翌日の昼前、助手君とめぐみんは爆裂ラーメンなるものを食べに宿を出ていった。
そして、ダクネスと私は、アクア先輩に連れられ、王都のグルメ探しに付き合っていた。
「やっぱり王都のご飯はアクセルの街と比べて値段が高いわね。カズマにもう少しお小遣いを貰ったほうがよかったわ。あ!あっちに爆裂レストランって看板を掲げてる頭のおかしいお店があるわ!見に行きましょう!」
「アクア、また転んで怪我をするからあんまり走るな。」
なんだか子供の面倒を見る親のようなことをいうダクネスに続いて歩いていると、私の耳に不穏な声が届いた。
「あぁ、もう破産だよ畜生!エリス教の司祭め!騙しやがって!」
私はその声に足を止めざるを得なかった。
騙す?エリス教の司祭が??
私の前を歩いていたダクネスが、突然足を止めた私に気づいた。
「おい、クリス、どうした?」
「あぁ・・・ごめん、ちょっと先に行っててくれないかな。私、寄らなきゃいけないところがあったんだ。また宿で合流しよう。」
「?まぁいいが、お前は王都じゃお尋ね者なんだから、あまり目立った行動はするんじゃないぞ。」
「あはは、心配してくれてありがと、ダクネス。」
そういって、私は、ダクネスとアクア先輩を見送り、先ほどの声の主を探しだした。
■■■
間もなくその声の主を見つけることができた。
その人はまだ昼間だっていうのに酷く酔っぱらっているようだった。
私は、その人に声を掛ける。
「ねぇ、さっきエリス教の司祭から騙されたとか、何とかいってたよね?」
「んんん?だれだぁ?」
「ねぇ、教えて。エリス教の司祭との間で何があったの?」
「んー、まぁ、隠すことじゃねぇが・・・っていうか、むしろ、誰かに聞いてもらいてぇくらいだよ、兄ちゃん」
「兄ちゃん、じゃなくて姉ちゃんね!」
その男は熱心なエリス教徒の商人だった。
だが、商売がうまくいかなくなって頭を抱えることになったらしい。
そんなとき、エリス教の司祭が、男に対してエリス様への信仰心が足りないのだと指摘する。
そして、エリス様に信仰心を示すため、霊験あらたかな幸運のツボや札などを男に購入させたようだった。
男は藁にもすがる思いで司祭の提供するよくわからない物を買っていき、そして、最終的に破産し、取り立て屋から逃げ回って今に至っているとのこと。
「騙されたのは俺だけじゃねぇ・・・家族や恋人との仲がうまくいっていないヤツらなんかは、司祭の格好の獲物のようさ。同じように幸運が訪れるとかって騙されたやつが、それは大勢いるらしいぜ。俺なんかまだいい方で、酷いと薬なんかを買わせて依存させてるとかって話もあるくらいだ。」
・・・・・・
・・・私は、話を聞くにつれ、呆然自失に陥っていく。
エリス教会の上層にそんな部分があったなんて・・・
それに気付かなかった自分の愚かさに、ほとほと呆れてしまう。
何が女神だ。
教会の上層の金儲けのダシになっているだけじゃないか。
「ごめんね・・・」
「え?何のことだい?」
「ごめんね・・・本当に・・・」
私は、怪訝な顔をする酔っ払いの前から、ふらふらと立ち去った。
・・・・・・
エリスへの信仰心が強く、大きな悩みを抱えている者ほど陥りやすい詐欺。
一番悪いのは信仰心を逆手にとって詐欺行為を働く者たち・・・だけれども・・・
私は特定の国教を持たないカズマ君のいた日本を思い出す。
過去、宗教の政治利用から脱却した世界。
特定の宗教を信仰していなくても幸せそうに笑う人々がいる世界。
そもそもエリス教という宗教自体がこの世界にとっての害なのかもしれない・・・
そもそも女神という存在自体が害なのかもしれない・・・
だとしたら私は・・・
・・・・・・
・・・・・・
「・・・クリス?どうした?」
ふと、そんな声がかかる。
それは、私を惑わす彼の声。
私を普通の女の子にさせる彼の声。
「そんな、ぼーっとしてると、よく足を滑らせて小川に落ちてくアクアみたいになるぞ。」
顔を上げると、私の大事なものを盗んでいった彼の顔。
めぐみんは一緒じゃないようだけど、どうしたのだろう。
もしかして・・・彼はめぐみんより私のことを優先してくれたのだろうか・・・
・・・・・・
「あはは・・・」
「ど、どうした?ほんとになんか変だぞ。」
自分に都合の良い解釈をして、勝手に心を昂らせている自分に対して自嘲の笑いが浮かぶ。
・・・そうだ。
私は普通の女の子として生きたいんだ。
女神なんていう、誰彼構わず愛を振りまく八方美人でなく、
ただ一人の誰かのために、この身と愛を捧ぐ一人の女の子に・・・
そうだ、どうにか天界の目から逃げ切って、
この世界でクリスとして・・・
そして・・・また彼にわがままを・・・
私は彼の方に向かって一歩を踏み出し・・・・・・
「エリス様!大変です!」
背後から掛けられた声に、踏み出そうとした私の足が止まる。
後ろを振り向くと、そこにいたのは羽の生えた男、私のもとで働く天界の天兵だった。
「魔王軍の幹部が天界に現れました!至急お戻りください!」
「え・・・」
なんでこのタイミングで・・・
それに、突然力を奪っておきながら、急に戻れと言われても・・・
「既に女神の能力の凍結は解除されています!」
「そんな・・・」
私は普通の女の子として生きると・・・
「神器を奪われ、時を司る女神様も苦戦しています!このままでは持ちません!」
普通に恋をして、デートをして・・・
「早急にお戻りください!」
わがままをいって甘えて、キスをして・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「い、嫌だ・・・!」
「エリス様・・・?」
「嫌だ!!天界も宗教も女神も知るもんか!!そんなもの、消えてなくなっちゃえばいいんだ!!!」
私は、子供がそうするようにわめき、その場を走り去る。
「クリス!?」
「エリス様!!」
後ろから、カズマ君と天兵の声が聞こえるが、
全力で、走って、走って、走って、逃げる・・・
■■■
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
どれくらい走っただろう。
気が付くと人通りの少ない場所に出ていた。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
私は膝に手をつき、肩で息をする。
そして、先ほどのことを思い出す。
抑えきれない感情に、私は逃げ出してしまったのだ。
「私は・・・私はどうすれば・・・」
嘗て感じたことのない心の重圧に苦しめられ、
「あぁ・・・あぁぁぁぁぁ・・・」
私の目からは涙が溢れていた。
「あら、どうされました?」
その時、ふいに優し気な女性の声が届く。
「え?」
そちらを向くと、エリス教のプリーストの女官が立っていた。
そこはエリス教の教会の前だった。
「何か事情がおありのようですが、よろしければ教会によっていきませんか?懺悔などされると、少しはその心の荷が軽くなるかもしれませんよ。」
「あ、あぁ・・・私は・・・私は・・・」
と、ふいに、女神が教会で懺悔をするという滑稽な姿が頭に思い浮かぶ。
そして、なんだか可笑しくなってしまう。
「ふふ・・・そう・・・だね・・・少し・・・よってこっかな。」
そのプリーストは、にこり、と優し気な笑みを浮かべて私を案内してくれる。
「はい。では、どうぞ。」
教会の中に入ると、エリス教徒と思しき数名が長椅子に腰かけ、祭壇に向かい祈りを捧げている。
と、その中の一人、真ん中程の席にダクネスの姿があった。
・・・どうしてここに?というか、アクア先輩は??
私はダクネスの隣に移動して、同じように長椅子に腰掛ける。
私に気づいたダクネスはヒソヒソと声を掛けてくれた。
「む、クリスか。・・・どうした?目が赤く潤んでいるぞ。何かあったのか?」
「え?」
そうだ、私は泣き顔のままだった。
今更それに気が付いた私は慌てて涙を拭い、ダクネスに返事をする。
「い、いやぁ・・・あれだよ・・・えーと・・・ちょ、ちょっと路上で感動する劇を見ちゃってさぁ・・・」
「なんだ、突然用事があるといって消えたと思ったら、劇を見ていたのか。それなら私達も誘ってくれればよかったのに。」
「ごめんねダクネス・・・ほ、ほら、感動して泣いちゃう顔とか見られたくなかったし!それより、アクアさんは一緒じゃなかったの?」
「それが・・・アクアは、足を滑らせて小川に落ちてってなぁ・・・泥だらけになったんで今は宿に戻っているのだ・・・。」
「アクアさん・・・」
カズマ君の言った通りになっている・・・
「ダクネスはどうしてここに?」
「私は、今回の事件も無事に解決したことをエリス様にご報告と感謝をしにきたところだ。そういうクリスはどうしたのだ?」
「あ、私は・・・うん、私も同じような感じかな。」
「そうか・・・」
ダクネスはそのまま祭壇を見つめて何か物思いに更けるような眼差しをし、
「なぁ、クリス、私は本当に友人を作るのが下手で、エリス様に毎日友達ができるようにお祈りを捧げていたこと、話したことがあったな。」
静かに語り始めた。
「うん、聞いたよ。それで、初めてできた友達が私だったっていうのも。」
「そう。それで、私は何となく思ったりしたのだ。クリスは、エリス様が遣わしてくれた神の遣いなのではないか、と。」
「え・・・」
惜しい。
「名前も似ているしな。」
ダクネスは微笑む。
「しかしだ、クリスが仮に神の遣いであろうと神自身であろうと、私は、クリスが友達になってくれたことで・・・独りじゃないと心から思えたことで、本当に、本当に救われたのだ。」
ダクネスはそう言って、私の方を向いた。
「今更だが、私の友達になってくれて、ありがとう、クリス。」
友人からの突然のまっすぐな言葉に私は顔が少し熱くなる。
「そして、もしクリスが神の遣いならば・・・エリス様に心から救われた人物がここにいると、どれだけ感謝してもしたりないと、そう伝えてくれ。」
そういって、彼女は、いたずらっ子のように笑った。
「ダクネス・・・」
それから、ダクネスは、正面を向きなおし、手を胸の前で組み、目を閉じた。
・・・・・・
私は教会の中を改めて見渡した。
・・・私の横の少し離れた席に座る男の人がぽつぽつと呟く声が聞こえる。
「エリス様、先日、無事に妻が出産を終えました。いただいた幸運に心より感謝いたします。」
・・・耳を澄ますと後ろの席から、聞き取れるか聞き取れないかくらいの女の子の声が聞こえる。
「エリスさま、おじいちゃんのびょうきをなおしてくれてありがとうございます。」
・・・みんな、こうして女神に祈りを捧げるんだ・・・
私は目をつぶり手を胸の前で組み、心で女神に声を掛けた・・・
■■■
【クリス・エリス視点】
(エリス、私、天界の命令に背いて逃げてきちゃったよ・・・私は・・・どうすればいいのかな・・・)
(・・・クリス、私も見ていましたよ。あなたはどうしたいのですか?)
(わからない。さっきまでは普通の女の子として生きたいと思ってたけど・・・ダクネスの話を聞いて、この教会で祈りを捧げるエリス教徒の子達の声を聞いたら、なんかよくわからなくなっちゃって・・・)
(女神という存在に救われる方も多いですよね。私も、この世界に神や信仰が不要だとは思えません。)
(・・・そうだよね。でも、私はやましい思いを抱いたり、他人に嫉妬をしたり、嫌なことから逃げ出したり、正直今は女神としてやっていく自信がないよ・・・。)
(そうですか・・・)
(私の方が、誰かに救ってほしいくらいだもん、あははは・・・)
(・・・大丈夫ですよ。)
(?)
(大丈夫です。)
(・・・エリス?)
(・・・クリス、忘れないでください。あなたには、この私が付いています。あなたの進む道は、この幸運の女神が照らします。仮令、あなたがどのような選択をしても、私があなたをいつまでも支えます。だから・・・)
(・・・・・・)
(だから、勇気をもって踏み出してください。恐れずに進んでください。あなたの意志あるところ道は拓けます。)
(・・・エリス・・・)
(さあ、本番はここからですよ!)
(・・・ありがとう、エリス、どうか、弱い私を支えてね。)
(任せてください。あなたの進む道に・・・祝福を!)
■■■
【クリス視点】
・・・・・・・
私はゆっくりと目を開けた。
信者の子達が神に救いを求める理由、何となくわかった気がする。
信者の子達の心を支えとなるのは誰か、救いの手を差し伸べるのは誰なのか。
そして・・・私は誰か。
「ダクネス、私、ちょっと行くところあるから、そろそろ行くね。」
「ん、わかった。気をつけてな。」
ダクネスはこちらに微笑みを向けて私を送ってくれた。
私は席を立ち、教会の入り口に向かって歩く。
「私は・・・女神だ。」
「え?」
私が小声でこぼした言葉に、入り口近くにいたプリーストの女官さんが反応した。
「あの、お会いした時から何となく思っていたのですが・・・あなた様はもしかして・・・・」
不味い・・・女神であることがばれた!?
「・・・・もしかして、女性なのではないでしょうか」
私は盛大にずっこけた。
■■■
私が教会の外に出ると、ちょうど、そこでカズマ君と鉢合わせた。
「クリス、突然どうしたんだよ・・・」
彼が私のことを心配してくれる。
「ごめんね、キミには恥ずかしいとこ見られちゃったね。」
「ま、まぁ・・・それはいいんだけど・・・大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう、カズマ君。」
私はカズマ君に笑顔を向ける。
「そういえば、めぐみんはどうしたの?宿から出ていくとき一緒だったよね?」
「あぁ、あいつ、爆裂ラーメンの味が気に入らなかったみたいで、こんなの爆裂とは認めません、とか言って店の人に絡みだして、面倒になって置いてきたよ。」
「そ・・・そうなんだ・・・」
なんというか・・・やっぱり彼は本当に巻き込まれ体質だと思う・・・
「それより、なんか天界がピンチとかって話じゃなかったか?突然声かけてきた羽の生えたあいつは誰なんだよ?」
「あぁ、彼は天兵っていって、まぁ、天界の兵士かな。いきなりエリス様、とか呼んでくるし、あの場に助手君しかいなくてよかったよ。」
「いや、まぁ、そうなんだろうけど、そんな悠長にしてていいのかよ?魔王軍の幹部が現れたって、おそらくハンスだろ?」
「だろうね。しかも、時を司る女神の先輩が劣勢なんて、相当ヤバそうだね。」
それを聞いた彼は黙って下を向き、何やら難しい顔をする。
「なぁ、クリス・・・俺も・・・」
「カズマさん、良くないことを考えていますね。おそらく、天界に行くために自ら命を投げ出そうと・・・そんなことは、女神として絶対に許しません。」
「え、エリス様・・・」
「大丈夫です。私の幸運を見くびらないでください。」
私は彼に向けてガッツポーズを作る。
「あ、そうだ!!」
大事なことを忘れてた。
「??」
私は、頭に疑問符を浮かべる彼に向かって手を伸ばした。
「『スティール』!!!」
伸ばした先の掌がスティールの光を放つ。
「なっ!?いきなり何だ!?」
彼が怪訝な表情になる。
彼に向けて握っていた掌をそっとひらく。
「・・・って、何も盗られてないじゃないか。」
「いーや、確かに返してもらったよ。」
私は彼に笑顔を向けて言ってやる。
・・・彼に抱いた、淡い気持ちを吹っ切るように。
「君に盗まれたものは、しっかり返してもらったよ!」
・・・さよなら、私の恋心。
こうして、私の最初で最後の恋が幕を閉じた。
私は笑顔で彼に告げる。
「・・・さて、じゃあ、ちょっと行ってみようかね。」
そして私は今一度、女神としての道を踏み出す。
もう一人の私とともに。
なぜか私の作品では活躍の場が多いダスティネスさん。
エリス編も終わりが近づいてきました。
予定では、明日1話、明後日3話アップして完結の予定です。
もう少しだけお付き合いの程お願いします。