手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

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次回投稿は3日を予定


M.A.P

 あろうことか病み上がりのジェシカを外に連れ出し、どこかに放り出してきたというシャーキーを怒鳴りつけて追い出してから3日が過ぎていた。

 アーロン保安官はこの数日のつらさに耐えきれず、ついつい愚痴を聞かせてはいけない相手に思いを口に出してしまう。相手は当然のように、すぐに怒りだしてしまった。

 

『ああっ!もう聞いてらんないわよ、アーロン。男が腐って口を開くと、カビが生えてくるわ』

「フン、お前さんにみたいに欲望に忠実に生きてりゃ。こんな悩みとは縁がないか?」

 

 本日のホープカウンティは前日に引き続き雨、アデレードは当然だがマリーナに戻っていた。

 そういえばジェシカがいなくなるとホープカウンティは雨が降ることが多い気がする。

 

『当然よ、なんせガッツも馬力も違うんだから。そのおかげで私は小娘共のような悲劇のヒロインごっこはしなくてすむのよ』

「思春期の坊主みたいな言い方だな、アデレード。今年でいくつになったんだったか?」

『私の彼氏たちは楽しみ方を知っているだけよ。私も彼らと同じ、今を楽しんでるだけ』

 

 呆れつつも、同時に彼女をうらやましくも思う自分がいる。

 恋や愛が、問題じゃない。どんなことがあっても今の自分を後悔しないであろう彼女が、うらやましいのだ。

 これまではずっと自分はベストを尽くしてきたと考えていた。ペギーは放っておいたらいい――もしもの時を考えて手も打ちはしたが。それはあくまで保険。

 すぐにも必要になることだとは考えてなかったし。自分をここに置いて、荷物を下ろして先に進んでいった友人に自分も続くためにしたことだった。

 

 それがこんな事態となり、最悪の状態は回避できても。相変わらず自分は何もできていないということが無慈悲にもつきつけられている。

 これから目をそらすことはできない。

 

『シャーキーの坊やを追い出したこと、反省してる?』

「俺が?なぜだ、あいつは――」

『悪く無いわ。彼には責任はない、ジェシカだってそう』

「信じられんよ。新人はもうまともじゃない、彼女がしようとしたのはただの自殺行為でしかなかった!」

『それは私たちが追い詰めたから。だからジェシカは何も相談しないでひとりで進めたの』

「……そう、思うか?」

『フン、他に何があるっていうのよ。

 ペギーから”祝福”を奪うために農園を攻撃したけど、たいした効果は与えられていない。フェイスは姿を見せないし、どこにいるのかもわからない』

「残る手はひとつだけだ。しかし――犠牲は出したくない。俺達はもう、十分に傷ついている。これ以上なんて、おれはとても……」

 

 言えるわけがないだろう!?その言葉は飲み込んだ。

 年齢のせいだろうか。涙腺が弱くなったようで、感情的になるとよく目の端に涙が浮かぶようになってしまった。

 

 ふと、刑務所の外で誰かが叫んでいる声が聞こえた。

 警告しているようではないが、必死に何かを叫び続け。何かを仲間に訴えているように思えた。

 

『アーロン?』

「すまん、アデレード。外が騒がしいようだ、見に行ってみるよ」

『そう、それは良かった!いい加減、不愉快な時間を老いぼれ爺さんの泣き言に付き合わなくて済むようだし』

「そうだな、ありがとう。シワシワの婆さん、通信終了」

 

 通信機の前から立ち上がると、自然に手は腰のリボルバーに触れ。そこに弾が装填されていることを確認する。

 声はまだ聞こえている。

 ドアの前に走っていくクーガーズの若者たちの顔色も青白いものとなっていた。「おい、どうした?」アーロン保安官は彼らに声をかけると、信じられない答えが戻ってくる。

 

 ジェシカ保安官が戻ってきた。

 一緒にバークレー連邦保安官をペギーのところから連れ出して。アーロンの顔もそれを聞いて青ざめる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

――おい、新人。もう大丈夫だ、目を開けろ!俺を見ろ!

――アドレナリン持ってきたよ!

――そっちにも一本渡せ!すぐに打つんだ

――アーロン!こっちも手伝ってくれ

――ドクターとなんとかやってくれ。こっちも手いっぱいだ!

 

 自分が刑務所に戻れたことはわかった。

 だが、どうしてかわからないが私の中には恐怖が一杯に詰め込まれ。目に映るすべてが脅威におもえてしかたがない。だから抵抗する、力一杯に。

 

――トレイシー、こっちだ!

――動かないでっ

――おいっ、おいっ。落ち着け、頼む、抵抗するんじゃない!

――落ち着いてよ、お願いっ

――よし今だっ!早くっ

 

 トレイシーが両手で固く握りしめた注射器が振り下ろされ、冷たい針が肉を突き破ってメリメリと胸の中に入ってくるのを感じた。

 

――よーし、よーし、それでいい。もう、大丈夫だ、よく戻ってきた。

――あとは私が。保安官、隣を手伝ってあげて

――ああ、頼んだぞ。冷や冷やさせやがって……

――これで、いい。落ち着いてきた。あんた、本当に帰ってこれたんだね

 

 帰ってこれたのか。どうやって?

 トレイシーはその間も慣れた手つきで腕に針を通し、点滴と繋げる。

 

――はやく抜けそうだ。よかった、まだクソ混乱してるだろうけど。アンタなら大丈夫。

――クソっ、トレイシー。手が空いたらこっちも頼む!駄目だ、暴れるんじゃない。バーク連邦保安官、俺を見ろ!

――チクショウ。あっちは重症だよっ

 

 隣のベットにはアーロン、ヴァージル、ドクターが激しく抵抗しているバーク連邦保安官を取り押さえようとしている。

 それは見覚えのある。重度のジャンキーがみせる反応にそっくりだった。男達がしがみつくたびに狂ったように暴れまわり。蹴られたり突き飛ばされたりするだけで、それぞれがよろめき。また必死の形相で食いついていく。

 

――嫌だっ、クスリは!薬はやめてくれっ

――落ち着かせたいだけだ。抵抗するな、怪我をさせたくないんだ!

――これじゃ、近付けないよ!

――駄目だ、保安官。彼は拘束するしかない。道具を持ってくる!

――そんなものはいらん!ドクター、クソッ。動くんじゃない、バーグッ

 

 私の目はトロンとしてきて、再び意識が薄れていくのを感じた。

 まとわりつく疲労から、この肉体は眠りを欲しているのだと訴えてきている。

 でも私はまだ、眠るわけにはいかない――。

 

 結局、拘束具で手足を固定され。

 それでもなお激しく上下にたたきつけるようにして揺さぶることをやめないバーグ連邦保安官だったが、トレイシーの振り上げた針が彼の胸板を貫くのを確認すると。ようやく私は安心して自分の欲求に素直に従うことができた。

 

 

 アーロン保安官は部屋を出ると、壁に手をやって自分を支える。

 本当に、本当に新人の奴、やってのけた。バーグ連邦保安官他、7人までもフェイスのところから引き連れて戻ってきてくれた。

 おかげで刑務所は上から下まで大騒ぎになってしまったが。終わった今ではそれが逆に心地よいと言うものだ。

 

「――ちょっと保安官、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「もう、トシなんだからさ。無理しちゃだめだよ」

「そうだな……トレイシー、悪いがすぐに若い連中を集めてもらえないか?」

「そりゃいいけどさ――どうするのさ?」

「前にお前が言っていたことを覚えているか?」

「なんのこと?」

「ファーザーの像だ。あれを、ぶっ壊してやるのさ」

「っ!?わかった、すぐに皆を呼んでくるよ」

 

 覚悟は決めた。

 ジェシカはやってくれた。フェイスは彼女に怒りを感じているだろうが、それだけではまだ足りない。駄目押しが必要だ。

 

「フェイスが出てくれば、一気に勝負がつけられる。戦うなら今しかない」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 信者がつながりました、と言うとフェイスはすぐに自分と変わるように要求する。

 TV電話の前に座ると画面にはジェイコブ・シードが椅子にふんぞり返って偉そうにしていた。フェイスは彼があまり好きではない。

 

「聞きたいことがあるそうだな。どうした、フェイス?」

「……あの保安官にしてやられたわ」

「ほう。なにがあった?」

「ここに入り込んで、人を連れて出ていったのよ。ジェイコブ」

 

 答えるとなにかが彼の興味を引いたようで、こちらに身を乗り出してきた。

 

「あの女、”祝福”の効果に逆らったと?そう言っているのか?」

「知らないわ。でも、実際に彼女はそれをやってのけた。間違いないわ」

「証拠はあるのか?」

 

 フェイスは傍らの部下に合図を送り、映像を送るとジェイコブに伝えた。

 ジョセフの子供たちはその特別の地位にふさわしく、ホープカウンティにそれぞれがバンカーを管理する権利が与えられていた。

 フェイスのそれは他と違って少し特殊だ。

 彼女のバンカーの上層は解放されていて、症状が軽度の”天使”達によって”祝福”を作り出す工場が運営されている。天使は作業中、いつでも外に出られるが。それは同時に出て行ったまま戻ってこないこともあるわけで……数が減れば当然新しい”天使”が補充されるシステムになっている。

 

 そこにジェシカは入り込み、人を連れて脱出していった。

 ゾロゾロと正門から出ていく彼らの姿は深夜、ゲートの警備カメラがしっかりと見ていたが。警備はいつも見る光景とみても全く気にせずに放置してしまったのだ。

 

「あの女、堂々と正門から出ていったのか、ククク。ちゃんとお見送りはしてやったわけか?」

「笑い事じゃないの、ジェイコブ」

「自分のところの警備のミスを、まさか俺に文句言っているのか?」

「違うわ……警備は、私のミスよ。ジョンが死んで、家族は不安になってる。せめて巡礼だけはできるようにとそちらの警備を重視したんだけど、それが裏目に出たわ」

「そうか、大変だな」

「問題は!……なぜ彼女に”祝福”の効果がないのかってことよ」

「効果がない?何を言っている」

「だって見たでしょ!?あの女、あなたの洗脳術に抵抗してここに来た。そして連れ出した、多くを引き連れてでていったね。おかげで家族は混乱している、私もよ!」

「落ち着け、フェイス。考えさせてもらいたい」

 

 そう答えると、ジェイコブは押し黙った。

 そしてフェイスの我慢が擦り切れかけてくると、限界が来る前にようやく口を開く。

 

「考えがまとまったよ、フェイス」

「そう!よかった!それで?」

「やはりこれはお前のミスだ。お前に与えた洗脳技術は完ぺきだ。抵抗なんてできるわけがない」

「ジェイコブ!」

「聞け、フェイス。自信を持つんだ、お前に逆らえる奴はいない。”祝福”を味わったら、みんながそうなる。これまでそうだったろう?」

「でも彼女は違った。あの女は特別だと言うの?」

「――考えてみろ、これは簡単な数学の問題だ」

「数字は嫌い」

「ふぅ、フェイス……いいか?

 お前が使う技術は完ぺきだ。誰しもお前にひれ伏すだろうし、逃げられるものはいない。だが、ありえないことがおこった」

「ええ!だからそういってるんじゃない!」

「ならこれはどこかに穴があると言うことだ。単純に考えると”祝福”は関係ない」

「関係、ない?」

「使われなかった可能性がある。それでも、彼女はお前のところに来た。接触したのなら、教えておいたのだろう?どうすれば救われるのか、理解したらどこに向かえばいいのか」

「ええ、でも……あなたに教えてもらった通り。深層意識に隠しておいたのよ」

「ならそれを引き出したんだろう。そうでなければ、出来ない結果だ」

「そんなことができるの!?」

「やったんだろうな。そうでなければ、お前はそんなに取り乱したりはしなかっただろ?」

 

 ジェイコブは落ち着いている。自分も冷静、なはず。

 そしてこの問題の答えが彼の言うとおりであるとするなら……。

 

「――つまり、私のミスなのね。彼女の信仰心を見誤った」

「戦いには冷静さが必要だ、フェイス。お前の激しい感情にこれからも敵はつけこんでくるぞ」

「そんなこと、わかってる!」

 

 ジェイコブは再びイスに深く座りなおすと、なにやらいわくありげなことを言い始める。

 

「だが、そうはいっていられなくなる時も、ある」

「ないわ」

「その時が来たら、徹底的に敵を叩き潰すしかない。それができなければ、敵はお前の(のど)を食い破りに来るぞ」

「そんなことにはならない!」

「忘れるな、妹よ。やるなら徹底的にしろ。情けはかけるな、愚かな羊は弱者であると思い知らせなくては」

「さようなら、ジェイコブ。今日は感謝するわ」

 

 一方的にフェイスから連絡を切った。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

  ティムを部屋に入れて2人になるとフェイスは厳しく相手を問いただした。

 

「ファーザーの言葉を信じているわね?」

「はい、フェイス」

「疑ってはいない?エデンの門へ続く道を、歩くことを恐れない?」

「もちろんです、フェイス」

「――嘘ね。私にはそれが分かる。私も昔は嘘つきだったもの、誰だってだましてきた。でも私をだました人はいない」

「……フェイス」

「私の判断を疑ってるの?憎んでいるのかしら?」

「そんなっ。そんなことはっ」

「ない?」

「ありえません!あなたは――大切な人だ」

 

 これは嘘ではない。

 ティムは”フェイス”を、信じている。信じたいと、思っている。

 

「死んだのは自分の従兄弟だと言ったわね?頑固で、ファーザーを詐欺師だと叫び続けていた」

「はい」

「名前は、なんていったかしら?」

「エド。エド・エリスでした。母の2つ下の妹の息子です」

「彼はあなたの説得も聞かなかったし。皆を不安にさせていた、ああすることはしょうがなかったのよ」

「わかってます。あいつは、バカだ」

 

 仕方ないことだったと思ってる。

 それでも――このティムは傷ついているのだ。

 弱った男には慰めが必要だ。家族にそれを与えるのが”フェイス”の役目、つまり自分がなんとかしなければならない。

 

 いつも自分が有利になるために人をだましてきた。

 だがフェイスの置かれた状況に嘘が使えなくなってきている、そんな不安が生まれた。

 

 ジェシカ・ワイアット。

 

 ただの新人保安官、あの夜も見てそうとしか思わなかった。

 なのにそれが頭を悩ませ始めている。信じられないことを起こしている、それを奇跡だと言い出す不信心者が出てきている。ジョセフの言葉に逆らい続け、ジョンを倒し、ホランドバレーまでも開放して見せた。次はここなのだ、と。

 

――彼女はフェイスを倒す。そしてヘンベインリバーも解放する

 

 泥に汚れた犬のようになっても、あのエド達はずっとそう叫び続けていた。あいつらは天使となって、もう叫ぶことはない。

 

(フェイスは倒れない。ジョセフのフェイスは、決して)

 

 恐ろしげな野太い男の欲望に満ちた嘲笑を闇の中で聞く、フェイスにそんな恐れはないはずなのに。

 それまでは憎悪の瞳から強い意志が消えるのを漕ぎみよいものと思っていたのに、それがあの呪いの言葉を強くよみがえらせてくる。

 恐怖だ、圧倒的な恐怖がプレッシャーとなって離れてくれない。

 

 

 いきなりフェイスはティムの手を両手で握ると頭を垂れる。ティムは黙ってそれを見ているだけ。

 カハッ、ウゥェ!

 数度えずくと、フェイスは自分がティムにすがろうとしている自分の姿に気が付く。姿勢はそのままだが、徐々に息が荒くなっていく。

 

 

 次に顔を上げた時、フェイスは一匹の狼のように爪を立て、歯をむき出しにしてティムにとびかかる。

 部屋の中の機材を乱暴にいくつも突き飛ばし、床の上に転がる2人。片方を床に押し付け、自分は征服者だと獣となった女は吠える。




(設定・人物紹介)
・バークレー連邦保安官
今回の騒ぎの元凶。
原作ではヘリ墜落後に合流し、ペギーの追撃にあって結局捕まってしまった。
彼が主人公にどのようにしてフェイスのところから救助されたのかは正確な描写はない。

なので本当ならそれを描く予定であったが、オカルトっぽくなりすぎるとカットされた。


・フェイスのハンガー
フェイスのハンガーは上層と下層の2層で構成されているという設定で、半分は彼らの使う貴重な祝福の生産施設となっている。
フェイスが天使を放り出しているというのは、つまりここで祝福の増産を進めたために。一気に症状が悪化して出て行ってしまった天使が増えたから、ということ。


・お前に与えた洗脳技術
原作ではなぜエデンズ・ゲートがあれほどの薬物やそれをつかった危険な技術を持っているのかを説明するものは少ない。
なので、この作品ではそれの一つの答えを用意した。

ここでは”歴代のフェイス”たちはジェイコブからその技術を与えられている、ということを示している。

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