アクセルの街からほど近い平原。
私は真剣な表情で正面を睨む。
一筋の汗が頬を伝った。
心臓は早鐘を打つ。
冒険者として格上の強敵と戦っていた時でさえこれほどの緊張を感じたことがあっただろうか。
いや、無いといいきることができる。
周りの大勢の冒険者たちも私と同じ方を向き一様に緊張した面持ちでいる。
私たちの目の前、平原の先には大地を覆いつくさんとする粉塵が巻き上がる。
決して、負けられない戦いが繰り広げられようとしていた。
私は汗の滲んだ手で一枚の紙券を握りしめている。
――――時は満ち、拡声の魔道具でその場一帯に声が響いた。
『リザードランナーレース第86回アクセルダービー、さてランナー達の姿が見えてまいりました!!』
リザードランナーレースの戦いの火蓋が切られる――――
私は、単勝1番グラムマツルギー、オッズ10.4倍の馬券をくしゃくしゃにするほどに強く握り、幸運の女神エリス様に祈りを捧げる。
『さぁ、ランナー達が見えてまいりました。先頭はグラムマツルギー、追って2番手は一馬身差ユリ=シンフォニア、更にエターナルボッチーが3番手だ!』
よし、出だしは順調。
しかし、まだ、だ。
たとい始めは先頭を走っていようとも、展開次第ではどうにでもなる。人生のように。
『…さぁ第一コーナーを回った!ここで一機に駆け抜けたのはエターナルボッチーです!一機に先頭に躍り出ました!孤高の勇士エターナルボッチー2位のグラムマツルギーと一馬身差です!』
1位を譲ってしまったが、大丈夫。
今は体力を温存しておく場面だ。
焦って仕掛けてはロクなことにはならないのだ。人生のように。
『おおっと!現在3位のユリ=シンフォニアがこの直線で加速する!グラムマツルギーを抜いて2位に付けた!更にエターナルボッチーにぐんぐんと迫る!』
『第2コーナーを回ってユリ=シンフォニアがコース内側から迫る!!エターナルボッチー逃げきれるか!!激しい競り合となった!!ユリ=シンフォニア頭差でややリードか!!』
『最終コーナーを回ってトップはユリ=シンフォニア!!!2位のエターナルボッチーとは半馬身差!!!残り500メートル!!!ここで3位グラムマツルギー加速した!!!速い速い!!!トップ集団との差をぐんぐん詰める!!!』
「きたきたきたきた!!!」
私は思わず叫ぶ。
残り400メートル!!!
『グラムマツルギーがエターナルボッチーに並んで………抜きました!!エターナルボッチーを抜いてグラムマツルギー2位です!!!!そのまま先頭のユリ=シンフォニアに迫る!!!!』
残り300メートル!!!!
『さぁグラムマツルギー、ユリ=シンフォニアとハナ差となった!!!!!ユリ=シンフォニア逃げる!!!!!これを追うグラムマツルギー!!!!!グラムマツルギー並んだ!!!!!二頭並んで残り100メートルのトップ争いです!!!!!』
会場が熱狂に包まれて大きく湧き上がる。
『残り50メートル、グラムマツルギー1位に躍り出た!!!!!!ユリ=シンフォニアを抜きました!!!!!!グラムマツルギー、一直線にゴールへと駆ける!!!!!!』
「やったあああああああ―――――――――
『あぁぁぁぁぁっと!!!!!!グラムマツルギー転倒!!!!!!なんとグラムマツルギー転倒だ!!!!!!ユリ=シンフォニア、これに巻き込まれる!!!!!!前代未聞のアクシデントが起こってしまった!!!!!!大丈夫でしょうか!?横を掛け抜けるのはパットメガミー!ゴールイン!1位はパットメガミーです!アクセルダービー、春のリザードランナーレース、優勝はパットメガミーです!!』
―――――――――………… ……… … 」
全財産をつぎ込んだ私は真っ白な灰になった。
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「ま、まさか…ギャンブルで無一文に逆戻りとは…前回何かを掴んだような汝の態度は何だったのだ…」
「うぅぅぅ…だってだって!年に一度のG1レースで通常よりも倍率が高いってダストさんが…ダストさんがあああああ」
リザードランナーレースで盛大に全財産を溶かした私はバニルさんの宿泊する宿の一室でバニルさんに泣きついていた。
バニルさんは嫌そうに私を払いのけようとするが、このやり場のない気持ちを受け止めてほしくて私はバニルさんに必死にしがみついていた。
「どう解釈すれば、先日の我輩の助言からギャンブルで一攫千金を狙うという答えが導かれるのだ!?実は汝は債務超過なこの状況を楽しんでいるのではないか!?本当に魔道具店を取り戻す気はあるのだろうな!?」
「私だってこの短期間で一気に借金を返す方法を真剣に考えたんですよ…考えたんです…考えたんですがああああ」
「それでギャンブル…完全に破産者の思考ではないか…はぁ」
バニルさんが大きくため息をつく。流石に私に愛想を尽かしてしまったのだろうか。バニルさんに見捨てられたら私は…私は…
と、捨てられるも何も、そもそも拾われているかすら怪しい私にバニルさんから問いかけがあった。
「ときに、汝はわらしべ長者という話を聞いたことがあるか?」
「ぐすん………わらしべ長者…?」
「あの姑息さにかけて右に出るものがいない小僧の国に伝わるおとぎ話のようでな。手元に藁しかない貧乏人が藁を元手に屋敷を手に入れたとされる話だ」
「藁から屋敷を、ですか…それはなんと…羨ましい錬金術ですね」
「錬金術では無いぞ。これは物々交換の結果である。アブを括り付けた藁、ハチミツ、反物、馬と次々に物々交換を繰り返していって遂には屋敷を手に入れた、という話である」
そんな上手い話があろうとは…
バニルさんは説明を続ける。
「売買は通貨を介して物をやりとりするが、もとを辿れば売買とは物々交換に由来するものだ。物々交換によって現れた物の『価値』を代替可能、保管可能、持ち運び可能なものとして顕在化させたものが通貨であって…と、まぁ小難しい話をしてもおバカな汝の脳がエクスプロージョンしてしまうであろうからそこはいいとして…」
「ひ、ひどい!!」
サラッと私をdisるバニルさん、これさえなければ尊敬できるのに…!
「まぁ、人をdisるのは悪魔としての礼儀みたいなものだ。こればかりはなんともならんな」
そしてサラッと人の内心を見通す悪魔なバニルさんは説明を続ける。
「物々交換を成功させる秘訣は自分の持ち物が相手にとってどれだけ価値があるかを見抜くことだ。汝は物々交換を通して相手の価値観というものを見通す能力を養うのだ。然れば、店主として返り咲いたときに少しはマシな商売感覚が身に着くであろう」
「な、なるほど……」
見通す悪魔の助言に私は首肯する。悔しいが、私も自分の商才はほんのちょっとだけ優れていないところがあることを自覚している。その点、バニルさんの商才は抜群で、その助言も的確な気がする。
「汝は弁済期日までの2週間、物々交換で2000万エリス相当の取引を成功させるのだ」
「う…なんだか途方もない達成目標な気がします」
商才がほんのちょっとだけアレな私にとっても、その困難さは十分に理解できる。
「できなければ、路頭に迷うのみだ」
「…わ、わかりました。では、まずはこの世で最も深いダンジョンに保管している魔道具を持ってきて…」
私はどの魔道具を持ってこようか考えるが、すぐにバニルさんの発言で思考が中断される。
「いや、汝の保管している魔道具を欲しがる輩は残念ながらこの世に存在しないので…」
「ひ、ひどい!!」
「この世に存在しないので、我輩からこれをやろう」
2回も同じことを言いながらバニルさんは少し変わった形の石を私に放り投げてよこした。
私はその石を手に取りしげしげと見つめる。形が少し変なこの石は特に魔力も感じない。
「…なにか特別な石なんですか?」
「いや、それはさっき我輩が適当に拾った石である」
「て、適当に拾った…」
「ほれほれ行ってこい。心配せずとも、必ずそれを欲する輩が現れると、見通す悪魔が宣言しよう」
自信満々に宣言するバニルさんを、私は胡散臭いものを見る目で見ざるを得なかった。
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「えー…変わった形の石ですよー…珍しい石が欲しい人はいませんかー…」
仕方なく私は差押えられている魔道具店の前で石を売り込むが、当然といえば当然、通りすがる人は奇妙なものを見る目線を私に向けるだけで石には誰も興味を示さない。
そんな状況が3日も続けば、仮面の悪魔の役立たず!と叫びたくもなってきて、商才抜群との評価を撤回したくもなってくる。
だいたいこんな何の変哲もない変な形の石ころを欲しがる人なんて「ああああああああ!ちょっと!なにその石!えぇっ!?な、何これ、すごい!え!?ヤバいヤバいんですけどー!欲しいんですけどー!」
…――いた。
「あ、アクア様、いいところにいらっしゃいました」
「ウィズ、女神の目にかなう石を見つけてくるなんてやるじゃない!これはSSRだわ!」
「え…SSR?」
聞きなれない単語に戸惑っているとアクア様は話題をうつす。
「それにしても、お店に遊びに行こうとしたらお店に入れなくなってて凄く心配したんだから!大丈夫なの?ちゃんと食べてる?」
「ご心配をおかけしてすみません…まぁリッチーは食べれなくても死なないので…ここ最近はサキュバスさんのお店で働いていたのでアクア様に顔をお出しする機会もありませんでしたよね」
「なっ!あんな悪魔臭いお店で働いてたですって!?そんなところで働いていたら腐乱臭に悪魔臭が混じってハエも寄ってこなくなるわよ」
「え…私、腐乱臭します…!?」
アンデッドな私だがお店の店主として清涼感には最大限に気を遣っているつもりだ。
というか、腐乱臭って――――
ショックで顔を青くして自分のにおいを嗅いで確認する。
腐乱臭…してたら死にたい…もう死んでますけど…
「あ、ごめんねウィズ!大丈夫!女神な私の嗅覚は普通の人間の数倍はアンデッドとかに敏感なの。普通の人間の嗅覚では腐乱臭なんて嗅ぎ分けられないから大丈夫よ多分」
「た、多分…??」
私はわなわな震えながら、この件が片付いたら高価な香水を買ってやると心に誓う。
「ウィズ、それで、その石なんだけれども…」
「香水香水香水香水……」
「うぃ、ウィズ…?」
「こうす…え?あ、あぁ!石ですね!えーっと…」
ショックで一瞬自我を失っていた私は我に返って、現状を思い出す。
「えーっと…アクア様、石をお譲りするのは構いませんが、差し支えなけば何かと交換という形でいかがでしょうか」
本来であれば、対価など要求しないところだが、そうも言っていられないので勇気を振り絞って私はアクア様に提案する。
「交換ねぇ…仕方ないわ…これだけは出したくなかったのだけれども、私の宴会芸の中でも禁じ手ともされている1つ、神の『見えざる手』を披露してあげるわ!それで手をうって頂戴」
「え、宴会芸…」
確かにアクア様の宴会芸はお金をとれるレベルだけれども、流石にそれでは物々交換としてゲームオーバーだ。
「アクア様、卑しくて申し訳ないのですが、何か形のあるものを交換していただけないでしょうか…」
「形のあるものねぇ…」
そういってアクア様は懐をごそごそして布辺を取り出す。
「これなんてどうかしら?」
「えーっと…なんですかこれは?」
「パンツよ」
「パンツ!!!!」
まさか対価に下着が提示されるなんて予想していなかった私は思わず叫んでしまう。
アクア様が痴女だったとは!
「ちょっとウィズ、何だか女神な私に無礼なことを思ってそうな気がするのだけれども、これは別に私の脱ぎたてパンツとかじゃないわよ」
「は、はぁ…」
「これはね、ダクネスのなの」
「……」
「違うの違うの!流石に私も他人のパンツを差し出すような鬼畜じゃないわ!これには理由があるのよ!」
と、慌てたアクア様は弁明する。
「ダクネスが部屋でこのパンツを試着してたときに私が偶然部屋に入っちゃってね。その下着を可愛いわね、って褒めたら、ダクネスが顔を真っ赤にして、いらないってゴミにだそうとしてね。勿体なくて私がもらってきたのよ。宴会芸に使えるかもと思ってね」
宴会芸で使われるパンツ…ダクネスさんもかわいそうに…
「ウィズにあげるわ!あ、汚くは無いけれども、ダクネスが一度だけ試着したものだから洗ってから使ったほうがいいわよ」
「は、はぁ…」
まぁ、何でもない石よりはパンツの方が需要があるだろう。
「それじゃあ取引成立ね!ありがとウィズ!」
そして私は石ころをアクア様に渡してパンツを手に入れた。
広げてみると可愛い熊さんの刺繍が入っていた。
ダクネスさん、可愛いのが好きなんですね…
ちなみにその後おまけで宴会芸の『見えざる手』も披露してもらったが、本当に見えなくて…なんかすごかった。
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熊さんパンツを手に入れたものの、これは誰が必要とするのだろうか。
デザインは子供向けだけれどもサイズは大人用という何だかモラトリアムで背徳的な感じがするそれを、みょーんと伸ばしながら考える。
「…まぁ、石ころよりは需要ありますよね」
私がそう呟くと、そんな私に向けて男性の声が掛かった。
「て、店主さん、道の真ん中でパンツを広げながら何をなさっているのですか」
私は声の主に目をやると、この街でも有名な凄腕冒険者で魔剣を掲げた男性の姿があった。
「あ、あなたは確か、マ、マー…」
「ちょっと待ってください!僕の名前の頭文字を言おうとしているのであれば、いきなり違ってます!頭文字は『ミ』です!」
「あぁ、失礼しましたミツヒコさん」
「店主さん、僕を、体は子供頭脳は大人な名探偵の取り巻きのひとりのおませなそばかす少年みたいに呼ばないでください。僕の名前はミツルギです。」
「そうでしたそうでした。ミツルギ……メイヤさんですね」
「店主さん、僕を、国連太平洋方面第11軍横浜基地衛士訓練学校第207衛士訓練部隊B分隊所属の訓練兵 兼 御剣財閥の次期当主みたいに呼ばないでください。僕の名前はミツルギキョウヤです。というか、随分マニアックなところを攻めますね…」
「失礼、噛みました…」
「噛んだんじゃない、わざとだ」
「噛みまみた」
「わざとじゃない!?」
こほん、とミツルギさんは気を取り直して言葉を続ける。
「……ところで店主さん、お店が差押えられたというお話をお聞きしたのですが、借金を返すあてはあるのですか?なんなら僕と一緒に高額の達成報酬のあるクエストに行きませんか」
「ミツルギさん、お誘いいただいてありがとうございます。ですが、私も返すあてというか、今頑張っている最中で……もう少し粘ってみようと思います」
ミツルギさんのお誘いは嬉しいのだけれども、私としては何とかバニルさんの課題を達成したかったので、やんわりとお断りする。
そして手元のパンツのことを思い出して。
「そうだ、ミツルギさん、この下着はいりませんか?熊さんの刺繍が可愛くないですか?きっとお似合いですよ!」
「い、いえ、流石に女性もののパンツをはく趣味は無くて…すみません…」
「ですよね…いえいえ大丈夫です…折角アクア様から頂いたパンツなので、どなたかちゃんとした履き手を見つけてあげたいのですが…」
「今、なんて?」
その瞬間、ミツルギさんの態度が急変した。いったいどうしたのだろう。
「え…ちゃんとした履き手を見つけてあげたい…と」
「その前に、なんて言いました?」
「えーっと…頂き物のパンツと…」
「誰からですか?」
「あ、アクア様から…」
それを聞いたミツルギさんが驚愕の表情を浮かべて硬直する。
「ミツルギさん…?えっと…とりあえず試着済みのパンツですので、一度洗ってから欲しい人を探してみま…」
「ください」
「…え……え、えぇ!?」
「ください」
「でもさっき女性もののパンツをはく趣味は無いって…」
「無いです。ください」
「あ、ありがとうございます…では洗ってから…」
「僕が洗いますので。ください」
「は、はぁ…」
態度を一変させてパンツに執着するミツルギさん…確かミツルギさんのパーティには二人女の子がいたはずだ。多分その子達にあげるのだろう。多分。
「では…ミツルギさん、差し支えなければ何かと交換いただきたいのですが…」
「あぁ…そうですよね!えーっと、お店を買い戻すためにできるだけ高価なものがいいですよね…ではフレアタイトか高純度マナタイトか、どちらかではいかがですか?いずれも100万エリスは下らないアイテムですよ」
そういってミツルギさんは両手に一つずつ鉱石を取り出す。
私はそれをじーっと見つめて考える。
フレアタイトは希少であり高価であるけれども使う場面が限られている。それに対してマナタイトは冒険者に必要とされる場面が多い。ダンジョンに潜ってMP切れになるということはよくあることでマナタイトは重宝されているのだ。
感覚としてはフレアタイトが欲しい私だったが、論理的に考えてマナタイトの方が交換先としてより多くの人が想定されると判断する。私も成長したものだ。
「…えーっと、ではマナタイトを頂いてもよろしいですか?」
「わかりました。ではこちらをどうぞ」
そういってミツルギさんは右手のマナタイトを私の手に収めてくれた。
その代わりにお渡ししたダクネスさんの試着済みパンツを、ミツルギさんは大事そうに懐にいれてその場を去っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「だ…駄目だ…」
需要が尽きないだろうと思われて入手した高純度マナタイト。確かに需要は多かった。
しかし駆け出しの街の冒険者の方たちには一度きりの使い切りアイテムにそこまで高価な品を交換品として提示できない。
この3日間、マナタイトの交換に応じてくれる冒険者の方は複数いらっしゃったのだが取引は成立していない。
もういっそ価値としては落ちても交換に応じた方がいいのだろうかと考え始めた頃…
「…あら?」
何となく差押えられた魔道具店の前まで足を運んだ私が目にしたのは店の前に立つ魔法使い風の金髪の女性の姿だった。
あの方は確かこの国の王女様の側近の一人ではなかっただろうか。
確か名前は…
「えーっと、もしかして、レイン様ですか?魔道具店に何か御用でしたか?」
「え…?私はレインですが…あ、こちらのお店の店員さんでしょうか?すみません、差押との板版が張り付けられているのですが、営業していなかったのですね……はぁ…」
レイン様は目下にはクマができ、ひどく疲れた様子でため息を吐く。
貴族でありながら地味目な印象が相まって、ひどく幸薄そうに見える。何だか他人事とは思えない。
「レイン様…何か魔道具をご所望だったのですか?」
「いえ…魔道具といいますか、鉱石なんですけどね…少し前に希少な鉱石が眠る甲羅を背負う玄武が出たという話を聞いてここアクセルの街に来たのですが…目的の鉱石が見つからずに途方に暮れていたところです。それで、もしかしたら魔道具店に売ってないかと思ったのですが…」
「ご、ごめんなさい…」
疲れ気味の声を聞くとなんとなく申し訳ない気持ちになって謝ってしまう。
「レイン様、鉱石というのは…もしかしてマナタイトですか?」
私は少し期待しながら問うが。
「いえ…マナタイトではありません」
レイン様は申し訳なさそうな顔をしつつ事情を話し出す。
「私の家で経営している領土では武器防具の売買が主産業となっているのです。ですが、武器防具を製作する鍛冶屋で用いられているある鉱石が最近市場に不足しているようで…大手の鍛冶屋が現在抱えているその鉱石の力が切れてしまうと武器防具の販売なども滞ってしまうのです」
…ある鉱石?
私の中で嫌な予感が芽生えた。
「…それで、少し前にアクセルの街で大量の鉱石を甲羅に背負った玄武が現れたとの情報を頼りに私自身足を運んだのですが…今回の玄武からのその鉱石の採掘量はとても少なかったようで、その鉱石を取引できる方がいなくて途方に暮れてしまって…縋る思いで魔道具店に足を運んだのですが…」
私は何となく先の展開が読め、震える声で問いかける。
「ち、ちなみにその鉱石というのは…」
まさか…
「………フレアタイトです…」
………
マツルギさんから提示された選択肢に対しての自分の選択を呪う。
いや自分の運のステータスを呪うべきだろうか。エリス様はアンデッドに慈悲は無いのだろうか。
「れ、レイン様…ち、ちなみにフレアタイトがあったならば何と交換して頂けるのでしょうか…」
私が青ざめた顔をしながら問うと、レイン様が応える。
「交換…ですか?えーっと…大手鍛冶屋が回らないと私の領土も赤字で大変なことになってしまいます…つきましては何としてもフレアタイト鉱石が必要で…交換といいますか、2000万エリスまでなら現金でお出しする所存です」
それを聞いた瞬間、私はレイン様の下から駆け出した。
扉を破壊する勢いで冒険者ギルドに駆け込み、
冒険者たちが泊まる宿に駆け込み、
全力疾走でアクセルの街を一周し、
アクセルの街で一番高い物見やぐらのてっぺんに登って叫ぶ。
「マツルギさあああああん!!!!!!!!」
さああああああん………
あああん………
………
その声は空しくやまびことなって木霊した。
…その後、結局マツルギさんの行方は知れず、アクセルの街中でフレアタイトを所持してそうな鍛冶屋や冒険者の方のもとを訪れたが軒並み全滅だった。
私は残りの一週間で、玄武の甲羅からフレアタイトを発掘した少数の冒険者の情報を総当たりすることに…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【レックス視点】
「う、嘘だろ…」
王都から離れた廃墟に巣食ったゴブリンロードの討伐依頼。
それが王都のギルドで俺達が引き受けたクエストだった。
ホブゴブリンやゴブリンチャンピョンなど上位種にも後れをとらなくなった俺達パーティーはゴブリンロードの適正レベルに達し、その討伐を自信をもって受けたのだが…
俺の傍らには戦闘不能となったソフィとテリーが多量の流血の中で沈んでいる。
俺自身も片足に大きな傷を付けられて逃げることも困難な状況だ。
俺は目の前に無数に湧いているゴブリンロードを取り巻くゴブリンの群れを睨む。
ゴブリン達は風前の灯の状況である俺らに向かってゲタゲタと下品な笑みを浮かべている。
…死
その言葉が脳裏をよぎる。
王都から離れたこんな廃墟に蘇生魔法が使えるアークプリーストは来てくれるだろうか。
ここで死んだら生き返れる可能性も皆無だ。
あぁ、こんなところでモンスターに囲まれて終わるのか。
本気で全滅の危険を感じたのはアクセルの街の付近でホーストとかいう悪魔と戦ったとき以来だ。
そういえばアクセルの街で出会ったあの紅魔族の少女、めぐみん、と言っただろうか。
彼女の勧誘に成功していれば爆裂魔法でこの状況に起死回生の一手が打てたかもしれない。
噂では、めぐみんは最近王都でもよく耳にするカズマという冒険者とパーティーを組んでいるという。
それまで王族による進軍によっても打ち取ることができなかった魔王軍幹部を次々に討伐しているとのことだ。そして、あのカツルギとかいう魔剣持ちと同等に王都でも魔王討伐への期待が日に日に大きくなっている。
「全く…爆裂魔法も馬鹿にできないな…」
俺は、絶望的な状況下、らしくもない感傷に浸ってポロリと言葉を漏らした。
それでも終わりは着々と近づいてきて…
ゴブリンロードがゴブリン達に突撃を指示する一声を発する。
「グゲゲゲ!ギエエええええエエエエエ!」
ロードの声にゴブリン達は、各々武器を構える。
俺はその声を聞いて死の予兆に冷や汗が噴き出し震えが止まらなくなる。
が…
「うおおおおおおおおおおお!!」
俺は恐怖を振り切るように、ゴブリン達の気概に負けないように腹の底から声を振り絞り武器を構える。
恐怖に負けてなるものか!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「『エクスプロージョン』ッッッッ!!!」
途端、目の前に廃墟を飲み込まんとする巨大な魔法陣が輝き、ゴブリンロードを中心に閃光が飛来した。
その瞬間、俺の目が映したのは真っ赤に染まる景色、俺の鼓膜を破れんばかりに震わせたのは目の前から迫ってきた爆音。
それは爆焔という名の蹂躙だった。
圧倒的な破壊の顕現、爆裂魔法が目の前に降り注いだのだ。
ゴブリン達は一瞬にして全滅する。
「す、すげぇ…」
芸術的にすら感じるその暴力を目の前に俺は呆然とすることしかできない。
と、粉塵が舞い上がる中からユラユラ揺れる人影が現れる。
「…誰だ…?…めぐみんなのか…?」
そう問いかけたが、人影から返答は無い。
その時、俺はその存在が必ずしも味方とは限らないと改めて警戒をして武器を構えなおす。
「めぐみん…にしてはグラマラス過ぎるな…お前は一体…」
粉塵が晴れていき、その人物の姿態がだんだんと明らかとなる。
と、その姿が明らかとなった時、俺はゴブリン達に睨まれた時以上の恐怖で体の芯が凍り付く感覚を味わった。
爆裂魔法をも行使する魔術使い手。厚手のローブ。青白い顔色。噂にしか聞いたことが無かったその姿態は…
「そ、そんな…リッチー…だと…」
バカな、最悪だ!なんでこんなところにアンデットの王が…!!!
物理攻撃が無効で魔法の耐性もあり、様々な状態異常を引き起こす不死王の手という凶悪な能力に爆裂魔法まで使えるという魔術の極地に立つ命の冒涜者。リッチー。
リッチーは俺を見据えて口角をニチャリと不気味に釣り上げる。
「…見つけたァァ」
その一言で俺に死の感覚が舞い戻り、カタカタと奥歯が震えだす。
なけなしの勇気を奮い立たせる気も起きないほどに恐怖と絶望が俺の体を支配する。
ただただ唖然とするしかない俺の目の前には気が付くとリッチーが接近しており、そのヒヤリと冷たい両腕で俺は両肩を掴まれる。
そうか、ドレインタッチで俺のなけなしの生命力を吸う気なんだな…
…あぁ、終わる。
俺は死を覚悟した。
「フレアタイト鉱石を、譲ってくださああああああああい!!」
……
…………
………………
「………は?」
俺は目の前のリッチーが泣きながら話す事の経緯をただただ呆然と聞いていた。
「うぅ…それで、必要だったのがまさかのフレアタイト鉱石で…玄武から鉱石を発掘した冒険者の方々をこの数日間探し回ったのですが、誰も持っていなくて…ぐすん…昼夜眠らずに森を駆け抜けて、峠を越え、ダンジョンを踏破して、魔王城にも行ったのですが…フレアタイトが…フレアタイトが…見つからず…ふええぇぇぇ…」
魔王城にも行ったって…この涙目リッチーは何者だろう…いや、怖すぎるから聞かないけれども。
「あ、あの…フレアタイト…なら持ってますよ」
「フレアタイト…持って……る……うわあああああああん!」
「なっ!?ど、どうしたんですか!?なんで泣くんですか!?」
「ふわあああ…だって、期日まで残り二日で…もうだめだって思って……それでも頑張って探し回って、探し回って、やっと…やっと……ふわああああ!!」
俺は突然目の前で泣き出すリッチーにどう接するべきか本気で困る。
「ぐす…あぁ、失礼しました…では私が持っているこのマナタイトとあなたのフレアタイトと交換してもらえませんか…」
「こ、交換ですか…?」
フレアタイトなんて救ってもらった命に比べれば何てことは無い。命を助けてもらいながら恐れ多いにも程がある!俺はフレアタイトを当然に無償で渡そうとして。
「リッチー…さん…マナタイトと交換とかそんな…」
「えぇ!?マナタイトでは不足でしたか…!?そうですよね…フレアタイトは2000万エリスもの価値がありますもんね……でもどうしましょう…私の持っているものを追加でお譲りするといってもマナタイト以外だと、線香花火くらいしか…そ、それとも私のパンツを…」
「いいいいいいえいえいえいえいえ!!そんなそんな!!結構です!結構ですから!!」
俺は道具入れから素早くフレアタイトを取り出してリッチーに差し出す。
「フレアタイトはあげますから!マナタイトもいりませんから!」
リッチーはフレアタイトを両手に差し出す俺をしばし呆然と眺めて
「いえ!私はわらしべ長者です!交換に応じてもらわないと困ります!」
今度は頬を膨らませてぷんぷんと怒り出した。随分と感情表現が豊かなリッチーだ。
「…わ、わかりました。何だか申し訳ないのですがフレアタイトとマナタイトを交換しましょう…いいんですか?」
「やったぁ!ありがとうございます!これでやっと…やっと……ふえええええええん」
感極まって泣き出すリッチー。きっと疲れすぎて情緒不安定になっているのだろう。
と、そのリッチーは何かに気づいたように途端に泣き止んだ。
「はっ!こうしちゃいられないわ!もう時間がないんだ!すぐに戻らなきゃ!」
そう言って彼女はその場をテレポートで離脱しようとするが、更に気づいたように俺に声をかける。
「あの…今のボロボロの状態で街まで帰るのは難儀ですよね…良ければテレポートで送りましょうか…?」
「え…いいんですか…?」
それは願ってもない申し出だった。正直、戦闘不能になった仲間を担いで生きて帰ることは極めて難しい状況だった。
「もちろんです。私がテレポートで登録しているアクセルの街までになりますが…」
「ぜ、ぜひご一緒させてください!」
俺はこのリッチーのテレポートに同乗させてもらうことになった。
俺らを死の淵から救ってくれたうえに街まで案内してくれるなんて、もうこの方はリッチーじゃなく女神なのではないだろうか。
「では参ります。『テレポート』!!!!」
そうして、俺は久しぶりにアクセルの街に戻ることになった。
■■■
「では、ごめんなさい!重症の方を教会までお連れしたいところなのですが、私も一応アンデッドなので教会には近づけない身でして…」
「い、いえいえ!ここまで来たらあとは俺一人で仲間を担いで行けますので!本当に!大丈夫ですんで!」
流石に急用のあるこのリッチーに何から何まで面倒をかけるわけにはいかないと俺は首と手を振る。
「そうですか…ではお気をつけて!」
そう言ってリッチーはアクセルの街中に姿を消していった。
…というか、こんな初心者の街中にリッチーがいて大丈夫なのだろうか。
まぁ、無害そうな人だったから大丈夫だろうけど。
それにしても2000万エリスの借金とは…
「あ」
そういえば、ゴブリンロードの討伐報酬は2000万エリスだった。
あのゴブリンどもを一掃したのはあの人だから当然報酬はあの人が得るべきだろうが…
「名前も名乗らず行っちまった…」
まぁ、リッチーだから報酬も受け取れないか。
とりあえず俺はそう思うことで納得し、仲間を担ぎ上げて教会に向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【ウィズ視点】
「店主さん、こちらがお約束の2000万エリスです!とても助かりました!ありがとうございました!」
私はレイン様から手渡された2000万エリス分の金貨が入った袋を胸に抱きアクセルの街中を段ボールハウスへと向かっていた。
今日は既に夜のとばりが下り、街の家々からは灯りが漏れ飲食店からはクエストが終わった冒険者たちの酒盛りで賑わう声が漏れている。
流石にお金を返す先の金融業者も営業終了しているだろうから、このお金を返すのは明日だ。
ずっしりとした2000万エリス分の袋の重み。
私自身が石ころから物々交換を経て手に入れたお金だ。
バニルさんはこれを見たらどんな顔をするだろう。
「うふ」
これでまた魔道具店の店主としてバニルさんと一緒にお店経営ができる。
この機会に魔道具の陳列棚の模様替えをしようか。
アクア様はまた来てくれるだろうか。新しい紅茶を仕入れなければなぁ。
そうだお世話になったサキュバスさん達が喜びそうな魔道具も取り寄せよう。
さっそくひょいざぶろーさんのところにいかないとな。
「ふふふ」
そんなお店経営の未来図を描くことが、
楽しくて、
嬉しくて、
わくわくして、
「ふふふん♪」
鼻歌混じりに夜道を歩く私。その視界に、
「ふふー♪…あら?」
とある建物を深刻な顔をして見上げる商人風の男が映ったのだった。
今回の犠牲者はミツルギさんでした。もう本当にキャラ崩壊させまくってすみません…
さて、レックス、ソフィ、テリーは『この素晴らしい世界に爆焔を!3』で登場したキャラ達です。名前だけでピンときた方は相当のこのすばマニアです。おめでとうございます。
それと、最後に登場した商人風の男性、本編最終章のエリス編にちょい役で登場したとあるキャラです。ピンときた方には、作者からよくこの小説を読んでくれていることに対しての感謝を!
そしてそして、更新頻度がめっちゃ不定期だったウィズ編も次回で完結予定です。なんとかエタらずいけそうなので最後までお付き合いの程よろしくお願い致します。
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さて、この作品とは別に私も執筆を担当しているリレー小説がハーメルンで連載中です。
めむみんさん、ピカしばさん、リルシュさん、と錚々たるメンバーでお送りする現パロでカズめぐなリレー小説でです。なんと挿絵もつくかも!
こちらも是非お読みください。