手には弓を 頭には冠を   作:八堀 ユキ

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網、破れる

 これまでにない大規模な攻撃だった。

 刑務所の表門の前にはペギーの車両が何台もあらわれ。刑務所の裏側からは”天使”と呼ばれている、エデンズ・ゲートの薬物によって破壊されゾンビのようにされた信者たちが、手に農具を持ったまま叫び声を上げ、古代時代の戦士のように押し寄せてきている。

 

 乗り込んでくる天使はこちらがだれであろうと暴行を加え、抵抗しなくなると壁の上から外へ投げ捨て。ペギー達は動かぬ捕らえた人々をそのまま車に運び込んで、文字通り回収していこうとする。

 

 まさにここは落城寸前の城。ここで抵抗するレジスタンスは奴らに連れ去られるか。それともここで死ぬまで戦うか。

 このたった2つの選択肢を選ぶよう、迫られつつあった――。

 

 

 私とアデレードはさっそくチューリップに乗り込み、刑務所に進路をとる。

 マリーナに戻って準備するなんて時間はないと、察していたのだ。

 

「ここからだと刑務所はどれくらい?」

「邪魔がなければ30分以内にはつけると思うけど――」

「急いで!」

「本気なの、保安官?ペギーの警戒網を突破できた場合で、よ」

「高度をとって、すぐに!」

「ちゃんとなんとかしてよね。帰りの燃料、なくなるかもしれないのにっ」

 

 不満を口にしてもアデレードはこちらの指示に従ってくれる。

 

「ダッチ、ダッチ!?聞こえてる?」

『おお、保安官。よかった、お前さんも聞いているんだな?』

「ええ!攻撃を受けているって。なにがあったの?」

『別に不思議なことはないだろう。ジョンの時と同じさ。

 お前さんが思い通りにならないから、それなら先にレジスタンスの方から片付けようとでも思ったんだろうよ』

「私のせいだっていうの!?」

『なんだ、落ち着け!これは避けられない事態だった、と言っているだけだ。それよりどうする?』

「交信はできない?」

『無理だ、返事がない。現場は大混乱のようだな。はっきりとした情報はない』

「なにか新しい情報が入ったら知らせて」

 

 通信を切ると、機内で担いだザックを下ろし。空のマガジンにライフル弾を新たに詰め込んでいく。

 

「保安官!?」

「弾が足りない。時間は有意義に使わないとね」

「それもいいけど。現地のついたらどうするの!?いくらなんでも交戦中の刑務所の上なんか、普通に近づけないわよ?」

「大丈夫、考えはあるわ」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 刑務所の混乱は続いている――。

 

 裏から乗り込んできた天使はあらかた片付けることができた。

 これでしばらくは連れ去られる味方を絶望して眺めなくて済む。しかし、正門に張り付いたペギーの団体客は押し返すことができない。

 アーロン保安官は今のリボルバーを撃ち尽くすと、手元に弾がなくなるとわかって声を上げた。

 

「ヴァージル、ヴァージル!弾はあるか?弾をくれ」

 

 無線機と銃を抱えたメガネの男性は「君、保安官に弾をやってくれ」と近くの若者にいうと、かれは取ってきますと言って建物の中に走っていく。

 正門に仲間が――クーガーズが集結しようとしていた。

 

「アーロン。あいつらをこのまま押し戻せると思うか?」

「やるしかないさ。でなけりゃ――」

 

 終わりだ。

 

「なんだ、保安官」

「それよりまた天使が送り込まれるかもしれない。あまり想像したくはないことだが、今度はどっちからくるか見張らせないとな」

「もう御免だ。私も戦うよ」

 

 アーロン保安官――ベストではなかっただろうが、それでも最後までホープカウンティを守ろうとした男は、サングラスの奥で顔をゆがませた。

 ヴァージルは勇気はあるが、心優しい男だ。そして彼ほど銃が似合わない男はいない。

 口にはしないが、彼も分かっているんだろう。これが俺たちの最後かもしれない、と。

 

「無線、こっちの呼びかけを聞いた人はいると思うか?」

「どこからも返事はなかったよ。助けが来ればいいんだが」

「――そうだな、俺達にはそれが何よりも今は必要だ。ヴァージル、そいつはもうここらに置いておけ、塀の上じゃ頭を低くしろ。

 こうなるかもと思って補強はしてあるが、いつ弾が貫通するかわからんからな」

 

 アーロンはそういうと、自慢のマグナムM29リボルバーに弾をごっそり持ってきた若者から受け取ると。

 ヴァージルは無線機をわきの茂みの中に隠し、背中のARライフルをしっかりと握りしめた。

 

「よし!門を守るぞ、奴らを押し返す!ペギーの弾なんかもらってくるんじゃないぞ、みんな!」

 

 アーロンの掛け声に、若者に交じって塀の上に続く梯子に飛びついた。

 

 

 アデレードが「見えたわ、なんかヤバイ」の声で、私は作業を止めて正面を見る。

 先ほどから空気を震わす争いの音が聞こえて居たが、そのおかげかエデンズ・ゲートの空の警戒網にひっかからずにここまでやってこれた。

 

(間に合ったのか!?)

 

 双眼鏡を取り出して最大に。はっきりと見えてはいないが、正門の前に車とヘリが集まっているのをさっと確認した。

 なんとか耐えている、それでも押し込まれるのも時間の問題か。

 

「どうするの、ジェシカ保安官?」

「正門にペギーのヘリがきてる。アデレードはこのまま進んで、背後から突いてちょうだい」

「――そういう表現、あたし大好き。他には?」

「あとは現場で会いましょう」

「え?」

「私は先に行くわ」

 

 その間にも手早くすべてをザックに押し込み。

 AKライフルを手元に引き寄せ、素早く準備ができているのかチェックを入れる。

 

「どういうこと?ジェシカ、説明して」

「簡単よ」

 

 隣であわただしくする私が理解できないという顔のアデレードに、一瞬だけ見つめあうと。

 次の瞬間には、私は最大スピードで飛んでいるチューリップの扉を解放して外に体を乗り出させた。

 

「ちょっと、頭おかしいんじゃないの!?」

「まだ正気よ。おかしくなったら、ちゃんと知らせるわ」

 

 遠い日の記憶が刺激される。

 C-19の後部ハッチが解放され、広い世界がそこに姿を見せてくる。

 高高度から見る世界――圧倒的なそれに飲み込まれそうにも思うが、あのときも彼女は。ここまで導いてくれたメリルが楽しそうに口笛を吹く。

 

(女は度胸よ。それじゃ、さっそくみんなで鳥になりましょうか)

 

 すべては過去の記憶。

 都合のいいことだ、こんな時に思い出すなんて――。

 

 そして私は鳥になった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ヘンベインリバーが、のたくる山道が私の身体の下を滑っていく。

 体にまとわりつくわずかな装備が、私をこうして鳥にしてくれている。これが夜のゴッサムシティなら、自分はバットガール(コウモリ女)になれたと思うのだろうか。

 

 刑務所が迫ってきている――。

 車道を横切ると、あとはそこに続く細い道があるだけ。

 私は確信した。ようやくだ、ようやく自分がかつての自分の姿を取り戻しつつあるのだ、と。過去の自分が戻ってこようとしてるのだ、と。

 

 ウィングスーツは万能ではない。

 素早く肩口のひもを引っ張り、着地の態勢に入る。

 

 

 刑務所の塀の上では「なんだ、あれ」と声が上がった。

 ア―ロン達にはそれが何のことかはわからなかったが、なにかがあったようだとは理解できた。

 塀の上に作った弾除けの補強からのぞくと、ペギー達の背後に花を開くようにパラシュートのようなものが落ちるのがみえたが。すぐに見えなくなった。

 

「今のは?今のはなんだ、アーロン」

「知らんよ。ペギーの爆弾ではないとわかって安心するくらい――まさかっ!?」

 

 もう一度、物陰から正門の外に視線を走らせ、アーロン保安官は何かを。誰かを探している風だった。

 ヴァージルにはそれが何かはわからなかったが。ふと、外から聞こえる銃声が時がたつごとに少なくなっていっているような気がした。

 

「なんだ?あっちは退却、しようとしてるのか?」

「残念だな、ヘリもまだいる。だがな、どうやらお前はとんでもないことをやってくれたのかもしれんな。ヴァージル」

「なにを?」

「騎兵隊だよ、当然だろ。これで俺達は助かるぞ」

 

 ヴァージルは驚いて思わず保安官の顔を見てしまう。

 こんな状況だが、冗談を言っているつもりはないようだ。不敵な笑みは浮かべたままだが、変わらずに外のペギーに向けて銃を撃ち続けている。

 

 なので外をのぞいてしまった。本当に助けが来たなら、それをぜひ見たくてそうしたのだ。

 最初の思ったのは見なければよかったという後悔。遠くこの刑務所へと続く細い道へとつながっている車道を走ってくるペギーの援軍の姿。

 だが次にそれは車列に襲い掛かる。アデレードの店で見た、彼女のチューリップが攻撃する姿があった。

 

「援軍だ!助けが来たぞ!」

 

 気が付くとヴァージルはアーロンよりも先に、喜びの声を上げていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

「攻撃は失敗した!?」

「――はい、フェイス。失敗です」

「レジスタンスとやらは壊滅しなかったのね」

 

 抜け抜けと言葉を繰り返す目の前の男に――あの時は好感を持てたそいつに、怒りがわく。

 そして感情の制御を失い、そのほほを平手打ちし。それでもたりなくて厚い胸板を拳で数回殴りつける。彼はその全てを受けとめ、しかしフェイスから目を離そうとはしなかった。

 

(強気なのね)

 

 それが今度は気に入らなかった。

 そして被害が少なくないことも分かった。今回の攻撃にはジョンのところから逃げてきた連中を中心に参加させていた。それをさんざんに打ち負かされまたも逃げてきたのだ、彼らは当分使い物にはならないだろう。

 

「あなたをこのまま、次は頑張って。とすることはできないわ」

「はい、フェイス。わかってます、どうとでも」

「いい返事ね……それが本気だといいのだけれど」

 

 ほかの信者たちのいる前で、わざとわかるように”フェイスの仕事部屋”の鍵に手を伸ばすと。「ついてきなさい」と命じたが、若者以外の誰も彼女についていこうとはしなかった。

 フェイスの仕事は色々あるが。特に嫌悪の対象となるのが、ある部屋の中に連れ込んでの拷問、洗脳、そして天使を作り出すことだった。

 

 連れていかれたものがどうなるのか、ペギーでなくても今ならだれでも知っている。

 

 

 ホープカウンティ刑務所にようやく静寂が戻ってきた。

 ジェシカとアデレードが介入しなかったら、ここはきっと数時間持たずに終わっていたことだろう。

 だが、ボロボロでもまだ自分たちはここにいる。

 

 けが人は刑務所の中に運ばれていき、ヴァージルは攻撃を受け止めた正門の修復しようと指揮している。

 その中で、アーロンはジェシカを中庭へと連れ出すと改めて感謝を伝えた。

 

「……お前が来てくれるとは思わなかったよ。新人――いや、ジェシカ・ワイアット保安官」

「あなたも無事でよかったです」

「俺?俺は……運が良かったんだろうな。

 あの夜、ヘリが墜落して。お前たちとも別れてしまった。

 

 霧が出ていたのを覚えているか?

 俺はそれにまぎれて逃げようとしたのさ。そして覚えているのはそこまでだ。気が付くと目の前には彼女がいた――」

 

 ジェシカの顔に疑問が浮かぶ。

 そりゃそうだろう。誰なのか聞いたらきっと驚くはずだ。

 

「誰です?」

「フェイス・シード。エデンズ・ゲートの魔女さ」

 

 そこでジェシカはコヨーテのあの不思議な体験を思い出す。

 霧、というのも。あのホープカウンティを覆いつくした翌日にダッチに助けられた私自身が目にしたものだった。

 

「驚かないな、新人」

「ここには宿題を終えたと考えたから来ました。そういうことです、アーロン」

「そうか、そうだったな。お前さんはあのジョンをぶちのめしてフォールズエンドを解放してみせたんだったな。その――トンプソンは無事だと聞いてるが。本当か?」

「ええ。ひどい目にあいましたから、元気とはいきませんが」

「わかるよ。エデンズ・ゲートに関わるとろくな目にあったためしはない。

 俺もそうだ。ここの連中に見つけてもらわなかったら、山野を今でもずっとさ迷い続けていたかもしれん」

「……」

「新人、お前がここに来たということは。フェイスと対決するつもりなんだな?」

「ここを解放すればホープカウンティの半分を取り戻せます」

「確かに、それができれば俺達にも勝ちの目が見えてくるかもしれん」

 

 古き友人が残していってくれた危険な後継者は、こんな時だと頼もしくてしょうがない。

 しかし反対にジェシカの顔は次第に暗くなっていく。

 

「その前に――彼らはどこです?」「ん?」

「エドとジェイク、私がフォールズエンドからここへ送った若者たちのことです。あれからだいぶたちますが、連絡がなくてずっと気になっていました」

 

 私はここに乗り込む前から気になっていたことを、ようやくアーロンに直接聞くことができた。

 彼の表情は硬くなる。

 

「彼らは確かにここにいた――今はいないが」

「なぜです?死んだのですか!?」

「わからないんだ!――彼らはここに来て、いろいろと話してくれた。ホランドバレーのこと、お前のことを。

 だが俺達、つまりここにいるクーガーズには余裕がなかった。トラブルも多くて、必死だった。すると彼らは逆に協力すると申し出てくれたんだ」

 

 英雄願望をもってホランドバレーでも無茶をやろうとした若者たちだった。

 あそこでは私やグレースが、ひどいトラブルにあっても守ってやることができたが。彼らがそれを勘違いしていなかったとは、断言できない。

 

「ああ、嘘でしょ……」

「そうだな、俺も今は後悔しているよ。だが、当時は本当に助かると思って喜んでしまったんだ」

「何が起きたんですか?」

「物資に余裕がないと知って。輸送トラックを襲撃する、そう言って出ていった。騒ぎがあちこちで起きたが、彼らは結局は帰ってこなかった。慌ててクーガーズを出して探してもらったが……まだ見つかっていない」

「――最悪」

「俺の責任だろうな。どう、お前に詫びたらいいか」

 

 腹の底でカッと怒りの炎が吹き上がるが、それを必死に理性で抑え込む。

 これでも一応は元軍人だ。あそこでは男で、間抜けで、理不尽な奴ににも冷静に対処してきた経験がある。

 アーロンの失敗は許せるものではないが。英雄願望にあこがれる若者たちだけを送り出した私にも、当然だがこうなった責任がある。責めることはできない。

 

「その必要はありませんよ。彼らは取り戻します、説教してやらなくちゃ」

「ありがとう……そうだな、そうしてやらないとな」

「で、ここの状況はどうなってますか?アデレードは自分のマリーナを守ることしか興味ないみたいで、エデンズ・ゲートの動きも限定的なことしか知らなかった」

「それが彼女さ。そうだな――」

 

 アーロンの口から続々と気の滅入るような悪い情報が飛び出してくる。正直、聞かなかったことにして逃げ出したいと思う自分もいる。

 だが、それでいいのだろう。

 私はこうやって、ヘンベインリバーでの戦いを始めようとしているのだから。

 




(設定・人物紹介)
・アーロン保安官
ジョセフ・シード逮捕劇の後、この人なりにひどい目にあってここに来ていた。
原作でもここで再会することができる。


・ウィングスーツ
滑空用のジャンプスーツ。ムササビスーツともいうらしい。
ジェシカが使うのは軍用のもの。一番の特徴が速度と距離が倍近くあって、装着と再使用に楽だが。これだけでは着地まではできないというもの。

ただひとつ嘘をついていることがあって。ヘルメットやゴーグルが必要になるが、MGS世界ということもあってそれはなくてもよいとしている。実に都合がいい。


・バットガール
知らない人が多いが、彼女はバットマンの弟子ではない。
親がゴッサムシティの偉い警官なのにバットマンのコスプレをして暴れていただけの痛い少女だった。

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