ。確実に殺す気だ。

 

「マジかよ、こいつ不死身か?」

「ハイエンドごときと一緒にするなと言ったはずだが? さっきの気色の悪いオーラも無くなってるみたいだし、今度こそ始末するからな。始めよう、第三ラウンドだ。もっとも、ぼくが勝つまで続くがな」

 

『再活』により失った体力も元通りになったオーバークリティカルは悠然と歩み寄る。インブローリオを消す為に、博士を亡き者とする為に。

 それを防ぐべく、姉が庇うように進み出た。まだ歩くことも慣れていないのか右(・)脚(・)を(・)崩(・)し(・)、(・)『(・)触(・)手(・)』(・)で(・)再(・)構(・)築(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。

 

「気持ちは嬉しいが、あんたじゃ無理だ。まだこの世に生まれたばかりだ。個性だって使い慣れてない。瞬殺だぞ」

 

 博士の忠告を無視して姉はオーバークリティカルに駆け出す。

 

「ずいぶん細身になってしまったが、そんなのでぼくの相手が出来るのか?」

 

 脳無の拳が姉の腹に突き刺さる。その威力は体躯を上下に分断させるほどだった。

 その光景を見た岳山は歯がゆかった。せめて脚さえ無事ならハイドクラウドで全員を握って離脱できたかもしれない。その際にオーバークリティカルの攻撃を受けて致命を追うのは目に見えているが、この状況よりもマシだ。

 

 くそう、と強く噛み締める。麻酔の上から寄せては返す波のような痛みが――痛みが――無い。

 なんで? と見下ろせば、そこには穴が開いてボロボロのヒーロースーツに包まれた無傷の右脚があった。恐る恐る指先を動かしてみるが違和感は無い。なんで? 

 

 何が起こったのか。博士の怪しい処置のおかげなのかと顔を上げると、真っ二つにされた姉が『超高速再生』で肉体を復活させていた。

 姉を除いて、誰もがその現象に戸惑っている。

 Mt.レディの完治した右脚を見やった博士が、まさかと顎に手をやる。

 

「それすら『身代わり』できるのか……ズルくね?」

 

 姉は脳無に殴りかかるが、易々と躱され反撃を食らう。二度三度それを繰り返すと、立場は逆転した。あまりにも不可思議で不条理な謎。

 脳無の第七感(ドミナントセブンス)により発揮された対個性戦の才がその解を告げる。

 

『飛行』で逃げようとするも起動しない。すでに遅かった。

 姉が『オーバーパワー』で脳無の両足を蹴り飛ばし、地面に転がす。

 敵を無力化した姉は、静かに風を感じて口を開く。底冷えのする、ガラリとした声色だった。

「物質っていいわね」

 

「バカな、そ(・)れ(・)が可能な個性制御なら第七感(ドミナントセブンス)によってぼくも使えるはず」

 脳無の声は震えている。

 

「そうかしら? あなたのような人間に、誰かの『身代わり』になるという才能は使えないと思うけど……わたしは違う、この世に生れ落ちる前からこの個性を受け入れ、使えばどうなるかを理解し、それでも使った。後悔は無かった」

「返せ、おれの個性」

「あなたの、じゃあないし、酷い言いようね。『個性を奪い、与える個性』によって無理やり与えられた、個性被害者であるあなたの『身代わり』になってあげたのよ。ああ、お喋りって素敵ね。あなたのような人間が相手でも」

「せめて『変成』だけでも返してくれ。なんでもする。すべて喋る、ドクターの事、ヴィラン連合の事……金の都合ならいくらでも付ける」

 

 姉が一度踏み鳴らすと大地が揺れ、巨大なクレーターが開く。

 

「それは当然の事でしょう? あの子にさんざん醜いだのなんだの言っておいて、それだけで許されるとでも? その姿でもあなたの言うところの愛が注がれるか、見ものだわ」

 

 それだけ言うと、姉は呆然とする博士たちのところへスキップで戻った。

 

「あー動くのって楽しいー」

 

 肉体を得てテンションがだいぶ高い。

 

「とにかく、これで本当に一段落付いたわけだ」

 博士が安堵のため息をつき、そういえば空腹だったことに気付いてアジトから人数分のぬるい発泡酒やら軽食を持ってきた。

 姉を除いた全員が疲れきっている。Mt.レディもアイマスクを取って星空の下で箱に座り、胎を眺めながら誕生を待った。周囲には姉が怪我を『身代わり』して傷の癒えたヒーローが転がっている。命に別状はないが、まだ意識は回復していないようだ。

 

 「かんぱーい」と誰かが言った。

 なんとなくみんな照れくさいやらで苦笑して、ジュースや発泡酒を飲み、シケたプライベートブランドのツマミを口に運ぶ。

 

 それが死ぬほど身に染みて美味かった。

 

 

 ―――

 

 エンディング

 

 ―――

 

 

 

 やがてトクリと胎が動く。

 岳山の隣に座った姉が胎を見据えたまま言った。

 

「あの子を助けてくれてありがとね」

「え、ああ。はい。まあヒーローなんで一応」

 告ったアイツの姉なだけあって、どうしても気まずいというか緊張してしまう。

 

「本気なの?」

「正直言うと~ですね、あの場の勢いというか。でも、もしアイツがあの場で殺されて、それっきり会えなくなるんだったら今伝えなきゃって刹那的なものではなくて」

 ただ、と発泡酒を一口飲んで続けた。

「ただ、インブローリオがめちゃくちゃ言われて、誰もおまえを愛さないなんて言われてカチンと来たってのもある、と思う。わたしの存在を無視すんなー、少なくともここに一人いるぞーって伝えたかったのかな」

 

 すみません、じぶんでもよくわからなくて。そう言って困った顔をする彼女を、姉は抱きしめた。

 

「あの子の為に怒ってくれたのなら、任せられるわ」

 そのまま互いの顔を見ずに、言葉を交わす。

「でもわたし、ヒーローなんで。インブローリオのやった事がどう裁かれるかは司法の判断ですけど、警察に引き渡しますよ」

「わたしを相手にすることになっても?」

「はい」

 

「オーバークリティカルを倒したわたしでも?」

「ヒーローなんで、プロの」

 

 出来る事なら何も見なかった事にしてしまいたかった。アイツを見逃してやりたい。深い事情も同情の余地もある。

 しかしそこだけは岳山に曲げられる事ではなかった。ヒーロー故にインブローリオを守るという約束を果たしたのだ。ここで矜持を失うわけにはいかない。たとえ愛する人であっても、特別扱いにして見逃す事など出来ない。プロとしての誇りがあるからだ。

 自らの手で連行しなくてはならない所を想像して、胸が苦しくなる。

 

「それを聞いて安心したわ。守ってあげてね、あの子の事」

「ありがとう、ございます」

 

 そんな二人の様子をちらちらと盗み見ながら、博士たちはひそひそ話をしていた。

 

「ラブラバさんは何か知ってる? も(・)ってどういうことなんだ?」

「え~いや初知りだわ。というかMt.レディとそんな仲良くなる時間ってあったのかしら? ジェントルはどう?」

「わたしはそんなに彼女と話す機会は無かったからな」

 

「マジ? ジェントルさん結構くだけた感じで喋ってたから聞いてるかと思ったけど」

「でもそういえば、徳島に旅行した時に好きな人のタイプを聞いたんだけど……言っていいのかなこれ」

「女性の秘密を聞くのはしのびないな」

 

「好みのタイプくらいなら大丈夫だと思うけど、秘密って言われてないんでしょ」

「んまあそうかな。えっと、好きになった人が敵同士とかロマンチックでいいかなーって」

 

 三人はMt.レディを見やり、再び顔を見合わせた。

 なるほど、ヴィランとヒーローってそのまんまじゃん。

 妙な納得感に頷いていると、胎に亀裂が入る。白い手が見える。博士が白衣を投げてやると胎に引きずり込まれた。

 

 ついにこの時が来てしまった。

 岳山は固唾を飲む。ばらばらと胎が崩れ落ち、インブローリオだったモノの姿が現れる。

 ええ~手ぇめっちゃ細くて白かったんだがあ? 少なくともおじさんって線は消えたっていうか、よくないだろこんな事を考えるなんて。凄い罪悪感あるわー。そりゃ多少は見た目に期待するって、しょうがいないって。どんな見た目でも覚悟は決まってるから、未来の事はわかんないけどその辺は許して。

 

 うわー意外に背低っ、脚とか細っ! 顔ちっさ! 

 っていうかめっちゃ美少年っていうか、ほんと女の子みたいにカワイイ系じゃん!? まだギャップ萌えで攻めてくるの反則でしょ~。

 恥ずかしがる仕草とか、わたしより女っぽいんじゃない? 今までクール系のイケメンが好みだったけど新しく開拓された気分だわ。アリよアリ! これはアリ!! 

 あー、お姉さんに抱きついて再会に嬉し泣きしてる~。

 

 ま結局これよ、ヒーローにとって報酬って。お金や名誉も超大事だけど、この瞬間ってヒーローだからこそ味わえる醍醐味よね。

 おぎゃ~こっち来るー。目とか小動物みたいにクリっとしてて愛くるしいー。ちょちょっと! 白衣だけだから胸元が見えるって、わーおっぱい結構あるんだね~。

 

「はれ?」

 

 岳山は目を点にしてコテンと首をかしげた。おっぱい? 

 あのさ、と彼女はもじもじと俯きながら可憐な声で言った。

 

「守ってくれて、ありがとう」

 

 わー、お声もとっても可愛らしくて女の子みたーい。女性って言われても不思議じゃないかもー。

 思考停止する岳山の肩に姉がポンと手を置く。

 

「妹をよろしくね」

 いもっ!? ……ッ!? 芋! 

 ? ……!?!? 

「ちょっと姉さん!? やめてよ、今そういうんじゃないって」

 

 あたふたするが否定もしない彼女の事よりも、岳山は肩に掛かる重圧の重さに気が気ではなかった。手から腕、顔へと順に視線を巡らせる。夜色の体表に、涼しげな口元が生えていた。

 向こうにその気は無いのだろうが、オーバークリティカルを破った相手である。

 岳山はこう答えるしかなかった。

 

「あっはい」

 

 一陣の夜風が吹いた。岳山の髪が誘うように流れる。泥と血にまみれてもなお月光の雫のようなそれを、彼女は思わず目で追う。毛先から辿っていくと岳山と目が合った。

 二人は俯き、ややあって同時に口を開く。

 

 それをかき消すように複数のプロペラ音が聞こえてきた。本庁の高速輸送ヘリに乗ったヒーローたちが第二陣として到着したようだ。先行部隊が全滅した事もあり、ビルボード級のヒーローの姿も確認できた。警察の実働支援部隊も、夜間装備で次々とロープで懸垂降下してくる。

 

 姉が博士に視線を向ける。排撃するのか、しないのか。その判断を委ねていた。

 姉の力ならば容易いだろうが、博士は頭を振った。大ごとにすればジェントルたちに迷惑がかかる。ラブラバから携帯端末を借りて、懐かしい番号にコールした。

 

「塚内、取引だ。なんとかしろ。見返りにインブローリオにした事は許してやる。おまけでパンケーキの秘密も付けてやる」

 

 それだけ言って一方的に切る。結局、あいつの思い通りに事が運ぶのが癪だった。

 ひとまずはおとなしく連行される事にして、両手を上げて膝をつく。

 移動式牢が持ち出されるのを見て、岳山はハッとした。

 

「待って! 拘束しなくても大丈夫だから!」

「……しかし」

 

 部隊員は暗視ゴーグル越しに脳無を見やる。これまでの脳無シリーズがしでかした過去を考えれば無理のない話。

 

「ここにいる人たちは個性で飛ばされて偶然ここにいるだけ。それで居合わせた脳無と戦った」

「インブローリオには罪があります。器物損壊、公務執行妨害、対ヒーロー妨害行為、不法侵入、傷害、暴行、窃盗その他諸々が。脳無から戻ったとしても、容疑の連続性は認められています」

「ならわたしが連行する」

 

 Mt.レディは彼女の手を強く握る。

 

「絶対逃がさないから、それでいいでしょ?」

 

 部隊員に通信が入る。

「了解しました。あちらのヘリにどうぞ。先行して病院へ向かいますので、治療および検査を受けてください。その後の事は対個性科の塚内警部が引き継ぐそうです。われわれは負傷したヒーローの回収を行います。お疲れさまでした」

「オッケーありがと。あと敵の脳無が転がってるから気を付けてね。個性攻撃に気を付ける必要は無いはずだけど肉体スペックは侮れないから」

 

 部隊員は敬礼すると周囲の警戒、負傷者の捜索確認に加わる。

 これで本当にすべてが終わった。人生で一番長い休日だろうと、ため息をつく。

 そして彼女の手を握りしめ直し、小さく笑って言った。

 

「それじゃ行こっか! 心配しなくていいから。ヘリ乗った事ないでしょ、夜景が綺麗だから期待していいよ」

 

 岳山の手が握り返される。初めての情感に弱く震えているが、それでも熱い血肉の掌で。

 二人はゆっくりとヘリに向かう。回転翼が吹き下ろす向かい風に負けることなく、一歩ずつ進む。

 二人は一歩ずつ、進んでゆくのだ。

 

 

 

 ―――

 

 Cパート

 

 ―――

 

 

 

 オーバークリティカルが負けた。

 ドクターにはそれが本当の事だとは信じられなかった。いったいあれにどれほどの時間を費やし、個性ガチャを回したのか。

 呆然自失とする中で、テレビからいつものニュースが流れる。

 タレント司会の意気揚々とした声が工房に響いた、

 

『いやまさかヴィランに告白するなんてヒーローとして失格ですよね。免許返納も視野に入れるべきだと思いますが、ここで自称ヒーロー専門家のリリーさんに意見を聞いてみましょう』

 胡散臭い男性が、真剣な顔で口を開く。なぜか胸元のポケットには一輪の百合の花が挿してある。

『何の問題もありませんね。たとえヒーローとヴィランの間で恋愛感情が芽生えたとしても、現実としてMt.レディはインブローリオを連行し、職務を全うしたわけですから。利害関係は無いと考えている人はわたしの周りでも多いですね』

 

『え? えーと、気を取り直して自称法律研究家のユウリさんはどうでしょう』

 胡散臭い女性が、真剣な顔で口を開く。なぜか耳には一輪の百合の花が挟まっている。

『これは法的にも問題ありません。絶対とは言いませんが、わたしの豊富な経験上、Mt.レディはシロです。また脳無にされてしまった少女も、あれは洗脳されて犯罪行為をしていた可能性が高いです。ツイッターのフォロワーもそう言ってます』

 

 タレント司会が困ったようにアナウンサーに視線を向けると、なぜか一輪の百合の花を手に持っており神妙な顔で返しが来る。

 

『一時はMt.レディとヴィランの癒着などという根も葉もないアレが流れていたようですが、関係者の調べによると事実無根との事でした。当放送局はMt.レディと元インブローリオの少女の行く末を見守りたいと思います。二人の邪魔をする組織や個人に対しては、偏向報道やロビー活動、ネガキャンなどのあらゆる手段を用いてこれを粉砕していく所存です』

『おいちょっと待て! 格式高いニュース番組が真実を伝えなくてどうする!?』

 

 はしごを外されたタレント司会が画面外で異を唱えるが、スタッフに抑え込まれた。

『黙れ、おまえは今から教育番組を見てもらう。まずはNEW GAME! からだ』

『なんだこのカワイイ女の子ばっかり出てくるアニメは! 男女比率おかしいだろ。こんなものよりわたしが司会のニュース番組を流すべきだ!』

 

『こんなアレなニュース番組を真面目に見ている視聴者はいないので問題はありません』

 アナウンサーが最後に朗らか笑みで締めくくる。

『それではこの後は大人気ドラマ、白百合の巨塔です。いがみ合っていた新人女医とお局婦長も、協力して悪徳製薬会社を叩き潰したことで認め合うようになり、見守る看護師たちもニヨニヨ。そこに挟まりて~、と現れたイケメン研修医の大地くん。果たして彼の命運は? 第315話 大ッ…………大地ッッッ(ガッ ………… ガイアッッッ)。お楽しみください』

 

 さよ~なら~、とにこやかにアナウンサーは手を振り、画面のヒキでいつものニュース番組はハッピーエンドで終わった。

 

 

 ―――

 

 スタッフロール

 

 ―――

 

 

 

 オーバークリティカルの事件からしばらく経ち、世間もだいぶ落ち着きを取り戻した。

 そんななか、ドクターは所用で久々に工房から出てハイヤーに乗る。

 

 すっかり夜も更け、人気は無かった。橙色の街灯が道路を照らす。

 そんな景色を眺めるドクターの腹はまだ煮えたぎっていた。負けるはずの無い最高傑作を潰され、その敗因も特定できていない。それにあのクソガキがこの世にのさばっている事が許せない。

 

 運転手がウィンカーを出しながら、その様子を感じ取った。

「なにか、嫌な事でもありましたか?」

「ああまったく。クソの付いた靴でプライドを踏みにじられた気分じゃ」

「蛇腔総合病院の殻木先生が怒るとなると、よっぽどの不届き者の仕業なのでしょうね」

 

 ドクターは名前を言われて多少驚きはしたものの、表では慈善事業で有名なので特に気に留めなかった。逆に口汚く罵ってしまい、反省する。イメージは大事にしたかった。

 

「恩を仇で返すようなヤツじゃからな」

 

 ハイヤーが路肩に止まる。

 

「おれはおまえに恩なんて感じた事ないけどな」

 

 ドクターはミラー越しに運転手の顔を見て顔をひきつらせた。ジャケットからアイテムを引き抜くより速く、夜色をした腕が車窓を割って頭を引っ掴む。

 

 

 

 ドクターが肌寒さに目が覚めると、見慣れない一室だった。窓からは森が見える。人里離れた廃屋といった感じだった。着ていたスーツは薄汚れており、僅かに臭う。

 

「目が覚めた?」

 

 ボロボロのソファで博士が本を読みながら言った。表紙には、個性と憲法とある。

 

「きさま……」

「そのすぐ顔を真っ赤にするのやめろよ」

「わしを、殺す気か。偉大な英知を担うこのわしを」

「……んー」

 博士は本のページをめくる。

 

「おまえのその! 本を読みながら人と会話するのはなんとかならんのか!」

「え! あ、ごめん。いや彼女は殺すって言ったんだけどさ」

 

 視線の先では少女がジッと見据えている。顔はつばの広いカンカン帽に隠れているが、脳無であることは確認できる。深いグリーンの丈が長めにとられたジャケットにかっちりとしたホワイトのシャツ、センタープレスのしっかり入ったアイボリーのスラックスとマロン色のフルブローグを履いていた。

 

「おれはもっとおまえが嫌がることをしようと思って」

「なん……じゃと」

 

 ドクターの脳裏に嫌な記憶が蘇る。仮眠を取っていたら急に工房が爆発した時の忌まわしい過去が。あれさえ無ければもう十年は早く脳無を造り出せたはず。

 どれだけの人間に頭を下げた事か。それも自分より劣るような連中に。支払った莫大な精密機器の弁償金。『パンケーキを作ることを禁ずる』などという張り紙を張らざるを得なかった羞恥。

 昨日の事のように臓腑に溢れかえる。

 

「なにをする気じゃ!?」

「もう終わったから安心しろ。傷つけるどころか、指切ってたみたいだから治しといてやった。後ろ見てわかんない?」

 

 言われて振り返り、青ざめた。滝のように脂汗が出て、血の気が引き、心臓を凍った手で鷲掴みにされた気分だ。

 博士は確かにドクターを殺してない、そのつもりもないと言った。だがこの状況では死(・)ん(・)で(・)い(・)な(・)い(・)と(・)い(・)う(・)事(・)の(・)方(・)が(・)逆(・)に(・)問(・)題(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 この部屋に似つかわしくない物が置いてある。粘質な黒い液体で満たされたバスタブだ。それらには浄水器や灯油タンクから引かれた管が何本も入れられており、こぽこぽと泡が立っている。

 

「まさ……か」

「個性ガチャはやり過ぎだ、道徳的に。これじゃ将来おれの自伝を映像化できないだろ。一応聞いとくが、胎児はどっかで育てて……ないよな、その顔を見るに」

 

 ドクターは両手に視線を落とす。ほんの少し、指先の切り傷があったのだろう、小さく黒い肉で補完されている。

 

「おまえは何をしたかわかっているのか! このわしの頭脳をッ! あのお方に捧げるべき知の総体をなんだと……」

顔をしわくちゃにして泣きはらす。

「……智慧をおぉ! なんだと思っとるッ!?」

 

「パンケーキを詰めた方がマシくらいにしか」

 

「あ、悪魔めぇ……」

「根が真面目なワーカーホリックなんでね。悪の秘密結社として、悪事の一つや二つは働く。そろそろ退勤するから、あんたはまあ、そう悲観するなよ。それもおまえの英知とやらなんだろ? よかったじゃないか、自分で体現できて」

 

 ドクターは博士に付いて去り行く少女の脳無の背に恨めしく言った。

 

「脳無、わしが生んだ技術と智慧の結晶……」

 

 少女は踵を返してドクターの脚を踏み抜き、両手を握り潰す。

 そして痛みで絶叫する老体に、無垢なる矛盾と無償の愛を胎んだ言葉を告げる。到底、ドクターがどれほどの頭脳をもってしても、その背反で構成される論理を理解できるものではない。

 

 

 

「わたしを生んだのは妹だった」

 

 

 

 

xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

タイトル

私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。

 

原作

僕のヒーローアカデミア

 

出演

 

姉

妹

博士

Mt.レディ (岳山 優)

事務員

ジェントル・クリミナル (飛田 弾柔郎)

ラブラバ (相場 愛美)

 

シンリンカムイ (西屋 森児)

緒辰 貝

 

麦ちゃん

端田屋 区屋良レ

 

インブローリオだったモノの実父

エンデヴァー (轟 炎司)

玉川 三茶

塚内 直正

発目 明

 

ドクター (殻木 球大)

脳無 ハイエンド

脳無 オーバークリティカル

 

五・七・五 三人娘

アナウンサー

タレント司会

 

その他 登場人物

その他 モブヴィラン

 

スペシャルゲスト 香山 睡

 

脚本 hige2902

シナリオ hige2902

演出 hige2902

 

 

完

 

 

 

 ―――

 

 OVA

 

 ―――

 

 

 

「んで、あんたんとこにはどう説明したの?」

 

 個室居酒屋の掘りごたつテーブルで、ジョッキ片手の女性がほろ酔い加減で言った。腰まで届く長い外ハネの黒髪、大きくあいたブラウスからは、色気のある胸元が大胆に覗いている。雄英で教鞭を執るミッドナイトこと香山 睡である。いつもは挑発的な瞳が酔いでとろんとして、サシ飲み相手の岳山を見やっている。

 

「一応ちゃんと説明したわよ、事務所にあの子連れてってさー」

 

 鯛の煮付けをほくりとやって岳山はその時の状況を説明する。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 事務所の応接室は溺れそうなほどの緊張感で満ちていた。

 事務員の対面のソファには雇用主である岳山が堂々と脚を組んでおり、隣には例のあの子が慣れない事務所のせいか、これから話す内容が気恥ずかしいのか居心地悪そうにしていた。

 それで、と沈黙を破ったのは事務員の方だ。

 

「それで、あの、どういう事か説明してほしいのですが。もちろんこれは今後の事務所の経営方針を」

「わかってるわかってる」

 はいはい、と岳山は不遜に続けた。

「インブローリオって脳無いたでしょ? その脳無から人間に戻ったのがこの子。で、わたしたち付き合う事にしたから。っていうかそのくだりは中継されてたらしいんだけど、見てないの? わたしめっちゃ大変だったんだけど、それ事務員としてどーなの」

 

 事務員は危うく意識を手放しそうになったが、なんとか堪える。

 見てたに決まってるしなんなら白目剥いて泡吹いてぶっ倒れた。

 

「え、いやそれは知ってますけど……あらためて説明してくれて、ありがとうございます」

 その子にちらと視線をやる、恥ずかしそうにそっぽを向いていた。

「わたしが聞きたいのは、言いたいのはもっと別な話で。急すぎるというか」

 

「え? 聞いたでしょ、こないだ。気になる相手がいて~って」

 

 そんなん聞いてねぇー! 

 ……*1

 聞いてたわ。

 

「つーかあんた、わたしの意思を尊重するって言ったよね?」

「言って――」

 

 言ったー! けどそれは同じヒーロー事務所って思ってたから、ヒーローとヴィランの恋愛事情とは思わなかったからー! 

 事務員はショックのあまり白目を向く。

 

「確かに言いました……しかしインブローリオはヴィランとして認識されています、世論にも警察にもヒーロー協会にも。事情はあるでしょうが、少なくとも罪を償ってからでないと……本人の前で口にするのは気が重いですが」

「ま、あんたが言わなかったところで誰かが言うだろうからね。そういう現実的な判断はいつも助かってる。この子の罪について公表はまだなんだけど、実は司法取引で特赦が与えられてる。わたしも詳しい事は知らないけどパンケーキがどうとか……今は世論の肯定を得る為に下準備中なんだって」

 

 それならよかったと事務員は胸を撫でおろす。が、また別の問題が浮上した。

 

「失礼ですが年齢を聞いてもいいですか?」

 

 白目剥いたまま尋ねる事務員に引きながらその子が口を開く。

「今年でたしか、じゅう」

「あのさあ女性に年齢を聞くのってどうかと思うんだけどそれセクハラ!」

 

 一息で言って遮る岳山の言葉に、事務員は泡を吹いた。

 みみ未成年クセー! 今度は別の意味でヤバい事になってきたんだが!? 

 ええ~マジ? 岳山さんいま23だし、ぱっと見て女子高生くらいだったから小学校分くらいの年の差? 言うたらOLとJKがあれこれってひょっとして犯罪なんじゃ……

 

「あの、お住まいはどちらに」

「それはその……」

 その子は言い淀んで岳山を見上げる。

 

「あのねぇ、この子は産まれる前に母親を失くして、父親も行方不明でずーっと施設で育ってきたの。いまさら住所が無いからってまたどっかの施設に保護って可哀想でしょ? この子も被害者なのよ? 被害者、わかる?」

 

 前置きが長いぞ、衝撃に備えろ! 

 

 岳山が明後日の方向を見ながら頬をぽりぽりかく。

「まあ頼る人もいないから、一応うちで一時保護してるけど*2」

 

 備えきれなかった。事務員はぶっ倒れた。

 未成年とヒーローがひとつ屋根の下ってもうアウトじゃん。

 

 岳山は席を離れ、ソファから崩れ落ちて横たわる事務員にそっと耳打ちする。

 

「あんたの想像してるような事はしてないから、大丈夫」

 

 ことごとくこっちの想像の斜め上を行っておいてそんな事言われても、大丈夫な気はしなかった。しなかったが、そういう事にしておく他ない。

 

「わかりました。プライベートな事まで説明してくれてありがとうございます。その子についても、あまり聞かれたくないことを根掘り葉掘りと尋ねてしまって、申し訳ないです」

 

「そりゃまあ、いいですけど」

 その子は事務員をのぞき込んで思った。

 なんでこの人、白目剥いて泡吹いてぶっ倒れてんのに普通に話してるの。こわー。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「っつー事があって。まあつつがなく終わった……そんな笑うとこあった?」

 

 くぴりとビールを飲み、岳山の半目の先には笑いすぎて苦しそうに呼吸する香山の姿があった。

 

「ひ、ひ。死ぬ、わらい……息が、ひぎッ」

「そんな要素ないでしょ」

 

 いやマジで、と香山は落ち着きを取り戻すと目じりの涙を拭う。

 

「マジであんたんとこの事務員が可哀想っていうか、優秀なんだろうけど、はー笑った」

 

 一息つくとタイミングよくバイト中の女学生たちが注文を持ってきた。

 

「お刺身と、鮎の天ぷら、枝豆です」

「獺祭の、ロックを二杯、ごゆっくり」

「酔い帰り、若酒待ちたり、舌鼓」

 

「どーもー。……でもさ、びっくりしなかった? 男だと思ってたんでしょ、わたしもだけど」

「そりゃねー。んでもまあ、いろいろ考えての答えだから。告った後でやっぱなしってどうよとか、脳無の姿よりマシとか、そういうヨコシマで俗っぽい事とか、もう心にそういうのが浮かんだ事に対する罪悪感とかでぐちゃぐちゃだったわ」

「その辺はしょうがないんじゃない? 俗っぽいのが人間だしね。立場が同じならわたしも同じこと考える。要は美女と野獣の、魔法の解けた姿が予想の範疇を超えてたらって事でしょ。で、どうやって決心付けたの?」

 

「やーそれがねー、これといって明確な理由は無いんだけど。うだうだ悩んでるうちに、そういえば女同士の(・)ってどうなんだろってネットでレンタルして見たら普通にイけたから?」

 

 香山がきょとんとした顔をして、あっけらかんと笑った。

 

「なによー、そんな可笑しい?」

 むすっとして焼酎を呷る。

 

「いや、ごめんごめん。それも大事よね……しかしま、そーいう事なら」

 悪戯に笑ってテーブルの下のタイツに包まれた脚をしなやかに伸ばした。

 

「ちょっと!?」

 岳山は焦って股を手で隠す。

 

「いろいろ教えてあげるわよー、伊達に18禁ヒーローを名乗ってないからね」

 

 どこまで本気かわからない香山に短いため息をつき、刺身をつまんで鯛の旨味と醤油のしょっぱさに舌鼓を打つ。その余韻もほどほどに酒を一口やると、焼酎とは思えない甘い果実感が冷たくとろりと舌に広がった。

 個室の外からは密やかな賑わいの声が聞こえる。

 帰ればあの子がいる。

 頬杖を付き、しみじみと思う。こういう事の為にヒーローは戦っているのかもしれない。

 

「あーほんっと。平和って感じがするわー」

 

*1:
七話参照

*2:
博士と姉は、ほとんど帰ってこない塚内の家に転がり込んでる




脳無:インブローリオ ヴィラン連合の敵(メタ クラス)
個性:身代わり
妹の身代わりとなって引き受けた個性:触手、蔦、蛭。
オーバークリティカルの身代わりとなって引き受けた個性:オーバーパワー、オーバータフネス、超高速再生、復元、環境適応、接合、炎、飛行、トランプル、被覆、再活、変成。

AFOにより被害者に与えられた個性も、被害者の身代わりになる事で個性を引き受ける。
脳無に対してのメタが凄いぞ!
他者の怪我を身代わりし、自身は引き受けた傷を超高速再生で回復できるぞ! 伸ばした蔦なんかにも当たり判定がある。インチキ!
身代わりで奪った全ての個性を使いこなせるわけではない。今は変成の個性を練習中!
姉の人間の姿はこの世に存在しないけど、いつか思い描いた自分に変成できるといいね。

人間:Mt.レディ (岳山 優)
個性:巨大化
以前にも増してニッチなファンが増えたぞ!
みんな遠くからニヨニヨして見守っている。

人間:インブローリオだったモノ
個性:無し
いろいろあったけど、幸せだぞ!
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総合評価:11324/評価:8.88/連載:11話/更新日時:2026年10月12日(月) 02:14 小説情報

普通に人体錬成しちゃった錬金術師(作者:ヤキブタアゴニスト)(原作:鋼の錬金術師)

母を蘇らせようとして、身体を失ったエドワードとアルフォンス。▼そんな二人の前に現れたのは、平然と人体錬成を成功させる国家錬金術師だった。▼「いいかい。真理だなんだがなくても、医学の知識がしっかりあれば人体くらい錬成できるんだよ」▼これは、賢者の石にも禁忌にも大してこだわらず、エルリック兄弟が人体錬成を勉強して家族を取り戻すまでの物語。▼数年前に途中まで書いて…


総合評価:21970/評価:8.68/完結:9話/更新日時:2026年08月28日(金) 16:56 小説情報


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