【アイリス視点】
「『エクステリオン』!!」
私の放つ剣閃が近衛騎士達の剣を真っ二つにする。
「貴様ら!アイリス様に剣を向けてただで済むと思うな!!」
クレアが激昂し、剣の柄で近衛騎士たちを卒倒させながら叫ぶ。
今、私はクレアとレインとともに王城の私室へとつながる廊下で近衛兵と戦っていた。
今朝、私は私室の外で争う音を聞いて目を覚ました。
慌てて部屋の外へ飛び出すと、そこには近衛兵たちと戦うクレアとレインの姿があった。
その後、私も戦いに加わり、現在に至る。
乱心した近衛兵を無力化していき、残るは最後の一人となった。
「『ライトニング』!!」
「ぐぅ・・・!」
レインの魔法が近衛兵の手を打ち、握る剣を落とす。
「はぁ!!」
「がッ・・・」
私はレイピアの柄で近衛兵のみぞおちを打って意識を奪う。
私の聖剣は手入れをする者に預けているため、私が扱うのは一般兵用のレイピアだ。
「ハァ・・・なぜ近衛騎士たちがこんなことに・・・」
私は突然乱心した近衛騎士たちの横たわる姿を眺めて言葉を漏らす。
「わかりませんが、近衛騎士がこうであれば王城の他の兵たちもアイリス様を襲ってくるかもしれませんね・・・魔王軍の仕業でしょうか・・・」
レインが疲れた表情で言う。
「まずは、情報収集をしなければな。正気な者を探して、近衛たちの乱心の原因を探ろう。アイリス様、とりあえずお着替えください。」
まだ寝巻だった私にクレアがそういった時だった。
「アイリス様!!!」
「王女様!!!」
こちらに向けて駆けてくる二人の姿。
ララティーナと、彼女を呼びに行ったハイデルだった。
「ララティーナ!!ハイデル!!」
「ご無事でしたか、アイリス様!!良かった・・・」
私達が無事だったことを確認してララティーナもハイデルも安堵の息をつく。
しかし、私はララティーナが万全でないことに気づく。
「ララティーナ・・・その腕・・・それに火傷・・・」
「ダスティネス卿、大怪我をしているではありませんか!早く手当をしないと。」
クレアがそういうも、ララティーナは首を横に振る。
「こんなの、かすり傷だ。唾をつけておけば治る。」
少し嬉しそうにそんなことを言う。
ララティーナは卒倒している近衛騎士たちを眺める。
「この状況は・・・そうか、近衛騎士たちもセレナに操られていたか・・・」
「セレナ・・・セレナ殿が!?」
クレアが驚愕の表情を浮かべる。私も同じような表情になっていただろう。
セレナは兵士たちからの信頼がとても厚いプリーストだと聞いている。
「クレア殿、どうやらセレナは魔王軍幹部の一人だったようだ。我々に力を貸すように見せかけて水面下で王城の兵たちを自分の駒にしていたようだな。」
「なっ・・・やってくれたな魔王軍・・・!!」
そして、ララティーナは一拍置いて語りだす。
「・・・それで、ここに来る途中、バルコニーから城下町の様子を見てきたのだが・・・」
「おぉ!今は少しでも情報が欲しかったのです!いかがでしたか!?」
「結論から言うと・・・王都を放棄すべきでしょう。」
「え・・・」
私は耳を疑った。
今、ララティーナはなんて・・・
王都を・・・放棄・・・?
「ラ、ララティーナ・・・王都を放棄するって・・・」
「アイリス様、城下町には巨大なスライムやアンデットナイトの大群が城の近くまで押し寄せていました。魔王軍は、町を制圧しつつあります。その被害状況は想像を絶するものでしょう。さらに王城の中には、敵に寝返った兵士たちが大勢・・・その数も正確に把握できない状況です。」
私は頭が真っ白になる。
クレアやレインも悲痛の表情を浮かべて押し黙る。
そして、ララティーナは非情にもきっぱりと告げる。
「王都は、事実上、陥落しました。」
王都が・・・陥落・・・?
そんな馬鹿な事があるのだろうか。
強力な冒険者や兵たちが集うこの王都が、
これまで何度も魔王軍の侵攻を凌いできたこの王都が、
デストロイヤーの蹂躙にもめげず復興の兆しが見えていたこの王都が、
生まれてからずっと暮らしてきた私の家たるこの王都が・・・
「陥・・・落・・・?」
「アイリス様・・・」
クレアが私を慰めるように肩に手を置く。
でも、そうじゃない。
なぜクレアはララティーナに言い返さないのか。
我が王都が、魔王軍に敗れるはずがない、と。
なぜそう簡単に陥落などと言い切れるのか、と。
・・・・・・
「そ、そうです・・・!いい、今、城下町は大変なのでしょう!?私は王族として民を守らねばなりません!!」
そう・・・私は王都の民を守らなくてはならない。
私は強い。
私の力は、今このときのためにあるのだ。
勇者の血を引く私の力は、家族も同然である王都の民を守るための力・・・!
私の居場所を侵そうとする魔王軍・・・!
許せない・・・!
「クレア!レイン!戦です!我々で魔王軍を殲滅します!私についてきなさい!!」
「アイリス様、」
「ララティーナ!あなたも来るのです!国王の懐刀として、この都に攻め来る不埒ものを地獄に送るのです!!」
「アイリス様!!」
「何ですかララティーナ!?早くしないと!早くしないと民たちが・・・!この王都が・・・!」
「アイリス様、逃げるのです。」
「・・・は?」
逃げる・・・?
ララティーナは何を言っているの?
敵を目の前にして・・・逃げると・・・?
民を見捨てて・・・王女が逃げると・・・?
「な、何を言っているのですか・・・?」
私は震える声で言う。
「何を言っているのですかララティーナ!!」
激昂。
「ベルゼルグ王国第一王女として命令です!!王都に仇す敵を薙ぎ払いなさい!!私に付き従いなさい!!今こそ王都を守るときです!!」
「・・・・・・」
「許せない・・・!魔王軍!」
私の話を黙って聞いていたララティーナは、
「・・・アイリス様、失礼いたします。」
私の目の前にズイと立って、
「な、なんですか・・・や、やるのですか・・・王族はつよ・・・」
パン!!!
「だ、ダスティネス卿!!!?」
クレアの叫び声が聞こえる。
頬が、じん、と熱い。
痛い。
頬をぶたれた。
お父様にもぶたれたことが無いのに。
その瞬間、私の頭にある光景が浮かぶ。
・・・あぁ、あれは初めてお兄様とお会いした時、私はお兄様を嘘つき呼ばわりしたのだ。
それを聞いたララティーナの静かに怒るあの表情。
普段私に対してとてもやさしいララティーナが、私の頬を張ったその瞬間、私の胸に様々な感情が沸いたのだ。
どうしようという困惑、焦り、後悔、恥ずかしさ・・・
そう、それは・・・
それは・・・
・・・いつのことだったか。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
私は、頬を抑えて呆然とララティーナを眺める。
ララティーナの血で真っ赤に染まった片腕を見る。
お腹の部分の衣服が焼け焦げ、痛々しい火傷の跡を見る。
私のもとに来るまでどんな戦いをしてきたのだろうか。
ぼーっとそんなことを思っていると、ララティーナが口を開く。
「アイリス様、大変申し訳ありません。いかようにも、この処罰は受けます。とにかく時間がありません故、頭が良くない私はアイリス様のお気持ちまで考えている余裕が無いことをお許しください。」
ララティーナはそう前置きをして語りだす。
「恐れ多くも具申致します。アイリス様は冷静さを欠いており、正常な判断ができないものと考えます。」
私の耳からスッと彼女の言葉が入ってくる。
「アイリス様はお強い。魔王軍の幹部相手でも引けを取らないでしょう。」
平手打ちをされたショックで魔王軍への憎悪の感情がどこかに飛んで行ったようだ。私はただ彼女の言葉を聞く。
「しかし、相手の戦力はいまだ計り切れません。城下町の巨大なスライムはおそらく敵軍幹部のデットリーポイズンスライム、あのアンデットナイトの群れの主は、おそらくそれらを使役する幹部のデュラハンでしょう。さらにセレナも魔王軍幹部であることが判明しています。」
8人の魔王軍幹部のうち、最低でも3人が王都襲撃に投入されている。
「そして、セレナによる王城の混乱を機に魔王軍はありったけの戦力を投入すると考えるべきでしょう。もしかすると、魔王の力を凌ぐとうわさの魔王の娘も出張ってきているかもしれません。」
その戦力の中、聖剣を持たない私が突撃していっても・・・
「おそらく返討ちにあうでしょう。」
ララティーナは私の理解を確認しながら、ゆっくりときっぱりと言葉を紡いでいく。
「魔王軍に蹂躙される民を置いて逃げることは、王族として血涙を流す決断と思います・・・生き残った民はアイリス様を、民を見捨てて逃げた恥ずべき王女と罵るかもしれません。歴史書にもそのように記載されて語り継がれるかもしれません。」
クレアがギリリと歯を食いしばる。
「しかし、アイリス様は勇者の血を引く人類の希望の光そのものです。我々人類がここで希望の光を絶やすことがあってはなりません。そして我々の再起には御旗として王族の存在が不可欠です。ここでその御旗を失っては我々人類のもっとも大切な拠り所が魔王軍に折られてしまうと同義でしょう。」
レインが目に涙を浮かべて私をじっと見ている。
「情をお捨て下さいアイリス様。王族として生まれたアイリス様がたどる道は、民の血と涙と骨で築かれる修羅の道、地獄すら生温い修羅の道です。」
そしてララティーナは私の両頬を両手で包み込み、私の目をまっすぐに見てゆっくりと言う。
「ですが、そんな道を行くのはアイリス様独りではありません。私がいつまでもお伴いたします。」
「アイリス様!もちろん私もお伴いたしますよ!」
「わ、私も最期までアイリス様と一緒です・・・!」
「僭越ながら、このハイデルも・・・」
ララティーナに続いて声を掛けてくれたクレア、レイン、ハイデルの顔を私は順に眺める。
そう、彼女らが私と一緒にいてくれる限り、仮に王都が無くなっても、私の帰る場所が無くなるわけじゃない・・・
「・・・レイン」
「何でしょう、アイリス様。」
激情で自ら死地に赴くなどという安易な行動を王族である私がしてはならない。
その安易な行動は人類皆を死地に追いやるものなのだから・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「・・・ テレポートの準備を。」
私のその一言に張り詰めていた場の空気が緩む。
みんなの表情にわずかながら安堵が浮かび上がる。
私は悔しさを飲み込みきっぱりと告げる。
「・・・逃げます。」
「逃がすと思っているの?『カースド・ライトニング』」
瞬間、私の鼻先を黒い稲妻が通る。
「あぐぅぅううう!!」
声にならない叫びをあげたのはレインだった。
「レインっ!!!」
崩れ落ちるレインをクレアが支える。
「いい、痛い!痛いぃぃぃ!!!」
レインの肩に穴があいていた。
血がどくどくと噴き出している。
「見つけたわよ王女様。」
私たちの数メートル先、魔法を放ったのは赤い短髪とネコ科のような黄色い目を持つ美女。
「私は魔王軍幹部のウォルバク。王女様の命をいただきに来たわ。」