次回は明日。
安堵のため息をひとつ。それから肩を抱いて再び椅子に座りこんだタミーの肩に手を置くと、イーライは外の空気を吸ってくるとかすれた声で伝えた。
バンカーから外に出るといつの間にか深夜である――入り口のわきにある発着場の隅に積まれた雑貨の裏まで歩いていき。背中を預け、崩れるようにその場に座り込む。
苦痛に満ちた、厳しい数時間だった。
そして助かった。文字通り、”助けられた”のだ。
イーライの勝負は通信、ケーブルカー、牧場の3か所を一気に押さえてしまおうというものであった。
勝算はあった……ずっとこの時のために用意してきたし。作戦は練りに練ったのだ。
だが実際に始まるとそれは全てジェイコブの想定した状況をこえることは出来なかった。単純にそういうことなのだろうと思う。
部隊は次々と包囲が始まり、そこから突破する力がないとわかったとき。
ジェシカからの連絡にイーライは思わず縋ってしまった。それは屈辱ではない、自分への大きな失望だった。
これまで仲間を無理やりに押さえつけ、我慢して情報収集に力を入れてきた。それもこれもこの攻撃を成功させるため、一気にジェイコブを窮地に追い詰め。司令部から前線へと引きずり出すため。
保安官はよくやってくれたと思う。
攻撃部隊は全滅ではなく半壊程度の犠牲ですんだ――半壊だって?冗談だろ、無能ものめ!
――ホワイトテイル自警団は終わりだ
小さな声だがイーライは声に出していた。
これ以上はとにかく無理だ、と思った。自分にそもそも指揮官として不足してるのは明らかだし。戦力も半減、もはやジェイコブを引きずり出すなんてことは自分には不可能だった。完全敗北、どうしようもない。
折れた心の命じるままに思わずイーライはホルスターに収めてある銃を――シルバーに輝くデザートイーグルを取りだして見つめる。
(このまま楽に死ねないか?責任を取って――)
これまで自分を支持し、信じてきてくれた仲間たち。友人、隣人、その家族たちの顔が次々と湧いてくる。
その多くはすでにこの世界から旅立って行ってしまった。そのほとんどは、ペギーのせいでひどい最期だった。
皆に納得させるために、自らが感情を切り離し。冷酷にふるまうことで耐えてきた。それも、もう終わりだ。
夜空を見上げた。
美しい星空だった。もう夏のものではなくなりつつあるのもわかる。故郷の空だ、守りたいものだった。
気が付くと時間はだいぶ過ぎていたようだ。暗闇の中にジェシカがそばに立っていることに気が付いた。
「戻って――戻ったんだな、保安官」
「イーライ。長い一日だったわね」
「ああ、そうだな」
そこでジェシカがモノと痛げな視線をこちらに向けていることに気が付く。
ああ、そうだった。イーライは苦笑いを浮かべ、両手で握りしめていたデザートイーグルを改めて見つめる。
「この自警団を作る時に相談した傭兵がいてね。彼は――兵士のために指揮官はカッコつけろってこれを贈られたんだ」
「そうなんだ」
「――俺はこれで。これで、その。これでさ、やろうと……」
かすれた声が消えていく。
言わなくてはならない。ここで言わねばならない。
自分はジェイコブに敗れた、なにもできないまま破壊されてしまった。
これからはあんたのレジスタンスに俺が残せたものを受け入れて戦わせてほしい、と。
自分はもう、なんの役にも立たないのだ、と。
「――いいわよ、イーライ」
「?」
ジェシカは――私はこちらを見上げるイーライを見ていた。
そしてペギーから奪ってきた腰のガバメントを引き抜くと彼の眉間の間に銃口を押し付ける。
引き金を引く力に躊躇うものもなく、私は――。
――――――――――
翌日のこと、ホワイトテイル自警団の攻撃失敗の報せがホープカウンティに行き渡る前にそれは起きた!
――ホワイトテイル自警団リーダー、イーライ死亡
――殺害したのはジェシカ・ワイアット保安官
重ねて伝えられた凶事。
しかし衝撃で言えば、ホワイトテイルの敗北など消し飛ばすには十分な最悪な知らせであった。
何が起きている!?
どうしてこうなった!?
そもそも保安官はジェイコブに囚われていたのではないか?それがどうして自警団を襲う?
今やこのホープカウンティではたったひとりをのぞいてこの疑問を感じないものはいない。
そしてその答えを知るジェイコブはひとり、嗤っていた――。
「もうそこにはお前の居場所はないぞ、保安官。
お前はずっと間違いを犯していたのだ。お前は英雄ではない、神の声はわからない。ただの道具。ただの兵士にすぎないのだ」
ジェイコブに勝利への焦りはなかった。
エデンズ・ゲートに敗北はない。それは最初から分かっていた”事実”である。
だが、そこにジョセフに逆らう英雄などともてはやされる2人を葬ろうと考えた時。
ジェイコブはあえてジョセフの意思に素直に従うそぶりをみせたのであった――。
(奴らの反抗などなんの希望はなく、未来はない。弱肉強食の理に従い、今日から弱く、愚か者たちは強きジョセフの子供たちによってついに倒され。このホープカウンティはついにジョセフの導くエデンへと作り変えられるのだ!)
ジェイコブは部下を呼び、自分が出るぞと伝える。
普段なら決して口にしない言葉に彼らは驚くが、イーライの死を決定的なものにするのだというジェイコブの言葉に彼らの顔もほころんだ。
昨日は逃した大魚を、今日こそ仕留めてやるのだと理解したのだ。
ホワイトテイル自警団は終わる。
たった1日だけは逃げ伸びることができたが、それしか彼らにはできなかったということなのだろう。
英雄は本当に仲間を裏切ったのだろうか?
ホープカウンティに希望は残されていないのだろうか?
その答えは、すっかり静まってしまった今のウルフズ・デンでは沈黙しかない。
ウィーティーは必死に鳴き声をあげないようにと、先ほどから終わることのない事件についてラジオでホープカウンティ全土に訴え続けている。
リーダーを支え続け、ペギーへの憎悪と怒りを秘めた強いタミーは。床の上に横になった個人のそばから決して離れようとはしない。
すべては一瞬の出来事であった。
突然の変貌、そして裏切りがなにもかもを奪っていってしまったように感じる。
だが――。
だがそい腕はないことをただひとつのことだけが、彼らに信じるようにと訴えていた。
ホワイトテイル自警団の英雄、彼らがし立ったリーダーは。
今は白い布で覆い隠されはいるが。その顔は奇妙にも安らいでおり、裏切り者によって倒れてもなお自分たちの勝利を捨てることはないと訴えている。
こんな状況の中で、彼はなぜそう思っていたのだろう?
――――――――――
考えることはない。考える必要はない。
作戦はわかっている。それを実行し、完遂するだけでいい。ただそれだけ。ただ――。
森の中を、斜面の岩肌を、駆け足で進む私はただの獣となっていた。
次、それを考えることはない。”すべては決められている”のだ。ただ作戦通りにすればいい。軍ではそう教えられ、そうするために訓練を乗り越えてきた。試練をこえてきたのだ――。
――再び同じ状況になったらどうするんです?
――対策はあるわ。でも、やってみないとどうにもわからないわね。
記憶の奥底からなにかが思い起こされるが、今はそんな必要はない。
その必要はないのだ。
山頂に待つジェイコブは、兵士たちを散らせていた。
以前からこの地域のどこかに奴らのアジトがあるだろうと、それもきっと自分たちをまねてバンカーに違いないとあたりはつけていたのだ。今日こそ、それを明らかにするときだろう。
力を大きくそぎ落とされて逃げ伸びたところに、裏切りによってリーダーが死んだのだ。
生き残った愚か者たちも、すでに戦う力がその体にどれだけ残されているだろう?考えるまでもない、これはせめてもの慈悲という奴だと言ってもいい。
「実際の話、お前は大した奴ではあったさ保安官。
お前は最後に暗闇に光を差し込んでくれた――お前だけだ、この栄光をつかむことがジョセフに認められたのはな。
遂にお前は試練を乗り越えたんだ。わからないだろう?お前は犠牲を払った、お前を英雄ともてはやす弱者たちをふるはらってな。
だが俺にはわかるんだ、お前はそれでも聞く耳を持たないだろうってことをな。
愚かで――そして頑固だ。事実を前にしてもきっとそれを受け入れられず、狼のように野山に隠れて走るしかない」
ホワイトテイル自警団の放送は今も続いている。
保安官は完全武装し、彼らの手から飛び出していったのだそうだ。
とても危険で、不用意に近づいてはいけないと訴えてもいる。哀れなことだ――。
「俺の務めは教えただろう、間引くことだ。
保安官、誰もお前の見方ではない以上。お前は今、ここでもっとも弱い者だ。弱い奴はどうなるのか……さぁ、俺はここで待っているぞ」
まさに今日、このカウンティ―ホープの真の英雄となった彼女のためにジェイコブはここにいる。
ここで待っている。彼の勝利を手にするために。
――――――――――
来たか、双眼鏡で確認したジェイコブは思わず笑みがこぼれそうになるのを必死でこらえる。
斜面の向こう側からこちらへと向かってくる人影を確認した。ついに勝利が転がり込んでくる――だが、部下たちの手前はしゃぐわけにはいかない。
彼女はひとり、そして周囲に人の気配はない。
あくまでも可能性の話ではあったが、ホテルが陥落したとの知らせを受けて。ジェイコブは自分の技術が保安官には効果がなかったのではないか、そんな不安が心の片隅にわずかに芽生えてはいたのだ。
しかし考えすぎていたようだ。保安官はこちらの計画に従って動き、あの忌々しい男はまさしくこの女の手にかかって死んだのだ、と確信を得ることができた。
「よし、もういいぞ。部隊は大胆に動かせ。最後のとどめを刺してこい」
『了解です、ジェイコブ』
レジスタンスにはもう、ジェシカもイーライもいないのだ。
まずはホワイトテイル・マウンテンを取り戻す。続いてヘンベインリバーを、ホランドバレーも再びエデンズ・ゲートの手に戻ることになる。そのすべてを、シードの息子である自分が指揮して成し遂げる。
最後の日、試練は終わったのだとジョセフに知らせを送れば、彼も皆の前に再び出てきてくれるだろう。
その時こそ――。
周囲から小さいが怪訝な雰囲気が感じられて、ジェイコブは我に返る。
どうやらジェシカはある場所で立ち止まったまま動かなくなってしまったらしい。自身が久しぶりに持ち出してきたアンチマテリアルライフルを構え、そのスコープを覗く。
確かに保安官は斜面で立ち止まっていて、動く気配がない。
なんだ?どうした?との疑問からさらに倍率を高めていく。
ジェシカは無言で立ち続けている。
その手に握られているのは女性が持つには大きすぎる武器――M249軽機関銃と呼ばれるものだ。
だがジェイコブはそれを目にした瞬間に、背中に冷たい汗が噴き出すのを感じた。その銃には見覚えこそなかったが、うわさでは聞いたことがあった。
イーライはホワイトテイル自警団をたちあげた時、自分たちがペギーに好きにはさせないという誓いを立て。自分のカスタムした銃に「ホワイトテイル」と名付けたという。彼女が持つそれは、まさにうわさに聞くそれにそっくりであった。
ダーーーン!
恐怖か、パニック化。
それはわからないがジェイコブは思わず引き金を引いていた。
山頂から下に向けての射撃ではあったが、強風はいとも簡単に軌道を変え。ジェシカの立つ場所から離れた地面に着弾すると土を巻き上げた。
「ジェイコブ!どうしたんです!?」
「あの女を殺せ!もういい!神狼をはなつんだ、全部!」
部下はわかりましたと答えると、降りていきながら狼を放て。俺達も続いて攻撃だとわめいて離れていく。
彼らが指示に従うのを聞くとさすがにジェイコブも少しだけ冷静になれた。とはいえ、失敗だ。狙撃手が一発を外したら待っているのは死だ、少なくとも戦場ではそうだ。
事実、こちらがどこにいてなにをしたのかは知られてしまったようだ。
立ち止まっていたジェシカは再び歩き出していた。その向かう先は間違いない、この山頂に向かっている!
先ほど外した弾丸の軌道を頭に思い浮かべ、今は動いている目標に向けてジェイコブは2発目を撃ちはなつ。
だがそれもまたまるで違い場所の地面に着弾するのを見て、ジェイコブはうなり声と共にライフルを放り出した。
―――――――――
ジェイコブの命令で連れてきていた10頭の神狼がはなたれた時。
彼の部下たちに心配の2文字は全く頭にはなかった。だが、だれかがどこかを指さすとその顔に一斉に青いものが混じってくる。
一直線にこちらにむかうジェシカへと突撃する狼たちの列の横原にむけ、森林の中からもなにかが飛び出して狼たちへと近づいていったのだ。
片方は犬であり、もう片方はクーガーである。ブーマーとピーチズ、この瞬間についにジェシカの元へとたどり着いて見せたのだ。
しかも助けは彼らだけではなかった。
森の木々が次第に震えだし、太い幹のそばから危険なうなり声が次々と上がってくる。
以前、やっかいな男たちによって自由にされたファング・センターのクマたち。
あれ以来すっかりよりつかなくなった人という餌を求めたのか、それとも2頭の獣によってここまで導かれてきたのか。
数頭のクマは斜面に降りてこようとしたペギー達、そして狼に分かれて参戦してきたのである。
ジェシカに向けて飛び込んでいった先頭の神狼のとなりにブーマーは追いつくなり体ごとぶつかっていく。
荒れた斜面をそれでも数十キロの速さで走っていた狼はいとも簡単にバランスを崩し、首から砂利の中へと倒れて動かなくなった。
ブーマーは素早く後ろを振り返り、自分の後ろへ――ジェシカへと誰もいかせはしないと仁王立ちすれば。
立ち止まった狼たちの背後からピーチズが爪を立ててとびかかる。
まだ時間は必要だろうが、クマがそこに飛び込むのもすぐであろう。
――私はその騒ぎの横を当然の顔をして通り過ぎていく。
斜面にジェシカを屠らんと降りてきていたペギー達も恐慌状態に陥りつつあった。
3頭のグリズリーは哀れな信者たちにとびかかっては全体重をかけて地面に押し倒し、苦痛に悶え、鳴き声を上げるゲル彼らが静かにいなるまで何度も噛みついては振り回し、そしてまた地面にたたきつけてみせた。
殺せ、こいつを殺せ!そう叫ぶ声はジェシカに向けたものではない。
グリズリー達の体に向けられた銃口から発射された弾丸は、彼らの分厚い脂肪に遮られ。ますます怒り、荒れ狂った彼らはおなじ匂いを放つ人間たちに目を向けて攻撃する。
当たりに広がるのは獣の放つ異臭、そして”祝福”の甘い匂い、さらに流れていく血とそれに混ざっていたであろうアドレナリン。
冷静さなどもはやどこにもなく。目の前に迫る死のと暴力から逃れようともがくことしかできない。
――私はその騒ぎの中へと分け入り。ペギー達の頭を、胸を、構わず穴をあけてなぎ倒して進む。
そこまさに異様の一言でしか言い表せない、奇跡のような悪夢が起こっていた。
ジェシカを阻むすべてが、まるで神の導きを得たかのように。獣たちによって道は作られ、彼女はもうとどまることなく目指す場所へ向けて進んでいるだけ……。
――――――――――
獣たちが争う声が消えた。
戦う戦士たちの――仲間の、部下たちのみじめな声もだいぶ静かになってきている。
そして銃声は消えた。
「ジェイコブ!ジェイコブ、どうしましょう!」
「戦え!武器を持って、女を殺せ!」
「その女が見えないんですよ!どうしろって――」
下にいた哀れな弱きものとなってしまった奴が、保安官に引き裂かれる音が聞こえてきた。
音でわかる。容赦ない、至近距離からたっぷりと十数発。それで生き残れるはずがない――。
「保安官!ジェシカ・ワイアット!
ここにお前の勝利はないぞ……俺達は結局のところ血を流す。ここで死ぬか、後で死ぬか。
違いがあるとするならそれだけだ。
俺は兵士だ。戦場で学んだのは死のみじめさに違いはないってことだ。
皆が死ぬ。お前だって死ぬ!俺達は――」
ジェイコブの言葉が終わる前に、まだジェシカの姿を探すジェイコブの前に私は立っていた。
マシンガンを使えば次の瞬間にもすべては終わるが――今日の私はそれを選ばなかった。
代わりに腰からデザートイーグルを――イーライのそれを引き抜くと一発。
しかしただそれだけでも、ジェイコブは簡単に吹き飛んで背中を岩にたたきつけ。天頂から背中で転がり落ちていった。
私はそこにおちていた奴のライフルを手につかむと、まだ生きているであろうジェイコブの姿を探しに降りていく。
兵士の最期が訪れようとしていた。
そのことはわかっていたが、不思議なことにジェイコブの心は今は悲しみに満ち溢れていた――。
「正しかったんだ……人類は今、絶滅に……瀕しているって。
我が弟も、妹も。皆が知っていた……誰が神と会話し、神のほほえみを我らに伝えてくださるかと言うことを」
貫かれた銃弾の傷跡を右腕で押さえ、伸びている左腕は上腕からぽっきりと骨が折れているのは間違いなく。胸と足の骨にもヒビが生まれ、両足は走ることも出来ずになんとかひきずってなんとなく歩けるだけ。
ここに受け取りに来たはずの勝利は、とてつもなく遠くへと消え去ってしまっていた。
「保安官、お前だってわかっていたはずだ。何度も言った――何度も、何度も。
人類は破壊することしかできない。何かを築き、何かを達成しようとも……必ずそれをぶち壊す方法を考えちまうんだ。
歴史を見ればいい。
これまでもいくつもの帝国は生まれたが、残ったものはどこにもない。
このアメリカもそうなる。弱くなっているんだ、強くない。生きてはいられない、世界は適者生存。わからないのか」
誰に語っているのか、誰に伝えようというのか。
「ジェシカ・ワイアット――お前はどうしてジョセフを信じない?
お前も知っているはずだ。ビッグボス……この国の輝ける時代の英雄を、あいつらはあろうことか狂人と呼び、テロリストとして殺したんだ。
何も知らない、なにもわからない。新たな英雄を使ってな――。
だがそいつはどうなった?
ソリッド・スネークは?
奴も結局、同じ道をたどった。
この国はあれも狂人だと言い、テロリストだと言った。英雄を、簡単に捨ててしまったんだ。
そんなことをするこの国のどこに希望がある?あいつの言う通り、おまえもそうなった」
岩棚に腰を掛ける。
もう動けないのだ、あとは終わりを待つだけ。
「お前は何も知らず、何も考えず。頑なに俺達を否定し続けた――その結果を見ろよ。
ホープカウンティは血まみれだ。これもあいつの言った通りだ……お前は何の疑いも抱かず、自分を信じるだけで、すべてを地獄に突き落とす」
ジェシカは姿を見せる。
手に持ったジェイコブのライフルから弾丸を抜いて見せ、それを近くの岩にホワイトテイル――軽機関銃と共に立てかけた。すぐ目の前にジェイコブがいることなどきにしていないようだったが――。
ジェイコブの頭がうなだれる。
力が抜け、そのままついに逝こうというのだろう。しかし前に立ったジェシカはそれを許さなかった。
パン!
いきなり問答無用でその横っ面を張り飛ばすと、ポケットからケースを取り出し。中にアンプル注射器を目の前のジェイコブの首筋に突き立てて見せたのだ。
「ぐがっ!?」
「これは拷問じゃないわ、ジェイコブ。ただのおしゃべりよ」
私は冷酷にこれからの”授業”の開始を告げる。
「ハハハ、ひどいだろ――そういうことか、保安官。俺に何を打ったんだ?」
「アドレナリンよ。楽には死なせないわ」
そういうと奴の頭部を私はわしづかみにして頭を上げさせた。
「シードの名前を持つ奴らには散々てこずらされたけれど。最後だから聞かせてあげるわ――ジョセフ・シードよ」
「?」
「あんなのはね。ただのカルトのクソッタレの詐欺師でしかないのよ、ジェイコブ」
「!?」
「軍隊上がりのくせして、あいつのいう滑稽な終末論なんてよくも本気で聞いたものよね」
ジェイコブはさすがに何かを言い返そうとしたが、私はそれを許さない。
これまではずっと聞かされていたのだ。もうこっちの話だけでもいいだろ?
つかんだ頭の後頭部を後ろの岩にたたきつけて黙らせる。
「ジョンにもフェイスにも、なんならこの手で殺した全ての信者共全員にずっと聞かせてやりたかったのよ。あんたたちがどれほど滑稽で、間の抜けた理由でこんなバカな犯罪をしでかしたのかってことを」
「さすがだな。また、捻じ曲げるのか?自分の正義のために」
「いいえ、勝手を言わないで。私にはこの事件の最初から事実はちっとも変ってはいないわ。
あんたたちは神のいないこの世界で。神に縋りついて助けを求めるだけの哀れな連中。それが聖書を片手に妄想にふける狂人にいいように操られてるだけ」
「――ううっ」
「お前が何を戦場で見てきたのか、なんて興味はないわ。
わかっていることはただひとつ。ジョセフが言う世界の破滅も。愛するアメリカも終わったりはしないわ。
別に同意は必要ないわ。でも先にくたばったアンタの可愛い兄弟たちには私からこれを伝えてほしいのよ」
ジェシカの中の凶暴性が立ち昇っていく。
怒り、恐怖、他に多くの暗い感情。それらがひとつとなり、報復心という名の大火が生まれ。
保安官であるべき彼女の顔に、あの時の獣が戻ってこようとしていた。
「――ジョセフ・シード」
「……」
「あんなのはね。ただのカルトのクソッタレ詐欺師でしかないのよ、ジェイコブ」
信じられない速さで立ち上がろうとするジェイコブを私は容赦なく小突いで元に戻す。
たったそれだけでも、奴の体の中はそこかしこから悲鳴を上げられ。飲み込もうとして漏れ出てくる苦痛の声が心に爽快な風を吹かせてくれる。
「弱肉強食、適者生存、人を選んで間引くとは大いに結構なことよ。
でも私のそれはあんたらのようなヌルイものでは決してないわよ。お前が死んだらすぐ、ホワイトテイル・マウンテンは解放されたと宣言するわ。
でもそれが本当の終わりじゃない。当然でしょ?
これは戦争、あんたらがそう言ったのよ。
人々は奪われたものを取り戻すだけでは足りない。奪い返すだけでも足りない。全てを奪い、貪りつくしてようやく我慢してあげてもいいくらいよ」
「な、なにを言っている?」
「ペギーは負けるの。エデンズ・ゲートは敗北するのよ。
安心して頂戴、そうなる全てのことには必ずこの私がやってやるわ。容赦はしない」
狂気の輝きを称える顔に、冷たい笑みが初めて浮かび上がった。
「今度こそ皆殺しにしてやるわ。
知っているでしょ?ホランドバレーやヘンベインリバーで身動きの取れないペギー達はどうしているか?山に、谷に、息を殺して隠れている。いつかエデンズ・ゲートの勢いが戻る日を夢見てね。そんな日は来ないけど」
「狂ったか、保安官」
いきなりジェシカは自身のシャツを引き裂くと、胸に刻まれる”強欲”の文字をあらわにして見せつけた。
「そんなものはジョンがこれを刻む前に捨ててきたわ。ずっと思っていた、最後はこうしてやろうとね。
でも誰にも言えなかったのよ。だってそうでしょ?フフフ、ハハハッ!騒ぎが終わったからって皆で武器を捨て、隣人にまた戻って、毎朝「おはよう」とか挨拶して。休日にはBBQパーティー?」
「正気じゃないぞ」
「正気も狂気もわからない奴に言われるのは、愉快ではないわね」
言いながら軽くボディブロー。
抑えた傷口からグチャリと服が音を立て、血の匂いが癇に障った。
「グッ、ググッ。ゥウウ」
「あの輝く太陽が見える、ジェイコブ?
あれが地平線に降りたら、それを始めるわ。誰一人として生かしてはおかない――でもジョセフ・シードは別よ」
「な、なに?」
ジェシカの冷笑にあざけりの色が濃くなる。
「ああ、ジェイコブ。田舎に生まれ、田舎育ちのアンタにはわからないんでしょうね。
ああいうのはね、別に特別でも何でもないのよ。犯罪思考の精神患者ってだけでね。私が憎しみにとらわれてジョセフも殺すと言うと思った?まさか、そんなわけがないじゃない」
「どういうこと、だ?」
「ロスだとあんなのはね、ジャンキーの隣の部屋には大抵いるものなのよ。同じように聖書を片手に掲げてね、自分は神の子、救世主、世界は破滅に向かいそれを救わなきゃってね。
で、そういうやつの中にたまに金を持っているのがいて、破滅するほどクスリにそれを注ぎ込まない運のいい奴がいる。
彼は有名な医者にかかって、電極につながれ。何度も否定され、様々な言葉で説明されるとそのうち説得に納得しちゃうのよね。『ああ、自分は正気ではなかったんだ』って。
これがどういう意味を持つのか、わかる?」
「???」
「私にいわせりゃ、ペギーなんて所詮はあのマンソン・ファミリーの親戚か何かでしかないのよ。
ジョセフの言葉はいつ聞いても笑うのをこらえるのが大変だった。『私は神に守られている』だっけ?
知ってる?あのマンソンも言ったそうじゃない『なぁ、神よ。俺はあんたの親友だよな』『だって俺があんたを作ったのだから』って」
「……」
「そんな奴に騙されて、でも慰安はもう。アンタたちを哀れとはこれっぽっちも思わないわ。
でもだからぜひ、知っておいてほしいのよ。
エデンの門の前とやらで、ジョセフを待っているといいわ。好きなだけね。でもそこにはあなた達のジョセフ・シードは決して訪れない。私がそうさせない」
目が輝きだす。
思い描く未来、それはしっかりと実現すべきものとして描かれている。
「あいつには必ず裁判を受けさせる、絶対にね。
史上最悪の殺人者とテレビは大喜びで紹介して知名度は高まるけど、それくらいはゆるしてやるわ。だって本番は裁判が終わってから、だもの。
あいつは司法省のかかえる犯罪者の貴重なサンプルとして、必ず真っ当になるよう治療させる。私がそうするのよ、あらゆる手段を使うわ。
あいつには常に優秀なドクターが何人もつけて治療を施し、必要と思ったものはなんだってやらせてやるわ。その日が来るとこの私だけは信じてやるのよ」
「ふ、復讐か」
「これが復讐?自分がただの負け犬のほらふきだったと理解させてやるだけなのに?
その時のジョセフが、エデンの門の前とやらで待ち続けていたあなた達と再会する様子がこの目で見れないのが残念でしかたないわね。
『あの時の自分はどうかしていたんだ』『あれは本当の私がさせたことではなかったんだ』
これは私が治療したジョセフ・シードの言葉よ。スーツを着て、ただそれだけの弱々しく自信のない老人。それがあなたたちが崇めていた男の未来の姿よ」
「嘘だ!」
「ジェイコブ、大人になりなさい。罪深い負け犬の人生なんか、だれも望まないわ。
ジョセフは所詮は家族を見捨てたクズよ、負け犬よ。そもそも本人だってそういっていたのをあの牢の前で一緒に聞かされたじゃない。
エデンを前にそんなジョセフとあなた達は出会うの。彼は泣きながらあなたたちに訴えるでしょうね。
もうあんな好奇の目にさらされたくない、あんな薬は飲みたくない、頭に電極をあてられるのも嫌だし。看護師に憂さ晴らしに殴られるのも、尻を掘られるのも御免だって。だから自分は、自分だけは正気に戻ることにしたんだって」
だからジョセフは逮捕するの、楽しみに待ってててね、ジェイコブの耳元で渡井は残酷に最後に囁いてやる。
それでもジェイコブは――ジェシカの言葉を強く否定しようとして。最後に彼の身体は震え、肌は青白く、目の光はすでに消えていた――。