【完結】私は脳無、インブローリオ。ヴィラン連合の敵。   作:hige2902

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第九話 パンケーキ 前編

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 アバン

 

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 透過材でしつらえた一枚窓は明かりを反射せず、空気のように澄んで都心の夜景を眼下に一望させた。

 開放感があると言えばあるが、地上百メートルのワンフロアが一面それでは居心地が悪い。いまに風が吹きすさんで来そうな気配すらする。

 そんな高層ビルのレストランのテーブルは一つだけ。椅子は二つ。がらんとした空間に、ピアニストの奏でる愛のフーガが響く。

 

 どうもこいつの感性はわからん。と、銅色の三つ揃いを身に着けたドクターは目の前の男性を見やる。

 端正な顔立ちで、薄い唇を開いて牛肉を口にする。サイズの合った藍色のオーダースーツを着こなし、一目でわかる育ちの良さがあった。涼しげな眼がドクターを向く。

 

「口に合いませんでした?」

「いや」

 

 小さな牛肉を切り分けると血の滴るような赤だ。パクリとやると旨味とソースが混ざり合い、共に柔らかく消えた。美味い、美味いがこいつとの会話は苦手だ。

 

「ところで、脳無を動かす作戦があるとの事ですが」

 ぎょっとして周囲を見渡し、口元を拭いて小さく咳払いする。

「人払いをいいかね」

「なぜですか?」

「秘密だからだ」

 

「聞こえませんよ」

 朗らかに男は言う。確かに給仕も奏者も離れた場所にいるが、そういう問題ではなかった。

 

「いいから、人払いを」

 

 ねばり強く言うと、男は観念して給仕に目配せする。シェフまでもがぞろぞろとフロアから退出した。これでいいかと言わんばかりに、男はワインを一口やって続きを促す。

 ドクターはフォークとナイフを握りしめた後に皿に置き、嘆息を堪えた。

 

「近々だ。いずれインブローリオのアジトが明らかになる」

 

 男はグラスを揺らして液体を弄びながら不満そうにこぼした。

「イロモノって感じだ。残念、オールマイトと戦ってみたかったな」

「あれは先生の獲物だ」

「でもせめてヒーローがいい。脳無は飽きるほど殺した」

「相手は自由意志を持った脳無だ。おまえが今まで訓練で戦ったゴミとは違う」

 

「どうでしょうね」

 思わせぶりに席を離れ、窓際に立つ。

「そもそも、なんでしたっけ。悪の秘密基地? みたいなのを作って喜んでる小悪党なんかに、どうしてぼくが」

 

 その憂鬱気な柔らかい声色さえ嫌になって、ドクターはグラスを一息で干す。

「確実に始末したいからだ。そして、認めるほかないがただの脳無ではインブローリオに敵わん。だからおまえを使う」

「数を出せばいいでしょう」

「これはわしの個人的な因縁だ、ヴィラン連合に割く脳無をいたずらに消耗するわけにはいかん」

「あれだけ訓練で遊んだのに?」

 

「あれはおまえがヒーローで試したいというから仕方無くだ。わしの駒で終わらせる。段取りはこっちでする、勝手な真似はするな」

「ヴィラン連合が羨ましい。ぼくもヒーローと遊んでみたいな。今度そっちの作戦に参加させてくださいよ、雄英生相手じゃなくてちゃんとしたプロ相手なら喜んで参加します」

 

「わしの私兵だという事を覚えとらんのか?」

 語気が強くなるのを忘れて、ことさら重要そうに続けて言った。

「おまえに与えられた個性のうち一つは、本来であれば……条件が整えば先生が使ってもおかしくない代物だ。それをわしの切り札という事でおまえに譲って頂いたのを肝に銘じておけ」

 

「その条件ってのはだいぶ無理があるんじゃないですか? ま、いいですけどね」

 

 胡坐をかいていてはいずれ痛い目を見るぞ、とドクターは皮肉の一つでも言ってやりたかったが、自身の最高傑作にそれは虚しいだけだ。

 

「油断はするな、相手には……言いたくないが、なかなか……わしほどではないが、そこそこに優秀なエンジニアがおる。もちろんそいつも殺せ」

「インブローリオの素体ってどんな人なんですか」

「親はおらん。児童養護施設にいた身寄りのないガキだ」

 

「いつもの哀れな脳無か。なら、問題ない」

 青年は席に戻り、またワインを一口やった。

「愛は力だ。愛されていない者は弱い」

 

「またそれか、わけのわからん言説を……」

 まあいいとフォークとナイフを手に取り、牛肉の残りを口に運ぶ。金だけでは買えない上等な肉だという事は確かだ。こいつと話していても美味しく思えるのだから。

「まあなんでもいい。悪の秘密結社を殲滅してこい。一人も、逃がすな」

 

「いいですけど、何人くらいいるんです?」

「それは……わからん。だがインブローリオとエンジニアの二人だけって事はなかろう。十人か、そこらか。どうした、不安か?」

 

 脚を組んだままぼうっと夜空を眺める青年に、ドクターは珍しい感情もあったものだとからかい半分に言った。

 

「いえ、料理がすっかり冷めたので食べる気がしないだけです。給仕を呼び戻しても?」

 

 まさにその冷えた料理を食べさしたドクターの手が止まり、もういいと口に放り込む。

 

「敗北などあってはならんぞ」

「これほど社会に愛されているぼくが? 愛は力ですよ」

 

 小粋に鼻で笑ってグラスを呷る。それだけで絵になるほどだ。この青年を表すなら、才色兼備を類語で検索して出てくる言葉の全てと言っていい。冗談のようだが親は海外に拠点を置く財閥を持っており、日本の金融市場にも顔が効く。行政にもパイプがあり、各方面への、当然ドクターへの資金提供も行っている。そんな家庭に生まれ才気あふれるのだから、神に愛されているとも言えた。

 そして青年は脳無を超えた脳無であり、ドクターの最高傑作でもある。

 

「それと平日は大学があるので、できれば作戦は休日にお願いしますね」

 

 

 

 ―――

 

 Aパート

 

 ―――

 

 

 マウント事務所の一日は簡単な清掃から始まる。

 と言ってもそれほど広くないので、岳山と事務員の二人でやればすぐだ。

 

「そういえば事務所の前に変なのいましたね、岳山さんのファンですか」

 事務員は、マウントレディがヒーロースーツを身に着けていない時はなんとなく本名で呼んでいる。

 

「あー、あれ……昨日インブローリオを取り逃がしちゃったから、裏で繋がってんじゃないかって疑ってるパパラッチみたいなもん。失礼よねー、ちゃんと保護、応急手当して通報したってのに」

「それはあんまりですね。警察に相談してみましょうか」

「んー、いいよ別に。インブローリオが消えるってのはエンデヴァーも証言してるし」

 

 そうですか、と奥まったところにあるパーディションで区切られた空間を見やる。なぜかセミシングルのベッドが置いてあるのだ。

 

「あのー、最近ちょくちょく事務所で寝泊まりしてるみたいですけど」

「そだねー」

「家、帰らないんですか?」

「あー、最近ちょっと悩んでてさー。ここで生活した方が家賃節約できるし、翌日が休みの日とか、しばらくは試しでね。職業ヒーローって自営業だから税金とかアレできるじゃん? 雀の涙かもだけどさ」

 

 ここで言うアレとは、それ領収切るのかよとかそういう類の小技的なアレではなく、税に対する一経営者としての清く正しい心構えを指す。もちろん。

 

「そー……」

 言いさして事務員は事務所を見渡した。なんだか日に日にマウントレディの生活スペースが広くなってきている。

「……ですか。お疲れ様です」

 

 まあいいか、と自分のデスクを拭きながら、事務員は感慨にふける。事務所設立からだいぶ経ち、なんとか軌道に乗ってきた。

 

 通常、ヒーローの多くは免許取得後にサイドキックとして就職し経験を積む。そうやってインターンだけでは得られない長期的な実戦経験や手続き上のノウハウを覚えて、独り立ちする者もいればサイドキックとしての頭角を現す者もいる、現場のプレッシャーや理想との剥離に嫌気がさして辞めていく者も。

 もちろん免許だけ取って他の仕事に就く者も多い。警備会社や個性事件を扱う法律事務所、保険会社、研究機関、アイテム工房、個性予備校の教師、ジムの個性トレーナーなどなど。あんがい個性を扱う会社は世の中に浸透している。

 

 そんな中でマウントレディは異端だった。高校でヒーロー免許取得後、大学在学中に経営法律その他必要事項を学び、卒業後に即事務所立ち上げという珍しい道のりだ。

 高卒にしろ大卒にしろ、よほどの実力が無ければすぐに事務所を持つのは、いや、維持が難しいのだ。それこそジーニストなどのビルボード級の見込みがあればヒーロー協会からの支援や借入が可能だが、岳山にその見込みは無かった。

 

 よく銀行は金を貸したものだ。在学中によほど準備し、うまいプレゼンをぶったのだろう。事務員はなんとなしに岳山に尊敬の眼差しをやった。

 

 岳山は姿鏡の前で首筋の療養テープを剥がしていた。昨日インブローリオの蛭に吸われたところがまだ少し赤く残っている。まーこの感じだとスーツに着替えてパトロールするころには消えてるでしょ、と貼りなおしていた。

 

 きききキスマーク!? 

 そのとき事務員に走馬灯が走る。

 

 親が言った。

『就職おめでとう、頑張ってね。応援してるから』

 

 元上司が言った。

『優秀なサイドキックを失うのは惜しいが、きみが精神的に耐えられないというのなら……だが再び現場に立つ気があるのならいつでも戻ってきてくれ』

 

 同級生が言った。

『卒業後にすぐ事務所設立ってヤバいだろ。すぐ潰れるって。やめとけ』

 

 同僚が言った。

『すまん、もうついていけんわ。いくら派手に活躍しても損害出て自転車操業だし』

 

 上司が言った。

『見てよこのファンレター、ヴィランに立ち向かう姿に勇気を貰いました、これからの時代を担うヒーローへ、だって。へへへー』

 

 塚内警部が言った。

『ところで岳山さんには折り入ってお願いがありまして……一日署長をやって頂けないかと』

 

 CMディレクターが言った。

『美しさを自慢したいけど清純派な感じをアピールする感じで~表立って綺麗でしょ~とは言いづらい世の中にマッチさせる感じで~え、髪キレイ? 全然フツウだけどって感じで~』

 

 取引先が言った。

『ぜひ巨大化後の等身大足裏ベッドを作らせてください。必ず売れますよ! 版権許諾を……いや売れますって! 単価は確かにアレですが』

 

「ちょっと、聞いてる?」

「え、あ、はい。いいえ」

 

 ハッとして現実に戻ってきた事務員に、岳山は半目をやる。

 

「なに? 体調悪いの?」

「いえ別にその、ちょっと寝不足ですかね」

「仮眠取ったら? まだ時間あるし」

「大丈夫です」

 

 あ、そう。と岳山はソファに座って警察からの犯罪発生資料に目を通す。

「んでさっきの話の続きなんだけど」

 

 いやそれどころじゃないだろ!? 事務員は混乱の中に取り残されていた。

 え? 岳山さんの首筋のそれキスマークですよね。んー? えーとシンリンカムイさんに好意を抱いてたっぽい日から考えると……盆栽フィギュア渡した時期だから……早くない? そんなもん!? 半年後には結婚しそうな勢いだな。女子高生から新社会人くらいの女性がターゲットのコスメのCMとか大丈夫か!? まだ当分はアイドル路線でやっていけると考えてたけど……

 いや、よくない。仕事に支障が出るからって恋愛事情にあれこれ言うのは絶対にダメだ。

 

「こないだあんたが言ってた、ほら、あれよ、あれ……ギャップ萌えってやつ。あれ、うちでもそういった線を取り入れてみない?」

「あー、でもそんなに乗り気じゃなかったじゃないですか。本人が理解してない要素は付け焼き刃ですし、作ってもバレますよ」

「ん。あれやっぱ結構クるもんがあったからさ。いい案ない?」

 岳山は資料で顔を隠しているが、耳の端まで赤くなっているので赤面はモロバレだった。

 

「へーそうなんですかーちょっと考えてみますねー」

 平静を努めた事務員は、内心でパニックにおちいる。

 

 えー!? どゆことー? シンリンカムイさんの生い立ちにギャップ感じなかったのに、一晩経ってキスマーク付いたらギャップ萌え理解したって……ことは……

 シンリンカムイさん真面目な顔してベッドじゃド変態って事!? SMとかあー? 『樹木』で作った三角木馬にみずから跨るのもまた一興、みたいな? でも悪落ちしてもおかしくない過去以上のギャップではないし。赤ちゃんプレイ? おっきく育つように『樹木』にお水を撒いてあげるからねーって、あーあー別のプレイも混ざっちゃったよ。

 平和を守るヒーローが、ピースの太い棒を抜いてすっきりするプレイしちゃダメだろってやかましいわ。

 上司の性事情とか親兄弟のそれの次に知りたくないわ。あーあーあー。

 こんなんじゃファミリー向けの企画なんてできないよ。そりゃ顔も真っ赤になるってか聞いてるこっちが恥ずかしいっつーの! 

 

「あ、でもミッドナイトさんと被っちゃいますね。18禁的な意味で」

 

 ジロリと資料から顔を出して睨みつける。

「あんたわたしの事どう思ってんの?」

 

 どうもこうも無い。とは言え、人の性的嗜好に口を出すのは間違っている。どのようなプレイであれ、本人たちの意思は出来る限り尊重してしかるべきだ。

 

「あー、マウントレディって露出の少ない健全な肉体美が売りの一つでもあるので、セクシー系もギャップの一つかなあと」

「……ならいいけど。それとさー」

 んーと伸びをして真面目な顔で続けた。

「実は気になる相手がいて。あ、恋愛的な意味でね。こゆこと、言っといた方がいいでしょ?」

 

「伝えてくれてありがとうございます。アイドル路線ではありますが、恋愛禁止を銘打っているわけではありませんし」

 いきなり付き合っているとは言いにくいか、と事務員は岳山の心情を察して受け止めた。

「現状はどの程度の段階ですか? あっ、もちろんこれは今後の営業戦略を決める一環として聞くのであってセクハラでは決して」

 

「わかってる。だからわたしから切り出したんだし。まー向こうはこっちに完全にベタ惚れで」

 顔を赤らめて、そっぽを向く。

「わたしはどうかな、付き合ってみてもいいかなー? くらい……」

 

 そりゃ特殊な性的嗜好を申し出るんだからシンリンカムイさんはベタ惚れでしょうよ。受け入れた岳山さんもね、恥ずかしがっちゃって。

 

 そんな岳山はくるくると自慢の毛先を弄ぶ。

「けどまあ……今はまだ相手が誰かちょっと言いにくいんだけど、お互いの立場が、難しくて、事務所的にマズい事になるかもしれなくて」

 

 確かに難しいだろう。事務員は内心で頷く。実はヒーロー同士の婚約はそう珍しくない。同事務所内や管轄が被っててよく顔を合わせてたり、他事務所がチームアップしたりと出会いは多い。

 しかしヒーローは芸能業的側面もあるため、婚約発表はファンの喜びの声と同時に落胆や裏切りの憎しみも発生する。それもお互いのヒーローにファンがいるのだからより炎上する。そこが難しいのだ。

 

「確かにヒーローの恋愛事情はファンにとっても事務所にとってもただ事ではありません。大なり小なりのバッシングはあるでしょうし、スポンサーも降りるかもしれません。商品化依頼もイベント誘致も減るでしょう」

 

 そっか、と岳山は気を落とす。

「ごめんね、せっかく軌道に乗ってきたのにまた自転車操業に」

 

 それでも、と事務員は遮った。

「それでもわたしは、岳山さんの相手が誰であれあなたの意思を尊重します。いいじゃないですか、女子高生向けのスポンサーが降りたって。わたしがファミリー向けの商品出してる企業の案件取ってきますよ。だいたい、らしくないですよ。新人で事務所立ち上げて、世間知らずだって言われたりもしましたけど、ホントは違うでしょう? 岳山さんはやれる自信に満ちていた。最初っから見てたんだからそれくらいわかります」

 

 岳山は不覚にも目じりを拭った。

 

「ありがとね。ほんとはフレッシュなイメージが欲しくて新卒がよかったけど、OJTする余裕もないから中途でいいかー、ってかすぐ潰れると思われてほとんど募集来なくて仕方なしだったけど、あんたを採用して本当によかった。他はみんな辞めちゃったし」

「気にしないでください。わたしも転職活動中で、大手のヒーロー事務所か保険屋の事務仕事を見つけるまでの繋ぎでしたから」

 

 一拍の後、二人はお互いの軽口に小さく笑った。

 

「よし! じゃあこの話はこれでおしまい。進展があったらまた報告するから」

「わかりました。事務所側としてはこれまでどおりに動いて、岳山さんたちのタイミングに合わせます」

 

 とりあえず話はそれで終わった。

 しかしあらかじめ色々と察しておいてよかったと事務員は安堵する。いきなり全ての事実を告げられたら白目向いて泡吹いてぶっ倒れるところだ。

 ま、なんにせよめでたいとスマホでニュースページを開く。

 

『お手柄シンリンカムイ! ウルシ鎖牢でヴィランを縛り上げる。まるで赤子の手をひねるよう!』

 

 縛られながら赤ちゃんプレイに興じるシンリンカムイが脳裏によぎるようになってしまったが、岳山が幸せそうなので些細な問題に過ぎない。

「頑張れ!!」って感じのシンリンカムイだ!! 

 

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