手には弓を 頭には冠を   作:八堀 ユキ

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(お詫び)
体調悪い日に、適当に投稿時間を変更するだけで放っておいたのですが。
その結果、推敲前の状態のままいつもと関係のない時間に予告なく投稿するという事態になってしまいました。申し訳ない。


シャルルマーニュ・ヴィクトル・ボーショー4世

 アーロンは、連れてきたヴァージルという人は。

 ホープカウンティの前町長なのだといって紹介してくれた。

 

「新人、お前さんにやる気があるのはわかったが。まずは悪い知らせがある。

 フェイスはここにいるが。今日まで誰もそれを見たことがないんだ」

「ジョンのことを知って、彼女は隠れている?」

「どうとも言えないな。ただ、以前はフェイスはジョセフと行動することが多かった。だが今は、そうではないみたいだ」

「彼らの言う、計画のため。これは私の想像だがね」

 

 アーロンに続くヴァージルの言葉で私も思い出した。

 そういえば教会に引きずり込まれたとき、ジョンもジョセフの計画がどうだとか口にしていたのではなかったか?

 

「フェイスの計画については?なにかわかってることがありますか?」

「フェイス・シードはエデンズ・ゲートの魔女と言っただろ。

 彼らが信者にだけ使うと言う”祝福”と呼ばれている薬物の生産と流通。そしてそれを使って、ジョセフが持てあますような相手に拷問、尋問、説得などもやっているらしい。

 もちろん証拠はないがね。相手を慎重に選んでいるんだろう」

「なぜ証拠はない、と言えるんですか?」

 

 ヴァージルとアーロン保安官は、私の問いに答えることにわずかだがためらいを見せた。

 

「”天使”というのを聞いたことは?もしくは見たことは?」

「ここにくるまでに。アデレードが言うには、あれはエデンズ・ゲートが作り出したゾンビだって」

「彼女の言葉は間違っていないが。それを正確にすると、あの”天使”ってやつはフェイスが作っている。となるんだ」

「……なんですって?」

「そうだ。あの夜、ジョセフの一件以来。タガが外れたのか、フェイスは次々と”天使”を作り出してはヘンベインリバーに放り出しているんだよ」

 

 やりたい放題というわけか。

 

「天使にされた彼らには意志がない、とも聞きました。本当ですか?」

「ここに普通の医者がいないからそれはわからん。だが、フェイスに壊された彼らはもう元に戻すことはできないと言うことだけはわかる――」

「嫌な話ですね」

 

 すると興奮したのか、ヴァージルがやや怒ったように口を開いた。

 

「それだけじゃないんだよ、ジェシカ保安官!

 フェイスはどうもそんな”祝福”を増産するように命じた、という噂がある。あいつらが薬を作る過程で発生した廃棄物は、あろうことか川にそのまま流していて。その影響からか、ここでは姿を消す人が増えているんだ」

「ヴァージルの言っていることは本当だろう。

 実際、ここからも時々人が消えることがあるんだ。水源を汚染することで、俺達をどうにかさせようとでも思ってるんだろう」

(コヨーテが記憶を失ったのがこれが理由か)

 

 汚染された川のそばで暢気に釣りを楽しめば、確かにその影響を受けたとしても不思議ではない。

 

「信じます。ですが、そうなると私にも影響が出ると言う可能性がありますよね?」

「……そうだ、新人。ここでは確実に約束できるものは少ない」

「どうしたらいいですか?」

 

 アーロンは手招きして、机の上に置かれたホープカウンティの地図の一点を指さした。

 

「お前とアデレードが来てくれたおかげで、俺達はようやく攻勢に出られると思う。

 フェイスを引きずり出すなら、奴らの農園を焼くしかない。それは俺とクーガーズにまかせてくれ。俺たちなら既にここに長くいるから影響がいつ現れるかわからないからな」

「農園も大事だが、浄水場も忘れては困る。アーロン」

「わかってる、ヴァージル。とにかく今日の勝利の勢いを利用して、ペギー共に思い知らせてやるつもりだ。

 お前にはそれとは別に、この”祝福”への対処法を医師となんとかやって見つけてほしい」

「医者がここにいるんですか?」

「専門は動物の、だがな。彼はずっとここでペギーの”祝福”について調べてくれていた。それがどうしても外で調べなくちゃならないことがある、そう言い張るから。数人をつけて送り出したんだ。

 ここが攻撃を受ける前だったが、こうなると彼の無事も気になってくる。悪いが、続けてそっちの面倒をお前に見てもらいたいと思ってる」

「わかりました――」

「とはいえ、こっちも刑務所の補修に攻撃部隊の編成と人員には余裕がないぞ」

「いいですよ。ひとりでもなんとか――」

「それはダメだ!新人、ここでは単独で決して動くんじゃない。万が一にでも、あいつらの”祝福”の影響が出たらひとりでは危険だからな」

 

 今度は私の顔が曇る。

 確かにアーロンの言っていることは正しいとは思う。

 しかしグレースやニック、ジェローム神父らはホランドバレーの面倒を見てもらうために連れてきてはいない。

 ここではアデレードならば、とは思うが。彼女はパイロットとしては申し分ないが。高齢に両足を突っ込んだ(本人は認めるかわからないが)彼女に武器を手に私の隣に立たせるのはどうしても不安が残る。

 

 さらにそれだけ信頼できる人物はいるかと聞かれると……。

 

「心当たりはないか」

「ええ、そうですね」

「むしろそれが当然か。困ったな、誰か適当な……」

 

 アーロンは自分で言っておいて、ジェシカに必要なものがかなり難しい存在だと理解していなかったことに遅れて気が付いた。

 ここは誰かをつけてやらなきゃならないが。この訳アリの過去を持つ新人についていけるような根性があるのを選ぶとなると、自分が率いる部隊の戦力を削らなければならない。できればそれはしたくない、というのが本音だ。

 

 するとヴァージルが声を上げた。

 

「いるじゃないか、アーロン!シャーキーだ、シャーキーがいる」

「なに?」

「彼ならこの話に飛びつくだろう。ここが嫌いで、出ていったんだから問題もないだろう」

「しかしな、あいつはイカレてるぞ」

「だが悪い奴じゃない。善人だよ、きっと彼女の力になってくれる」

 

 ヴァージルはそれを名案だと言うが、アーロンの顔色を見る限りは疑問がある。そういう人物のようだ。

 だが癖があるくらい、何とかなると私には思えた。

 あのグレースだって出会ったばかりの頃は、あまりこちらと会話をしたくないような雰囲気を漂わせていたが。わずかな時間を共に行動するだけで、命を預けられる相棒になってくれた。それもこれも、軍の時代から生き残るために磨き続けたコミュニケーション術には多少は自信があったからだ。

 

「誰かはわかりませんが、どこにいますか?さっそく会いに行ってみます、それがいいんでしょう?」

「――そうだな。わかった、新人。だが、気を付けるんだぞ?」

 

 方針は決まった。

 私から申し出て、アーロンとクーガーズにアデレードを加え。ペギーの農園を襲撃する計画をたてさせ。

 その間に私はここにいたという医師に接触し、彼の護衛と手伝いをする。もちろんその前に、新しい相棒になってくれそうな人物に会わなきゃならないが。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 大きめな部屋の中に入ると、中央には妊婦につかわれるような分娩台を思わせる。拘束が可能な寝台が置かれているのが目立つ。

 そこは冷たいコンクリートで四方を固め、どこにも窓はなく。光も通さない。

 

 人口の光の下にフェイスは移動すると、入り口から中に入れないでいる男に向いて冷酷にここによこになりなさい、と伝えた。

 静かに、ゆっくりと指示に従い。扉を閉じた男は、清代に近づき横になろうとする。

 

 フェイスは男の身体から恐怖を感じ取り、心が騒ぎだす。

 

 真っ青な顔のまま、天井の一点を見て必死に平常心を保とうとする男の身体をフェイスは自ら拘束していく。

 これはいつものやり方ではない。

 いつもならば大騒ぎするひとりを、信者たちで押さえつけてここに寝かせ。殴りつけながら拘束するのを、壁際で笑みを顔に張り付かせたフェイスが不快さに耐えて見守っているだけだった。

 

「怖い?」

「いいえ――別に、そんなことは」

「いいのよ、怖くたって。人には感情があるんだもの、嘘で自分を守れると思うの?」

「ですね。はい、少し、恐ろしいと感じてます」

 

 続いては部屋の隅にある棚の前に立つ。

 いつもならここに用意された”祝福”を使うのだが、今回はいつもとはちがう引き出しから粉を取り出して指先にそれを乗せておく。

 

「あなた、名前は?」

「ティム――と呼ばれてます。テッド・エリス」

「ティムね、覚えておくわ」

 

 そういいながら振り向くと、清代に横になる男の視界に入らないように粉を乗せた指は隠し。代わりに反対の手に握られた、彼女が扱うにはあまりにも大きな鋏を見せつけてやる。

 

「はじめるわ、ティム」

「はい、フェイス」

 

 男の声に恐怖の色合いがさらに濃くなった。

 自分が支配しているのだ――その興奮に、喜びに体の底から熱くなるのを感じる。

 

 わざと口をふさぐふりをして、指についた粉を男の鼻の下にこすりつけ。時間をかけて男の衣服をハサミで切り分けた。

 下着ごとそれをはぎ取るころには、男の目はせわしなく充血し。恐怖する自分に興奮するのか、息があきらかに荒いものとなっていた。

 

(フェイス・シードはジョセフの希望よ。慈愛の女神、苦しむ人々をエデンの門へと導く聖女)

 

 だが、それは本当に自分ではないことを知っている。

 演じているわけではないが、知ってしまっているのだから自分とも言い切れない。だから、歪む――。

 

 ジョンを殺したあの女が来ている。

 エデンズ・ゲートを狙い、ジョセフを狙って、私も殺そうとしているに違いない。

 最悪、対決の時が来てしまえば。私もまたジョンと同じように、フェイスとしてあの女の前に立たなければならない。それが、怖い。

 

 (だから今は、違う私でもいいの)

 

 ティムは怯え、しかしなぜか男の生物的反応を示す自分を理解できずに混乱していた。

 体を起こし、ハサミを床に置いてから隅に蹴り上げ。フェイスはその全体を眺めて支配している感覚に酔いしれる。

 

 準備はできたのだ。

 フェイスの冷たく細い腕が、男のたぎるそれをいきなり両手でつかんで見せる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 私は部屋の中にいる。

 四方は鼠色の壁、窓はなく。それほど小さくはないはずだが、こちらを押しつぶそうと迫ってきているような圧迫感を感じる。

 机も椅子も安物だ。この部屋にあるすべてが無機質で、温かみからは遠く離れている。

 

 つまりはそういう立場に置かれた女だと、私をここへ通した連中は沈黙したまま告げているのだ。

 

 扉がようやく開くと30代後半の男が入ってきた。

 

「ジェシカ・ワイアット曹長だね?私はホフマン。ドクター・ホフマンだ」

「――どうも」

 

 捜査官の前に、まずは医者をよこしてきたのか。

 

「君がここにいる理由は聞いているね?」

「一応は――」

「ほう、そんな態度でやり過ごせるような話ではないと。理解してると本気で答えてるのかな?」

「いきなりケンカ腰?」

「認識の甘さを指摘しただけだ。どうやら君は、部隊に残るために自分を正しく認識してこなかった兵士だとまわりの人たちから伺っているからね」

「ベストを尽くしてるだけよ」

「本当に?なら、どうして君の成績はパッとしないのかもわかっているということかな?」

「……」

「デジタルのおかげで今や君たち兵士は数字の1となった。これはすべてに言える、すべての行動で軍は君に1を求め続けている。

 優れた兵士も時にはいるだろう。彼らの数字は大きくなるだけで、決して減ることはないが。そうでないものは……ゼロに近づいていく。1以下、普通よりも下ということだ。つまりは君のことだよ、ジェシカ曹長」

「私にSOPシステムとの親和性がないだけで――」

「つまり君は欠陥品だった!そういうことだろう?

 君の評価には優れた部分もある、とされるが。それ以上に先頭にゼロがつくものがあまりにも多い」

「集中を切らしたわけじゃない。ただ、周囲と動きにズレがあったと言うだけよ。プログラム通りでなくとも教官からの評価は変わらなかったはずよ」

「君はそうやって今日まで自分を選ばれた兵士だと思い込んでいたわけだな。君は上司や教官たちに取り入り、彼らは君を憐れんで評価を甘くしたくせに」

「ひどいわね。別に彼らと寝てゴマをすったわけじゃない」

「なら、彼らはきっと後悔しているだろうな。君が起こした作戦中の暴走を聞いて。そうだろう?」

「――私だけがおかしくなったわけじゃない」

「それは言い訳かな?君は、自分は悪く無い。自分も被害者だとでも言いたいのか?

 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件で君がしたこと。なにをやったんだったかな!?」

「――7人に攻撃したわ」

「違うね!5人を殺して、2人を再起不能にしたんだ。現場は大混乱だったが、はっきりと味方を攻撃したのは君だけだった。これをどう考えたらいい?」

「それで私を反社会性人格障害だとしたいのね、でしょ?」

「……この国は前世紀末から、すでに世界を何度も怯えさせるテロリスト達を生んできた。心理学者の多くは、彼らは決して愛国心を失ったわけではないと言い始めてる。それならば、君が次の彼らではないと、どうして断言できる?」

 

 知ったこっちゃない。

 自分が考えていることを相手に伝えられないのはつくづくストレスに感じる。

 軍は私に一度として優しくしてくれなかったが、ついに私をそこから叩き出すつもりなのだ。だから弁護士の力を借りるのは最終手段、そうなったら私に戻る場所はない。

 

「話題を変えようか、曹長」

「どうぞ」

「大統領をどう思う?」

「なんですって?」

「大統領さ、我々の敬愛する。世界で最高の国を導く人のことだ」

「――尊敬してるわ。軍の最高司令官でもあるし、信用もしている」

「それは嘘だ。君は嘘をついている」

 

 なんで決めつけてきている?

 というよりも、私は何でホフマンとこんな会話をしているの?彼は私を軍から放り出そうとしていたが、こんな話題はなかったはず。

 

「君は軍の政治によって生贄にされる。弱いアメリカは存在しない、弱い軍隊は存在しない、劣った兵士がそこにいてはならないと。

 3億2千万人を導く彼がそういえば、君は自分の夢を簡単にあきらめきれるのか?」

「話が飛躍しすぎてるわ」

「なぜ?どこが?これこそ君の問題だよ。

 政治が、君に、正しい決断をしろと迫っている。イエスか、ノーだ。

 私自身がここにいるのは問う側を代表してのことだし。君が答えるのは、政治がそれが必要だから言わせているに過ぎない。これは我々の愛するアメリカのためのサバイバルで。君ではなくアメリカが生き残るために、君という血を流そうとしているにすぎないんだ」

 

 不条理ないいように怒りを感じ、私の声も少し震えていた。

 

「私の意志なんて関係ないって?」

「大統領はそれが必要だと考え、多くの人がそのために傷ついている。君もそうだ、血を流さないといけない。そしてその結果、君は軍には残れない」

「クソッタレね」

「意見が変わったのかな?」

「――フン」

 

 相手の挑発に乗るまいとしてもう一度自分を抑え込む。

 しかしやはり違和感がある。現実のホフマン医師はこうではなかった、議論を吹っ掛けたりはしなかった。私から信用を得ようとし、言葉を飾って私に落ち度があることを認めさせようと無駄な努力を重ねていた。

 では、彼は偽物だと言うのか?その判断を下すだけの材料は私にはない。

 

「遅かれ早かれ君はあきらめるだろう。それしか逃げ道が用意されてないからだ。

 そして失望し、絶望だって味わうことになるだろう。軍は君に幻想という希望を見せ続け、政府は彼らの都合で君の価値をゼロだと決めつける。それが彼らだ、政治家だよ」

「……」

「だが彼ら自身も幻想の中で生き続けていることに変わりはない。我々はもう新世紀を迎えて、何度も失望させられている。

 巨大な2大政党は理念は違えど、国難が立ちふさがった時には国民の利益のために手を握り合うことができると。超党派などという幻想さ、そんなものはなかったんだ」

「あなたがそれを決めたから?」

「違う!何を聞いていたんだ!?

 奴らがそれを実演して見せたじゃないか!ひどく不愉快な選挙が終わったが、9.11でいきなりひどいことになった。怯える国民に政治家は何をした?互いの政党を攻撃し、政権は正しくかじを取ってはいないと非難しあっていた。

 その大統領が、ソリッド・スネークなどと偽名を使ってテロリストに成り下がれば。彼の手で次の大統領が死んだと聞かされるなり、嬉々として選挙キャンペーンが開始された。そしてお決まりの中傷合戦だ。

 さらに今、世界の戦場がデジタルの力で一日沈黙させてみせるという恐怖が演出された敗北をごまかすために。あれほど偉大であったはずの国の軍隊に血を流すことを平然と求めてきている」

「私は、愛国者よ」

「それならすぐにでも認めなさい。国は君にそうするように求めているのだからね。なぜ、君はそれを受け入れられないのかな?」

 

 私には答えられない。負けたくはないのだ、証明すると言うことは勝つことなのだから。

 私は負けたくないのだ。負けるくらいならいっそ――。

 

「愛国者のジェシカ・ワイアット”保安官”。そして今、なぜアメリカは君のホープカウンティを助けようとしないのかね?」

「うるさいっ」

「また、見捨てられたんだな。君は哀れだ、誰にも愛されず。どこにも居場所はなく、そしてなにをやっても証明することを――勝つことができないのだから」

 

 私は再び沈黙する。

 理性がかろうじて怒りを制御しているが、これが消えれば私はすべてを失ってしまう。

 そんなことがもう一度、なんて認められない。耐えることができない――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

「それじゃ、保安官。はじめるぜぇ!」

 

 ぼーっとしていた私はその声にハッと我に返る。

 自作の火炎放射器を担いだシャーキーは――シャルルマーニュ・"シャーキー"・ヴィクトル・ボーショー4世――自分の指でスイッチを入れると一体の山々に激しいロックサウンドが響き渡る。

 

 ホープカウンティ刑務所で、前町長とアーロン保安官が悩ましそうに彼のことを口にした理由は会って話せばすぐにわかった。

 彼は陽気に「おれはこの自作の会場で、最高のサウンドでちょっとしたコンサートをしてやろうとしてる。ペギーの天使共にロックの魂を叩きつけて、正気ってやつがどういうものだったのかを思い出させてやるんだ」と言ったが。動作の最後がその不穏な火炎放射器を叩くのだから、なにを考えているのかは明らかだった。

 ペギーをこの場所に集めて、綺麗に掃除してやると言っているのだ。

 

 それはまさに正気を疑うレベルの大量殺人計画に違いなかったが、私は保安官として彼の両手に手錠をはめるのではなく。彼の隣で銃を手にすることを選んだ。

 ここは今、アメリカの中にあって方のない世界なのだ。”少しくらい”やり過ぎても、問題はないだろう。

 

 

「来た来た!馬鹿みたいにやってくるぜ、保安官」

「落ち着きなさい、シャーキー。それとジェシカでいいわ」

「オーケー、なら楽しもうぜジェシカ!」

 

 シャーキー自作のライブ会場――もとい戦闘エリアにはエデンズ・ゲートによって薬づけにされた天使達がまさしくゾンビのように続々とこちらにはしってきている。

 しかし私の設置した、センサー付きの爆弾に引っ掛かり。そこかしこの爆発がおこって、吹き飛ばし始めた。

 

「やるじゃないか!こりゃ、いいリズムになってきたんじゃないかぁ?」

「囲まれないように突出は控えなさい」

 

 言いながら構えるAK74Mのかえの弾倉を指に挟み、スコープを除きこむ。

 この中に人影が入れば、そこから私のゲームスタートだ。

 

「パーティの時間だぜ、お嬢さんたち!」

 

 シャーキーの威勢の良い声と共に火炎放射器から火が噴く音が背後から聞こえた。

 そらに黙々と上がる黒煙の向こうから、白い薄着を着た天使たちの姿がちらちらと映っている。私はそれを見ても躊躇わず、シャーキーに続いて引き金に指を込めた。

 

 

 戦闘開始から10分も過ぎると混乱は最高潮へと達してしまった。

 最初はシャーキーの炎にまかれると天使たちは地面をのたうち回って苦しんでから絶命したが。それを見た後続は、なんと自分が燃え続けてもなおシャーキーに向かって走り続けようとしてみせた。

 可燃性のあるものを背負っているシャーキーは、うっかり燃えた天使に抱き着かれてはかなわないと逃げ回り始める。

 

 それは私も似たようなものだった。

 ライフル弾を60発も消費しても、恐れることを知らない天使たちは手にした農具を振りかぶって私に向かって迫ってこようとした。

 私はベクターに持ち替えながら後退を続け、車の屋根に上るために設置された梯子の下まで行くと。全身のバネを使って、最上段まで飛びついてみせた。

 

 リロードしている間にシャーキーの姿を探すと、彼もいつのまにか別の高所に上ってそこに用意していた火炎瓶を梯子の下に向けて叩きつけていた。

 

(あれなら大丈夫そうね)

 

 そう考えている間も、梯子の下にとりつこうとする天使たちを倒し続けたが。

 倒れて積み重なる彼らが台座の代わりを果たし、 梯子の半分近くまでせまろうとしている。

 私は(これはマズいわ)と、さらなる逃げ場を求めるが。ここでは並ぶ車の屋根をこのまま渡って移動するか、会場の外に向かっておりて脱出するしか道が残されていない。

 

「いああああああああ」

 

 ついに最後のひとりを前にして、私のライフルの中に弾は一発もなくなり。慌てて新しいものを出そうとしている最中に、屋根の上まで登ってきた天使と相対する。

 

「おまええええええええ」

「くっ――」

 

 立ち上がって鍬を振り上げる相手の肘に片手だけで押し返す。

 力を入れているせいで思った通りにはいかないが、AK74Mに差し込んだマグを片手だけで押し込み、さらに装填を――うまくいかないっ!

 

「こいつっ」

 

 カッとなって思わず相手に頭突きを叩き込むと、続いて膝を跳ね上げて相手の下腹部を思いっきり蹴り上げてやる。

 一瞬だけ体を折り曲げる相手から一歩距離を取り。素早くそれを終わらせて正しい位置に構えを持っていく――。

 

「――っ!?」

 

 別に気を抜いていなかったが。

 天使の復活は素早く、それまでと違って明確な殺意に満ちて攻撃してきた。下から跳ね上がる農具は私の身体に触れるものではなかったが、その一撃が私の身体に脅威として受け取るには十分だった。

 再び振り下ろされることはないよう、同じくひじに手を伸ばすが。今度は相手の腹部に銃口を押し付けることは忘れてなかった。

 

「あああああああっ!?」

――カカカカカッ

 

 雄たけびに負けじと腹部に5.72ミリ弾を複数浴びせ続けると。

 相手の腹は破けて中身がバラバラにちぎられながらはみだし、重力に負けて作られた小さな山の頂上へと落ちていく。

 

「ジェシカ!こっちは終わったぜ、まだ生きてるかい?」

「――ええ、まだ生きてるわよ!」

「なら急いで逃げようぜ、どうやらペギーのパトロールがこっちに向かっているのがここから見えた!」

「そう、わかった」

 

 そりゃそうだろう。

 こんな山の中でロックを大音量で流しながら、同時に戦闘もやったのだ。

 さらに大量の天使の死体が焼かれているのを見れば――きっとフェイスは怒るなんてもんじゃすまないだろう。

 

 

 そのまま火と黒煙を放置し、シャーキーの車に飛び乗るとすぐにスタートする。

 道のない斜面に飛び出していくと、入れ違うようにして会場の入り口にエデンズ・ゲートのパトロールが殺到してくるのを確認した。

 こちらはそのまま林に沿って下り続け、車道を目指したが。追ってこなかったところを見ると、こちらに見逃して気が付かなかったのだろうと思われた。

 

「それで?どこから始めるんだ」

「刑務所にいた医師。彼は祝福とかいう薬物を解析しているそうよ。良い結果が出ていることを祈りましょう」

「そいつ、どこにいるんだ?」

「――私たちがそれを探すのよ」

「マジかよ。この話、のるんじゃなかったのかもな」

 

 ホランドバレーでは散々苦しめられ、首の皮一枚でなんとか勝利を手にすることができたが。今度はそうはいかない。

 彼らが必要とする”祝福”を焼き尽くし。私は必ずフェイスを対決の場に引きずり出して見せる。そして、その時は――。




(設定・人物紹介)
・シャーキー
頭のオカシさだけなら間違いなくトップクラスの相棒の一人。
しかし反面、コミュ障のグレースに対する熱い視線などあって憎めない人物。原作ではどこで呼び出しても強引に車に乗ってやってくる。


・天使
フェイス・シードが薬物を使って信者にならない人間を壊すと、彼らになるらしい。
エデンズ・ゲートに忠実で、普段は彼らの生活の身の回りを仕事しているようだが。それすらできなくなると、ヘンベインリバーの山野をかk回るだけの文字通りゾンビとなる。


・本当の自分ではない
フェイス・シードは個人名ではない、ようだ。
ジョセフの娘はすべてフェイスであったが、全員はもういない。そして今のフェイスも、以前は違う名前であった。


・ドクター・ホフマン
オリジナルキャラクター。
軍で事件後、ジェシカを取り調べたひとりだった。

ジェシカはここで実際には彼と話さなかった会話を続けている。その理由は?

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