次回投稿はゲームの次回作が発売するまでに。
ホワイトテイル・マウンテンに静寂が戻るが、それはいつものそれとは意味が違っていた。
日付がもうすぐ変わろうかという時刻。ウルフズ・デンはその与えられた役目の初日から決して許されることはなかった。バンカー前の発着場に明かりが並べられ、それは遠目で明らかにそこに誰かがいることが分かるようになっていたが……そのことを気にするものはもう、いない。
敗北の傷と、バンカーの位置が知られないようにと救出劇からじっと別の場所で傷を癒していた自警団の皆がここに帰ってきていた。
失ってはいけなかった、大切な彼らのリーダーの葬儀のために。
イーライはペギーが言ったような臆病者では決してなかった。
彼は勝つことを考えて努力し、耐え。それでもよしとはせず、ベストを尽くしていた。
そんな一例をあげるとするなら、彼は死者の扱いには丁重だったことがあげられるだろう。
ペギーに連れ去られたものの多くは、元気に家族の元に戻ることはできなかった。
それどころか回収された遺体の多くは傷つけられ、痛めつけられ。とてもみてはいられない状態のものばかり。
イーライは彼らの尊厳守る必要があると考え、回収された遺体は基本的に火葬すること決めていた。ペギーによってつけられた傷もなく天に昇ってほしいとの願いを込めてのことだ。
そして今日、またひとりの仲間が倒れた。
この自警団に。いや、ホープカウンティが失っていけないような人だが、亡くなってしまった。
自警団は彼らのリーダーが望んだように――彼も天に送り出すのだ。
「タミー、もうすぐ日が変わる」
「ええ、でもまだ待ちましょう。もう少しだけ」
「……わかった。わかったよ」
ウィーティーとタミーは、そういうと先ほどからずっと何かが戻ってくるのを待っている。
それが――いや、彼女が戻らないなどとはかけらも思っていなかった。そう、失敗するはずがないのだから。
タミーは自分がこの世界でただ一人信じられた男の顔を飽きずに確認する。
横になる彼の顔は実に信じられないほど穏やかで、そして少しばかり安心をしているような。不思議に見たことがないほど穏やかな表情のまま眠り続けている。
彼はかつて脅威になると認識していたペギーがついに馬鹿をやって以降、ずっと険しい表情を崩すことはほとんどなかったと思う。それだけ厳しい状況の中を、耐えて戦ってきたのだ。
(イーライ――)
彼はもう悩んだり苦しむ必要はない。
だがこの世界から送り出す前に、彼が心安らかに旅立つために必要なものがあるのだ。
待ち人はそれから時をたたずしてこの場所に訪れた。
自警団達がざわめきだし、誰かが「あいつだ」「あの女だ」と声を合図にあちこちからあがるようになる。
それは仲間へむけた言葉ではなかった。英雄をたたえるものでもなかった。
憎しみ、怒り、悲しみ……いくつもが複雑に絡み合う感情から出てくるものだった。
そんな不思議に殺気立つ兵士たちに向かってくるのは、足元に犬を連れ。松明を抱えて壮絶な表情を浮かべているジェシカであった。
タミー進み出てくるが、表情は硬いままジェシカの前に立つ。
「間に合った、葬儀はこれからよ。ジェシカ保安官」
「……」
「その前に確認させて。大切な事よ――あいつは殺してくれたんでしょ?お願い、そうだと答えて。そうでないと私、ここであなたを殺さないといけないわ」
ジェシカは黙ったまま。ポケットからスイッチの付いた装置を取り出してタミーに差し出した。
「これは?」
「自分の手で終わらせたいだろうと思って」
とたんにタミーは悪鬼の表情へと変わり、ジェシカの手から取り上げたスイッチのボタンを狂ったように何度も何度も強く押す。
同時刻、ホワイトテイル・マウンテンのどこか。
山頂に腰かけ、体にC4爆薬とコードでぐるぐる巻きにされたオブジェが存在した。
それがいきなりに轟音とともに吹き飛ばされ。破壊をまき散らすと、なにも残せないまま消し飛ぶ。
地面が揺れ、静かな山々にその音と衝撃に驚く鳥や獣が騒ぐのを彼らは聞いていた。
そして理解した。悪夢は終わったのだ、と。
彼らのリーダー、イーライが夢見た。ようやくジェイコブのいないホワイトテイル・マウンテンが。ホープカウンティが戻ってきたのだ、と。
「さぁ、皆がそろった。イーライの葬儀を始めましょう」
タミーの静かな言葉に、怒りは霧散し。再び悲しみに皆が沈んだ。
――――――――――
イーライの火葬が始まった。
私はブーマーと一緒に、後ろに下がって。皆から少し距離を置いてそれを見つめている。私は彼らの仲間ではない。彼らは仲間にしてくれようとおもってくれていたのに、私が――私とイーライがそれを拒んだ。
今の私は彼らの敵ではないが、見方でしかないという存在だ。
積み上げられた薪に松明の火が投げ込まれていく。
タミーによる、彼らのリーダー。イーライの言葉、思い出が語られ始めた。
私にも彼との思い出がある。
だが一番印象に残るのは、あの前日に交わされた言葉。互いに狂気に足を踏み出した企み。
信じられないものを見た。
信じたくないことが起こっていた。
銃に弾丸が入っていないことはわかっていた。彼女を信じていた。
しかし、それでも平然と銃口をこちらの眉間の間に向け。さらに2発を発射しようとしたことで――俺はその理由に思いつき、体を強張らせた。
「保安官、今のは――」
「ええ、そうよ」
「なんてことだ。なんてことだ……いつわかったんだ?」
「わかなかったわ。でも、どうやら今のが正解のようね」
ジェイコブは保安官を勘違いして逃がしたわけではない。
ただ解放した、その理由はホワイトテイル自警団のリーダーの暗殺させるため。だが、それにしてはつじつまが合わない部分がある。奴は保安官に命令を与えたとして、彼女はなぜそれを探ることができたんだ――?
「あそこで何をされたのか、覚えてる。でも、それ以上のこともあるんじゃないかとも疑ってはいたのよ。記憶に手掛かりがない、それなら実際に何が起こるのかをひとつづつ確かめるしかない。
通信塔にホテル、全力でつぶしに行ったわ。ペギーはまったく私を止めることは出来なかった。さっきあなたの連絡をもらって皆を救出した時も、そう。
でも可能性はまだ残ってた。一番ヤバいのが、これだった」
「どうして言ってくれなかったんだ」
「ははっ、自分がタミーが言ったように壊れてるって?取り扱いには注意って?言えるわけがないじゃない、そんな馬鹿な事」
確かにそうかもしれない。
恐怖にとりつかれ、イカれたかもしれない。そうだ、弱っていた時の彼女からそんな悩みを聞かされたら。俺は普通にそう思っただけだっただろう。
「なんともないのか?他には?」
「私の友人――いいえ、鍛えてくれた
「俺はそれを喜ぶべきなんだろうな」
「いいえ……悲しむべきかもしれないわ、イーライ」
そして私が提案したのだ。
トンネルからの帰り道、ずっと考えていた。
イーライの計画の失敗は、内部に情報を漏らしている者がいる可能性が高い。このままではホワイトテイル自警団はおろか、全レジスタンスがジェイコブに倒されるかもしれない。
それを止めるにはただひとつ、前線に指示を出すだけのジェイコブを戦場に引きずり出すしかない。
方法はある。一回だけの
私とイーライだけでする。大切な仲間を、守るべきホープカウンティを、この世界をだますお互いの命を懸けたオールインワン。
勝利か、死か。
どうなろうとも私たちは多くを失い、2度と取り戻すことは出来ないだろう。
タミーの言葉は終わろうとしていた。
「……イーライ……ここにあなたがいないと、これからは寂しくなるわね」
あの時、イーライは正気ではないかもしれない女の提案など無視してもよかった。
それは所詮、「きっとそうなるはず」という予測のものでしかなく。確実にそうなるだろうと言い切れる証拠のようなものは何もなかったのだから。
だけど彼はそれを信じてくれた。自分で選んだのだ。
ホワイトテイル自警団が消えたとしても、ジェイコブのペギー達がまだデカい顔は出来ないような未来が来るならと。無謀と勇気を振り絞って決断を下してくれた。
この勝利は間違いなく、彼のものだ。私のものではない。
火の中で崩れていく彼の前で思い出を語ることは、そのうちに声を押し殺して泣く人々の数を増やしていく。別れの時は迫っていた。
「違う、違う!」と声が上がるのを聞いた。ウィーティーの、若者の声だった。
「そうじゃない、そうじゃないんだよ!駄目だ、これじゃ、こんなんじゃ……イーライは、喜ばないっ」
もはや鳴き声あげることをやめた若者は――ウィーティは静かに語りだした。
「イーライは信じていた。苦しい時でも耐えれば、いつかはこれも終わるって。
あいつらはここから消えて……いつかはきっと。きっと……」
「そんな日は来ないッ!」
誰かの声が反論する。だが若者は諦めない。
私はまだ、ほんのわずかにだが理性というものがあったようだ。ここに来て、少し迷いを感じる。
何が正しいのか、そういう話ではないのだ――心が叫びつづけている。声を上げろ、やり方はわかっているだろう。しかし今はもう遠くなった彼女――メリルが悲しそうな眼をしている姿が脳裏から離れない。私はまた、彼女を失望させるのだろう。
「そうだ!そんな日は来ない。僕たちは目をそらしては駄目なんだよ。
ジェイコブは倒れてもあいつらはまだここに居る。ホワイトテイル・マウンテンだけの話じゃない。ホランドバレー、ヘンベインリバー、そこにまだペギーは隠れてる。息を殺して、再び出てくる時を待ち続けている!」
「――っ!?」
「あいつらは癌と同じ、癌は消えない。成長する、だから取り除くしか方法がない。ペギーも同じだ!」
「その通りよ!」
私は彼に同意していた。自分の声とは思えない、迷っていたとは思えない。低く、怒りをこらえた自分の声だった。思考を無視して行動が先に走り出していた。
私は”正義”をとったのだ。
ホープカウンティの英雄には興味がない。それはイーライがその役を引き受けてくれればいい。
私が欲しいものは、こちらの方だ。
「ペギーは世界が終わるとか言っているわ。だから自分たちがやっていることは、正しいことだと。
でもそんなわけがない。イーライが倒れても、私たちはここにまだいる。もうこうなったら冗談で許すわけにはいかないでしょ」
「そうだ!保安官の言う通りだ。
ジェイコブは死んだ。でも僕たちはまだここにいる、保安官だって。
あいつらはアメリカが死んだっていう。だが、そうじゃない。死ぬのはアメリカじゃない、エデンズ・ゲートだけだ!」
『そうだ、そうだ!』
ああ、私には見える。感じるのだ、なんて美しい復讐の炎だ。
悲しみ、苦しさ、恐怖、そしてそれらに覆いかぶさっていく強烈な、怒り!
「俺達は戦うんだ!ペギーのいないホープカウンティのために。
あいつらをこの森の木の一本一本につるし上げてやる!あいつらがこの地上から残らず消える、その瞬間まで!」
「そうだ!やっちまおう!」
「ホワイトテイル自警団はまだここにある!イーライの意思と、彼の夢はここにある!
僕たちは手を緩めたりはしない。ホワイトテイル・マウンテンが始まりだ!ホランドバレー、ヘンベインリバー、全てのペギーを終わらせてやる!」
「殺せ、殺せ!」
「”僕たちの正義”を取り戻すんだ!」
イーライの体を焼く炎は勢いを増し、ついには大きな柱となってそびえたつ。
これはもはや復讐ではない。それをこえるもの、揺るぐことなく情けを捨てた報復心がここに完成した。
私はこの炎を利用する。もう迷いは消えた、自分の正気も、狂気もわからない。
ジェイコブは私を結局は破壊し、この結末は彼の自業自得なのだろうかと頭の隅に浮かんだが、そうではないだろうと思い返した。
私はずっとそうだったのだ。
軍にいたころから、メリルと別れた時から。
結局私は、彼女からすべてを学ぶことは出来ない。そんな出来の悪い生徒であったのだ。
「涙を拭きなさい、準備をするのよ!
今からジェイコブのバンカーを襲撃するわ。あそこには同僚のプラット保安官をはじめ、まだ多くの囚われ。苦しんでいる人たちがいるはず。彼らは必ず全員助け出す――そしてペギーは逃がさない。
あいつらに賭ける情けは忘れなさい。何をいおうとも、まだジョセフ・シードが残ってるわ。
あいつがいる限り、ペギーは決して変わりはしないわ」
目的を明確にし、行動に鋼の意思を与えるように補強してやる。
ただそれだけで今夜の彼らはペギーにとっての脅威の存在になれる。血を流すことができる。
「明日の夜明けはきっと良いものになるわ。
ジェイコブは死に、バンカーは炎の中に沈め。そうなれば捕われた人々の開放と共に、ホランドバレーもついに自由を宣言することができる」
「イーライはそれを望んでいた。彼の願いが叶うんだな、保安官!?」
「そうよ――そのためにペギーを狩るわ。あいつらを残らず始末すれば、脅威は消える。ジョセフ・シードを恐れる理由もなにもなくなる」
ブーマーは私の隣で、不思議そうにこちらを見上げていた。
―――――――――
ホワイトテイル自警団の敗北から始まった一連の凶報にホープカウンティは大いに揺れていた――。
囚われていたはずのジェシカが。保安官がイーライを殺害したと聞いて、意味が分からなかったのだ。
――彼女は裏切ったのか?
――どうして自警団は彼女の侵入を許した?
――これからレジスタンスはどうやって戦えばいい?
ジェシカ保安官の快進撃に勇気づけられていた男たちでも、不安にならないわけにはいかなかった。
だがしかし、事態はここからさらに大逆転するのである。
『私はジェシカ。ジェシカ・ワイアット保安官です』
前日まではリーダーの死を盛んに報じていたホワイトテイル自警団の海賊放送が唐突に再開されると。
なんとそこに彼らのリーダーを殺害した犯人自らが声明を発表しはじめたのだ。
『昨日、イーライは死亡しました。ホワイトテイル自警団を立ち上げ、早くからエデンズ・ゲートの危険性を訴えてきた彼は――まさしくこのホープカウンティの英雄でした。
そして今日、私は皆さんに伝えることがあります。
ジェイコブ・シードと彼の部下もまた死亡しました。今から数時間前、ホワイトテイル自警団はジェイコブ暗殺に成功し。奴が占拠していたバンカーを襲撃、囚われていた人々を救出したのです。
私はこの知らせを皆さんに伝えるとともに、宣言します――ホワイトテイル・マウンテンは解放されました。もうここでペギーに怯えることはありません」
事実だけを伝えようとしているのか、その声は妙に落ちついていた。その言葉を聞いた人々はみな、疑問は依然として残ってはいるものの、もたらされた良い知らせでそれも砂のようにサラサラと消え。あとに湧き上がってくるのは歓喜――。
『ですが皆さん、喜ぶにはまだ早すぎます。
私たちにはようやく、あの時の日常が戻ろうとしています。だからこそ皆さんには考えてほしいのです――あなたはペギーを再び隣人として迎えることができますか、と。
彼らは今も、ホランドバレー、ヘンベインリバーに。山に、森に、谷に隠れ住んでいます。
彼らは今でも、姿を隠しているジョセフ・シードが。自分たちの前に姿を見せる日が来るのだと信じて、隠れています。
彼らは今でも、その日に私たちに再び銃口を向けることに躊躇はしないでしょう。
だからこそ私たちは考えなくてはなりません。今こそ、真剣に!
あの日常が戻ってきた時に、まだ銃を隠し持つペギーが隣人として戻ってこないホープカウンティをどうやって実現するか』
勝利と共に与えられた新しい疑問。
それは甘い匂いのする、誘惑に満ちた言葉がちりばめられていた。
彼らが答えを出すと、その前には天に立ち昇る炎の柱が見えるだろう。皆は気付かず――抵抗しないままそれにひきよせられていく。
『解放はもはや目前まで来ています。
私たちが愛した自由の国へ戻るのは、私たちが愛した日常が戻るのは遠い未来の話ではありません。だから今こそ武器を取り、必要なことをみんなでやりましょう。
ホワイトテイル自警団は私と共にそれを始めています。皆さんも、この意思の力を強いものへと変えてください。私たちの未来に、家族が笑って過ごせる安全と安心のホープカウンティを取り戻してください』
この言葉が繰り返して流された――。
ホープカウンティではこの言葉を聞いて、報復心にからめとられるではなく。他とは違う反応を示した人々もいた。
ダッチはジェシカの言葉を聞いて震えていた。
「何を言い出すんだ、ジェシカ!?」と口に出したが、答えは返っては来ない。
そして思い出してしまう。
昔、彼は水辺で一人の男を助けた。それは良い事であったはずなのに、時間が過ぎるにつれて自分は間違いを犯したのではないかと苦しむ羽目になった。
そして彼は再び水辺で――今度は女を助けた。
自分の過去の間違いを正せるのでは、そんな勝手な希望を抱き。狂気に侵され始めたホープカウンティを救おうとレジスタンスの結成を口にした。
老人はどちらにも希望を求めたはずなのに。
また、なにかが間違ってきてしまっているとでもいうのか!?
(なぜだ、どうしてだ) 考えてもやはり答えはない。
自分はこんなことは望んでいなかった。自分はただ。自分は――そこで気が付いた。
――このレジスタンスはどこを目指し。どうやってこの”戦争”を終わらせるのか
まったく自分は考えてなかったということを。
シードの一族を排除し、信者たちを武装解除させればいい。そのくらいはわかってる。だが、どうやってそれを実行させるか。それは――わかってなかった。
饒舌に戦うのだと口を開けば騒いできた老人は、再び沈黙をまとう。
自分がまた間違いを犯したのではないか――罪を重ねたのではという疑心が、思いを深くさせ。彼を救うものはやはりどこにもない。
ジェシカの無事を知らせたハークと、その親族であるシャーキーは自然を貫いていた。
ショットガンに火炎放射器の調整を続け、自慢のバズーカと爆発物を並べている。準備は出来ている、あとは飛び出すのはいつだってことだけだ。
「やっぱり保安官だったろ。しかし、面白いことになっちまったなぁ」
「そうか?そうでもないだろう。
この戦争は彼女が始めたことだ。俺は最後まで付き合うって、もう決めてたからな」
それだけを言葉を交わすと、黙ってその時が来るのを待つ。
彼らにはジェシカの言葉は別段驚くものではなかったということか。
グレースはジェスの背後に立つ。
この寡黙な少女の背中は、この非常事態をむしろ歓迎しているようだ。道具を調べ上げ、殺意をむきだしにここから飛び出していくのが待ちきれないのだろう。
「――いよいよあいつらを皆殺しにできるんだよね。ようやくだよ、ようやく」
「そのようね。それがうれしいの?」
「そりゃそうだよ。ずっとそうなればいいって、アタシは思ってきたんだから」
家族を奪われ、ねじ曲がった復讐心に囚われた少女はそれは簡単な事のように口にする。
それはかつての自分――そしてきっとジェシカも姿を重ねることのできる背中だ。
若く、何も知らない。自分が何をするのかもわかってはいない。
だがそこにいるなら嫌でも彼女は知ることになるのだ――。
「保安官無事だって事、信じてなかった?」
「――そうね、あの時は信じられなかったわ」
「だよね」
答えながらグレースは特にジェシカのことで自分が動揺していないことに――少し驚いた。
なにがあったのか、どういう経緯を経たか。とにかくジェシカはこのホープカウンティの混乱を”戦争”として決着させることに決断した。
話し合ったことはなかったが、以前の彼女ならどこかに迷いがあるように感じていたが。
彼女は悩むことをやめたらしい。
そして実をいえば――グレースも戦争を望んでいた。あの場所を強く恋焦がれていた。
彼女も結局は軍によって作り変えられた武器だったのだ。その手に握るライフルは娯楽や護身のために必要というわけじゃない。
これで人を撃つ、仕事のために必要なものだった。
自分がこうして理性的にふるまえるのは経験と今が””ではないってことだけなのだろう。
「ジェス。あの話を覚えてる?」
「え、どれ?」
「この騒ぎが終わった後の事よ。前にも話したでしょ」
「ああ、軍に行けってやつ?そのつもりはないって言っただろ」
「いいえ。やっぱりあなたは軍に行くべきよ。そうしなさい」
「命令ってわけ?従うと思ってるの?」
「あなた言ったわ。ペギーを皆殺しにするまでは、先の事なんて考えられないって」
「ああ、言ったよ。それが?」
「あなたは軍に行くのよ、ジェス。でもそのまえにその両目をしっかり開けて見ておくといいわ」
「グレース?」
「あなたには先に本物の戦場を見せてあげる。そしたら考えなさい、自分でどうすべきかってね。考たらいいわ、答えはきっともう出ているから」
ジェスは振り向くが、グレースはすでに背中を向けて立ち去るところであった。