借金を返済するに足りるお金2000万エリスが入った袋を胸に抱えて鼻歌を歌いながら上機嫌で夜道を歩む私が目にしたのは、とある建物を深刻な顔をして見上げる商人風の男性だった。
その男性は周りの状況を気にする余裕もないようで私のことに全く気が付かない。
ただただ目の前の建物を見上げている。
それは何だか魔道具店の差押えを受けた私の姿と重なって、
とても他人事だとは思えずに私は…
…頑張って他人事と思い込むように努めた。
…だって、ここで情けを掛けるのはどう考えても厄介毎に巻き込まれる流れだ。そうはいくものか。どこの誰かは存じ上げませんが、エリス様の祝福があることを祈っています!強く生きてください!
心の中でそう呟き、私は2000万エリス金貨がはいった袋をぐっと抱えてその場を後にする。
男性は私が傍を通りすぎたことも全く気が付かない。
………
…えーっと、そうそう、魔道具店の将来設計を妄想していたんだった。
そうだそうだ、この機会に折角だから王都辺りに支店を出して、ゼーレシルト伯爵に支店長をお願いして…
そうなるともう少し融資を受ける必要があるから…
あるから…
………
………チラリ
私は後ろを振り返る。
先ほどの男性が小指くらいのサイズに見える距離まで来たが、男性は最初に目についた時と全く変わらない体勢でその場に立ち尽くしている。
………
…だめ!駄目よ!ウィズ!
お人好しがたたって痛い目にあったことだって数えきれないんだから!
きっと、あの男性は別に困り事があって途方に暮れているとかそんなことは…
そんなことは…
………
………
「あの~…先ほどからずっとそちらで立ち尽くしてなにかあったのですか…?」
良心の呵責に耐え切れずに私の足は、男性の下まで動いていた。
あぁもう、私のばか!
こんなところが商人向きでないのかもしれない。
商人向きなバニルさんの悪魔な性格がこんな時に羨ましく思う。
私が声をかけたにもかかわらず、男性は自分が声をかけられていると気が付かなかったようで、私の方をチラリと見て数秒固まっていた。
「……え?あ、あんたは…?」
自分に声を掛けられたと気づき、男性は私の声に反応する。
「夜分遅くにこんばんわ。私はウィズと申します。何かお困りですか?」
「あ、あぁ…心配をかけてしまったんだな…って、あんた後ろ手に何を隠しているんだ…」
「お構いなく」
私は2000万エリスが入った袋を男性の視界に入れないように後ろ手で守るように持つ。
男性は訝し気な表情をしつつも話を続ける。
「ま、まぁいいか…いや、今見ていたこの建物は俺が住んでいた屋敷で、明日競売で売られる予定だったんでな…」
…うわー、どこかで聞いたことのある話だ。
「この屋敷は妻と暮らした屋敷で、たくさんの思い出が詰まった屋敷だったんだが…昨年、妻が亡くなってから商売の方も不運が続いて…王都でも頑張ったんだが結局大量の借金を抱えることになってな…しまいにゃエリス教会の悪い司祭にも騙されて、遂に屋敷も差押えられてしまって…」
…エリス様!頑張って!もっと頑張って!
「結局、借金の2000万エリスが返済できなくて…情けない限りだ」
「に、2000万エリス…」
ばっちり2000万エリス金貨の入った袋を抱える私の両手が震えだす。
これはダメ!これだけは駄目なんだから!
「この屋敷で一緒に過ごした妻は幼馴染で…俺が仕事に打ち込んでいるときもずっと俺を献身的に支えてくれてたんだ…」
いいから!そんなちょっといい話とか、今はいいから!
「生憎俺達に子供はできなかったんだが、それでも俺は幸せだったよ。妻が亡くなってから、この屋敷を見るたびに妻との思い出が頭に浮かんできて…」
あぁぁ、やめて!それ以上はよくない!よくないです!
私は震える手で2000万エリスの入った金貨袋を守るように抱え直す。
これは私の魔道具店のためのお金!
魔道具店のためのお金だから!
魔道具店のためのお金だから…
「大事な屋敷だったから何とか借金を返済しようと頑張ったんだがな…フレアタイトを2000万エリスで買い取ってくれるって貴族様がいることを聞いて必死でフレアタイトも探したんだが…結局だめだった…」
魔道具店のためのお金だから…
だから…
………
「うー…うー…」
「…それで、柄でもないが、この屋敷にお別れをしに…な、なぁ、あんた、さっきから苦しそうに何を唸ってるんだ…?」
私は葛藤に葛藤を重ねて…!!
「ううぅぅ…!!!!」
「え?これは…?」
私は唸りながら、エリス金貨のつまった袋を振るえる両手で突き出す。
半面、心の中ではもう一人の私が、ちょちょちょちょ、何やってるのよ!?馬鹿なの!?と激しく私を叱咤する。
「こ、これを…!!!」
「なんだよ、その袋がどうかしたのか…」
そういって男性は私が手にする袋に触れて気づく。
「なっ!!これ、金が入った袋か…?」
「…に、2000万エリスはいっています…わ、私の気が変わらないうちに早く持って行ってください…」
ああああああ、何言っているの私は!このお金がなければ私の魔道具店が……!
私は歯を食いしばる。
「は、早く…!」
「いやいや!そんな受け取れるわけないじゃないか!!」
男性は強く否定するが…
「つべこべ言わず受け取りなさい!!!あぁあああああああ!!もおおおおおおおおお!!」
もうどうにでもなれというヤケクソな気持ちで私はエリス金貨の収まる袋を男性に投げつけた。
「いっってぇ!!」
男性にぶつかった袋の口からジャラジャラと金貨が散乱した。
「…って、おい!あんた!まて!待ってくれ!!」
男性の声を背後に私はその場を駆け出した。
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アクセルの街でも最も宿泊料金が高い貴族御用達の高級ホテルの一室。
「ふわああああああああ、わだじがー、わだじが超頑張ってやっと手に入れたお金だったのにー」
「ええええぇい!突然部屋に押し掛けてきたと思ったら、しがみついて泣きわめきおって!鬱陶しいわ!近所迷惑だわ!」
私は男性の下を去ったその足でバニルさんが泊まっているホテルまで行き、その勢いでバニルさんを押し倒していた。
そして私を引きはがそうとするバニルさんに抵抗して、しがみついて泣き続けていた。
バニルさんはハァと溜息を漏らす。
「だいたい見ず知らずの他人の借金の肩代わりなど、もう商人として致命的なまでの善性よ。いっそ出家してプリーストのリッチーという新たなジャンルを開拓してみるのがよかろう」
「だって!だって!あんな話を聞かされたら…わあああああああああああ」
「くっ…なんということだ!このリッチー、話数を追うごとに女神レベルに知能が低下しているではないか」
いつの間にかバニルさんは引き剥がすのを諦めて私がしがみつくままになっていた。
私はそのままバニルさんの胸を涙で濡らし続けた。
………
「うぅ…ひっく」
「少しは落ち着いたか」
「は、はい…ぐずっ…バニルさん、ありがとうございます」
私はゆるゆるとバニルさんから離れる。
バニルさんはキュッと服の胸元を直す。
「汝はとことん商人には向いていないようだなATM店主よ。感情的になりすぎだ。悲しみの悪感情は我輩の好みではないのだがな」
「うぅ…ごめんなさい…」
「汝も知っての通り、我輩の好みはがっかり感や怒りの悪感情だ」
「知ってますよ…私がどれだけ食べられたことか…」
「ただ、がっかり感には、希望や嬉しさといったプラスの感情が必須でな」
バニルさんはフゥと息をはく。
「…だから我輩としては、いつも傍にいる汝には笑顔でいて欲しいと思うのだが」
え…?
私に笑顔で…??
私は一瞬目の前の悪魔が何を言っているのか理解できなかった。
「バニルさん…」
それを理解した私は少し顔が熱くなり…
「あ、寝るときは段ボールハウスで寝るように。このホテルは一人増えると追加料金がとられるのでな」
「………」
「…ふむ。たまにはリッチーの悪感情も悪くはないな」
…この悪魔!!
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返済期日当日。
結局私は当日まで金融業者の方にお金を渡すことが出来なかった。
すなわち、私の魔道具店はもうすぐ私のものではなくなる。
私とバニルさんは魔道具店の前に佇んでいた。
「もうそろそろ競売が始まるな。落札者が決まればもはやこの店は落札者のもの。仮に金を用意できても買い戻すことは容易でないぞ」
バニルさんが柄にもなく真面目な口調で声を発した。
「…えぇ。仕方ないです」
私は俯きながら応える。
「それでも私は魔道具販売を辞めるつもりはありません。あいにく私は寿命を気にする必要は無いので、お店はいつか買い戻しますよ」
私はバニルさんに顔を向けて笑い顔を作る。
うまく笑えているだろうか。
「…いや、我輩としてはそんな悠長なことを言わずにさっさと買い戻して金を作ってダンジョン製作に取りかかって欲しいのだが」
「……」
人がアンニュイな気分に浸ってるのに…バニルさんのばか。
「…しかし、我輩もなかなか魔道具店での生活は気に入っていたのだ。寂しくなるな」
「バニルさん…」
私はバニルさんがそんな発言をしたことに驚く。
悪魔であっても寂しくなることがあるんだなぁ。
…それからバニルさんも私も無言になる。
私は魔道具店に改めて目をむける。
思い返せばこのお店でいろいろなことがあったものだ。
魔道具店に歩み寄り、そっと壁に手をつく。
掌を通して魔道具店での出会いや別れ、再会の思い出が私の心の中に流れ込んでくる…
魔道具店で多くの冒険者の方に対して商品を案内する毎日。
魔道具店でアクア様に紅茶をお出しして聞かされる与太話。
魔道具店の棚の陳列の最中、私の背では届かない高い棚にある魔道具をスッと代わりにとってくれるバニルさんの姿。
思い出すのは、人間の冒険者だった時よりも多くの人と話すことになった毎日、取るに足りない日常ばかり。
「いつかまた…この場所で…皆さんと一緒に…」
私は呟いたその声と同時に
「ウィズさん!!!!!!」
私の背後から男性の大声が聞こえた。
私はその大声に一瞬びくりとなり、背後を振り返る。
そこには、バニルさんの隣にハァハァと肩で息をつく見覚えのある男性の姿があった。
そう、その男性は私がエリス金貨の袋を投げつけた商人風の男性だった。
「はぁ、はぁ…や、やっと見つけた……ウィズさんがこの魔道具店の店主だって知らなかったから、情報を得るのに手間取っちまった…」
「ど、どうされたのですか…」
私が男性に声をかけたところ、男性は私の前にじゃらじゃらと音のなる中身のつまった袋をドンと置く。
「…2000万エリスある。借りた分は返させてもらうぜ」
「2000万エリス…って…えええぇぇぇぇぇ!!わ、私がお渡しした分で借金を返済しなかったのですか!?」
「…いや、あの金で俺の借金は返させてもらったんだよ」
「じゃ、じゃあどうして…?」
私が男性に問いかけると男性は少し言いづらそうに話し出す。
「あぁ…妻と過ごしたあの屋敷だが…結局、売ったんだ」
「うう、売った…!?な、なんで…大切な屋敷じゃ…」
私はわなわなと男性に問いかけるが、男性はすっきりとした顔で私に語る。
「あぁ。ウィズさんからもらったお金で借金を返済した後、妻の言葉を思い出してな…『商人ならば施しをうけてはいけない。商人ならば自力で稼いだ金でなんとかしてみせろ』俺が駆け出しの商人だった頃に妻から言われた言葉だ。妻は大商人の家の末娘で、商人の在り方について一家言あったんだろうな」
男性は照れ臭そうに続ける。
「どん底であっても商人ならば乞食の精神なんて絶対にもっちゃいけねぇんだ。今後も商人として続けていくなら屋敷に依存してちゃいけねぇ」
「ほぅ」
男性の隣のバニルさんが何やら関心したような声を出す。
「それに、妻との思い出はここにある」
そういって男性は自分の胸を強めにたたく。
「と、言うことだ。俺は改めてゼロから成り上がってやるさ。でなきゃ大商人の末娘の妻の墓標にも顔向けできねぇ。ウィズさんもいろいろ理由あって魔道具店が差押えられたんだろうが、お互いまだまだこれからだぜ」
男性はそう言って私の肩に手を置いて笑う。
「さぁ、こうしちゃいられねぇ。俺は王都で取引の種になりそうなネタがあるんだ。なんでも王都では毒入り聖水事件で聖水に対する不信感が広まってるそうじゃねぇか。その信用回復に一役買えないかってな。じゃあなウィズさん、また顔をだすぜ。エリス様の祝福があらんことを」
茫然する私の前で男性は話すだけ話して颯爽とその場を去っていった。
残されたのは2000万エリスの入った袋のみ。
「ふむ。一人で勝手にしゃべって行ってしまったな。にわか雨のような男よ。しかし、即物的な縛りから脱したあの男はこれから商人として期待できるな」
バニルさんはそういって2000万エリス金貨の入った袋を拾う。
「ほれ店主よ。汝の行動が招いた結果だ」
そう言って私に袋を差し出した。
私はバニルさんの方をじっと見つめて
「…バニルさん、こうなることも見通していたのですか。だから今まで妙に冷静だったのですか」
そんな私の問いかけに、
バニルさんは少し口の端を歪めてこたえる。
「さぁな」
私は頬を膨らませた顔をバニルさんに向ける。
「もう、バニルさんのばか」
その言動に反してアンデッドな私の胸には少し暖かいものが宿っていた。
借金 完済
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【バニル視点】
「…ということがあったのですよ、アクア様」
「ふぅん、それは災難だったわね。魔道具店が差押えられて遊びに行く場所が減って一か月間寂しかったわよ」
「寂しく感じてくれたんですね…!」
店主は何がそんなに嬉しいのか、なんちゃって女神に笑顔を向ける。
「それで、今日の目玉商品なのですが…」
店主はニコニコしながら愛おし気に棚の商品を眺める。
「…嬉しそうな顔をしおって」
借金店主よ、商売においては相手のニーズを的確に把握することが大事だ。
しかし、それよりも大事なことがある。
それはどんなときでも諦めずに続けることだ。
そして、続けるために重要なこと、それは楽しむことだ。
まぁ、楽しむことにかけてはこのリッチー店主に及ぶ者はなかなかいないのではないだろうか。
「う、うー…、届かな…あ…」
我輩は、店主が商品を取ろうとして背伸びをしている先の高い棚に手を伸ばして、目的の商品を手に取り店主に渡してやる。
商品を手にしたウィズは少し驚いたような顔を我輩に向けて、
そして、実に嬉しそうな顔をして我輩に笑いかけた。
「また一緒に頑張りましょうね!バニルさん」
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半年後…
「はわ…はわわわわ…」
「ふむ、借金店主よ。我輩の記憶が確かであれば、半年前に同じような出来事があった気がするが」
リッチーが店主を務める極めて唯一無二の魔道具店。その前に佇む悪魔の我輩とリッチーの店主。
店の扉に打ち付けられた木の板、そこにはデカデカとこう書かれていた。
『差押え』
店主はアンデッドよろしく顔を青ざめさせて声を震わせる。
「ま、まったく誰のいたずらでしょうかね…ははは…」
アンデッドのクセに顔中に汗をかく店主はそんなことを言いながら、我輩と距離をとる。
当然我輩がこれを逃すわけはなく、
「ほうほう。どれ、ちょっと我輩の全てを見通すこの眼を見るがよい。」
「きょ、拒否します…」
………
「仮にいたずらでないのなら、どんな経営センスを持っていれば半年で二度も店舗の差押さえを受けることができるのであろうなぁ。いやはや、全てを見通す我輩でも流石にこの結果は予測の範疇を超えるなぁ。もしこの世界にそんな店主がいるようであれば脳の欠陥が重すぎるので、一度脳にメスを入れてみたいものだなぁ」
我輩はにっこり笑いながら店主との距離を一歩詰める。
そして魔道具店店主のリッチーは、だらだら冷や汗をかきつつも我輩に笑いかけた。
「ま、また一緒に頑張りましょう!バニルさ
「『バニル式殺人光線』!!!!」
ぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
アクセルの街の一角で、今日もポンコツ店主の声が響く。
この素晴らしい天界に祝福を! ウィズ編 完
ウィズ編 完結しました!
まずはお詫びから。軽い気持ちで始めた番外編ですが、途中全然話が進まずに読者の皆様を大変お待たせしてしまったことをお詫び申し上げます。
ウィズ編いかがでしたでしょうか。コメディ重視で作ったつもりですがシリアス重視な本編との違いを十分に堪能していただけましたでしょうか。
さて、勾玉が提供するこのすばSS、次回のお話は!!
…未定です(ごめんなさい)
選択肢としては、天界の番外編(アイリス・ゆんゆん)、シリアス重視な逆行モノ、現パロ、原作に寄せたカズマパーティーのスピンオフシナリオ等々…ゆるゆると考えていきたいです。
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次に宣伝です。
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私も参加しているカズめぐ現パロリレー小説連載中です!現在私とめむみん様のこのすば現パロを読めるのはここだけ!是非ご覧ください。
https://syosetu.org/novel/193334/
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昨年(というかだいぶ前)からオリジナルファンタジー作品を構想中です。
仮題は『ここへと続く物語』
記憶喪失の主人公が、いきなり魔王軍に捕らえられたり、自身の記憶や世界の謎に立ち向かったり、恋愛したり、敵と戦ったりするお話です。なお、この主人公は基本的に弱っちいですが、他の作品ではなかなかお目に係れない特殊能力を持っています。
メインヒロインは個性の強い三名。このすば構成ですね。
基本はシリアスになりそうですが、物語を暗くし過ぎないようにギャグもたくさん盛り込みたいと思っています。
「小説家になろう」での公開となると思います。公開はまだまだ先ですが、公開の際には、こちらでも告知する予定ですので、その際には是非とも宜しくお願い致します。