【エリス視点】
長い間、不可侵を維持していた天界の風景は一変していた。
床が、柱が、壁が、あらゆるものが溶かされ、残骸となっていた。
やはり、敵は強力な毒をもったデッドリーポイズンスライムのハンスなのだろう。
辺りの様子を探っていると、遠くの方に人影を発見した。
「あの人影は・・・先輩??」
私はその人影の方へ走り寄る。
間違いない。時を司る女神にして、私の先輩の女神だ。
髪や服の一部が溶かされている。幸い傷跡などは見当たらない。回復魔法で傷口を塞いだのだろうか。
しかし、明らかに憔悴しており、激戦の後がうかがえる。
「大丈夫ですか、先輩。」
「あ、あぁ、エリス、戻ってきたの・・・?」
「ええ。遅くなってすみません。しかし、この状況は・・・」
「あなたのとこの天兵から話がいっていると思うけれども・・・デッドリーポイズンスライムの仕業よ・・・。」
先輩は何があったかを語ってくれる。
「私のせいよ・・・。人間に擬態したスライムに気付かず天界に通してしまって・・・油断したわ・・・いきなり襲い掛かってきて、神器の腕輪を奪われたの・・・」
腕輪とは、私が下界で回収してきた魔法無効化の腕輪だろう。
所有者以外が装備すると、猛毒にかかるというデメリットがハンスの毒を強化してしまったようだ。
「相手はどれくらいの脅威なのでしょうか。」
「はっきり言って、最悪ね。勝つイメージが描けないわ。毒の威力がとんでもないから、近づくことさえできないし・・・魔法は無効化されるから、浄化魔法も無意味だし・・・」
「他の女神への応援要請は・・・?」
「応援要請は意味がないでしょうね・・・というか・・・」
「というか?」
先輩は痛ましい表情で告げる。
「この場所を放棄せよ、という上からの指示があったわ。」
「え・・・ここを放棄・・・?」
私はその言葉に愕然となる。
この場所は私にとって出会いと別れが沢山つまった場所だ・・・
「死者達は一時的に、隣の世界の、死に戻りする変な日本人や嫉妬の魔女とかがいるところの女神に案内させる予定らしいわ。ハァ・・・まさか、魔王軍に天界を落とされると思わなかっ・・・エリス!!!」
「・・・!!!」
その瞬間、バシュッという音とともに私の背後で何かが弾けた。
それがハンスの毒の塊だと分かった時には既に、私の頭を包むベールがはじけ飛んでいた。
私のベールは、状態異常耐性を極限まで上昇させる神器。
しかし、その神器が一度の毒の塊を受けてもろくも崩れ去ってしまった。
「・・・何だぁ、また女神がふえたのかぁ」
振り返ると、十数メートルほど先に邪悪な表情をしたエリス教信者の姿があった。下界でハンスに取り込まれたエリス教徒の戦士職の男性の姿だ。
私はハンスに向かって声を低くして語りかける。
「その姿で・・・まだ罪を重ねるつもりですか。」
ハンスはニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「さぁな。そもそも俺に罰を与えることができるやつがどこにいる。」
「・・・あなたには私が天界を代表して罰を与えます。」
「神器の力を得た俺に敵うとでも思っているのか。」
ちらり、と吹き飛ばされたベールを見ると、ボロボロになりシューという音をたてて白い煙をあげている。
一撃で神器をこのようにするとは、なんて出鱈目な毒の威力だろう。
まともに喰らえば、あっというまに体が溶けてしまうだろう・・・
「ククク、俺の毒の力に焦っているようだな。」
「そんなに余裕をみせていては、足をすくわれますよ・・・『浄化せよ』!!」
下界ではピュリフィケーションと呼ばれる魔法。
私は右手を正面に掲げて浄化の光をハンスに放つ。
ハンスはまともによける動作もせずに、浄化の光をその身で受ける。
ハンスにぶつかった光は霧散し消え去ってしまった。
それなりに神気を込めて放った魔法だったが、魔法無効化の神器の影響か、まるで効果がない。先輩の言ったとおりだ。
「ククク、それで終わりか?では、こちらもいくぞ。」
そう言って、ハンスはその手をスライム状に変化させる。
「オらぁぁ!」
ハンスは叫びながら、スライム状になった手を鞭のようにふるってこちらに攻撃を仕掛けてきた。
・・・私の背後には先輩が控えている。私がよけると先輩に攻撃が及んでしまう。
私はとっさにその場に結界を張ってハンスの攻撃を受けとめた。
可視化する程に強い結界を張ったのだが、ハンスの攻撃を受けた部分はじわじわと消失してしまう。
「くぅ・・・なんて強い毒・・・」
「エリス、大丈夫!?」
後ろから先輩が叫ぶ。とにかく今は消耗しきっている先輩の安全を確保することが先だ。
だが、相手の意識がこちらにある中、先輩を逃がしきれるだろうか。
・・・と、その時、
「・・・ぐっ!?」
ハンスが息をのむ。
死角から、ハンスに向けて光の槍が襲い掛かったのだ。
物理判定のため、魔法無効化の神器を縫って攻撃が通ったようだ。
「エリス様、大丈夫ですか!?」
槍を放ったのは私に天界の危機を知らせてくれた天兵だった。
「く・・・こざかしい・・・」
ハンスは天兵を睨む。
ダメージを与えることはできたようだが、火力が全く足りていない。
ハンスから発せられる瘴気で威力が減殺されているようで、それこそ蚊に刺された程度にしか喰らっていないようだ。
ハンスは自身にダメージを与えうる存在である天兵へと、意識を向ける。
「いいだろう、先に、貴様から喰らってくれる。」
ハンスは天兵に向けて液状の毒を飛ばして攻撃する。
天兵は時にこれを躱し、時に結界でダメージを防ぎ、何とか持ちこたえてくれている。
普段自堕落ニートな天兵が戦場でなかなか役立ってくれる・・・
私はこの機を逃さないよう、先輩に向けて言葉を放つ
「この隙に、先輩はお逃げください!」
「エリス、あなたも逃げるのよ!ここはもうだめ、放棄するのよ。撤退するの。」
「私は何とかハンスを撃退できないか手を尽くしてみます。」
「・・・?何を言ってるの!?やつの毒の強さを見たでしょう、一歩間違えれば即死よ!」
「もちろん、危なくなる前には逃げるつもりです。ですが、天兵の攻撃も少しは効果があるようなので、勝機を探ってみます。それに・・・」
「それに?」
私は先輩の目を見て告げる。
「ここは・・・私がずっと死者の方の案内をしてきた想い入れのある場所なんです。なので、好き放題されるのは面白くありません!」
「・・・・・・」
先輩は困ったような表情で私を見て何かしら思案し、ゆっくりと口を開いた。
「・・・わかったわ。気を付けてね。」
「はい、では、またあとで」
先輩は、その場から光の粒子となって消えていく。
「・・・この子が天界に敵対するなんて、ありえないわね・・・」
去り際、先輩がぼそりそんなことを呟いていた。
・・・・・・
天兵の光の槍は微々たるものだけれどもダメージを負わせることができた。
それなら持久戦に持ち込み、弱らせてから封印してみるか。
私は天兵に叫ぶ。
「天兵!!援護は任せてください!!そのまま攻撃を続行です!!」
「御心のままに!!」
戦闘でテンションアゲアゲな天兵がカッコつけて返事をした。
イラっとするが、今は流す。
「『速度増加』!『体力強化』!『魔法抵抗力強化』!『状態異常耐性強化』!」
私は自分と天兵に支援魔法をかける。
「さぁ、試合再開です!」
戦いの幕は切って落とされた。
■■■
私達の戦術は単純だった。
ハンスの攻撃は私の結界で防ぎ、天兵が隙をみて光の槍で攻撃を加える。
ハンスが近づいてきたら、全力で離れ、遠距離を保つ。
そして支援魔法が途切れないように維持する。
戦い始めてどれだけ時間がたっただろうか。
私たちは何とかダメージを受けずに、攻撃をつなぐことができていた。
ハンスはスピードが遅いため速度強化した私たちに攻撃を与えられずにいる。
「クソ・・・ちょこまかと・・・!」
ハンスにいら立ちが見える。
「ならば・・・」
ハンスは両手を天に向けて掲げる。
「これならどうだ!!!」
「・・・?」
そして、手の平から、巨大な毒の塊を上空に発射した。
毒の塊は上空の高い位置まで進み、停止して・・・
「・・・・・・!!!」
弾けて、雨となり、私たちの下に降り注いだ。
回避不可能な毒の雨。
私達は結界で毒の雨を凌ぐ。
しかし、降りしきる毒雨で相手の動きをとらえることが困難となり、隙をついたハンスが天兵に肉薄する。
「・・・!!」
天兵は慌てて距離をとろうとするも、ハンスの攻撃の方が一瞬早かった。
猛毒の腕で、毒雨のダメージが蓄積していた結界を切り割く。
天兵は身を躱そうとするが、ハンスの攻撃が天兵の羽にまで及ぶ。
「ぐぁ・・・!!」
毒の腕の攻撃を受けた片翼は煙を上げて溶かされていく。
そして、機動力が大幅に失われた天兵に、ハンスが反対の腕でとどめの一撃を繰り出す。
「これで終わりだ!!」
「危ない!!」
私は咄嗟にハンスと天兵の間に割り込む。
ハンスの片腕が目の前に迫る。
私は全力で結界を張ってこれを防ぐ。
「ほぅ・・・よく間に合ったな!」
「くっ・・・なんて強い毒・・・」
神気で張った結界がハンスの毒を受けてどんどん溶けていく・・・
みるみる溶けていく結界を何度も再構築して防御に徹する。
「ははは、これで詰みだ!俺の強化された毒にいつまで耐えられるかな!!」
「ぐっ!!!」
一瞬でも気を抜いたら結界が破られるだろう。
どうする?何ができる?
どこかに転移?だめだ!そんな隙与えてもらえない!
タイムリープ?もっとだめだ!予備動作すら不可能だ!
「ククク、女神討ち取った!」
ハンスが高らかに勝利を宣言する。
天兵の方を伺うと、白目を向いて泡を吹いてる。
先ほどのハンスの攻撃を羽に受け、ショックで気絶してしまったのだろう。
私は今何ができるか必死に考える。
このままどれだけ耐えられるだろうか。
ハンスの毒が加速して結界の再構築が間に合わなくなってきている。
みるみる結界が薄くなる。
あと何分食い止められる?
いや何秒?
死へのタイムリミットが着々と迫るも、この状況を打破するイメージが湧いてこない。
私は、ここで終わりかもしれない。
絶望的な状況の中、ふいにそんな思いが生じる。
その思いは私の頭に走馬燈を走らせる。
女神化に戸惑ったけど頑張ろうと心に誓ったこと、
初めて死者を案内したこと、
アクア先輩に無理難題を押し付けられたこと、
ダクネスの真摯な祈りが届いたこと、
クリスとして初めて下界に降りたこと、
カズマさんにパンツを盗まれたこと、
王女様の神器を奪うため王城で大立ち回りしたこと、
エリス祭りで自らの姿で人々の目の前に立ったこと、
めぐみんさんの盗賊団に加わったこと、
普通の女の子と女神との間で揺れた末、
女神の道を歩む決意をしたこと、
女神としてたくさんの信者ができて、胸躍る冒険ができて、素敵な人たちに出会えて、・・・
「本当に・・・楽しかった・・・」
猛毒が押し寄せ、結界が崩れる中、私は静かに目を閉じ、消失を覚悟した・・・
次回、3話同時更新、そして最終回です!