手には弓を 頭には冠を   作:八堀 ユキ

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本日はサービス(?)
次回は月曜日、いつもの時間(18時~)に投稿を予定。


浸食

 昼時の忙しい時間は終わり、そろそろ夜のことを考えないと。そう思っていた時だった。

 スプレッドイーグルの扉を開ける客の姿を見て、メアリーは顔をほころばせる。

 

「グレース!おかえりなさい、いつ戻ってたの?」

「ついさっきよ。カボチャ園でトラックの荷台に乗せてもらって。丁度ね」

「それはよかったわね。今日はもう真夏日だもの」

「ええ、さすがにキツかったわ。夜まで待とうかって、思ったもの」

 

 足取りに疲労を感じさせるものがあったが。声を聞く限り元気そうだ。

 メアリーはさっそくカウンターに冷えた地ビール(まだ稼働が再開されてないホイッスリング・ビーバー印)を置いて、それを飲むように促す。

 

「ありがと、メアリー」

「それで――先に戻ってきた連中から、あなたはジェシカ保安官とマリーナに残ったって聞いたけど」

「アデレードにね。さっそく頼みごとをされたのよ」

「それは2人ともお気の毒様。何をしてほしいって?」

「ペギーの顔にお返しのワン・ツーを入れる計画。私は別だったけど」

「ジェシカも大変ね。あのアデレードが本当に怒ったら、誰もかないやしないんだから」

「さっそく目を白黒させてたわ」

「それじゃ、あなたは何をしてたの?こんなに長く留守――」

「ホワイトテイル・マウンテンに人に会いに行ったのよ」

 

 グレースの言葉にメアリーは一瞬、動きを止めた。

 ホワイトテイル・マウンテン――ジェイコブ・シードの取り仕切るあそこからはいい噂は流れてこない。

 

「どうだった?」

「全部を話したら長くなるな……わるいけどその前にやっておきたいことがあるの」

「わかった。夜の店で聞かせてもらう、神父も呼ぶわ」

「そうね」

「あと、そのやっておきたいことのリストにシャワーも入れておいて。あなた、臭うわよ」

 

 グレースは苦笑いする。

 メアリーが立ち去ると、気分は晴れないが。やらねばならないことをするために、ビールを飲みながら無線機の前に立った。

 

「ダッチ、こちらフォールズエンドのグレース。聞こえてる?」

『……ああ、お前さんか。なんだ?』

「聞いたと思うけど、アデレードは無事よ。さっそくジェシカと大暴れしているはず」

『ああ、聞いた。なぁ、保安官は次にレジスタンスと合流すると言っていたか?見捨てたりはしないな?』

「気になるの?」

『ああ――だいぶ追い詰められてきているそうだ。アデレードのことは嬉しいが、彼女達には彼らも助けてもらわないと、困る』

 

 ダッチと話をしたかったのは間違いないが、こんな雑談をしたかったわけじゃない。

 やはり自分には、自然に話の方向をコントロールするのは難しいとわかった。ならばそのままを伝えるしかない。

 

「……実はダッチ。あなたに伝えなきゃならないことがあるの、ジェスのことよ」

『なに?』

「アデレードに名前を聞いてもすぐにわからなかったけど、あの娘だったのね。立派に大きくなって――」

『ジェス、あの子に会ったのか?』

「ええ――」

『どういうことだっ!?』

 

 ますます気が重くなるのを感じる。

 

「アデレードが言ってたの。ジェスが、あの娘はホワイトテイル・マウンテンで大暴れしてるって。

 やめさせて出来ればあなたかフォールズエンドに。駄目なら、マリーナにきて手伝えばいいと伝えろって」

『それで会えたんだな。どうだった?」

「そうね。『ありがとう、わかった、考えてみる』ですって。その理由も話してくれなかったわ」

『……そうか。俺に似て頑固だからな』

「アデレードには無理強いしたら逆効果だっていわれたから、素直に戻ってきちゃったけど。どう思う?」

『ああ、俺も彼女に賛成だ。本当に助けが必要なら、頼ってくるさ。そう信じるしかない……』

「それともうひとつ、こっちも重要」

 

 ダッチは「なんだ」と聞き返すと、フォールズエンドにジョンがリペレーターと呼ばれる戦闘車両を差し向けてきたことを覚えているか、と聞いた。もちろんだ、と答えると――。

 

「ジェイコブがジョンにあれを渡した理由が分かったわ。ジェスが教えてくれたのよ」

『?』

「ペギーの”神狼”よ。あいつら、あれをホワイトテイルの山に解き放って好きにさせているって」

『なんだと!?正気かっ』

「最悪だったわ。なんどか放浪しているあれを実際にこの目で見ることもできた。ジェスの情報は間違ってはいないようね」

『うーーむ』

 

 グレースはそれだけ伝えると、通信を終了する。

 ホランドバレーがジョンから解放されたことに奴らは怒り、エデンズ・ゲートは警戒を強めている。あのマリーナを軽快な動きをみせて奪い返したジェシカでも、もしかしたらヘンベイン・リバーの解放は無理かもしれない――。

 

 ジョンと違い、フェイスは女性。

 自分から進んで無駄に攻勢を強めようとはしないと思うし、勝てない争いを求めることもない。ジョンを挑発したのと同じ方法では、彼女が動くことはない気がする。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

――封印が解かれた

――次はお前だ、と。神は私に告げられた

 

 厳しい情報が続々と入ってくる中で、なんとか自分を保とうとしてフェイスはジョセフが自分に残していった言葉を思い出す。

 

 ジョンを殺したあの女はここに来ている。

 ジョセフがここへ会いに来たあの時、ドラブマン・マリーナへの襲撃と。それを守ろうとして駆けつけてきた近辺のパトロールは全滅させられた。

 彼らは野蛮にも武器を手にすると、獣のごとく牙をむき。エデンズ・ゲートに憎悪を向けて信者である私たちの家族を皆殺しにしたという。

 武器を置き、降伏の意を示しても。それを許さなかったという話だ。

 

 こんな蛮行を、あの女は。保安官であると言うだけで許したのだ。

 フェイスの唇は怒りにわななくが、喉の奥から飛び出したがっているものはなんとか飲み込み、押し殺している。そうするのは自分がフェイス・シードだから。

 ジョセフの愛するフェイスは、傷ついたものをいたわれる慈愛をもっていることを皆に示さなければならない。そして感情的になって動揺し、汚い言葉を口にしたりもしない。

 

(それなのにっ!あの女、ジェシカ・ワイアット)

(ジョンが用意してくれたヘリコプターとパイロットも殺し、奪った!)

(”回収”より前から、私たちが”正当な取引”で手にした農園を襲撃し、作物を焼いた!)

(新たな家族を迎えるために必要な”祝福”を失った。心を込めて皆が育てたのに)

 

 無意識に白い手が固く握りしめられていく。

 不快感と怒りが、穏やかさは弱さだと罵り。自分たちにまかせろと騒いでいる。

 ジョンもホランドバレーでは、このような思いを抱えながら戦って死んだのだろうか?

 

――なにそれ。バッカじゃないの?

 

 違う、そうじゃない。

 私はフェイス・シード。ジョセフが愛するフェイスなのだ。そうは考えない――。

 フェイスならむしろ……。

 

「あの女とアデレードはヘンベインリバーを南下しようとしてると思う?」

「……はい、フェイス。このままだとファーザーの巨像まで到達するかもしれません。防衛を固めましょう」

「自分はそうは思いません」

 

 答えた男の隣から、新しい意見が聞こえてくる。

 

「なぜ?答えなさい」

「はい、フェイス。

 あいつらが南に向かう理由を考えると、そうなるからです。なぜ南下するのか?その答えはホープカウンティ刑務所に向かうためだと思うからです」

「――レジスタンスね。クーガーズを名乗っている」

「はい、フェイス」

 

 フェイスは黙り、続いてこの考えを披露した相手を見た。

 鍛えられた筋肉と絞られた身体。ジョンに似て童顔なのに、他の男たちのようにそれを髭で隠そうともしない。

 好みのタイプだ――。

 

「あなた――ジェイコブ兄さんから送り返されてきた人の中にいたわね?」

「はい、フェイス」

「私はどうするべきだと思う?」

 

 男の腕が伸び、指先が地図の一点をさす。

 

「ホープカウンティ刑務所を手に入れるのです。この2つ反抗勢力を今は合流させないことが重要だと考えます」

「そうね。わかったわ、あなたに任せます」

 

 あっさりと攻撃を許可する。これは彼の考え、怒りに取り乱した”私”のものではない。

 続いて隣に立って不満そうにしている使えない男にも別の新しい役目を与えてやる。

 

「あなたにもやってもらいたいことがあります」

「――はいっ、フェイス。なんでしょうか」

「今の”祝福”の生産量はどうなってますか?」

「生産量、ですか?……32%です。ジョンとホランドバレーを失ったので、その分だけ5%引き下げるように、と命令されましたので」

「ええ、わかってるわ。では今から80%まで引き上げて頂戴」

 

 男は慌ててフェイス!?と声を出すが、こちらは当然とばかりに優雅に微笑みを向けてやる。

 

「できないの?」

「そんなことはありません。ありませんが……北へ運ぶジェイコブとのルートを確保することは難しくなっていきます。ここで貯蔵している”祝福”もすでに持て余しつつありますし、これは――」

「ええ、もちろん全て使うために作ってもらうわ」

「?」

「農業機を飛ばしてちょうだい、まき散らすのは農薬じゃないものを使うけど」

 

 ヘンベインリバーの隅々にまで広がる”祝福”を恐ろしい力の影響を知るといい――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 アデレードは自慢の愛機、チューリップを操り。

 タフト監視塔へとよせてから着陸する。

 

「仕事が早いわ。有能なのね、保安官」

 

 監視塔には”何者かの襲撃”によって倒されたペギー達が、流す血の海の中に横たわってもう動くことはない。

 ジェシカは結局は自分ひとりだけでやる、と言って。本当にやって見せたのだ。アデレードには満足しかない――。

 

 そのジェシカだが。

 監視塔からヘンベインリバーを見下ろしていた。

 ここはラプターピークと呼ばれる山頂に続く道の半ばに作られたもので、5人のペギーがここにいた。地上に3人、監視塔に2人ということだ。

 

 今日の私は過激だったことは認めないわけにはいかないだろう。仲間を連れないひとりだけの潜入制圧に興奮を感じた。

 ほかに人の目がないことをいいことに、私は大胆に動くと。

 建物の陰にひとり移動したところをリカーブボウの矢で黙らせ。脇にあった車両のそばで談笑していた2人は派手にAK74Mでなぎ倒す。

 

 サプレッサーをつけているとはいえ、これはライフル弾なのだ。

 ピストル弾をつかうベクターと違いすぐに違和感を感じた残りのペギーが騒ぎ始める――。だがすでに結果は出たも同然だった。

 

「終わってたのね。てっきりこっちが手伝いに戻ると思っていたのよ?」

「アデレード、下のクーガーズ・キャンプは?」

「綺麗にしてきたわ。あとはクーガーがあそこでくたばっているペギーを骨までおいしく食べてくれるわよ」

 

 窓ガラスに叩きつけられ、胸と頭に投げナイフが突き立ったまま半身を乗り出す女を避けて私の隣に立つ。

 

「どう、保安官?ここからの眺めは素晴らしいでしょう」

「そうね、悪く無い」

 

 夏日を思わせる快晴であったが、私たちの周囲にはペギーの死体とそこからの流れて落ちる血と死の匂いが色濃く漂っているというのに。

 私たちふたりはそれがないものとして景色の雄大さと、そこを汚すペギーへの怒りを再確認していた。

 

「目の前に見えるのがロックバスレイクよ。あのむこうにはキングス・ホットスプリングホテルがあって。あそこの部屋で目覚める朝の雰囲気はもう――たまらなくロマンチックなのよ。

 セックスするなら、その時ね。それまではどちらも我慢、決して流されちゃダメ。覚えておきなさい、きっと役に立つから」

「……そう、なんだ」

 

 コヨーテやグレースに聞かされてはいたが、確かにアデレードは才気あふれて活発な女性だった。

 しかし一方で、気になる部分も確かにあるのがわかった。あのアリーナにとらわれていた、半裸の若者たち。あれを見て気が付くべきだったか。

 グリズリーでも勝てないのでは、と思えるほどの肉食。そしてそれを隠そうなんてちっとも考えていないのだ。

 

 だからだろうか、人が集まれば恋バナかセックスについて。

 そこに男がいれば、自分がヤれるかそうでないか。なんなら理想のナニについてまで議論を吹っ掛けようとする。

 

 彼女の後逸部分は、わざとではないと何とか理解はしたものの。彼女が切り出す話題はその――時に下品に過ぎて。

 緊張感をぶち壊すし、時に私に変な性癖でも出現させようとしているのかと混乱させ。ちょっとだけ同意もしたりして――なんとも退屈しない人だった。

 

「ここからだと、あのジョセフの像も見えるわね」

「ああ、あのクッソ趣味の悪いやつね。本当にむかつく」

「――ええ」

「駄目よ、ジェシカ。あそこはペギーも厳しく警戒している。ミサイルでも用意しなけりゃ、近づけない」

「アデレード、それでも私はレジスタンスと合流したいの」

「レジスタンス、ねぇ。うちの反対側で縮こまってるだけの奴ら。あなたには本当に必要なの?役に立つ?」

「私の友人も送っているわ。見捨ててフェイスだけ狙うってことは、できない」

 

 唐突に鼻に甘いにおいを嗅ぎつけ、私は顔をしかめた。

 

「花?なに?」

「ああ――ペギーの花よ」

「なんですって?」

 

 アデレードは再び同じ言葉を繰り返す――。

 

 エデンズ・ゲートは以前からこのヘンベインリバーの高所にある農園を買い占めていた。

 安く買いたたかれたそうした農園には信者たちが入り、そのうちその全てが同じものを。白い花を育てるようになったのだそうだ。それがどれほど恐ろしいものなのか理解するのは、もっと長い時間が必要だったが。

 

「あいつらが怪しげな薬を使ってる、とか。武器を持ち出してるって噂もそのころから広がったんじゃないかな」

「――警察は、なにも?」

「しないわよ。そもそもここは彼らの管轄じゃないし、ペギーの問題は彼らにはただのトラブル。アーロンはそれでも解決しようと頑張ってたけどね」

「保安官の?」

「そう、あなたのボス。でもすぐに手に負えなくなったわ。人も、金も、ペギーは持っていたから」

 

 今ならわかる。ロイドやリー、ダッチやあのジョセフの言葉の意味。

 

――誰も助けは来ない。

 

 ホープカウンティだけではないのだ。

 このモンタナに、このアメリカの中にまで実はエデンズ・ゲートの根は広がっていたんだ。

 

 そして今、この騒ぎを止めるため。

 私は法の最後の盾として、人々を守るために戦わなければならない。ただの新人保安官が、とんでもない任務を背負ってしまったものである。

 

「嫌になったんじゃない?こんな面倒なこと」

「――やりたくないなら誰かに任せる。そうしたいけど、誰もいないわ。私以外」

「フフン、あなた。もしかして昔から要領が悪かったんじゃない?賢い者は、その前に逃げ出すわ」

「アデレード、思ったんだけど。私あなたのこと、嫌いになれる気がしてきた」

「それは欲求不満よ。戦争なんかにかまけてないで、あなたもグレースもちゃんとためこまずにセックスしなさい」

 

 ああ、始まってしまったか――。

 うんざりしてきたところで、いきなり監視塔の無線機が騒がしく不協和音をがなりたてる。

 

――私はジャーヴィス。だれか、助けてくれ!ホープカウンティ刑務所だ、ペギーに攻撃されている!

 


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