手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

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次回投稿は26日を予定。


餌食

――銃を手に取る、次のエリアに

――弾切れ。敵はいない。

――銃を手に取る、次のエリアに

――弾切れ。敵はいない

――銃を……

 

 

 イーライ・パーマーは仲間からの緊急連絡を受けると、慌ててバンカーから飛び出していった。

 部隊と合流すればわかるが、どうやら”今回も”ひどいものだったらしい。

 

「イーライ、こっちだ」

「ああ――それでこの廃屋の中?」

「いつものジェイコブのゴミ処理さ。ひどい匂いで近くを通っただけですぐにわかった」

 

 この部隊は常に犬を連れていて、ジェイコブが何かを屋敷から放り出すと。それがなんなのか探りに行く役目を与えていた。

 そしてそれは大抵だが――かつては家族、隣人、知人、もしくはただの旅行者。全員が死体となっていた。

 

「本当にひどいもんだな……ウィーティー、そっちの奥から確認を始めろ」

「マジで臭ェ」「勘弁しろよ――」

「窓を開けろ!この人たちは何日も汚物と一緒にさせてたんだ、そりゃこうもなるさ」

 

 閉じられた廃屋に光が入ると、さらにきつい匂いが厳しいものに感じる。

 

「嘘だろ、イーライ。こいつはサリーだ。あいつらに捕まっていたなんて、運がない」

「――そうだな」

 

 若い奴は皆ジェスのように好戦的ということはない。

 時には攻撃を受け、パニックになって逃げだす奴もいる。それは構わない、ここは軍隊ではないのだから。

 しかしそれでもここは戦場なのだ――群れを外れても、生きていける力がなければ。食われてしまう。

 

――適者生存、か。

 

 否定はしない、そういう考えもあるにはある。

 だがここのそれはジェイコブのルールだ。まともじゃないし、狂ってさえいる。

 

「イーライ、もうみんな死んでるよ」

「いいから!確認をしろ、坊主。それがお前の役目だ」

「――わかったよ」

 

 若者に確認作業に戻らせると、イーライは部隊を手招きして呼び寄せる。

 

「どうやらあいつが言った通り今回も全員死んでいるようだ。この後、どうしたらいいと思う?」

「埋葬はしてやりたい」

「ああ、俺も同じ気持ちだ。だが、難しいだろう。ジェイコブは神狼をこの周辺に配置させているだろうし。匂いに引き寄せられてくる獣もいる」

「持ち出せないんだな」

「――だが腐らせたくはない。焼くのはどうだ?」

「そうだな……燃え残しがないように薪をたくさん用意すれば。少なくとも食い荒らされたりはしないだろう」

「ならそれでいこう、準備を頼む。時間が惜しい、俺は確認を手伝う」

「わかった」

 

 それからイーライも床に転がる死体を仰向けにして顔を覗き込む作業に加わる。。

 若い顔、老いた顔。男であったり、女であったり。

 こんな悲しいことをいつまでやらなくてはいけないのだろうか?

 

 イーライは口惜しさと怒りで歯ぎしりしたいのをかみ殺し。無言のままそれを続ける。死んでいたのは7人だが、今回は知り合いはひとりだけだった。

 喜ばしいニュースなんて、それくらいしかない――。

 

 

――――――――――

 

 

 今日のジェイコブはキッチンに立つ。

 300g近い牛肉をミンチにすると、フライパンにバターを少量。オリーブオイルに赤ワインも振りまく。

 酒精を飛ばし、ひと混ぜすると火を消して終わり。熱がなくなるのを自然に待ちながら、次の用意にうつる。

 

 引き出しの中からラベルのない錠剤箱をとりだし、まだ精製まえの”祝福”を数錠。

 それを自分のナイフで砕いて、サラサラにまでパウダーに戻し。狼に使っている器の底にそれをパラパラと敷き詰めていく。

 「では仕上げだな」の声に、フライパンから肉の山を器に移し替え。ヘラを使ってそれをかき回してやる。

 

「いい匂いだ。最高の料理だな」

 

 ジェシカへのエサの完成。

 今回も満足できる、出来上がりとなった。

 

 

 ジェシカの牢へと向かう途中で部下のひとりに「ついてこい」と命じつつ。自分のナイフを手渡しておく。

 牢の前では恐怖にとりつかれて久しい保安官助手が、これまた椅子や水の入ったタライなどの準備を済ませ。体を縮こませてジェイコブの指示を待っていた。

 

「さぁ、腹が減っただろ?こいつを食うといい、7日ぶりの食事だ」

 

 ワイン、オイル、バターの匂いが鼻腔を刺激して理性を押し流してしまうだろう。

 欲望に逆らえないまま、檻の中のジェシカは飛びかかるようにして器に飛びついていく。

 

「いい感じだな――」

 

 人間の女は弱い。だから幼少のころから狡猾に振舞うことを覚えていくものだ。

 力の強い男にどうやって取り入り、支配の方法を学び。都合が悪くなれば自分の取り分のために平気でそれを捨てて見せることができる。それは恥知らずではない、賢いことだ。信念とやらを持つ男たちからは卑怯などと口汚くののしられるだろうが。なに、かまうことはない。

 勝利者の側に立つ女はいつだってひるむ理由などないのだと、”本能的に理解する”生き物だ。

 

 シードの名を持つ家族は、そうやって多くの女たちを導いてやった。もちろん全員ではないが、ジェシカ保安官はどちらなのかはまだわからない。

 

 そう、それでも時には頑固に、頑なに信仰を拒否するタフな女もいる。強い女、何が正しいのか理解できない女。

 そんなのはごくごく一部。ほとんどは縋って救いを請い、信仰心をあらわにしては、ファーザーに顔と名前を覚えてもらう事に喜びを見出していく。弱者のあるべき姿。強者のあるべき愛し方がこれだ。そして実際の話、このことに関しては性別(ジェンダー)の違いなどない。

 

 世の中は間違いが多すぎる飲んだ。

 リベラルだのなんだの。

 男だの、女だの。

 すべてはただ一つ。適者生存、強い英雄の元にこそ正義が集まる。

 

 ジェイコブにとってこのエデンズ・ゲートの世界こそ、理想の楽園そのものにしか見えない――。

 

「今日は、話がしたいと思った。

 お前と共に捕われた連中はもう誰もいなくなった。檻の中に残っているのはお前だけ、たいしたものだ」

「……」

「お前は強い。ジョセフもそれを認めている。

 なのにお前はわかろうとしない。どうしてだ?自分が英雄で、特別な存在だとでも考えているのか?こうして生き残り続けることで、誰かがお前を助けに来ると信じているのか?」

 

 近くに控える保安官助手に、部下からナイフを受け取って髭を整えてくれとジェスチャーで示す。

 椅子に座って無防備に顎を上げ、首に刃が這っていくのを感じながらも話すことをやめない。

 

「他人を信じているのか?他人が自分を救ってくれる、血を流し、命の危険を顧みずに戦うと本気で思うのか?

 そんなことは誰もしない。誰もお前を助けなどしないし、何もできない。なぜならお前がいなくても奴らは弱者の中からすぐに別の英雄とやらを見つけるからだ。自分たちに都合のいいだけの英雄、本物ではない。弱くないだけの、強さのない英雄。お前は要なしとなり、ごみのように俺の檻に放り出されただけ」

 

 顔を傾けてジェイコブは檻の中のジェシカを見る。

 水もないのに必死に椀の中にある肉をつかみ、口の中に押し込んでいる。空腹に負けているのではない。この機会に少しでもエネルギーを身体に与えようとしているのだ。

 そしてぼさぼさになった前髪の奥で輝く目がある。ジェイコブに向けるそれには何の感情もない。

 

 どういうことだ?

 なぜそこにはなにも存在しない?恐怖があるだろう?怒りがあるだろう?それを見せてみろ、保安官。

 

「もう、どれほどそこにいるのかわかっていないんじゃないか?

 人はたった10日、文明的な生活を奪われただけで原始的な本能に回帰することができるそうだ。知っていたか?」

「……」

「これは科学的根拠のある説だが、不思議なことにこれを信じない人間は多い。面白いよな?

 科学がそれを証明するのに、人は感情だけでそれを否定するんだ。簡単に、想像力もなく、ありえないなどとな。

 ははは……まぁ、実際に体験しないと理解しにくいんだろうなァ」

 

 保安官助手は先ほどからジェイコブの首元に刃を這わせ続けている。

 もし、抵抗する気があるのなら。ナイフに力を少し加えるだけで、刃は皮膚と肉を裂き、血があふれ出てるが――奴はそんなことはしない。

 

「俺はそれを湾岸戦争で学んだ。知っているか?

 英国のSASブラボー・ツー・ゼロじゃないぞ。レッド・ドーン作戦とか、そっちの方さ。俺は不正規の作戦に参加していたんだ。

 あんたも元は軍にいたっていうなら知ってるだろう?もっとも激戦区の最前線に俺はいた。その時は空挺部隊に混ざってのものだったが、運が悪かった。

 

 ある夜。俺と相棒は風に流され、予定のポイントから大きく外れて降下した。そのせいで武器も食料も失って、どこにいるのかも。どこへ向かえばいいのかもわからなかった。

 だが、俺達はあきらめるなんてことは考えなかった。希望を、持っていたんだ」

 

 皮膚を這う刃が、ジョリジョリと音を立てて毛をそり落としていく。

 ジェイコブはその間も、虚ろな声で自分の過去の痛みを――物語を続けて聞かせている。

 

 あの苦痛の続く時間は忘れたことはない。終わっても、終わらずに戦場からずっとジェイコブについてきた。

 容赦なく照り続ける太陽、燃えるような熱を帯びたまとわりつく砂。誰かに見つかりはしないかと怯え、この先に味方がいるはずだと信じる希望は徐々に輝きを失い、空腹と絶望が気力をそぎ落としていく。

 それでも歩き続ける2人の兵士だが。この物語の結末にハッピーエンドは待っていない。

 

「……迷子になった俺達は、ついに水を失った。だがそれでも動き続けた。

 人間は考えることをやめることはできない。脳は、動き続ける限りエネルギーを消費していく。つまり筋肉を食べ始めるんだ。

 お前も今、同じことが起きている。だからやせ細っただろ」

 

 髭はもういいとジェスチャーでやめさせると。

 今度は隣にあったタライの水をバシャバシャと跳ね上げて、手を洗い出した。無色透明でも、涼やかな音を立てるそれにジェシカの喉が無意識にゴクリと鳴る。

 

 彼女の記憶が今、喉が潤う喜びの記憶を呼び覚ましたのを”味わう”。

 この砂漠は歩き出せば一歩だけで抜け出ることができる。それを彼女はすでに理解している。後は行動するだけだ。

 

「相棒が死ぬとわかった時、もう最後だと最初は思った。でも違った――なにかが、突然見えるようになった」

 

 そう言いながら洗うのをやめると。

 行使に近づいて腰をかがめ、牢の中にいるジェシカのシャツの襟もとをつかんだ。

 

「あいつはそんな終わりを望んでいなかったが、そこにいる意味はあった。俺のために、俺に課せられる試練のために、奴の命は必要だった。俺はそれを理解したんだ。信じられなかったことを、ただ信じた」

 

 力が入ると、シャツははだけ。ジョンが無理矢理にその肌に刻んだ胸元の”強欲”の文字が見え隠れする。ジェイコブはそんなことをかまわず、無理矢理にジェシカを立たせようとする。

 

「相棒は死んだ、彼に希望はなかったんだ。それでも必要だった、俺がここに来るために。

 そしてお前も知るだろう。これは試練だということを。お前はここで学び、順応していくしかない。弱者が存在する意味を、強者がどのように振舞うべきかを」

 

 そう言い放ってから、ジェシカを突き飛ばそうとポケットの中にある”それ”に触れるが。今度は逆に、ジェシカの方からジェイコブの手を握り返してきた。

 それは決して弱っている人のものではない。思った以上に力強い、強い意志のこもったものだった。

 

「っ!?」

「……シロ」

「なに?」

「じぇイコブ、降伏、シロ。死にタ――ないダロ」

 

 殺されたくないなら降伏しろ、確かにジェシカはそう口にしていた。

 尊厳を奪われ、獣のように扱われ。にもかかわらず、まだこの女はジョセフを認めるつもりはまったくないのだと示して見せたのだ。

 

「フッ、フハハハハハ」

「……」

「まだまだ元気そうじゃないか、ジェシカ保安官。たいした女だ」

 

 そう言うと今度こそジェイコブはジェシカを思いっきり牢の中へと突き飛ばしてみせた。

 ジェシカはその勢いを殺すこともできず。もんどりうってから倒れたが、そうなってしまうほど体は弱っていたのだ。さきほどのような強く握り返してくるなど、今のジェシカの状態からでは難しかったことだろう。

 

「楽しめそうだ。俺も今更、焦ってはいないからな」

 

 そう言い残して立ち去っていく――。

 


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