手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

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物事の終わりは、新たな混沌の始まりへ。
次回投稿は明後日を予定。


Pillar of Fire

主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。

(ヨブ記 第1章7節 より)

 

 

 車内には保安官たちが乗り込んでいるが、誰も口を開こうとはしない。

 私も運転をするだけで、彼らと何かを話しあうつもりもない――。

 

 今日、私たちはジョセフ・シードを逮捕する。

 

 

 70時間前――。

 

 フランスでもそこそこに知られていると自負するホテル、アルタイルのパーティ会場は準備が終わり。

 客人たちの警備チームとやらがチェックを入れ、45分遅れでそこに人が入っていくのを見て。ホテルの関係者はようやくホッと胸をなでおろした。

 

 男女をとわず、皆が同じスーツ姿だがそのすべてが上客たちだ。機嫌を損ねたくはない。

 

 彼らは元は世界の戦場で活動していた武器商人、もしくは武器洗浄屋。つまり元ドレビン達であった。

 表向き彼らは”まっとうな商売”へと転身したことになっている。そして今、彼らは新しい生活の第1歩を――失敗したところだ。

 

 寒暖の終わる気配のない会場に、銀のスプーンによって奏でられるグラスの音色が皆の沈黙を求める。

 その道具を机へと戻すとたっている男は。かつては893のドレビンであった男は、快活に声を上げた。

 

「今日、我々はここに我らの警備担当がブチ切れるのも構わずに宴席を用意した。なにぶん急な事だったし、ホテル側もよくやってくれたおかげで諸君らの席は用意された。まずは彼らに感謝し、上品にこの時間を楽しんでもらいたいと思う」

 

 ここまでは挨拶。

 笑顔だった男の目に、別の感情が浮かび始めた。

 

「すべては5年前のことだ!

 我々はついに解放された、自由を得た!……そして皆で決めた、これからはこの世界に良いものを残せるよう。なにかをなそうと。

 自分たちの足で立ち。自分たちの手で、可能であれば力ある者たちをしばりつける鎖となれるように、と。

 

 諸君――残念だが、我々にはまだ力が足りなかった。

 今更なにがどうなるなどと、ここで報告などするつもりはない。これから何が起きて、どうなるのか――それはここにいる全員がすでに分かっていることだ。

 

 我々は負けた!

 人類は、またも負けたのだ!

 だが……暴力は再び、無垢な市民を傷つけ。争いが巨大な市場に札束を生み出す原動力として歓迎されるだろう――稼ぎ時ってことだ」

 

 小さな笑いが起こる。

 だがそれは彼ら全員の暗い、そして重い記憶からでるものだ。

 

「我々ができることはもう何もない。この会場を出れば、できるだけ集まることなく散ってもらう。しばしの別れとなる、友よ。

 だがその前に、このくやしさを忘れないよう。ここで存分に楽しんでいってほしい――次の戦争。次の、次の戦争に備えて」

 

――乾杯

 

 敗北に苦みは涼やかな味ではあったが、それもまた彼らの記憶に刻み込まれるのだろう。

 彼らは負けた。もはやここから先は、観測する側に立って勝者が全てを奪いつくすさまを見届けてやることしかできない。

 

 ロイドはそうした友人たちの中でしばし談笑すると、立ち上がって警備に預けていた通信機を返してもらう。

 もちろんアメリカにいる部下に、彼のオフィスへと連絡するためだ。

 

「私だ、終わったよ。そっちはどうなってる?」

『……』

「それは必要ない、そこから見下ろす町を気に入っているんでね。とりあえずは危険なものは全部持ち出してくれ、あとはそのままでいい」

『……』

「ああ、そうだ。そういうことだ」

『……』

「いや、考え直す気はない。お前たちは自分の安全を考えればいい。こっちは勝手にやるつもりだ、半月ほど休暇ってことにしよう。ボーナスも出すよ、もちろん」

『……』

「そちらもな。ではまた会おう」

 

 元ドレビンは公式には武器商人を引退したことにはなっているが、だからといって過去の因縁が解消されることはない。

 こういうきな臭い状態に陥ると、途端に面倒の種になりそうだと考えられ。犬を放たれていないとも限らない――だから彼らは世界から隠れるのだ。そうして嵐が通り過ぎるのを待ち、再び地上へと戻る――もう地下で商売するのはごめんだ、というように。

 

 とはいえ、かつての悪習は断ちがたいものでもある。

 ロイドのように灰色の道をあえて選ぶドレビンだって。まぁ、いてもおかしくはないだろう。

 

 

――――――――――

 

 

「ルーキー、俺達はどこに向かってる?」

「ジョセフのいる場所へ」

「それはわかってる。だがね、それがどこかはわかってはいないだろう?ペギー狩りの連中もそう言ってた」

「――いいえ、アーロン。わかってます」

「……どこだ?」

 

 助手席でけげんな表情を浮かべる彼を見ることなく、前方を見つめ続ける私は短く答える。

 私たちの全ての始まりの場所へ。あそこにアイツは”待って”いる、と。

 

 

 12時間前――。

 

 エージェント・ウィリスは現在、日本の色町でちょっとした英気を養っている真っ最中。

 アジアの女は等しく童顔で好みではないが。店でもトップレベルとなると、体つきは間違いなく合格点を与えてあげてもいい。サービスもテクもしっかりしたもので、さすがは”おもてなしの国”だと自慢することだけはある。荒くなる息と襲ってくる高揚感、素晴らしい!

 

 とはいえそんなことをしていました、などと本国に知られるのはマズイ。連絡を絶ち、5時間ほど前から現地に侵入していることになっているはずだが――もう少しくらいは楽しんだって良いだろう?

 

 

 同時刻、ホワイトハウスの一番権威のある部屋で仕事をしていた大統領の下に緊急事態の知らせが飛び込んでくる。

 警備はすぐさま動き、32億のトップに立つ指導者の安全のため作戦指令室へと導いていく。

 

 そこにはすでに険しい顔をした3軍の将軍たちが待っており、入ってくる情報のいくつもが。この国が攻撃を受ける危険レベルをこえたと騒ぎ立てていた。

 

「大統領!」

「どうしたんだ。なにがあった?」

「3分ほど前ですが、衛星が敵の動きを察知しました。すでに――」

「そういうのはいい!あいつらはなにをしようとしている!?それを話せっ」

「――はい」

 

 感情的で、エゴの塊、戦争も知らず、犯罪も恐れない危険で最悪の大統領。メディはそう言ってことあるごとに合唱を繰り返しているが、それでもこの人物は白人たちからは暑い視線を受け、人気がある。

 これから厳しい状況になる中、彼にそれを乗り越えるだけの胆力があることを――神に祈らなくてはならないかもしれない。

 

 

 そこはアジアの海岸線であった。

 この日は少し曇り空、というか大陸から流れてくる雲はここに澄み渡る晴れた青空を見せまいといつからかずっと停滞していた。

 そこに用意された滑走路に続く、地下をえぐって作られたバンカーがゆっくりと開こうとしていた。

 

 そして彼らの待望の新兵器。それがゆっくりと奥から姿を見せる。

 巨獣だ――。

 

 鋼鉄の歯車がかみ合う音と共にその大きな体を揺らし、大地を踏みしめ、歩き出した。

 それは新たなメタルギア。

 彼らの言葉で漢字一文字のみのそれは。しかし本来であればこの国が開発した兵器などではなかった――。

 

 

 21世紀の初め。

 シャドーモセスの事件は公開されることはなかったが。その余波は世界に少なからず混乱を与え、のちにその事件を伝える事件に参加したひとりのジャーナリストによって確認された。

 そしてこれは2つのものを世界に解き放った。

 ひとつはこの事件の中心にあったとされる米陸軍の新兵器、メタルギアREXの設計図。

 そしてもうひとつはこの事件に関与したとされる。英雄、ソリッド・スネークとその一味が設立した反メタルギア財団、フィランソロピー。

 

 核搭載戦車の設計図に興味を持たない国はなく。

 それに手を出す国に対し、かなり大胆で激怒させるに十分な活動でもって新たな亜種の誕生を阻止してきた反メタルギアの活動家達は、10年近い間。闇で動き、最後には太陽の下へと暴露するという争いを続けていた。

 

 当初はEUで次々と発覚。のちにはアフリカ、南米へと広がっていったが。

 それは皮肉なことにEUの主要国が廃棄した計画が流れ落ちていった結果がそうであった、という現実であった。そして下に落ちていくたびに、流れ落ちる血の量とそれに触れるものの格もまた。落ちる一方となってしまった。

 

 アフリカでは将軍がメタルギアをもって革命を起こすつもりではないかとの疑惑により。国をひっくり返すほど粛清が叫ばれ、実行された。

 南米ではついには政府を掌握せんとした巨大な麻薬カルテルに。フィランソロピーは狡猾に米国の暗殺部隊を誘導しつつ。このメタルギアが決して表で使われることがないようにと、証拠と共に声を上げ。実際には破壊まで行ったという噂がある。

 もちろんこれは公式のものではない――公式ではCIAと協力した世界最高の潜入部隊による破壊工作の一環として破壊された、ということにされていた。

 

 

 そして争いを欲するアジアに今、この骨董品とも呼べるシロモノが姿を見せた。

 ただ問題は、それを止めるはずのフィランソロピーはすでに活動を停止していたということだろう。これにもまた、理由があった。

 5年前、あの愛国者たちの野望が終わると同時に世界にはメタルギアは忌むべき兵器、過去の遺物であるとする認識が広がっていった。それゆえに軍事開発の分野で新たなメタルギアに関する情報は消え。それをもってフィランソロピーも又、活動を停止したという経緯があった。

 

 だが、生まれたものはなかったことにはできない。

 それが真実なのだ。

 

 反メタルギアの勢いが小さくなるのを確認したかのように。

 大国が撃ち捨てられていた残骸ごとアジアにメタルギアを持ち込んでいたのだ。

 それは彼らの指示と援助の元、再構築され、新たな技術も採用された。そして再び世界を恐怖に満たそうと現れたのだ。それに続いて、23メートルくらいはありそうな”弾頭”を乗せた車両が続く。

 

 もはや考える必要もなかった。

 メタルギアの真骨頂、その背負った砲台から海をこえた先。傲慢な憎き怨敵、アメリカに核を発射しようというのだ!

 

 

――――――――――

 

 

 そこはシルバーレイクの中央に位置する小島、そして小さな集落でしかなかったが。

 だがあの時、ヘリはここへと降り。ここからジョセフを連れ出そうとして――すべてが始まった。

 

 奴の子供たちを倒していく中、あいつは結局最後まで私の前に敵として立つことを拒んでいる。

 ジョンを倒し、胸に刻まれた”強欲”の痛みからくる若干の発熱の中で私はふとそんなことを思いついた。それはちょっとした妄想のようなものであったはずだが――気が付けばジェイコブのところで確信を得ることができた。

 

 半島に入り、集落を囲む壁が見えてくる。

 なんだろうか、2台の車両が門の前に止まっているようだ。なにげなく私の手が腰のデザートイーグルへと伸びるが、アーロンがその手の上から押さえて止めておけ、と訴える目向けてきた。

 

「アーロン?彼らは――」

「誰かが読んだわけじゃないんだろうがな。こういうのは、虫が知らせるってこともあるんだろう」

 

 近づくと誰なのかがわかってきた。

 グレース、シャーキー、アデレードにジェス。そしてハークもいる。

 私のここでの友人、もう戦友というしかないだろう。彼らがここで私が来るのを待ってくれたのだ。

 

「ハイ、保安官」

「グレース。みんな……」

「正直さ。俺もこの目で確かめるまでは信じられなかったけど。今のアンタを見て安心したよ、ジェシカ」

「な?だから言っただろ。俺の言う通りだったって!」

「このやかましいのを助けてくれて本当によかったよ。礼も言いたかった」

「……そんなに言われるほどのことはやってないかも」

「ああ、わかるよ。なんせこいつ、ハーク・ドラヴマン・ジュニア様だからな」

「それさ。絶対に褒めてないよな?そうだよな!?」

 

 どうやら騒がしい連中は元気だったようだ。

 

「アデレード?」

「――本当はね!あったら色々と文句言ってやろうと考えてたけど、なんかもういいわ。そういうの」

「え、うん」

「ついに終わらせてくれるんでしょ?なら、特等席で見させてもらう」

 

 ハグをしてくる情熱を失わない彼女は、今日は珍しくライフルを背中に抱えていた。

 

「グレース、ジェス」

「どうも」「――待ちに待った瞬間ね」

 

 なぜか最後、女性同士が残ったが。こっちはなんだかぎこちなさが残ってる。

 

「あんまり湿っぽいのも、感動っぽいのもやめましょ。なんだかそこだけは、私たちには得意じゃないから」

「だね」「わかった――始めるわ」

 

 それだけ告げると同僚たちの元へと戻る。

 もういいのか?問うてくるアーロンに、もういいのだと伝えた。

 

 私が先頭に立って門の前に立ち、開くように要求する。

 聞くつもりがないならその時はハークのバズーカで吹っ飛ばし、この村は焼き尽くすとまで付け加えた。扉は開かれた――。

 

 

 怯えを含んだ昏い視線が、道を歩いて進む私たちに向けられていた。

 それはあの夜でもそうだったが、あの時とは状況は綺麗にひっくり返され。もうこちらに彼らを怯える理由はない。

 

 ジョセフ・シードはあの夜と同じ教会に。あの夜とは違って、扉をあけ放った入り口で私たちを迎えた。

 

「……君は私の家族を、殉教させた。私は同じ目に合わせることも出来たが、しなかったのに」

 

 背後で同僚たちの怯えと緊張が走るのを感じた。

 でも私には何もない。なにも、感じない。不思議に冷静で、冷酷に見つめ返すだけ。

 

「なぜなら神は、今もこのすべてを見ておられる。我々の選択を吟味し、我々はそれによって裁かれるからだ。

 私は君に何度も伝えたはずだ、保安官。

 この世界はもうすぐ終わる。全ての選択によって罪が明らかにされるのだ。それが、理由なんだ」

「……らしいわね」

「この対面もまた、罪によって導かれただけに過ぎない。

 ジェシカ・ワイアット――君は君の同僚と仲間たちが拷問された、君のせいで。

 ジェシカ・ワイアット保安官――君は暴力を止めることをあきらめ、それで多くを死に追いやられた。君のせいで。

 

 銃で解決できたのか?満足したか?

 いつになれば君は銃では解決しないこともあると。対話でのみ平和が訪れるのだと理解できるんだ?

 

 君には常に選択を与えてきた――この場所で初めて出会った時から。

 そして今、この最後の時にもう一度だけチャンスを与えよう。銃を捨てろ、我々にはかまうな」

「構うな?」

「そうだ、立ち去ればいいんだ。

 忘れるな保安官、君の選択は神が見ておられるのだ、と」

 

 問われた私は答える。

 イーライのデザートイーグルを抜き、それをジョセフに突きつける。

 恐ろしく理性的な声で「ジョセフ・シード。罪びとであるお前を逮捕する」と伝える。

 

 ジョセフの目が大きく見開かれた。

 

――君には何度もチャンスを与えたのに、すべてを無駄にした!

 

 狂気の表情で攻めてくる男は叫んだが。私はそれよりも背後で動きだす大勢の気配を感じたことが気になった。

 

――君のせいでこんな状況になってしまったんだ。どうしてそれがわからない!

 

 集落の屋根の上に人影が出てきた。

 その手には片方に銃を、そしてもう片方には液体の詰まったボトルを抱えている。

 

 私の顔から血の気が引くのが分かる。

 液体の正体、あれは”祝福”に違いない。アレを今の私が吸い込めばどうなるか。

 

――人々の魂は病に侵されている。そして君は、怪物そのものだ!

 

 警告の合図を出すのが遅れた――ジョセフは狂ったように予言の一節を口にし始め。屋根の上の信者たちはそこに集まって立つ私たちに向けて液体の入ったボトルを何本もたたきつけるようにしてぶちまけた。

 

 私の世界はただそれだけで、歪む。

 

 

 ――数時間前

 

 滑走路に出てきたメタルギアらしき兵器を見て、司令部は凍り付く。

 またしても、である。

 

 もはや過去の産物として片づけられたはずのそれが、あろうことかアジアの狂った独裁者の手によって復活を果たしていた。

 そしてその爪はすぐにもこちらに飛んで来ようとしている。

 

「将軍!どうする、なにができるんだっ!」

「――ええ、まずは……」

 

 専門家として勤めて冷静に、取るべき手段を淡々と述べる。

 その間にも指示は何度も確認され、リアルタイムで準備が進んでいることも伝えられる。

 

「メタルギアとは!またあのガラクタに我が国は悩まされるとは!なんたることだっ」

「――同感です、大統領」

 

 何とも皮肉である。

 フィランソロピーがあった時、この国は率先してそれをテロリストと認定し。盛んに世界に向けて知らせていたのではなかったか?

 そしてきっと、彼らがその役目を終えたと考え解散すると。内心では「ざまぁみろ」などと笑ってもいたのではないか?

 

 滑走路にはメタルギアに続き。5つの弾頭を運ぶ他に、燃料の車両も見えていた。

 

 弾頭はどれも確認されたことのない新型で、ICBMの可能性が高いという話だ。

 とはいえ、あれが全てこの国に向けて発射されるとは思えない。きっと何発かは近くにある脅威、島国である日本に向けられるはずだ。とはいえそれも希望にしか過ぎない。

 

「あっ」

 

 それは女性の声だったが、誰も彼女は見ていなかった。

 画面の中でそそりたつメタルギアは、態勢が整ったのか。いきなり砲塔が火を噴き、発射を開始したのである。

 

 

 発射と同時にメタルギアの各部分から急速なクールダウンを行うべく冷却するすべてがサイレンの中ではじまった。

 同時に数分で新たな弾頭が搭載され、燃料の注入も行われる。

 

 どうやらこのメタルギアはこれまでのREXやRAYと違い。

 戦車というよりも砲塔に近いものか、もしくはそれだけを完成させたのか。

 

 だがすぐにその様子から新しい暖冬が発射されることがわかる。

 大統領の「チクショウ!」の声の中、最初の目標はアメリカ西海岸であるとの知らせが入ってきた。

 

 

――――――――――

 

 

 ペギーの”祝福”は訪問者たちの持つ恐怖、怒り、憎悪を暴走させた。混乱を生んだ。

 だがそれらは彼らの助けには全くならなかった。

 

 恐怖に震える保安官たちでさえ、他の怒りにとりつかれた戦士たちに負けず。襲い掛かるペギー達に牙をむいて抵抗した、容赦はしなかった。

 そしてあっさり正気を取り戻した人から、錯乱する仲間を押さえつけ。呼びかける。

 

「アーロン、大丈夫?」

「もちろんだ、お嬢さん。それより俺の部下、連中を何とかしてやってくれ」

「今やってるよ」

 

 グレースの返事にただ頷き、アーロンは周囲を見回して胸を締め付けられる。

 ほんの数分のことだと思われたが。この集落は最後の生贄となってしまった。屋根に立っていた信者たちは今はそこかしこに倒れ、動かない。

 油断をしたとは思いたくないが、ジョセフ・シードは最後になってもやってくれた。彼を信じる信者たちを、殉教者とやらに変えた。

 

――そしてその手伝いを自分たちがやってしまった

 

「やべーよ。絶対ヤベーって」

「なんだシャーキー!?」

「俺に怒るなよ、アーロン。絶対にヤベーんだよ、ジェシカがいない」

「ルーキー?」

「ああ、それにジョセフもな!」

 

 反射的に立ち上がった。少しよろけたが、確かにそれどころではない。

 

「探すんだ!急げ!」

「わかってるけど、どこにいるのかわからないんだ。まだハークたちはあんたの部下の世話で大変だしな」

「それでも――」

 

 ジョセフの悲鳴……ではない、忌々しい教えとやらの声が水辺の方角から聞こえた。

 アーロンはシャーキーと共に走り出す。

 

 

 彼らの”祝福”は私に何も与えられなかった。その代わり私は憤怒の化身となった。

 私を見下ろしていたすべてのペギーが、ジョセフとなっていた。そして惑う仲間を放り出し、私は激情にまかせて暴力をくれてやった。

 肉の上にできた傷口から噴き出す血、漏れ出る苦悶の声、襲ってくる痛みにすすり泣き、情けをせがんでくる。そのすべてのジョセフにかなわぬ最後を与え続けてやった。

 

 様々な死は私に満足感だけを与え、まったく飽きる気がしない。

 だがこのままではジョセフの数が減っていってしまう――。随分とかわいらしい声で泣き叫ぶジョセフの顔をメリケンサックを握りこんだこぶしで数発楽しませてもらうと、あっさりと顔が変形して沈黙する。

 

 その次を求めた視線の先に最後のジョセフ・シードは呆然とした様子で立っていた。

 はじかれたように水辺へと逃げる彼の後を追う。腰に飛びついて転がすと、岸から追い立てながら上を取る。いつものように「子羊が――」などと口走るこの本物っぽいジョセフにもくらわせてやろう。この私の――。

 

「よせ、それ以上はやめろ。保安官!」

「ルーキー、ルーキー!冷静になれ、そいつは逮捕するとお前が言ったんだぞ」

 

 憤怒が満足を取り上げられ、意味をなさない獣の声がのどから飛び出していく。

 まだ血を流している”だけ”のジョセフは這いずりながら水中から岸へと上がり。「父よ、彼らを憐れみください。無知が彼らを――」などと口にしていて、それが腹立たしい。

 

――戦場では感情に支配されたら負けよ

 

 私の世界に割り込んでくる彼女の声を聞いた気がした。

 それは前もって教えられていたのに、それを実践できなかった時に彼女が再び教えてくれたこと――メリル。私の――。

 

 屈強ではないとはいえ、男2人でもまったく抑えられなかった私の体から感情が抜けだすと同時に力も失っていく。

 

「落ち着いたか?」「大丈夫か、ルーキー?」

 

 私は答えた、もう大丈夫だと。興奮だけがまだ残って体を震わせていたが、メリケンサックを放り出し。私はようやく手錠にを手にジョセフに近づいていく。

 

「逮捕する、ジョセフ・シード」

ペイルライダー(第4の騎士)が……」

 

 これで終わりだ。

 モンタナの美しい自然が目の中に入ってくる。穏やかなものがここに戻ってくるはずなんだ。

 日常が戻る、世界は戻る。私は――私もまた、きっと。

 

 遠い山の青い空に走る影を見た気がした……。

 

 

――――――――――

 

 

 最強を誇るアメリカの空、陸、海。すべての軍が力を尽くした。

 わずか1時間の死力を尽くした攻防。妨害電波、迎撃ミサイル、用意したすべての方法が実行され。アメリカを守ろうとした。

 

 だがその結果は――防衛網を3発のミサイルが突破した。

 

 沈痛なその表情には恐怖、怒り、屈辱、憎悪……負の感情を押し殺し。普段では見られないほど静かになった大統領は周囲のスタッフに問う。「敵はミサイルを我が国のどこに落としたのだ」と。

 

 1発はワシントン州にむけられてはいたものの、狙いを外して太平洋側海岸付近で着水するだろう。

 2発目はネバタ州、3発目はモンタナへ――。

 

 着弾2分前、指令室はただ沈黙し。来るであろう最悪のニュースに耐えようとしていた。

 

 

 

 最初は轟音、あんなに離れているはずなのに聞こえてくる鳥たちが慌てて飛び立つ様子。

 不吉なそれはモリの中で屹立していき、私たちはただ唖然とするしかなかった。

 

「見よ!神の裁きが下ったのだ!!これが終わりだ、神が選ばれたのだ」

 

 核兵器?どうしてここに?

 いや、ペギーの通信遮断によって外の世界の様子はわからないし。ロイドも特に何も教えてはくれなかった。

 

「皆!逃げて、逃げるのよ!爆風に飲まれたら、終わりよ!」

 

 私の言葉が終わる前にグレースは皆を車に追い立て始める。

 私もアーロンたちに声をかけ、ジョセフを車に放り込む。残念だがここから仲良く列をなして逃げることは出来ない。彼らの無事を祈るべきなんだろうが、そもそもこちらも無事に逃げられるとは限らない。

 

 エンジンをかける間に助手席のアーロンが「バンカーだ。ダッチのところがいい!」と叫ぶ。

 なるほど、それは名案だろうと思った。

 グレースたちもこれからどこかのバンカーに飛び込んでいくのだろうが。そこにこのジョセフ・シードを連れて行ってはマズいことになるのはわかる。だがダッチのバンカーなら……老人がひとりだけだ。

 

 

 2台の車両が並んで集落から飛び出し、一般道で左右に分かれた瞬間に次の衝撃が襲った。

 走らせる車の表面からチリチリという音と共に鉄が焼ける匂いがする。それが間違いではないと証明するように森に火があふれ出すと、衝撃に耐えきれずに砕かれた木々が崩れ落ちていくのを見た。

 

「走れ、走れ!とにかく動ける限り走らせろ、ルーキー!」

 

 車内は混乱のるつぼと化した。

 ジョセフは相変わらずのクソッタレな予言をとうとうと読み上げ。同僚たちはまたしても錯乱して思ったことをただ口に出してわめいている。

 今度ばかりは私もはっきりと感じられる身の危険から、必死になっている。

 

 後方へと流れていく景色の中、様々なものを見た気がした。

 親子らしき鹿が、火の森を走っている。

 道路のわきで燃えながら静かに崩れ落ちていく人の姿。

 爆発音を響かせ、火を噴き上げる家や納屋。脇に止められていた車たち。

 

 破壊が全てを飲み込もうとしていた――。

 

 

 結局、覚えているのはそこまでだった。

 次に覚えているのは暗くわずかにつながる意識の中、車は窓ガラスが全て壊れ、エンジンは沈黙し。静かに傾いてひっくり返った。

 保安官たちは席に着いたまま、皆が意識がないようだ。

 ところがそこに歌が聞こえてくる。アメージンググレース、不愉快な日に満たされた世界でも。それは快活な響きで、ジョセフが歌っていた。

 

 

 暗闇の中で私は何となく最初の時を思い出していたようだ。

 連邦保安官と州境を目指しての逃走、でもあいつらはそれを許すつもりはなかった。

 橋に追い立てられ、遂に湖に放り出された。連邦保安官はそのままエデンズ・げーろにとらわれ、私はダッチに助けられた――。

 

 

 声がした。

 

 確かに声だった。ラジオの声。

 

 危険を訴える政府広報?あともうひとつ、もうひとつは――。

 

 私の名を繰り返して呼ぶ、ダッチの声。小さく、か細い。ダッチ1?

 

 

 意識が急激に戻ってくると、体が飛び跳ね。同時に痛みが襲い、また私は自分がなぜか依然と同じように私自身の手錠で拘束されていることを理解した。

 苦痛を唇をかんで噛み殺し、周囲を確認しようと左右に激しく動かしつつ、自分の状態を探ろうとする。

 

 どうやってかわからないが、そこはダッチのバンカーの中だとすぐに分かった。

 そしてどうしてかはわからないが、ダッチに再び私は拘束されている?違う、ダッチはそこにいた。床の上、すでに――すでにこと切れている。

 

「私はあきらめない、保安官。神はまだ待っている、やってきた未来に旅立つときのために。エデンの門へとむかうために」

 

 奴はいた。

 ジョセフ・シード、ラジオの前に立ち。備え付けのベットの足を通して私をまた拘束し、こちらを見下ろしている。

 

「ラジオの言葉は聞いたな?政治家たちは沈黙した、民がそれを必要とする時に。世界が神の炎によって浄化されたということ。

 つまりは私が正しかった――我々の知る世界はもうどこにもなく。崩壊が、ついに訪れたのだということ。

 

 長かった――待っていた。

 

 そしてこの時のために家族に備えさせようとした。

 だが……君は彼らを奪った。私は君をこの手で殺すべきなのだろう。そう思えてしまう」

 

 ジョセフはそう言いながら私の瞳の中を覗こうとしたが。私は顔を付してあえて目を合わせなかった。

 今の私は、この男からどのように見えるのだろう?

 絶望から力を失った女?

 神とやらの恐れに震える女?

 

「だが私はやはりそうは選ばないのだろう。

 なぜならもう私には君だけが――ここで家族と呼べるものはいないから」

「っ!?」

 

 全身の毛が総毛だった、不快さに吐き気どころか血を吐き出すかと思った。

 かなうなら今すぐにこの手に自由を取り戻し、しかるべき力でこの男の命を終わらせてやると思った。

 殺意のこもった憎悪の目を、ジョセフに向けてしまった――。

 

「新たな世界を、我々は新たな家族として旅立つことになる。

 ジェシカ・ワイアット……私はお前の(ファーザー)だ、そしてお前は私の娘だ。我々は新しい世界を親子として、新たなエデンをこの地上に誕生させることになる」

「それが、あんたの予言?」

 

 私の問いにジョセフは答えない。ただ満足げにうなづき、自分の言葉に酔っているようだ。

 

「君と私でエデンの門へと歩もう」

 

 椅子に腰を掛け。柔らかな笑顔をこちらに向ける。

 まるで本当にこれまでのことすべてを水に流してやったのだというように。私を許してやったのだというように。

 

 

 しばらくするとジョセフは立ち上がった。

 ラジオが何かを言っているが、周波数が会わないせいかよく聞き取れないからだろう。

 私はずっと再びうつむくと何もしなかったが。左の上腕にある傷口に右手の指を持っていくと、縫い目に爪を立て切っていく。この中にある”道具”をとりだす必要があったから――。

 

 

 私の血が噴き出し、指を伝ってバンカーの余暇を汚し始めるころ。私は右手のそれを隠し持ち、再びうつむいてその時を待った。

 

――いいか、ルーキー

――あとはお前がどうにかしろ

――奴を、ジョセフ・シードを止めるんだ。必要な事をしろ。

 

 ラジオの内容がお気に召さないのか。

 それとも電波の調子が悪いことに腹を立てたか。ジョセフはなにやら怒りはじめるが、私は気にしないふりを続ける。

 今はまだ力を失った罪人である必要がある。その時まで、その時まで。

 

 私はエデンズ・ゲートのペイルライダー(死を司るもの)

 彼らの言葉に耳を貸さず。彼らの家族を灰に変え、彼らのエデンを焼き払う。

 私の正義は、何があったとしても揺らぐことはない――。


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