手には弓を 頭には冠を   作:八堀 ユキ

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えー、今回は読む前に【注意】を。
かなり不快な描写が登場します。気に食わなかったら即刻、プラウザバックするか。それ以上を読み進めるのをやめましょう。
次回投稿は22日を予定


神にあらざるモノ

 不思議なことに殴られた痛みや熱は、眠りから目が覚めるたびに良くなっていくのを感じた。

 まだ腫れまでは引いてないから、外から見るとわからないだろうが。体の芯にまで届いていた痛みは、驚くほど速く消えようとしているのだとわかる。

 

 だから理解する、これはあのロイドが送り付けてきたナノマシンの力によるものだということを。

 

 兵士の持てる最大のポテンシャルを引き出し、彼らをひとつの大きな力にまとめ、圧倒的な浸透力で戦場を駆けては支配し制御する――。

 確かに時代は変わったのかもしれない。

 あれほど私の身体を嫌ったナノマシンは、こんなモンタナのクソの中では私を助けようとしてフォローしてくれている。

 だけどそれだけだ、つながりはないまま助けも来ない。もう誰も私に命令を送ってくることは、ない。

 

――運命は皮肉よね

 

 あの事件で私はメリルと決定的に決裂した。

 私のキャリアを救うはずのリストにのっている上官たち全員が、メリルを通して私の力にはなれないと宣言したのが切っ掛けだった。

 

――軍に思いを残しているのはわかるが、このまま何かしようとしても辛い思いをするだけだ。

 

 それは彼女なりに私という友人への思いから口にした言葉だろうが。任務に同じく失敗しても評価を落とすことなく、結婚までしたという彼女に私は反発した。ただ、そうしたかったのだ。

 

 だが今なら理解できる。

 SOPシステムが全盛をむかえようとする正規軍では、私のような”適応できない”兵士はずっと邪魔でしかなかったのだ、と。

 それでも何かをなしたいと思うなら、あの時の私は私自身が求める戦場を探すべきだったのだろう。栄光はなかったかもしれないが、未練も不満も失望も、これほど感じはしなかったはず。

 

 

 軍を抜けた私は情熱までも失った。

 それでもあちこちにコネをもっていたから、ロスのSWATへ。

 警察の仕事には徐々に敬意を持つことができたが。そこに生きがいを見つけることはできなかった。その代わりに私は恋をした――。

 

 メリルにやはり自分を投影したかったのだろうか?

 それまでの男は性欲のはけ口や感情のぶつける相手以上の意味はなかったし。だから自分の女扱いしてくる奴は、さっさとゴミ箱に放り込んでいったあれは何だったんだろう?

 

 あそこにいた私は別人となり。自分の人生をかけた相手を強く求め、ひとりの若者を選んだ――少なくともそう思ってた。

 

 よみがえる甘い日々はいくつもあるが、その全ては最後の日の最悪の告白で無意味となった。

 彼には女がいたのだ。私とは別に、本命ってやつが。

 輝く未来が待っている白人の坊やには。哀れなありもしない過去を口にして歴史を主張する一族の女は、ただの遊び相手だった。

 

「戦場に実際に行って。そこで人を殺して何とも思っていない君なんかと。このロスしか知らない僕が、本気で上手くいくと信じていたのかい?」

 

 ああ、信じていた。

 だから”また”裏切られたと思って、自分に失望する。

 

 私は――。

 そうやって牢の隅で横になり、ウトウトとまどろみの中で内省を続けていく。

 時間がたてばまた睡魔が私を襲い、目覚めるたびに私はまた強く戻っていける。そう信じなくてはならない。

 

 そんなことはあり得ないのに――。

 

 ジェイコブは私が再び立ち上がるのを嫌った、というわけではないだろうが。

 牢に放り込んだ囚人たちには、何も与えようとはしなかった。水も、食料も。そのどちらも人には必要なものなのに。

 ここに居る人すべてが、時間がたつたびに弱っていく。卑劣ではあるが、捕虜の正しい扱い方ではある。

 

――生き残りたいなら、血を流しなさいジェシカ。

 

 冷酷にそれを告げるメリルの声が、今は輝きを増して心に響く。

 どんな状況になっても任務を忘れてはならない。兵士の目的は変わらない。

 自分が弱っていると思ってはいけない。実際に弱っていたとしても、精神力があれば。戦う意志さえあれば、動くことができる。まさに至言と、この瞬間だからこそわかってくる。

 

 あまりにも遅い巡りあわせだった。

 これらの言葉の意味を、正しく理解できる戦場とついに私は出会えた。伝説の英雄から学んだと彼女は言ったが、私も今。それを学びなおす機会を手に入れたのだ。

 ここが私の理想に最も近い戦場だった。

 私が戦うにふさわしい。選ぶべき戦場がまだこの世界にもあったのだ!

 

 

 牢の入り口で、外に向かって座り込んでいた若者がこちらが目を覚ましているのに気が付くと。

 なにかを逡巡させてから。顔をうつむかせてこちらにはいよってきた。話があるのか?

 

「どうだい?痛む?」

「――生きてる。ヒドイ声ね」

「お互いな」

 

 くぐもってひび割れた私の声。彼は彼で、唇の周りにガムでも張り付けているような話し方だ。

 

「相談があるんだ――あんたに」

「脱走計画?」

「……無理だよ。この牢は屋敷の外で雨ざらし、見張りは刑務所よろしく上から見下ろしていて銃を持ってる。最悪なのは、食事も、水もなしってこと」

 

 そういえばジェスが言っていた。

 ジェイコブの手下も、こんな風にして家族は拷問されたと。こんなやり方、60年代のCIAのクソッタレ共くらいしかやらないと思ったが。

 あいつらはアナクロな趣味でも持ってるのか?

 

「なぁ、聞いてるか?」

「――聞いてる」

「実は、奴らからもらった水は。眠ってたアンタに全部やったんだ。そんなに量がなくてね、全然足りなかった」

「……知らなかった、ありがと」

「いや、それはいいんだ。問題があって、その――」

 

 彼は泣きそうな顔になる。

 クソっとつぶやき、曇ってる空を見上げてなにか助けを求めるようにしぐさを見せる。冷たい目でこちらを見下ろしている見張り達を見て、隣のいつの間にか空になった牢の中も確認する。

 

「なに?」

「昨日までは――隣にも人がいたんだ。俺達と同じく、捕まった奴らが。

 それでなんとか、彼らと俺は協力してきてた。他に方法がなくて、それしかないから」

「?」

「喉が渇くんだ。でも他にどうしようもなくて……だから格子を挟んでお互い向き合い。それで――飲んでいた。自分のは飲みたくなかったから」

 

 不意打ちのようなものだった。

 私の目は久しぶりに驚きから大きく見開かれ、視線は思わず隣の牢とのしきりにちらと向けてしまった。それを見た彼の顔がさらに泣き顔へと歪む。

 あそこの前で片方がひざまずき、片方がたってやったのだろう。上からペギー共が見ている前で、他に方法がないから。

 

 そして今はそこに誰もいない。

 

「ずっと耐えていたのね、ごめんなさい。気が付かなかった」

 

 ついに涙を流すことなく彼は泣き出すが、激しく首を左右に振って否定した。

 こんな場所で、こんなことを会ったこともない女に理解を求めなきゃならないなんて最悪の気分だっただろう。ショックはあるが、だからと言って私もそこから逃れることはできない。

 

「悪いけど、まだ立ち上がれそうにないの。このまま横になってるから、それで出来そう?」

「スマナ……スマナイ……」

「いいのよ、別に。その時が来たら私も――私の場合は、あなたに跨ってもらうことになると思う」

「最悪ダヨナ」

「ええ、そうね。男女のプレイとしては、ひどい場所よね」

 

 出来るだけ大きく息を吸い、吐く。

 集中して意識を下半身に。ついでに清潔なトイレもイメージしておく。屈辱に満ちた告白をしてくれた彼に、これ以上の苦しみを与えたくはない。

 準備を整える間に、彼と話しておく。

 

「大丈夫よ。別に処女ってわけじゃないし、男遊びにも慣れてるから。お互いのポジション取りにも文句は言わない」

「……」

「これじゃ逆よね。こっちが泣きわめいてそれだけは許してって懇願する役回りなのに」

 

 嫌な現実だが、ちょっとしたショック療法になったようだ。意識がよりはっきりと明確になってきた。

 おかげで口もよく回る――それに準備もできた。

 

 私を指を自分のベルトにのばすと、ズボンを脱ぎにかかる。

 

 

――おい、見てみろよ。

 

 見張りの誰かが声をかけると、全員がしたの牢の中を見た。

 つまらない役目だが。このシーンが見れると思ったから、悪い気がしないと話し合ってた。

 

 牢の中では女の露になった股座に若い男が必死にむしゃぶりついているのが見える。

 小さく口笛が吹かれ、へっへっへっと嘲笑の笑い声も聞えた。

 

「レジスタンスの英雄も、ああなっちゃオシマイだよな」

「言うなよ。あれでも女だぜ?案外、具合だっていいかもしれねェだろ」

「――言うだけならいいが、そんな馬鹿はやめておけ。ジェイコブは許さないぞ」

 

 エデンズ・ゲートは性に寛容ではないが。それを知っていながら、しばしば力でそれを満足させようとする馬鹿が何人かいた。

 ジョセフはそれだけは許さなかったし。ジェイコブはそれを弱さだと決めつけ、さらに容赦しなかった。

 彼の”個人的な実験”によって破壊されても、その後にはフェイスによって新たな天使に生まれ変わる。それがここのルールなのだ。

 

――受け入れろ。理解しろ。そうすれば明日にも俺達の兄弟姉妹となれる

 

 下では喉の渇きを癒す行為が続いていたが、見張りの男たちは急に興味を失ったように自分の仕事へと戻っていった。

 

 

――――――――――

 

 

 なんというか、こんなのは自分の役目では絶対にないのである。

 

 ジェスの案内で、ジェイコブの”神狼”を研究しようとした人のところに向かいながら。グレースは内心で苦笑している。

 ジェシカがいかに存在感のあるリーダーであったのか。

 人に会い、協力を申し出て、妥協点を探りあう。どれもグレースの苦手なことばかりだ。

 

 さらにどうやら自分はあのシャーキーよりも結果を出していない。

 まぁ、あのハーグ・ジュニアを新たな戦力として連れてきた。などと自信なさげに従兄弟を紹介する彼の姿を思い浮かべると、微妙なところだが。

 それでもドラブマンの支持と、彼らの参加はレジスタンスの宣伝にはなる。

 

 道を外れ、林の前に止められていたキャンピングカーに女性はいた。

 挨拶を交わし、握手もすると自己紹介が始まる。

 

「私はサラ・パーキンス。

 もともとは野生生物の保護のため、チームを率いていたの。ここには協力を求められて調査に来ただけなんだけど――こんな狼は見たことがないわ」

「グレース。グレース・アームストロングよ」

「ここはまさに死の森ね。彼らそんなのをこの場所の生態系を気にせず好きにさせている。正気とは思えないわ」

「ほかにわかっていることはあるの?」

「あまりないわ、残念ながらね。残ったチームは数か月、調査を続けてたけど。この騒ぎでここにはじき出されてしまった。

 私は銃を持っていたから自分の身は守れたけど、チームのほかの皆はそうじゃなかった。連れていかれてしまったわ」

「そう、それはお気の毒に」

 

 噂によれば神狼とはジェイコブが生み出しているという話だった。

 それを専門の研究者たちが調べ上げようとするのは、そりゃ彼にしてみれば脅威としてとらえられるだろう。

 

「ありがとう。

 でもね、問題はそこじゃないの」

「というと?」

「カルトがこの神狼というものを彼らの手で生み出したと言うのが本当なら。それは別に他の動物でもあり得るってこと」

「それは……考えたことはなかったわね」

「そういえば聞いてる?彼ら、研究用に飼育されていたクマに襲われて周辺一帯を危険にされしたって話」

「あ、ああ。ええ、聞いてる。ホントなんで余計な真似をしてくれたのか」

「ええ、まったくよ。どうせちゃんと飼育をしていなかったんでしょうけど、それで自分たちが食われたんだから。いい気味だわ」

 

 サラの言う彼らと、グレースの彼らは違うのは明らかだった。

 あのハーグ・ジュニアが。早速の自分たちの戦果を自慢げに口にして、自分たち女性陣が言葉を失うほど呆れたのを思い出す。

 まったく、ドラヴマンという血は本当に――。

 

「実はこのジェスに聞いたんだけど、あなたに協力したらその人狼について問題が片付くかもって」

「ごめんなさい。そこまでの約束はまだできないわ。

 まだ調査は初期段階で、そこでずっと足踏みをしているから」

「わかってる。でも――見込みはどう?協力できるなら、支援は惜しまないつもりよ」

「それは嬉しいけど。実はすでにイーライのホワイトテイル自警団からわずかにだけど支援をもらってる。今はここでやるしかないから、なかなか難しいんだけど……」

 

 思わずジェスを見ると、彼女はうつむいて小さく左右に振る。

 どうやらイーライは密かに支援をしていたようだ。なるほど、確かにここでの評判がいいわけだ。

 

「それなら話は早いかも。

 私たちも彼らと同じ、カルトに対処しようとしているの。彼との話し合いはまだうまくいっていないけど、目的は同じ。

 だから私たちもできるなら、あなたに支援を約束できると思う」

「そうなると――今、考えていることを話すから。あとはあなたが決めて頂戴。それでいい?」

「ええ」

「実は最近、ようやくこの人狼の行動を追跡できる方法があるんじゃないかって考えているの。これに成功すれば、ようやく調査は足踏みをやめることができるんだけど。

 それにはやっぱり環境や人の手が必要だし。なにより無傷の人狼が必要よ。

 イーライに恩返しするにはこれが必要だと意見を送ったけど、彼からは良い返事は貰えてないの」

「人の手っていうのは、あなたのスタッフたちの事?」

「いいえ――彼らは死んだ。知ってるでしょ?

 ジェイコブは適者生存を理由に人を拷問で選別するって。少し前に、あいつが放り出した死体の中に彼らもいたそうよ。イーライが確認してくれた」

「そうだったの……」

 

 どうやら覚悟はしていたが、簡単に結果が出るような話ではないらしい。

 しかし、ペギー達の終わりは確かに遠くに見えては来ているのだ。そうなれば、結局のところ残された人狼の問題は解決されなくてはいけなくなる。それは早ければ早いほどいい、はずだ。

 

「いいわ。イーライに提案したことを私たちにも話して。

 人の補充に関してはわからないけど、可能だと思えば。とにかくわたしたちがその環境とやらをあなたに用意する」

 

 ジェシカはいなくても、彼女のやり方なら十分にそばで見てきたことだ。

 ジェイコブを恐れて、あいつにペースを握らせるつもりはない――。

 

「カルトには思い知らせてやらないとね。このモンタナの自然を汚すなってこと」

 

 女性たちは固い握手を交わす――。

 

 

―――――――――――

 

 

『もうすぐだ。もうすぐ知らせのあったガソリンスタンドに――』

 

 ヘリコプターの操縦席に、いきなり警告音が発せられた。

 

『なんだっ!?』

『チクショウ、レーダーを照射されてる。攻撃が来るぞ』

 

 返事が来る前に、林の中を曲がりくねった道路の先で何かが光って気がした。

 

『来るぞ!逃げろ、はやく逃げろっ』

 

 お、おおおおおお!

 

 奇妙は航跡をたどって、ついにヘリが爆発と共に道路の中央へと落ちていくのを眺めながら。

 手にミサイルランチャーを担いだハーグ・ジュニアは大喜びする。

 

「シャーキー、今の見たか?一発でドカンだ!」

「ああ、そうだったな」

「こいつは最高だよ。マジで気に入ったぜ」

 

 ハーグはデカい武器が必要だと主張し続けるので、しかたなくホランドバレーにRPG7の一式をよこしてくれと連絡を入れた。

 ところが、だ。

 なんと送られてきたのは、最新式の軍用ミサイルランチャーだった。

 シャーキーは最初それに気が付くことができず。自分にと送られてきた新しい民間用の火炎放射器を手に取って喜んでいたが。そいつをかかえてご機嫌の従兄弟殿を見て、一気にテンションが下がってしまった。

 

 あいつら、いつもはなにかやると「ドラブマンだしな」と口じゃ言うが。

 それに平然とヤバイ武器をよこしてくるのだから、どっちの頭がおかしいんだよと問い詰めてやりたい。まぁ、そんな無駄なことはやらないのだが。

 

 

 でも、それはもう過去の話。

 今はこっちが大切な話、だ。

 

 今日のシャーキーはいつになく慎重だった。

 ハーグをグレースたちに紹介した時の、あの呆れかえって声もない姿が忘れられない。きっと減点に減点を重ねてしまったのだろうと思う。

 それなら今日は、立派にひとつでもふたつでも加点を目指すべきだ。

 

 いつもなら主義主張から、新しく手にした火炎放射器とショットガンでペギーを情け容赦なく大掃除、とはせず。

 後ろからの不意打ち、タコ殴りでもって全員を生かして捕らえた。

 

 そしてその中のひとりをだけを、ひろくとられている側帯にある鋼のポールを使って跪かせて拘束した。

 

「それじゃ、尋問の再開な――。よォ!ハドソンじゃねーか。すっかり見違えて、どうしてた?」

「……」

「スクールじゃ、よく上半身を裸にしていつも乳首を人に見せたがってたよなぁ?」

「違う!俺の筋肉を見せてたんだ」

「そうなのかぁ?

 そりゃ気が付かなかった、きっとあの中にいたホモっぽい奴は。お前の乳首しか覚えてないと思うぜ、俺だってそうなんだものォ。

 そりゃこの筋肉の塊がモテルわけだって、納得させられたぁなぁ」

 

 昔は同級生でも、今は敵と味方。

 ペギーとなって馬鹿なことを真顔でやっているそいつを、シャーキーは恐ろしく軽い調子で笑いながら話し続けてる。

 

「実はさ、お前のおホモだちの大将。つまりジェイコブについて聞きたいんだよ。あいつ、ジェシカ保安官をどうするつもりだって言ってた?ついでにどうやったら助け出せるのか、アドバイスももらえるとありがたいんだけど」

「ㇸッ、バカかよ。お前」

「うん……それは昔も言ってたよな。

 別に気にしてない、俺を勘違いする奴はあの時も多かった。付き合ってたあの娘も、そういえば元気にしてる?今は一緒にペギーをやってるんだろ?」

「俺達には信仰がある。”崩壊”を前にジョセフによって俺たち家族はエデンの門へと導かれるんだ」

「ああ、そりゃよかったな。それで、俺の質問には答えてくれるの?」

「――お前はクソ虫のように死ぬんだよ。気持ち悪い野郎のまま!」

「……」

 

 憎々しげに吐き捨てるが、シャーキーは変顔をするだけで得に怒っている様子はない。

 

「おい、シャーキー。シャーキー!」

「なんだよ、ハーグ?俺は今、昔の同級生との会話を楽しんでるところ――」

「こんなの見つけたぞ。なんだ、これ?」

 

 赤、白、青で塗りたくられた木製バットは、しかしその下にはなにか文字が刻まれていた跡があるのが見て取れた。

 

「ウッソだろ、ハーグ・ドラヴマン・ジュニア」

「あ?」

「そいつはお前……懐かしのリトルリーグのキング・バットじゃねーか。ヒドイ姿になっちまって」

「キング、なんだって?」

「キング・バットだ。王様のバット、モンタナ最強のチームに勝利した記念に当時の町長が贈ってくれたんだ。でもな、誰かに盗まれて――」

「そいつが盗んでたのか?」

「ああ、こいつが盗んでたみたいだな。そうだろ、ハドソン?」

「……」

「答えない?まぁ、いいや。

 実のところ盗人がだれか知りたかったわけじゃないんだ。俺が今――」

「俺達、が!」

「そうそう、俺達な。

 俺達が知りたいのは、ジェイコブは捕まえたジェシカ保安官をどうするつもりかってこと。ついでにお前が俺達に協力を申し出て。彼女の救出に力を貸してくれるっていうなら最高なんだけど」

「神の力に逆らう女だ。どうとでもなるさ」

 

 憎々し気な言葉。

 だが今度はシャーキーに笑顔はなかった。

 

「――いいか、この盗癖もちのクソ野郎?

 俺はできるだけ優しくしてやってる。なぜなら、お前なら顔見知りで。だから話もできると思ったからだ。

 そんなお前が俺と全く意思疎通ができないとわかったら、俺はどうしたらいい?」

「ヘラヘラ笑ったらいいんじゃないか?サイコ野郎」

「……なんだって?」

「ガキの頃からお前はそうだったろ。なにがされてもへらへら笑ってよ、吐き気がしたぜ。その癖、バカをやらかす。

 皆言ってたんだぜ、気持ち悪い奴だってよ。ドラブマンの奴らは、オカシイ奴ばっかりだ」

「そうかい。とにかくこっちの話に集中しろよ。

 ジェシカ保安官だ。彼女はまだ無事だよな?どうやったら助けられるか、情報があるなら言えよ。俺はペギーを殺したくなるほど嫌ってるが、昔の知り合いだっていうなら我慢することくらいはできるんだ。へへヘッ」

「女のために、か?騎士にでもなったつもりか、その淫売に何をしてもらってたんだ?」

「――オイ」

「ジョセフは世界の終わりを見た人だ。神のおわすエデンの門へと我らを導いてくださる。お前もまだ良心が残っているなら、そんな穢れた女――」

「わかった。もういいわ、お前」

 

 シャーキーの限界を突き破ってしまったのだ。

 ハーグにそいつをよこせ、というと。はいよ、と軽い返事と一緒にバットが飛んできた。

 

 そいつでシャーキーはハドソンが動かなくなるまで殴り続けると、肩で荒い息を吐き出し。輝くような笑顔を見せた。

 

「やっぱ、ペギーはこうするに限るな」

「そう思うけどよ、シャーキー。肝心の情報は聞き出せなかったぜ?」

「考えがある。さっきそこの車庫の中で作業ベルトを見つけてさ――」

 

 そういいながら腰からペンチを引き抜いて見せた。

 

「まだ残ってるのは中にいるんだろ?」

「ああ」

「あいつら、ずっとこっちがなにをやってるか見ていたよな?」

「そうだな。お前が殴り殺す現場を最初から見てた。殺人事件の証人ってやつだな」

「――そういう考え方もできるか。まぁ、いいや。ならこいつで、あいつらの口を割らせてやる」

 

 そういうと閉じられたハドソンの口の中にペンチを押し込み、ウンウンと力を込めてうなり始めた。

 

「なにやってんだ?」

「奥歯を抜くんだ。それでこのバットに飾り付けてやる」

「それで?」

「俺って紳士だから、拷問ってのは得意なわけじゃないんだよ。だからその仕事をしやすくために、このバットを新たに生まれ変わらせてやるんだよ。ペギーの歯で飾ってな」

「いいね。俺もそれやりたい」

 

 そう言うとハーグも車庫に行こうとして、そこで足を止めた。

 

「なぁ、それだとよ。虫歯はどうするんだよ?」

「あ、虫歯だぁ?」

「そうだよ、真っ白な奥歯がいいんだろ?でも、ペギーの中には虫歯の奴がいるかもしれない。この国の医療事情は良くないのは、俺が世界を見てきてよくわかっているからなぁ」

「なら――よしっ、抜けたな。ええと、白い歯ね。それを選ぶために、しばらくはペギーをいきなり殺すのはやめよう」

「それは厳しいな。でも、面白そうだ。やってみようぜ」

 

 そう言いながらシャーキーは2本目の奥歯に取り掛かる。

 結局半日かけて、ペギーに尋問したが。新しい情報はなく、白い歯だけが増え続け。古ぼけたバットの表面に奇怪なぶつぶつを接着させただけだった。




(設定)
・古ぼけたバット
丁度執筆中、公式でイケてるバットが追加されたのでここに登場させてみた。

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