「テープが完成したって?」
「はい、ジョン」
「それを待っていた。すぐに見たい」
「もちろんです」
信者たちはそう応じると、PCを操作して完成したばかりのものを再生する。
『我々は皆、罪人なのだ――ファーザーでさえも、そうだ』
背後で明るくも荘厳な曲を流しつつ。柔和な笑顔を浮かべた信者たちの肩に手を置いたジョンのトークはそのまま続く。
「悪く無いな。なにより俺が良く映っている。それも当然か」
芝居じみた物言いだが、周囲から追従の笑いが漏れるのも気分がいい。
『それこそが――イエス』
イエスの合唱に続いて、トンプソン保安官助手――捕われた政府の犬。盲目の人々のひとりをジョンの前に押し出される。
彼女は拘束され、口も閉ざされて目は落ち着きなく左右に動き続けている。明らかにおびえているのだが、それもジョンの狙い通り。
ここのあたりは本当に大変だった。
ジョセフの意思を汲んで、指導するものとしての慈愛の心を前面にしながら。
しかしその一方で明らかな特定の犯行者たちに向けてメッセージを込めてもいる。彼らはその意味を考え、理解し、震えながらその瞬間が来るのをただ祈るしかないのだ。
「早速、この映像はホランドバレーに流せ。ジョセフの。いや、エデンズゲートが実現しようとする千年王国のはじまりを、皆が感じ取れるよう。なにより喜びを共有したい。これは我々の勝利のための――」
仕事はあまりうまくいってない。
このエデンズゲートの偉大な展望を公然と狂人と呼んで非難するレジスタンスなるものが、ジョセフの手から零れ落ちたひとりの保安官が主導して邪魔を始めているからだ。それはとても不愉快極まりない話であり。
この問題を考えただけで、怒りで我を忘れそうにもなる。
だが――。
それではいけない。ジョセフの言葉を疑ったりはしない。今は迫る予言の日に向け、それぞれがこの世界を救うために戦わなくてはならないのだ。
我々の強固な信仰に抵抗することを目的としただけのレジスタンスなんて馬鹿なものを。このジョンが先頭に立って、力で制圧したのでは”話が違ってきてしまう”のだ。
――力では、解決できないこともある
そうだ、その通りのはずだ。
信者が「今から放送を開始します」と言うと、ディスプレイに再び映像が流れ始める。これで次の一歩をはじめることができる。
そう思いつつ皆でそれを実行し、満足感とわずかな喜びを分かち合っているジョン達の元に新しい凶報が転がり込んできた。
部屋の中から慌てて機材を抱えて退散していく信者の背後から、ヒステリックに叫びながらそこで暴れるジョンの怒声と残された機材の破壊音だけが聞こえてくる。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
グレースとブーマーと共にニック&サンズ航空に到着すると、すでに騒ぎは終わっていた。そして勝利したにもかかわらず、そこには困惑と嘆きに満ちている――どうしてこうなった?
どうやらペギーはニックもついでの駄賃に殺しておこうとでも思ったようだが。エド達が武装車両――デス・ウィッシュで駆けつけてきたことでさっさとあきらめ。当初の目的だけを果たし、飛行機だけを奪うと立ち去っていた。
どうやらニックの話では、ペギーは他の飛行機も以前から欲しがっていたようで。こんな日が来るのではないかと恐れていたらしい。
とはいえ、問題はこの後だ。
まずは緑と黒にペイントされた、派手な武装車両の前で呆れてみせた。
「あなた達、そんな物騒な兵器をどこで手に入れたの?」
「心ある市民から提供してもらったんだ、保安官」
「まぁ、ちょっとばかし。危険な目にもあったりもしたけどよ」
「危険って?」
「ペギー共の占拠した工場から、盗んできたんだ。スゲーだろ!?」
「ええ……そうね。感心した」
「俺達、使えるぜ?わかってんだろ、保安官」
「そのようね」
「へへへ」
「その調子でもうひとつ頼むわ。ペギーから、ニックの飛行機を取り戻すの。今夜中に私達でね」
真っ青な顔になる3人を置いてジェシカはグレースを手招きして呼んだ。
エド&ジェイク、それとナディアは結局自分たちの存在を改めて証明してくれた。
保安官らを乗せてシード農場に突入したデス・ウィッシュは。ニックの愛する相棒のカタリナとヘリを奪取すると夜の闇の中へと消えていった。
反撃されるなど考えていなかったせいで完全に気を抜いていたペギー達は、この襲撃でいとも簡単に浮足立ち。
気が付いた時には遠くに立ち去っていくその後ろ姿を半ば呆然と見守ることしかできなかったのだ。
結局、この事件でフォールズエンドに続くジェシカの大勝利をカウンティ―ホープ中に知らしめることになる――。
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それから数日は、静かに過ぎていった。
するとそれまでの混乱の中にあった状況が、少しずつではあるがわかるようになってくる。
朗報としては、ホランドバレーでのジョンの支配力はまだまだ完璧とは言い難いことが分かった。
ペギーの手を逃れた人々の多くは、山野に隠れて息をひそめているらしいこと。
ジョンは彼らの資産を回収することに必死で、そんな彼らを引きずり出すことにはあまり重要視していないようだということ。
牧場に放り出された畜産はペギーの手で勝手に食肉へと加工されており、これをこのまま許すなら。2か月もしないうちにホランドバレーの牧場から牛の姿は一頭もいなくなるだろうとフォールズエンドの住人たちは顔を暗くしているらしいこと。
反対に蜂起いらい連戦連勝の大勝利にわいたレジスタンスだが、残念ながらその未来は限りなく暗いものとなりそうだ。
時間がたつごとに、逃げ延びた人々がフォールズエンドに集まってくる気配はあるものの。ここには必要な物資があまりにも少ない。
あれから何度か、ペギーが道を走らせている輸送車を襲い。敵の武器と弾薬を奪ったりもしたが、それでも十分というには程遠い状態にあった。
ダッチにメアリー、ジョーンズ神父などは地元住民が隠し持っている武器を集めれば何とかなるのでは、と口にしていたが。
私は全くそうは思わない。プレッパーの残した物資なんてものは、ペギーだって当然のように狙っているはずなのだから。これをお互いが取りあうなんて――。
それでも希望がないわけではない。
あの自称CIAのエージェントを名乗った男がこの州の外に出て、約束を守ってくれたのなら。わずかにだが可能性はある。しかしそれだってどうなるのか、時間がたたねばわからない。
週をまたぐと、私はその日はフォールズエンドを出てまっすぐにニックの社屋へと訪れた。
彼の相棒を取り戻した後。ここから脱出を考えていたニックに、彼の妻は力強く残って戦うことを主張してくれた。そうしてニックも、レジスタンスへの参加を決断してくれていた。
「よォ、保安官。今日はなにか?俺の力が必要かい?」
「ええ、それなんだけど。実は――ちょっとしたクルーズができないか。相談しに来たのよ」
「あんたなら構わないけど、余裕だね。そうそう、あんたがヘリを飛ばせるなんて知らなかったよ」
あの時はシード牧場に敷かれた滑走路には、いくつかの飛行機が並んでいたが。
ニックがその中から自分のカタリナに飛び乗る中、私はといえばヘリの一機に飛び乗ったのだ。L.A.での私の趣味はエキセントリックなものが多かったのだが、そのひとつがこのヘリの操縦免許ということになる。
「こっちの飛行機にも乗りたかったんだけど、あの時はヘリを動かせればもう十分って気になっちゃったのよ。自家用機、なんてあまりにも現実味がないってね」
「そりゃ、失敗だったね。こっちも悪く無いはずさ」
「それでお願いがあるんだけど、あなたのカタリナを私に貸してくれないかしら?」
「――えっ、それ本気かい?というより、墜落しないと保証できるのか?」
「先生が一緒にいれば、大丈夫だと思うけど」
「わかった。急いで複座を用意するから、もう一度だけ今の自分が冷静なのか。考えておいてくれ、ジェシカ保安官」
不安な表情を見せながらも、ニックは嬉しいことに許可してくれた。
ほんの少しだけ滑走路を走っただけで、簡単に飛び上がる機体に驚く。
「どうだい、保安官。飛ぶのは簡単だったろ?」
「本当ね。もっと重いものだと思ってた」
「それじゃ、もう少し北まで飛んだら、西回りで川の上を低空飛行してみよう」
「わかった」
林の上を飛ぶカタリナを、指示に従って左にゆっくりと旋回させながら川の上へと移動していく。
「このまま川沿いに沿って。気楽に飛ばしていこう」
「わかった」
「――保安官、こんな時に言うことじゃないが。キム――妻があんな決断を下したのはきっとあんたのことを知ったからだと思う」
「そうなの?」
「子供が腹の中にいるんだ。俺だって怖いのに、あいつがここに残るなんてもっと怖かったはず。それでもおかげで俺は、ここに町ができる前から住んでいたライ家の土地を失わずに済んだ」
「……」
「このカタリナを奪われてさ。泣くしかなかったよ。
チクショウ、なんでこんな目にってさ。でもそうだ、親父も爺さんも。ずっとこの土地を守ってきた。色々あったはずだけど、俺にそれを継がせてくれた。
今度は俺もって、そう思ってたのにって――馬鹿だよな。そうだ、俺1人ならペギーでもなんでも戦ってた。子供やアイツがいるから、俺はそれを選べずにいたんだって」
ゆったりとした流れていく川の先は途切れ、そこから先には広大な森林が広がっている。
「2人は俺にそう言えるチャンスをくれた。俺、やるよ。きっと近い将来、あのペギー共を残らずここからたたき出して見せるから」
「頼もしいわね、ニック」
「ああ、いろいろと頼ってくれていいぜ。保安官」
「それじゃ、さっそくで悪いんだけど。このまま寄り道をしてもいいかしら?」
「燃料は満タンにしてる」「それだけじゃ足りないのよ」「なんだって?」
ジョン・シードはなぜかわからないが、こちらの行動にほとんど反応を見せようとしていない。
せいぜい映像や無線でもって、脅してくるくらいだ。奴らはレジスタンスに手を出さない理由があるのだろうか?それが知りたいと思っていた。
「あなたのカタリナ、銃に弾は装填されてる?」
「もちろんだ、保安官」
「そう、よかった」
必死に回収しているペギー達は、奪った物資をできるだけ早くサイロへと移動させようとしていることが神父から聞かされて分かっていた。
物資がそこに詰め込まれれば、ジョンはそこに人を置くし。警戒ももっと厳重なものとなる。何よりも一番の問題は、そこから奪取しようとしても簡単にはいかないということだ。
それならどうする?
もちろんアメリカ式でやってやればいい。
ペギーに奪われ、サイロに積み込まれる物資はレジスタンスのものとはならない。
それなら、ペギーのものにだってさせなければいい。
この日、ホランドバレーの空を飛び回る飛行機は。
エデンズ・ゲートのサイロや私物に対して襲撃を行い、それらすべてを破壊してしまった――。
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ジョン・シードは窓から入る夜の星の輝き以外の光を嫌っているかのように、ひとりで真っ暗な部屋の中。その目は瞬きをすることなく、人形のように座った状態から身動き一つとろうとはしない。
それでも彼が生きているとわかるのは、時折呼吸が感情を高ぶらせるのを抑えようと何度も急に荒くしているからだ。
彼は家族の中で一番早くに仕事を進めていたが。
誕生してしまったレジスタンスの活動をまったく抑えることができないまま、なにがしか多くのものを無駄にされてしまっていた。
ニック・ライから必要な飛行機を回収すれば。
自宅まで押しかけられては、盗んだものにヘリまで加えられて逆に持ち去られてしまった。
さらに今日は、回収の次の段階として進めていた各地に散らばっている倉庫代わりに選別していたサイロが攻撃され、役立たずにされてしまった。何よりも許せないのは、それをニックの飛行機であの保安官の手で行われたという事実。
怒りを押し殺し、ジョンが自ら「自分の罪を重ねるものではない」と忠告してやったのに。
その返答がこれだというのか!?
「……そうだ…いつか、お前が真実に目覚めたときは。失ったものを取り戻す難しさを学ばせてやる。はランドバレーの大地に砕いてまかれてしまった俺のイエスの言葉を、破片からかき集めさせ。それをきれいにその手で復元する作業を命じてやる――お前、ひとりだけにな。保安官」
怒りが、憎悪が止まらない。
神の天罰というものを、代行して直接あの愚かな女に教えなければ。そう、一刻も早く。
闇の中で、ジョンはおもむろにそばに置いてあった無線機に手を伸ばすと。マイクに相手も確かめずにいきなり語り始める。
「ジョンです。計画を……進めようと、思います」
メッセージは送ってある。あとはこちらの準備ができたのだと、ファーザーに認められればはじめられる。
沈黙は長くはなかった。すぐに返事がくる。
『お前に準備ができていると?その覚悟が……お前は本当に用意ができていると思うのか?』
「はい」
『ならば”接触”を許そう。お前がこの試練に打ち勝つ強さを。忘れるな、ジョン。自分の感情をコントロールするんだ』
返事は返さずに、スイッチを切った。
顔は感情が抜け落ちたかのように無表情であったが、勢い良く立ち上がった後のしぐさから感じるのは。明らかに秘めた熱を処理しきれない、それを感じさせている。
ジョンは仲間たちの元へ行くと、一枚の紙に書かれたリストと共に。計画を進める、と不気味につぶやくように宣言する。
「大がかりな採取を行う。リストに記された人間を集めろ」
「わかりました。ジョン」
「だが、この中にはあまりにも愚かすぎる上に野蛮な保安官も入っている。奴をとらえるなら、仕掛けが必要になるだろう」
「どうしますか?」
「確かジェローム神父と通じている愚か者たちがいたろう?そいつらもこの採取に加える。神父は不安にさせてやれ。そうすれば保安官に様子を見に行かせようとするはずだ。そこで例の弾丸を使って、無傷で捕らえればいい」
「――殺さなくていいのですか?」
「そうだ、殺すな。
だから例のものを使えと言った。あれで殺傷はできないからな。いいな、皆に徹底させろ。これはファーザーのご意志でもある」
てっきりメス豚を殺すように、簡単には殺すな。
そうジョンに命令されると思っていた信者たちは、ファーザーの名前まで出してそれを禁じたことが理解できなかった。理解はできなかったが――それに逆らおうと考えるものもまた、ひとりもいなかったのである。
(設定・人物紹介)
・テープ
原作ではイベント後、ホランドバレーのどこでもジョンのショーは見ることができる。ただし彼が倒されると・・・。
・寄り道
当初、ここではジェシカとニックが鼻歌交じりにサイロの襲撃や。エデンズ・ゲートがホランドバレーの山肌に用意させた。YESの看板を木っ端みじんにする描写があったのだが、長いだけなのでカット。
ジョンがキレかかっているのは、それが原因。自分の作らせた強いメッセージを破壊したのだから、そりゃ怒るわけである。