手には弓を 頭には冠を   作:八堀 ユキ

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『FARCRY NEW DAWN』が発表されてしまい、やる気が一気に低下してしまいましたが。とりあえずうちはメタル世界の話なので、ドーンしないってことで決着付けました。
ということで、続けます!


Dudo Love

 タミー・バーンズがホワイトテイル自警団において強い発言力を持っている理由はいくつもあるが。とても残念なことにそれでもその多くの部分を占めるのが、彼女のここでの責務に対する恐怖であることは否定できない――。

 

 そこはバンカーの奥深く、誰も近づかせない彼女のための”仕事部屋”がある。

 ペギーがホープカウンティの人々のしたのと同じく。部隊が捕らえたジョンの兵士達はそこで彼女の手によって尋問をうけることになる。

 

 とはいえ、こうした行為には”専用の技術”というものが必要だ。

 どんな手順で進め、どのような方法を用い、どこまでそれをやったらいいのか――プロはそれを知っている。

 だがタミーには……いや、そもそもこの自警団にはプロはいない。それでも情報が必要だから、イーライはそれを必要としていた。

 

 たとえそれが非道な行いをしたかつての隣人とはいえ。人はそうそう冷酷、冷静に非情な責め苦と質問を繰り返し。素人であるがゆえに当然だが、やりすぎた結果が出ても動じない。それどころかすぐにもイーライの指示で、新しいペギーが部屋の中へと送り込まれてくる。

 

 終わりのない2人だけの苦痛の世界。満足のいく答えが出てくるまでそれを続けるルーティンに常人の神経は耐えられるはずもない。

 だがタミーにはそれができた。ペギー達に向けられる強い憎しみ、愛するものを”破壊”された結果むかえたこの惨状への怒り。彼女のそれは間違いなく男たちよりも激しく、そして慈悲や救いを彼らに与えることを一切拒絶することができたのだ。

 

 今日も又、新しいペギーがタミーの手によって静かに沈黙する――。

 苦痛の中でタミーの質問には答えず、繰り返し神への祈りとジョンへすがる言葉を繰り返したそいつにタミーは間おじゅのない目を向け観察をやめると。”いつもそうするように”新しいゴム手袋へと交換すると、部屋の隅の清掃用具を引っ張り出してきて、体から漏れ出てくる糞尿らの処理を淡々と行った。

 

 

 かつてアメリカにもギャングが銃器を簡単に手にし、街中で暴れる危険な時期が確かにあった。

 そんな時、町の警官たちは嘆いた。「こちらがピストルを取り出せば、あいつらはマシンガンを持ってきた。こっちが新しい防弾チョッキを用意したら、そいつを貫く弾をあいつらもよういしやがった」と。

 このたとえはまさにジェイコブとイーライの対立そのものだ。

 

 ジョンの子供らの中で、ジェイコブの部下たちが一番狂信的であった。

 彼らはジョンの言葉、ジェイコブの指示を疑うことなく妄信して実行に移すことができた。そんな連中と対立せねばならないとき、自分達もまたおぞましい存在にならなければ。理想だけではこの戦いに生き残ることは難しかったのだ。

 

 だからイーライはタミーに気を遣うのだ。

 彼女がこの汚れ仕事を志願してくれたことに報いようと、それを不気味に思っている仲間たちに経緯を持つようにと徹底してくれた。だからタミーも、この責任をひとりですべて飲み込んで続けることができる。

 

 

 片付けの佐合も終盤を迎えるころ、珍しくイーライが扉をノックして入ってきた。

 

「タミー、ちょっといいか?」

「ええ、それは構わないけど……もう次が到着したの?それとも報告が必要?残念だけど、新しい情報は――」

「そうじゃないんだ。実は保安官が戻ってきた。君が彼女を見てほしい」

「そう、あきらめてないのね。本当に彼女に武器を持たせるの?」

 

 イーライはちらと裸にひん剥かれて床に寝かせられた死体を見ると。

 

「それを君に見てほしいのさ。残りの掃除は俺がやっておくから。頼むよ、タミー」

「――わかった。それじゃお願いね」

「ああ」

「ねぇ、ひとつ聞いても?」

「なんだ?」

 

 タミーは意地悪い笑みを浮かべた。

 

「2人っきりにしてあげる。でも、あのお尻で満足したいなら素直に言えばいいのに」

「そうか。俺への侮辱を楽しんだな、それじゃさっさと行ってくれ。人に見られるのは恥ずかしいだろ」

 

 悪趣味なジョークを聞き流して部屋から追い出させると、イーライは真顔になってタミーの作業を無言で引き継いだ。

 

 

――――――――――

 

 

 バンカー内はちょっとした騒ぎになっていた。

 ジェシカたちが1週間で戻ってきたことも驚きだが、”拘束された住人”を連れてきたことが話題になったのだ。

 

 ウィーティーは若者がまだ目にしていなかったジェシカの冷静な銃の扱い方を(やや誇張させてはいたが)皆に話して聞かせ、バンカーのなかではこの良い知らせに久しぶりに皆の顔に笑顔がもどっていた。

 タミーはそんな彼らの中を進みながら(イーライはこれを見せたかったのだろう)と考え、同時にため息をつく。

 

 イーライはタミーにも保安官を加えることに同意してもらいたいのだろうが、やはりそれは良い考えとは思えない。

 とはいえ、あの若者がここまで興奮して武勇譚を吹聴してしまっては、過去の経験だけで彼女を排除すべきと自分が言い続けても孤立することになり。それはひいてはイーライに迷惑をかける事にもなる――。

 

 

 タミーはジェシカを呼んで2人だけでバンカー内の武器庫に入る。

 

「戻ったのね。まず簡単に診察させて頂戴」「ええ、構わないわ」

 

 あっさりとその場で下着姿になるジェシカを、タミーは素早くみる。これは簡単な確認作業に過ぎないからだ。

 

「驚いた、回復力がすごいのね。内出血したところはあざが小さくなってる。目の上の腫れもすっかりひいたみたい。なにか言っておくことはある?めまいがするとか、フラッシュバックがあるとか」

「そういうのは多少はね」

「そうよね。痛みはまだ残ってるわよね?」

「山小屋では静かに休みもしたけれど、それと同じくらいに体を動かした方が治りもいい時があるみたいよ」

「――そのようね」

 

 見極めろとイーライは言うが、これは難しい。

 ジェシカはあいまいな答えをすることで、自分がタフで傷ついてないなどとは考えてないと言っている。タミーがジェシカを拒否する理由がこの瞬間、なくなったも同然だ。もちろんだがまだ危険は潜在的に残ってはいるが――。

 

「覚えているかしら、忘れるわけがないわよね。私はタミー。タミー・バーンズよ。ジェシカ保安官」

「ええ、あなたの言ったことも理解してる」

「ありがとう。それでもお互いあまりいい出会いではなかったことは間違いないわよね。でも、謝るつもりはないと今でも私は思ってる。

 ウィーティーはすっかり浮かれているようだけど。あなたは今日もまた、ここでは依然危険な存在だと証明した。これまで誰もが正気では戻ってこれなかった場所から帰ってもね」

「わかってる」

「でもあんたを認めないわけじゃない。イーライも今のあなたをもうすっかり信用している。

 私の考えは変わらないけれど、彼のためにその考えに従ってもいいとは思ってる。あなたにはその価値がある?」

「私が今日やったことはこれからもやるつもり。それが証明になるなら、きっと私たちはうまくやっていけると思わない?」

 

 いいでしょう、タミーは折れた。

 

「解散したPMCから流れてきた軍隊でも使ってるデジタル迷彩があるわ、これを使って」

 

 そばの椅子の上に置かれたバッグをジェシカに渡すと、彼女はさっそく着替えを始める――。

 

「すべてがまだ平和だった時。誰もエデンズ・ゲートのクソどもが危険だと考えてなかった時からイーライはこの事態を恐れて用意していた。おかげでジェイコブを相手にしても、この辺にいた連中と違ってしぶとく今日まで戦うことができたのよ。それでも、状況は難しいわ――」

 

 森林用の迷彩服に続き、キャップと赤みが買ったシューティング・ゴーグルをつける。

 

「ジョンやフェイスをあなたが倒してくれたおかげで、防戦一方だった私達だけど。最近はだいぶ楽にはなった。

 でも無傷ではいられなかった。イーライは粘り強くチャンスを狙っている。でもそのチャンスはまだなくて、ジェイコブもこちらを攻めあぐねている」

「それって……」

「イーライは恐れてる、このままだとお互い出血を続けるだけの消耗戦になるって。ペギーはそれを全く恐れてない。ジョンのクソ野郎の言う通り。頭を空っぽにしてあいつらの言うままに戦い続けてる」

「ジェイコブは元軍人だと聞いたわ。そんな奴が、消耗戦を喜ぶとは思えないけど」

「――ええ、それはイーライも言っていたわ」

 

 本当はそれ以上を言っていたことをタミーはあえて黙っていた。

 イーライは実は今、追い詰められつつあった――彼もまた、あのジェイコブがこのホワイトテイル・マウンテンで共に終結資することを良しとは考えてないことはわかっていた。

 だとすれば答えはひとつしかない。

 

――奴らは兵を補充している。それが可能とするなら、独自に州の向こう側から人をホープカウンティに入れるしかない。

 

 実際、より用心深く神経を使って動くイーライと違い。

 ジェイコブは兵の運用に変化はない。そしてそれこそがペギー達の余裕にも思え、最悪の終わりについて考えないわけではない。

 

「とにかく、状況は悪い方に転がっているわ。そして物資もあまり潤沢に残ってもいないの」

「……」

「安心してよ。あなたのお仲間から武器を譲ってもらったから」

 

 タミーが最初に取り出したのは2連装のソードオフ・ショットガンだ。

 

「女や子供もうちにはいるの、おかげでピストル・ショットガンは売れきれなのよ。そのかわりこいつを使ってちょうだい」

「わかったわ、問題はない」

「お願いね」

 

 実はイーライは自信のもっているデザートイーグルを譲ってもいいなどと言っていたが。タミーはそれだけはしてくれるなと止めていた。

 彼は気にしてはいなかったが、ジェシカはやはり別のレジスタンスを率いていた女性だ。イーライが変に気を遣えば、今の字形団員たちはそれを変に誤解して混乱が生まれるかもしれないことをタミーは恐れたのだ。

 

「ライフルは――ちょっと心苦しいのだけれども」

「使えるものならなんでもいいわ」

「そうじゃなくてね。渡せるのはこれしかないのよ」

 

 そう言ってケースの中から出てきたのは、ステア―AUG。

 ジェシカはふと、その銃とそれを入れていたケースに見覚えがあることに気が付いた。

 

「わかると思うけど、これはあなたのところから送られたものなの」

「ああ、どおりで」

「このライフル、最初は珍しがって皆欲しがっていたんだけど。実際に使うとやっぱり使いにくかったみたいでね……」

「問題ないわ」

「そのかわりにグレネードランチャーを持って行って。これもうちだと使い慣れてなくて、皆怖がって使いたがらなかったから――」

 

 ジェシカは渡された武器とそれにつかう弾倉を次々とチェックする。

 タミーはその様子をそばで同じく無言のまま観察を続ける。

 

 流れるような作業は、ジェシカがM79グレネードランチャーに触れていた時。突然、止まった。

 

「?」

「……」

「保安官?ジェシカ、なにか?」

「――いいえ、大丈夫よ」

 

 そう答えると、そこから最後まで再び作業が止まることはなかった。

 

「準備はできたと思う。任務はないかしら?」

「その前に答えてもらえる?本当にここで兵士として戦うつもり?グレースたちのところに戻ったりしない理由はなに?」

「まさにその問いが答えと言っていいかも。

 ジョンもフェイスも、苦労して倒したわ。でもそのせいで、今度は皆が私は休むべきだってそれを押し付けてくるのよ。

 ここに来たのも、結局はダッチの話でジェスのことをきけたってだけで。あのきっかけがなければ、しばらくはホランドバレーに釘づけにされていたと思うわ」

「でも、それなら。ジェイコブの手に堕ちることもなかった」

「……」

「違うと思ってる?」

「いえ、あなたが正しいと思う。私はあの時――物事がうまく回り過ぎていて、冷静に見ることができなかったのね」

「それが問題なの?」

「保安官で武器を持って戦えるのはもう私しかいない。それは別にいいのよ。

 それでも私が大丈夫と言っても、この体を見たらむこうにいる仲間たちは納得しないでしょうね。それならもうしばらくは放っておいてほしいのよ」

「きっと心配しているわよ?」

「ええ、でもね。ジェイコブをこのまま放り出すわけにはいかないの。それだけは譲れないわ」

 

 結局、保安官は自分と同類なのかもしれないな。

 タミーはそんなことをふと思ったが、黙ってうなずく。なんだかさっきよりもずっと、仲良くなれそうな気がする。

 

 

――――――――――

 

 

  女性ジャーナリスト、ナスターシャ・ロマネンコが出版した「シャドーモセスの真実」は私も読んだ。

 メリルとの訓練では、たびたび彼女の思い人であった伝説の英雄の話をせがんだものだが。ただひとつだけ、彼女があまり話したがらなかった部分があった。

 

「サイコ・マンティスね」

 

 その名をつぶやく彼女は、なにか謎めいた表情を見せていた。

 

 シャドーモセス事件をおこしたFOXHOUND部隊には、精神操作などを操る超能力者がいたとはっきり記されていた。

 メリルと軍人が備えるべき精神防壁の有用性について議論した時、私はここぞとばかりにこの例を持ち出して実際の話を聞き出そうとしたのだ。

 今思い返すと、当時の自分はなんて恐れ知らずであったのかと呆れる話ではあったが。

 

「超能力者でなくてもいいのですが。兵士が精神操作を受けた時、あなたと英雄との違いの結果とはなんだったのでしょう?」

「どういうこと?」

「だから違いですよ。精神操作を受けなかったのは新兵と古参兵の違いのせいだけってことです」

「……痛いところをついてきたわね、ジェシカ」

 

 メリルはこめかみにできた皴に人差し指をつき、悩んでいる。

 でも実際の話、当時の私は彼女の思い人がどう戦ったのかを聞かせてもらいたかっただけなのだが――。

 

「あれはかなりキツイ経験だった。だから私も、終わってからずっと引きずっていたわ」

「そうなんですか?」

「そうよ、当然でしょ……でも、答えはない」

「ない!?」

「スネーク――彼には何度も聞いたわ。どうしたらあんなことになっても、自分を失わずにいられるかって」

「彼は?」

「いつも同じ答えよ。『さぁな、わからんよ』だった」

「容赦ないんですね」

「どうかな。実際、本人も理由なんてわからなかったのかも。手品か何かくらいの感覚かもしれないわね」

「そんな、まさか」

 

 私は笑ったが、メリルはむすっとしたまま。

 どうやら思い出して不機嫌になっているようだった。これはまずい、話を変えないと。

 

「えっと、メリルは答えを求めなかったんですか?」

「そんなわけはないわよ。自分なりに調べて、それなりに結論を出したわ」

「おおっ」

「いくつか細かい分類があるけど、おおざっぱに言えば……経験と運」

 

 なんだか力強く断言していた。

 

「運、っていうのはそのままの意味よ。運が悪けりゃ、どうにもならない」

「それって最悪ですね」

「まぁね。私も好きじゃないけど、他に言いようもないから」

「経験っていうのは?」

「戦場経験って意味じゃないわよ。そういった”精神操作を受けたという経験”って意味」

「メリルはアウトじゃないですか」

「そうね。この先、また同じ目に合うかもしれない。でも同じ結果にはしたくないわ」

「そうですね。なにか方法は考えているんですか?」

「無料で聞き出すつもりね、アナタ」

「あなたの弟子ですから」

 

 おどけて返すと、ようやく彼女の顔に笑顔が戻ってきた。

 

「ひとつだけ。自覚症状を持つこと」

「自覚?自分が誰かの操作を受けているということを?」

「精神操作を受けたという過去は変えられない。状況は悪いとしても、反撃につなげるためには自分の意思をまず取り戻さないとそれも難しい」

「確かに――」

「でもね、ジェシカ。一番はあの頃の私のように、精神操作を受けるなんて状況にはならないのが一番の方法よ」

「それなら確実ですね。ところでそろそろ話を核心の彼氏の戦いぶりについて教えてください」

「なによ、それ。結局私にスネークの話をさせたいだけじゃないの、アナタ」

 

 笑い声が上がる――それは遠い日の記憶。私の大切なもの。


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