【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。   作:hige2902

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申し訳ありませんが、思うところと諸事情により第四話は書き直しました。
ご理解ください。


第四話 To Do トラベルキャンペーン

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 アバンタイトル

 

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『続いてのアレです。23日に発生した個性犯罪の容疑者として、警察は端田屋(はしたや) 区屋良レ(くやられ)(29)無職の自宅に捜索に入ったところ、テレビゲーム機や大量のゲームソフトがあったことが新たにわかりました。テレビは無く、モニタにゲーム機をつないでいたようです』

 

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。

 

『恐ろしい事件でしたねー。それにしてもいったいどういうソフトで遊んでるんですか? 僕はそういう頭が悪くなりそうなのは触れた事もないからわからないんですが』

『関係者によればゲームにはいくつか区分があり、CERO-Zとされる18歳未満販売禁止のアレもあったそうです』

『えー、それって現実の都市を模した中で銃を撃ちまくって人を殺しまくったり車を盗んだりするゲームって事ですか? え、そういうゲームをやる人が、個性犯罪に走るのはこれ、どう、なん、です、かね~』

『詳しいですね。番組調査によると個性犯罪者の約9割以上がゲームやツイッター、ユーチューブなどのアレを利用していたそうです』

『これは親御さんも不安でしょうね~。ゲームをやるとこういうふうに育っちゃう可能性が高いわけでしょ? 僕はテレビだけで育ったから大きな犯罪もせず、今の年収と知名度があるんですが』

 

 そんなどこにでもある朝のワイドショーに、真剣な眼差を向ける一人の男がいた。しばらく目を瞑ったのち、リモコンでテレビを消す。

 ソファから立ち上がり、仕事に向かうべく玄関で靴を履く。広いタタキ*1には一人分の靴しかない。

 出かける前に振り返って廊下の向こうのリビングを見やる。誰もいない、もう。

 そうして男は大きな一軒家を後にした。

 

 

 

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 Aパート

 

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 ひとけの無いうららかな街並みの一角、あか抜けたドラッグストアの前で、口髭を蓄えた一人の男が巨大な亀の怪物めがけて掌から火球を放つ。

 亀の怪物がジャンプで避けて突進する、男はひらりと身をひるがえして飛び越えて背後に着地し、亀の怪物が振り返ると同時に腹部へドロップキックを放ち、吹き飛ばす。

 そのまま亀の怪物が着地する間も与えずに駆け寄り、サマーソルトや鋭い拳で追撃を続け、崖まで追いやり、一切の躊躇なく叩き落した。

 

 GAME SET

 

 画面に文字とアナウンスが流れ、リザルト画面ではマリオが勝利ポーズを決め、クッパはふてぶてしく拍手している。口髭の男ことマリオを操作していた少女は力を抜いた。切りそろえられた黒い長髪で、ぱっちりとした瞳、手にしているコントローラーが不釣り合いに大きく見えるほど華奢な体躯だった。

 その後ろで台所に立つ母親が言う。

 

「麦ー、もうご飯だから辞めなさい」

「はーい」

「それと高校受験も近いんだからほどほどにねー」

「大丈夫だって、模試の結果見たでしょー」

 

 麦と呼ばれた少女はswitchの電源を切る。そのたびに思うが、どうしてTVモードでは電源を切れないのか。いちいちドックから外して電源を切った。

 ほどほどに年季の入った小さなアパートの一室で、母子揃って夕食を食べる。他愛のない会話の後、麦は二人分の食器を洗い、二人分の明日のお弁当の準備をする。ふとリビングを見やると、母はテーブルに突っ伏してゆっくりと居眠りをしている。

 仕事、大変なんだろうな、と麦はソファからタオルケットを持ってきてかけてやる。通学カバンにちらと目をやり、断ち切るように風呂に向かう。修学旅行の申し込み用紙を母に見せる気持ちの整理はついていない。

 

 ただ、解決策はあった。友人に借り受けたswitchである。

 きっかけはたまたま友人の家で遊ばせてもらったスマブラだ。少し遊んだだけですぐに友人たちのレベルを超え、天性の才があるとわかった。

 ネットで調べるとeスポーツ界隈では子供でも何千万もの大金を手にする事が出来るのだそうだ。ただの中学生である麦がまとまった金を手に入れるには、eスポーツしかない。

 

 狭い浴槽に浸かり、一日の疲れを落としながら考えるのは先ほどのクッパ使いの事だった。なぜかセオリーのコンボは使ってこず、差し合い重視の立ち回り。久々に手ごわいと感じた。ユーザーネームはインブロだったか。

 

 麦にとって初めてだった。

 対戦相手を強いと感じたのは。

 

 次の世界大会に出るのなら、確実にぶつかるだろうという予測は容易かった。

 口まで浸かって息を吐き、ぶくぶくと泡を立てる。インブロというクッパ使いの対策を考えながら。

 

 

 

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 モニタのリザルト画面ではマリオが勝利ポーズを決め、クッパはふてぶてしく拍手している。

 

「わーやられた。今のマリオつっよ」

 

 夜色の巨体を持つ脳無、インブローリオは感嘆した。その様子をラブラバと博士が作り上げた特製Vtuber配信機材が捉え、画面の向こうに到達する前には可愛い女の子の容姿と年相応の声に変換される。

 ちらとコメント欄に目を移す。

 

 

 

リドレイ gg

ウィリンキー 惜しかった

ヨシ!  リクエストキャラじゃなきゃいけてたかも

ねざらん 次ベヨネッタ使って~

 

 

 

「オッケー、ベヨ、ベヨ……ベヨネッタ。どこ?」

 

 多すぎるキャラクター一覧を右往左往する姿は間違いなく初心者。だが画面の中でいざ対戦が始まれば、上級者と見紛う立ち回りを見せた。

 児童養護施設に長く居た事もありゲーム慣れしていない彼女だったが、脳無という肉体の反射神経と動体視力は人間のスペックを悠々と上回っており、まさに小足見てから昇竜余裕でしたを地で行っている。

 恐ろしいまでのキャラコン精度により基礎だけで対戦相手を負かし続ける様は圧巻で、容姿と相まって第四次VTuber戦国時代でありながらも人気に火が付きかけていた。名前はリオちゃん。スパチャでの稼ぎも再生数も軽く博士を超えている。今は背の高いパーティションで区切っただけの自室からの配信なので音漏れはするが、いずれはちゃんとした部屋に改築予定である。

 

 そんなインブローリオの「メインキャラを探す配信」をサブモニタで見ながら、それにしても珍しいなと博士はキーボードを叩きながら先のマリオ使いの試合を振り返る。

 3ストック先制のゲームで、1ストック目を見るにインブローリオがストレート勝ちすると思った。脳無の肉体スペックを上回るとなると、上位プロプレイヤーかゲーム向きの個性を使ったか……

 

 それはそれとして、博士はアイテムの予算や生活費をどう工面したものかと頬杖をつく。いくらインブローリオの配信が人気とはいえ、それだけで食っていけるほどVtuver業界も甘くは無い。悪の秘密結社は相変わらず財政難なのだ。

 と、テレビからいつものワイドショーが流れた。

 真面目そうな男性アナウンサーが口を開く。

 

『続いては衝撃的事実をマルっとコンパクトにまとめる、今日の撃マル。eスポーツ界に激震が走りました。みなさんにもようやく耳なじみのあるアレになったeスポーツですが。この度の賞金総額がなんと30憶の大台に乗ったそうです』

 アナウンサーがタレント司会に話題を振ると、神妙な顔で返しが来る。

『エアコン利いた部屋でコントローラーカチカチやってスポーツなの? 僕なんかは炎天下の中でやる球拾いこそがスポーツだったけどな』

 

『ただ、ゲーマーは子供の将来就きたいアレでもかなり上位にきており、賞金額から言ってもeスポーツ文化は今後も発展していくかもしれませんね』

『まあ、お金っていうのは僕みたいにコツコツ働いて得るものだと思いますけどねえ』

『気になる地区予選の申し込みは明日まで。賞金総額がアレのビッグゲームに、目が離せません』

 

 とんでもない賞金に博士は息をのむ。これだ! と、さっそく大会の概要について調べだした。

 

 

 

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「え、四国へ?」

 いつもの会議兼夕食で意外な提案に、インブローリオは面食らった。

「どゆこと」

 

「徳島でeスポーツの大会がある。そこで優勝してきて賞金を持って帰ってくれ」

「……え~めんどくさ。てかバレない? インブローリオって」

「まあその辺は心配しなくて大丈夫。ほらいつも配信でやってるスマブラだしさ、地方予選で優勝するだけでかなり貰えるんだって」

「でも遠くない?」

 

「受け付けてるのそこしかなかった」

「いっつも思い付きだよね。わたしに付いて来たのも、ユーチューバーになろうとしたのもそうだし」

「ほら、旅行だと思って。同伴はラブラバさんに頼む予定だし」

「え、ああそう? あれ、おまえは来ないの?」

 

「おれも行きたいが旅費的に二人がギリギリだし、ラブラバさんだと……たぶん子供料金で行けるから」

「んーじゃあいいよ。ラブラバちゃんとなら」

 

 楽しみだなー、とウキウキするインブローリオ。そういえばと話を変えた。

 

 

 

 

 後日、ラブラバはひとり四国の地に降り立っていた。徳島空港のターミナルでパワーアシスト付きの巨大な楽器ケースを回収し、タクシーでホテルまで向かう。海を見渡せる部屋に着くと、すぐさまケースを開いた。不定形になっていた暗色の巨体がぬるりと姿を現す。

 

「大丈夫だった? エコノミー症候群になってない?」

 と、心配そうにラブラバ。戸籍などの情報は作り出せても、国内線ではあまりないが本人確認されるとマズいのでこのような非常手段に頼らざるを得なかったのだ。

 それに博士は稼ぎが無く(!?)、ジェントルも貯金を崩しながらの生活で金銭面に余裕はない。今回の旅行も結構な痛手で、このようなケチ臭い手段に頼らざるを得ない。

 

「いや寝てたからすぐだったよ。わー旅館の部屋ってこんなんなんだ」

 ぐっと伸びをして天井に手が当たりそうになり、あわてて引っ込めて、窓を開けた。かすかな潮の香りが部屋に波打つ。

「いいね。海が見える」

 

「あ、インブロちゃんも旅館初めてなんだ」

「うん。養護施設で育ったからお金なくて修学旅行は行けなかったしね。自治体とかの措置費じゃちょっとキビしくて」

 

 そうなんだ……とラブラバは胸に暗く湿った過去に濡れていくのを感じた。その訳を言って引かれていないだろうかという不安と、まだジェントルにしか話せてない暗い情感。ただ、それをもう一人に吐き出せば、今よりほんの少し楽になれる気がした。

 ちらとインブローリオを盗み見る。夜色の触手や蔦、蛭で形作られた頭部に、まだあどけない小さな瞳を眩しそうに細めて、夕日を反射する海を眺めている。博士から聞いた彼女の事情は凄惨だった。酷い目にあっても、姉と離れ離れにされてもへこたれず、必ず姉を奪還すべく動いている。

 もしもジェントルと離れ離れにされたとき、わたしはどうするだろうか? ラブラバは自問して迷う余地は無いと結論付けた。

 インブロちゃんのようにへこたれず、必ず愛する人を奪還しなくてはならない。

 だからラブラバは暗い気持ちに見切りをつけた。

 

「わ、たしもなの。不登校。だったから中1の時から」

 反応が怖くて、固唾をのんだ。

 

「へー、じゃあ今回がお互いの初めての修学旅行って事にしようよ。この机の上のお菓子って無料なのかな」

 

 肺の奥で重くなった空気をゆっくりと出すと、ラブラバは小さく笑って言った。

 

「お茶もね」

「どしたの」

 

 かすかな声の抑揚に、インブローリオはラブラバを見やった。

 

「いや、ただ、潮風が眼にしみて」

 

 

 

 

 そのあと二人は新鮮な刺身やらデザートの鳴門金時を使ったスイートポテトやらに舌鼓を打ち、こっそりと誰もいない深夜を狙って露天風呂を楽しんだ。

 カポーン、と謎の音が響く浴槽に浸かりながら、月明かりにぬらめく黒い海を眺めてラブラバが言った。

 

「わたしねー中学の時に好きな人がいてねーそれでラブレター書いたんだけどねー」

 長風呂のせいか、顔が赤い。自嘲気味に言った。

「もー便箋40枚くらい書いちゃってさー相手ドン引き。それでまーいろいろ言われるようになってさー行けなくなっちゃったんだよねー学校」

 

「40枚はちょっとやりすぎだね」

「あーやっぱりー」

 わかってはいたけど、と古傷の痛みを隠しきれず落ち込んだ。

 

「でもジェントルさんは丁寧に読んでくれそうだよね、全部」

「やっぱりそう思う!? そーなの! そーいう感じなところも素敵なの!」

 

 ざばりと湯船で立ち上がり、急に早口になって喋りだす。

 

「わかったわかったってばもー……えいっ」

 とインブローリオは湯を浴びせる。

 頭から湯をかぶったラブラバがいたずらに笑い、浴びせかえす。そのまましばらくキャッキャウフフした後、部屋に戻って火照った体を夜風で冷ましながらコーヒー牛乳を飲んだ。

 テラスで夜空を見上げながら、ラブラバが言った。

 

「インブロちゃんはいないの? そーいう好きな人とか、気になる人とか」

「うーん、そう言われてもなー。養護施設に居たころの身体は姉さんとわたしで二人のものだったし、わたしが誰かとその、そういう関係になっても姉さんと合わない人だったらうーんって感じだし。無意識的に気にしなかったのかなあ、あらためて思い返してみると」

「じゃあさ、どういう感じがタイプっていうか、こんな感じならいいなーってのは?」

「え? いやー、わたしこんな」

 

「元の身体に戻るんでしょ、お姉さんを奪還して」

 

 インブローリオはきょとんとした瞳を向けた。

 

「博士から聞いたよ、それが悪の秘密結社の目的だって」

「いやそれは……」

 

 と口どもって言い訳を考えた。姉を奪還するのは心に決めた事だ。だが自分自身の身体については二の次三の次もいいところで、はっきり言って何が何でもという決意は無い。もし姉がこの脳無の肉体に宿り、再び二人で一つの肉体で生きていくとしても二兎追うものはなんとやらだ。そんなところに割くリソースがあるならば、まず姉を優先したい。

 だからどうでもいい、と口にするのはしかし、なにやら居心地の悪さを覚える。わたしと姉へ小さなイヤリングをくれた、スプライトとビールで乾杯したあの夜に対して。

 

「そっか、そうだよね。そうだなぁ……んー、なんというかこう」

「こう?」

「気にな、好きになった人が敵同士とか、ロマンチックでいいなーとか、思ったりするー……かなぁー」

 

 いやそれ好きなタイプってかシチュエーション……と、喉まで出かかったツッコミを、ラブラバは飲み下した。

 巨体をもじもじして恥ずかしそうに語るインブローリオにそれは野暮というものだ。

 

 

 

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「ぶへっくちゅん」

 ベッドの中でスマホをスワスワしていた岳山が、おっさんっぽいんだかかわいいんだかわからんクシャミをした。

「あー、あした起きたくねー」

 と言いつつもエゴサをやめて眠りについた。

 

 

 

 ───

 

 Bパート

 

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 麦は遊びに行ってくると母親に伝え、友達とバスに乗って大会の会場へ向かった。現地に近づくにつれ、車や道を歩く人がちらほらと増えだす。しだいに緊張から友達との会話も減った。

 

 昔と違い、昨今のeスポーツは完全に市民権を得ており盛り上がりはかなりのものだ。賞金の上限等も実質的に取り払われている。順位に応じて貰える小さな板を、敷地外にある小さな店へ持っていくと偶然にも賞金額で買い取ってくれるのである。法的に清廉潔白なのは誰の目にも白日の下に明白だ、これだけ白なのだからクロでは無いだろう。

 

 地方予選ではあったが、eスポーツの盛んな徳島県では文化会館の広いホールが用意された。県内外の人間が多く訪れる事となり、ヴィラン連合の件もあるので、ヒーローに加えて民間の警備ロボが多数配備されている。

 あらかじめネット予選を通過した24名と大勢の観客、ネット中継を見ている視聴者が開催を今か今かと待ちわびている。

 

 実際にその地に降り立つと、麦の身体は武者震いした。その手を友達が握りしめて言った。

 

「落ち着いて楽しんできてね」

「うん」

「それで一緒に修学旅行、行こうね」

「うん……ありがと。長い間Switch貸してくれて」

「いいよ。どうせ受験勉強だからって禁止されてたからさ」

 

 麦は大きく深呼吸する。震えは止まっていた。

 

「じゃあ行ってくるね」

 と笑顔で友達と別れ、受付へ向かった。

 

 

 

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 ステージに映し出された巨大なスクリーンには勝ち抜き表が映し出されており、それをバックに司会進行の男性が歯切れよくマイクに開始を告げる。

 

『さあ! やってまいりましたスマブラ世界大会四国予選ッ、さっそく第1試合を始めていきまぁっしょう!』

 

 女子学生が思わず呟いた。

「いよいよね、待ちわびたわよ、この時を」

「夏草や、見せてもらおう、その実力」

「三国志、一つ苛烈な、四国の地」

 

 照明がステージを照らし、いよいよ始まった。初戦のプレイヤーである麦は図らずも注目を集めた。ステージに出ると、観客席からはどよめきと密やかな嘲笑が聞こえだす。

 コントローラーの持ち込みが原則の今大会で使用できるのは三種類のニンテンドー純正品だけだ。

 一つはProコンと呼ばれる操作性を求めた設計のもの、二つはGCコンと呼ばれるスマブラを遊ぶに優れるボタン配置のもの。ほぼすべてのプレイヤーこの別売りの二種類を使う。

 だが麦が握っているのは最後の一種類、本体の付属品であるJoyコンだった。それは小さく、おすそ分けプレイが出来る設計のため格闘ゲームのような精密操作が求められるゲームには向かない。

 

 そんなプレイヤーネーム、ムギの対戦相手は、初戦敗退を免れたと本気で思った。相手は中学生、しかもJoyコンなのだから無理もない心情。事実、1セット目は多少グダりはしたものの取れた。

 

 その負けるはずのない相手に、為すすべもなく3ストック取られて負けた。その圧倒的なプレイスキルに観客は沈黙する。

 正体不明のダークホースに、会場は何者なのだと混乱した。

 ただ一人、インブローリオだけは理解した。あの時のマリオ使いだと。

 

「うわー会場が静まり返っちゃってる。あのムギって子そうとうなんだ。大丈夫そう?」

 とラブラバが心配そうに言った。

「ま、あれから私も練習したし今度は勝てる……かな」

 

 やがてインブローリオの番がやってきた。

 それじゃ準備しよっか、と二人はひとまずトイレの個室に入る。ラブラバは靴を脱いで、便座に座るインブローリオの膝の上に立った。そのまま化粧ポーチからファンデーションを取り出して夜色の肌に下地を作っていく。

 さすがに注目の集まる中継では正体がバレてしまいかねないので、苦肉の策だがやらないよりましだ。

 

 やけに化粧のノリがいいな、というラブラバの小さな疑問は、まあいいかと流してカメラに映りそうな手元にも同じように施す。

 あとはフードを目深にかぶり、マスクとサングラスで問題ない。顔を隠してゲームの大会に出ている人は多いし、空港のよりはラフな本人確認もパスできた。

 巨体すぎるが異形系の個性使いには珍しくない部類だ。この辺りを突っ込むとポリコレ的にマズいので誰も文句は言わない。

 

 そんなプレイヤーネーム、インブロの対戦相手は、初戦敗退を免れたと本気で思った。相手は恥ずかしさから顔を隠した小心者。今の時代、そんな半端な覚悟じゃゲームで食っていけない。ユーチューブ配信で生きている人には無理もない心情。

 悪の秘密基地で博士とジェントルがポテチ片手に不安そうに配信を見守る中、インブローリオがストレート勝ちした。

 

 負けるはずのない相手に、為すすべもなく3ストック取られて負けた。その圧倒的なキャラコン精度に観客は沈黙する。

 正体不明のダークホースに、会場は何者なのだと混乱する。

 ただ一人、麦だけは理解した。あの時のクッパ使いだと。

 

 キャラはしずえに変わっているが、常人ならざる反射神経による脅威のジャストガード精度からして間違いない。

 

 その場でスクリーンを見ていた者、自宅の端末でライブを見ていた者、ツイッターのタイムラインで動画を目にした者。その中でも、ある程度の腕を持つプレイヤーはすぐに理解した。この二人のどちらもが世界クラスの使い手であり、四国予選を通るのはこの二人のどちらかでしかないという事を。

 実況と解説は、予選に過ぎないここが今シーズンの中心なのだと確信した。自然と熱が入る。

 少女は1セット目を必ず落とすも、その後は堅実な立ち回りと的確な読みで相手を封殺して3セットを取る。

 大男は立ち回りに粗が見えるものの後の先を取り、どんな不利なダイアグラムもキャラコンで轢殺して無理やり3セットを取る。

 この対極的なプレイスタイルを持つ両者が決勝でぶつかるまで、そう長くはかからなかった。

 

 気が付けば海外からのライブ視聴者数も増え、ただの地方予選どころではなくなっている。

 

 そんな熱狂の舞台に立つ麦は胸のあたりに奇妙な感覚を覚えた。それは決して重圧でも緊張でも不安でもない。

 鼓動がわずかばかり速まっている。こんな事は初めてだった。今までどんな相手でも味わった事のないソレ。

 麦はその正体を、ステージの歓声と実況の仰々しい名乗り口上の中で薄っすらと理解し始めていた。

 

 負けるかもしれない。

 

 それは危機感のようなネガティブものとは違った。

 勝敗がどう転ぶかわからないという未知への好奇心に近い。

 

 席に着き、キャラを選び、画面がステージへ変遷し、カウントダウンがゼロになる。

 試合が始まると麦はいつものように防戦寄りの立ち回りを見せた。会場のスピーカーから流れるゲーム音や実況解説により誰も気づかなかったが、麦のコントローラーはボタンやスティックの音をほとんど発さない。仕様ではなく、必要最小限の力加減と指の運びがそうさせるのだ。

 ボタンを押下する際に指を振り上げて降ろす距離が短ければ短いほど入力は早く完了する。ほんの僅かな時間ではあるが、その砂時計のほんの数粒の時間で勝敗は決まる。

 湖面を波一つ立てないような静穏にすぎる指捌き。

 

 キャラ対やセットプレイを計画し、実戦で試し、なぜ勝ったか危うかったかを評価し、よりベターなプレイへと改善する。

 そうして一つ一つ勝ちを積み上げると、成長を感じられた。

 

『1ストック目はインブロ選手が先制! 圧巻の攻めでしたね』

『ですがこれは麦選手のパターンですから。ここからです』

 

 解説と実況が静かな熱を込めて言った。観客も、この程度では歓声をあげない。今大会のたった数戦で、麦は1ストックは遊ぶという共通認識が確立されていた。

 ラブラバが、会場が、博士とジェントルが、世界中のライブ視聴者全員が固唾をのむ中、麦のマリオがステージに復帰した。

 やりにくくなった、というのが麦に対するインブローリオの印象だ。肉体スペックによるキャラコンが通りにくく、自分でも気づかないほどの無意識的なクセを読まれている気分。

 気付けば場外へと叩き落されていた。なんとなく可愛いからという理由でキャラを選択すべきではなかったと、今さら後悔しだす。まさか予選でこれほどまで強い人と当たるとは思いもしなかった。このままでは博士はともかくジェントルさんとラブラバちゃんに顔向けができないと、気持ちを切り替える。

 

 次で流れは決まると、誰もが思った。

 

「麦ーッ! こんなところで何をしている!」

 

 そのあまりの大声に、誰もが会場入り口を振り返った。スーツを着た男が、顔を真っ赤にして肩で息をしている。

 

「うげっ、お父……」

 と、麦が嫌悪感たっぷりにこぼしたのをインブローリオは聞いた。

 

「今すぐこっちに来なさい! ゲームなんかやってると犯罪者になるんだぞ!?」

 

 会場がざわめき、人型の警備ロボとヒーローが止めに入る。

 

「すみませんがちょっと大会運営の妨げになるので」

「なんだお前ら、離せ……麦! お母さんはこの事を知ってるのか!? いまどこに住んでる!」

 

「言うわけないだろ!」

 沈黙を続けてきた麦が椅子から立ち上がり、叫んだ。

「あんたのそういう独善的なとこにウンザリなの! わたしも、お母さんも! つーかもう他人だろ!」

 

 その言葉に男はうなだれて呟いた。

「そうか。他人になったからお前はこんな低俗なゲーム大会なんかに顔を出してしまったんだな」

 懐からスマホを取り出して、アプリを起動した。

「つまりお前にはわたしが必要なんだ。お父さんがいれば、こんな犯罪者予備軍の掃き溜めに来ることなんてなかった訳だからな」

「はあー?」

 

 人型警備ロボの頭部のLEDが赤く光り、そのうちの一体がステージに跳躍する。着地と同時にゲーム機とディスプレイを粉砕した。

 

「は?」

 とインブローリオ。

 

 それを皮切りに、外にいた警備ロボたちが壁を破壊してホール内に侵入し、機材やスクリーンを破壊しだす。男は混乱する観客に注意のいったヒーローの隙をついて、警備ロボの肩を借り二階席へ跳んで逃げる。

 

 こうなってしまうと、ヒーローのすべきことは市民たちの避難の優先だった。

 

「みなさん落ち着いて! 誘導灯の明かりを目印にゆっくり!」

 

 幸いにも警備ロボは人に危害を加える様子はない。ただゲームに関する物を、ネット中継の機材に始まりポスターや垂れ幕、物販までも破壊し続けている。

 例外は麦だけだった。ステージに上がった警備ロボが彼女の首をつかみ上げる。口元のスピーカーからはスマホを介した男の声が流れた。

 

『貧乏暮らしなんだろう? 学費だってどうせ満足に払えていない。そろそろ修学旅行の季節だが行けるのか?』

「修学旅行のお金くらい、学費くらい、お母さんを楽にしてあげることくらい、おまえに頼らなくたってわたしにはできる」

『それでゲームをやっているようじゃあ世話ないな。もう一度言う、ゲームをやってると犯罪者になるんだぞ。ニュースを見なさい、ニュースを!』

 

 麦が答えるより速く、警備ロボの腕が握りつぶされた。

 咳き込んだ麦が、その怪力の持ち主の名を口にする。

「インブロさん……?」

 再び麦に掴みかかろうとする警備ロボを、インブローリオは軽々と殴り飛ばして言った。底冷えのする、ガラリとした恐ろしい声で。

「どういう事情か知らないけど、邪魔しないでくれる? このままじゃわたし、負け越しなんだけど。つーかおまえのやってる事が犯罪だろ」

『教育の邪魔をするんじゃない! これは親子の問題だ!』

 

 わらわらと警備ロボがステージを取り囲むように集まりだす。その数は十を超えていた。

 

「ダメです、逃げてください。あいつの狙いはわたしですから」

「大丈夫だって、ただのCPU戦だから」

 

 警備ロボが一斉に襲い掛かる。だが奇妙なことに民間のものにしては動きのキレが桁違いだった。麦を庇いながらとはいえ、予想外にインブローリオは苦戦した。

 

「なんだこいつら、さっき殴った一体とはまるで」

 困惑するインブローリオの体内に収納されたスマホに、ラブラバから通信が入る。

『気を付けてインブロちゃん。そいつらの戦術戦場構築理論はミリタリークラスのものに入れ替わってる!』

「どういう事!?」

 

 ホールの物陰に隠れてUMPCを叩きながらラブラバは答えた。

 

『最強のCPU戦って事! 警備ロボの通信ログを盗み見したら軍の機動衛星からのダウンロード履歴があったから間違いない』

「どーりで手ごわい。なんとかなんない?」

『残念だけど、もうこの環境ではクラックできない。全機体がスタンドアローンに入った。その一体を除いて』

 

 麦とインブローリオから最も遠い一体の動きが止まり、頭部のLEDが青く光る。同時に会場のスピーカーからラブラバの声が響く。

 

『ムギちゃん聞いて。青く光ってる警備ロボとあなたのコントローラーを繋いだ! それで二階席にいる男を止めて! 警備ロボを操っている端末を持っているはず』

 

 ハッとして麦はコントローラーを握り、警備ロボを操作する。二階席へ跳躍させると男は壁際に引き、そばにいた一体が立ちふさがる。麦たちのいるステージから見ると、奇しくもちょうど格闘ゲームのような立ち位置だった。

 

『子どもは黙って父の言う事を聞くのが一番だというのに、バカな事を』

「そーやって具体的な理由もなく従わせようとするのが嫌なのッ!」

『言い直すよ、ムダな事だ。軍用なんだぞ』

 

 男を守る赤い警備ロボが、麦の操る青い警備ロボに襲い掛かる。インストールされた軍用システムは、機体スペックから逆算して最適な近接戦術戦闘を行う。理論上は同型機の中で殴り合いさせれば、この機が勝ち残る事になる。

 対して青い警備ロボはラブラバが男から権限を奪うために、スタンドアローン状態に移行する直前に初期化させてクラックした機体だ。とうぜん軍用システムも未インストールどころか民間システムもデフォルト状態で、オート戦闘などできるはずがない。

 麦の劣勢は必然だった。

 辛うじて関節部や駆動系を守ってはいるが、的確な攻撃にフレームは剛性を失いつつあった。脚部を損傷すれば寝技に持ち込まれ、腕部の関節も破壊される。それだけは避けなければならない。

 

 焦る麦に、インブローリオの守りを抜けた一体が迫り、コントローラーを取り上げる。

 

「あっ」

「しまっ──」

 

 そして真っ二つに叩き割り、へたり込む麦に現実を見せつけるように残骸を落とす。

 

『だから言っただろう。ゲーム感覚でお父さんに歯向かうな』

 

 麦に心に鮮烈に浮かんだのは怒りではなく、友達の事だった。

 ごめんね、せっかく貸してくれたのに、と麦は呟いた。

 

 赤い警備ロボは動かなくなった青い警備ロボに駆け出す。再起不能にするべく。

 麦が床に転がる破壊されたコントローラーを素早く手に取る。

 青い警備ロボはひらりと身をひるがえして飛び越えて背後に着地し、赤い警備ロボが振り返ると同時に腹部へドロップキックを放ち、吹き飛ばす。

 

『バカな!?』

 と男は狼狽した。

 

 そのまま着地する間も与えずに駆け寄り、サマーソルトや鋭い拳で追撃を続け、壁まで追いやり、一切の躊躇なく叩き落した。二階席の床が抜け、凄まじい勢いで一階に打ちつけられた赤い警備ロボは、駆動系に異常が発生して機能を停止した。

 

『な、なぜ。コントローラーは破壊したはず。それに軍用が負けるなど……』

 

 たしかに麦のコントローラーは真っ二つに割られた。だがそもそもJoyコンは二つの小さなコントローラーをアタッチメント器具に取り付け、一つのコントローラーとして遊ぶものなのだ。男が破壊したと思い込んでいたのはただのアタッチメント器具だったのだあ!! 

 

「軍用と言っても最適解というクセがある。それはもう覚えた」

 

 ゆっくりと麦が立ち上がって告げる。

 

「そのクセのメタを計画し、試したら評価してよりベターなメタへ改善する。簡単だったよ。ゲームで学んだ。あんたはそれすら出来ず、いくらわたしやお母さんが言っても改善しなかった。その横柄で独善的な」

『もう黙れ! 黙ってお父さんのいう事を聞いていればそれが正しいんだよ! このスマホ一つでおまえは』

 

「おまえが──」

 と、男の後ろから一人の女性が近づいてスマホを取り上げる。

「黙れ! っていうかもう他人だろーが!」

 

 そのまま鳩尾を蹴り飛ばし、二階席から突き落とした。

 

「あ、お母さん」

「マジ? タフだね」

 

 あれこれどうすれば止まるんだろ、とスマホいじっていると 「貸して!」 とラブラバが現れた。UMPCと有線すること14秒ですべての警備ロボが停止した。

 

 こうして徳島県の地方予選は、前代未聞の波乱に終わったのだった。

 

 

 

 ───

 

 エンディング

 

 ───

 

 

 

 母親がおっかなびっくり固まった警備ロボの間を抜け、麦に抱きついて安堵する。

 

「無事でよかった」

「まあ、うん、なんとかね。っていうかお母さんはなんでここが?」

「あんたの友達から連絡受けてね。というかびっくりよ、ゲーム大会に出てたの? 受験あるのに」

「いやこれは……ただ遊んでたんじゃなくてその」

 

 と口をまごつかせながら麦は続けた。親に金銭面の事を伝えるのは心苦しい。

 

「修学旅行に行くお金とか、大丈夫かなって思って。賞金が出るからそれで……」

 

 内心を吐露すると、しだいに体験した現実が見えてきだす。辺りは滅茶苦茶に破壊されていた。うっすらと涙を浮かべる。

 

「……それで、でも、大会、大変なことになっちゃったから。無理だね、今年は。お母さんの仕事も楽になるかなって思ったけど」

「ありがとね。でも大丈夫だから、心配しなくても。修学旅行だって、ちゃんと積み立ててあるんだから」

 

 その言葉で、麦はついに落涙した。しばらく母親の胸で泣いていると、応援を呼んできたヒーローたちが現れた。

 そういえばまだ礼を言ってなかったとインブロを探すが、その姿はもう、どこにもなかった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「ちょっとくらい挨拶してってもよかったんじゃない?」

 と宿で海を眺めながらラブラバが言った。

 

「あの雰囲気じゃちょっとね。すぐヒーローが駆け付けそうだったしさ。ていうか、あの男は何者なんだろ。軍用の機動衛星ってのをハッキング? 出来たんでしょ」

「それはあの男の力じゃない、たぶんね。『αβ(アルファベット)』の電算オーパーツをどこからか手にしただけ。それでも十分凄いけど」

「なにそれ」

「どんな言語でも理解する事が出来る個性『αβ(アルファベット)』。その使い手は翻訳家だったんだけど、遊びで手を出したプログラミング言語にも作用しちゃったらしくて。そいつの組んだソフトウェアがいくつかあって電算オーパーツと呼ばれてる。今回のはそのうちの一つ、『アリストクラック(貴種内謁)』。ただ噂だと思ってたけど、まさかほんとにあるとは」

 

 へー、とよくわからないときの返事をしてインブローリオは話を変えた。

 

「今度はさ、みんなで旅行できたらいいね」

「その時は全員分でチェックインしないとね。食事はおいしいかったけど、二人で分けたらちょっと少ないし」

 

 二人は顔を見合わせて小さく笑い、翌朝に博士とジェントルのお土産に名物の竹ちくわを買って旅行は円満に終わった。

 

 

 

 ───

 

 Cパート

 

 ───

 

 

 

 数か月後、インブローリオのスマホに一件のメールが着信した。

 添付された画像を開くと、旅館で北海道の海の幸を頬張っているジャージ姿の麦とその友達の自撮りだった。

 

 例の大会の後、switchのフレンド機能を使ってアプリで連絡先を交換していたのだ。

 インブローリオは微笑んで返信する。

 

『わたしの分まで楽しんでね、修学旅行!』

 

 そのあと、ラブラバちゃんにも見せたげよー、と画像を転送した。

 

 

 

*1
靴を脱ぎ履きするスペース。へえー




人間:端田屋 区屋良レ
個性:機械に乗り移り、それの性能を大幅に向上させる
盗撮して捕まったぞ!

人間:麦の父親だった男
個性:人よりでかい声を出せるぞ!

人間:『αβ(アルファベット)』の使い手
個性:『αβ(アルファベット)
あらゆる言語を理解し、使えるぞ!
晩年、月から頭に謎の指令が下り、麦の父親だった男にアリストクラックがインストールされた携帯端末を渡した!
最後は月に向かって妙なポーズで交信したまま発狂したぞ!
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