手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

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Trick&Trap

 リカーブボウから放たれる矢は、男の首を真横から貫き、ガタンと音を立てて片膝をつく。

 そして必死に異物の正体と除去を試みようとしてのどをかきむしるかのような動作を見せるが、私はそいつの背後に足早に回り。背中から強く抱き抱えるようにしながら、私よりも一回り大きな体を横に倒していく。

 

 混乱と安堵に包まれて息絶えるよう、諦めるようにしむける。

 

 

 再び戦場の中に戻ると、あの日の壊れようとしていた私はここにいなかった。

 それまでの浮き沈みとはまるで別人のように、体を別のものと入れ替えたように。全ての動きにキレがあって、スキもない。容赦もしない。

 かつてない集中力の高まりが、この戦場にあって私を強大な存在とし。静かな暗殺者はかつてはレジスタンスの砦のひとつだったこの場所を占拠したペギー達を死に至らしめていく。

 

 

 相手の後ろ、それも階段上から狙いをつけるが。今度はわずかにそれ、後頭部へ。狙いはそれたが結果は気に入った。

 その衝撃を受けて倒れこむペギーは無意識の動きだろうか。地面に落としたライフルを探そうとする左腕でまさぐるような動きを見せる。しかし冷静な私はそれにも反応し、続けて放った矢は手のひらを射抜いて地面に縫い付けて見せた。

 

 なんという神業か、自分が今しがたやったこととはとても思えない。

 覚醒にも似た感覚は自分の中に高揚感の波を作ろうとしているも、私はそれに浸るのを嫌い。任務に集中することだけを考える。

 

「なっ、なんだよ。今のっ!?」

 

 さすがにやり過ぎてしまったか。

 目の前で男が西部劇でも見ないような矢を受けて息絶えるさまを見せられ、震える男がそこにいた。

 

 私は弓と矢をその場に置くと背中の――小型の大砲と異名を持つ――スパスショットガンを構え、フェンスを越えて飛び出していく。もう暗殺者は終わりだ、突撃の時間がきたのだ。

 壁の向こうから飛び出してきた別の男が、驚きの表情を浮かべたのが構わずに私は引き金を引く。相手は吹っ飛ぶかと思ったが、逆に前に倒れ込むと苦しげな声を上げた。

 散弾を正面から受けたが、あたりどころが悪くて死に損なってしまったか。しかし、今の私は慈悲深い存在ではなかった。

 

「ゲイリー!?どうしたゲイリーっ」

 

 銃声と共に小さくとも聞こえたのであろう傷ついた仲間を気遣う声は、そいつがどこにいるのかを私に教えてくれる。

 壁1枚を隔てた部屋の中に滑り込んだ私は、誰もいない窓の外にむけて銃口を向ける。その瞬間が来れば、終わる――。

 殺しの腕が冴えている。私は失った全盛期を取り戻そうとしていた。

 

 この1発がその証明となるか。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 屋敷の中を武装した信者たちが駆け足で進んでいる。

 呼ばれているのだ、なら急いで行かないと。ジェイコブ・シードは優しさや穏やかさとは無縁の人だ。

 

「呼びましたよね?なんです、ジェイコブ」

「――無線機に応答がない、2分前からだ。バロン製作所、襲撃されたのかもしれん」

「”奴ら”ですか?」

「イーライ?フン、違うな。あいつは弱い、攻撃する時は慎重に場所と時間を選ぶ。こんな太陽のある昼間に戦う決断は下さん」

「それじゃ、誰です?」

「ついに来たのかもな。あの女だ、それをすぐに知りたい」

「――向かいます」

「いや、待て」

 

 ジェイコブはそういうと立ち上がって自分の兵士のそばに近づいていく。

 その目は真剣で、これから口にする言葉に正解を返せとはっきりと態度で部下に重圧(プレッシャー)を与えている。

 

「わかってると思うが、俺に確認させてくれ」

「はい」

「もしそこにいるのがそいつなら、どうする?」

「連れて戻ります。あなたの元に」

「その言葉を忘れるな。ファーザーは我々の未来があの女にあると考えている。生きたまま――絶対に死体を持って帰るな」

「わかっています」

「誓え、ジョセフ・シードの意志に従うと。エデンズ・ゲートの忠誠にかけて、と。お前達のくだらない感情ですべてを台無しにしたりはしない、そうだな?」

「あなたに失望させません。エモノ(弱者)を逃がしもしません」

「そうか――なら、いいんだ。

 ああ、それとな。逃げることは心配しなくてもいいぞ。もしそいつが思った通りの女なら、逃げない」

「わかりました。向かいます」

 

 足音高く男たちが出ていく後姿を見送ると、窓の外に広がる大自然に目を向けてジェイコブは勝利の笑みを浮かべた。

 彼らへの調教は完ぺきだ。やれと命じ、やると答えるなら。それはなされるということ。

 

 そしてバロン製作所は、このためだけの罠でもあるのだ。

 以前かられてレジスタンスに参加しているというメンバーの割り出しには時間をかけてきた。すでにどの組織に、誰がいるのかもある程度わかっている。

 どうやらこの計画は成功しつつあるように思える。

 

(あの小娘には役に立ってもらう――エサとしてな)

 

 リストに書かれた名前の中にその名前を見つけたのは偶然ではない。

 ジェス・ブラック。それが神から送られたメッセージだ。

 

 その娘の名前は聞いていた。無線でわめくだけの哀れな老人――ダッチの姪だったか。それがどうやら殺し屋を気取っているらしく「ペギーを狩り殺す」などと大言を吐き捨てているというものだった。ジェイコブにとっては取るに足らない存在でしかなかった。

 

 だがジェイコブにはアレが何を求めているのか知っていた。

 あの娘がエデンズ・ゲートを憎悪する理由は、このジェイコブが作ってやったものだったからだ。

 

 ジョセフ・シードという男の力ある言葉に従ったのは何もこんな田舎の住人たちばかりではない。

 

――盲いていただろう。だが今はもう見える

――信じよ、崇めよ、服従せよ

 

 社会には誰もが嫌う人々もいる。危険な犯罪者、殺人鬼。決して近づこうなどとは思わない彼らにもジョセフの救いの手は伸ばされた。

 彼らは喜んでそれを受け入れ。教義にひたり、許された暴力で自分の価値を再確認する。

 

 ダッチの姪、ジェスはそんな奴らの手で地獄を見た。少なくとも本人はそう思っているらしい、笑わせてくれる。

 コック、そいつはそう呼ばれていた。本名はほかにちゃんとあるらしいが、本人もその異名でよばれることを気に入っているらしかった。

 

 

 そしてジェイコブは罠を作り上げた。

 試練に耐えきれず揺れ動くフェイスの様子を眺めるのではなく。来る試練に向けてジェス・ブラックという餌を求め探し回った。

 相手はそんなことを知らなかったせいであっさりと捕らえられたが、殺した家族と同じく弱者であるがゆえに自分にどのような役目が与えられるのかをこの瞬間に会っても理解してはいないだろう。

 

 仕上げは簡単だ。

 コックをあの場所に送り込み、管理者として置いておいた。

 奴にはジェス・ブラックだけには近づくな。なにもするな、生かしておけと命じておいた。

 

 とはいえ、コックは殺人鬼だ。

 珍しくレジスタンスを丸ごと降伏させたのを目にして、我慢できるわけがない。

 奴は奴なりにエデンズ・ゲートのためにと、連日のこと捕虜に対し「神を信じろ」と暴力を用いて”諭して”いるのだそうだ。ちなみにジェイコブはコックにそんなことをしろなどと一言も言ってはいない。

 

 囚われた上に、憎悪する男が自分の仲間たちに家族にしたような仕打ちをして殺しているのを見て耐えられるだろうか?

 そんなこと、できるわけがない。所詮は小娘だ、若いだけに勢いだけの報復心だけで動くに決まっている。

 

 そして仕上げはダッチだ。

 部下に何人か痛めつけた捕虜を連れ出させ、そこでジェスの話を聞かせた後でわからないように逃亡をさせたのだ。声が大きいだけの男は、誰に助けを求めるか?

 奴はジョセフが”回収”を宣言した直後。転がり込んできた新人保安官にレジスタンスを作って対抗するしかないとそそのかしたらしい。

 

 ならば大きな問題にぶち当たれば同じことを繰り返すものだろう?それが人間だ。

 

「ついに俺のところに……ジョセフ、ファーザー。きっと私がその保安官を役に立たせてみせます」

 

 弟のジョンも。

 フェイスも、試練に耐えられずにしくじった。

 次は自分だ。

 

 ジョセフを信じろ。

 神の言葉を聞け、再び愛される人となり。神はその力を取り戻し、罪は許され、弱い人々を信仰で結び付けることで強くする。

 

 俺がそれを実現させてみせる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ダッチは無線機の前で力なくうなだれている。

 怒りを隠さずに押しかけてきた若き客人たちはいつ出ていったのか。もう時間の感覚が分からなくなっていた――。

 

 ジェシカ保安官、バロン製作所を解放。

 

 長らくホワイトテイルから聞かれなかった良い知らせは、ダッチを悪いと決めつけてかかる若者たちがいる前で飛び込んできた。

 その瞬間だけは「ほらみろ、大丈夫だっただろう」とダッチはひそかに心の中でガッツポーズをとったりもしたのだが。

 続いて本当に久しぶりに声を聞かせてもらえた姪が興奮しながらも伝えてきた知らせに愕然とさせられた。

 

――あの人。保安官、あたしを助けようとしてジェイコブに捕まったみたい

 

 つぼみをつけ、もう少しで花開こうとするはずだった希望が。

 恐ろしい勢いで色あせ、しなだれて……このままでは枯れてしまうかもしれない。

 

(なぜ、こんなことになってしまったんだ!?)

 

 壁に貼られたホープカウンティの地図。すでにフェイスとジョンの顔写真は外してある、それ。

 じっとそれを眺め続けていると、自分がとんでもない罠に――ジェイコブが用意したそこに。自分はジェシカを放り込むような真似をしてしまったのではないか、そんな最悪な考えが頭をかすめる。

 

(そんなはずはない。わかってるだろう?動揺しているだけだ。あのジェイコブが当時は幼かったジェスを覚えているはずがない)

 

 ダッチはあえて、ジェシカに彼女がペギーを心の底から憎悪していることについては黙っていた。

 あの時はそれが必要ないことだと、そう思ったからだ。

 

 ホランドバレーでそうしたように。

 ヘンベインリバーでもそうしたように。

 ダッチはただ、ホワイトテイル・マウンテンにもそれまでと同じようにジェシカにはやってもらえればいいと思って頼んだのだ。

 

 ところが何が起きた?

 

 占拠された製作所はジェシカの手で解放された。そこに捕らわれていたレジスタンスたちも解放された。ジェスも助かった。

 それなのにジェイコブはそんな負け戦で、サラリとジェシカだけを捕らえてみせた。

 

「そうだ、そうだ。どう考えてもこれはおかしい。これじゃ、これじゃまるで――」

 

 老人はついに自分の口を手でふさいだ。そうしなくては確信的な答えを自分で言ってしまいそうになるから。

 それはこの老人にはあまりにも冷酷に過ぎるものだった。

 

 

 ジェス・ブラック――。

 若く、生意気で、しかし口先だけではない確かな実力も備えている。

 それでも若い娘であることを考えると、荒々しすぎるし。なによりも感情的に見え、危険があっても構わずに突っ込んでいこうとする危うさもある。

 そんな少女も、グレースとシャーキーを前にすると。少し戸惑ってどうしていいのかわからないように見えた。

 

 ダッチのバンカーを出ると、子供が生まれたばかりのニックと別れてグレースとシャーキーはホワイトテイル・マウンテンに堂々と入っていった。

 すでにこの時点でジェシカがジェイコブに捕まったと知らされて数時間が経過している。残念だがもはやすぐにも救助するチャンスはないが、このまま彼女がジェイコブに殺されるのを待つつもりは2人にはなかったのだ。

 

 この2人は皮肉にも、同じ重い罪悪感という鎖で心を縛り付けていた。

 グレースはジョンの時も、フェイスの時もジェシカのそばにはいなかった。

 シャーキーはフェイスに対処すると言って、どう考えてもまともな方法ではないものを強行する彼女を止められず。最後は力になれなかった、という思いがある。

 だからこそジェシカのこの危機に動かないわけにはいかないと、そう考えて動いていたのだ。

 

 バロン製作所に到着すると、まだ落ち着かない人々を押しのけて少女を探し出したのだ。

 

「よォ、ジェス。捕まったと聞いたが、元気そうでよかったな」

「うん――シャーキーもね。アンタがここに来るとは思わなかった」

「まぁな。なにがあった?それをまず聞かせろよ」

 

 あくまでも普通の会話をするように、出来るだけ抑えて。感情的にならないように気をつけなくちゃならない。

 ジェイコブはジェシカを捕らえた――どうやってそんなことをやったのかはまだわからないが、ジョンとフェイスを片付けたあの恐るべき新人保安官は。あっさりと捕まるような、やわな女には到底思えなかった。

 

 なら、どうやってそれを可能にした?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ジェスは静かにその時の状況を話し始める――。

 

 バロン製作所が解放されると、檻を出たアタシはすぐに自分の獲物を取り戻して彼女に会いに行った。

 ジェシカ保安官、噂は聞いてた。

 

 ジョンにフェイスを片付け、ペギーを追い詰めているホープカウンティの英雄。

 そしてレジスタンスの希望。

 そんな人が、ここにいるジェイコブの野郎をぶち殺しにようやくやってきてくれたんだ。なら、アタシのことも手伝ってくれるはずだって。

 

 でも普段、アタシは誰かと一緒に動くのを嫌う。

 大抵の奴は、騒がしくてどうしようもなく使えないから。足を引っ張られるのも御免だし、そいつのミスに巻き込まれるなんてのもお断り。

 だからほとんど、単独で動く。

 

 でも彼女にはそれは必要ないってわかってた。

 だって見ていたんだから、彼女が何をやって、何ができるのかを。

 

 圧倒的な殺意、ペギーをものともせずに始末する腕。

 檻の中で急に空気がおかしなものにかわったと思ったら、まずは血の匂い。続いてそこかしこでいきなりふわっと気配がわくと、すぐに消えるが。同時にそこで動いていたなにかもが沈黙していく。

 確かにあんなことができるなら、ジョンもフェイスも簡単に喉を掻き切ってみせただろう。

 

「あんたが新人保安官?噂の?」

「ジェシカよ。ええ、そう――あなたは?」

「ジェス。ジェス・ブラック」

「……ダッチから聞いた。彼の姪と同じ名前ね」

「そっか、やっぱりダッチおじさんがあんたをここによこしてくれたんだね。それじゃ、話が早い。あんたに協力してほしいことがある」

 

 ここに居るペギーはまだいる。

 今はここにいないが、それはここから連れ出した人々を使って近くでひどいことが行われているに違いないから。

 アタシは今度こそあいつを逃がすつもりはなかった。たとえそれが誰かの手を借りることになっても、逃げられるくらいなら構わない。

 

「ホワイトテイル・マウンテンでずっと追っていたクソがいるんだ。コックっていう、ジェイコブの狂信者。

 イーライはアタシにそれをやめろって言ったけど、冗談じゃないって言って飛び出してここの世話になってたんだ」

「イーライ?」

「そうだよ、このホワイトテイル・マウンテンの英雄。つまりもうひとりのアンタってところかな」

「レジスタンスなのね」

「ちょっと違う。イーライだけが今残っている唯一ここに存在するレジスタンス。他にもいたけど……ここに居る連中をまとめてたのは、コックの野郎に真っ先に料理された。なにも――できなかったんだ。見てることしか」

 

 あの日、捕らえたアタシたちの前で雨が気に入らないとコックは言った。そして少しでも気が晴れないといけないからと続けて、リーダーだけを檻から出してアタシらの目の前で生きたまま焼いた。

 あいつはいつだってそうだ。そういう狂った殺人鬼だ。殺すしかない。

 

「飛び出した組織ってどんな人がいたの?」

「イーライの世話になってた。アタシとは意見の相違ってやつで、飛び出したけど。アンタを彼に紹介してやってもいいよ」

「――手伝えばってこと?」

「あいつはまだ近くにいるんだ。それにアンタがここに居ると知らないし、ジェイコブはいつもならあいつを隠して外に出そうとしない。これはチャンスなんだ、アタシはそれを逃すつもりはない。アンタが嫌なら、これから予定通りひとりでやるだけ」

「大丈夫よ。ちゃんと手伝う、どこに行けばいいのか教えて」

 

 こっちだよ、そう言いながらジェスは心の中で歓喜した。

 あのジェイコブもついにコックを手元から出し、こっちは心強い保安官がついた。これでもう勝負はついたも同然ではないか?

 

 

 そこまで話すとグレースはため息をつきつつ「ジェシカらしいわ」と感想を口にする。

 しかしシャーキーはその真逆で、顔をしかめながらジェスに話しかけた。

 

「おいおい、ジェシカを連れて行ったのか?ってことは、お前またやったのか?あれをさぁ」

「……」

「オエーッ!嘘だろっ、マジかよ。お前さぁ、最悪だなぁ」

「シャーキー?なんのことよ」

 

 顔をしかめるシャーキーにジェスは何も言えず、グレースは何事かと問いかけるしか手がない。

 

「なによ!?ジェス、なにか隠しているの?」

「別に――」

「グレース、そういう意味じゃない。コイツ、話したんだよ。自分の親の事、ジェシカにさ」

「?」

「知らなかったのか、グレース?そりゃ困ったな」

「いいよ、シャーキー。あたしが自分で話すから……そう、そいつの言う通り。あたしがコックを狙うのには理由があるんだ。

 アタシの両親はあいつに殺されたから、それで――」

 

 取りつかれているのだ、憎悪に。

 アタシの両親は、駄目な人たちだった。仕事に失敗して、自信も失い。卑屈になっていた。

 何もできない子供が、そんな大人を。親を、そばにいて失望しないでいることはどれだけ苦しいか想像できるだろうか?

 

 そんな両親は最後まで考えもなく、運もないまま悲惨な最期を迎える。

 あの頃、大きくなり始めたペギーにすり寄れば生活は楽になる。そう考えて家族で入会したいとジョセフ・シードの前で宣言してしまったのだ。

 

 ジョセフは無言でうなずくことで了解を示し、ジェイコブにジェスの家族を預けた。

 両親は勘違いをしていた。てっきり自分たちは入信を認められ、これから信仰心をもっているフリを続ければ彼らの言う家族として扱ってもらえると。

 

 冷酷非情なジョセフ・シードがそんな2人を見抜いていたのだ。

 だから本物の信仰を持てるかどうか、試練を与えることにしたのだ。ジョンでも、フェイスでもない。ジェイコブ・シードにゆだねることで。

 

 ジェイコブもは愚かな家族が自分達が弱くないと証明させるために必要なことだと言って、コックにすべてをまかせた。

 そして殺人鬼がやることなど、ひとつしかないに決まっていた――。

 

『――ジェイコブは仲間になろうとするやつを間引くんだって言ってる。弱い奴はいらないって。

 コックは奴のお気に入り。それにジェイコブを信じていて、彼やエデンズ・ゲートのためなら喜んで害のない人たちを笑って焼き殺す。本当はそうやってただ殺すのが好きなだけのクソ野郎なんだ』

『――あいつのやり方は決まってる。監禁して飢えさせて、水も与えない。

 出来ることは渇きに耐えるために自分の小便を飲むことくらい。でも、これはまだ始まりに過ぎない』

 

 人との付き合いがわからないジェスには悪い癖があった。

 あの日の出来事を、ついどうしても自分の声に耳を傾けようとしてくれる人たちに聞かせようとしてしまうのだ。そんなことをしてもなにもいいことなんてないとわかっているのに、聞かされた他人が自分をどう考えるのかわかるのに。

 

 どうしても聞かせて――それをどう思うのか、見て観察したいという衝動を少女は抑えられない。

 シャーキーが予想した通り。ジェスは移動の最中にジェシカに自分の過去をやっぱり口に出して聞かせていた。

 

『――子供たちの前でついに両親は火をつけられた。あの甘くて焼けた肉のいい匂い、忘れることはできない」

 

 わかったよ、そうシャーキーはまだ顔をしかめながら言うと。

 とにかく話を先に進めるよう、ジェスに要求する。

 

 

 ジェシカと一緒にコックの追跡は実にスムーズに事は進んでいった。

 製作所からだいぶ離れた場所にたどりつくと、まだ何が起きているのか知らないコックは。ここまで連れてきていた捕虜をコックは夢中になって焼き殺していた。

 2人は距離を縮めると、ジェシカはただ小さな声でジェスに「あなたが決めるといいわ」と言ってくれた。

 

「やるわ。必ず殺す、逃がさない」

「わかった」

 

 すぐに彼女は消え、アタシは矢を手に始まるのを待った。

 夢に見た瞬間が来たのだ。さすがにあたしも興奮して、震えを抑えるのが大変だった――。

 

 報復は爆発と違って、ひどく静かで味気のないものだった。

 結局、ペギーの雑魚をジェシカがすべて黙らせ。黒焦げにしたばかりの死体を前にして、くだらないことを叫んでいたコックに。

 あたしは飛び出して行って。ただただ夢中で矢を正確に狙う出なく。それでも簡単には死なないようにあちこちを貫いてやった。

 

「や、やめろっ――俺はっ、俺には役目がっ。助けろっ」

「……死ねよ」

 

 手足、腹にも矢をはやしてのたうち回って苦しむコックは。それでも信じられないことをアタシに言って見せた。

 

 ジェシカは自分の矢筒から爆発物の仕込まれた矢を渡してくれた。私のは空になっていたのだ。

 私はその一本を受け取ると何の感情もなくすぐにつがえ、憎悪を込めてそいつを撃ち放ってやった。

 

 矢は一直線に片膝をつくコックの後頭部――そこに担がれていた奴のお気に入りの火炎放射器に使う燃料タンクを目指す。

 爆発とともに火が巻き上がり。焦げた匂いだけを残し、そこからコックという存在は綺麗に消えてなくなっていた。

 

 でもそれだけだった。

 喜ぶことはなかったし、何も感じるものはなかった。

 一番に殺したいやつをこの手で殺し。消えてほしかった奴が本当に消えたのに、アタシの中にはなにもなかったのだ。

 

 そして――。

 

「いきなりだったんだ。ペギーの車両が何台も何台もあらわれて――すごい数が来た」

「どこから?どうやって?」

「わからない。ただ、とにかくあっという間に囲まれて逃げるしかないってなったんだ。

 でも逃げ切れなくて。それで、あの人が別かれて逃げようって」

「ジェシカが?」

「そうだよ……製作所までどちらかが先に戻れるようにって」

「――囮になると決めてたのね。ジェイコブの罠にはまったとわかったから、あなただけ逃がそうとしたのよ」

「えっ」

 

 ジェスはショックを受けていた。

 一緒にペギーを、コックをぶち殺してやったのに。ジェシカはそんな自分を子ども扱いしていたとは、思ってなかったのだ。

 

「自分の面倒くらいは――」

「見れるって?どこがだよ、現実にお前。保安官に助けてもらってるじゃねーか」

「わ、罠だって。なんでわかるのさ」

「こことあなたが無事だから。これ以上の証拠はないわ、ジェイコブはあなたを手に入れた時からずっと罠を張っていた。

 ジェシカを必ずおびき出して。あなたがコックを殺したいと思っていることを知ってわざと近くに置いて見せた。あなたはなんの疑いもなくそれに飛びつき、ジェシカはそれに巻き込まれた」

 

 そうやって言われると、他に考えられないほどそれは真実に思えてきた。

 

「シャーキー、予定を変更しましょう」

「どうするんだ?」

「ジェシカの救助はとりあえずあきらめましょう。こっちが探しているとジェイコブに知られる方が危険よ」

「いいのか――?ヤバいぜ、ジェイコブは」

「ハァ。ええ、わかってる。でも、そこまでしてジェシカを手に入れたなら。ジェイコブは簡単には放そうとしない。ジョンの時の悪夢を繰り返すわけにはいかない」

 

 シャーキーも力はないが、仕方なしと言うようにグレースに同意を示す。

 

「そうだな、まともなやり方じゃ。確かにジェシカは助けられないかもな」

「なにかある?」

「ひとつな。アデレードさんには聞けなかったけど、あの人の元旦那というか。家族に会ってみようかなって」

「……あの資産家の?ドラブマンよね?」

「ああ、クソ野郎だけどな。いや、ここだけの話。グレースはなにかあるか?」

 

 するとちらりとジョスを横目で見た後で、グレースは口を開く。

 

「最後に残っているというレジスタンスに会いに行ってみるわ。ジェシカのことで協力を求めようと思うの」

「会えるのか?ダッチの話じゃ、通信だってロクに応じないって言ってたんたぜ?」

「この娘がいる、大丈夫よ」

 

 そういうとグレースはジョスに顔を向けて聞いてきた。力を貸す気があるのか、と。

 もちろん、これ以外の答えはない。


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