手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

38 / 50
気が付けば、なぜかまた難しいことになってる気がする。
こちらも次回は未定。


休息

 私は悪夢を見た――。

 

 それを悪夢と認識できたのは、同じような状況で苦しめられた記憶と体験がまだ強烈に残っていたからだが。

 とにかくそれは夢なのだということはわかっていた。

 

 ジェイコブとジョセフ・シードが並んで立ち。

 冷たく揺るぎもしない黒光りした格子を挟んで、そこから離れたところに座り込む痩せたオオカミがいた。

 そのオオカミは捕食する獣として、その両目には怒りの炎が激しく燃え続けており。荒い息で半開きの口から除く歯の鋭さに殺気がみなぎっていた。互いの間にあるしきいが消えれば、その様子を見ればわからないはずがない。

 獣は状況が許せば人間を襲うものだ――。

 

――吾々はまた、こうして会うことになったね

 

 ジェイコブから離れ、格子に近づき。腰を落としながらジョセフはそう切り出してきた。

 そう、あの時おなじようにジェイコブに囚われていた私にしたように。そして狼は沈黙を続けている。

 

――苦しいのはわかっている。我々は互いに傷つけあい、奪い合ってきた。

――これらはすべて神の大いなる御意志によるものだ。

 

 相変わらずその口から出てくるのクソばかりだった。どれひとつ、なにひとつこの男には真実がない。

 ここからジョセフは自らの過去を告白がはじまる。

 くだらない男に引っ掛かり、みじめな2人の関係が悲惨な最期を迎える前に。もっと悲惨な現実が彼女を襲われたのか。そこに何かの意思があったとかなかったとか。そうだ、わかってる……。

 

――だから君がどれほど否定しようとも、この状況が変化することはないだろう

――神は望んでおられるのだ。

――我々は君を殺すことはない。君が私の言葉を受け入れ変化の訪れを待つしか

 

 狼は小さかったが、確かにこの時うなり声をあげる。

 ジョセフは諦めることはなく。聖者のようにふるまうことをやめようとしない。

 

――君は変わる。きっとそうなる。

――あとは時間が必要というだけで、結果が変わることは決してないんだ。保安官。

 

 ハフッ、ハフッ、ハフッ……。

 

 狼は笑っていた。

 目の輝きも、開いた口からのぞかせる牙の鋭さも変わりはなかったが。

 獣は人の言葉を理解したかのように、ジョセフのすべてを笑い続けている。

 

 

 私はいつしかこの悪夢の中を一歩離れた距離から観測していたことに気が付いた。

 記憶と体験にはないジョセフの言葉だが、あれは間違いなく奴の言葉。そしてあの獣はきっと私自身であったのだろう。

 

 ジョセフは沈黙し、狼は笑い続けている。

 現実はああではなかった。私は無言を貫くだけで必死になっていただけだった。

 ということはアレが私なのか。ジョセフの虚言を信じなければ、それは獣と同じということなのか。

 神の意思とやらは事実で、このホープカウンティの惨状に彼らの責任はないとでもいうつもりなのか。

 

 ならば私は狼の皮をかぶった人間で構わない。

 

 

―――――――――

 

 

 太陽はいつの間にか高いところまで登っていた――山小屋を出ると、裏にある小さな滝のある川へと向かう。

 白のTシャツに手をかけると私は複を脱ぎ散らかしながら歩き続けた。水辺に出る頃にはすっかり裸だ。

 

 水の表面に映った自分の姿を見る。

 そこにあるのは、すっかりみすぼらしい体になってしまった私がいた。

 

 山小屋で過ごした数日間。

 私は自分を取り戻そうとして必死に獣の血肉を食らい、体を動かしてきた。

 残念なことに期待したものは感じられない。

 

 薄い脂肪の下に磨き上げた筋肉は残らず消えた。軍をやめてもソレだけは残していたのに。

 元から誇るような美貌などなかったとはいえ、病的なやつれ方に肌の荒れが私に残されていた若さも奪ったようだ。

 疲れ、痛み、悲しみ、そして怒りが。目元に異様な力を与え、輝き続けている。

 

 ジェシカはため息をひとつ吐き出すと、水の中へと入っていく。

 

 ホワイトテイル自警団のリーダー。イーライの計らいにより、人気のない山の中。若者と2人、山小屋に泊っていた。

 そこは空白の土地なのだそうだ。

 道からは遠く離れ、獣も歩かず。しかし、そこから山を越えようと昇るか、ふもとに向かっておりていけばすぐにもペギーとの喧騒が始まるという。つまりペギーとレジスタンスが争いを続ける限り、ジェシカはここに居ればひとりだけずっと危険に襲われることなく過ごすことができるということらしい。

 

 最初はそれが本当なのかと疑ったものだが。数日も静かに過ごせば、事実であったと納得しないわけにはいかなかった。

 

「――いい場所。本当にね」

 

 病み上がりの体に水の冷たさは刺すような痛みを与えるが、それもしばらくのことだ。次第に体感がそれを温かさだと認識を新たにしていく。

 泳ぎながら、ジェシカは考えている。

 これからどう戦えばいいのか。この戦いをこれからどう終わらせたらいいのか。

 

(最前線では物事は大抵悪いほうに転がるものい。それは正規の任務であろうと不正義の任務であろうと変わらないわ、ジェシカ)

 

 彼女の教えを思い出す。

 軍は兵士を送り出すとき、常に万全の体制――準備ができていると信じて送り出す。

 だが、それはいつだって完璧とはいかない。必ず何かが失敗という形で進行の邪魔を始める。

 

(あなたもそうだった。

 いいえ、違うわ。あなたはもっと最悪の事をした。ミス、したわね)

 

 わかってます、メリル。私は相変わらず頭でっかちで不満ばかりの駄目な弟子です。

 判断ミスを、おかしました――。

 

 拠点を奪い返した直後に、少女の誘いに乗ってしまった。

 彼女、ジェスの復讐などかかわるべきではなかったのだ。あれはやってはいけないことだった。

 

 確かにダッチの身内ではあったし。彼の頼みを聞くことを理由にこのホワイトテイル・マウンテンに入った。

 だが事実はそうじゃない。

 ジョン、フェイスらとの戦いで傷つき、錯乱じみた行動を始めたことで限界が来てしまったのではないかという恐怖にとりつかれてしまっていた。

 症状を見守り、自分を見つめなおす時間が必要だったのに。それは必要ないと勝手に思い込もうとしていた。

 

 その結果、さらなる成果を必要と”英雄的な行動”をとってつかまってしまったのだ。

 どうしようもない。

 軍が自分を正しく使おうとしないなどと、どの口が言えたのだろう。ミスなどして仲間を殺し、部隊を壊滅させたとしても不思議はないじゃないか。

 とんだうぬぼれ屋であった……。

 

「谷の中にとどまるものは、決して山をこえることはない。まさにその通りよね……東洋では井戸の中のカエル、海を知らないって言うんだったかな。ああ、もうどうでもいいことなのに」

 

 仰向けになって水面に浮かびながら、腹立たしさに細くなった両手を上げて水面を叩いた。

 涙など流さないが、不思議と湧き上がる不満や怒りもまったくない。どうやら私の中から消え去ってしまったようだ。

 

(部族の教えを思い出せ。怒りは自分への毒、なるほど。先人たちの教えもバカにならない)

 

 年を取った、老いた。そう考えろというのだろうか。

 あの怒りは若さで、繰り返し与えられた苦痛、屈辱がそれらを塗りつぶすように消し去ってしまったか。

 

 とにかくジェシカの中には今、2つのことしか存在しない。

 ひとつは最前線へ、あの戦場へと戻らなくてはならないということ。

 そしてもうひとつは自分の残っている仕事を――任務を果たさねばということだ。

 

 以前もあったはずのそれらは今、これまでとは違う一層激しい輝きを見せていた。

 任務とはこれほどのものだと自分は理解できていなかったことが不思議なくらいだ。

 そして思う。メリルも、あのシャドーモセスで苦い経験を味わったことで多くを手にしたのではないか。もしかしてあの当時、彼女が自分に伝えたかったことをようやく今、ここで自分は受け取ることができたのではないかということ。

 

(状況に判断が必要だと感じたなら、正しく任務を確認しなさい。あなたが真に兵士であるなら、任務はあなたがすべきことを明確に伝えてくるものよ。それが例え、クレイジーなものであったとしてもそれは”その時には正しい”ことなのよ)

 

 メリルの言った通りだ。彼女はやはり、常に私の先を歩いている優れた兵士であってくれたのだ。

 私の任務は、あの戦場に戻るように私に訴えている。

 ジェイコブと戦い、障害を取り除き。そしてジェイコブ・シードを……。

 

 

 ガサガサと草木を分けて進む音をはっきりと認識し、私は視線を周囲に走らせる。

 接近する気配には特に気を付けていたはずだが。白昼堂々と素っ裸で水遊びはやりすぎた。あの若者、ウィーティーは山小屋に気配がまだあるので生きているとは思うが。助けを呼ぶのは今更だが良い事かどうか判断に迷う――。

 

 私はなぜか不思議と緊張と不安を感じることなく、淡々とそんなことを考えていた。

 だがそれもすぐにわからなくなる。敵意は全く感じない、だが岸に脱ぎ散らかした服の向こう側、木の根元にクーガーがひょっこりと顔を出していた。

 

「――ピーチズ?あなた、ピーチズよね」

 

 そのクーガーには首輪がされ、ピンクのリボンもついていることに気が付き。近づくことなく距離を保ったまま私は確信をもって名前を口にした。

 ヘンベインリバーのクーガー・センターでは、人気のプリンセスがいる。

 名前はピーチズ。そこを管理する老婆によれば、自分の世話をする相手は皆、本人を愛しているのだと考えるようなメスらしい。

 

 フェイスとやりあっていた時、あそこの山で何度か出会った記憶があるが。

 まさかこの私を心配して、わざわざホワイトテイル・マウンテンまで様子を見に来てくれたのだろうか?

 

「一緒に水浴びはどう?興味はない?」

「……」

「わざわざ様子を見に来てくれたの?それで――お姫様、あなたには私はどう見える?」

「ファーア」

 

 これでも真面目に聞いたのだが、見事に大あくびで返されてしまった。

 別の言葉が聞きたかったのだろうか?

 

「体重は落ちたわ。女性らしい体だって、いまなら男にも褒められる自信はある。まったく嬉しくはないんだけどね」

「……」

「まだ準備は――覚悟ができてないと思う。前と同じようにはできない、わかってる。でも戻るわ、これは私の任務だから」

 

 誰かに止められて、このままホランドバレーやヘンベインリバーに引っ込むつもりはなかった。

 だから今は、メアリーやジェローム神父、アーロンやトレイシーに会いたいとはまったく思わなかった。

 そして仲間たち――グレース、ニック、シャーキー達。彼らにも今は、会うつもりはない。

 

 この姿を見て、彼らに心配されたくない。哀れまれたくはないのだ。

 彼らに「もう戦わなくていい」と言われたくはないのだ。

 もうわかってしまったのだ。かつて軍に拒否されて抱いた怒りを、彼らホープカウンティの善き人たちにもしてしまうことがわかっているから。

 

「あなたに会えて正直嬉しい。孤独に悩んだつもりはないけど、なんだか自信を貰えたみたい」

「……」

「本当に泳がない?まさかすぐに帰っちゃうの?それは寂しいな、ピーチズ」

 

 クーガーは水辺に近づくそぶりを見せたが、すぐにこちらに尻を向けると脱ぎ散らかした私の服の隣に座り込みながらまたも大きな欠伸をする。

 その様子はまさしく貴人のそれにも似て「こっちはこっちで好きにする。お前も勝手にどうにかしろ」と言っているように思えた。

 

 私はクスクス笑いながら、先ほどと違って今度は水中へと潜っていった。

 息を止めて、吐き。息を止めて、吐き。それを繰り返し、川の水底を何度もかすめて泳ぐと、いつの間にか水辺にいたクーガーの姿は消えてしまっていた。

 私も、もう十分泳いだと思い。岸に向かって歩き出す――。

 

「そう。そうね、そして私はジョセフ・シードを逮捕する」

 

 それが私の任務。

 メリルが言った通りだ。こんな私でも、今の私でも、任務は変わらずに私に必要なことを伝えてきてくれる。

 その声は今、はっきりとこの耳まで届いていた。

 

 

――――――――――

 

 

 山小屋を出て鍵をかける。

 

「今日も快晴ね、準備はいい?青年」

「今日も帰り道の途中でへばってくれてもいいんだけどね、保安官」

 

 輝く笑顔を崩さないジェシカと違い、ウィーティーの表情は微妙で。さらに口にした皮肉が全く効果をなしてないことに嫌になってしまう。

 

 ここにたどり着いた時は、ここにたどりつくまで何度も休みを入れなくてはならないほど体力が落ちており。到着した後も、悪夢とフラッシュバックに怯える様子を見せていたので心配していたのだが。

 それが数日過ぎると、ぱったりとなくなり。傷ついた女性は消え、活動的というにはエネルギーの有り余る女性がそこにいた。

 それだけでもウィーティーは目を白黒させられているのに、さらにジェシカは「元気になった、戻ろう」などと言い出したからさぁ、大変。

 

 若者の思いやった言葉の数々をものともせず、ジェシカは今日という日を迎えたのである。

 敗北したウィーティーに出来たことと言えば、彼女の休暇を2日伸ばすこと――つまり1週間にしたことだけであった。無線ではイーライやタミーにボヤキ、知恵を請い、掩護さえ求めたが。

 彼らも通信機越しに『ならもう戻ってこい』と言って、早々に白旗を上げてこちらの役には立ってくれなかった。

 

(きっと何か言われる。僕はベストを尽くしたのに、ギャーギャーと)

 

 若者に必要なものはあのバンカーに隠してあるリンゴの密造酒だった。

 もどったら一本ブンどって、丸々飲み干してやるんだと予定に書き込んである。

 

 ウィーティーの願いはむなしく、ジェシカは元気に斜面を降りていくと昼過ぎを狙って車道に出た。

 本当はそこから長く歩き、夜中にウルフズ・デンに到着するつもりであったが。

 

 途中、対面から走ってくるペギーのバンを見るとジェシカはひとつ頷き。ハンドガンを運転席に向けて滅茶苦茶に撃ちまくって見せた。

 ウィーティーはそれを見て血相を変え、絶望してまったく身動きが取れなくなってしまったのだが。ジェシカは平然と片膝をつきつつハンドガンのリロードを終え。背中に担いでいたライフルを構えると、顔色一つ変えずに慌てて車を止めて運転席から飛び出してくるペギーの頭を吹き飛ばして見せたのだ。

 

「ちょうどいい脚ができたわね。運転してくれるんでしょ、ウィーティー」

「やるよ。やるやるっ」

 

 絶望が一転二転してしまったか、妙に興奮しだすウィーティーであったが。ジェシカは気にせずにバンの後部座席の扉を開くと「おや?」と少し困った表情を見せた。

 口にテープを何重にもまかれ、両手両足を拘束された怯えた目の若者たちが並んでそこに座っていたのだ。

 

「ほ、保安官!こ、これはもしかしてっ」

「――護送車だったようね。適当に撃っちゃったけど、流れ弾に当たってなければいいんだけど。笑えないわ」

 

 ウィーティーは慌てて彼らの拘束を解こうと近づこうとしたが、今度はジェシカがそれを許さなかった。

 

「ど、どうしてっ」

「冷静になって、青年……あなた達に聞くけど、レジスタンスなの?」

 

 彼らは互いの表情を見あった後、一斉に頷く。

 

「別にペギーだからっていきなり殺したりはしないわよ?まぁ、いいわ――それじゃよく聞いて。今からレジスタンスのところに連れてってあげる。でも悪いけど、車を降りる時に足以外の拘束を解かないから。文句はあるでしょうけど、それは到着したらイーライに言って頂戴。

 とにかくルールはひとつ、到着するまでは自分は荷物だと思って行動しなさい。勝手な行動をとれば安全は保障しないわ」

「――僕からはひとことだけ。自殺願望がないなら、彼女の指示に従うべきだ。僕が君たちにしてやれることは何もないからね」

 

 なぜかジェシカの時よりも、レジスタンスの若者たちの理解はウィーティーの言葉の方に大きくうなずいていたことで示された。

 ジェシカにはそれが少しだけ不満だった。




(設定・人物紹介)
・ピーチズ
原作では捕食者(プレデター)となって暴れてくれるクーガー。
襲ってもいい人間を見分けつつ、隣に猟犬やクマがいても動じない勇者。実際、強すぎるのでこの作品では仲間にはなれなかった。

FC5はやはり、ブーマー、ピーチズ、チーズバーガーの獣軍団でペギーを襲う時が一番楽しいと思う。

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。