それは王都で起こった事件。
セシリーの話によると、王都のアクシズ教団が販売する聖水に毒が混入されるという事件が連日発生したらしい。
幸い被害者はでていないようだが、アクシズ教の聖水の販売が停止してしまったとのことだ。
そこで、アクシズ教団は事件を調査し、犯人特定に至ったのだが、その犯人は、エリス教徒の信者であり、且つ、そこそこ名の通った冒険者だったのだ。
早速、王都のギルドにその冒険者を捕まえるよう依頼がなされたが、その依頼はことごとく失敗したらしい。
そしてアクシズ教団は、最終的に数々の魔王軍幹部を葬ってきた名うての冒険者であるカズマ君たちのところに話をもってきたとのことだった。
「エリス教の子がアクシズ教団の聖水に毒を・・・」
私は呟き、頭を抱える。
これまでエリス教団がアクシズ教団の信者にいたずらを受けていたことは知っている。仕返しのひとつもしたくなるという気持ちもわかる。でも、私の信者がそんな人命にもかかわるようなことをするなんて・・・
セシリーは話の締めくくりに高らかと声を上げる。
「というわけで、ついに破壊神エリスの封印が解けて、世の中に邪悪が広がりつつあるようです。聖戦の日はちかいわ!」
本人を前にしてそれをいうか・・・というか、そんな変な設定、私には無い。
「セシリー、エリスをあんまり悪く言わないで頂戴。」
アクア先輩がフォローしてくれ・・・
「あの子は、ちょっと胸を偽装して信者を集めるっていう淫売なところがあるけれども、そんな破壊神呼ばわりされるようなことなんてなくて、単にちょっとむっつりスケベなところがあるだけで・・・痛い!クリス何をするの!やめてやめて!」
アクア先輩の頭をポカポカ叩いていた私の傍ら、カズマ君がセシリーに向けて言葉を続ける。
「お前ら聖水なんて売り出してたんだな。一応聞くけど、ただの水とかを聖水と言い張って売ったりしてないだろうな。詐欺だぞそれは。」
「そんなわけないじゃない!水を司る女神アクア様の聖水は評判なのよ!たまに、アクア様の聖水は色が濃いことがあるだとか、ちょっとしょっぱい気がするだとか、そんなお客様の問い合わせがあるくらいで・・・」
「ねぇカズマ、なんだか私、公然とセクハラを受けている気がするのはなぜなのかしら。」
「おい、本当に聖水という名で変なもの売りつけてないだろうな!」
何だか話が脱線しつつあるような気がする。
ところでエリス教の聖水に変な噂はないだろうか・・・後で確認しとこう・・・
話に一区切りついたところでセシリーは住まいを正してその場の面々を見渡し、頭を下げる。
「それで、どうか犯人を捕まえるのに協力してほしいの!お願い!」
セシリーの依頼に対して、まずダクネスが声をあげた。
「私は手伝うぞ。同じエリス教の信者に容疑がかかっているならば、その真偽を確かめたいところだ。」
「きゃー!ダクネスさんカッコいい!では契約成立ということでこの書類のこの欄にサインを・・・」
「おい・・・これはアクシズ教の入信書なのだが・・・」
「王都が舞台だと爆裂魔法が撃ちにくいという不満はありますが、私もまぁいいですよ。」
「きゃー!めぐみんさんカッコいい!結婚してー!」
「なんでそうなるのですか。」
めぐみんは事あるごとに抱きついてくるセシリーを引き離しつつ答える。
「ねぇ、私も連れてってもらっていいかなぁ。私もエリス教徒だから気になるんだ。」
もし本当に私の信者がそんなシャレにならないことをしているなら、私にも責任がある。
いくら今は女神としての権限が凍結されているといっても見過ごせる問題じゃない。
最後に聞かずもがな、といった様子でアクア先輩が締めくくる。
「じゃあ賛成多数により可決ってことで・・・」
「俺はいかないぞ。」
「何ですってKYニート!この流れで、まさか反対するの!?あんた空気読みなさいよ!」
「お前だけにはKY言われたくないわ。妹に会いに王都に行くならやぶさかではないが、何でアクシズ教団を助けるために行かなきゃならないんだよ。俺はあの白スーツの策略で王都へのテレポートが止められてて出禁状態だし、王都は俺にとって何かと危険なんだよ。」
カズマ君に銀髪盗賊団として高額の懸賞金がかけられている事情を知るダクネスやめぐみんも少し複雑な表情になる。
「危険っていったって、王城でニート放題好き放題やったから王城の人に目をつけられてるくらいでしょ。身から出た錆ってやつよ。」
「俺はできるだけアクシズ教団とかかわらないで生きたいんだ。それにこれは厄介毎に巻き込まれる流れだ。俺はいかないからな!絶対だぞ!」
「鬼!アクマ!カズマ!クズマ!キャベツ野郎!」
「なんだとこら!また泣かされたいか!」
カズマ君とアクア先輩がぎゃあぎゃあと喧嘩を始める。
結局、その場ではカズマ君が首を縦に振ることはなく、食事はお開きとなってセシリーは帰っていった。
■■■
女子風呂を終え、パジャマ姿になった私はカズマ君と二人、彼の部屋でお酒を飲みなおしていた。
今日はいろいろなことがありすぎて、誰かに愚痴を吐きたい気分だった。
でも、ダクネス達がいるところでは天界サイドの話をすることができない。
女神のことも盗賊のことも何でも話せる相手はカズマ君しかいないのだ。
というわけで私は愚痴を聞いてもらいに彼の部屋に来たのだった。
そして私はお酒を片手にここぞとばかりに愚痴を吐きまくっていたのだった。
「おいおい、ちょっと飲みすぎじゃないのか?」
カズマ君が眉を顰めて言う。
「だいじょうぶだいじょうぶ!なんたって、私は幸運の女神様なのよ!あははは!」
「お頭、完全に出来上がってますよね。なんかアクアみたいな口調になってますよ。」
我が助手君が心配してくれるが、私はこれで結構お酒に強いのだ。
さっきからちょっと気分が良くてフラフラして饒舌になる程度にしか酔っていない。
カズマ君に心配されたことに気を良くした絶好調な私は話を続ける。
「・・・それで回収した腕輪の神器なんだけどね、天界でその先輩に没収されちゃってさぁ。」
「女神ってやんちゃでお転婆なのばっかりだと思ってたけど、そんなお局系女神もいるんだなぁ。なんか堅苦しそうでニート気質の俺には天界は無理だなー。」
「あはは。私も最近、下界に降りることが多いから天界と比べちゃってね。天界の堅苦しさは以前に増して感じちゃってるよ。ほんとに、この世界の人達が羨ましいよ。」
「まぁ、ここもロクな世界じゃないけどな・・・」
「そう?でも私はキミが結構この世界のことを気に入ってくれていると読んでるんだけどなぁ。」
「・・・なんかもうこの世界で生きていくことを受け入れつつはある・・・」
「うんうん!この世界の管理者として嬉しいよ!今は管理業はお休み中だけど・・・」
私は床にころん、と仰向けに倒れる。
私のことを何でも打ち明けることができるのは彼だけだ。
だからか、彼といるときは、そう、気を張らなくてもよい。
なんだかいつもよりお酒の回るペースが早い気がする。
「女神の資格が封じられてるんだっけ?俺なら長期休みだと思ってめっちゃ好き勝手やるけどな。」
彼がおつまみのさやえんどうをポリポリ食べつつ言う。
「確かにそうだよね。長期休暇だと思えばいいか。女神はいろいろな規則に縛られて休みも自由も無いし、そのくせ誰かに褒められるわけでもないし。あ、キミが私を褒めてよ。崇めて、甘やかしてよ。」
「どっかのダメな女神みたいなこと言うなよ・・・」
「あはは、・・・でも先輩がそんな風に言いたくなるのもわかっちゃうかも。」
・・・・・・
「はぁ、地獄送りになったらどうしよ・・・悪魔となんて一緒にやっていける自信ないよ。」
「まぁ、悪魔の中にも子供たちの送り迎えを日課としているご近所に評判な気のいい奴もいるかもしれないだろ?」
「そんなの、いるわけないでしょ。」
彼は私を不安にさせないように言ってくれるのだろう。
でも本当につらいのはこの世界のみんなと会えなくなることだ。
それを考えると・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「ねぇ、王都のエリス教の子が聖水に毒を混ぜてるって事件なんだけど・・・」
私が上半身を起こして話を始めたところ、私の話の先を読んだらしいカズマ君は先回りして返事をよこした。
「あー、俺は行かないって。クリスも今は女神としての権限とかを封じられちゃっているんだろ?それなのに、わざわざ首を突っ込まなくていいんじゃないか。」
強情な彼に対して頬を膨らませてみせる。
「ねぇ、お願い!ほんとにエリス教の信者のしわざなのか、知りたいの。」
彼が嫌がる気持ちもわかる。
別に彼を無理に誘う必要はないのだ。
でも・・・
「仕事熱心すぎだって。今くらい休んだほうが・・・」
・・・でも今は、なんだか、彼にわがままを言いたい。
「カズマさん・・・どうか、お願いします。」
彼に甘えてみたい。
「え、エリス様・・・」
やっぱり、
「カズマさん・・・」
結構酔っているのかもしれない。
「ずるいですよ、エリス様・・・」
彼の手をとり両手で包みこむ。
「カズマさん・・・」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・」
彼は何かに耐えるような表情をしていたが、最後には観念したようで、ぽろりと言葉をこぼす。
「しょーがねぇなぁ・・・・」
「やったぁぁ!!ありがとうございますカズマさん!!」
「おわぁ!!」
私は彼に飛びついていた。
勢いあまって彼を押し倒してしまう。
ごとん、
と、衝撃でお酒の瓶が床に倒れてころころと床を転がっていく。
突然のことに戸惑っている彼の顔が目の前にあった。
彼が困ったような表情をする。何だか可愛く思えてしまう。
こくん・・・
どちらともなく唾をのみ込む音を立てる。
酔いが回っているはずなのに、五感が冴えわたっている気がする。
私はそのまま、目を細め、目の前の彼との距離を縮めて・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
いや、待つんだ私。落ち着け。
酔いが回ってなんだか大胆になっているのは自分でもわかる。
今日はいろいろなことがあって精神的にやつれ気味だっていうのもわかる。
わかるけれども、
これはいくら何でもやりすぎなんじゃないだろうか。
思考が散漫になりつつある中、理性を振り絞って思考をフル回転させる。
私は女神。
特定の誰かに肩入れするなど・・・あれ?
今の私は女神としての能力と権限を凍結されている。
ある意味女神じゃないとすら言えるのでは・・・
・・・いや、そうじゃない。
女神か否か、じゃなくてもっと根本的な問題がある。
そう、私はめぐみんの気持ちを知っている。
友達であるダクネスの気持ちも知っている。
これ以上先に進めば、私の友人達はどんな気持ちになるだろうか。
そう、ダクネスなら、これが寝取られ・・・とかいって喜・・・
・・・・・・
・・・いや、そうじゃない。
友人達を裏切ることになるんじゃないのか。
そもそものところから考えよう。
第一、私はカズマさんのことをどう思って・・・
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
目の前の彼が突然叫んで、覆いかぶさっている私をもとの座った体勢に戻した。
私は突然のことにビクリと体を震わせてされるがままになっていた。
そして、彼は叫びながら部屋を飛び出していってしまった。
その後、すぐにアクア先輩達の大声が聞こえてくる。
「大変!欲求不満のカズマさんが発狂しながら屋敷を飛び出していったわ!アクセルの街の女性を襲う気よ!みんな止めるのよ!または警察を呼ぶの!」
「カズマ!どうしたのですか!?」
「おい待てどうしたカズマ!くっ、この寝巻で追いかけるのも・・・」
その声を聴きながら、私はしばらく呆然と頭の中で状況を整理する。
そして何となく彼の奇行のきっかけに辿り着く。
「そうだよね・・・」
彼には好きな人がいるんだよね・・・
裏切れないよね・・・
・・・・・・
私はそのまま横向きに倒れる。
・・・私はなんて卑しい女神だ・・・
・・・いや、今は女神じゃないか・・・
・・・もう神格なんて・・・
ふと、日本で有名な、あのセリフが頭に浮かんだ。
「やつはとんでもないものを盗んでいきました・・・・・・か・・・」
まだ少し酔いが回っているのかもしれない。
彼の部屋の窓越しに見える月が、いつもより小さく、遠くにあるように見えた。
こんな誠実なのカズマさんじゃない!!