【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。 作:hige2902
―――
アバンタイトル
―――
「金が無い」
脈絡もなく博士が言った。
「まあ、働いてないし」
とインブローリオ。雑居ビルのワンフロアに構える自称悪の秘密結社でゴロゴロしている。
「私は特に欲しい物ないけど」
「俺はあるんだよ! 主に食べ物とか、あと飲み物とか、サポートアイテムを作る部品とか機器、参考書とか!」
「そう言われても、基本的にヴィランを襲ってモヤの奴を聞くついでに金品を奪ってきたから貯金は無いし。ここ、おまえを監禁してたやつがプールしてた金があったんでしょ。それは?」
「そんなのバイクとか刃物作ったらもう消えた」
「えー、あのバイクそんなすんの。いらなかったんじゃない?」
「要るって会議で決めたじゃん!」
「ご飯食べてるときに駄弁ってるあれが会議だったんか……」
博士と出会う前のインブローリオは闇夜に紛れてヴィランの情報収集をし、油断している日中に襲うスタイルだった。
しかし博士はより効率的な方法を提案した。
警察の無線を傍受し、個性犯罪があればそれを情報源に現場へ急行して犯人をボコり、ヴィラン連合について尋問する基本方針だ。
つまり、他のヒーローよりも早く到着しなければならない。そうなると必然的に足が要る。そこで博士はまず、例のバイクを作った。スイッチ一つでマンホールの直径よりも短い程度の全高に変形する。その分全長は伸びるが仕方がない。
とにかく目的を達成すればマンホールから逃走できる。
もちろん、出発地点を掴まれる訳にはいかないのでいくらか離れた所にあるマンホールまで行き、そこからバイクで向かわなければいけないが、走っていくよりはマシだ。
「とにかくなんとか金策を練らないと。なんてこった、悪の秘密結社が赤貧に喘ぐなんてダサすぎる」
「いや、その悪の秘密結社ってのがそもそも……」
「このままだとファミチキも買えんぞ」
「むう」
「あーファミチキをスプライトで流し込んだら最高なのになー!」
「言われてもさ、もう遊園地の件がメディアやネットに出回ってるから。どこも雇ってくれないよ」
どうすれば……と博士は悩む。その時、つけっぱなしにしていたテレビから、耳寄りすぎる情報が流れた。快活そうな女性アナウンサーが進行している。
『次のアレですが、皆さんご存知のユーチューバー。最近流行ってますよねー、子どもを中心に。ま、そんなユーチューバーの収入を番組独自の調査でランキングしてみちゃいました~。まず第10位!』
ぺろんとパネルが捲られる前にCMが入った。
へー、監禁されてる間にそんな職業が。博士は軽いカルチャーショックを受けていた。一昔前ならネット上で顔出しなど考えられなかった。それが今ではこうしてテレビで取り上げられるまでになっているとは。
『第10位は独特な喋り口で人気を集めるポコンチポさん。推定年収は約1000万。音階を付与する個性で日用品を楽器にして既存の曲をタレ流すだけなのに、凄いアレですね~』
アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。
『ま、僕の方がツイッターのフォロワー数は多いんですけどね』
『ですね。はいでは気になる第9位は~』
ぺろんとパネルが捲られる前にCMが入った。
マジかよ、そんな稼げるのかと博士はノートPCのキーを叩く。回線はもちろん、上階のルーターをクラックしてタダ乗りしている。
『第9位は~、みなさんわかりますかねえ。独特なセリフ回しで人気を集めるスッポンコさん。推定年収は約1100万。食材化の個性で様々な物質の食レポをするというね、もう食ってるだけ。うーん、凄い』
アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。
『ま、僕の方がツイッターのフォロワー数は多いんですけどね』
『わお! 続いては驚きの第8位!』
ぺろんとパネルが捲られる前にCMが入った。
博士のPCでは十数分程度の動画が流れている。無香料の消臭剤の利き香りや、犬化できる個性のユーチューバーが野良犬のボスになれるかどうかなどをやっている。
「こ、これで年収1000万……個性ユーチューバー」
博士は息を呑む。即刻、アマゾンでなけなしの金を使い撮影機材を注文した。
―――
Aパート
―――
『はいこんにちは~。という訳でね、今日はね、個性ユーチューバーとしての第一回という訳ですけども』
サングラスとマスクをした博士が、生活感丸出しの背景でもごもごと喋っている。
『じゃーん。これ、この個性で生み出された太くて硬くて黒い触手を、食べてみたいと思いまーす。とりあえず茹でてみようと思いまーす』
シーンが変わり、ガスコンロの上の鍋でのたうつ触手が塩ゆでされる。
そこまで眺めたインブローリオが、部屋の隅でふてくされる博士に言った。
「おまえの投稿した動画、死ぬほどハネてないよ」
「音量マックスで再生するのをやめろ」
「あとこのキターとか(暗黒微笑)のテロップって何? コメントでバカにされてるけど」
「ネットスラング入れてみたんだけど、ちょっと調べた感じ(唐突)みたいなのあったからまだその流れがあるとかと……」
「やっぱいきなり素人がこんなのやるのは無理だって」
「いやでもさー」
あなたへのおすすめが自動再生され、PCから出力される博士の声が変わった。
『ごきげんよう。ジェントル・クリミナルだ』
ジェントル・クリミナルは、姿鏡の前で身だしなみを整えた。英国紳士然としたノリの利いたシャツとセンタープレスが入ったスラックスに、柔らかなツイードのウェストコート。
彼の楽しみといえば、動画の配信前と後の紅茶を嗜む事。特に後者は格別な味だ。投稿してしばらく経った後に、再生数やコメントを肴にしたティーブレイクは何物にも代えがたい。
自分の生み出した物の価値が数量化される。その数が多いほど、評価されればされるほど誰かに認められている気がした。
来訪者を告げるチャイムが鳴ると、とてとてと小柄な女性が駆け寄る。一見すると小学生にしか見えないが、成人している。プリーツの入ったシャツに肩釣りスカート、チューリップのピンク色の長いツインテールとくりくりとした大きな目が、幼さに拍車をかけていた。
どこかムスッとした口調で伝える。
「来たわよジェントル」
「ふむ、通してくれ」
再びとてとてと玄関口に向かう相棒の背を見送り、ソファにたっぷりと腰掛けた。胸に手をやると、鼓動が速まっているのがわかった。
それもそのはず。彼は若干犯罪よりの個性ユーチューバーとして、初期はまあまあ炎上していたもののよく考えればやってる事は地味だった。落ち着けばいまいち再生数が伸び悩む。
そんな底辺配信者の自分たちに、いきなりコラボ依頼が舞い込んできたのだから、ラブラバの報告に耳を疑ったものだ。
コラボ動画。それは一流のユーチューバーでよく見られ、お互いの視聴者に知ってもらいチャンネル登録を増やす戦術。
そうか私は、数字としてはまだまだだが、ついにコラボを申し込まれるレベルに到達したかと感慨にふける。
丁重にもてなそうと、とっておきの紅茶も用意した。ふふふ、さてどんなユーチューバーなのか。
「あ、こんにちは」
と入室して来た一人は、ぎこちない作り笑いの男性。もう一人を見た時に違和感を覚えた。大柄な体格に白いスカジャン、ジーンズとツバの広いキャップ帽。気になるのは触手で構成された頭部だ。
あれ、こいつ、こないだ遊園地でヴィラン連合に喧嘩を売ったヤバい奴じゃね?
と、考えがよぎったが、そんなクレイジーな奴がコラボを申し込むはずがないと内心でかぶりを振る。外見はとても似ているが、地球上に個性持ちは何十億人といる。当然、個性が被っている事はままある。実際は強弱があったり微妙に違っていたりするものの、世界に同じ個性使いは十人は居ると言われていた。
そしてジェントル・クリミナルは若干天然が入っていた。だからそれ以上は深く考えない。
チラとラブラバを盗み見るが、気付いていない様子。それもそのはず、彼女はジェントルの熱烈なファンであって、それ以外の動画には基本的に興味を示さない。
「……という訳で、どうですかね。コラボというか、まあ実際には駆け出しの個性ユーチューバーに実況のイロハを学ばせてもらえばなと。広告収入はそちらが7でどうですか」
あれ、しかもなんか聞いた話とズレてきてない?
自称博士と名乗った男の話を聞いてみれば、どうも勉強の意味合いらしかった。しかしどのみち悪い気はしない。教えを請われるというのは初めてだ。師として仰がれるようになるのだろうか。
そんなジェントルの優越と博士の下心は接点が無い。たまたま動画を目にしてみれば、編集がやたら上手かったから技術を盗んで踏み台にしようという魂胆。あまり再生数が多すぎないのも依頼しやすくて助かった。
どうやらジェントルも満更でもない様子。しめしめ、といったところ。
「私は反対よジェントル!」
沈黙を守っていたラブラバが異を唱えた。
「ジェントル以外の人物が動画に出演したら、ジェントルの尺が短くなって動画の良さが薄まってしまうわ!」
「そうは言うがラブラバ。この方たちは私の動画に感銘を受けてわざわざ訪ねて来てくれたのだ。手ぶらで返す訳にもいくまい」
それに、と耳打ちする。
「いずれ私の名が歴史に刻まれた時、フォロワーを無下に扱った事があるとケチがつくかもしれない。最近はやたらと過去の言動がほじくり返されて炎上しがちだからね」
「さすがジェントル。すでに偉業を成し遂げた後の事まで考えているのね! 素敵!」
これで準備は整った。博士はインブローリオを横目で見やると、じっとラブラバに視線をやっていた。小声で注意する。
「おい。一回邪険に扱われたくらいであんまりガン飛ばすな」
「いや、別にそういう訳じゃないけど。ていうか、マジで私がやるの」
「俺の個性ってスゲー地味だしさ。演技とかは無理にしなくていいよ、撮影とか編集スキルを見て盗むだけだし。変装すりゃ大丈夫だって」
「ぇえー。まあいいけど」
インブローリオは嘆息気味に、男物の帽子を深くかぶった。
―――
Bパート
―――
とにかくやってみよう。という事で、すぐに外で撮影が始まった。ジェントルが滑らかに名乗り口上を述べる。
「なるほど、決め台詞的なのがあるといいのか」
と博士はカメラを回すラブラバの後ろで、サングラスにマスクの変装で感心する。
「そして今回はスペシャルゲストが来ている。紹介しよう、私に憧れてこの世界に足を踏み入れた彼こそは――」
「あ、インブローリオです」
「ふふふ、緊張しているのかな」 え、インブローリオって遊園地で大暴れした奴じゃ……。 「ま、まあ気楽に構えてくれたまえ」
一瞬真顔になったジェントルだったが、既にカメラは回っている。コピーキャット的なものかもしれない。実際、ステインと名乗る犯人は結構いるそうだ。
白昼堂々、コンビニでたむろしている不良にちょっかいをかける様子を手短に収録する。覚えてろよー、兄貴に言いつけてやる。などという典型的捨て台詞を撮れたのは、歴史的にも価値がありそうだ。
さっそくジェントル宅に戻り、博士は編集作業に移るラブラバの後ろでメモを片手に見学している。
「あ、じゃあもうAAとか顔文字は古いんですね。ワロタより草、希ボンヌよりあくしろよ……と」
「テロップにそういったネットスラングは多用しない方がいいかしら。出演者よりも目立つのはよくないし」
「なるほど。ところでラブラバさん。インブローリオが映っているシーンが常に見切れてるんですけど」
「それは……仕方がないわ! だってジェントルが素敵過ぎるもの! フォーカスがジェントルを求めるから!」
はあ、まあいいですけど。と博士はふと気配を感じて振り返ってぎょっとした。インブローリオが背後でじっとラブラバを見下ろしていた。おいおいおい。こんな事で怒るなよと言いさして、再考する。
出演に乗り気じゃなかったこいつが、映っていないからといって腹を立てるだろうか? 一歩引いて二人を見比べて気が付いた。
編集しながらジェントルに恍惚するラブラバに、大事な話があると別室に連れ出した。
「ぇえ!? 女の子だったの?」
「ラブラバさん声がでかいよ」
博士は声を潜めて言った。
「あいつ、複雑な事情があって17、8くらいであの姿にされたんだ、悪意ある個性と技術で。それまでは普通の女子高生だったんだがな」
彼女は。
脳無にされて以降は人目を避けてきただろうから、きっとラブラバのような女性ものの服を間近で見るのは久しぶりだったのだ。だからねめつけるような視線をやっていた。かわいいな、という羨望と、もう着る事はないだろうな、絶望。スカジャンも、太いジーンズも、野暮ったいキャップ帽も、彼女の強靭で屈強な肉体に合うサイズだから、男物しかサイズが無いから仕方なく着ているだけなのだ。
彼女が。
ヴィラン連合に奪われたのは実の姉と、肉体と、そこから連続したであろう未来と、名乗る事の出来ない姉の妹としての過去だけでは無かった。
普通の女性がするようなオシャレも、アクセサリーも、化粧も、髪型すら葬られ、眉の手入れ一つとして残っていなかった。
彼女の。
本当の悲哀は誰一人として理解される事はなく、また、癒される事はなかった。
今の今まで。彼女を、ほんの少しでも慰める事が出来るのは、だから。
「恥ずかしながら俺は違法組織に長らく監禁されていたので、どうも最近の女性が好むような事は知らん、知り合いもいない。だからラブラバさん、会ったばかりで図々しいのを承知で言うが、今のところはあなただけが頼りだ。なんとかあいつが、ほんの少しでもインブローリオである事を忘れさせられないだろうか」
ラブラバは、いつだって好きな時に好きなだけ、愛する人に愛していると言える。言えば言っただけ、同じように愛を返される。インブローリオは……どうなのだろうか。うつむいたまま、震える声で拳を握りしめながら、答えを口にする。
それは現代の義賊を自称する偉大で高潔なユーチューバー。紳士、ジェントル・クリミナルの相棒に相応しい淑女足る返答だった。
それから30分。ラブラバと博士が作業部屋から出てくると、なぜかは知らないがインブローリオとジェントルはすっかり打ち解けていた。
「遅かったね、ラブラバ。いや~私、インブローリオさんの事を勘違いしてたよ。レディーだったのに彼なんて言ってしまって、本当に恥ずかしい限りだ」
「いや、別に、どっちでも」
とインブローリオ。悪い気はしてなさそう。
どうやらジェントルの天然が都合よく良い方へ傾いたようだ。
「それについてなのだけどジェントル!」
とラブラバ。どこか決意に満ちている。
「もう一度……もう一度収録し直すわ!」
外に繰り出してみたものの、特に企画は無いので散歩の風景になっている。
「あのベスピン・マートがこの辺りのスーパーの中では袋ラーメンが安くてね」
「へえー」
「で、月一でラブラバと行くファミレスがあそこ。私は目玉焼きハンバーグをよく注文する」
「いいなー。あ、ファミマ」
「寄ってく?」
昼時をちょっと過ぎたあたりに放送されている、ぼんやりとした旅行のテレビ番組のようだ。
いや、静かな昼下がりに似つかわしくない騒々しいエンジン音が聞こえて来た。
今どき懐かしいレベルの騒音、その数13台は、あっという間に四人を包囲した。
船首のような外装の単車に乗った、リーダー格と思しきリーゼントが声を荒げる。
「おいテメェらか! うちの弟分を可愛がってくれたのはよォ」
「おれらに喧嘩売って往来を歩けると思うなよコラァ!」
と次々にヤジを飛ばす。暴走族、それはヒーロー社会において絶滅危惧種と言ってよかった。なんせ有名ヒーローは学生時代に逸話を残すという噂が蔓延しているのだ。つまりヒーローに憧れている学生は、その逸話の生贄となる小悪党に飢えている。手っ取り早く分かりやすいヤンキーは狩られに狩られた。
今やヤンキーの希少価値は高く、ニホンオオカミの毛皮のごとく剥ぎ取られた特攻服は、保須市のヒーロー歴史博物館に展示されているほどだ。
取れ高的には美味いシチュエーションだが、さすがに数が多い。尻尾を巻くことも考慮すべきだった。ジェントルはチラとラブラバを見やる。そこにはカメラを止めない、義賊としての立ち振る舞いの期待に満ちた彼女が居た。
そうとあってはやる事は一つしかない。例によって、個性の戦術はヒーロー側に漏れる訳にはいかないのでいつも通り、ここはカット。
「インブローリオさん、ここは私が引き受けよう! きみは……」
飛んできた金属バットを、空気に弾性を付与したバリアで跳ね返しながら言うが、隣にいたはずの彼女の姿は無い。
あれ? とあたりを見回すと、いつのまにか族の包囲の後ろのマンホールから、ぬたりと這い出ていた。
「おい、でけえ男がいつの間にか居ねえぞ!」
「どこいきやがった!」
「おれら蛇場the捕苦をナめてんのか!」
ジェントルは小粋に笑って言った。
「一応、私の動画は全年齢対象だからな。コラボ元であるこちらのレーティングに従ってもらうぞ!」
「な、なんだ、こいつら。このコンビ、つええ」
最後まで抵抗していたリーダー格が、インブローリオが腕から飛ばした蛭のショットガンを避けるも、射線上に居たジェントルが空気バリアで反射して全弾を命中させた。リーダー格の背に吸着した蛭はあっという間に活力を吸い取り、失神させる。
「やるじゃないか、インブローリオさん。私一人では手に余る案件だった。ほんの、少しだけ」
別に、とそっぽを向きながら、差し出された手を握った。
そんな二人の様子が、無惨に破壊された単車とノびている族達と夕日をバックに映っている。
『ジェントルの新たな盟友、イカすわ!』
テロップが入る。
再びジェントル宅でラブラバがコンソールを操作して編集する。一見すると、ジェントルと巨漢が散歩しているが、エンターキーを小気味よく押すと状況は一変した。
なんと巨漢が美少女3Dモデルにリアルタイムで変換されたのだ。
そう、これは今はやりのVTuber。どんな人でもなりたい見た目になれる夢のようなシステム。美少女になりたいおじさんの願いだって、おばあちゃんになることだって、猫でも、犬でも、美少年にだって、いとも簡単に叶うのだ。
この提案をラブラバから聞かされたとき、博士はためらった。そんなまやかしは、かえってインブローリオを傷つける事になるのではないか。
だが、現実では物理的に無理な問題である以上は、仮想で電子的に解決する事を試みるべきでもある。
たとえば今のインブローリオに、いくら化粧やカツラを被せ、アクセサリーを身に着けさせ、オシャレをしても、カワイイと言ったところでそれはガキにでもわかる偽りだ。残酷だが、今の彼女は怪物なのだ。その現実を直視せずして着飾らせるよりは、幻想であっても文句なくカワイイと言えるVTuberの方が、正面からインブローリオに向き合っている。
ソフトウェアの天才、ラブラバ。ハードウェアの天才、博士。この二人がその設計思想の下に動けば30分で事足りた。精緻で、まるで生きているかのような、それでいて不気味の谷を感じさせない絶妙な3Dモデル。表情の一つ一つ逃さず、一挙手一投足を完全にモーションキャプチャして体格すら変更し映す、ヒーローのサポートアイテムの領域に入ったカメラ。
ハイエンドかつワンオフの撮影環境を用意するなど、造作もなかった。
出来上がった映像が、ラブラバのノートPCで再生される。
「え、これが私? へー、こんな可愛いいんだ」
「市場に出回ってる3Dモデルより段違いのクオリティだから。しかも全身のモーションキャプチャで動き回るなんて、インブロちゃんは完全にVTuberのネクストステージに立っているわ! ほら、服とかのバリエーションも! ほら! ほら!」
「あ、すごーい。わーへー。イ、イヤリングとか、ある?」
インブロちゃん……そういうセンスは俺には無かったな、と一瞬で打ち解ける様子に感心する博士。しかし。
うはー、と盛り上がる女の子二人に対して、その後ろでモニタを覗きこんでいたジェントルと博士は口元に手を当て、ある真実に勘付きかけていた。
これひょっとして、いい歳したおっさんが往来で3Dキャラと散歩デートしてるだけなのでは?
戦闘シーンがカットされている都合上、そうとしか見えない。
だいじょぶかな、これ。アニメキャラと和気藹々としてる自分ってちょっとキャラと違うような。
と、ジェントル。でもインブローリオさんが喜んでる手前、水を差すのも……
なんだろう、ブレードランナー2049みがある。いやアニメっぽい分、より業が深いな。
と、博士。ちらとジェントルを盗み見ると、何とも言えない表情。二度見して、マズいと試算する。
暴力的解決は今後の関係を考慮して除外するとして。
動画のデータを握っているのはラブラバだ、最終的に配信するのも。そして彼女の優先順位はおそらく、ジェントル>ラブラバ>インブローリオ>博士>その他。
つまりジェントルがケチを付ければ、この動画はお流れになる可能性がある。撮れ高的にも、今日の収録はもうめんどくさい的にもそれは避けなければならない。
博士は若干うわずった声で言った。
「い、いや~いいなあこれ、クリミナルさん、いいよこれ」
え!? いい? これいいの!? ジェントルは博士を見やり、言葉にはしないが、何か言いたそうに口をモニョモニョさせる。
「クリミナルさん見て、このカット。私と握手してるとこ、最高にキマってる」
え!? いい? これいいの!? ジェントルはインブローリオを見やり、言葉にはしないが、何か言いたそうに口をモゴモゴさせる。
「ジェントルは毎秒かっこいいけど、インブロちゃんとコラボする事で更に磨きが掛かってるわ!」
えっと……あー、そう? ジェントルはラブラバを見やり、言葉にはしないが、自分に問うように顎髭を撫でる。
「やっぱりラブラバさんはクリミナルさんの事をよくわかってるわー。もうね、相乗効果。クリミナルさんとインブローリオは紅茶とスコーンのように噛み合ってるっつーか」
理解者と呼ばれて満更でもないラブラバが照れて頭を掻いた、それをインブローリオがこのこの~と肘で小突く。大柄で異形の改人が、小動物のようにかわゆいラブラバとアハハハ、ウフフのガールズトークをしている。
「いや~今日は本当にいい経験をさせてもらったよ。じゃクリミナルさん、この動画はアップロードしても、いいんだよね?」
ジェントルは博士、インブローリオ、ラブラバの空気が、もうこれ最高っしょ! アップロード決定! といった雰囲気である事を感じ取った。異を唱える事がひどく場違いで、それどころか自分が間違っているという気にさえなっている。
そう、これは同調圧力と呼ばれる不可視の力場。現代日本において、これに屈しない精神力を後天的に持つ事は極めて困難、かつ厳しい修行を積まねばならないとされている。
「う~ん、確かに、いいかな。新しい? 感じだし」
「新しいどころじゃないって。ユーチューバーとVTuberのコラボとかたぶん世界初なんじゃないかな。あったとしてもこんなクオリティのは無い。業界騒然でしょ。作っちゃったんじゃないかなー、道。拓いたなー」
ジェントルは一瞬、さっきから博士が自分の目を見て話さない事が気になったが、それよりも先駆者となる事の期待感が上回った。
「そ、そう? じゃあ、ラブラバ! 君の編集でさらなるブラッシュアップを頼む!」
「まかせてジェントル! 実況界の新たなパイオニアとしての狼煙を上げるクオリティに仕上げてみせるわ!」
こうして、世界初の個性ユーチューバーと個性VTuberの圧倒的完成度を誇るコラボ動画は、全世界に配信されるのだった。
―――
エンディング
―――
「あのさー。私、携帯端末が欲しいんだけど」
前祝いを兼ねた夕食のファミチキを齧るインブローリオが、唐突に言った。
「珍しいな、あんたがファミチキ以外の物を欲しがるなんて。ラブラバさん?」
ビールを一口やった博士がそう言うと、取り繕うように早口で返す。
「いや、ほら。一応は動画的に協力関係な感じだから、いつでも連絡し合えるようになってたほうが結社としてもプラスになるし」
「ふうん……すぐには無理だけど、いいよ。適当なキャリアやOSにタダ乗りしなきゃだから、手に入れたジャンク端末を弄らなきゃならん。三日くらいかな」
「ホント? やった、アイホンフォーティーンがいい」
「ちょっと地下に監禁されてる間に、アイホンがFFみたいな事になってる……」
ま、それはそれとして。と博士は珍しくまじめな口調で言った。
「一応確認するけど、それってクリミナルが助力を求めてきたら応じるって事でいいんだな? 例え相手が誰だろうと、クリミナルの敵の敵になるって事だな。あいつらが俺たちを助けてくれなくても」
「……それ、おまえに関係ある?」
「あんたが無いと言うのなら、無いのだろうさ。悪の秘密結社は、俺の独り相撲ってだけ」
博士はそれ以上言わず、茹でたソーセージをパクついた。
その鋭利な口調に、インブローリオは慎重になった。博士は、ヴィランを叩いて回るヴィランだから自分を気に入ったと言っていた。ヒーローでもヴィジランテでもない行動原理が琴線に触れたのだろう。だから、飽きるまで協力すると。
クリミナルたちと慣れ合う事は、博士の興味を失ってしまいはしないだろうか。例え相手が誰であろうと、の相手とは即ち博士を意味しているのだろうか。
インブローリオは二度、親しい人を失っている。返答いかんによっては三度目になるかもしれない。馬鹿な、博士は姉さんほど親しくない。そう強がってみるが、どうにも答えるのが怖い。
だが答えない事には前に進めない気がした。
「たぶん」
「なんで」
「それは……ラブラバが、その、友達、かもしれないから。わかんないけど。きょう会ったばかりだし」
インブローリオは椅子から立ち上がった。
「文句、あるか? あるなら腹パンも辞さないが」
「いや、それで十分だ。ますますあんたが気に入った」
博士は内心でしみじみする。娘が出来たらこんな感じなのかな。
「そういえば、これ」
博士は小さなイヤリングを手渡した。ジャンク品のレアメタルから作った資源リサイクルの、簡素なデザインの物だった。
「なんか、気になってたみたいだから」
なんだか気恥ずかしくて、執拗にビールをくぴくぴやる。
「あ、ありがと。でもなんで左右で色が違うの、それに私、耳ない」
「あんたと、あんたの姉のだから」
博士は新たにビール缶を開け、茫然とするインブローリオに言った。
「オールフォーワンに対して俺の直接的な恨みはないが、然るべきツケを払わせるつもりだ。で、あんたの姉を取り戻す。最初はけっこう慰めで言ってたけど、今は違う。俺は本気だ。あんたは姉と、元の身体を取り戻す権利がある。俺はそう思う、そう考えている」
言うだけ言って、ビール缶をインブローリオに向ける。インブローリオが逡巡して合点をいかせ、飲みさしのスプライトのコップをかち合わせた。
「何に乾杯?」
とインブローリオ。一息でスプライトを干す。
「新たな盟友と、あんたの姉と、悪の秘密結社に」
と博士。一息でビールを干す。
それは都内にある雑居ビルのワンフロア。自称、悪の秘密結社の真の発足の瞬間だった。
―――
Cパート
―――
なお、ジェントルの新作動画は伸びに伸びたが、コメント欄はキモイだの、二次嫁だの、空想と現実の区別がついてないだの、アレだの、日本版ブレラン2049だの、CGアイドルG子の実現だので溢れかえっており、荒れに荒れた。そして誰一人としてジェントルの活躍には触れていなかった。
お、おかしい。こんなはずでは。
きっと二人の紳士淑女っぷりを称賛するコメントで溢れかえっているものだと、勝利の杯代わりの紅茶を用意していたのに。
ラップトップの前で固まるジェントルは、なんとかラブラバに声を掛けようとし、やめた。
珍しく携帯端末で誰かと楽しそうにお喋りしていたので。
その光景を肴に、紅茶を一口やってみた。
こいつはなかなかと、心の舌鼓を打つ。
人間:インブローリオだったモノの実母
個性:不明
双子の姉妹を妊娠中に死亡したぞ!
人間:インブローリオだったモノの実父
個性:不明
インブローリオだったモノのの実母に暴行を加え、殺害。現在は行方不明だぞ!