シャーキーは不安を覚えると、もう一度だけちゃんと考えたほうがいいのではと思ったのだ。
「なぁ、ハーグ?冷静にもう1回。お前のアイデアを聞かせてくれ」
「なんだよ、今更。さっきはお前も最高だって言っただろ?なにが問題なんだ?」
「頼むよ。馬鹿をやったと後で後悔はしたくない」
ドラブマンに車は戻したが。やっぱりシニアはシニアのままだった。
シャーキーの話を全く聞こうとしないし。選挙だなんだと、寝言を口にし始めた。
代わりにジュニアを戦力としてスカウトした。こいつはぶっ飛んではいるが、きっと役に立つと思ったからだが。そいつにさらなる戦力強化になりそうなやつはいないかと聞くと、おかしな答えが戻ってきた。そしてまぁ、認めたくないが最初は確かに悪くないと思ってしまった自分がいた。
「だからさ、ペギーは大きな狼を使ってるんだろ?なら、俺達はクマを使えばいいんだよ」
「ああ、そうだったな。さっきもそう言ってた」
「だな。なら、問題はないだろう?」
「いやいやいや、なぜだろう。急にそいつがとんでもない間違いじゃないかって、考え始めている俺がいる」
「そんな不安なんて忘れろ!これ以上はない、クールな計画だ」
それで本当にいいのか?
確かにペギーは、ジェイコブは神狼とかいうのを使ってはいるようだ。
だけどそれはちゃんとなんらかの処置を犬だか狼なんかにほどこしたのは間違いないし。ハーグはクマに同じことをさせると簡単に言うが、そんな技術をこいつが持っているとは思えない。
「なぁ、教えてほしいんだが――クマにペギーをどうやって襲わせるんだ?その方法は?」
「シャーキー。俺は世界を見て回ってきた男だ」
「ああ、それは聞いたよ。だけどそれは答えになってない」
「そんなことはないぞ!まず、センターで俺達の話を聞いてくれそうなクマを探す」
「どうやって?そこが一番問題じゃないのか?」
「何を言ってるんだ、シャーキー?そんなのはクマのセンターの奴らに聞けばいいさ。連中、クマが好きで大好きで、毎日世話してるんだ。どいつなら俺達の味方になってくれるのか、ちゃんと教えてくれるさ」
「そうか?だんだん不安になってきたのは気のせいじゃないよな」
「おいおい、大丈夫だって。まずはクマと飯を食うんだ、魚料理だ。それで親睦を深める。
次にちょっと人間を食ってみたいと思ったんじゃないかって誘いながら、一緒に酒を飲むんだ。地ビールもたっぷり飲ませたりしてな。ウィスキーもいいぞ。
最後にそれならちょうど今、あいつらが使ってる薬の匂いをプンプン漂わせてる奴なら。お前たちの好きにしたっていいぞ、と教えてやる」
「クマが人間を見分けたりするもんか」
「するさ!あいつらだって実はちょっぴり思ってたはずさ。
餌を持ってきてくれる人間を、ちょいとかじってみたいなって思ったことくらい。そしてペギーは狼を俺達にけしかけてくるんだから、俺達はペギーにクマを送りつけてやるんだ。
むろん、ちゃんと話し合って。お互いの合意を得てのことになるけどな。
どうだ理解できたか?最高の計画だろ?」
急に強烈な薬が必要な気分になってきた。
でも確かに、食って飲むって部分は気に入った。そのせいでクマにこちらが齧られなければ、だが。
「交渉はお前に任すよ、俺は飲んで食ってで頑張らせてもらう」
やっぱりこいつはイカレていた。
誘ったことを後悔も始めていたが――とにかく今は一刻も早く酔っ払いたい!
―――――――――――
訳のわからない拷問を兼ねた上映会の後も、ジェイコブの私へのもてなしは続けられた。
3対1の牢獄の中での拳闘試合。
カメラが好きなクソッタレのペギーだから、この光景を撮影でもして。ついでにレイプ大会でもやるんじゃないかと、死にそうな気分になったが。
始まるとそんなことはないと、しっかりと教えられることになる。
殴りあう力などなく、闘争心は腕を上げて構えるので必死だったが。
男たちの冷酷な目はそんな私を殴りつけ、倒れようとすると逆に支えてそれを許さず。立ち続け、戦いつけろと言うようにそれぞれが役割を入れ替わって攻撃を続けていく。
フラフラとよろけるだけのサンドバックは叩かれ続け、せめて許しを請うことだけはしまいと歯をくいしばって耐えようとした。
でも、限界は見えていた。
「お願い……もう、許してよ。助けて」
しかしその言葉を聞くと檻の外からじっと観察していたジェイコブは「終わりにしてやれ」といい。
男たちは支えることをやめて一層激しく私を殴り始め。簡単に意識を失い、私は地面に大の字で寝転がった――。
次に意識が戻ったとわかったのは、肉体の苦痛に反応して思わずうめき声をあげたとわかった時だった。
数人の住人達と一緒の牢の中に運び込まれたようで、その中の若者の腕の中で自分は介抱されていた。
「大丈夫か、保安官?なんであんただけ、こんなひどい目に」
彼は知らないようだ。
私にはわかる。ペギーを殺した、大勢。そこにはジョンも、フェイスもいた。
これは奴らにとっての復讐に違いないのだ。
「おいっ、ヤバいぞっ」
「なんだ?こっちは保安官が意識を取り戻した」
「ジョセフだよ。ジョセフ・シードが来て。ジェイコブと話している」
なんだって、そういって若者は体を起こすと。私はその腕の中から檻の外で抱き合う2人の姿を見た。
ジェイコブは続いて檻の方を指さし――いや、あれは私を指さしたのだろう。
ジョセフはこちらに近づいてくる。
「彼女と話がしたい」
ジョセフの言葉に囚われた人々の間で動揺が波紋のように広がるのが分かる。
ジョセフは顎で指示を出し。信者は鍵を取り出して中に入ってこようとしている。
若者は小さな声で「アンタを守れないかもしれない。すまない」と私に告げるが、許しを請う必要はないのだ。
それにしても、だ。
なんで私はジョセフと話をしなければならないのだ?
壊れかけた精神の奥底から、闇の中でつぶやくくらいその声には懐かしい響きを感じた。
――――――――――
彼が「あんたらは馬鹿なのか?」と投げかけた質問と。
どうしようもないと哀れむ眼は2人に向けられ。そうだ、と答えたら多分もう2度と人としての尊厳を持ってもらえないような気がするほど……相手は呆れていた。
フォローの必要性を感じ、シャーキーは素早く
「ちょっと考えただけなんだよ。興味があってさ、でも確実な答えを知りたいなら専門家に聞くのが一番だから」
と予防線を張ろうとしたのに。
この従兄弟殿はいつものように脳天気に、まったくなにも考えず。衝動に素直に従ったまま、それを否定してしまう。
「いや、本気だ!あんたたちの面倒見ていたクマに俺たちのこの状況を理解してもらって。いまならちょっとばかり頭をかじっても大丈夫な人間がいることを教えてやりたいんだ。
そのために必要な魚は用意してないが、ウィスキーなら樽で拾ってきた。
良く寝かせてあるから匂いは香ばしいし、味わいだって悪く無い。そいつで親睦を深めたいと思ってる。どのクマなら、俺達の話を素直に聞いてもらえるかな?」
「クマは獣だぞ!?人の言葉は理解してない」
「いやいや、そうは思わないね。俺はキラットって場所でトラを操る少年にあったことがある。まわりはそいつを人食い虎だと言って恐れたが、その少年だけは襲うことはしなかったんだ。俺はそれをこの目で見てきた」
「だとしても!それはこのアメリカじゃない場所だろう。クマはただ、学習するだけだ。
自分たちの世話をしている人間が食えるとわかれば、普通に襲い掛かってくる。それだけだ」
「あー、ちょっとまって」
シャーキーに今度はひらめくものがあった。
「それって、人間はエサですってわかりゃ。どれでもお構いなしって意味だよな?」
「そうだ!当然だろう?」
「……だよな、俺もそう思ってた」
そう口にすると、今度はハーグに向いてちょっとあそこのクマを檻から出してやろうぜと提案を改めてした。
ホワイトテイル・マウンテンとヘンベインリバーの境に位置するマリーナのおかげで、今はここの住人達も南へと非難を始めていると聞いている。
つまりこの場所はもはや戦場でしかなく。ここに居る人間の半分はレジスタンスだが、残っているのはペギーだけ。
ならここはクマに自由を与えて、腹いっぱいにペギーを食べてもらいたいとそう思ったのだ。
どう考えてもそれは正気ではない。
だいたい、この騒ぎが終わった後で問題にならないわけがない。
だがここにはシャーキーがいて、ハーグがいた。
この2人が最悪の計画をラッキーな計画と考えれば、それはもう止められないということだ。
そして誰にも見つからずにこっそりいたずらするなら彼らは天才の類であった。
ペギーによってセンターは占拠され。クマたちは数日の間世話もされず、食事も与えられなくて空腹に気がたっていた。
そこで檻が開けば、それは開園のブザーである。
あとは川が流れるようにして当然の――惨劇が、ペギー達にのみに降りかかった。
―――――――――――
なぁ、いいだろ?
もう何度目か。古いレコード盤の入った箱を抱えた若者に、イーライは苦笑いしながらこれまた毎回と同じ答えを返す。だめだ、と
「わかってる?本当に僕の言ってること、バカにしないでちゃんとさぁ」
「馬鹿にはしてない。真面目に考えてる」
「僕らはペギーからいろいろ取り戻さなきゃならない。でも、まずなによりも音楽から始めないと!
音楽は心の栄養っていうだろ?豊かな心を取り戻して、平和だった僕らの町を忘れないことは必要さ。これは希望なんだよ」
「毎回思うが。お前のスピーチは冴える一方だな。心が揺さぶられる」
「ならっ!」
「だがな、ダメだ――だいたいラジオだなんて。ジェイコブが抑えている電波塔をすべて奪還しなくちゃならん。だがあそこの警備はヤバイ。
お前のラジオ局のために皆に死んでくれとは、俺は言いたくない」
「イーライ!」
「それにだいたいな。流せる曲っていっても、その箱のレコードしかないんだろ?リスナーは1週間も持たずに、お前の声に退屈するようになるさ」
「それは大丈夫だって!
ジェスがグレースと交渉してくれたんだ。南側のレジスタンスで、レコードならあるってさ。必要なら届けてくれるって」
「成程な、若ものは知恵をつけたか。一歩前進したようだ」
「2歩目はイーライのオーケーですぐに終わる」
「残念。それはダメだ、今日はあきらめろ。次回の挑戦を待ってるよ」
そう言うと背中を向け、若者に会話は終わりだと無言で伝える――。
ここはホワイトテイル自警団の本部として使っているバンカーである。
ペギーが危険だと判断した日から、奴らの行動には目を光らせていた。ジョンが大型のバンカーを探しているという情報を耳にして、イーライはこの小型のバンカーをこっそり自分のものとして拠点化を進めてきた。
だがここに所属する部隊は山の中に分散してキャンプを張っており。なにかあればここから彼らに動くように指示を出す。
このやり方で最小限の被害と、そこそこ悪く無い勝利を積み重ねてくることができた。
そこは誇っていいことだろう……誇りだって?こんなジリ貧な状況なのに!?
誰もいない、警備室の中で肩を落としてうなだれると。イーライは崩れ落ちるようにして椅子に腰を下ろす。
ホワイトテイル・マウンテンの皆は、イーライは頑張っていると褒めてくれる。それは嬉しい。
だが、もし誰かが結果について質問したら。どう答えたらいい?
汚れた両手の指で、顔を覆って見せる。
こんなこと意味がない。ペギーがバカをやったとしても、その時は自警団でそれを止めて見せる。
何もない時はそんな風に元気よく笑って話していたものだがー―現実は遥かに想像をこえて過酷だった。
ジェイコブはモラルなく、そして弱者を徹底的に否定し。暴力を用いる男だった。
なんでもないことでも、奴がかかわると簡単に惨劇が始まる――。あいつはジョセフが呼び込んだ、危険なサイコパスや犯罪者たちをつかってみせる。
ここのルールを決めたのは奴だった。俺はそれに従い、順応しただけ。
イーライは表面上は平静を保ち続けたが、臆病風が吹きすさび。行動するときはつねに石橋をたたいて、なんなら橋を落とすくらいまで慎重になるよう考えていた。
そうしないと、とても平静ではみなを率いてはいられなかったのだ。
そしてそんな調子だからこそ、ジェイコブはホワイトテイル自警団には苦戦を続けた。
だからわかっていた――自分が率いる限り、このままでは決してペギーに勝つ日は来ないだろう、と。
ジェシカ保安官の噂は知っていた。
いや、正直言えば全く信じてはいなかった。自分と同じくバンカーの中から無線機を手にする男に、彼女がホランドバレーに向かったのだと言われた時は。なんでそんな無謀で危険なことをやらせているんだ、この老人はと内心では呆れたものだ。
だがジョンが倒れ、フェイスも死んだ。
気が付けばホープカウンティの半分は、何もしないうちにペギーの手から取り戻されていた。ジョセフの顔を見てみたいと思った、なんて痛快なんだと愉快でたまらなかった。
そして期待していた――このホワイトテイル・マウンテンに彼女が来ることを。
――だが彼女は捕まった。生きてはいないさ、ジョンやフェイスを殺ったんだからな
自分がグレースに言ったあの言葉。
あれは本当は自分に向けてのものだった――ようやく本当の英雄が現れて、自分ができなかったことを頼める人が来た。
わかっていたのだ。自分は失敗をしなかっただけなんだ、と。
失うのを恐れて、本当の意味での戦いを始めることを拒否し続けた。
ジェスは――あの娘は本能的にそれを察したから、ここから立ち去ったのだ。
彼女が満足するような戦いは、ここにはないのだから。
――いや、そうじゃないだろイーライ。
自分に問わなくてはいけなくなるかもしれない。
ジェシカ保安官はまだ生きている。少なくともペギーは復讐を宣伝してないし、グレースたちもあきらめてはいない。
だがそうであろうと、そうでなかろうと――お前はいつ本当に戦う日が来ると言えるのか?