手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

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ニュードーン発売までには完結したいっ!
次回未定。


曇天

 水は天からの贈り物である。

 高いところから低いところへと広がって、また再び天に戻る。それを今、誰が疑うというのだろう。

 

 同じく物事もまたそれと同じように始まりを迎えると、移動を続け、広がりを見せ。そして終わりへと向かう。

 

 ジョセフ・シードは神の言葉を聞いたと人々に吹聴し、その時が来たのだと示したとき、ホープカウンティの未来はすでに決まったも同然だったのだ。

 それがよいものであれ、わるいものであれ。すべてが平等に動き、終わりへと走り出す――。

 

 そこにわずかなりとも奇跡と思える事、不思議なことがあったのなら。

 それが神の奇跡ではないと誰が信じさせてくれるというのか?

 

 

――――――――――

 

 

 イーライの決意表明を聞かされた私は。

 ホワイトテイル自警団のバンカー、ウルフズ・デンを出て2日が過ぎていた――。

 

「……こちらはいつも通りよ。そっちはどう?」

『えっ、あっと。もちろん順調そのものだよ、保安官』

「ウィーティ、またラジオのことで椅子にそっくり返ってたの?転げ落ちないで」

『――!?まさかとは思うけど、こっちに戻ってきてるって?』

「はずれ、よ。私はあれからずっと……」

 

 言いながら双眼鏡から目を離す。

 

「太陽の下、元気にやってるわ」

 

 グランド・ビュー・ホテルを正面にして、木陰からじっと監視を続けていた。

 イーライの話によればここはジェイコブが捕らえた連中に”授業”をほどこす場所であり。どうやら私も奴らに囚われた時にここに連れてこられたはずだとも言ってた。

 

『とりあえず定時報告はこれでオシマイ。それで――なにかある?』

「ないわ。こっちは静かなものよ」

『それじゃー……』

「はい、また次ね。それじゃ」

 

 いうと通信を切る。

 自分は良く知らないが、どうやら今年のホープカウンティは異常気象という奴らしい。

 いつもならばとっくに夏は去っている時期だが、その気配が全くないという。まるでこの悪夢のような状況をりかいしているようで不気味、とも言われてた。

 

(そろそろかな)

 

 ホテルの人員に特に気になる人の出入りはない。

 ある程度の人数も把握し、警備のルートも把握した。あとはいつ始めるか、それだけだ。

 

 でもそれは可能であればジェイコブにイーライが牙をむくところまで待っていたい。それができれあ最高だが――。

 

 

 水は時に動きの中で澱むものだ。

 わずかな安息、嵐の前の静けさ。そのどちらが次に来るかはお楽しみ。

 

 

――――――――――

 

 

 同時刻……ジェスは聞きなれた馬鹿が大声で愚痴を言っているのが聞こえて目を覚ました。

 どうやら”また”からかわれているのだろうか――。

 

「なぁ、そろそろいいだろ?こっちもオマエラに付き合ってやってるんだからさ」

「へへっ、なんだそりゃ」

「だってそうだろ?いってみりゃ、お前らの拝んでるあの変人――ぐおっ」

 

 あーあ、またやらかしたか。

 ハークはどこにいてもハークだってことだ。立場を考えず、自分の欲求に正直で、そしてイカレてる。

 何度同じ結果になっても、やめることはできない……自分もそうだ。

 

 

 シャーキーに放り出され(と、彼女はそう考えた)、厄介者扱いされた者同士ってことでハークと意気揚々とペギー狩りにしゃれこもうとした。その計画は――大失敗だった。

 

 最初の出会ったのは小川の近く。

 そしてその相手は思いもよらない相手であった。

 

「――あなたジェス!?」

「ジャッキー?なんであんたが」

 

 ペギーのような恰好をした女、その背には赤子を抱えたそいつは。ジェスの知っている相手だった。

 同じ学校、同じ教室、でも仲がいいってことはないし。それほど話した記憶もない――でも、お互い少しクラスの中では浮いていた。

 

 暗い過去を引きずり続けるジェス。

 彼女は少し――信心深い家の娘というだけで皆に笑われていた、シャーロット――ジャッキーと呼んでと言っていた。

 

 ハークは小娘と赤子が最初のエモノと知って「どーすんだ?」って顔でジェスの判断を待ってる。

 ジェスは困惑していた。

 

「なんで?なんでっていうのはこっちよ。その恰好はなに?それに――弓なんて持って、狩りじゃないんでしょ」

「こんな状況なんだもの、自分の身を守るためよ。あんたの家は敬虔なカトリックだったでしょ。それが、どうして」

「それは――」

 

 彼女は言った、自分はさらわれたのだと。

 彼らの元に連れ去られ、彼らの言う通りのことをしてきたのだ、と。

 

 ジェスの頭に血が上ったのは間違いない。

 ペギーの奴らだ。あいつらは奪い、好きにしていいと思って。誰も邪魔されることはないと信じている。

 だから信じた。信じてしまった、彼女のことを。幼い記憶の中の彼女と同じと信じて――。

 

(馬鹿だよね、ホント)

 

 彼女と子供を連れて行こうとした。助けようと思ったから。

 だがペギーはすぐに追っ手を放った。とうぜんだろう、家族が外に出てもどってこなけりゃ心配する。彼らは猛然と迫ってきて、こちらの抵抗にかまわずあっというまに囲んできた。

 

 2度も囚われてたまるものかと、降伏など絶対にしたくなかったが――連れの背中には子供がいた。

 彼女が自分の失敗を知ったのはその後だ。裏切られたと知ったのはその後だ。

 

 彼女はうつむいてジェスたちのそばをうつむいて離れると。男たちの側に行くなり、若い男の胸に飛び込んでいった。「怖かった……」そう小さくつぶやく声さえ聞こえてきた。

 

 あれは悪夢だった。当分夢に見そうな経験をした。

 

 鋼鉄の牢の中にまた戻ってきている。

 あの日、ここから解放されたと思い込んでいたのに。

 

「ジェス。おいっ、ジェスー!」

「……なによ4」

「ジェスゥ、じぇすーいきてるかー!?」

「うるさいんだよ馬鹿野郎!」

「おおっ!よかった、まだ生きてたんだな」

「お前が死ねっ」

「なにィ!?よく聞こえないぞ、どうなってる?」

「騒ぐな!馬鹿ッ!」

「ああ、そういうことか!わかるぜ、俺もすきっ腹に穴が開いたみたいになっておかしくなりそうだもんな」

 

 笑えない。まったく、笑えない。

 そして実際に笑えない話だが、降伏した2人の扱いをペギーの方が持て余したらしい。

 あいつら「ジェイコブに話すか?」とかなんとか相談していたが、そのうち結論が出たようで……おかげで今、2人は離れて仲良く箱の中にぶち込まれている。

 

 このおぞましくも不快な、グランド・ビュー・ホテルの片隅で。

 

 流れる水は次第に大きくなる川となる。

 川は時に沼に、湖へとつながる。

 それは決して立ち止まっているということではない。動かないということだけだ。

 

 

―――――――――

 

 

 急ぐ理由はどこにもなかったはずだった。

 イーライは、それは自分たちの都合の間だけでいいと言った。

 私は英雄になるつもりはなかった。

 

 でも自分にどれだけ時間が残されているのか?

 どれだけのことがこの後できるのだろう?そう思ったとき、私はとどまる理由を全て失っていた――。

 

 

 ジェスが違和感を感じた。

 牢の中から見た外の景色。それもこちらを確かめに来る巡回兵のタイミングがずれているような気がした。

 これは以前にも感じたことがある。まさか繰り返されてるのか?

 

 しかしそうだとするならば……まさか!?

 

(保安官が来てる!?まさかジェイコブの手から逃げてたの?でもそんな話――うわさも聞いたことないし。だいたいアイツの手から逃れて無事でいられるはずがないって。)

 

 とはいえ、落ち着くとこれがなんだかバカバカしい考えだと思えてきた。

 数年前のイメージだけで勝手に馬鹿な判断を下し、自分とハークの自由をペギーに奪われてしまったクソガキ。こんなアマチュアが今更どの顔で「確信してる」などと思えるというのか。

 

「……おいっ、お前。お前は……うわー!」

 

 建物の扉が吹き飛ぶ音と砕けるガラス音。さらに3階のベランダの位置から吹っ飛ばされたように地上の駐車場へと堕ちていく人の影を見た。

 

「て、敵襲だ!レジスタンスだっ、警報」

 

 本当に来た!?

 

 

 どうやら思った以上に相手の気は緩んでいたようだ。

 建物に侵入しても3階までは障害を障害と感じずに無力化しながら進むことができた。

 しかしそこでベランダ側の兵士と扉越しに目を合わせてしまった。

 

(……)

 

 何も考えていなかったが、体が勝手に動く。

 走り出すと私は扉ごと相手に思いっきり前蹴りを叩き込み、続いてベランダの欄干でバウンドする体にライフル弾をくれてやった。

 

「ここから本番ね」

 

 ジェイコブの兵士は優秀だ。

 すぐに警報装置に走るのはわかっている。だから前もって装置の付近に爆薬を置いてきてある。

 

 

 爆発音が複数個所で聞こえると、牢屋のハークは途端に歓声を上げる。

 

「なんだなんだ!賑やかになってきたじゃないか、そう思わないか?」

「こんな時に何を馬鹿な事!」

「そうだな、こんな時だ――おーい、おーい!ここに人がいるぞー!助けてくれー!」

 

 爆発で警報は鳴らなかったが、それが慰めになるとは思えない。

 こんな派手な騒ぎが始まれば当然だが、ペギー達はここへ殺到するはずだ。

 

 ガシャーン!

 

 うつむきかけたところをいきなり自分の牢屋の天井に人が倒れ込んできて、ジェスは思わず体を震わせた。

 見上げると背中の一点を赤くして苦しそうにもがく、死体になりかけたペギーがいて。その体のお上から何かが錠前の並ぶ通路へと転がり落ちてくる。

 

「――ジェス!?」

「っ!?」

 

 降りてきたのがなんとあの保安官であったことに驚き、ジェスは口をパクパクさせるだけ。奥からは「おおい!マジかよ、俺たちこれで助かるぞ」などとハークは懲りずに好き勝手なことをしゃべってる。

 

「他にも誰かいるのね。でもカギはない、終わるまでここに――」

「あ?ああ、ちょっと待ってくれよ。待って、オネガイ」

 

 保安官はジェスの檻の前に弓と矢を置いていこうとしていると、何事かを悟ったのかハークが再び騒ぎ出した。

 

「ここから出してくれよ。きっと俺とジェスなら役に立つからさ」

「――時間がない」

 

 檻の並ぶ通路の先に人影を見て、ジェシカはさっそく撃ち抜いて見せた。

 

 

「爆弾でいいよ。いや、火薬とかさ。そいつがありゃ、あとはなんとかできるからさ」

「――いいわ、使って」

 

 ハークの誘いにかぶりを横に振りはしたものの、ジェシカは肩にかけていたバッグを声のする檻の奉公へと投げ込み。その場から立ち去っていってしまった。

 

「ハーク、本気なの?」

「あ?なんだよ、このハーク様を信じろって。この程度の錠前なら散々吹っ飛ばしてきてやったさ」

「それだと自分が死ぬだろ、馬鹿ッ」

「大丈夫なんだよ。安心しろ、お前の面倒はちゃんと見てやるからさ」

 

 ハークは檻の中から手を伸ばし、ようやくジェシカのバッグを手もとに引き寄せる。「待ってたよ、ベイビーちゃん達」などと余裕ぶってるのか口笛など吹き始めた。

 そんな調子で大丈夫なのか?

 桶を賭けようかどうかジェスが迷っていると、ポンッと乾いた音がいきなり聞こえる。

 

「なっなに?」

「一丁上がりって事さ」

 

 ドタドタと足音響かせてハーグはジェスの檻の前に駆けつけた。

 新しい爆発音がそばで炸裂した。ジェスは首をすくめたが、目の前で作業を続けているハークはなんでもないというように「ありゃ手榴弾かな、だれか適当に投げてるのかもな」などとつぶやいた。

 

「すぐに出られるぞ、もうちょっと待て」

「――うん」

 

 保安官が生きていた。彼女は再び戻ってきてくれた。それは喜ぶべきことであったはずなのに、彼女が残して行ってくれた弓と矢を握りしめながらジェスはなぜか喜べなかった。そしてその理由がどうにもわからない――。

 

 ホテルの守備兵たちはまったくジェシカに対抗できていなかった。

 姿を捕らえようと走り回るが。それが不用意な動きとなり、角を曲がれば出くわし。壁を背に忍び足を心がければ壁の裏側から。ジェイコブの兵士たちは次々と倒れていく――神の兵となるべく訓練されたはずなのに、あまりにも無力だった。

 

 しかしジェイコブの警備網はこれだけで終わるわけではない。すぐにカウンターとして新たに攻撃ヘリと渓谷につながる山道を駆け下りてくる兵士たちの姿があった。

 

 

――――――――――

 

 

 最近信者たちはひそかに心配している。

 隠れ家に篭り、”回収”の完了報告を待つジョセフが食事に手を付けないと――。

 

 半裸の男は昼にもかかわらず闇の中に身を置き、心静かに瞑想を続けている。

 

 ジョセフは息子であるジェイコブを心配していない。

 厳しい男だが、だからこそようやく願った”対話”を成功させてくれるはずだった。ジョンも、フェイスも失敗したが、彼ならきっとやり遂げてくれる。

 

 その時、神は新たな言葉をかけてくださるはずだ――エデンの門へと続く道を指示してくださる。

 我々はようやく神の子に戻り、愛を受け取る。

 

 

―――――――――― 

 

 

 全てが、終わった。  

 

 これはスカーフェイス。トニー・モンタナを思い出す光景だ。

 ハークもジェスも力を貸したが、これはあのジェシカ保安官がやったことだというべきだろう。実際、大部分は彼女の力でやったことだった。

 

 だが保安官はトニーじゃない。トニーはクスリをしこたま吸引しながらブチ殺されたが、保安官はそうじゃなかった。

 トニーは「The World is Yours」(世界はあなたのもの)と看板の前に倒れ、沈んでいったが。彼女は胸に輝く保安官の証だけを輝かせて、そこに立っていただけだった。

 

 騒ぎの余韻か。ハークは一種の感動のようなものに浸っていた。

 

 ホープカウンティ―が誇るシルバーレイクからさかのぼることマッキンリーダムへと続き。そこからさらに進めば山奥に横たわるシダーレイクへと至る。グランド・ビュー・ホテルはこの山奥の秘境と巨大なバス釣りを堪能できる場所としてしられる場所であった……はずであった。

 

 1年前までは家族連れが――輝く笑顔の子供たちに続き、それを目を細めて喜ぶ父親と母親が訪れた場所だ。

 家事から解放され、自然の中で優雅に静かな時間を楽しむ母親と違い。ライフルで狩りをするか、釣り竿で巨大バスの記録更新に挑戦するのか。そんなくだらないことで悩む父は子供達との思い出つくりに必死になる場所がここだった。

 

 夏が終わり、冬が来て子供の姿は消えても。今度は男たちがここに集まった。

 互いに「久しぶり」とあいさつを交わし。「今年も来たんだな」と近況を伝いあいながら、狩猟期間が訪れるのをホテルの部屋でライフルを磨き、非合法のコカインを吸い。コニャックを楽しみながら雪景色の中へと足を踏み入れるのを楽しみイン待っていたものだ。

 

 

 ところが今、湖はホテルから流れ出たペギー達の血で岸辺を真っ赤に染め上げていた。

 ホテルは燃えることはなかったが。壁には凄まじい数の弾痕を残し。駐車場には燃えるヘリと車両が今もパチパチとはじける音と共に惨劇の後のオブジェとなっている。

 そして血の匂いに交じり、エデンズ・ゲートによって自らを神の兵だと信じていた者たちの死臭に引き寄せられ。山から出てきたハエがたかっている。

 

「いやー、本当にすごかったな。保安官」

「あなた達もね。おかげで命拾いしたわ」

 

 ハークと話すジェシカの言葉に、おかしな話ではあるがジェスは呆れてしまった。

 あの時の彼女の様子を見れば明らかなことは、誰かを救出しに来たわけではないし。当然だがここに自分たちが捕まっていることを知っていたわけではないということだ。

 それなのに――彼女はひとりでここに攻撃を始めた。

 

――狂ってる

 

 他にどう言えというのだろう。

 自殺志願者だとか。戦争狂とか。それとも殺人鬼?

 ここで見る彼女は痩せてはいたものの、依然とそれほどの大きな違いがあるようには見えなかったものの。やはり――なにか違和感に近いものを感じる。

 

 ジェスが助けを求めた保安官は、こうではなかったのではなかったか? 

 

「それじゃ保安官。これからもよろしくな。

 俺様はハーク。ハーク・ドラブマン――」

「これから?」

「ん?戻ってきたんだろ?シャーキーたちも待ってましたと大喜びするぜ。もちろん俺もだが」

「……悪いけど、私は戻るつもりはないわ」

「あ?」

 

 ハークは突然、ハトが豆鉄砲でもくらわされたかのようにぴたりと動きが止まる。

 冗談を言っているのではないと知り、慌ててジェスが横から入る。

 

「それはどういう意味なんだい?みんなアンタを――保安官の無事を心配していたんだよ?グレースだって」

「ええ、わかってる。でも考えは変わらないわ」

「だから!それは、なんでだって話をしてるんだろ!?」

 

 穏やかだけど、それはゆるぎない決定事項だと押し付けてくる態度だった。

 なんだか自分だけ子ども扱いしてくるようなジェシカの態度に、ジェスは知らずに興奮していた。

 

 

―――――――――

 

 

 しつこく食い下がるジェスの姿に私は思わず苦笑いを浮かべる。

 腕が確かだとは言ってもやはりまだ子供なのだろう――。

 

「私が――私がレジスタンスを作ったのは別に必要だったからってわけじゃないの。ただ、ダッチがそれしかないと言って。その時の私には彼しかいなかったから、それに同意しただけ」

「っ!?」

「正直に言うとね。ダッチが何も言わなくても、私はきっと戦い続けていたと思う。エデンズ・ゲートの好きにさせるつもりはなかった。新人だけど、保安官の――このバッジの重さくらいは理解してるわ」

 

 唐突な昔語りだったが、彼らは静かに聞いてくれるようだ。

 

「私はずっと自分は保安官だと思って動いてきたわ。ここはホープカウンティ、法治国家アメリカのね。くだらないエデンズ・ゲートの言う神の国なんかじゃない。それだけが重要だった」

「それじゃ……それじゃあんたについてきた人たちはなんだったのさ!?グレースは?あたしたちは?」

「仲間よ。それは嘘じゃない――でもね、レジスタンスが私の邪魔にしかならないというなら。私は別にリーダーも、ヒーローもやるつもりはないの。だから、戻らない。いえ、戻れないのよ」

 

 これが最後の居場所捜しになる、そう思ってここまで来たのだ。

 それがあるのかないのかわからないうちに取り上げられ、別物に変えられるのをただ指をくわえてみてはいられなかった。それだけの理由だったし、それがいまでも重要なことだった。

 

 戻ればきっとグレースたちは私を離してはくれないだろう。

 少ない時間の間、指揮官を気取って演じることは出来るが。それだけを求められるのは無理だった。なぜなら私は兵士なのだから。

 

「もういい、ジェス。やめろ、保安官は戻らない。それでいいじゃねぇか」

「ハァ!?何言いだすんだよっ」

「落ち着けよ、大人の対応をしな。保安官はちゃんと言っただろ?戻らない理由をさ、俺たちにそれをやめろと命令する権利はないんだ」

「……」

「それでも保安官は生きている。俺達が会って、話したんだ。

 これだけのことでも、持ってかえりゃシャーキーやグレースなんかも喜んでくれるさ。あとは俺達がどうするかっていう、ただそれだけのことだ」

 

 ハークはそう言ってにんまりと笑う。

 

「それはそうと保安官さんよ。あんたにはひとつ聞いておきたいことがあるんだよ」

「なに?」

「この後の予定について、さ。どうするんだ?」

「どうする、とは?」

「そんな警戒しなくてもいいって。あんたの話を聞いたらさ、なんとなくだけど覚悟みたいなものを感じたんだ。なんか考えがあるんだろ?それを聞かせてくれって事よ」

 

 食えない男だ、ハーク・ドラブマン。

 それにこの男からはなにか匂いが違っているのを感じる。それは、私が知っていて恋焦がれていた世界の匂いだ。

 

「ジョセフ・シードは逮捕するわ」

「そうかい」

「なっ!?本気なの、保安官!

 ジョセフの野郎はこの騒ぎの首謀者なんだよっ」

「ジェス、いいって。それじゃジェイコブはどうするんだ?」

「ジェイコブ・シードは殺すわ。鳥の餌にしてね」

「えっ……」

「ハハハ!いいね、俺もその考えには賛同するよ。

 あんた、あいつに可愛がられた復讐戦ってことでいいのかな?」

「違うわ――でも、そう考えてもらってもいいかも」

「そうか。そうか」

 

 ハークは愉快そうに笑い。ジェスはどうにも納得できないといった顔をしていた。

 

 私はずっと保安官として戦ってきた、それは嘘ではない。

 でも、今はもう違う――。

 

 ジェイコブは私を捕らえたが、私を解放した。それは間違いない。

 なぜならば彼はこれまでそんなミスを決してやったことはなかった。ただ私にだけ――ジョセフが”対話”を望むとずっと言っている私だけがそれを許された。

 

 兵士にそんなミスは許されない。 

 

 むしろ私は奴に放り出されたと考えるべきだ。それはなぜ?

 その答えはまさに今の私の姿と以前の私の姿の違いを思いかえせば、すぐに思い当たることがある。

 

――戦闘にためらいが消えた。

 

 

 初期の私はメリルの教えを思い返し、過去のつらい経験に耐えながら戦った。

 でも、ジェイコブはそれを変えてしまった。私のキャリアにとどめを刺したあの事件は、今は私の可能性を最大限に発揮した経験としか感じなくなってしまった。

 

 繰り返される暴力。

 終わることのない怒り。

 どんな状態でいても、追い詰められているような焦燥感から逃れられない。

 

 それらは徐々に私を壊し、なにかを狂わせた。

 すべての暴力が、ただ単純に私の経験値へと換算される。そこに感情は、ない。

 

 私は敵を探し、敵を観察し、敵を滅ぼす。

 怒りも悲しみもなく。必要な処置だけを行うだけ。

 

 だからこそジョセフは殺さない。

 しかしジェイコブは殺す。

 

「ハッハッハッ、保安官。アンタを見ると思い出すよ。

 おれは海外に行って、いろんなものを見てきたが。面白い連中にもあったんだよ」

「へぇ」

「愉快だったのはそいつら。自分はこんな線上にいるべきではないんだって自分だけは信じているような、そんな変人だったってことかな。ま、俺が言うと嘘くさいかもしれないがね」

「私も勘違いしてるってこと?」

「どうかな。シャーキーに言わせると俺はかなりオカシイ奴らしいから、間違っているかもしれないがね」

「その人たちはどうなったの?」

「そいつらかい?あっちこっちウロウロして火をつけて回りながら、どこかに自分の逃げ道はないかと探し回ってた」

「そして死んだ?」

「どうかな、わかってるのは奴らのせいで戦争は終わったってことだけだ。俺にはそれで十分だ」

「――そう」

「あんたとはまた並んで戦うことがありそうだ、保安官」

「それは、勘?」

「いいやそうじゃないさ。ここはどうやらあんたの戦場で、どうやら俺はそこに立ってるってことがわかった。なら、会えるだろうよ。どうだい、そう思わないか?」

「またね、ハーク。ジェス」

 

 それだけ言い残すと、私は道のわきで煙を吹いているバギーにまたがり。走り出した。

 ハークとジェスはそれを無言で見送り。バギーのエンジン音が聞こえなくなるとようやくその場から離れようか、という話になった。

 

 しかしその前に、ホテルの台所に戻ってチーズバーガーとソーダが必要だ。

 

 

 川底をさらうほどの濁流も、気が付けば再び穏やかな清流へと戻るものだ。

 川は表情を変える。水はその時で性質を変える。

 だが、その流れる先が変わることだけは決してないのだ――。

 

――――――――――

 

 

 無線機の前でイーライは肩を落としていた。

 その後ろではタミーが必死に落ち着こうとして、長椅子に腰を掛けていたが。目が落ち着かなく左右に動いている。

 

 ホワイトテイル自警団の攻勢は、この瞬間にも無残な失敗で終わっていた。

 全滅――いや、ほぼ全滅だ。

 

 すべての部隊は撤退を繰り返して叫び。すでに連絡は途絶えてしまっている。

 バックアップから遠からずなにがどうなったのか。知らせは入っては来るだろうが、それだって何の意味がある?

 あのジェイコブが逃げる敵に対してこれまで容赦なく対処してきたことはイーライはわかっている。彼の部下は、彼の仲間たちは今も厳しい追跡に追い立てられ、次々と力尽き。たとえ降伏したとしてもその未来は絶望しかないだろう。

 

『……える?……る自警団?こちらジェシカ保安官』

「こちら、ホワイトテイル自警団。イーライだ、保安官」

『ホテルは終わったわ。でも聞いて、あそこであなたの部下らしい死体を見つけた。

 大丈夫とは思うけど念のため、あなたに知らせておくわ。そちらの計画に影響がないといいけれど』

「保安官……」

 

 一歩、遅かったのか。

 そうじゃない。俺が彼女に言われる前に、予想しておくべきだったのだ。

 

『なに?聞こえない』

「――保安官。頼む、助けてくれ」

 

 イーライは言葉を切る。

 空を仰ぎ、苦しそうに眉をひそめる。自分はなんという無様、なんという恥知らずなのか。それでも――。

 

「俺達は――俺は負けた。ジェイコブに負けた。このままだと仲間は殺されてしまう」

『……』

 

 しばしの沈黙に不安が揺れる。

 それでも彼女は答えてくれた。どうすればいい、と。


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