手には弓を 頭には冠を   作:鷹雪

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脱出 Ⅰ

「ジェシカは自分に流れる血が、嫌なの?憎い?」

 

 それは訓練中。唐突にメリルにそう真正面から切り込まれる聞き方をされると。私は口ごもることしかできなかった。

 

「はっきりとそれができるなら――私だってそりゃ……。

 でも、簡単じゃないんです。わかってもらえないかもしれないけど」

 

 性別を問わず、軍には自分に似た伝統の継承を求められるアメリカ人がいる。

 彼らにだってそれぞれ考えがあるだろうが。私の中に流れる先住民族の血は、もっと複雑だ。

 

 疑いが付いて回るのだ。

 怒りのようなものがさらにその後から追ってくる。

 

 人々に、学問に。歴史、国にも認められなかった部族の歴史とはなんだ?

 誰にも見向きもされないことは同じでも。気にもかけられることはない伝統などに意味があるのか?

 

 居住地に生まれてしまった不幸な若者は老人たちにこの問いかけの答えを求めていくが。彼らから戻ってくるのは、自分たちの存在を認めず。それ故に経済支援も受けられないことへの不満、怒り。今もなお傲慢な白人たちへの憎悪。

 そして理解してしまう瞬間がいつかはやってくるのだ。

 この問いへの正しい答えを彼らもいまだに知らないのだ、と。ならばこちらだって――。

 

 強い引力のように引き寄せられるのを感じ、慌てて集中力を取り戻そうとする。

 

「誰かにいきなりあれこれ言ってきて。それを納得しろと言われたら、どうします?」

「そいつが目の前にいないといいわね。あたしが殴らない理由が思いつかないわね」

「私もそうです、メリル。納得はできないし、話だってしたくない。でも嫌いにならないように、憎まないようにするために。いつも互いに距離だけは取っておく」

「そう聞くと、それがなんだか賢い選択のように聞こえる」

「ええ、そうかも。自分もそれが気に入ってるんです」

 

 見て見ぬふりをしてしまえばいいのかもしれない。いなかった、とでも思ってしまえば楽になれるかもしれない。自分をだますしかない。

 でも、簡単なことではないのだ。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 体がだるい、意識も混濁から回復しようとしている。なにがあった?

 

 ジョンの車に乗せられた後、我慢できずに途中で暴れてやったらなにかの薬をうたれたんだった。

 マズい、のんきに過去の思い出なんかにひたっていられる状況じゃない!

 

 視界はまだぼやけているが、耳のほうがだいぶ調子を取り戻してきている。

 誰かのくぐもったわめき声、そして聞き覚えのあるジョンの鼻歌が聞こえていた。

 

「目を覚ましたな、保安官?これからどんな楽しいことが起きるのか、お前にさっそく説明してやろう」

 

 暗い部屋の中、赤い非常灯と裸電球。こちらの正面には、同僚のトンプソン保安官がこちらと同じように椅子に座らされて、拘束され体の自由を奪われていた。

 そしてそんな2人の間を、ご機嫌なジョン・シードがななにごとかを準備して忙しく行き来を繰り返していた。

 

「俺の、両親が、最初に教えてくれた日のことを覚えている。

 あれは夜。わけもわからずキッチンまで引きずられ、そこに突き飛ばされた。そして何度も、何度も、何度も。殴られ、蹴られ、血を吐き出しても終わらない痛みを味わった。

 

 もう駄目だ、耐えられない。

 そう思ったとき、俺の口から出てきたのが『YES(イエス)』の言葉だった。

 

 なにか考えがあったわけじゃない。自分の中の何かが弾け、解放された。心が、救われたんだ。

 拳を俺の血で汚す両親たちを見上げ、笑みさえ浮かべられた――」

(あんたにふさわしい、クソ家族だったわけね)

「俺は探究者だったんだよ。保安官!」

 

 そこでジョンはいきなりこちらの襟に手を伸ばすと、服の襟元を力強く裂いて胸の前をあらわにさせてきた。

 羞恥心と、それ以上の怒りと恐怖で心がざわめく。抵抗しようにも拘束はきつく、もがくのも精いっぱいだった。猿轡をかまされ、怒鳴りつけることも当然できない。

 

 だがジョンは楽しそうにしている、語りもやめようとはしない。

 

「最初は、自分の心に思う通りにやっていた。

 何かを探し、見つけたら剥がし、そしてまた元に戻した。だがそれでは何も満たされることはなかった。迷っていると、ジョセフはやり方が違うのだと俺に教えてくれた。今まで俺がやっていたそれはただ奪うだけで、何の意味もない。

 誰かへの贈り物というものは、もらうものではなく、与えるものだ。そしてそれを行うには、与える側にも強い勇気が必要なんだ」

 

 奴は指を伸ばし、こちらの汗のにじむ鎖骨の近くにわずかに触れてきた。

 私の毛が総毛立つのがわかった。この野郎――。

 

「今は俺がお前に勇気を教えよう、保安官。己の弱さを認め、罪を告白し、荒れ狂う苦痛の大海を乗り切ることになろうとも。それを泳ぎ切れば、ついに自由になる!

 そこから真の贖罪への始まりとなる」

(殺す、ぶっ殺す)

「では聞こうか……始めるなら片方だけ。どちらがさきかな、保安官?」

 

 私か、トンプソンか?

 それを私に選ばせたいらしい。

 

 トンプソンの悲鳴のような鳴き声が一段と高くなる。逆に私はただ静かに無言のまま、自分の素直な感情に従い。怒りと憎悪の目をジョンにむけ続ける。私はこんな奴のくだらないショーに参加するつもりはない。

 恐怖心をあおり、私に仲間を救わせるつもりで、奴の好きなあの言葉(イエス)を言わせたいのだろうが。

 

 知ったことじゃない。

 

「これは、贖罪のための、一歩になる……わかっていないのか?馬鹿なのか?……どうした?どちらが先か、と聞いているんだぞ」

 

 奴の主催するショーの進行が狂い始めているのがわかる。苛立ち、怒りを感じ、不満で、許せないと思っている。

 だが、それで構わない。私は奴のゲームには興味ない。過去も、今も、未来でも。

 

「いいだろう!お前が先に決定だ!」

 

 ついに我慢が限界に達し、演者への怒りを周囲に置かれている荷物に当たるとジョンは私に向かい、指をさしてそう宣告してきた。

 さるぐつわの下で、私はそれをせせら笑う。そうだろう、わかってた。

 

 お前らのショーは陳腐だがら、先が読めるし退屈なんだよ――。

 

 

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 スプレッドイーグルでは、捕らえられた人々の奪還を勝利と呼んでメアリーらはレジスタンスにアルコールをふるまっていた。

 ペギーの野郎の顔にしょんべんでもひっかけてやった気分で、だいぶ悪い気はしていない。

 そのための部隊を率いた神父は彼らの間をたたえて歩き終わると、スプレッドイーグルを出て自分の教会へと戻っていく。酒場とは違い、一歩踏み出すごとにその表情は緊迫したそれへと変わっていった。

 

 教会にはグレースとエド、ジェイクらがいて。こちらはむこうとは違い、彼らの顔は一様にして暗い。

 てっきりジェシカ保安官もダッシュできると期待していたが。よりにもよって”彼女以外”戻ってくるという結果は、考えていなかったのだ。

 だからこそ神父は彼らを元気づけなくてはならなかった。

 

「皆、よくやってくれた。だが――」

「保安官はいなかった」

「ああ――その通りだ、残念だ。彼女はあの列をなしたトラックにはいなかった」

「まさかあのジョンがそこまでジェシカを気に入っているとは、思わなかったわね」

「保安官は死んだ、そう思う?神父さん」

「いや、違うだろうな。ジョンは最初から、ジェシカを捕らえると宣言していた。ジョセフが捕らえた彼らの仲間も、なにがしかの理由があった。

 だからきっと彼女は――生きている」

「あの道の先には、ペギーのバンカーしかない。ってことはよ――」

「そうだ、彼女もトンプソン保安官と共にそこにいるのだろう。

 しかし……あそこにレジスタンスはまだ手を出せない。ジョンの精鋭と武器があそこにはそろっている。こちらにはそんな武器はない」

「……」

「喜べ、と君たちに言うことはできない。だが、我々はやれることはやった。そして最悪ではない結果は出した。完全ではなかったが、この勝利でレジスタンスはしばらく戦える。今はとにかく、君たちも体を休めておくんだ」

 

 神父の言葉に沈黙でしか返せない英雄たちの気持ちを感じ取ったのか、神の家にブーマーの悲しげな声が響く。

 

 

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 思わぬチャンスが来た。

 罪人との告白は、秘密が守られるべきだなどとのたまい。ジョンが同僚を連れて部屋から出ていった。

 ここにいるのは自分だけ――始めるなら今しかない。

 

 肉厚で重厚な男であれば、自分を拘束する椅子を破壊するのに難しいことはないかもしれないが。

 こちらは元軍人、現職の保安官でもレディのはしくれなのだ。

 

 体を動かし階段まで移動し、そこから思いっきり重力に逆らって飛び上がることでようやく成し遂げることができた。体中にはしる痛みに顔を歪め、足は震える。

 断末魔のぐしゃりという音を残し、床にばらばらに散らばった椅子の残骸の中。倒れている私はそれでも歯を食いしばって耐え、すぐに立って足を動かすのだと自分を叱咤した。

 

 それでも、落ちた階段をのぼり、再びジョンの拷問部屋まで戻るだけでもやっと。

 このままでは駄目だ、そう思った。

 ここがどこかわからないものの、今からフットボールの伝説のQB(クォ―ターバック)のように出入り口まで一直線に走り抜けなければジョンの手の中から逃げきれない。しかし今の自分にはそんなことはできる力は残されていない――。

 

 

 頭を切り替えよう、このまま部屋を飛び出すのは最悪の考えだ。

 

 私はジョンの部屋の中を乱暴に散らかしていく。

 なにか脱出に役に立つものはないか?そう思ったが、あったのは鉄バット。そして――ガラス板の上に何列も作られた、白い粉。

 

(そういうこと、ジョン。これがあんたの元気の元ってわけ、クソジャンキー)

 

 あのジョンの様子から、これが間違ってもダウナー状態にする品だとは思えなかった。それでも十分、分の悪い賭けには間違いないが。

 ズキズキと痛みを訴える肉体を無視して何かを考えようとしたが、これ以上の名案なんて他にない。そりゃそうだ、これからこの身体でもって。ジョンの砦の中を鉄バットだけで切り抜けなきゃならない。相手は銃で武装しているのに、私は鉄バット。

 

 正気でいたら、そんなことができるだろうか?

 やるしかないのだ、もう考えるな――私は最後に胸いっぱいに息を吸い込み、吐いてから。顔を伏せて鼻に息を吸い込みながら、列になった粉を全て吸い上げていった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 拘束したままのもう一人の保安官を連れ、ジョンは信者たちと共にバンカーの中を歩いていた。

 今、あそこに置いてきた女が何をしでかそうとしているのか。そんなことを彼らは考えもしていない――。

 

「落ち着けよ、トンプソン保安官。さっきの彼女が、お前くらいには素直になったらまた会わせてやるよ」

 

 移動可能な椅子に拘束され、泣き続ける彼女は。あの部屋を出てからずっと「やめてくれ、許してくれ」と懇願を繰り返している。さるぐつわをかましているから、ハッキリとは聞こえないが。そう言っていることは、このジョンはちゃぁんと知っている。

 扉の向こう側に行くぞと、ジョンはついてきた信者たちに自分が扉を抜けたら外からロックするように伝えた。

 

 これからしばらくはあの頑固者の最後の生存者に道理を教えてやらなくちゃならない。

 これまではつきっきりで面倒を見てきたトンプソン保安官には、寂しいだろうが落ち着いて順番が来る日を待ってもらわないとな。

 

「トンプソン保安官。君とはしばらくお互いの――」

 

 すでに意識はこの後のジェシカとの体験に思いがいき。それを悟られまいと語り始めたジョンの背後で金庫室並みの重厚な扉が閉まる音がした。

 だが続けて、不快な衝撃音が走り。ジョンも拘束された保安官も驚き、思わず背後を振り向いた。

 

 それは扉を破るにはまるで力が足りなかったが。

 扉ののぞき窓が真っ赤に染まって、なお何度も衝撃が伝えられてくる。

 

(――違う、これは血だ)

 

 窓に見え隠れ何度も繰り返されるそれは、実際には叩きつけているのは向こう側にいた信者の顔だったのだ。

 衝撃はなおも数回にわたって繰り返されると、ようやく向こう側に立つ者の姿が。汚れた窓の前に立つことで確認できた。

 

「お前……本性を現してきたな」

 

 ジョンはゆっくりと扉に近づきながら、しかし熱を帯びた声を口から発した。

 彼の目に映るのはジェシカ。だが、それだけではない――女の顔は歪んで醜く、肩で息をしていても声を上げようとしない。

 信仰を持つ仲間を害したその姿からは、あふれ出る悪意と殺意が塊となって人に化け。目に見えてしまっているようにも思える。

 

「見たぞ、お前が駆り立てる源……それは”憤怒”だ。お前は怒り、そこから離れられなくなる。そしてお前は、身も心も……そいつに貪られ、戻れない。憤怒はお前を離さないが、お前もそうだ。だがそれでお前が救われることはないぞ、保安官。

 だから、俺はお前を再び待つことにしよう。ここでな、いつでも来てくれていい――トンプソン保安官も一緒だ」

 

 

 話は終わりだ。とりあえず、今はな。

 扉の前から後ずさりする。背後にいるトンプソンのところまで戻ると、わざとらしく彼女に頬ずりをしてやってから。彼女を連れて扉の前から消えていった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 苦痛が消えるとわかると、すぐに走り出した。

 前を進むジョン達に自分が追いついたと知ったときは、歓喜したが。通路を進む奴らの隙を突くことはできなかった。

 

――CQC(格闘術)は銃に勝ることはないわ。それを忘れないで、ジェシカ。

 

 過去の記憶が、彼女の声で私に教えてくれる。

 

――20秒

――それ以上の時間はないの。判断を間違えたら、あなたは死ぬのよ

 

 今の私ではトンプソンを守りつつ、ジョンと信者たちは相手にできない。

 でもトンプソンがいないなら……問題ないだろう?

 

 扉の前でついにひとりずつ無力化し、最後は怒りと薬で我を忘れてペギーを扉に何度も叩きつけてから。だらりと力の抜けた肉塊を通路のわきに放り出してやった。

 

 ジョンとトンプソンが視界から消えると同時に私は再び走り出す。

 警報が鳴り始め、館内放送で脱走を阻止するように指示を出すジョンは、わざとかどうか知らないが「バンカー内の~」と口にするのを聞いた。そういえばジェローム神父から「ここには近づくな」との警告をもらった場所が、そこだったと思い出した。

 そして通路の向こう側から人の声がして、騒ぎ出すのが分かった。

 

 私は必死だった。

 鉄バットは途中で折れたが、近くの箱の上に置かれていたクソ重い銃――あとでそれがM60だと知った。ワオ、つまり私は女ランボーとなったわけだ――を抱えて走り続け。

 気が付くとモンタナの輝く空の下に広がる大自然の中を、頭から出血しつつ泣きながらバンカーから脱出していた。悲しいのか、悔しいのか、嬉しいのかもわからないが。とにかく私は涙を止めることが、出来なかった。

 

 バンカーから離れていく私の背中に向け、ジョンの声はまだ聞こえてくる。

 

『怒りを解放したか?お前が両手を罪なき者の血に染め上げ、かたわらに倒れた者たちにその罪を教える日々を楽しむといい。

 そしてお前はどんな罪を犯してる?……その罪でお前が窒息する日は来ないとでも?

 積み重ねていく自分の罪に浸るがいい……お前は自分がだれかを傷つけていると、正しく理解しない。それはお前が、命というものは軽く、脆いものだと考えているからだ。保安官のくせに、命を奪うことにためらいはないのか?それがお前の信じる法、信じる国のやり方か?

 

 兄弟よ!姉妹たちよ!

 ここからこのおぞましい罪人を追い払え!ファーザーの慈悲を理解しようともしない、愚か者の中でひときわ愚かな女!

 もう隠れても無駄だ!どこに行こうとも、我々はお前を必ず見つけてみせる。なぜなら、そうなるように神が我らを導いてくださるからだ!』

 

 クスリとアドレナリンで痛みは感じないが、そのかわりに手足が次第にバラバラになっていく感じがする。

 このままだと手足が胴体からポロリとうっかり落ちてしまいそうだ。そうなれば、動けなくなる。奴らから逃げられない。太陽が高く、今更近くの草木の中に飛び込んで隠れる事はできなかった。

 

 下り坂で徐々に動きが悪くなる私を弱ったと見たのだろう。

 バンカーから飛び出してきた、信者たちが追いかけてきている――。

 

「そのまま走りなさい!こっちよ、ジェシカ!」

 

 誰かの――女性の声がしたと思うと、前方の藪から男たちが飛び出してきて騒ぎながら駆け下りてきていたペギーに向かって撃ちながら、こちらに走り寄ってきた。

 

「――え?」

「やったぜ、マジで来やがったよ!あんた、どうなってるんだ!?」

「いいからそっちを持てよ、アホ。ずらかるぞ!」

 

 それがエドとジェイクだとわかったのは、2人の聞き覚えのあるやりとりを耳にしたからだ。

 次に草むらからバギーにのったグレースが現れると「後ろに、しっかりつかまって」と叫ぶ。

 

(助かった――)

 

 グレースの背中に縋るようにしがみつくと、2台のバギーは大急ぎでバンカーから立ち去っていく。

 すでに騒ぎは終わったが、それを知らないのかジョンの言葉はそれからも続いていた。

 

『わかったか!?これが、イエスの力だ。

 お前は、自分の罪を増やすことしかできない。ここで!お前ができることなんて何もない!

 偉大なファーザーは、そんなお前でも救ってくださる!だから準備をしろ、その時は必ず迎えに行くぞ。お前自身の罪で作られた大河の中から、エデンの門へとたどり着く道へとこの俺が導いてやるからな!』

 

 

 イーグルのメアリーから、あのジェシカがジョンの手から脱出してきたと知らせを聞いて、無線機にもたれかかるようにしてダッチはひとまず安堵することができた――。

 ジョセフの息子たちによってこれまではほとんど一方的に殴られ続けていたが、ここから飛び出していったジェシカ保安官が今のところ一番レジスタンスの中で勢いを見せつけ。ジョンを苦しめてくれていた。

 

 今、希望が何よりも必要なこの場所では彼女の存在は重大なのだ――。

 

『あちこち怪我をしていたみたいだけど、とりあえず今は落ちついて休んでいるわ』

「それを聞いて安心したよ。状況は最悪に近いが、まだ希望は残されているのだと励まされた」

『そうね。こっちでもジェシカ保安官の脱出劇でさらに士気も高まっているわ。まだ、終わってはいない』

「ああ、その通りだ。オーバー」

 

 ジェシカのおかげでホランドバレーにはわずかに希望はあるが、ほかのところはどうかと聞かれると――。

 長女のフェイスは順調にエデンズ・ゲートで使用する薬物の量産を進めているらしい。おかげで 反抗勢力はわずかに生き残って入るが。動きは封じられ、身動きが取れないと断言されてしまった。

 さらにこれが長男のジェイコブとなると、さらに状況は暗い。奴はジョンやフェイスと違い、反抗勢力を狩ることをまず重視し。すでにダッチを通し、南側に――はっきり言えばホランドバレーまでの脱出ルートがないだろうかとの相談を受けている。

 

 そしてわかっていたことだが、封鎖された外側の世界からは何の手助けも、声さえ届いてこない。

 このモンタナ州の一部分だけが、まるでアメリカという国から分断されてしまったかのように。美しい大自然の中に、人間たちだけがグロテスクな世界をせっせと構築し続けていた……。

 


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