手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪
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妖しき静寂

 エデンズ・ゲートの精神的支柱、ホープカウンティぞ見下ろす巨大なジョセフ・シードが消えた。

 

 レジスタンスの共同作戦は成功に終わった――完全な勝利ではなかったが。

 それでもその結果は目覚ましいものだった。ヘンベインリバーからペギーが消えはじめたのだ。車道を走る車、川を進む舟、空を飛ぶヘリ。そのすべてがその翌日から消えた。

 

 唐突に平和がやってきている、そう思うしかないほどに静かになったのだ。

 

 そんなのが3日も続くとアーロンとダッチ、ヴァージルは意見を同じにせざるを得なくなった。

 クーガーズに家に戻れるものは帰宅してよいと、許可を与えた。フェイスからの反撃を恐れなかったわけではないが、自宅に戻りたがっている彼らの思いと。今なお行方不明のままのジェシカの捜索が喜ばしいものではないことで、そうする必要があったのだ。

 このまま何事もなく時が過ぎるなら、フェイスは抑えられないままでも、このヘンベインリバーは解放されたとの宣言を出すことにもなるだろう。

 

 アデレードは彼女の若者たちとさっそくアリーナの再建に着手するのだと宣言し、シャーキーはそれに協力を申し出た。

 アーロンとトレイシーは家に戻れないクーガーズの仲間を連れて引き続きジェシカの捜索を続け。ヴァージルはバーグ連邦保安官のお目付け役としてホープカウンティ刑務所に残った。

 

 この時、レジスタンスは気が付かないうちに自分たちの兵力をヘンベインリバー中に拡散させてしまう――。

 

 

 今日も警備室で2人、ヴァージルとバーグは仲良くカードゲームをやっている。

 あれから時間がある時は、このまだ調子のよくない連邦保安官をヴァージルは辛抱強くゲームに誘っていた。

 このヴァージルの見るところ、時間がたつにつれて目の前の連邦保安官の反応が良くなってきているように見え。もしかしたら、彼はまだ大丈夫なのではないか。ここから目を見張るような回復を見せてくれるのでは、そんな希望を持つようになっていた。

 

 だがこれを口にするとアーロンもトレイシーも口を閉ざし、あのドクター・リジ―などは「そんなことはありえないだろう」とまで言ってみせたのだ。あの藪医者め――といっても、獣医だが。とにかく今のヴァージルには、彼らの意見を打ち砕く日が楽しみでならないのだ。

 

「……ツーペアか。君の勝ちだ」

「ああ、それじゃ――」

「わかってるよ」

 

 そう答えると、ヴァージルはしぶしぶ机の中から”弾倉が抜かれ、空のペレッタM92”Fを取り出して連邦捜査官に渡した。

 ここ数日はすっかりおとなしいようだし。フェイスもいない。

 そろそろゲームに変化が欲しくなって、今日はこうしていろいろと賭けをやっている。武器を持たせるのはもちろん許せるものではないが、本人が武器を持っていないのは不安だというし。弾丸が入っていない銃なら、別に飾りと変わらないだろうと言われて納得したのだ。

 

 今日の彼は絶好調なのだろう。スタートからヴァージルはまったく勝たしてもらえない。

 おかげでここまで、彼にこの警備室の質問に答えたり。こうして空の銃を渡したりやっている。

 

 だがこの辺りでお互い本気になるべきだろう。

 

「それじゃ、次はこうしないか?ようやく銃を手にしたんだ。ステップアップするんだよ。次にお前が負けたら、このクーガーズのバッジをつけるんだ」

「クーガー……ズ、か」

「どうだい、連邦保安官?やめるかい?」

「こっちが勝ったら?」

「その時はどうしたい?」

「このゲームは、もういい。終わりだ」

 

 気分良く勝ち逃げしたいというわけか。なるほど、それはわからないではない。

 カードを配るといきなりであった。

 

「フフフ、コール」

「――では、私も」

「ストレートフラッシュ」

「……チクショウ」

 

 ハッタリだと思い、4のワンペアで勝負に出た。

 まさかそう来るとは考えてもいなかった。大事なところで”しくじって”しまったようだ。

 

 そうだ。ヴァージルは確かにしくじってしまったのだ。

 カードが配られる中、バーグ連邦保安官はポケットから9ミリ弾の詰まった弾倉を取り出しそれを素早く静かにしまい込むペレッタに押し込んでいた。この連邦保安官は、ヴァージル以外にもクーガーズの若者たちとのゲームで弾丸を一発ずつ、空のマガジンを一本。すでに手に入れていたのだ。

 そして最後に必要だったものは、すでにヴァージルの手から与えられている。

 

 普段であれば決してそんなことを許しはしなかったし。所持品のチェックもしていたのだろうが。

 攻撃の成功、行方不明となったジェシカ。そして静寂のヘンベインリバー。

 最悪の時を耐えていたクーガーズの若者たちに大勝利に浮かれるな、気を引き締めろといってもどうしようもない状況であったのだ。

 

 ゲームがバーグ連邦保安官の勝利に終わるとホルスターに一度は収められた銃に右手が添えられる。

 スライドを引き、安全装置を外すだけでそれは簡単に人を殺せる状態にある。バーグの目に危険な光が灯る。

 

「この手が彼らの血で汚れ……私は英雄の気持ちを味わった」

「なんだって?連邦保安官」

「私は、英雄の気持ちを、味わった!」

 

 立ち上がりながら驚いた顔をするヴァージルに向けていきなり銃を発射。

 1発目は額に穴をあけると、崩れ落ちた彼の胸元に念入りにさらに2発を撃ち込んでとどめを刺す。最後の瞬間まで善良だったヴァージルの顔には驚いた表情で固まっている。

 

「あんたは良い人だった。でも許してくれ、他に方法はなかったんだ」

 

 今しがた殺したばかりの男に罪悪感を抱きながら、バーグは言い訳めいたことを口にする。だが、彼がやるべきことは変わらない。

 部屋の機械類の前に立つと、そこにある警備装置の電源をすべてオフにしてからそれら全てを破壊する。

 そして火花散り、悲鳴を上げる機器類を前にしてバーク連邦保安官は銃口を自分のあごの下に突き付ける。

 

 自分が本当に望んでいた最後がここにあった。

 彼が諦めさせてくれ。彼女がどうすればいいのかを教えてくれた。彼らへの感謝には、これで報いることができただろうと思う。

 

 外ではようやく警備装置の異変に気が付き、なんとかしろと怒鳴り声が聞こえる。

 今、ここには普段の3分の1程度の人員しか残っていない。散っている仲間を呼び戻す前にこれを何とかできないと、ペギーがいつかのように襲ってきたら耐えられるかどうか。

 

 だが、バーグはそんな彼らに責められるつもりは、 ない。

 

「新人、どうして俺を連れ戻した。

 彼らが苦しむのも、こうなってしまったのも、全部お前のせいだ。お前のせいなんだぞ」

 

 そう言うと、再び表情を失い多幸感にひたるそれとなったまま。

 バーグ連邦保安官は自らの命に決着をつけた。

 

 

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 彼女の怒りに満ちた声は、この世界を震わせるほどのものだった。

 

「あなたを理解することができないわ。まさか、自分がやりたいことをやっても。それがずっと許されるとでも本当は思っていたの?」

 

 何か問題が?

 

「私はあなたにも平等に接してきた。ジョンのように力ではなく、知性と会話で問題が解決することを求めたわ。なのにあなたはなんて勝手な人なの!」

 

 ジョンと同じく、シードの名を持つ奴には不快な記憶しか自分はない。

 

「あなたの意思を尊重した。あなたは天使にはしないであげたの。

 それなのに、ここに残りたいと言う人々をあなたは無理矢理に連れ帰ったわ。それは許さない」

 

 フェイスは洗脳をおこなう、そう聞いたのは間違っていたと?

 魔女と人々の恐れられているくせに、いつまで聖女の振りをしているつもりだ?

 

「そんなことっ――ああ、あなた。あなた、英雄になりたかったのかしら?」

 

 心臓が音高く鼓動を打つのに跳ねるのを感じた。

 

「軍では手に出来なかったものを。愛した男に裏切られたことを。負け犬でみじめな人生を送っていた自分は本当ならそうなるべきだと、そう思った?

 随分と身勝手な理由で私たちを憎むのね、保安官」

 

 彼女の言葉は氷の刃と同じだった。

 皮膚と肉を容易に裂いて血を流させ、骨に触れてはその冷たさにぬくもりが奪われていく。

 

「本当にどうしようもなく傲慢な女。

 知ってるかしら?ギリシャ人は人々が持つ傲慢こそ、女神ネメシスを報復に駆り立てている原動力だと考えた。まさに危険な自尊心よね」

 

 私に返す言葉はない。

 私は正義を求めている。彼らの横暴なやりように抵抗している、私に報復は関係ない。

 

「あなたの言葉が私たちに向けられる暴力だというのなら、私も同じものを使うことにするわ」

 

 私は今度は鼻で笑ってやる。

 ジョセフ・シードの巨像は倒れた。ヘンベインリバーどころか、ホープカウンティでの力関係もついに変化が訪れた。もう、エデンズ・ゲートに恐れるだけの日々は終わったのだ。

 それを再びひっくりかえせるとでも?

 

「そうね――あなたをここに呼んだのは、私。

 だってきっと愚かなあなた達ならファーザーの像を傷つけるものだってわかっていたもの。だからね、攻撃を受ける前にあらかじめあそこに”祝福”を精製する前の段階にある濃縮された粉末の入ったコンテナを詰め込んでおいたのよ。粉が目に入ったりはしなかった?」

 

 あれか!

 ガラクタとなって崩れていく像の中からこちらに向かってくる襲ってくる真っ白な霧を思い出した。

 こんな小娘の小狡さに引っ掛かってしまうとは――。

 

「私を怒らせたかったんでしょ?成功よ、おめでとうジェシカ保安官。

 それじゃさっそくだけど、あなたのレジスタンスには報いを受けてもらうわ。あなたの好きな暴力で、あの人たちはどうなってしまうんでしょうね」

 

 トレーシーが言っていた。

 あの娘は本当はフェイスじゃなかった、と。

 どうしようもない嘘つきではあったけど、哀れな娘であったはずなのに、と。

 

「ああ……あなたは今回は英雄になれるのかしら。いえ、無理よね。

 ひどいことにならないチャンスがあった時にも、ああんたが話を聞き入れてさえすれば。悲劇はきっとなにひとつとして起こらなかったでしょうに」

 

 笑うフェイスの口元が真っ赤に染まっていく。

 すると次の瞬間、電気が消えたかのようにあの世界からブラックアウトする。私はフェイスとのつながりを失ってしまったのだ。この展開は――想像していなかった。

 

 

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 ニューヨーク――。

 

 今日もスーツ姿のクリス・リーは会議室に入ると、大画面の前に立ち。

 近くにあったコンソールをいじると、電源が入ったのだろうブルースクリーンがあらわれ――。画面に彼のボスであるロイドが映し出された。

 

『――フッ、さすがだなクリス。時間通りだ』

「それが給料分の働きってやつです」

『だが雇用主から離れている警備主任に払うには、ゼロが多すぎる』

「ロイド、元気そうでよかった。そちらはどんな感じですか?」

 

 他の元ドレビンと共に欧州にいるロイドは、部下の問いに苦笑いだけで返す。

 やはり難しいのか――。

 

『結局のところ、ヨーロッパと言う共同体の幻想はイギリスではじまり。イギリスで終わってしまったのかもしれないな』

「……今日は弱気ですね」

『ローマの落日か、なんて笑ってここに来たが。我々ドレビンズが想像した以上に現実はもっと悲惨だったというわけさ』

「自虐にすぎますよ。あなたらしくない」

『夕食の席での我々全員がそうだった、まだ引いているんだろう。

 数年前までは大ロシアの復活をEUがねじ伏せると豪語していたような奴らは、すっかり牙を抜かれて自分の取り分だけを心配している子犬となっているんだぞ。経済の悪化がここまで人をみじめに振舞わせるのかと思うと、貧乏は恐ろしいな、クリス』

「ええ、そうでしょうね。

 軍隊から出た私が幸せにしていられるのは、良いボスの下で働けるからだと感謝してます」

『俺にもそんなボスが欲しいよ』

「――大丈夫ですか?

 この世界じゃあなた方は今でも嫌われ者なんですよ。警備状況が不安です、私もそちらに向かいましょうか?」

『その必要はない。大丈夫、お前と話せて少し元気が出てきた』

 

 ここ10年、アジアでは不穏な空気が流れていた。

 中国のオリンピック参加から始まった大陸の経済躍進が巨大な市場を生み出す結果につながり。これによってアジアの中で主導権を握ろうとする動きは軍事と外交で動きが始まり、それがここにきて周辺国にまで波及していた。

 それがひとつ所で歪みを生んだのである。

 

 50年以上前の半島での戦争の再来――。

 形や状況は違うが、再びあの戦争が始まるのではないかという不安が高まっている。

 これを国連主導で回避すべく、ドレビンズは動いているわけだが。彼らの思惑は失敗続きの連続で終わってしまっている。

 

 彼らの言葉は十分に世界に向けられ伝えられているが、国連の力が足りないことでそこに十分な説得力を持たせられないでいるのだ。

 

「戦争は、避けられませんか?」

『予言者ではないのでね。それでもまだ希望を捨てずに努力はしているよ。

 だが外側から手を伸ばしても、内側には手が届かないというの今の我々の正直な状況でね。最後は対立する両者に人としての理性が残されていることを期待しなくちゃいけなくなるかもしれない』

「独裁者と戦うことが人生、そう言い放つ大統領にそれを求めるんですか?

 賭けが成立しませんよ、それじゃ」

『ああ、だからこうして酔っ払って自分たちを笑ってるのさ』

 

 もちろん彼ら(ロイド達)だって次の手を考えてはいるのだろうが――。

 今のロイドに、彼が新しく始めた黒いビジネス・パートナーの話をしていいものだろうか?

 

『――気を使わなくていい。ジェシカの話だろ?なにかトラブルか』

「報告は今朝送ったので全てです。次回分の輸送は許可がもらえれば数日以内に投下を実行します」

『まさかまた、あそこに行きたいのか?』

モンタナ内戦(CVIL WAR)と言えるくらいに、あそこはもう立派な戦場になりつつありますから、それはありませいん。そもそも彼女の戦争です」

『そうだな。あれは彼女の戦争だ』

「連絡を受けた時はふぬけた目をしていましたが、だいぶ戻ってきたように見えました。すぐに全盛期とはいかんでしょうが、心配はしていません」

『――お気に入りの部下は戻ってきたか。それは喜ばしい話だが、別にトラブルではないだろう?』

 

 ようやく本題に入れる。

 

「実はあなたに質問があります。いくつか」

『どうぞ、警備主任。準備のための打ち合わせは重要だ』

「今回の荷が、ほとんど日用品と言うのは?」

『モンタナ州知事とモンタナの警察関係者は正式にホープカウンティを見捨てたからな。潰された道路は公式では山崩れが起こったことにされ、復旧のめどは経済難で不明とされている。予算の話で議会はもめるだろうが、ホープカウンティの惨状についての情報が出ることはないだろうな。

 警察もその動きに追従している。彼らはホープカウンティと繋がるルートを検問、封鎖はするが真の理由には口を閉ざす。素晴らしい団結力だな、同時に恐ろしい話でもある。

 

 すべて考えていた通りだったのだ。

 エデンズ・ゲートとやらのカルトの手が州知事と司法の連中を動かせなくてしているんだろう。デジタルの力でおこる未来の籠城戦だ、それならば物資が必要だろう?』

「武器商人として問題では?」

『我々は戦場では売れるモノを売るのさ。それが戦場生活者を相手にする商人の心得だ』

「そうですか。それはまぁ、いいですね」

『なんだい、面白い奴だ』

 

 画面の向こうで笑い声が聞こえ、今ならもっとつっこんでもちゃんと答えてもらえるとクリスは確信した。

 

「ですがその中にジェシカ宛の奇妙な贈り物が入ってるのはなぜです、ロイド」

『……知ってたのか。中を見てないのか?』

「あなた宛てならそうしましたがね。あなたから彼女へ、というなら別です」

『興味はあるんだろう?』

「だからこうして聞いてるんですよ。あれは、なんです?」

『秘密だ』

「わかりました。聞き方を変えましょう、どうしてジェシカにナノ・シリンジを送りつけたいのですか?あなただって知っているでしょう、彼女の身体はナノテクノロジーを受け付けない、と」

『なんだ、わかっていたか』

「去年、闇マーケットをさらった時にどさくさに紛れて手に入れたものですから。あれはあなたの命令で、私が回収を指揮しましたから」

 

 軍用ナノ・マシン。

 ジェシカの軍でのキャリアを汚し続けた元凶。

 彼女の神経網は、自分たちの中に外から異物が混じるのを頑なに嫌い続けた。ジェシカがそれを望んでも、彼女を構成する細胞たちは異物の存在を許さなかった。

 軍から解放された今は、ジェシカもまっさらな綺麗な体に戻されているはずだが。そんな彼女が新しいものを贈られて喜ぶとは思えなかった。

 

『あそこはもう戦場だ、君はさっきそういっただろ?』

「ええ、2度も違う方法で潜入と脱出をやってきた場所です。違いは理解していますよ」

『だからそれをジェシカに贈るのさ。私からのプレゼントだ』

「本人は喜ばないでしょう」

『確かにな。だが、だからといって使わないとも思わないね』

「本気ですか?」

『断言しよう。ジェシカは使うよ、今の彼女なら間違いなくね』

 

 クリスは呆れて、そしてそれでも自信をもって言い切る雇用主に「理解できない」ともらした。

 ロイドは笑った。

 

『私は常に人を見る。ジェシカをパートナーにしたのは、彼女もそうだとわかっているからだ。

 でなければ苦境にあったとしても、私にどう話を持ち掛ければいいのか。彼女が分かったはずもない。彼女が軍にいた時、私は常に灰色の側の人間で、両側に立つ人間たちからはさげすまれるような男だった。それでも我々のつきあいは続いた』

「確かに驚きましたよ。私があなたの側にいても彼女は驚かなかった。でも、私はあなた達があんなビジネスを始めるとは思わなかった」

『ドレビンだって所詮は武器商人なのだ。現実の世界で夢が色あせるということは、活動資金が目減りする一方というわけで冷静さも失っていく。

 私だけではないだろうな。すでに昔の世界に片足だけでも戻っていく同僚達は他にもいるさ。もちろん、それを口にはしないがね』

「ですが、どうしてナノマシンを?」

『テクノロジーの進歩は凄まじい。あれからすでに5年だ、ナノマシンもさらに進化している』

「今のマシンならば彼女の身体でも受け付ける?」

『わからないよ。ただ、私が送る理由が単純で彼女に死んでほしくないからそれを渡すんだ』

 

 ロイドは調べていた、軍がジェシカを放り出す証拠とした書類の数々を。

 ジェシカは自分がたつ戦場と仲間たちを最後まで自分は選べなかったと考えているが、それは言い換えれば自分がいるべき場所を間違えていたことになる。遅かれ早かれ、粘り続けても彼女の運命は大きくは変わらなかっただろう。

 

『ああいう戦場では彼女は自分の命を顧みないで戦おうとするだろう。死は彼女の隣に立って、襲う時を待ち続けている』

「兵士はみんなそうです。戦場ではそれがルールだ」

『SWAT時代の彼女は抜け殻も同然だったそうだ。そんな彼女も戦場に戻れば、過去を取り戻そうとする。だがそれは無理だ、今度は過ぎ去った時間と若さが彼女から多くを奪い去っているのだからな』

「あなたはそういう兵士たちを見てきたわけですね」

『その足りないものを私が足してやる。新たな彼女との関係のために、私は誠実なパートナーだろう?』

「納得しませんよ。何か知っているんですね?」

『……』

 

 当たり、だ。

 兵士にナノマシンを投与してもそれだけじゃ意味がない。SOPのようにシステムによって兵士を管理しなくては。

 だが、ジェシカにはそれがないのだ。ナノテクノロジーは個人の能力に多少のブーストは得られるだろうが、恩恵と言うほどのものはないはず。

 

『君はMKウルトラ計画は知っているな?』

「CIAの?あの狂った計画のことですよね?」

『ナチスの優秀な学者どもを引き込んだせいで、彼らの口にする狂気に感化されてしまった愛国者達。そう、それだ』

「彼らは軍に、超人兵士計画としてその技術は他にも流用できるものだと協力を求めていた」

『公式には彼らのデータは封印され、処分されたと判断された。誰も信じてはいないがね』

「それが関係している、と?」

『彼女が相手にしているエデンズ・ゲートは国外の組織とも接触していたんだ。

 カルトに多いそうだが、彼らもマインド・コントロールを自分の信者にやっている。それも薬物を用いたやり方で』

「……ジョセフ・シードでしたか。そいつはそんな危険な技術を手に入れていた、と?」

『少し掘り起こしてみたら、そんな気になったというだけさ。証拠を見せろとは言わないでくれよ』

「あのナノ・システムはジェシカへの保険。そういうことですか――」

『……さぁな。疲れてるんだ、もう話はこれぐらいでいいのだろう?』

 

 ロイドは肝心な部分は教えてくれなかった。

 どういうつもりであんなものを考えたのかはわからないが、少なくとも目的だけは、はっきりした。ジェシカを死なさないためだろう。

 

「では、荷物はこのまま明後日にでも届けます」

『私はこちらで予定のスケジュールを進める。問題がないならお前の好きにやっていい』

 

 そういうと急に興味を失ったらしいロイドはターミナルに手を伸ばし、大画面から消えた。

 

 

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 顔に何か心地よいものが何度も触れるのを感じた。

 手を差し伸べると、それが生き物であることがなんとなくだが分かった。口元には鋭い牙があるが、こちらに興味がないのか。傷つけるつもりはないらしい。

 それでもまだ目覚めない私に苛立っているようで、冷たくて大きな肉球が私の顔にペタペタと張り付けられた。

 

「ちょっと――な、なにっ!?」

 

 さすがに驚いて飛びあがった。

 見ると地平線に太陽が――周囲には甘いにおいが強すぎて不快な白い花が咲き乱れ、その中で横になって意識を失っていた私と――。

 

「ピーチズ?あなた、ピーチズよね?」

「……」

「なんでこんな――って、あれ?」

 

 クーガーのピーチズ。

 ヘンベインリバーに来て、アデレードを助けた後だ。クーガー・センターと呼ばれる場所を解放した。そこで飼われていたのがこの子である。

 なんでも自分の面倒を見てくれる人間を、家臣か何かのように思うらしく。人懐っこく、自分に奉仕させようとするから野生がないのだと変な紹介をされ。なぜか空腹だという彼女のために飼育係の真似事までさせられた。

 それでどうも、自分も彼女の家臣のリストに加えられたらしい。立ち去るまでずっと足元にすり寄られて遊ぶように要求され、アデレードと共に立ち去る際には残念そうに地上からずっとこちらを見上げて見送っていたっけ。

 

 そんなピーチズは、どうやらこうして無様にトリップしておかしくなっていた配下の面倒を見に、ここまでわざわざ捜しに来てくれたようだ。

 喉や頭を強めに撫でまわすと、気持ちよさそうに胸の中に頭を潜り込ませてきながらグルルと満足だと喉ぞ鳴らす。

 

 私はまだふらつきながらもペギーの白い花畑から出ると。

 目の前の山道には止まっているバギーと、ハンドルにぶら下がっている無線機。どうやらそれに乗っていた人間たちの姿は見えない。

 いつからかはわからないが、それは雑音をがなり続けていた。

 

『……どうしたらいいんだよ!?俺達はっ』

「ニック?」

『ジェシカ!?マジか、本当にジェシカなのか!?保安官の!?』

「ええ――どうしたの?何が起こったの?」

『大変なんだ、保安官。フェイスの奴が反撃に出てきた!ホープカウンティ刑務所とアデレードのマリーナが襲撃を受けている、今!』

 

 太陽は沈んでいく、キレイな夕日だったんだ。

 どこからかフェイスの楽しそうな笑い声が聞こえた気がした。

 

 まだ記憶がはっきりしないが、ここはまだホープカウンティで。私はまだ正気を失わずにいられたようだ。

 すぐに首を振って頭の中を切り替えると、無線に向かって指示を出した。

 

『グレースたちはアリーナにいるから俺も空に上がったが、両方は助けられない!』

「ニック!アリーナに向かって」

『保安官は!?』

「任せたわよ」

 

 通信を切ると、バギーにまたがる。

 なにがどうなっているのか、自分に何が起きたのかはわからないが。誰も助けを求められない状況で、私は再び戦わなければならない。集中しろ、任務の失敗は取り返しのつかない結果を招くことになるに違いないのだ。

 

 エンジンをかけると、私は”山頂を目指し”。刑務所に背を向けて走り出した――。

 




(設定・人物紹介)
・イギリスではじまり~
はじまり、はWWⅡ後のチャーチルによるヨーロッパ連合のこと。
終わり、はキャメロンが首相在籍時におこなった国民投票のこと。


・アジアでは不穏な空気
FC5では、はっきりとはされてないものの。物語の背景で、アメリカと北朝鮮との緊張状態が続いていることを示唆されている。


・Mkウルトラ計画
WWⅡ後、ナチスが保管していた人体実験のデータを入手。
さらに科学者を集め、あらたな技術開発を進めようとした、とされている計画。

1973年、文書の破棄が命ぜられた。


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