p.1 Melt
ーー夢を見た。滅びゆく世界を
*リーフィアside
「ん、んんぅ……」
一体どれだけの間寝ていたのだろう。考えるのも億劫なくらいに全身が気怠い。包帯が巻かれた手を
「あ、リーフィアさんおはようございます!ようやく目を覚まされましたか」
爽やかでありながらも溌剌とした声が聞こえた方向に視線を移すと水色の体にぱっちりおめめ、2本の触覚、青い背中に不思議な模様が描かれたマンタのようなポケモンーータマンタがちょうど備品を整理しているところだった。
「おはよう。その様子だと私は随分と長く眠っていたらしいね」
「ええ、1ヶ月も気を失っていられたんですよ。怪我も今でこそ治ってきていますが、当初は全身血塗れで本当にひどい傷でした。治療大変だったんですからね」
タマンタはぱっちりおめめを若干ジト目にしながら抗議の視線を送る。少女のジト目に勝てる男などこの世のどこにも存在しないので素直に白旗を上げた。
「それは悪かった。治療してくれてありがとう」
「いえいえ、まぁ私は手伝っただけですけどね。ネオラント師匠とグレイシアさんにもお礼言った方がいいですよ。特にグレイシアさんはリーフィアさんが倒れていたところを見つけて運んできてくれて…もう少し遅れていたら手遅れだったかもしれません。泣きながら必死に頼んでいましたけど、ーーもしかしてガールフレンドだったりするんですか?」
タマンタは頰を少し赤く染めてそわそわしながら答えを待つ。乙女は皆こういう話に目がないのだ。
「いや、期待に添えなくて悪いけど知らないよ。それどころか1ヶ月前に何があったかも思い出せないんだ」
目を輝かせて期待に胸を膨らませていたタマンタも二言目を聞くと同時に表情が切り替わり、真剣な色を帯びる。
「記憶喪失…ですか。とりあえず師匠呼んできますね」
○
*リーフィアside
数分すると少し疲れた様子のタマンタがネオラントを連れて戻ってきた。ーー吸い込まれるような深い青と淡い水色の縞模様、蝶のように美しいヒレ、半分ほど下がった瞼ーーふわりとしていてどこか掴みどころのない印象を受ける。
「初めまして、リーフィア君。私はこのポケモンセンターの医者をやってるネオラントよ。怪我の具合と記憶の調子はどうかしら?」
ネオラントはぽわぽわとした甘い声でゆったりと喋る。されど、くどすぎることはなく不思議と聞き入ってしまう、そんな声だった。
「怪我の方はお陰様で。記憶は生活に支障が無い程度には。ただ、何で怪我を負ったのかはさっぱり」
「んー…そうなると怪我だけの影響とは考えにくいわね。ちょうど時期も重なる1ヶ月前の怪現象が何か関係しているのかしら。タマンタちゃん、説明してあげて」
「はい、師匠!ここ、ウォンシ地方では1ヶ月前に住民達の記憶が一斉に無くなってしまうという怪現象が起きたのです。と言ってもリーフィアさんほど重症ではありません。具体的に何を忘れたのかは分からないですけど、記憶にぽっかりと穴が空いた感覚があるのです。けれど思い出せないことをずっと考えていても仕方ないですし、特別それで困ったこともないので今は皆気にせず普段通りに暮らしています」
タマンタが右翼を胸に当てながら得意げに説明をしてくれた。なるほど、私はその怪現象とやらに巻き込まれてこうなってしまったのだろうか。しかし怪現象自体は住民達の記憶が少しずつ無くなるという小規模のもの。関係が無いとは言い切れないものの、結びつけるにはあまりにも情報が足りない。
「ありがとう、タマンタ。今の話を聞く限り、その怪現象とやらに巻き込まれたことで怪我を負い、記憶を失った可能性もある訳だ」
「ええ、そうなるわね。今のところ怪現象による重症患者はあなただけなのだけれど、それだけの大怪我を負う事件が起こりながらも目撃者が誰一人としていないの。不自然だと思わない?グレイシアちゃんも倒れているところを偶然通りかかっただけで何も知らないと言っていたし。ーーもしかしたら私達が忘れた記憶ってその事件に関係することかもしれないわね。
ふふっ、冗談よ。だって記憶を失ったのはこの街の全ての住民なのに重傷者はあなた一人だけだもの。そんなに多くのポケモンが1つの事件に関わったとは考えづらいわ」
ネオラントが補足をしてくれる。確かに筋は通っているが…何だこの喉に貼り付くような違和感は……
「まぁ日常生活は問題無さそうだし、怪我もほとんど治ってるから心配はいらないわよ。記憶が無くて困惑することもあるかもしれないけど、ウォンシ地方のポケモン達は皆温かくて個性豊かだからすぐに馴染めるわ。呉々も更なる事件に巻き込まれないようにね、トラブルメーカーさん?」
「それは楽しみだね、早くこの街を回ってみたいよ。しかしトラブルメーカーとはまた不名誉な称号を…自身が巻き込まれてちゃ世話ないけどね」
「違いないわね」
けれどまぁ、元気で乙女なタマンタと冗談混じりのふんわりネオラントと話していたらそんな違和感なんてどうでもよくなるくらいにこれからの出会いに期待が高まるのであった。