手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

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終わらない夏

 ファング・センターの外にジェスの姿を確認すると。グレースは”了解”のサインを指で作って次へと知らせる。

 今日もまたこうやって新たな狼を迎え入れるところだ――。

 

 グレースをリーダーに、シャーキー、ジェス、ハーグでここを取り戻したが。

 その後は色々あってここの神狼の研究につきあっている。逆に言えば、ここから身動きが取れなくなってしまっているともいえるだろう。

 

 

 ジェシカ保安官を失うことは、想像以上にこのレジスタンスにとって厳しいものとなった。

 攫われたと知らせを受け、数日の間はなにもなく過ぎていったように思えたが。5日も過ぎると、兵士たちの間にジェシカはすでに死んでいるのではないかという憶測が広まり、それがいろいろな場所に軋轢を生み始めた。

 

 最初の予兆はホランドバレーとヘンベインリバーの境界でケンカ騒ぎだったと思う。

 それは予定されていたホランドバレーからヘンベインリバーへの物資の受け渡しで。特に問題なく行われるはずであったが、作業中になにげない軽口から始まったもめ事がちょっとした大火事になってしまったというしかない。だがこの一件以降、レジスタンス内で様々な”自分の意見”を人々は口にするようになってしまった。

 

 不安、絶望、恐怖、怠惰――同時に流れる空気も淀ませてみせる。

 

 新人のジェシカ保安官が先頭に立つことでここまでジョン、フェイスと快進撃を続けてこられたが。ホワイトテイル・マウンテンに入ってからは、動くこともままならず。

 それどころか保安官をひとりにして捕らわれるとはどういうことだ――ようするに現在のレジスタンスの方向性と実行力に苛立ち始めているのだろう。

 

 そこまでは勢いよく進めたのだから、最後の一人くらい何が問題だ?そんな傲慢な思考もそこにはあるのかもしれない。

 

 エデンズ・ゲートのもう一つの顔として手広く交渉の場に顔を出していたジョン・シード。

 組織の中に向け、アイコンとして、アイドルとして。そして恐怖の対象としての機能を担っていたフェイス・シード。

 

 そんな2人と違い、ジェイコブはエデンズ・ゲートの全ての”暴力”を引き受けていた男である。

 彼の部下たちは命令に従い、忠実で、容赦がないことが求められている。実際にそこでひたすら隠れ、耐え忍んでいたホワイトテイル自警団以外は、激しく抵抗はしたが。わずかな勝利の代償に悲惨な終わりを迎えている。

 

 だからこそ次のミスは、許してはならないのだが――。

 

 

 おびき出された狼は、檻の中のえさ場に転がる”ほどよく腐れてきたペギー”に興味を抱き、罠の中へ――檻の中へと入ってきた。

 あとはそいつを鼻先でつつきでもすれば、この仕事は無事に終わる。

 

 門が閉じられる音と同時に、餌を狼がむさぼり始めるとセンターの建物の影からレジスタンスのメンバーたちが姿をあらわした。

 

「見ろよシャーキー、あいつ。俺の用意した餌をうまそうに食ってるぞ!」

「そうだな……人間を食ってるな」

「まさに弱肉強食だ!すごいぞっ!」

 

 興奮して子供のようにはしゃぐハークの隣で珍しく複雑そうな心境にあるらしいシャーキーと自分が同じ感情を持っていることを確認してしまい、グレースは慌ててその場を立ち去る。

 

 奇妙な話だが、神狼は人肉を特に好んで口にする。

 しかしこれには”ただし”がつき、生きているペギーに対しては別のものだと判断していた。

 

 とはいえ、この物資が心もとない今のホープカウンティで彼らのためだけに飼育用の餌を用意する余裕はない――。

 そこで考え出された究極の解決法がこれだった。回収されたペギーの遺体を少しだけ腐らせ、それを与える。腐敗がどうやら狼が判断するなにかを狂わせるようで、見向きもしないはずの死体にためらいを見せはするが、そのあとは普通に食べてしまうことがわかってしまった。

 

 正直に言えばこの状況を目にすると誰しも心の内では「人権」だの「尊厳」だのといった倫理的な葛藤が騒がしくさせるが、今のここには必要な処置ではあった。腹を満たしていない神狼あまりに危険で、そのそばで研究するためにはできるだけ空腹で狩りの本能を刺激させている状態は避けねばならない。

 

 今のところここには6頭がサンプルとして捕獲されているが、研究が報われる未来はまだまだ先だということは手伝っているだけでも理解できる。

 

――それでも希望を失ってはいけないのだ。まだ終わったわけではないのだから。

 

 

―――――――――

 

 

「我々は見守られている……」

「え?なにかおっしゃいましたか、ジェイコブ?」

 

 机にふしてからすぐに顔を上げ、外に広がる青々と輝く世界を見てつぶやいたジェイコブは。彼にしては珍しく上機嫌な様子を見せており、この時も振り返っては改めて同じ言葉を口にした。

 

「神の御意思を感じる、と言ったんだ」

「は、はぁ」

「なんだ、おかしいことを俺は言ったか?」

「いえ――突然だったので、ちょっと」

 

 戸惑っている、ということか。

 

「ジョンの予言が始まりを告げてからもう何か月がたった?いつものように曇り、雨。だが圧倒的に空はこんなにも青々と輝いている」

「まぁ、そうですね」

 

 モンタナの天気は一年にわたり極端で知られている。

 夏の間は暖かく、それが終わればすぐに冬のように凍えるまでに寒くなる。

 気温は30℃をこえることはないので蒸し暑い日などありえず、冬には雪が容赦なく降り注ぐ。

 快晴、曇り、そして雪。

 これがここの全てで、ここを出ていく人々の多くはまずこの天気が嫌なんだと口にする――まぁ、どこも出ていくやつはそのようなことを口にするものではあるけれど。

 

「俺は真面目に話している。我らが神の偉大なる計画の全てを知ることはできないが、天候は古から神の考えを知るためにあらゆる民が解釈にやっきになるものだった」

「そういえばそうですね」

「例年通りのホープカウンティにしては、今年は短い夏は早くに訪れて春を終わらせ。今も終わることなく、その後に訪れる冬の気配はどこにも見ることはない。

 ジョンの言葉は意味を持っているということだ」

 

 言いながら、むずがゆくなる鼻をすすり上げ、喉に突っかかりを覚えて軽い咳をする――反動からくる行為だが、今の気分を落ち着かせるためにはやはり昔ながらのやり方が一番だと知っているのだからこれはあきらめるしかない、自分には。

 

「だが、にもかかわらず悪いうわさを聞いている」

「なんです?」

「ジョンの言葉を、神の計画を信じられないという奴が俺の部下にいるらしい」

「っ!?」

「どうしてだ?なぜだ?理由を教えろ」

 

 室内の空気だけが瞬時に凍え、複数いる部下たちは互いに視線を交えて「自分は様子をうかがいたい」と訴えてみる。

 白い粉でハイになりつつあるジェイコブに、厳しい意見をぶつけることはどれほど危険であるかということと。このまま沈黙を続ければさらに彼の怒りを刺激することはわかっているから、誰かが先に口を開けと神に祈って助けを求めたくなっている。

 

 結局、相槌を打っていた奴が諦めて口を開いた――。

 

「厳しいですが、ジョンの家族は倒れ。ホープカウンティの半分は反抗勢力の手に落ちてます。我々も負け続けてはいませんが、ここしばらくは目に見える結果を出してないと感じるものが出てきているせいでしょう。ようするに不安なんです」

「なるほどな」

「捕らえた保安官にも結局逃げられましたし――」

「我々はエデンの門に立つ前に全滅する、と思ってるわけか」

「そこまでは言いませんが。そろそろなにか目に見える成果が必要、そういうことだと思います」

 

 男は最後まで言い切ったが、嬉しいことにジェイコブは満面の笑みを浮かべると再び振り返って窓の外へと目を向ける。周囲に助かった、と安どのため息が漏れる中。ジェイコブは静かに独白していた――。

 

「確かにそうだ。俺はずっとジョンに勝利だけを届けてきた。そしてそれはこれからも、変わることはないだろう」

 

 だが今は時が必要なのだ――まだ、その時が。

 

 

――――――――

 

 

 ヘリがそのローターの開店を緩め、停止を始めると操縦席からさっそうとパイロットが下りてくる。

 

「グレース、もう私たちはオシマイよ!」

「――アデレード、わざわざここまで来てくれてありがとう」

「あなたが正解。あんなところに来なくてよかったのよ。ずっとイライラさせられっぱなしだったから。私も早く戻って、ボーイズたちに慰めてもらわないと」

「ふふっ、それは話を聞かせてくれたらにして」

「わかってる、そのために立ち寄ったの」

 

 アデレードはいつものように溌溂としていたが。その口ぶりからは決して明るいものを感じることはできない。

 

 この日、ホランドバレーからジェローム神父、メアリーが。ヘンベインリバーからはアデレード、アーロン保安官、トレイシー。そしてダッチは無線越しではあるがレジスタンスの方針について話し合うことになっていた。

 ダッチらはそこにグレースも参加することを期待している風な話もあったが、トレイシーらが気をきかせてくれたおかげでグレースはセンターの手伝いを理由に出席せずに済んだ。

 

 というより、そもそもグレースは饒舌なタイプではないから、会議に出ていたとしても最後まで発言をすることは自分でもすることはないだろうと思って困惑していた。

 

「空気が悪かったみたいね」

「というよりも、またダッチよ。彼とジェローム神父が騒ぎ出してね、それで今日は終わったわ」

 

 ジェシカの件については、身内をの助けを求めたダッチにあるという声があがった。

 先週あたりまではそれについて誰も口には出さないようにしていたが。会議が熱を帯びると、意気軒高な主張を始める老人にそれまでは眉を顰めるだけで押さえていた人も。ついにその我慢の限界をこえたようだ。

 

「神父様が?――彼が誰かを怒鳴りつけるなんて、驚きだわ」

「色々とタマってるんでしょ、わかるわ。私だってあの服の下にどんなダイアモンドが隠れているのか。隣に座って眺めてたら、きっと我慢できなく――」

「ほかの人は?」

「他?ああ、皆冷静よ、意外でしょうけどアーロンは安心していい」

「それならまだ安心できるわね」

「どうかしら。もうすっかりしなびた爺さまよ。ま、彼もフェイスのせいで大変な目にあったんだからしょうがないだろうけどね――」

 

 顔をしかめるアデレードだが、彼女が今のアーロンに不満を持っているという話はクーガーズを代表に就任したトレイシーからそれとなく伝えられていた――。

 

 アデレードの問題はやっぱりドラブマンにある。

 

 ジェシカが捕らえられたとの知らせが広がると、まるでそれを待っていたとばかりにひとりの男がいきなり接触を持ってきた。

 自らの屋敷をドラブマン砦、などと自称するドラブマン・シニアその人である。

 

 スーツとカウボーイハットで現れた彼は、「生前のジェシカ」との密約、および契約によりレジスタンスに自分が率いてやろうと言い出したのだ。

 彼は自身の保有する武装車両をはじめとしたメックの数々と武器を開放しつつ、自身の選挙運動、及びその後の議員活動をにらんで自分をこの指導者なきレジスタンスのトップに置くべきだと言い放つ。

 

 その乱暴すぎる上に身勝手な言い草に皆が唖然とする中。

 紅蓮の炎を背中にしょって立ち上がる女性が――このアデレードであった。

 

 そこからはもう「かつての戦場がよみがえった」という以上にぴったりの言葉はなかっただろう。

 レジスタンスの未来は、すぐにもかつての離婚問題へと堕ちていき。勝った、負けたの言い合いは見苦しく、聞くに堪えないものとなった。

 そんな2人を離れさせることに成功したのがアーロン保安官であったが、これのせいで今度は彼がアデレードの敵として認識されてしまったようだ。

 

(ドラブマンの悲劇。いや、喜劇かな――ホントの話、君の頼みじゃなけりゃドラブマンにはかかわりたくないぜ)

 

 グレースに死にそうな顔でシャーキーが言ったのを思い出す。

 シニアの登場は、ジェシカの退場の次にやってきた致命傷。そんな感じになった。

 

 愛する息子として父の不満を解消し、今度は先頭に立ってペギーと戦う自分をまたも一瞥しただけで背中を向ける父親にハーグの精神は不安定になってしまった。

 

 彼は自宅にあったお手製の異国の神の神殿をセンターの神狼のいる並べられた牢の前にもってくると「お前たちも祈れ。そう、自分はまともな狼に戻れますようにってな」と狼たちにも猿神を信仰するように言い聞かせ。かと思えば先ほどのように、いきなり退行したかのように何でもないことに興奮して喜ぶようになってしまう。

 

 躁鬱を繰り返している、かなり重症のようだ――。

 

 息子にもこれだけ影響が出たのだ、当然だが元嫁にはなにもない、なんてことにはならなかった。

 重要な決定の場にシニアの匂いが少しでもすると、激しく噛みつくようになった。このせいで彼女は評判を下げ始めており、彼女自身もこのレジスタンスへの熱意を薄れさせているようで最近ではマリーナの再建についていきなり話すようになり、周囲を不安にさせている。

 

 当初、ジェシカを永遠に失うかもしれないという最悪の展開に備え。アデレードにこそ彼女の代役を頼もうという意見があったが、もうその考えを支持してもらえるのかわからなくなってきている。

 

 

――ジェイコブはジェシカを奪うだけで、なにもしないまま私たちを攻撃して見せているわけね。

 

 

 イーライ率いるホワイトテイル自警団がなぜあれほどかたくなでジェイコブを恐れているのか、グレースは今ならその理由を理解しることができた。

 たったひとり、たった一度だけのミスで。あれほどの勢いでホープカウンティを開放していったレジスタンスはもうここから消えてしまったということなのか?

 

 恐ろしい問いかけだが、まだ答えは出ていない……そう祈っている。

 ジョンはジェイコブではないが、今こそ神の慈悲が強くレジスタンスには必要であった。

 

 

――――――――――

 

 

 人間たちの間に生まれた葛藤は、それぞれの組織を揺らしていたが。

 皮肉にもそれがホープカウンティに漂う血なまぐさい空気を穏やかなものにし、わずかな静寂の時間をもたらせたことは間違いないだろう。

 

 とはいえ、それはわずかの間のことだ――。

 

 聖堂にこもるジョセフ・シードは神の声を聞き逃すまいと回収の日の太陽が地平線に消えた時から、今日までずっと祈り続けていた。

 

 神よ、私はあなたの言葉を聞き逃したりはしません。

 アナタのメッセージを皆に伝え、回収は始まり。あの新人の女性保安官の中にあなたが与えた我らへの未来の苦難が、ついにジェイコブに試練を与えております。彼は私の信頼厚く、頼れる男、私の家族に向かえるほどの男です。決してあなたを失望させたりはしません。私を失望させはしない。

 

 不思議なことにジョンやフェイス、ホープカウンティの大半を失ってもなおジョセフは自分の考えに迷う気持ちは全くないようにふるまっている。

 それどころかむしろジェシカが暴れ、彼の信者たちを率先して銃で薙ぎ払うことこそ正しいのだと考えているように見える。

 まさに狂人の理屈にしか見えないが、誰もそれを指摘することはない――。

 

 彼の祈りはまだまだ続く。

 

 思えばこの国は……アメリカは始まりから間違いを犯していたのです。

 偉大なる国になる可能性は、建国の父たちによるあなたの言葉への不信に満ち溢れていました。大変に残念なことです。

 

 大きな戦いを勝ち、あなたの大いなる計画の一端を担うにふさわしい国になりつつあったアメリカが。足を踏み外すなりあっさりと簡単に堕ちて行ってしまった。

 もはやこの国は救えないでしょう、破滅がすぐそこまで近づいているのですから。時間があまりにもない――このホープカウンティですらそうなのです。

 

 彼らはあなたが約束されたあらかじめ救済に値するものと滅びに至るものは決められているという鉄のおきてすら忘れてしまっているのです。その証拠に彼らは私を通して救いに値する者たちを犯罪者と呼んで蔑み、銃を手にして追いかけてきています……。

 

 ですが神よ、ご安心ください!

 ワタシを通したあなたの言葉は確実に人々に伝わることが証明されつつあります。

 彼らはきっとこの苦難に打ち勝ち、世界を襲う破滅の後にあなたのおわすエデンの門の前へと私とともに歩いて訪れるでしょう。

 

 

 これは狂人の妄想なのか?それとも絶対なる力を持たぬ聖者の嘆きか?

 

 ホープカウンティで失われた命、流れたちはあまりにも多く。残されたものは雄大なる大地に形があるもの、ないもの。どちらも吸い込まれていってしまった。

 そして三度、死神は現れる。

 

 突如、ホワイトテイル自警団が牙をむくとジェイコブが押さえていた通信塔を襲撃し、次々と陥落させてしまったのだ。

 それを可能とする、恐るべきエデンズ・ゲートの敵はただひとり――ジェシカはついに戦場へと戻ってきた。


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