【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。   作:hige2902

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第五話 因果の胎 前編

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 アバンタイトル

 

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 (はら)だ。

 ほどほどのサイズのディスプレイに、胎が映っている。

 まるく、こぼれんばかりの生命で張っていて、言いようのない別物感がある胎だ。

 白衣を着た医者がその腹に小さな機械を当てると、小さなディスプレイに肌色のゼラチンで出来た小さな人間が映る。30FPSくらいのコマのなかで、顔をゆがませながら口を開けたり閉じたりしている。

 

『元気ー? はやく会いたいねー』

 と、腹の持ち主の妊婦があやすような口調で言った。

 隣で夫が静かに肩に手をやる。

 

『順調ですね。元気な女の子ですよ』

 と医者。

『今のところ予定日どおりだと思います』

 

 幸せそうな家庭が、この後つまらない浮気で崩壊していき法廷で争ったところでインブローリオはテレビを切った。黒い画面に、二人掛けのソファで窮屈そうに寝っ転がる夜色の巨体が反射した。小動物のようなくりっとしたかわゆい瞳が、ぼんやりとインブローリオ自身を見つめ返している。

 

 胎か、と過去を反芻する無意識を抑えようとした。母体からの栄養供給の途絶、姉、衰弱していく身体……

 

 感想としては鬱屈としていて単純に面白くなかった。淡々としたノワールものって合わないんだよなーと背伸びをする。ふた昔も前の作品で古臭かったし。

 そういえばさあ、と背後でパソコンとにらめっこして、どうやったら秘密結社の知名度を上げられるか悩む博士に投げかけた。

 

「そういえばさあ、おまえって親いんの?」

「いたけど勘当された」

「ふーん、なんでか聞いていい?」

「初対面の時におれが某有名高校のサポート科だったって言ったよな。そこでやらかして退学処分になったから」

 

「え、それだけ?」

「教育熱心な親でさ、勝手におれに期待して、それを裏切ったからなんだと」

 

 そこまで期待を寄せる学生だったのだろうかと、インブローリオは失礼な半目で博士を見やる。くたびれたシャツにスラックスと安物スリッパでパソコンに打鍵する姿からは、あまり信憑性は無い。

 

「むかし神童いまなんとかってやつか」

「おれは現役で神童だ」

「たしかに子供っぽい」

「どっちか一つなんだよ、大人になるか優れたエンジニアになるかの。この業界は子供心がものをいう」

 

「うまい言い訳だ」

「大人みたいな事を言うな。それより奇妙な情報が手に入った」

「奇妙?」

 

 ああ、と博士はラップトップを持ってインブローリオの隣に座る。

 

「裏じゃ有名な話なんだが、二十年以上も前に、あるヴィランがいた。主な犯罪は窃盗や強盗。おれは実際に見た事ないが、どんなヒーローでも傷一つ付けられないほどの強さなんだと。表でも『無敵』の個性使いなんじゃないかって噂されてた」

「それのどこが奇妙なんだ? 強いやつなんていくらでもいるだろ」

「奇妙なのは、そいつを捕えようとすると、ヒーローがどれほど注意しても必ず一般市民に被害が及んだらしい。警察もそれに委縮してなかなか捕まらなかった。攻撃を『反射』していると、おれは睨んでる」

「なんとなく違う気もするけど。なんでそんな昔話を?」

 

「ある日を境にそいつは姿を消した。理由はわからん。ところが最近この辺りで詐欺をやってるやつがいて、新顔のくせにけっこう派手に稼いでるらしい。だけどヤーさんや半グレは見てみぬふりで、警察もヒーローもまだ捕まえられてない」

「その新顔が二十年前のヴィランってわけ?」

「たぶんな。年はくってるが顔に面影があるんだと、当時のおれはガキだったから確かの事は言えん」

「そんな情報どこで仕入れてるわけ?」

 

「おれ、裏家業に属してたじゃん? ……実際は強制労働に近かったが、それなりのルートは知ってる」

「ふむん」

「ただの偶然かもだが、ヴィラン連合が活発になったこの時期に戻ってきたのなら何かしらの関係がありそうじゃないか?」

「んー、どうだろう。潜ってる間に強盗で稼いだ金が尽きたから出てきただけなんじゃないの」

「ま、最終的な判断はまかせるよ」

 

 どうしよっかなー、とインブローリオは悩む。

 たしかに奇妙だった。くだんのヴィランに対する興味は薄いにも関わらず、気にはなるという心の矛盾があった。

 

「食料とか大丈夫?」

 

 席を立ち、冷蔵庫を確認した博士が言った。

 

「ほとんどないな。というか腹減って死にそうだ。夕食にしよう。餓死するわ」

「わかった、じゃあ食べながら作戦会議にしよっか」

「オッケー、やるってことね。ただ気を付けろよ。『反射』ならまだしも、そいつが本当に『無敵』だったら──」

「大丈夫だって。当時のヒーローが弱かっただけなんじゃないの? こっちは脳無だよ」

「それもそっか」

 

 言ってインブローリオは握りこぶしを作って見せた。みしみしと音を立てる細かい触手や蔦、蛭から成る筋肉繊維。博士と出会う前は骨格も硬質なそれらだったが、今ではより強固な硬化材で作られた人工骨が基礎となっている。

 確かに並みの個性使いではインブローリオに太刀打ちできないだろう。

 彼女を知る者なら誰もがそう考える、何の心配も無い。だがそう言った本人が今回の一件に関して奇妙な、としか言い表せない感情を抱いてた。

 

 

 

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 Aパート

 

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 翌朝、秘密結社の上階に事務所を構えるMt.レディは、窓際のデスクでスマホ片手に切ない溜息をついていた。

 手元のスマホには【悪の秘密結社、インブローリオがeスポーツ少女を救う!?】との見出しがある。

 

 最近見ないと思ったら、徳島でしつこい元夫からシングルマザーの家族を助けたらしい。

 もともと、ヒーローの在り方に疑問を投げかけたステインというヴィランは人気があった。それに関する著作権的にグレーなグッズは、その辺の新人ヒーローよりも売れたそうだ。

 ではヴィランを襲うヴィランであるインブローリオもウケそうなものだが、三体の脳無が保須市を襲撃した事件の被害もあり、脳無を名乗るインブローリオの人気はカルトの域を出なかった。

 そこへ今回のニュースが出回ると、ヴィラン連合の脳無とはやはり別なのではという見方をする者が増えだす。

 

 気付いて博士! はやくグッズをBOOTHで捌いて生活費を稼ぐんだ! 

 

 ただ、緒辰の一件からインブローリオに友好的な印象を持っているMt.レディはまた別の見方をする。

 

 あー、そういう家庭的な面を気にする優しさもあるんだ。

 

 実際は賞金目当てだが、貰わずに終わったのでそう見える。見えなくもない。

 そんなしっとりとしたときめきを感じさせるMt.レディに、事務員はおずおずと切り出した。

 

「あのー今いいですか? 警察から計画応援要請が来てるんですけど」

「んー、あー、例の詐欺だっけ?」

 と徐々に仕事モードに切り替える。

「でもわたしの個性、いるかな? ていうか詐欺師相手に結構大がかりね」

「なんでも二十年以上前に捕まえられなかった犯人かもって事なんで、警察も雪辱を果たしたいのでしょう。たしかに『巨大化』の個性が必要かは怪しいですが、相手の個性が相当に奇妙なそうなので、多様性を確保したいとのことです」

 

「奇妙な個性ねー」

「もし要請を受けるなら、必ず誰かが、一般市民も含む誰かが被害を受けるそうなので注意してください」

 

 怪訝な顔でMt.レディが尋ねた。

「どゆこと?」

「それが、当時もそのヴィランの個性の事はよくわかってないんですよ。なんせヒーローの個性や警察官のテーザーガンの誤射が相次いで起きたので、まあ……」

「責任は回避したいもんね。そんなに強いなら当時、オールマイトとぶつかってんじゃないの?」

「窃盗や強盗のみで傷害事件ではなかったらしくて。オールマイトはもっとヤバいのと当たってたそうです」

 

「そいつが今さら詐欺か、ちょうどヴィラン連合が活発化しだしたのと呼応するように」

「やっぱ岳山さんもそれ絡みだと思います?」

「警察も同じ考え?」

「ですね。メンツってのもあるんでしょうけど」

 試すように事務員はボソッと続けた。

「結構な数のヒーローが集まるそうですよ。その……シンリンカムイさんとかも」

 

 んー、とMt.レディは顎に手をやって思案する。

 目標がヴィラン連合に関わりあるのなら、ヴィラン連合の敵も現れるかもしれない。

 インブローリオがわたしにだけ攻撃せず、緒辰の火事の時に大事な髪を守ってくれた事からして、わたしの事をす、す、す好きなのはほぼ間違いない。

 まー正直見た目がなーとは思う。いや見た目だけが全てじゃないのはわかってるわかってる、わかってるけどもーちょっとなんとかとは思う。

 面食いって訳じゃないよ? でもまあせめてもうちょっと人間味があるといいなとね、心の中で思うだけだけど。口に出すと異形型の個性使いに対する差別的発言で燃えるから言わないし、これは個人的な恋愛の好みの問題だから。異形型しか好きになれない人間もいるって知ってるし。

 

 しかもわたしはヒーローであいつはヴィランってもう禁断のアレじゃん? 例えるならわたしがお姫様であいつは敵国の王子様ってことはもう許されざるアレ。美女と野獣、ジュリエットとロミオでもある、ロレンス不在の……ん、てことは逆にうまくいくのか? 

 いやでも世間がそんなの許すわけないしー。まー、わたしも自分で言っちゃなんだけど結構自信はあるからねー、髪とか、体型はちょっと太っ……男ウケする感じだし、惚れるのもしょうがないけど、そもそもあいつのビジュアルがねー。ま、どれくらい私に本気なのかって事なのかなー。んー。

 

 ニタニタしながらそんな堂々巡りに陥るMt.レディを見て、やはりシンリンカムイさんの事を、と事務員は固唾を飲んだ。

 これはいよいよを持ってかもしれない。グッズに関しては家庭層をターゲットにして、CMも今のうちからファミリーカー向けにコネを作っておかなければ。

 あれこれ考えていると、お届け物でーす、と来客があった。

 

 そういえば版権許諾したサードパーティからグッズの完成サンプルが送られて来るのだったとダンボールを受け取る。

 グッズは特盛サイズの食品や、名前にちなんで登山用品が多い。モチーフカラーのクライミングロープ、アウトドアブランドとのコラボリュック。一番人気は、Mt.レディがアームロックしている形のカラビナだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今回のは北海道出身という事でラベンダーの香りのするドライコンディショナーや制汗剤、十勝小豆を使ったコスメ、熊と鮭を担ぐMt.レディの木彫りの置物。

 事務員が受け取りサインをしていると、配達員が言いづらそうに口を開く。

 

「それと、アレはどうしましょうか?」

「アレ?」

 

 Mt.レディと共に外に出ると、薄暗いトラックの中には巨大なダンボールが鎮座ましましていた。縦3メートル、横と高さ1.5メートルはあった。

 

「なにが入ってんの、これ」

 とMt.レディ。

 

 事務員が送り主を確認すると、版権許諾した会社だった。内容物はベッドとある。すっ、とマズいときの過去を回想する感覚が、脳裏から背筋に抜ける。そういえば巨大化後のMt.レディの型を取って作る、3メートルほどの等身大足裏ベッドの企画があった*1。通したんだっけ? 通したのか、これがここにあるという事は。

 

 スマホで商品を検索し、おそらくこれですとMt.レディに見せた。

 

「マジ?」

 とドン引いた。

「買うやついるの? ってかこれ値段!? えッ! は? いい車買えるじゃん!」

 

「信じられないことに予約開始日に完売したみたいです」

「いや信じられないってそれわたしに失礼だろと思ったけど信じられないわ」

「ニッチな人気があるとは考えてましたけど、カルト的というか。これ買う人は相当な狂信的ファンですよ」

 

 もちろんMt.レディのファンでなくても、この世には脚に包まれて眠りたいというヤバい人間がいるのだろうが、それにしたって常軌を逸脱している。

 部屋に置くと足首から先が床から生えているような形状で、素人にはオススメしない。

 医療にも使われる人工皮革でもっちりとしていて肉厚で、同時になめらかで柔らかい。また、内部には温度調節機能もあり、土ふまずの凹みを無視すれば寝心地は悪くなさそうだ。ぽってりと丸い足の指一本一本と足首は関節に沿って稼働するこだわり仕様。玄人にもオススメしない。

 

 きっちり付いてきた別売りオプションのタイツは五段階のデニールに分かれ、そこから黒、ベージュ、選べるカラー ──今回は紫── の計十五枚。シーツにしろという事なのだろうか。狂人にしかオススメしない。

 

 とにかく常人にとっては邪魔なサイコオブジェでしかないのだ。

 

「これさ、返品ってのは」

「送料かなりかかりますよ」

「着払いはダメかな」

「先方にマズいような」

 

 新人とはいえヒーローなのだ。送料は払えなくはないが、ついこのあいだ事務所をぶっ壊してしまっている。いまは出費を抑えたいところ。

 配達員は早く決めてくれといった雰囲気なので、Mt.レディは決断した。

 

「よし! これあんたにあげる」

「いらいらないです」

「自分の脚が自分の家にあるのどう思う?」

「うっ、えーいや」

 

「それにこの企画にゴーサイン出したのあんたでしょ。わたしが事務所の駐車場の車乗ってとりあえずコインパーキングに停めとく、しばらくは空いたそこに置いといていいから」

「わー……かりました」

 

 素直で良しとMt.レディは車で去る。

 残された事務員は観念して受け取りにサインする。すると奥からもう一箱運び出されたので腰を抜かした。そのダンボールには【ベッド 左】とある。

 

「はー? ん」

 

 最初の箱をよく見ると【ベッド 右】と書いてあった。

 

「嘘だろ両足あんのかよ……信じられ、信じ……うわー、どーすれば」

 

 絶望する事務員に同情しながら配達員も去った。

 いっそオークションに流してしまおうかと考えたが、版元がそれをやっては終わりだ。

 

 そうだ。とすがるような閃きで二階の事務所に戻って適当にサンプルをひっつかみ、一階の事務所のドアを叩く。すると一人のさえない男が出てきた。正直何をしている人なのかわからないが、この際どうでもいい。

 

「あ、いつもお世話になっております。実はこの度ですねMt.レディのグッズのサンプルが届きまして、よろしければおすそ分けにと思いましてですね。どうぞ」

 

 と、ストックしていたお菓子の類まで押し付けるように渡す。

 

「え、あーそーなんですか。ありがとうございます」

 

 と、博士は悪の秘密結社のアジトである事がバレるのではないかとギクシャクする。

 

「それでですね、駐車場にちょっっっとだけ気持ち大き目のユニークで前衛的なベッドがあるんですけど。非常に高級な素材を使っておりまして、よければそちらもどうでしょうか?」

「あーはいぜひぜひいただきます。大好きなんですMt.レディの大ファンでわたくし、ええ」

「マジでありがと」

「え」

「あいえ。それではお忙しいところすみませんどうも」

 

 それだけ言って事務員はそそくさと二階へ上がった。

 とりあえずバレなかった事に胸をなでおろした博士は、駐車場で現物を確かめてニッチな需要を呪う。だがよくよく考えてみれば案外悪くないかもしれない。

 インブローリオに欲しいか聞いてみると、とりあえず試してみるとのこと。

 それもそのはず、成人男性を遥かに上回る巨体のインブローリオが収まるベッドはなかなか無い。あっても値段が高い。なので布団を二つ並べていたところだったのだ。

 

「おーこれ案外悪くないかも、見た目以外は」

 両足裏の上でくつろぐインブローリオはまんざらでもなさそうだった。

「わたし、今まで満足にベッドで寝た事ないんだよね」

 

 それはしかしベッドと言っていいのか、と博士は喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 幸いにも雑居ビルのワンフロアなので置けなくもない。

 

 とりあえずアジトだとバレなかった事に胸をなでおろし、どうすれば悪の秘密結社の知名度を上げられるかと、例のヴィラン襲撃の手はずを考えるのだった。

 博士の腹が鳴った。

 それを聞いたインブローリオは冷蔵庫の中身を見やる。ろくなものは無い。

 

「きょうはわたしが作るんだっけ?」

「そー」

「オッケー」

 

 そう言ってマヨネーズを取り出す。心に張られた蜘蛛の巣のような、ずっと残っている奇妙な感覚を考えないようにして。

 

 

 

 ───

 

 次回へ続く!

 

 ───

 

*1
第三話参照

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