この素晴らしい天界に祝福を!   作:勾玉

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第3話 サキュバス店のリッチー②

サキュバスさんのお店で働きだしてから早1週間。

 

この露出過多なサキュバス衣裳や仕事にも慣れてきた。

 

 

日当は初日から変わらず一日5000エリス。やっぱり他にあてを探さなきゃな、等と仕事中に考えられる程度には余裕が出てきたその日、まだ開店早々の時間帯、出入口付近でいつものようにお客さんを待っていると、サキュバス店の扉が開く。

 

 

この時間帯だと、テイラーさんかな…などと考えながら「いらっしゃいませ」とお客さんに声を掛ける。

 

…ちなみにテイラーさんは最初こそ私がいることで挙動不審な態度をとっていたが、もう私が居ることに慣れてしまったようで既に5回もこの店で顔を合わせている。お客さんの中でもトップクラスの来店率だ。魔道具店には全然顔を出してくれなかったのに。希望の夢の内容もだんだんレベルが高くなっていって、ちょっともう私にはついていけない。なんというエロセイダーなのでしょうか。

 

 

…おっと、いけない。接客に集中しなければ。

 

そう思い、入り口の扉から入ってくるお客さんに魔道具店接客でつちかったスマイルを向ける。

 

扉を開け来店したのは…バニルさん??

 

いや、バニルさんにしては身長が低すぎる。私よりも低いのではないだろうか。

見ると恰好も少し変で、バニルさんの仮面をつけ、その顔の部分以外、頭がすっぽり隠れるフードが付いた全身ローブを着ているお客さんだった。

ただ、秘めている魔力は相当のモノのようでアクセル街でも超上位クラスの魔力が感じられる。

その仮面客は私の姿に気づくと、ビクリと体を震わせてキョロキョロと周りをうかがうような挙動不審な態度をとっている。

 

お客さん?ですよね??

 

私は戸惑いながらも怪しげな仮面客を案内しようと声をかける。

「あの、お客様ですよね?こちらへ…」

と、私が言いかけた瞬間、ロリサキュバスさんが私の背後からトテトテと現れ…

「あ!ゆんゆんさん!最近はご無沙汰でしたね!」

 

その場に現れたロリサキュバスさんに声を掛けられた仮面客はビクリと大きく体を震わせ叫ぶ。

「わー!!!店員さん!私のことはぶっころりーと呼んでとあれだけ言ったじゃないですかー!!!」

 

仮面客は可愛らしい声で抗議する。

それに対してロリサキュバスさんは…

「あ!そうでしたね、ごめんなさい、ぶっころりーさん。最近ご無沙汰で心配したんですよー、以前はあれだけ毎日…」

「わー!わー!!わー!!!」

 

プライバシー侵害系サキュバスにより個人情報を漏洩されてしまったゆんゆんさん…

実はこのロリっ子、狙ってやっているんじゃないだろうか。

ゆんゆんさんも気の毒に…

 

 

■■■

 

 

店の奥に移動して客席に着いたバニル仮面のゆんゆんさんは私に疑問の声を向ける。

「ところで、店主さん…ですよね?店に入った瞬間にビックリしましたよ。凄い恰好ですね…」

「うぅ…ゆんゆんさん、言わないでください…これはバニルさんからの提案なんです…」

「えぇ!!バニルさん、こんな変態趣味があったんですか!?完全に変態仮面じゃないですか!」

「あ、いえいえ。衣裳じゃなくてこの店で働くことの提案です。私、ちょっとした事情で借金をつくって魔道具店を差押えられてしまって…」

「えぇ!?店主さん、大丈夫なんですか?借金っていくらなんですか?良ければ私が援助しますよ。私、友達の数は一向に増えないんですけど、おかげで交際費がかからないから貯金通帳の残高だけは増える一方なんで。」

「ゆんゆんさん……」

 

私の中に、羨むべきか、憐れむべきか、複雑な感情が芽生える。

…あれ?涙が。

 

「ゆんゆんさん、ありがとうございます。とても有難い提案なのですが、もとは私が作った借金ですし、ギリギリまで頑張ってみます。見通す悪魔のバニルさんもついてくれていま…います?……いますので。」

「店主さん…なんで最後のところ微妙な感じになったんですか…。でも、本当にどうしようもなさそうな時は頼ってくださいね!頼ってくださいね!あ、それからゆんゆんさんじゃなく、ぶっころりーさんです。」

大事なことなので2回も鼻息荒く言うゆんゆんさん。

仮面が私のもとにズズイと迫って来てちょっと怖い。

 

「あ、ありがとうございます、ぶっころりーさん。それにしても、ここにくるのは男性冒険者ばかりなのに、女性の利用なんて珍しいですね。女性視点で性的な夢を見せてもらうなら、それはサキュバスよりインキュバスの領分であるような気がするのですけれども…」

「うぅぅ。違うんです…私の悪友…顔見知りの人からサキュバスサービスのことを聞いて、最初は遊びのつもりだったんです。けれども、一度夢を見せてもらったら夢の中の友達があまりにも私に優しくしてくれるんで、どんどん夢の世界にのめり込んでいってエスカレートしていって…」

なんだかイケない遊びにハマる女性みたいなことを言い出したゆんゆんさん。

これが以前カズマさんが言っていた夢女子というものだろうか。

 

 

私とゆんゆんさんがお互いちょっとイタい事情を打ち明け合い、微妙な空気になっていると…。

 

「おー店主さん今日も出勤かい。いやー眼福眼福。って、ボッチ紅魔族じゃねーか。おごれよ。」

ちょうどよく来店してきたチンピラ冒険者ダストさんが私達の存在に気づいて声をかけてきた。

 

私がサキュバス店で働いていることは既にこの街の男性冒険者の間で話題になってしまっていて、たまにこんな風に声をかけられることがあった。

 

ダストさんから声をかけられた目の前のバニル仮面ゆんゆんさんが猛る。

「ちょ…!せっかくこんな風に変装してきているのに、私が来ていることが周りにバレるような発言は控えてくださいよ!それと、ここでは、私のことはぶっころりーと呼んでくださいって何度も言ってるでしょ!」

 

どうやらダストさんはゆんゆんさんが常連であることを知っていたようだ。

 

「なぁ、おごってくれよゆんゆん。俺、ここの利用料で今日は晩飯代がねーんだよ。俺ら友達じゃねーか。」

「うっ…そ、そんな甘言に惑わされませんよ…で、でもちょうど今日は夜予定が空いているところで…」

 

明らかに甘言に惑わされつつあるゆんゆんさん。

見通す能力の無い私でもダメ男にひっかかり散財させられる不憫なゆんゆんさんの将来の姿が浮かんでしまう。

というか、ダストさんは晩御飯のお金も無くなるならこんなサービス利用しちゃだめだろう。

というか、客席ブースでそんな言い合いをしないでもらいたいのだけれども…

 

心の中で律儀にツッコミを加えているとゆんゆんさんが気づいたように私に言葉を向ける。

「そういえば店主さんは借金生活を送ってるとのことですけど、ちゃんと食べてるんですか?」

「うっ…それがここ数日砂糖水を吸ってパンの耳を齧る生活で…」

 

私が恥ずかしながら伝えると、それを聞いてダストさんとゆんゆんさんの表情が固まる。

 

「その…すまねぇ…晩飯が一食だけ食えないくらいで騒いじまって…これ、今晩食べようと思ってたんだけど店主さんにやるわ。」

そういってダストさんはズボンのポケットに手を突っ込み柿の種を取り出して私に…

 

「いりませんよ!」

 

それを見ていたゆんゆんさんが意を決したように言う。

「あ、あの!きょ、今日は私がおごりますから…店主さんの仕事が終わったら晩御飯を食べに…食べに行きましょう…行くのはいかがでしょうか…どうか私と一緒にご飯を食べてください。よろしくお願いしますっ!!」

「あ…あの、一世一代のプロポーズみたいに言ってくれるのは凄く嬉しいのですが、今日も遅くまでシフトがあるので……あぁ!そんな仮面越しにもわかるくらいにこの世の終わりのようなオーラをださないでください!!」

 

ゆんゆんさんの提案は私にとっても魅力的であったけれども今は借金のこともあるので、流石に仕事が優先だ。

 

「なんだオィ、それならこの店の奥の接待ブースで食事すればいいんじゃねーか。店主さんにも休憩時間くらいはあるんだろ。」

「ええ。休憩時間もちゃんとありますし、それなら大丈夫ですよ!」

 

ダストさんが提示してくれた案に、世紀末を迎えていたゆんゆんさんが途端に元気を取り戻す。

「ほんとですか!あ、あわわ、ダストさん!お食事することになっちゃいましたよ!どどどどうしましょう…あ!とりあえず美容室に行ってこないと!それと、新しい服を買って…ちょ、ちょっと高いけど魔道カメラも…そうだ、お土産はいくらくらいのものを準備すれば…」

「おいボッチ娘、お前、おめかししても店内ではずっと怪しげな恰好で姿隠してるじゃねーか。それに、お土産って、いったい何を催すつもりだよ?」

「だってだって!!お誘いしたのにお土産も用意しないなんて失礼にあたるじゃないですか!それと、ボッチ娘じゃなく、ぶっころりーです!」

 

「あの…他のお客さんもちらほら来つつありますし、とりあえず二人とも落ち着いて席について夢のオーダーでもしてくださいね。」

そして、私は立ったままのダストさんを少し離れた席に座らせて業務に戻った。

 

その後、私は休憩時間になるまで接客に勤しむ。

 

ちなみに、ゆんゆんさんがその日にオーダーしていった夢の内容だが、4年に1度の誕生日を祝ってもらう、という内容だった。なぜか、ゆんゆんさんが祝ってくれた人にお土産を渡すというディティールまで書かれていた。

それ、普通は貰う側ですよ…

 

…少し涙がでた。

 

 

 

■■■

 

 

休憩時間。

サキュバス店の接待ブースの一角。

 

「なるほどな、借金2000万エリスねぇ…そりゃまた大層な額だな…」

ダストさんが普段見せない神妙な顔つきで呟く。

 

その横に座っていたゆんゆんさんが声を低くしていう。

「なるほどな…じゃないですよ。なんでダストさんがいるんですか。私、店主さんに奢るっていいましたけど、ダストさんには奢りませんよ?」

「おいおいゆんゆん。相談役が一人より二人いた方が店主さん的にも心強いんじゃないか。それなら、みんなで食事することになるだろ。そして、お前はその場の一人だけにおごるような薄情なヤツなのか。そんなだからいつも独りで食事をしているんじゃないか。このマスターボッチ。」

「うぐ…そ、そう言われればそんな気も…あと、ゆんゆんでなくぶっころりーです。」

 

私の借金返済作戦の話を聞いていたダストさんも輪に加わり、私達は食事がてら私の借金の返済を目標とした話し合いが行われていた。

 

私はため息をつき話を進める。

「はぁ、ここでのお給料じゃ完済まで何年かかることやら…」

「なぁ、店主さんの力なら金融業者のとこにカチコミに行って黙らせることもできるんじゃねぇか。」

「い、いえ…流石にそんなヤクザみたいなことなんてせずに真っ当にやりたいとは思ってますから…」

「真っ当ねぇ……」

 

ダストさんは目を瞑ってしばし黙考し…

 

「あ、サキュバス店員さん、この酒同じやつもう一杯。」

「ッ!酒代は自分で出してくださいね!!」

 

ゆんゆんさんにどなられた。

 

私が呆れているとダストさんは真剣な表情で私に向かって言ってきた。

「店主さんは、商品を全部差押えられちまったのかい?」

「いえ、幸運にもいくらかこの世で最も深いダンジョンに保管していた商品が数点あります。」

「な、なんつーところで保管してやがるんだ…」

ダストさんが少し引き気味に言うが、気を取り直したように、こほん、と咳払いをしてから真剣な表情をして口を開く。

「よし、店主さん。体を売ろう。」

「…ダストさん、目が怖いです。あと、文脈が変です。」

私がつっこむと更にゆんゆんさんが追撃する。

「ダストさんのゴミ!産廃!女性の弱みに付け込んで商売のかたにしようなんてゲスですよ!ゲストですよ!」

「…なっ!てめぇゆんゆん!お前は俺にだけ突っ込みが激しすぎなんだよ!いや、別に店主さんに一線を越えるようなサービスをしろというので無くてだな…」

「偉そうに借金の相談にのる前に、まず私がダストさんに貸したお金を返済してくださいよ!それと、私はぶっころりーです。」

「えぇぇい!それは次のリザードランナーレースで勝ったら返すっていってんじゃねーか!おっぱい紅魔族は少し黙ってろ!あとで質疑応答の時間を設けてやるから!」

猛るダストさんは、ゆんゆんさんを黙らせて話を続ける。

 

「いいか、店主さん。この店に来た男性冒険者を少しの時間だけ接待ブースに案内するんだ。そこで隣に座って商品を売りつけるんだ。相手が首を縦に振らないなら距離をつめろ。首を縦に降るまでそれを続けるんだ。そうすれば必ず売れる。あと、余計な商品説明は聞かれない限りする必要はない。むしろしない方がいい。」

それを聞いたゆんゆんさんは冷たい目をダストさんに向けながらつぶやく。

「それ、ただの色仕掛けじゃないですか。」

「あぁそうさ。この店に来るのは溜まってる冒険者だ。効果は抜群だよな、ぶっころりー。」

「知りませんよ!あと、ぶっころりーじゃなく、ゆんゆんです。あ、間違えた。っていうか、詐欺ですよそれ。相手は商品が欲しくてお金をだすわけじゃないじゃないですか。」

「この馬鹿ボッチ!!」

「ばかぼ…!?」

 

口をあんぐり開けたゆんゆんさんに向かってダストさんが早口でまくし立てる。

「別に商品が欲しいかどうかなんてどうでもいいんだよ!!金を出すやつはそれが物質的なものであれ精神的なものであれ自分の欲を満たすために金を出すんだ!そして、ここに来店した客は売買交渉という大義名分を背負って、それはもうエロい恰好の店主さんに超至近距離まで密着してもらえるんだ!そんな二人だけの空間というサービスを得ることができるんだ!ついでに魔道具までついてくる!その一連のサービスに金を出すだけの価値があると考えるヤツがいるなら、それは公正な取引だ!このサキュバス店だって精神的な満足を提供して、それに納得するヤツから金を巻き上げてるんじゃねーか!お前は、この場所でそれが不当だ詐欺だって大声で言えんのか!?わかったか、このファッキンボッチ!!」

「ふぁっき…!?」

ゆんゆんさんが涙目になりながらダストさんの首をしめる。

 

その隣で私はダストさんの提案について考える。

私の魔道具がついで扱いされているのに思うところがあるけど、ダストさんの言うことはわかる。

 

でも…

 

「でも、サキュバス店での勤務中に魔道具販売をするなんて職務怠慢なうえ営業妨害じゃないでしょうか…」

私の懸念に対して、ダストさんはゆんゆんさんからの絞首を何とか自力で解いて答える。

「ゲホっゲホっ!!クソ、魔法使いのくせになんて筋力だ……店主さんの懸念は、商品が売れたらその代金の一部を間借り代として多めに支払うことでなんとかなるんじゃないか?そもそもここは客単価が5000エリスだろ。俺の方法なら一人から5万エリスくらいは巻き上げれるだろうから、まぁ3割くらいをこの店に還元するなら店としても利益が上回るんじゃないか。」

「うーん…いずれにせよ、それはお店と相談ですね。」

「まぁ、この接待ブースは今みたいに、普段から空いてますからお店として提供する場所は用意できますけど。」

「え??ロリサキュバスさん、いつの間に…」

気付くと私の隣にロリサキュバスさんが座ってちゅーちゅーとジュースを飲んでいた。

この子、いつも絶妙なタイミングで登場するのはなんなのだろう。

 

ロリサキュバスさんは話を続ける。

「あ、私も休憩時間に入りましたから。今日終わったら一緒に店長に話してみましょうか。」

「え?本当ですか??って、私、まだやるとは…」

 

そこで改めてダストさんが提案したやり方について考える。

まず私がそんなキャバ嬢みたいなことをすることについてだが…そもそも、この店で働いていることからして水商売に足を突っ込んでいるようなものだし、当初より羞恥心はだいぶ薄らいでいる。

もし生理的に受け付けないようなお客さんが相手だとゾッとしなくもないが、ダストさんの話だと、こちらから営業をかけるお客さんを選べるという利点もある。

あわよくばイケメン男性とお近づきになることも…

 

…って、いけないいけない。

 

そもそも、場所が魔道具店じゃないだけで、私が上手に商品の魅力を伝えて買ってもらえるのであれば、それはもう魔道具店での接客とさほど変わらないんじゃないか。

 

 

「確かに悪くは無いですね…わかりました。ダストさんの言うことを前向きに考えてみようと思います。」

「えぇ!?店主さん、やるんですか!?他の人の案ならともかく他ならぬダストさんの案ですよ!?」

「オゥコラ、クソボッチ、表に出やがれ!シバいてやる。」

「ダストさんが私に勝てるわけないじゃないですか。もうここのお代は自分で出してくださいね。っていうか私にお金返してくださいよ。」

「うぐっ、お前、ほんとに俺だけには容赦ないよな…」

 

 

…この2人実はかなり息が合ってるよなぁ。

 

などとぼーっと二人の茶番劇を眺めつつ、私は今日の仕事が終わった後、サキュバス店の店長にどう説明しようか、とかダンジョンから回収してくる商品は何にしようか、などダストさんの計画を前向きに考えるのだった。

 

 

■■■

 

借 金:2000万エリス

持ち金:   3万エリス

猶 予:残り3週間

 




前回更新からかなり間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

超絶面白いなろう小説があって、それにハマってしまってました。
タイトルは『玉葱とクラリオン』(https://ncode.syosetu.com/n0632db/)。
序盤はコメディが強いですが終盤は超重厚な250万文字超の長編作です。
興味のある方は是非。


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