【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。   作:hige2902

6 / 12
第六話 因果の胎 後編

 感じの良い身ぎれいな中年男性が、事務所兼アパートの一室で母と子の親子と面談していた。

 男はサイズの合った白いシャツとアイロンの効いた黒いスラックス。親子はどちらとも身なりがよかった。

 母親はおろおろと視線を泳がせ、中学生くらいの子は力なく俯いている。重く暗い空気が漂っていた。

 そんななか、優しさをにじませる口調で男が言った。

 

「まあ先方もあまり大ごとにはしたくないそうなので、内々にという事でしたので」

「はあ、それでそのどれくらい……で収まるんでしょうか」

 と母親。

 

「まあ相手がお医者さまでして、年収が高いぶん休業損害も高くなるという事で。これくらいかと」

 と、男はメモ帳に金額を描いて示した。

 

「これは、ちょっとうちでは……やはり個性保険で」

「もちろんこれは一般的な示談の金額でして、エタルくんには」

 と俯いたままの子を見やって続ける。

「将来有望なヒーローになってほしいとの事です。ヴィラン連合がはびこる世の中にあって、ただの事故で未来あるその芽をここで潰すのは社会的な損失と考えていらっしゃるそうでして」

 

 適当におだてながら金額を書き直す。

 額面をじっと見つめた母親が、それで済むのでしたらと支払いの手続き方法を尋ねる。

 

 これを数回繰り返せば家が建つくらいの仕事なのだから、楽なものだと男は愛想笑いを浮かべる。

 

 めざましい超人社会の現代では、ヒーローという職業は医者や官僚に並んで親からの人気が高い。

 とうぜん雄英や士傑といった難関高倍率高校への入学は、親のステータスでもある。なんとしても入学させたいが、ヒーロー科とサポート科の受験科目には個性の使用が前提とされている。しかし個性の使用は法律で原則的に禁止されているので、派手な練習を行えるのは主に学校の共有スペースやジムだけ。

 故に元プロや元有名校教師を招いた予備校の需要は当然に存在し、受験の際の個性制御を学ばせる親は多い。

 

 もちろん授業料は普通科と比べて値が張る。だが法的に許可され、耐個性使用を考慮された建物内での訓練場所は貴重なのだ。

 通わせられるのは裕福な家庭だけで、貧富の差が最終学歴の差につながると問題視されてたりする。つまり見るだけなのだが。

 

 とにかくそういった過保護なのか教育熱心な親というものは、悪人にとって付け入る隙だらけなのだ。大事に大事に育てられた子が自意識過剰だとなおのこと良い。

 子というブランド価値を下げる事は、親である自分の価値を下げる事だと思ってしまう。

 

 相性にもよるが、悪意ある個性によって、訓練中の生徒の個性をグルの教師や同級生、一般人に当てさせるのはそう難しくない。なんなら教師や同級生と実戦形式で戦わせてもいい。授業の一環の事故なのだから予備校側の責任なのだが、とにかく経歴を大事にする親には効く。怪我させた相手が雄英のOBだったり、ヒーロー協会のお偉いさんの子だったりと、いくらでも弱みに付け込める。

 そこで子の経歴に傷をつけたくない親との示談交渉に入る。事前に親の収入や財産は下調べしておけば金額設定も容易だ。

 

 場所は半グレが経営している格闘ジムを使えば、人手も借りられて一石二鳥の実りの多い仕事だった。教師役の半グレをマジメ風にすれば、元ヒーロー科教師だと偽ってもバレはしない。

 この詐欺の良いところは、二つある。表向きの営業の顔があるのと、親が事故を内々に処理したがっているので警察等に露見しにくいのだ。

 

「ヒーローさまさまだな」

 と男はアパート三階のベランダで一服する。夕暮れに沈む町を見下ろしながら、いい時代になったものだと感慨にふける。これだけ好調なのだから半グレの格闘ジムをもう数か所借りて、一財産出来たらまた消えるのがいい。

「二十年前みたいに、どたばたと走り回らなくて済むし」

 

 そのまま携帯灰皿に吸殻をねじこむと、チャイムが鳴った。借りてきた半グレの部下が、PCを叩く手を止めてドアの覗き穴を見て言った。

 

「どちらさまですかぁ!」

 

 室内に緊張が走る。警察が来た時の合図だった。

 部下のうちの一人が、ベランダにいる男を見やる。ちょうど、飛び降りていた。

 

 何事も無く男は着地する。同時に背後の一室から悲鳴が聞こえた。駐車場に視線をやる。車はあるが、出入り口はパトカーで塞がれていそうだった。

 靴下でぺたぺたと小走りで裏手の塀へ向かう、すると植木の『樹木』がずるりと太く伸び、幾重にも枝分かれして男にゆっくりと絡みつこうとする。地面からは、コンクリの上を這う大量の土が『土流』によって背後から迫っていた。

 

 緩やかな中距離戦闘を見るに、どうやら二十年越しの警察の恨みつらみらしいので、男は鼻で笑った。

 枝が男の腕を掴み、土で出来た蛇が足に巻き付く。その瞬間、目視できるほど近い距離で身を隠していた『樹木』の個性使いであるシンリンカムイの脚に蛇が巻き付き、枝が『土流』のピクシーボブの腕を掴んだ。

 瞠目する二人の個性使いなど眼中にない男は枝をすり抜けてアパート裏の道路に出る。

 

 すると一台のパトカーと二人の警察官、Mt.レディが後詰めで待機していた。彼ら側からすれば、二人のヒーローの攻撃を躱したということになる。嫌な緊張が走った。

 

 ちょうどいい、と男は無遠慮にパトカーに歩み寄りながら言った。

 

「自首するよ」

「止まれ!」

 と一人の警察官が反射的にテーザーガンを抜いた。もう一人が「おい!」とそれを嗜める。作戦開始前に、奇妙な誤射の可能性があると説明されたはずだ。

 塀を乗り越えたシンリンカムイたちが、男を背後から囲む。

 

「ちょっとわたしこれ個性使った方がいいの!?」

 Mt.レディが焦ったように言う。

 

「自首すると言っている。ヒーローが個性を使う必要はない」

 男はそう言って両手を上げ、何も持っていない事を示すが歩みは止めない。

 

「近づくな! その場で腹ばいになれ」

 テーザーガンを持つ手は震えており、興奮からか息も不規則に荒くなっている。

 

「腹ばいにならなきゃどうする? ほら手錠をかけろよ」

 

 早くしろと言わんばかりに両手を差し出した。密かに大きく息を吸う。

 警察官は互いを見やり、手の空いてる一人が手錠を片手にかける。もう片方の手にかけた瞬間、その警官の両手に手錠がかけられていた。

 

 奇妙な個性、と言われた所以をMt.レディは目の当たりにした。突発的にテーザーガンを構えていた警察官が発砲する。男に向けられたはずの射出体は、Mt.レディの胸部に命中する。

 錯乱した警察官は警棒術で取り押さえようとするが、男を打った箇所と同じ場所に激痛が走る。シンリンカムイたちが個性を起動するも、先の奇妙な同士討ちの件がある以上どうしようもない。

 テーザーガンを撃ち込まれたMt.レディだったが、まだ意識はあった。ヒーロースーツはそもそも対刃対弾対火絶縁その他諸々の性能を有している。

 だが個性を起動する前に、鈍い頭痛が広がった。めまいと吐き気を自覚し、気を失う。

 

 男は倒れかけるMt.レディをパトカーの後ろに乗せ、意識を失った警官から車のカギを頂戴してゆっくりと逃走した。当然シンリンカムイたちも追跡しようとしたが、一人また一人と同じようにばたばたと意識を失う。

 

 ぷはあ、と運転しながら男が大きく呼吸を再開し、息を整える。

 

「二十年前の方が面倒だったな」

 人質もいらなかったかもしれない、とバックミラーで助手席に横たわるMt.レディを見やる。が、同時に家々の屋根を跳びながら追ってくる巨体に考えを改めた。

「面倒かも……擦り付けるか」

 

 男は目的地をセーフハウスから半グレがたむろするバーに変更した。奇妙な感覚をいぶかしみながら。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「何が起こったかわかる?」

 件のパトカーを追いながら、インブローリオがインカムで尋ねた。

 

『わからん、襲撃がヒーローたちとバッティングしたせいで距離が遠くてなんとも。『反射』だとは思うが』

「どーして最後、みんな倒れたんだ? 何を反射した」

『なにかしらのガスをまいたように思える。現場はけっこう大ごとみたいだ。一階に住んでた民間人の両足がなぜか骨折してるみたい。マジでわからん、奇妙すぎる。無理そうなら逃げろよ。ジェントルさんに応援要請しても、『弾性』じゃたぶんどうにもならん』

「わかってる」

 

 そう言ったものの、インブローリオが奇妙に感じるのは謎の個性に関してだけではなかった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 男はパトカーを降り、Mt.レディを担いで何事も無かったかのように半地下のバーの階段を降りた。タフそうなドアマンが遮りかけたが、顔を見て道を譲る。

 

 バーと言っても借金のカタで奪った物件に半グレのゴロツキどもがたむろしているような場所だ。一軒家のリビング程度の室内に、十人程度がだらだらと酒を飲んだりソシャゲに勤しんでいる。その内の一人が、戻ってきた男たちに気付く。

 

「え、どした? てかその女は」

「いやまあこいつは、手土産というか」

 

 男はMt.レディを適当な床に寝かせ、誰かのウィスキーグラスを干す。トイレには大人一人が通れるくらいの窓があったはずだ。

 

「ガサか?」

「大丈夫だって、ちょっと手洗い借りるよ」

 

 男がいそいそとその場を去ろうとした瞬間、血だらけのドアマンが扉を突き破って転がり込んできた。全員が個性を起動し、臨戦態勢に移る。少なくともこんなやり方はサツでもヒーローでもない。

 苦しそうにうめき声をあげるドアマン、固唾を飲むゴロツキ、有線から一昔前のブルース、したりしたりとナニカが階段を降りる音。通りを走る車の走行音にすがりたくなるほどの非日常的緊迫感。脂汗が滴り落ちた。

 

 ぬう、と姿を現したのは夜色の触手の集合体。顔の無い頭部に、似つかわしくない整った小さな歯茎が生えて口を利く。

 

「ここに逃げ込んだ男を出せ」

 

 半グレのボスは内心で毒づく。

 あのボケ。なにがなんともなかった、だ。ヤベーのを引き連れてきやがって。擦り付ける腹か? しかもこいつ、ヴィラン連合に喧嘩を売ったマジもんのイカレ野郎じゃねえか。

 

「あんた、インブローリオ、だったな。ネットで見たぜ、そっちが俺らに危害を加えないなら、やり合う気はねえ。あいつを出したら、俺らには干渉しないんだな?」

 

 インブローリオは静かに頷く。

 ボスは道を譲る。ちょうど男がトイレのドアノブに手をかけたところだ。男が見返り、肩越しに視線がインブローリオに向けられる。

 

 いざ前にすると、二人が覚えていた奇妙な違和感は膨張した。

 インブローリオの腕から伸びた触手が男の足元に這い寄る。

 

「頭と両手が黒いモヤの奴を知っているか」

 

 これまで何人ものヴィランに何度も同じ質問をした。返ってくる答えは、いつも彼女を満足させるものではなかった。今日までは。

 

「ああ、知っている」

 

 逃げられないように力を込めると一瞬で骨が砕ける音がした、男のすぐ近くにいたゴロツキの脚から。

 その場にいた誰もが目を疑う。つい先ほどまで男の脚を掴んでいたはずの触手は、今ではゴロツキの脚を掴んでいる。男だけが、密やかに笑った。

 

 インブローリオは反射的に博士に連絡を取る。

「何が起きた」

『わからん、男を掴んでいたはずの触手が、瞬きの瞬間には別人を対象に取っていた。映像をコマ送りで確認してみたが、それらしい個性の瞬間は無い。『反射』の過程すら……どーなっている』

 

「てめえこの野郎!」

 

 ゴロツキの一人が仲間をやられた腹いせに鋭い針を飛ばす。先端がかろうじてインブローリオの肩に刺さり、弾力性により押し出されて床に落ちる。

 

「クソッ、やっちまえ! やれ!」

 それに続いて次々と個性が放たれた。

 

「……警察のデータベースには似たようなの無いの?」

 

 博士はコンソールを叩いて検索を掛けてはみる。テレポート? 集団催眠? 主観を操る? 

『絞り込むには特徴が少なすぎる。もっと情報を引き出せ……めっちゃ殴られてるけど、大丈夫か?』

 

 無抵抗のインブローリオに、ひょっとしたらという希望を抱いてゴロツキどもは各々の個性をその巨体に叩きこむ。火球、刃物、放水車並の水弾、針金による拘束、強制的な眩暈、念動力、電撃、床の木板や照明のガラスが棘になって突き刺す。

 それら全てが一つの目標に向けられ、しまいにはもうもうと砂ぼこりが室内に立ち込めた。

 例えプロヒーローでも、これだけの攻撃を無防備に受ければ再起不能だろう。

 

 ただ、ゴロツキどもは知る事も予測する事も出来なかった。

 保須市で脳無が暴れた際、ヒーローがあまりにも有効に鎮圧したために、それの真の危険性は周知されていなかった。

 即ち脳無とは、ヴィラン連合という少数派が、ヒーローとそれを容認する社会構造そのものという多数派と戦う為に造られている存在であり。故にその組織的不利を覆しうる戦闘能力を与えられている事に。

 

 ゴロツキの一人が煙の中へ目を凝らす。すると人影らしきものが確認できる。まさか……と悪寒を覚えると同時に電柱のような触手群に吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられた仲間を目にした近接系の個性持ちが全身を岩にして突貫するも、風切り音と同時に四肢を砕かれた。ワンテンポ遅れて、その風圧で砂ぼこりが霧散する。そこにはほんの少しばかり体表が傷ついた脳無が、微動だにせずに立っていた。

 

 フッとその巨体が視界から消える、天井の隅に張り付いたのだと視線で追った時、すでにそこにはおらず剛腕によって数人がやられた。誰かが死角から大きな刃物を振るうも、背後から伸ばされた触手に腕まで絡み取られる。何人かが逃げようとドアに向かうが、飛ばされた蔦が覆い茂り出口を塞ぐ。

 

 あっという間に蹂躙される仲間を眺め、ボスは乾いた笑いで独り言ちる。

 

「これが……脳無?」

 

 辺りは血でまみれていた。かろうじて息のある者もいるようだが、息があるだけだ。ヒュー、ヒュー、と、しぼんだ浮き輪を踏んだ時のようなシケた呼吸音。

 インブローリオはボスを無視して、こっそりとトイレに向かう男のシャツの襟を掴む。少なくとも服を掴まれたくらいでは奇妙な個性は起動しないらしい。距離を取ったまま腹を殴る。腕はボスの腹を殴っていた。

 

 男がめんどくさそうに言う。

「よせよ、服が伸びる。おれの個性は『無敵』なんだ、おまえじゃ何やったって勝てない」

 

 インブローリオはそれを無視して、えずくボスに命ずる

 

「答えろ。こいつの名前は」

 

 帰ってきた名で博士が検索を掛けてみるが、ヒットしない。偽名だろう。今度は男の顔で画像検索を試みる。エンターを打鍵した後にキーを操る指が止まった。ある容疑が掛けられていた。それを伝えるべきか、戸惑う。

 

 インブローリオはその間に個性を探ろうと男の指を折る、やはりボスの指を折っていた。ボスは痛みで気を失い、今度はボスの近くにいた呻き声をあげているゴロツキの指を折っていた。

 意識を失った人間は、奇妙な個性の対象にはならないようだ。

 

 おーかわいそ、と男が他人事のように語る。

「むちゃくちゃするなあ。このまま続けても埒が明かないぞ。そのうちサツやヒーローどもが来る。そうなったらお互い捕まるしさ。聞きたいことがあるなら答えるよ」

「頭と両手が黒いモヤの奴とおまえの関係は?」

 

 深いため息で男は頭を掻いて言った。

 

「そいつは黒霧って呼ばれてるワープ系の個性使いらしい。ヴィラン連合に属してる。おれはそいつを追っている」

「どういう事だ?」

「二十年くらい前なんだが、AFO(オールフォーワン)って裏の元締めに勧誘された。強個性だからだろうな。待遇は良かったが断った。おれは富裕層から盗みはするが、殺しをやるつもりはないから。そしたら嫁を殺された。復讐も考えたが、当時はそれなりに仲間がいてね。そいつらも同じ目に遭うのはツラいんで潜ってた」

『インブローリオ、落ち着け。証拠は無い。警察のデータベースでは、妊婦を殺した容疑を賭けられているのはそいつだ』

 

 インブローリオは焦った博士の声を無視して、男の続きを促した。

 

「で、仲間との縁もほぼほぼ切れたし、世間をにぎわすヴィラン連合のケツ持ちがAFOらしいってのを掴んだんで、裏と接触するついでに資金集めしてた。もういいか?」

 

 いや、とインブローリオは触手を動かしてキッチンの蛇口を開き、ウォーターサーバーや冷蔵庫の飲料水をひっくり返して流し台に水を張った。男の襟を掴み、流し台に頭を押し付ける。

 奇妙なことに、男の頭の周囲にあるはずの流し台の水が消え、同量の水がインブローリオの頭を覆っている。あらゆる物理法則を無視して、男の生命の危機を誰かが肩代わりしている。

 同じ系統の個性使いを、インブローリオはよく知っていた。そしてずっと続いていた奇妙な違和感の正体もおおよそ理解した。

 

「わかった気がする、こいつの個性」

 インブローリオは男を離して言った。やはり『無敵』でも『反射』でもない。奇妙なことに最初からそんな気がしていた。頭の周りの水が、ばしゃりと床に落ちる。

「『身代わり』の個性使いだ。こいつは誰か()身代わりにしている」

 

『……よく似た個性使いは世の中に十人はいると言われている』

「けど……」

 

 男はじっとインブローリオを見つめていた。なぜ個性が割れたのか疑問に思っているのだろう。やがて慣れた手つきでタバコに火を点け、一服する。そういえば、と口を開いた。

 

「そういえば、おれと同じ苗字の子供がヴィラン連合に拉致られて脳無にされたって噂を裏で聞いたことがある。おまえの名は?」

「……脳無は母体の個性に加え、外部から複数の個性が与えられる。おまえの息子に『触手』『蔦』『蛭』が遺伝する可能性があるのか」

「違う、娘だ。殺された嫁さんの胎にいた子供が、もし生きていれば高校生くらいのな……だが嫁の個性はその三種のどれでもないから、たぶんおまえはおれの娘じゃない」

 

「おまえは嫁を、その、あい……好きだったのか」

「愛していた。しょっちゅう生まれてくる子の事について話し合ってたよ。名前とかな。経過も順調だったのに……だからAFOは殺す」

 

 インブローリオはいよいよ慎重になって、泡に触れるように尋ねた。

 

「……名前は、その生まれてくる予定の子の」

「アキラだ。悪くないだろ? おれは少し男っぽすぎると言ったんだがな」

 

 男は自嘲気味に笑って、吸殻を床に落として踏み消す。

 

「で、おまえは何者だ?」

「わたしは……」

「答えろよ、フェアじゃない……ま、言いたくないならいいけどな。おれと組まないか」

「なんだ、おまえ急に」

 

「利害は一致してるだろ」

「わたしより弱いやつと組む気は無い」

 

 そう言ったインブローリオの左手首が裂ける。男はキッチンからくすねてきたのであろう包丁で、自身の手首を切っていた。インブローリオはその傷の『身代わり』となったのだ。

 男は冷蔵庫から二つ入りのコンビニサンドイッチを拝借してパクつく。

 インブローリオは左手を新たな触手で補いながら、空の冷蔵庫をじっと見やった。

 

「攻撃手段が無いと思ったか? それにまあ妙におまえが気になる、不思議なことに……この蔦どけてくれるか?」

 

 出口へ向かう男を、インブローリオは止めなかった。出入口を塞ぐ蔦がボロボロと崩れ落ちる。外からパトカーのサイレンが反響している。もう、日は落ちていた。

 

『おいまさかそいつと手を組む気か?』

「……」

 

「おれと来い。しばらくは資金調達に付き合ってもらうが、そのうちヴィラン連合を潰す。別におれ一人でも出来るが、おまえがいればより早くAFOにたどり着ける」

「……仲間がいる」

「そいつはAFOに恨みがあるのか?」

 

『待て! なにか変だ!』

 会話を聞いていた博士は不安を覚えた。それはインブローリオから見捨てられるからではない。なにか、男の会話にはなにか()()()()()()があるような気がしたからだ。

 

「いや、興味でわたしに付きあってる」

「なら信用できない。手を切れ、それが条件だ。半端な仲間はいつか裏切る。嫁さんが殺されたのもそれが原因だ。それにおれと組んだ方が勝算が高いだろ」

「……そう、だな。おまえの方が、効率がよさそうだ」

「決まりだな」

 

『おいおい正気か!? 出会ったばっかのやつの言う事信じてついてくか? フツー』

「いやおまえもそうだったろ」

『ぐぅ』

 

「元相方との別れはいいか?」

「ああ、どうせ流れで組んでただけだ。背中に乗れ、跳んで警察を撒く。行く当てはあるのか」

 

 言って通信機器を体外に排出し、踏みつぶす。それを見て、男は納得したようだった。

 

「セーフハウスがある」

 と言って、男は()()()()()()()()()()()()()()()インブローリオの背に飛びつく。すぐに、ああ、と不快感をこぼした。ゆっくりと触手群が蠢いていて、弾力性があり、ぬめってこそいないがいい気持ちではない。

「まあひんやりしてて悪くは無いな」

 

 インブローリオは男を背負ったまま外に出て、脚を肥大化させてウサギのような逆関節状にして跳躍する。遅れてパトカーや救急車が到着した。

 そのまま夜の闇に消えてゆく。博士を残して。

 二人ぽっちの悪の秘密結社から、一人が消えた。

 

 「一瞬で半壊した」

 

 PCの前で、博士が力なく呟く。

 

 

 

 ───

 

 

 

 エンディング

 

 

 

 ───

 

 

 月の無いたっぷりとした夜である。

 もうかれこれ十五分ほど、とある雑居ビルの一階の事務所前であれこれ思い悩む人影があった。

 人影と言っても身の丈は二メートルをゆうに超えている。そんな剛健な肉体の持ち主が、もじもじしながらあれこれと物思いにふけっている。

 

 いまいち踏ん切りがつかないままでいると、通行人の気配がしたので反射的に事務所に入り込んだ。

 不安だったが、一つ安心したことがある。

 それは事務所が一週間前と何も変わっていなかった事だ。

 いつもと同じソファで、いつもと同じように博士がすやすやと眠っている。

 

 起こすべきか悩み、起こすにしろ何と言うべきか悩んでいると、むにゃむにゃと博士が目を覚ました。

 

「あ? あーおかえり。けっこうかかったな。一週間くらいか」

「えあ。あ~……ただ、いま」

 

 気恥ずかしそうにインブローリオは頬を掻く。

 

「つーか驚かないのかよ。おまえと手を切るって言ってそれきりだったのに」

「けっこう焦ったが、あのあと会話をよく思い返したら男のミスに気付いたからな。あんたが気付かない訳がないと思ったよ。一段落付いた記念にお祝いするか」

 

 言って博士は背伸びして台所へ向かう。

 

「マジ? いまから食べんの?」

「腹減って眠れんのよ」

 

 あーそー、とインブローリオはソファにたっぷりと腰掛ける。なんて説明すればいいか思い悩んでいた自分がバカらしい。

 

 やがてテーブルの上には、半分こされたうまかっちゃんと、そろそろ帰ってくる頃合いだろうと買ってきたファミチキがレンチンされて置かれた。よく冷えた本麒麟とスプライトもある。

 

 いたますー、とオリジナルのいただきますで博士はうまかっちゃんを少しずつ啜る。結局袋めんはこれが一番美味い。でもなんか最後はスープがどろどろになる。

 

「てかさ、どうやってケリ付けたんだ? 『身代わり』って強個性どころじゃないだろ。マジであいつ一人でヴィラン連合どころか、ヒーロービルボードの上からの十人と渡り合えそう」

「ん、まあ倒せる個性使いは限られるけど、結構居るんじゃないかな。仕組みを理解すればだけど」

 

 

 

 あの日、インブローリオは男のセーフハウスで一夜を明かした。

 家具はこれと言って無く、ただガラを躱す為だけの家だ。

 男は適当なとこで寝ろと言って、シャワーを浴び、シングルベッドに横になった。寝首を掻かれることは無い。

 無防備な寝姿だった。男の『身代わり』は異形型だ。たとえ容姿が変わっていなくとも、本人の意識に関係なく永続的に発動している個性はそう分類される。

 

 男が目が覚めた時、まだ暗かった。スマホで時間を確認しようとして、枕元に無い事に気づく。次第にこの暗さが自然のものでない事を察した。

 ベッド全体を半球状に覆われていた、触手や蔦、蛭の集合体によって。

 

「どういうつもりだ」

「わたしはおまえの娘らしい」

 

 言われて男はやっと、奇妙な感覚の答えを知った。

「……それほど驚きはしない。なんとなくそんな気がしてた。だがどうしてこんな真似を。父と娘の再開を祝すべきだろ」

「いいや、別れを祝すべきだ。わたしとおまえの」

 

「そりゃあ、おまえを探しもしなかったのは悪かったよ。けどな、相手は裏家業の総元締めだぞ。愛する嫁を殺されたって、潜って機を窺うしかないだろ」

「経過は順調だと言ったな。出産の」

「……ああ」

 

「姉は?」

 

 恐怖の針が雨のように身体を通り抜ける声色だった。

 

「産前に性別までわかっていたのならエコーもしただろ。姉は?」

 

 じっくりと、男は重い汗をかいた。カマかけか、それともまさか……

 

「知らない。嫁がおまえを孕む前に子持ちだったって事か?」

 

 インブローリオからの返答は無い。諦めて敗北を認める。

 

「双子、だったのか」

 

 

 

 そのまままる二日経ち、男は懇願した。

「悪かったよ、許してくれ。おまえのいう事を何でも聞く。いまからヴィラン連合を皆殺しにしてもいい」

「おまえは何もわかってない、AFOもヴィラン連合も二の次だ」

「じゃあなにが望みだ」

「姉を取り戻す」

 

「それは……無理だ、AFOに消されたんだろ?」

「やはりおまえはダメだ」

 

 男はそれでも弱り切った声で続けた。

「唯一の肉親だろ、アキラ。おれの娘」

「わたしは脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵」

 

 その凍てついた鋼鉄の言葉を最後に、彼女は何も語らなかった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 胎だ。

 

 マンションの一室に夜色の胎がある。

 まるく、こぼれんばかりの生命で張っていて、言いようのない別物感がある胎だ。

 

 その暗い胎の中で、男は何も口にできず、栄養供給が途絶され、衰弱していった。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「結局さ」

 とインブローリオはファミチキを齧って言った。

「行きずりの女を孕ませちゃって、面倒だったし酔った勢いで蹴り殺したんだって。殺しだとヒーローからのマークがきつくなるから潜って、金が無くなったから表に出てきたってだけ。やーっぱりわたしの思ったとおりじゃん。なーにがヴィラン連合が活発になったから出てきただ」

 

「いやフツーはそう思うって。でも栄養供給の途絶なんてよく思いついたな」

 

 男を拘束している間、栄養失調や脱水症状によるダメージは確実にインブローリオが『身代わり』となっていた。だがそもそも彼女は食べなくても活動できるし、息止めを含む自傷行為攻撃も、人間を遥かに上回る肉体スペックの脳無には効果が薄い。

 また、『身代わり』は無から有を可能にする個性ではない。インブローリオは誰よりもそれをよくわかっているし、男が飲み食いしていたのがその証拠だ。

 一週間、男の胃袋に何かが入ってくることは無かった。

 やがて内臓を含む肉体の損傷や腐敗も見られないまま、指一本動かす栄養も無くなった。

 

 カロリーが完全に無くなり、脳が活動を停止すると同時に『身代わり』の効果は消えた。

 

「サンドイッチをさ」

「うん?」

 

「いやまあ、おまえは金もないし、わたしは食べなくても活動できるのにいつも二人分の食事を用意するだろ。だからだいたい冷蔵庫の中は空だった」

 インブローリオは気恥ずかしさを紛らわしながら、半分こされたうまかっちゃんを啜って言った。

「あいつが二個入りのサンドイッチを一人で食べてたの見て思い出したんだよ。おまえが腹減って餓死しそうって言ってたのを」

 

 照れくさくって、博士は茶化すように苦笑する。

「貧乏もたまには役に立つな」

 

「だから姉の仇の一人を始末できたのは、おまえのおかげ、かも……ありがと。その、は、ハカ。博」

「気にするなよ。悪の秘密結社の仲間だろ」

 なんだかむずがゆくなってきたので博士は無理やり話題を変えた。

「そういやあんたがいない間、どーやったら秘密結社の知名度を上げられるか考えてたんだが、インスタって知ってる?」

 

 それまだ引きずってたんだ、とインブローリオはあきれる。

 

「アカウントだけ先に作っといたから、とりあえず一枚撮って上げよう」

「いいけどさー、知名度上げてどうしたいわけ?」

「ヴィラン連合を挑発する目的以外は特に何も考えてない。ついでに偽物のアカウントにだけはフォロワー数で負けたくない」

「偽アカに対抗したいのが本音だろ」

 

 博士の調査によれば、インスタには美味しそうなご飯やフォトジェニックな場所、豪華なアクセサリーなどを載せるとバズるらしい。

 残念ながらテーブルの上にはファミチキの小皿と二つのラーメンどんぶりしかない。しかも食べ終えている。周囲にはサポートアイテム開発器具や学術書が雑多に積まれている。

 残すところは豪華なアクセサリーだが、それもない。

 

 しかたがないので、Mt.事務所から貰った奇妙な両足裏ベッドの上でくつろぐインブローリオを撮った。たしか非常に高級な素材を使っているとか言ってたので、豪華には違いない。

 

 これで偽アカに負けないぞー! と意気込んでいたらしばらくして組織的犯罪の共感を理由にBANされた。

 

 

 

 ───

 

 

 

 Cパート

 

 

 

 ───

 

 

 

「結局いいとこ無しで終わりかー。なんだったんだろね、あの奇妙な個性の正体」

 

 一応病院で精密検査を受けた病み上がりという事で、Mt.レディこと岳山は自宅で事務員とリモート会議中だった。高校の時のジャージ姿で警察の報告書をめくる。

 

『おそらく個性に関してはこのまま迷宮入りでしょうね。とにかくまあ無事でよかったですよ』

 

 半地下バーにかけつけた警察によれば、岳山はぐっすりと寝、いやぐったりと床で気を失っていたらしい。

 病院に運び込まれて回復した半グレたちの証言では、インブローリオが乗り込んできたとのこと。

 

 っつァーッ! それってもうインブローリオがわたしを助けに来てくれたって事じゃん! まいるわー。わたしヒーローなのにヴィランに惚れられてまいるわーッ。

 

 と岳山はニヤニヤニタニタニヨニヨしながら報告書を読み進める。

 

『どうやらインブローリオの目的は例の詐欺師だったみたいですね。なにかしらの因縁があったのでは、と塚内警部は睨んでいるそうです』

「みたいねー」

 

 かーぁッ! わかってねー! こいつマジでわかってねーわ。そりゃわたしを攫ったんだからそいつを恨んで当然じゃん? マリオだってクッパを倒すっしょ? はーあ、理解者がいなくてツライワーマジで! 

 

 さりげに自分をピーチ姫にして、棒読みで事務員に相槌を打つ。

 

『で、先日その男はマンションの一室で変死体で見つかりました。鑑識も死因が特定できてなくて、寿命という見方が強いそうです』

「まーその辺はわたしみたいな個性のヒーローが出る幕じゃないからね」

 

 後は復帰の日程もろもろをスケジュールして会議は終わった。強い夕焼けが窓から射している。

 報告書の束をローテーブルに放り、どっかりとソファに横になる。スマホでエゴサをし、そういえばインスタにも何か上げとかないとなーとめんどくさそうにダラダラする。

 反応は自己肯定感や承認欲求を満たしてくれ、モチベーションにも繋がるが、今は気分じゃない。うだうだと他の事を考える。今日のおやつ、見たい映画、積んでる漫画。インブローリオの事。

 

 とはいえ知名度がグッズ売り上げやCMスポンサーに関わるプロヒーローにとって、SNS全般、ツイッターは遊びじゃねえんだよ! 大手事務所ではきちんとした広報部が存在する。

 諦めて撮り溜めておいた写真から適当にピックアップした。

 

「まー結局、どれだけわたしの事を本気かってことなのよねー」

 

 クセで発見タブをタップする。タップして言葉を失った。

 

 正方形のサムネイルに、巨大化後のMt.レディの型を取って作る3メートルほどの等身大足裏ベッドでくつろぐインブローリオが映っている。しかも両足コンプ! 

 何気ない事務員の会話が脳内で乱反射した。

 

「ニッチな人気があるとは考えてましたけど、カルト的というか。これ買う人は相当な狂信的ファンですよ」

 

 カルト的というか。これ買う人は相当な狂信的ファンですよ

 これ買う人は相当な狂信的ファンですよ

 狂信的なファンですよ

 狂信的な

 狂信的な

 

 岳山がスマホを投げ捨てて窓から飛び出し、駐車場で『巨大化』を間に合わせたのは奇跡だった。

 部活帰りの女子学生が思わず呟く。

 

「いきなりね、Mt.レディが、飛び出した」

「驚きて、アイスクリームを、落としかけ」

「夕暮れの、朱に明かされ、染まる内」

 




人間:インブローリオだったモノの実父
個性:身代わり
誰かを身代わりにするぞ!
インブローリオだったモノのの実母に暴行を加え、殺害。現在は変死体で見つかったぞ!

あらゆる生命の危機を、自分を中心点として最も近くにいる者を身代わりにして防ぐ事が出来る。
ただし意識の無い状態の者は個性の対象にはならない。身代わりは物理法則を無視して過程も省略され行われる。
男が息を止めると、脳に酸素が届かないといったダメージも身代わりに行く。その攻撃に気付かずに喋ったり普通に息をすると、男より先に酸欠で倒れる。シンリンカムイたちの追撃はこれで躱せた。
息を止めながら相手の攻撃を身代わりさせてこっそり自分の手首を切る自傷行為攻撃ムーブが鉄板コンボでわからん殺しが強いぞ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。