【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。   作:hige2902

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第八話 タコ焼き 後編

 ───

 

 Aパート

 

 ───

 

 

 

 地下駐車場に逃げ道は無かった。

 インブローリオの身体は流体の性質を持つものの、通り抜けるには通風孔が小さすぎる。ドローンで確認すると、唯一の出入り口は一軒家ほどのセメントの立方体で塞がれていた。破壊することは現実的ではない。その間にエンデヴァーに焼かれる。上階は野球スタジアムで、天井は補強されており抜くには時間が掛かるのでやはり焼かれる。

 

「なんとか、なんないのかっ。死ぬぞマジで」

『セメントの塊はこっちで何とかする、出入口に向かえそうか? 勝とうとするな。例の理髪店で火を消した時の事からメタられてる』

 

 熱せられたコンクリートを踏みしめ、出入り口に駆けるが分厚い炎に行く手を阻まれる。

 エンデヴァーは警察と連携しているはずなのでコンクリの塊で塞いでいることは知っているだろうが、それでも万一の可能性を考慮している。近づけさせない腹積もりだ。

 

「完全にマークされてる。ここ閉所だろ? 酸素不足で鎮火しない? 酸欠は?」

『プロだぞ、その辺の出力調整はやる。スプリンクラーも止められてる』

 

『蛭』もヒーロースーツを食い破って吸血する前に焼かれる、『蔦』や『触手』で拘束しようとしても同じだ。

 

 異形型は個性制御で拡張した個性を除いて体力を消費せず、奇襲に強く、継戦能力に優れ、他の型に対して長期戦に持ち込んだりゴリ押しなんかが可能だが、からめ手を用意していないと不利な個性使い相手に無力化まである。任意で個性を解除できないので弱点を突かれ続け、また異形型は物理的な攻撃手段しか持ち合わせていない場合が多いからだ。

 

 エンデヴァーが拳を構えて小さく打つと、凄まじい速度で火球が放たれた。インブローリオはその弾の下を掻い潜り肉薄する。ちりちりと体表に小さな火が付く。低姿勢から股間を殴り上げるが寸でのところで半歩引かれる。

 速い、が。とエンデヴァーは伸びきった腕を両手で掴むが、炎を出し切る前に分離された。ぼたりと落ちた夜色の腕部が煙を出しながらのたうち、異臭を放っている。

 

「所詮は悪の秘密結社などとふざけた小悪党だが、なまじ動けるのがタチが悪い。もう加減は出来んぞ、投降しろ」

「……こんな閉所じゃなけりゃ、ブチのめして」

「逃げられたかもな、閉所でなければ」

 

 エンデヴァーはそう言ってインブローリオに掌をかざした。不意に首筋や頭部にべたりとした重量を感じる。小癪な、と落ちてきた巨大な『蛭』を焼き殺す。先の振り上げの時に天井に張り付かせておいたものだった。

 その隙を付き、インブローリオは足裏に『白い刃』を生やした前蹴りをエンデヴァーの胸部に放ち、吹き飛ばす。巨体が壁に激突し、もうもうと砂煙を上げた。

 

『やったか!』

 と博士。

 

「……いや。受けられた」

 

「敵ながら恐ろしい肉体スペックだ」

 炎が砂煙を霧散させ、前腕に刺し傷を負ったエンデヴァーが姿を現す。深く構えて言った。腕の出血は込められた筋肉と炎で閉じられる。

「類似個性のコピーキャットではなく、本当に喋る脳無ということなのか。しかも戦術戦闘を行う思考能力を持つとは……警告はした」

 

 直感的に危機を覚えた。

 エンデヴァーが拳を振り抜く。同時にインブローリオの腹部を凝縮された炎の濁流が貫き、身体が上下に二分されて崩れ落ちる。避けたかったが、乾燥や熱気の環境ダメージの蓄積で脚が動かなかった。

 

『インブローリオ!』

「だいじょぶ、だけどもう……」

 

 無事を知らせるが、その声はあまりにも弱弱しかった。

 始まる前から不利な状況だったが、そもそもの経験が違う。ここ最近になって個性を使いだしたインブローリオと、歴戦のエンデヴァーでは。

 

『投降しろ』

「それはイヤ」

 

 どうすればいい、と博士はモニタの前で貧乏ゆすりしながら片肘を付いた。

 インブローリオは意地でも投降しないだろう。すれば姉を奪還することが一段と難しくなる。仮に事情を話してヒーロー側についても、法に沿っていては埒が明かない。多少の罪を犯してでも姉へ辿り着くためにヴィラン連合の敵をやっているのだ。相容れない。

 

 巨大なセメントの立方体をなんとかする算段はついている。だがエンデヴァーがインブローリオを出入り口に近づけさせない。決して目を離すことは無いだろう。逆にエンデヴァーの目を逸らすことさえ出来ればなんとかなる。

 

 塚内の裏をかけないか、と必死に昔を掘り起こす。掘り起こして、一つ思い出す。

 インブロ丼の時々すごい美味しい部分。どっかで食べた味の正体だった。

 待機してもらっているジェントルたちに連絡を取る。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 インブローリオが囚われている野球スタジアムの周りは交通規制が敷かれ、何台ものパトカーが待機していた。それを離れたビルの屋上から見下ろす二人がいる。

 一人の黒い外套と、もう一人の長いツインテールが夜風にたなびいている。

 

「準備はいいかね、ラブラバ」

 と黒い外套の英国紳士然とした長身の男、ジェントルが言った。

 

「あとは博士の合図待ちよ」

 ラブラバと呼ばれた低身の女が、そっとジェントルの震える脚に手をやって答える。

「大丈夫、落ち着いて。わたしたちの役割は一瞬で終わるし戦闘にはならない。個性の起動は一度だけ」

 

「わたしは落ち着いているさ。この身体の震えは、恐ろしいからだとか不安だからじゃない」

 言ってラブラバにぎこちない笑みを浮かべる。

「たぶんだけど嬉しいんだよ。もうあの日以来、誰かを助ける為に個性を使ってこなかった。けれどまた目の前にその機会があるという事に震えている。しかもそれがきみの大切な友達であり、わたしの盟友なんだからね」

 

 ぽっと、ラブラバが顔を赤くして見惚れていると博士からのカウントダウンがあった。ハッとして『愛』を口にする。

 

「ジェントル、あなたはいつだってわたしの光よ。愛している」

「ありがとう、使ってくるよ。わたしの個性を」

 

 ジェントルがビルの縁に足を掛け、力を込めるとその姿が搔き消えた。出入口を塞ぐ巨大なセメントの立方体へ、放たれた矢のように向かう。

 やはり怖いのかもしれない、と走馬灯のようにジェントルは過去を振り返った。学生時代、落下する人を受け止めようと個性を使ったが、未熟な個性制御によりかえって事態を悪化させてしまった。

 誰かの為に個性を使い、結果として誰かを傷つけ、自分も傷ついた。そんなトラウマが──え、思ったより速ッ! 気のせいか()()()()()()()()()()()()、え!? 

 

 セメントに掠めるように手を触れる。『弾性』が起動し、次いで接触したジェントルの身体はトランポリンに弾かれたように跳ね、再び夜の闇に消えた。そして意味も無く高所に登ってラブラバに通信する。

 

『インブローリオさんは脱出できたかい?』

 

 ラブラバが焦るように答える。

「大丈夫、らしいけど。わたしは逃げ出したところを見てない」

 

『弾性』を与えられた事で、プリンのように揺れるセメントの塊の隙間を這い出る手筈であった。しかしラブラバが双眼鏡で監視する限り、インブローリオらしき姿は確認できない。

 失敗したのか。

 嫌な汗が流れる。が博士の通信によれば脱出に成功したとの事。直ちにその場を離れるように言われた。現実との矛盾に戸惑う。

 

 ラブラバがインブローリオの姿を見ていずとも、博士の言った事は事実だった。

 エンデヴァーが塚内に通信を送る、インブローリオの姿が突然消えたと。

 

 

 

 ───

 

 Bパート

 

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 案外できるもんだ、と上半身だけのインブローリオは路地裏のゴミ箱の陰で、水にインクを落としたかのように姿を現した。

 博士がインブロ丼で美味しいと言った部位は、思い返せばタコ焼きの具だったのだ。

 すなわちインブローリオの『触手』には、タコのそれも含まれていた。そしてタコには擬態という、一瞬であらゆる背景に溶け込める能力が備わっている。

 

 ぶっつけ本番の個性制御だったが、エンデヴァーの視界から消える事は出来た。最後の力を振り絞って腕を作り出口に這い、揺れるセメントの立方体の間を通り今に至る。しばらくはじっとして、回収を待つしかない。

 

「あ……こいつインブローリオじゃねーか」

 

 しばらくすると、タバコを吸う為に通りから外れた高校生たちがやって来て、横たわる彼女に気付いた。

 

「痩せてね」

「弱ってんだろ」

 

 一人が一メートルほど『ジャンプ』し、右腕を踏み潰した。くしゃりと『蔦』が飛び散る。

 

「おれの兄貴、こいつに病院送りにされたんだよ」

 

 ほーん、ともう一人がタバコを押し付けると、『蛭』がキュウと焼き縮んだ。

 

「ダチの知り合いもこいつに無茶苦茶やられた上に、コカの木の栽培がバレて刑務所送りにされたって聞いたわ」

「ひでーな。そういや蛇場the捕苦に知り合いにいたわ」

 と、最後の一人がスマホで仲間に連絡を取る。

「あ、なんかさー。あのクソキモイ触手ヤローがいてさ……大丈夫大丈夫、なんかすげー弱ってるからラクショーよラクショー」

 

 言って、頭部を蹴り飛ばす。小さな触手が飛び散り、血痕のようにびしゃりと壁に打ちつけられた。

 

 あの炎のおっさんにやられてなければこんなクソガキなんかに、とインブローリオ歯がゆく耐えるしかなかった。

 ライターが割られ、少量ではあるが液化ガスを振りかけられる。

 

「ちょっとおまえの『火』で燃やしてみねえ?」

「マジ? 仲間が来るまでに死なねーか」

「こいつ強いんだろ? こんなになってもゆっくり動いてるし、いけるっしょ」

 

 いやこれ以上はマジでヤバい。インブローリオは焦るが、もう一歩たりとも動けない。思考すらおぼろげになる。野球ボール程の火のついた人差し指を向けられる。最後に耳にしたのは、いつかどこかで聞いた声だった。力強くも澄んだ声だった。

 

「おーい、きみたち歌羽高校の学生みたいだけど、夜遅くになにやってるのかなー」

 

 つーかタバコ臭っ。と、一人のヒーローが路地裏に足を踏み入れる。学生の一人が舌打ちした。薄暗く辛気臭いこの場所であっても、ささやかな光できらめく長い髪をかき上げてヒーローは言った。

 

「未成年はタバコ吸っちゃ……イン……」

 

 もはや子犬ほどの体積しか持たず、体表はボロボロに乾燥していたが見間違うはずがなかった。

 学生の一人が『ジャンプ』して背後に回り込む。

 

「まさか止めねーよな。Mt.レディ。こいつ、ヴィランなんだろ」

「……これおま、きみたちがやったの?」

「そーだけど?」

 

 Mt.レディは手早く背後に回った一人と眼前の二人を見定める。

 ありえない。こんな半端なクソガキどもにあのインブローリオがやられるはずがない。一線級のヒーローが捕り逃したか、指名手配級のヴィランの仕業に決まってる。

 

「そいつは警察に引き渡すから。きみたちも事情聴取を」

「は? 何言ってんの? こいつに大怪我負わされたやつの前でも同じこと言える?」

「あのね、重症みたいだから病院に」

「てかなんでヴィランの怪我治して刑務所で飯食わせるのに税金使わなきゃなんないんだよ。ここで死んだ方がいいじゃん」

「おまえそれでもホントにヒーローかよ」

 

 出たよ。とMt.レディは内心で舌打ちする。

 ヴィランはさっさと死刑にしろといった主張は以前からあった。よくヴィラン逮捕者のニュースツイートのリプにぶら下がっている。それがステイン以降は目に見える形で増えだした。どういうわけか自分の主張は常に正義であると信じており、だからヴィランは死刑にすべしという自分の主張もまた正義なので、それに反するヒーローは正義ではなくヴィラン的。ステインが主張するところの本物のヒーローではないので、その偽ヒーローはいない方が社会の為という論調なのだ。

 

「つーかおれらの方がヒーローだろ。ヴィランを消すんだから。世の中の為になってるし」

「偽ヒーローもいなくなった方がいいんじゃね。ステインだってそう言ってたし」

 目の前の学生が『テレキネシス』でポケットからナイフを取り出してMt.レディに突きつけた。

 

「ちょちょっと正気?」

 どうにも剣呑な雰囲気に、Mt.レディは焦った口調で言った。

「いちおうヒーローに個性向けるなんて」

 

「どーせ顔がいいだけの三流だろ。『巨大化』のクセにこんな狭いとこにノコノコやってくるなんてよ。もうおまえ個性使えねーじゃん」

 

 三人のせせら笑いが小さく響く。彼女を殺す気はないが、視線は肉付きの良い肢体を流れていた。

 

「ステインの代わりだって、おれら」

 そう言って火球の付いた指をインブローリオからMt.レディに差す。

 

 やっと『火』がこっちに向けられたか。

 Mt.レディは不感無覚に眼前のナイフの柄を掴み、空いている拳で『テレキネシス』の下顎をパコンと抜いた。白目をむいて崩れ落ちる。振り向きざまのラリアットで、跳びかかってきた『ジャンプ』も落とす。

 間に合えッ! と、その場で数メートルの距離を縮める跳び蹴りを『火』の鳩尾に入れた。えづきながら地面に丸くなる。苦し紛れに指先から放たれた『火』がインブローリオめがけて飛んでいく。

 そして滑り込むように庇ったMt.レディの胸に当たり、燃え尽きた。

 

「熱っ! あっついなーもー」

 

 ぱたぱたと僅かに焦げ付いたヒーロースーツを叩きながら立ち上がった。個性無しでも三流以下に負けるようでは、ヒーローなど出来はしない。

 

「まー加減はしといたから」

 未成年相手だとメディアがうるさいし、とは省略してしゃがみこみ、インブローリオの様子を窺う。意識は無く、だいぶ手ひどくやられたようだった。手首の通信機ですぐさま救急と警察に連絡を取る。本当は学生を無力化する時間すら惜しかったが、さすがに怪我人に個性が向けられている状態での通報は挑発的すぎる。

 

「Mt.事務所のMt.レディです。意識不明の重症者を発見。場所は歌羽区、星通り。おそらく自称──」

 

「おいおいこりゃどういうことだ?」

 ぞろぞろとチンピラが狭い路地に入ってくる。威嚇するようにそれぞれの個性が起動された。

「あの触手ヤローをぶっ殺せるって聞いて来たのに、なんでダチが転がってんだよ。ぇえ? Mt.レディさんよぉ!」

 

 Mt.レディは闖入者から視線を逸らさず、そっとインブローリオを胸に抱きかかえる。あちゃー、仲間呼んでたか。しかもこっちはヴィランっぽい。

 

「──ヴィランと接敵。応援求む」

 

 それだけ言って、路地の奥へと駆け出す。背後からは口汚い罵りと共にヴィランが追ってくる。

 

 その剣呑な雰囲気を大通りから遠巻きに見つけた塾帰りの女子学生が、警察に連絡しながら言った。

「もしかして、Mt.レディ? 、ピンチかも」

「わたしたち、も気を付けた方が、いいよねえ」

「夜の者、晩夏さまよい、明けを見る」

 

 再開発中の区画らしく、入り組んでいるので撒きやすいが『巨大化』は使えない。どうしたものかと走りながら悩んでいると、インブローリオが前方に何匹かの蛭を飛ばした。

 ハッとして振り返ると、途切れ途切れの足跡のようにぽたぽたと落としていたようだ。ここで撒けという事なのだろ。緊急避難って事で、と防音シートをめくり、建築中のビルに侵入する。案の定、地面の蛭を目印に追っていたヴィランたちは飛ばされた蛭に誘導されて過ぎ去る。

 

 Mt.レディは一息ついて、その辺の資材に腰を下ろす。いつでも逃げ抱えられるように、インブローリオは太ももの上だ。

 

「あんた敵を作りすぎなのよ。ヴィラン連合にどんな恨みがあるかは知らないけど……ってまあ脳無にされたからか」

 

 言ってヒーロースーツの角を回して取り外す。その中にはファーストエイドキットが入っていた。消毒飲料用の水や包帯、異形型用に高たんぱくゼリーやペレットもある。

 

「異形型の応急処置って難しいのよねー、人体構造が違うから。多少痛くても我慢してよ」

 

 軟膏を塗り、植物系個性用の二価鉄を水で希釈し、しみこませた三角巾で包んで保湿した。

 一通りの処置施し、一息つく。

 それにしても、あれだけ強かったのにこんな弱々しくなるなんて。と、感慨にふける。どんなヴィランやヒーローに対しても不遜な態度で、圧倒的な力でねじ伏せ、執拗にモヤの個性使いを追う自称脳無。それが今では雨に濡れた猫のように大人しい。

 

 案外かわいいかも。そっとインブローリオに手をやる。するとかすかに握り返されるような感触があった。

 

「……姉さん」

 

 かすれた声で、インブローリオは朦朧と言った。

 

 ッツぅー! ……えッ! マジ!? 

 Mt.レディは口元に手をやり顔を赤くして、思わず意味も無く辺りを確認する。

 姉っこ!? お姉さんいるの? あんた普段のあのイカつさでいま姉に甘えたの? 怪我から回復してもわんぱく弟くんにしか見えないから、もうスゴまないでほしいんだけど。

 恥っず。聞いてるこっちが赤面するくらい恥ずかしいわーマジで。めっちゃ心臓バクバクするし……まじ……あ? 火照ってるのは恥ずかしいからだよね? まさかわたし……いやいやいや。

 

 かぶりを振って自分を落ち着かせると、ぽろりと首筋から一匹の蛭が転がり落ちてインブローリオと合流する。まあ多少の血ならいいけど、抜け目のないヤツめと嘆息して、ヴィランに遮られて言えなかった、自称脳無を発見した旨を警察へ報告した。

 

「聞いてるかわかんないけど一応言っとく。いま、あんたの事を警察に連絡したから、しばらくしたら救急とヒーローが詳細な位置情報を頼りに来る。おとなしく逮捕されときなよ。まあ、事情はあるんだろうけど」

 長手袋を外し、獣系個性使いの毛を剃って傷口を診る為の剃刀を指に当てて短く切った。ぷっくりと生命に満ちた赤い雫が夜色の塊に落ち、蛭が啜る。

「ヴィラン連合は警察やわたしらヒーローが頑張って、頑張って頑張って頑張ってなんとかするからさ。元の姿に戻るすべも探すから。だから……無理に反抗してこれ以上ダメージを受けたら、あんたマジでヤバいよ」

 

 血を与えるとゆっくりと胎動する塊に、なんとなく面白くなって興味本位で指を突っ込む。した事ないが、例えるなら赤子に乳房を吸われるような感覚。インブローリオをさすりながら授乳している背徳感に襲われたので、すぐにやめる。

 いや何プレイだよこれ、と別種の恥ずかしさを覚える。

 

 しだいに辺りが騒がしくなった。どうやらヴィランたちが道を引き返して探しに来たようだった。しょうがないと角を付けなおして、インブローリオを物陰に隠す。

 

「わたしが守ってあげるから、ここでじっとしといてよ」

 

 そうして奇襲しやすい位置に着く。たしか五人いた。一人は不意打ちで倒せる、あとは懐に入り込んで同士討ちを警戒させて個性を封じながら戦うしかない。

 機会を窺っていると、警察から連絡が入った。曰く、インブローリオは姿を消せるので注意されたしとの事。

 

 ハッとして隠した物陰を見やると、抜け殻となった三角巾だけ。あのダメージではそう速く移動できないはずと目を凝らして辺りを探るが、本当に消えたようだった。

 

「嘘でしょ~」

 Mt.レディはやるせなく頭を掻くしかなかった。

 ついでヴィランはエンデヴァーにボコボコにされて警察に引き渡された。

 

 

 ───

 

 エンディング

 

 ───

 

 

 

 雑居のビルのワンフロアに似つかわしくない物がある。それは雑多に置かれた精密機器や学術書、足裏ベッドもそうなので全般的に似つかわしくない物ばかりだが、特に粘質な黒い液体で満たされたバスタブである。それらには浄水器や灯油タンクから引かれた管が何本も入れられており、こぽこぽと泡が立っている。

 

 ごぽり、とバスタブの液体に大きな水泡が浮き上がり、音も無く弾けた。一拍の後に、ナニカが姿を現す。苦しそうにもがき、沈み、再び浮上した形は人の上半身に見えなくもない。

 

「意識はあるか? インブローリオ」

 

 バスタブのすぐ横で博士が言った。

 インブローリオと呼ばれたナニカは、片方だけだがいつもの可愛らしい目を出し、周囲を確認する。ここが悪の秘密結社である事を飲み込むと、触手で博士の胸元を乱暴に引き寄せ、歯並びの良い小さな口を生やして怒りを込めた。

 

「どういう、事だ。この設備は! おまえ!」

「落ち着け、おれはずっとあんたの味方だ」

「これはわたしが……あいつらが脳無を作り出す為の、港にあった倉庫の……」

「はっきり言うが、おれは脳無製造に関わってない。だが高校で──」

 

 博士が言い淀んだところで、インブローリオは気を失って再び黒い液体に沈む。ラブラバが縁に手をかけ、心配そうに波紋を眺めた。

 

「インブロちゃんは無事なの?」

「いまのところは。ただ完全回復させるには足りない物が多すぎる」

 シャツを掴む触手を丁寧に外し、マスクと帽子を目深にかぶってドアノブに手をかける。

「もし彼女が起きても、安静にさせといてください。その設備についてはちゃんと話すからって」

 

「必要な物があるなら、わたしも付いて行こうか?」

 とジェントルが申し出るが、博士は首を振る。

 

「別に今から買い出しに行くって訳じゃないんだ」

「ではどこへ?」

「ちょっと旧友に会いに行く」

 

 それだけ言うと、博士は基地を出て自転車を漕いだ。

 昨夜から時間は経っており、すでに学生の下校時刻だ。懐かしい道を通り、あーあそこ潰れて駐車場になったのかーとセンチメンタルになったりしながら公園に着く。

 先客のいるベンチに無遠慮に座ると、懐かしいタコ焼きを勧められた。

 

「どういうつもりだ、塚内」

「ああでもしないと出てこないだろ、きみ」

 

 二人は視線を合わせず、ブランコで遊ぶ子どもたちを眺めながらタコ焼きを口に運ぶ。

 

「まさかおれに会う為にインブローリオを追い詰めたのか?」

「捕まえられなかったのは残念だけどね」

「正気か? で何の用」

 

 塚内は黙って内ポケットから『白い刃』を取り出した。

 

「遊園地で拾った。誰が作ったかなんとなく見当はついたよ、うちの鑑識がお手上げだったから」

「いらん。追跡装置とか付いてそうだし。いくつ回収した?」

 

 気を付けろよ、というニュアンスで塚内は言った。

「これ一個だけ。たぶん()()()()()()()()()ぞ」

「落とし物を届けただけか? 一応言っとくとおれのじゃないが」

「いや本題は別だ」

「さっさと言え」

 

「雄英で爆破事件を起こしたのはなぜだ」

 

 博士はイヤそうに塚内を見やる。高校の時から大して変わってない。

 

「事件じゃない、事故だ。今さらなんだ。おかげでおれは退学処分だ」

「脳無ほどの製造技術が数年程度でポッと出てくるわけがない。かなり前から、少なくとも十年以上前から密かに人体実験を繰り返してきたはず。となると理論や検証はそれよりもずっと前。まだヴィランが跋扈してた時代に安定した資材供給や施設を用意できるとなると、まあ勘というか、こじつけだけどな」

 

 相変わらず得体の知れない気持ち悪さだ。だからこいつは敵に回したくない。博士はタコ焼きの残りを平らげてベンチを後にした。

 

「教えてやらねえ、今は」

「言いたくなったら連絡くれよ、司法取引の材料にしてもいい。番号は変わってない」

 

 ふん、と博士はへそを曲げてその場を後にする。付けられている事を考慮して、しばらくは安ホテル暮らししなければならない。余計な出費だ。

 残された塚内は黄昏て、タコ焼きに爪楊枝を刺した。あれほど怒らせるとは予想以上に悪の秘密結社に入れ込んでるらしかった。いやインブローリオにか。

 

「積もる話があったんだけどな」

 

 塚内はそう呟いて、最後の一個を口にする。

 セミが鳴き止み。また一つ夏が終わった。

 

 

 

 ───

 

 Cパート

 

 ───

 

 

 

 脳無が培養されているラボで、ドクターと呼ばれる男が、興味を隠しきれぬと言った表情で作業台の上のアイテムを見下ろす。

 そこには、遊園地でインブローリオが投擲した『白い刃』が置かれていた。

 ニュースの生中継を見てすぐに、脳無だと理解した。自由意志と言語能力があるのが謎だったが、とにかく手掛かりとなる『白い刃』は裏を巡り巡ってようやく手に入った。この手の一定基準を超えるワンオフアイテムは、必ず製作者に繋がるナニカがある。使われた部品の製造場所や入手ルート、経年劣化から製造時期、基盤のクセから学び舎までわかる。

 

「さて、いったいどこに繋がっているのやら」

 

 一見すると手のひら大のクナイの刃の部分と言った感じで、切れ味は抜群に良い。投げてみると形状が変化した。非破壊検査すると内部には電子構造がみられた。

 どうやら微弱な電気信号で形状を維持し、内部機構が一定値以上の加速や遠心力を感知すると電気を流し、空気抵抗や重力などに対し最適化な形状を得るようだ。

 

 メンテ用にアンロックできるはず、と通信信号をクラックして五分ほどでパスを流す。つい先ほどまで硬度を保っていた『白い刃』がどろりと溶けて、その中に基板の無い電子回路が見え隠れした。

 

 それをピンで丁寧につつきながらドクターは忌々しい記憶を呼び覚ました。

 この配線の流れ、アイテム自体を基板にして三次元的に結ぶやり口。そして──とクラックしていたラップトップを見やる。アイテムのプログラムが自壊していた。恐らく技術漏えいを防ぐため、一定時間の放置か、一定個数が周囲に存在しない状態でメンテするとプログラムは揮発するのだろう。

 

 解体前とは打って変わって、ドクターは不機嫌さを隠そうとせず、吐き捨てるように言った。

 

「そしてこの性根のねじ曲がった嫌らしさ。二度と関わりを持ちたくないと思っていたがこうなっては仕方があるまい」

 

 先生(オール・フォー・ワン)に連絡を取るべく、携帯端末を手に取る。

 

「悪の秘密結社などとお遊び組織だと思っていたが、本腰を入れるか」

 

 




個性:変形型

個性制御によって他者や無機物まで対象を広げると応用が効きやすく、数量操作にまで及ぶと物量戦略も可能だが、変形後の物体を操作するに体力を消耗するぞ!
原則的に異形型を変形させる事は出来ない。永続的な個性である事が異形型の定義だからである。
 また、全身を変形させてから事に及び、人目のないところで解除する事で一定の匿名性が担保される。

個性:発動型

無から有を生み出せ、物理法則を跨ぐ場合もあるぞ!
瞬間的な戦闘能力や科学的な反応を利用しての応用力に優れ、最もポピュラーな種類だ。起動部位が四肢に依存する場合が多く、欠損すると個性使いとしての寿命が短くなる。
 戦闘が派手になりやすく、個性制御で影響範囲を絞らねば周囲に損害が出やすいので保険料が一番高い。プロ後には保険会社とうまく付き合おう。
 生み出したモノが任意か短時間で消失しない場合は物的証拠となり、またヒーロー活動後の始末に結構困る。新人は専門の清掃業者を雇わねばならず、経営を圧迫されがち。
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