ちょっとガバってます、申し訳ない。でもスパイダーマン楽しい。やめられない。
あれは確か、2016年の夏の初めだった。
ドクター・マク・レンとの診察を終えた私は、ビル街の出入り口でにこやかな笑みを浮かべた若い男から「ワイアット曹長ですよね?」と声をかけられた。
男の話術は巧みで、私は警戒はしつつも彼に従い近くのピザ屋へと移動した。
お互いが向かい合って席に着くころには、私はすでに相手の所属を見抜いていた。だからピザが運ばれてくるのを見計らってから、「用件だけ聞く」と告げる。
「ああ、怪しまれてもしょうがない。ですが、聞いてください。
こっちはあなたを調べました、軍での経歴を。素晴らしい成績です、ただ一点をのぞきますが――」
「ええ、別に言わなくてもいいわ。聞きたくもないし」
「わかります……不正規任務ではひどい目にあったそうですね?なのに軍は、これ幸いにとあなたを放り出した」
「言っとくけど、傭兵ビジネスに興味はないわ。金とスリルは求めてない」
「それもわかります。だってあなたは愛国者だ。忠誠を示す対象のない戦場に意味を感じないのでしょう。
わかりますよね?その、
「わかるわ。続けて――」
「私にそれがわかるのは、あなたと同じ、愛国者であるから。
あなたの秘めた熱い思いは、あなたを評価した上司たちの言葉を読めばわかります。タフな人間はあそこでは多いですが、頭の回転が速く、冷静で視野を広く持てる人は少ない。それが兵士であれば、なおされですよ」
「別にあなたに褒められてうれしいとは思わないけど。一応はありがとうとだけいわせてもらうわ」
「ええ、あなたはもっと誇られてしかるべき兵士でした。その機会が奪われたことは、大変に気の毒です」
「で?」
まだ肝心の要件が出て居ていない。
私の我慢はすでに原価に近づいている。
「吾々のところに来ませんか?あなたのファイルを見て、私以外にも興味があるのならと口にする人はこちらでは少なくない」
「ラングレー、つまりCIAにって意味よね?」
「素晴らしい観察眼です。そうです、うちは軍ではありませんが。あなたのスキルは必要としています。ぜひ、力を貸してください」
「パラミリになれって?」
パラミリタリー・オフィサーはCIAの実働部隊を示すものだった。
あのガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件以降、軍が再編を進めるのに合わせ。軍を抜け出た連中に声をかけまくっていることは、同じような境遇の元仲間たちからそれとなく聞かされていた。何人かはそれに興味を示したとも聞くが、大半は背を向けたとも聞いた。
「軍とは性質は違いますが。愛国者が共に我らの国の敵に対処するために活動するのが、うちの役目。
こちらの戦場でも、あなたは国旗と愛国心を胸に堂々と戦うチャンスが手に入りますよ」
「そのかわり、私の名前はラングレーの墓碑銘にこっそりと追加させてくれるってわけよね」
「傭兵では得られないものが与えられるのです。
それともあなたのプライドが許さない?我々の戦場で倒れたとしても、葬儀には長官や将軍が参列し。あなたのためにと魂の安らぎを祈られるだけでは不満?軍人であれば、そんなことは決してありえないというのに」
1年前のまだ営倉で燻っていたころの私なら、こいつは直ちに殺していただろうが。今は、違う。
私は変わったのだ。変化が必要で、それに適応した。決して今の姿が好きというわけではないが――。
「選択は私に?」
「そうです。あなたが選んで」
「ならお断りよ。それと――自分がまるで最初の人間のように考えているようだから教えてあげる。ラングレーのスカウトも人不足のようね?
私がすでに何回断っているのか、あなた何も聞かされていないんでしょう?だからもう一度だけ、これが最後よ。お断りよ、時代遅れのスパイ屋さん」
目の前の大きなピザから2切れ、それを合わせてから手に取ると立ち上がる。
店を出ながらムシャムシャトそれにかぶりつく。このピザ、あまりにおいしそうな匂いを放つものだからお腹がすいてきてしまった。
フェイスのバンカーの前では戦闘は終わっていた。
そこらにフェイスがばらまいたグレネード弾による爪痕が地面に穴を穿ち。スピーカーから流れていたフェイスのアメイジング・グレイスに引き寄せられてきていた大量の”天使”達。
スピーカーは今もアメイジング・グレイスを流しはしていたが、とぎれとぎれで悲しい音色だけ。
2人の間に生まれた嵐は。天使達を吹き飛ばしては宙を飛び。引き裂かれては血と肉をばらまき。土がそれらと混ざりあって泥となると、鼻が曲がるような汚らしいにおいを周囲に放っている。
そんな暴力によって絶命した”天使”達の中には、あのフェイスが弄んだティム。乱暴の施術で強引に”天使”にされた彼や。エド・エリスと共にこのヘンベインリバーで行方をくらましていたジェイク。彼らの命はあっさりと消費されつくした。
そしてフェイスは――。
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美しい世界の中では、私は岸辺に立ち。流れる川の中にいるフェイスをそこから見下ろす。
フェイスの顔は青白く。徐々に死相を濃くする彼女の目は、憎悪の炎で逆にらんらんと輝やかせていた。
――あの保安官は……約束してくれた。エデンで私たちと家族になるって。
――あの保安官が、ファーザーとあなたの間にある壁となっていた。
――それを取り払ってあげたの。それであなたは自由になれる。
お互い馬鹿をやった。
大量のグレネード弾に、M60から飛び出していくライフル弾。やりすぎだった。
――なのにまだ真実から目を背け続けるっていうの!?
私に感情はない。
手に持っていたM60を地面に放り出すと、持ってきたペレッタM92Fを――ヴァージルが連邦保安官に撃たれた銃を腰のホルスターから引き抜いた。
――あなたが戦う理由はなかった!自由になるチャンス、どうしてそれを駄目にするの?
――私がそんなに憎い?私が与えたものは価値がない?簡単に捨てられるものなの?
――私はただ、ファーザーに逆らえないだけなのに。
彼女は私を責め立てるが、私に動揺はない。
そしていきなりフェイスに向けて引金を引く。弾はわずかに頬をかするように外れた。当然だ、そうなるように撃った。
――撃ったのね。ひどい、すごく痛い
顔に手をやり、うつむく彼女。
再び顔を上げると、美しかったその頬に傷が生まれ。そこから流れ落ちる血が、首元から真っ白だった彼女の服を血で汚していく。
――ジョセフは救世主かもしれない
――でもあなたが。あなたがこんなことを続ける限り、真実は遠くなっていってしまう
――あなたならこの戦いを終えることができる。あなたなら……
血で汚れても、また聖女の仮面をつけたのか。
目の中の憎悪が突然消え去ると、こちらにゆっくりと近づいて来ようとしている。両腕を広げ、私が受け入れるならばそのまま抱きとめようとでもするように。
だが私にそれは必要ない。
無慈悲に近づいてくるフェイスの頭に向け、ピストルを突き出した。
彼女の頭蓋に突き出した銃口が嫌な音をたて、彼女の前進はそれで阻まれる。額を切ったのだろう、新たに髪の中から血が流れ落ちる。
傷ついた聖女に私はなにもしてもらいたくない。
両者の視線が絡みつき、静寂の中に緊張を生んだ。
フェイスはいきなりケラケラと笑い出した。自分を全力で拒否する私を笑っているのだ。
何かを察し、それが愉快で。自分の最後も分かって、そうしているのだ。
――あなたは進む
――恐れを知らないまま、ジョセフと戦い続ける
――保安官も助けて英雄と呼ばれる
――その全ては。あなたが決めたことだから
川の中頃まで戻ると、再び私に振り向いた。
今度は私もそれに答えた。ただ、一言だけ……。
「ようやくわかってくれて嬉しいわ、フェイス」
ヴァージルはこの銃で頭に1発、胸に2発を受けて死んだ。
トレイシーは泣きながら復讐を願い、フェイスに報いを味合わせてやれと私に託した。
だから私も同じことを”してあげた”。
フェイスの頭に1発。そして残りを全部、そのきゃしゃな体に叩き込んでやった――。
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アーロン保安官もまだ、エデンズ・ゲートの美しい世界の中で彷徨っていた。
だが、先ほどよりは随分と調子が良くなっている。
霧の中から突然現れた新人が、捕われた人々を連れて脱出しろといって向かうべき方向を指し示してくれたからだ。
肉体を蝕む多幸感に押し流されないよう。必死に自分を叱咤しながら、今はバンカーの中を走り回っている。
「脱出するぞ。立て、フェイスの手に引っ掛かるんじゃない。出口を目指すんだ」
扉を解放し、そこでうなだれて座り込んでいる人々を励まして追い出していく。
「さぁ、行くぞ!俺達は戻るんだ。クーガーズ、しっかりしろ!」
最後の扉を開け、中の人を部屋から追い出したところが限界だった。
足がもつれてよろけると、激しく顔面を壁に打ち付け倒れてしまう。指が顔を覆ってうめき声をあげる。もう体は動かない、目も開けない。ここで死ぬのだろうか?
突然、誰かに引っ張り上げられるのを感じた。
「保安官、あんたも一緒だ。歩け」
「――歩けない。もう、無理だ。俺は置いていけ」
「馬鹿言うな。連れて行ってやるから」
「もうペギーは大丈夫だ。新人がここを焼き払ってくれる、俺はもういい」
「立てよ爺さん!ゴールは目の前だって教えてやってるんだろ、さぁ!」
アーロンの異変を察した若者は仲間を呼び止め、わざわざ戻ってきてくれたのだ。
そうやって肩を貸してもらい、アーロン保安官は無事に出口へと向かう。
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とにかく疲れた――。
妙に静かな今日の車道を、2人乗りのオンボロトラックはホープカウンティ刑務所にのろのろと入っていく。運転手はジェシカ、助手席にはアーロンがいた。
どちらも無言のままで、そしてどちらもひどくやつれ。ジェシカなどは防弾ジャケットも含めた服がボロボロで。焦げ跡やススに汚れてもいた。
「――こうして戻ってこれても信じられない。生きてるんですね、私達」
ヘンベインリバーのこの素晴らしい朝は、ついに始まる新しい生活の最初の朝であることを告げているように思える。だが、そのためにここ連日の死闘。それを乗り越えなくては迎えられるものではなかった。
アーロンはそれについては答えなかった、代わりに別のことを口にする。
「新人、俺はずっと自分には時間が残されてないと。そう思って焦っていた」
「……」
「俺の友人たちはそんな俺を笑って。さっさとリタイヤしていった。お前を俺のところによこしてな」
(あの爺ィ共、いつか訴えてやろうかしら)
「俺はそのメッセージを誤解していたようだ。あいつらはお前に俺の仕事を押し付けて、さっさと背中を向けて逃げ出してしまえと言ってるかと」
「ええ、でしょうね。私ならそうします」
「だからこんな騒ぎになってしまったのかもしれない。
あの場所をフェイスに導かれて歩きながら、俺はそんなことをずっと考えていたんだよ。ペギーは確かに不愉快な隣人で、トラブルはあったが。
こんな騒ぎを起こすなどと思ったことはなかった。警告の声を上げる連中の妄想だとな、だからあいつらは知っていたんだろう。
俺にはもう出来ることはないってことをさ」
老人は自分の正義感に苦しめられていた。
再び2人の間には長い沈黙が――。
ジョンを失い、フェイスも倒した。
ジョセフは怒りを感じているだろうが。それはこちらも同じだ。
ホープカウンティの住人たちの間にある、ペギーに向けられた憎悪はもう止められることはないだろう。それは保安官バッジをつけている自分たちですら、その気になれないという点で彼らと同じなのだから。
減速する車に近づくのは留守を任せていたトレイシー。
彼女はジェシカが出て行ったあと、しっかりとここを何とかしようと懸命に活動を続けていた。それでも夜明け前、ついにフェイスが倒れたと連絡が入るとその表情に柔らかなものが少し戻ってきたように見えた。
「2人とも、ヒドイ顔だよ」
「確かに、そうだろうな」
「肩でもかそうか?保安官」
アーロンは苦笑して下をむく。
隣の私がかわりに答える。
「いいわ、自分の足で歩くから。それと、なにを手伝ったらいい?」
「それじゃ、ジェシカは車を止めて。アーロンはこっち」
「ああ」
のそのそとアーロンはドアを開けて外に出るが、すぐに窓に肘をついてきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、別によろけたわけじゃない。最後に話がある」
「……ええ」
「ジョセフはもう、止まらん。お前もな、新人。
だが、悩む必要はない。やるしかないんだ、わかるな?」
「わかってます、アーロン」
「そうか、それならいい――ペギーを止めろ、新人。
必要なことは全て使ってな。あとはなんとかする、俺たちでな」
疲労だけでなく、実際に痛めたであろうアーロンがそれだけ言い残すと離れていく。
彼は彼で、ついに一線を踏み越えることを決めたようだった。
法なき世界の法の番人を自称するには、方法はひとつしかない。
そうじゃない、私はそれしか知らないのだ。
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フェイスが死んでも、それを知らなかったペギー達は。
自分たちの足元でどんなことが起きているのか、全く理解できていなかった
アデレードのマリーナもまた、激しい攻防は続いていた。
以前に占拠された時の倍の数のペギーが押し寄せてきたが。
アデレードと彼女の若いボーイズ達。そしてグレースやシャーキーが、今度はよくそれを押し返し。知らせを聞いて飛んできたニックと、フェイスのバンカーが落ちてフェイス自身の死亡が確認されると退いていく。
当初、マリーナの復旧よりも先に刑務所に向かおうと援軍の準備を始めたが。
ダッチからの連絡で、刑務所の無残な今の状況と。すでにジェシカはフェイスを追ってまた姿を消したと聞かされると、アデレードは援護を断念することを決定した。
彼女にとってそれは苦渋の決断であった。
(ジェシカ保安官なら、彼女ならきっと大丈夫)
ここに居る誰もがそう信じていたが、根拠なんてきっとなかったのだと思う。
だが、奇跡ってやつは再び起こってしまったらしい。
ジェシカはどうやってか。フェイスが”祝福”の生産も行っていたバンカーにまたもや乗り込み。そこからさらわれた人々を開放しながら、爆破することにも成功した。
レジスタンスにとっての悪夢は、それが終わった瞬間に大勝利となっていつの間にか手元に転がってきてくれていたのだ。
ホープカウンティ刑務所と違い、直前の戦闘での勝利も手伝ってマリーナは大騒ぎとなった。
――新人の保安官。彼女はホープカウンティの救世主さ
――彼女と共に戦った連中は無残にもペギーに殺されたそうだ。なんてことだ、こんなことは許されない。
――彼女はまさに英雄さ。俺達も立ち上がるんだ、ペギーに奪われたものを取り返せ!
ホランドバレーに続き、ヘンベインリバーの解放はペギーに苦しめられた人々にとって最高の結末だった。
姿を見せず、天使と祝福を量産し続けるフェイスを倒せるなんて思いもしなかったのだから当然だろう。そんな不可能が成し遂げられ、ホープカウンティの半分がレジスタンスのものだとわかると聞け賭けた希望の灯はがぜん勢いを取り戻す。
そしてそこには慢心にも似た、さらに根拠のない妄想がへばりつく。
まだ戦争生活者になったばかりの彼らは気が付かなかった。
自分たちが巻き込まれているものの正体と、その最後に待ち構えているものがなんであるのかということを。
(設定・人物紹介)