手には弓を 頭には冠を   作:八堀 ユキ

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Jesus Swept!

 目を覚ますと、そこにはトレイシーがいて。私の腕に刺す点滴をいじっていた。

 

「えっと、なんで……?」

「目を覚ましたんだね、保安官。アンタ、本当にタフなんだ。よかったよ」

「ここは?」

「ホープカウンティ刑務所、忘れた?いいから今は休みな」

 

 私は眠る。

 今は恐れるものはない、安心していい――。

 

 

 トレイシーから新人が目を覚ましたと聞くと、アーロンはようやく肩の荷が下りたような。とにかくようやく安堵した。

 

「本当に良かった……おい、シャーキー?」

「ああ、なんだ?保安官」

「お前もよくやった。彼女が無事で本当に――」

 

 よかった。

 ようやくのこと反撃がはじまり、ホープカウンティの未来にも明るいものが見え始めたところだ。ここでその勢いを失いたくはない。

 フェイスもついにレジスタンスの勢いを恐れてか、ジョンに続いて捕らえている連邦保安官をテレビにだし。自身に罪の告白をさせている映像をヘンベインリバーで流し始めた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 5日後、ようやく体調が戻ってきたジェシカはベットから起き上がれるまで回復してきた。

 それでも夢に現に、ジェシカにとって厳しい5日間だった。特にあの若者、エド・エリスの死が眠る彼女を苦しめた。

 

 うなされるジェシカの話から、アーロンはダッチを通してホランドバレーにむけて連絡してもらい。グレースは秘かにこちらに来るとシャーキーの案内でこっそりと現場に戻って見に行ってもらってきた。

 戻ってきた彼女は感情の押し殺した声でそれが幻覚ではなかったことを確認した。死体は獣にかじられていたらしいが、間違いなく本人だったと口にした。

 これによって事実上、(エド・エリス)の相棒だったジェイクの生存もまた限りなく低くなったと認めなくてはならない。

 

 グレースは悪夢にうなされるジェシカを見舞うと、目が覚めるのを待たずにホランドバレーへと戻っていったそうだ。

 

 建物の外に出て中庭の階段に腰を下ろすと、今日も真っ青に広がる空を見上げた。

 あの若者は命を落としたのに。その最後の瞬間にそばにいた自分はまだ生きている――何とも言えない気分だった。

 だがジェシカは苦しんで、後悔してばかりいたわけじゃない。

 休んでいる間にあの一件を自分なりに思い出し、そしてひとつの疑問と大胆不敵な計画を秘かに考え始めていた。

 

 

 ドクター・チャールズ・リンジーは獣医である。

 だが皮肉にも、彼の世界が一変するとき。真面目な獣医をやっていたせいで、今では貴重な”人間”も診る医師の役目をおっていた。

 

「ハイ、ドクター」

「ジェシカ!?保安官、もう起きても大丈夫なのかい?」

「大丈夫、そろそろ体を動かさないと」

「君に助けられた私だが。本当にタフな女性なんだね、君には驚かされることばかりだ」

 

 彼は刑務所では患者を診る時以外はエデンズ・ゲートの”祝福”について解析を進めていた。

 私がシャーキーを誘って彼を迎えに行った時も、外で必要だと思ったサンプルを必死に収集していたらしい。その彼を助け(ちょうどペギーに見つかって拘束されかかっていたから)、ミザリーと呼ばれる場所でフェイスが何かひどいことをやっていると聞き。あの騒ぎが始まった。

 

 私は彼に聞かねばならないことがあった。

 

「ドクター、私は知っておきたいの。自分の身体がどうなっているかって」

「ああ――まぁ、そうだな。わかるよ」

「私は、どうなっていたの?ミザリーで私に何が起きたの?あれは――これからも起こりうること?」

 

 ドクターは顕微鏡をのぞくのをやめると、私の座る椅子の正面にある机の上に腰を下ろし。私の視線と同じ高さに合わせてきた。

 話してくれるつもりなのだろう、それが分かって嬉しかった。

 

「アーロン保安官は君がこのヘンベインリバーに来たばかりだから、祝福の毒にさらされないようにすればいいと考えていた。だから、彼のせいではない。それはわかってほしい」

「ええ」

「誰も思ってもみなかったが、ジェシカ――君の体はすでに祝福に汚染されていた。それもかなり深刻なレベルで」

「っ!?」

「考えられるのはホランドバレーですでに接触があったはずなんだ。そうでなければ、あんなことはおこらなかったはず。心当たりはあるかい?」

「……あるわ、先生。私、あそこでジョンに捕まったことがあるの」

 

  すっかり忘れてた、ちょっと前のことだったのに。

  ジョン・シードに捕まった時のことだ。不思議な感覚の中で動けなくなった、あれに違いない。自分はあれを銃弾を受けた衝撃で、脳震盪でも起こしたんだろうと勝手に考えていた。そうではなかったということか。

 

「このままだと私、どうなってしまうの?」

「君は今、後戻りできない門の前に立っていると考えてほしい。こっからさらに先はあるが、進めば進むほど悪化するだけだ。最終的には思考力と感情が消え、廃人になる」

「最悪ね」

「ああ、そうだね。でも気を付けていれば、そうそうそこまでいったりはしないはずだ」

「あんな感じでトリップしない保証はないのね?」

「……意識が怪しくなったと感じたら、集中するんだ。そしてその場から急いで移動する。それでなんとかなると信じるしかない」

「本当に?」

「気休めだな。ああ、そうだ。祈るしかないが、思考が濁らないことを続けるしかない。保証はどこにもないよ」

「わかったわ。ありがとう、先生」

 

 これで疑問はひとつ解けた。

 最悪の知らせではあったが、自分の身体のことだ。大切なことなのだ。

 そして疑問はもうひとつある。

 この答えの如何によって。私のこれからやるべきことが決まってくる。

 

「実はね、もうひとつ気になっていることがあるの。聞いてくれる?」

「もちろんだ」

「私――フェイスを知らないのよ。いえ、実は顔を見ているの。

 連邦保安官とジョセフを逮捕しようとした夜に、彼女もジョン達と一緒に集会場にいた。それは覚えている」

「ああ」

「でもね、話したことはない。そんな状況はなかった。

 ジョセフは違う。あのファーザーとか名乗る奴とは、ジョンのところでも顔を合わせてたし。逮捕した時だって、会っていた。でも、フェイスはないの」

「?」

「うなされてた時、あなたにも幻覚の話をしたの覚えてる?フェイスとジョセフにそこで会った、連邦保安官にも」

「ああ、夢とは思えないと君は言っていた」

「何度も何度も思い返すけど、答えがないのよ。あの夢を見てから、私はフェイスを知っていると思ってる」

「ええと、認識している?そういうことかい?」

「そう!それよ。

 トレイシーにも聞いたけど、私と話したフェイスはいかにも本人が言いそうなことだと彼女も言った。それって――」

「ちょっとまって、ジェシカ。君はもしかして――」

「私はトリップしている時、本当にフェイスにあっていたんじゃないかって。これは、おかしいこと?間違っていると思う?」

 

 ドクターは患者になんて答えたらいいのか、戸惑っている。

 それは悪夢だ、ただの夢なんだと言えばいいのだろうか?だが”祝福”の詳しい解析がされてない今、そんな言葉でごまかせるものだろうか?

 

「どうやら君なりに冷静に考えたうえで質問しているように見える。だから私も正直に答えよう。

 ジェシカ、断言できることは何もない。

 彼らの”祝福”に毒されてどのように悪化していくのか、それを調査した完全な記録を私は持っていない。だから、わからないよ」

「ジョセフの像の下で気が付いた時、怖かったわ。本当に子どもに戻ったみたいに、自分が無力な存在に思えて。ひどいことがおこった。

 そんな私にフェイスの声が聞こえた気がした。最初はオカルトか何かに思えて、テレパシーでも使われたのかと思ったけど。重要なことはそこじゃない。私はすでにフェイスを知っている。本人に会って、夢の通り直接会っていると思っている」

「繰り返すが、確実な答えはない。私には答えられない」

 

 だがそれは私の直感が正しいといえる可能性がある、ということでもある。

 唇が渇くのを感じる。

 今から私が口にすることを聞いたら、彼は私の考えに賛成してもらえるだろうか?

 

「実はね、考えがあるの――」

 

 ある作戦について話した。

 かなり危険で、妄想にとりつかれていると言われかねない考え。

 彼は最後まで聞いてくれた上に、長い間考えてから答えてくれた。「僕には確実なことは何も言えない。だから君にはそんなバカはやめろとして言うよ」、と。

 

 ありがとう、ドクター。

 立ち上がる私はすでに決めていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 オーブリーの食堂――。

 私はシャーキーに頼んで、そこにいるトゥイークという麻薬の売人に会いにきた。彼の話によると、トゥイークの家は代々薬物と縁があるそうで。エデンズ・ゲートに”祝福”の特別レシピを提供したのが彼の父親だと言う噂があるらしい。それならこの危険な計画には、ぜひにも参加してほしい。

 

「な、な、なんだい、シャーキー。こんな騒ぎが起こっても。お、お、俺のキッチンの味は忘れられないか?」

「よォ、トゥイーク。相変わらずハイになっているんだろ?スゲー面白い、そのジョーク」

 

 シャーキーはなにやら取り繕うように慌てていたが、友人として私はそれに気が付かないふりをしてやることにした。

 

「そ、そ、それより。今日は新しい、客か?」

「ええ、そう。私が客よ」

 

 そういうと私はいきなりトゥイークの手をねじり上げ、体をテーブルの上に叩きつけてから両手を拘束する。

 これで安心して、話ができるというものだろう。

 

 不機嫌になるトゥイークにいくつか確認をした後で、私は自分の立てた計画について全てを聞かせ、彼の意見を求めた。

 最初はどうでもよさそうだった彼だが、次第に興味が出てきたのか。前のめりになって眼の色を変えていく。

 

「つ、つ、つまり説明させてくれよ。あんた、保安官のくせに。俺の力を、借りたいってことか?」

 

 ああ、そこか。

 

「そうよ、力を貸して。アンタは腕がいいとシャーキーも太鼓判を押したわ。

 それで――私を”祝福”以外の方法で、”祝福”でトリップした状態にしてほしいの」

「あ、あ、あんた。マジでクールだ。それに、ま、ま、マジでイカレてる!」

「ああ、こればかりは俺もお前に同意する。正直、あんたおかしくなったんじゃないかって心配になるぜ、ジェシカ」

 

 ええ、実は私も自分で自分に呆れているわ。口にはしないけどね――。

 

 眠りながら考え続けていた。

 あの幻覚、あれがそもそも現実の出来事を反映したものだと考えると納得できることは多い。

 なら、あそこで見たものは現実でも見ていて。フェイスは私のそばにいたと言うならば――再びあの状態の中で彼らに接触すれば、そこに連邦保安官もいると言う理屈だ。

 

「い、い、今は技術もとんでもなく進歩した。スゲーヤバイけど、あ、あ、あんたの望むものは作れるかもしれない」

「でも、ぶっ飛んでいるときにそんな思った通りのことができるとは限らないだろう?」

「そ、そ、それはどうでもいい。でも、発想、凄くクールだ」

「イカれてるだけだ、やめたほうがいい」

「駄目だ、駄目、駄目!や、や、やめないだろ?やるよな?お、お、俺は気分がすっかり良くなったぞ。協力、して、やる」

「なら、決まりね?」

「ああ、そうだ。や、や、約束だ……この拘束を、と、と、といてくれ。はやく」

 

 シャーキーは深くため息をついた。

 ええ、そうよね。私だって本当はそうしたくてたまらない――。

 

「あの”祝福”ってのは、と、と、とびっきりヤバい奴だ。そ、それに負けないものってなると。す、す、すぺしゃるなのが必要。それを作る、今からな」

「どのくらい時間が必要?」

「へ、へへへ。どうかな、や、やってみないと」

 

 私はまたこうして危険な取引にすべてを賭けている……。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 11時間後――。

 シャーキーと別れただの登山者の姿になった私は、ようやく人のいない目的の場所に到着した。

 ここにくるまでに泥で服や顔、髪を汚し。準備はすでに整いつつあった。

 

 これは危険な賭けではない――。

 自分ではそう思っている、考えている。でもだからって皆に相談したわけじゃない。

 きっと止められてしまうだろうから。

 

 目立ちたがり屋で繊細だったジョンと違い、フェイスは一見すると慈悲深いように演じるが。その本質は冷酷で、残忍、用心深くもある。

 言い換えると臆病ということだが、それが彼女を守り続けてもいるのだ。

 ヘンベインリバーに来てから、公の場で彼女を見たという知らせがいまだにないのがその証拠だ。どこかに隠れ、出てこない。

 

 アーロンとクーガーズが進めている農園の襲撃が続けば彼女はたまらず姿を見せるかもと考えていたが、そうはなってない。逆にわかったことは、エデンズ・ゲートの影響は想像を超えていて物理的にすぐに取り除けるレベルではなくなっていたということだけ。彼女は確かに力を失っているが、その効果は微々たるものだった。

 そしてだからこそフェイス自身を何とかしなくてはならない。

 

 となると、ジョンの時のように彼女を怒らせるしかないが。その方法は限られてくる。

 彼女が捕らえている連邦保安官を取り戻すか。犠牲が出るのを覚悟してあの警備厳重なジョセフの巨像に攻撃を仕掛けて破壊するか――アーロンやアデレードは後者を考えていて、まだ決断できずにいる。

 だから私は前者に決めた。

 

 ”祝福”の毒は私をむしばみ、これを使うエデンズ・ゲートのいいように操られる危険性が出てきている。

 ジョンを殺した私は、今は英雄だが。このまま戦い続ければいつかレジスタンスの毒となってしまうかもしれない。私が助かるには毒が全身にいきわたる前に、出来るだけ早くこの”敵”を倒すしか道はないのだ。

 

 ランプを消し、ライトを消し、つかいきりの蛍光バトンだけ脇に置いておく。

 武器を一切身に着けず、ポケットからトゥイークの用意した1回分の粉末を取り出した。

 

 これが最後になるかもしれない――モンタナの夜の向こうにあるはずの景色を思い浮かべ、闇を見つめる。

 遠くに民家や街頭の明かりが見えるが、他はすべて真っ黒なまま。そこにあるはずの山々や木々、そこに生きる獣たちの様子も見えやしない。

 まさにホープカウンティの今が、これなんだ。

 

 一枚の紙を取り出し、その上に粉をまぶすと一気にそれを鼻から吸引する。

 軽くせき込み、鼻をすすりながら親指で丹念に鼻の下にこびりついた残っているモノを綺麗にぬぐってそれも鼻の穴に押し込んでいく。

 もう後戻りはできない――変化は徐々に表れてきた。

 

 判別の付かなかった闇の中にあるものが見えてくる気がする。

 遠くの山、車道の下を走り去るペギーのパトロール、目の前には森が広がり。そこに白いクーガーが、じっとこちらを見つめて目を光らせている。

 なぜかはわからないが突き動かされるような衝動によって立ち上がると。そこでジェシカの記憶は途絶えた。

 




(設定・人物紹介)
・トレイシー
原作でも元気なツンツン娘。優しい反面、本当に口汚いというギャップ萌え。


・オーブリーの食堂
原作にも存在するサブクエストに登場する。
やってみると実に頭のオカシイことをやらされるクエストだが、そこがなぜか気に入ったので使うことにした。

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