p.29 認識の差異
*リーフィアside
春染事件から数日、穏やかな春の陽気ーーこの表現が適切かはさておきーーは鳴りを潜めて、厳しい冬の寒さが戻りつつあった。以前ネオラントの冗談に「春から冬に逆戻りした心地がした」と言ったが、まさか本当にその現象を体験することになるとは。
とはいえ今はもう3月上旬。北に位置するウォンシ地方といえど、あと1月と少しでこの寒さともおさらばだ。その頃には神木のコントロールも安定してお花見できるようになるだろう。
窓の外を眺めながらそんなことを思っていると、よく見知った顔ーーエテボースが目に入った。
○
*リーフィアside
「やぁ、最近は立て続けに不思議なことが起こるね。今回の奇妙な春にも関わっているのかな、トラブルメーカーさん?」
どうやらエテボースの用はネオンギルドではなく私らしい。いやちょっと待て、聞き覚えのある言い回し…
「誰ですかそんな不名誉な称号広めてるのは」
「広めずとも君を知るポケモンにとっては常識さ。否定しないということはやっぱりあの異常気象を収めたのは君達なんだね。尤も、今回は記事になってないから怪現象の時よろしく
エテボースが核心をついてくる。エムリットには黙っていてほしいと言われたが、何の情報も無しにここまで正確に当ててくるのはお手上げと言わざるを得ない。どこぞの神様よりも上手く心を読めてるんじゃなかろうか。
「全く、エテボースさんには敵わないなぁ。でもその場所に咲いてた花はスノードロップじゃ無かったからお守りの神様とは別の神様だと思う」
「何にせよ神様が実在すると分かっただけでも怪現象の謎解明へ大きな一歩じゃないか」
「神様は言いづらそうにしてたし、どうだか」
「確かに、世の中には知らない方が幸せなこともある。表面上何も起こってないように見えて実は開けてはならないパンドラの箱だったりしてね」
怪現象の日に何が起きたかは分かったものの、記憶が失われた経緯については未だ謎のままである。それに怪現象から1月経って尚エムリットが弱っていたことを考えると想像以上に大事件だったのかもしれない。
「それで今日の用件は?わざわざ寒い中世間話をしに来ただけとも思えないし」
「あぁそうそう。君もずっとネオンギルドに住み着く訳にもいかないだろうし、チームスノードロップの拠点兼、君の家を作ろうと思ってね」
ダメージは完全に回復し、グレイシアもつい先日退院してそろそろネオンギルドに居候し続ける理由も無くなってきた頃。ネオラントには「リーフィア君なら別に構わないけど?」って言われたが、迷惑をかけないに越したことはない。「それなら住むアテはあるの?あっ、グレイシアちゃんに同棲させてもらうとか?リーフィア君も中々隅におけないわね」とからかわれたり、タマンタがトリップしてたのは断じて知らない。第一グレイシアにはお守りのパートナーがいるだろう。
しかし、家を作るには相当な労力を要する。他のポケモンのために家作りを申し出るなんてマニューラもびっくりのお人好しだ。その上エテボースにはカフェ"猿の腰掛け"の経営もある。
「いいんですか?」
「僕の特技を忘れたかい?」
「いや、お店ほったらかして大丈夫なんですか?」
「お店の方はピンプクとリーシャンに任せとけば大丈夫だろう。これも立派なポケモンになるための修行ってもんだ」
「仕事をしないオーナー…」
「おいおい不名誉な称号を広めるのはやめてくれよ?」
「広めなくても"猿の腰掛け"の客にとっては常識ですよ」
「手痛いお返しだこと」
エテボースは2対の尻尾を天に向け降参の意を示す。
「冗談は置いといてありがとう。材料集めとか手伝えることがあったら遠慮なく使ってください」
「おっ、頼もしいね〜でも手伝いはいらないよ」
「1人で作るのはいくら何でも無理がないか?」
「黒鷹隊やロズレイドに手伝ってもらうことにするよ。彼らなら喜んで手伝ってくれるだろう」
「それは皆に悪いな…」
「君達には楽しま…陰ながらウォンシ地方の平和を守ってもらってる恩があるからね。僕らからの感謝の形だと思って楽しみに待っててくれ。出来たらまた調査隊バッジに連絡するから」
あれ、私もしかして見世物だと思われてる?
「そこまで言うなら…あとチーム"スノードロップ"はあくまで調査隊です」
「分かってる分かってる」
エテボースは上機嫌に尻尾を左右に振って去っていった。
○
*リーフィアside
「相変わらずエテボース君は鋭いわね」
入れ替わりで入ってきたのは自称優しい小悪魔、ネオラントだった。
「見てたんですか?」
「微弱な超音波でちょっと聞かせてもらっただけよ、トラブルメーカーさん?」
「最初からじゃないですか」
「ウォンシ地方1の情報屋が面白そうな話を聞き逃す訳ないじゃない」
「ネオンギルドで下手なことは言えないな…」
「いつも退屈しない話題の提供、助かってるわ」
「こっちはいつも死に物狂いなんですけどね…」
「だからこそ面白いのよ」
あれ、私もしかして見てて面白いからどんどん無茶しろって言われてる?
「そういえば神様について何か分かりました?ウォンシ地方1の情報屋さん?」
「いろいろ調べてはみたけど数日前にも話した通り、神様が私を一方的に知ってるだけね。でも親しげな呼び名で呼んでることを考えると、会ったことはあるけど私の記憶が失われたと考える方が自然ね」
「私の記憶はほとんど消えてるのにピンポイントで消せるものなのかな?」
「神様も弱っていたというし、
「つまり消された記憶と隠された記憶があると」
「もしかしたらリーフィア君の記憶やグレイシアちゃんのパートナーとスノードロップに関する記憶、それから怪現象の日の記憶も消えた訳じゃなくて一時的に隠されてるだけなのかも…?
だけど隠すにはそれ相応な理由がある訳で…記憶を失う前のリーフィア君は一体どんな悪いことをしたのでしょうね?ふふ」
「悪いことした前提ですか!?一応マニューラ達に裁きを下そうとしたエムリットは私に対して妙に友好的だったし、それは無いと思うけど…でも記憶を隠される理由も見当たらないな」
「冗談よ。記憶は失っても魂の本質はそうそう変わるものじゃないわ。経験によって魂の本質が大きく変化したのだとしたら知らないけど」
「最後の一言で台無しですよ」
○
*リーフィアside
「あっ、師匠こんなところでサボってたんですね!」
せかせかした様子で非難の声を上げるのはネオラントの弟子ーータマンタだった。
「人聞きが悪いわね。私をあの
確かにあの
「そんなこと言ってまたリーフィアさんをからかってたんじゃないんですか?」
「情報交換してただけよ」
「本当ですか〜リーフィアさん」
従者に信用されてないダメ主人、ここにもいた。主に主人の自業自得である。半分は嘘だが、情報交換していたのも事実なので
「本当だよ」
「リーフィアさんが言うなら間違いないですね。ちなみにどんなことを話されていたんですか?」
師匠、私に信用度が負けてるけど大丈夫か?
「神様と記憶についてちょっとね」
「不思議ですよね〜師匠は覚えてないのに神様は覚えてるなんて。神様だからウォンシ地方のことなら何でも知ってるのでしょうか?」
「マニューラのトレーナーがシンオウ地方から来たこと、そしてその目的を知ってたことから少なくとも怪現象に大きく関わっていたのは確かだね。それ以上のことは意志を司る神様を探せって言われたけど…どこにいるのやら」
そもそも意志を司る神様がいる場所を知ってるなら何故教えてくれなかったのだろうか。知られて不都合なことならそもそも意志を司る神様が存在すること自体伏せておくはずだ。あの時はマニューラ達が聞いていたから?それもあるかもしれないが、気まずそうに言い淀んでいたことを鑑みるに他の理由もありそうだ。考えても答えは出ないが、結局のところ調査はまた振り出しからである。
「それならトリトドン先生の神話の授業を受けに行ったらどう?意志を司る神様と言われるくらいだし神話の1つや2つ、あるんじゃないかしら。あれこれ考えるにはまず知ることが大切よ」
「確かに。ちょうど家作りも戦力外通告を受けて暇だったし、行ってみるよ」
○
*リーフィアside
そんなこんなでグレイシアとポケモンスクールに向かうことになった。ネオンギルドを出る前に調査隊バッジで連絡しておいたからそろそろ来る頃だ。
「お待たせ〜ネオンギルドの方から来た
「チーム"スノードロップ"の拠点兼、私の家を作ってくれるんだってさ」
「えっ!?何でリーフィアはぼけっとしてるのよ。早く手伝いにいかないと!」
「手伝いは黒鷹隊やロズレイドさんにお願いするらしいよ。私は完成まで楽しみにしててくれって戦力外通告された」
「それなら仕方ないわね。黒鷹隊の力仕事、マスターの器用さ、ロズレイドさんの華やかさ、これは期待しない方が難しいわねっ!うふふっ」
グレイシアが満面の笑みを咲かせる。まだ完成したところを見ていないのにこの様子だ。周りに嬉しさを伝播させるその笑顔は世界を平和にする力があるのではないかと錯覚するほどだ。
「本当楽しみだね。それで暫く暇だからトリトドン先生に神話のことを聞きに行こうと思ってね」
「名案ね!私たちこれから探す神様のこと何も知らないもの」
「グレイシアに関しては気絶しててエムリットにも会ってないからね」
「守護者様であれだけ強いんだからさぞかし立派な神様なんだろうなぁ」
「え…あ、うん。そうだね」
ごめんエムリット私は擁護できない。
「神様の話は置いといてまさかあんなに不利な条件で守護者のレントラーを倒すとは思ってなかったよ。私を守ってくれて本当にありがとう」
「何よ改まって、照れ臭いじゃない。今までのお返しをしただけよ。それにムクちゃんとタマンタちゃんから聞いたんだけど、リーフィアももう1匹の守護者と互角に渡りあったんでしょ?」
「エムリットが来るまでギリギリ持ち堪えてただけだから話すなって言ってたのにあいつら…」
「これでおあいこね」
「言うようになったね」
「でしょう?」
でもそこでえっへんと胸を張るのは子供っぽくて可愛いだけだぞ。
○
*リーフィアside
「「こんにちは〜チーム"スノードロップ"です」」
「入っていいですよ〜」
先生をしているだけあって耳に心地良い返事が返ってくる。その優しい声は授業の内容が難しい時、夢の世界に誘われる子がいても無理はない。
「「おじゃまします」」
先生の承諾を得て倉庫の中に入ると不思議な模様が描かれた石板や古そうな書物がたくさん並んでいた。
「すごい…これ全部先生が集めたものなんですか?」
「ほとんどはエテボースさんが冒険中に拾ってきてくれたものですが…この不思議な模様が描かれた石板は僕が子供の頃に初めて拾った石板で、その神秘的な雰囲気に心がすごく惹かれました。それからというもの、すっかりウォンシ地方の歴史や神話の虜になってしまって。その魅力を何とかして少しでも伝えられたらいいなと思って先生を目指したんです」
「今こうして子供の頃からの夢も叶えられて…素敵な話ですね」
「本当、いい夢を見させてもらいました」
先生は安らかな表情で答える。輝かしい思い出に浸るように。
「えっと、今日は神話の話でしたね…それでしたら"始まりの話"にミカルゲの神話…あれ、この恐ろしい神話…」
「恐ろしい神話がどうされたんですか?」
「私に読めない神話は無いはずなのに、どうしてかボヤけて読めないんです」
「!?ちょっと見せていただいても大丈夫ですか?」
恐ろしい神話
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そのポケモンに触れた者
三日にして感情がなくなる
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先生から渡された巻物は確かに文字が読めないというよりは
しかし、その3つの神話の中でも1つだけ読めるものがあった。感情…文脈からしてエムリットの神話だろうか。グレイシアと顔を見合わせて頷き合う。
「先生、ありがとうございます。こんな不思議なことがあるんですね」
「私もこんなこと初めてです。私の方でも原因を考えてみます。こんなにワクワクするのはいつ以来でしょうか」
その後は一通り他の神話も聞かせてもらってポケモンスクールを後にした。
「リーフィアはこんなに恐ろしい神様と会ってたのね…」
グレイシアの中の
「相当悪いことをしない限りは大丈夫だと思うよ?」
「そうよね。だけど何で私たちにだけ読める部分があったんだろう?」
「たぶんエムリットに会ったことで認識の阻害が一部解かれたんだろう」
「認識の阻害?」
「これは推測なんだけど、先生が読めなくなった時系列的にもエムリット達は怪現象に関わって弱っていたから故意的に怪現象に纏わる記憶や情報に認識の阻害をかけたんだと思う。マニューラやドンカラスのような不穏分子がまだ残っているかもしれないからね」
「なるほど…改心してくれるといいね」
「私もそう願うよ。ただ、1つ気になることが…神様の数と神話の数が合わない」
「確かもう1匹意志を司る神様がいるんだっけ?それなのに神話はあと2つあったわね。3匹目の神様に何か悪いことが起こったのかな?」
「いずれにせよ時間が経つにつれて3匹目の神様の痕跡もグレイシアのパートナーの痕跡も薄くなっていく。早く探すに越したことはない」
○
*リーフィアside
「おかえりなさい。ラブラブ神話デートはどうでした?」
あーあ、それをグレイシアに言っちゃダメだって。神話の報告にネオンギルドに戻ってきたら開口一番この爆弾発言だ。この脳内まっぴんくの弟子はどうにかならないんですか、師匠。
「そ、そんなんじゃないわよバカぁ!!」
"リフレクター"
大丈夫、今回は悪い予感がしてたので対策はバッチリ
パリン
………え?リフレクターが一撃で割れた?そんなに柔な防御結界じゃないんだけどなぁ…
「何でガードするのよ!痛いじゃない!」
そんな理不尽な。
「私も男としていつまでも女の子の右ストレートで気絶する訳にはいかないからね」
「私が怪力ゴリラだって言いたい訳…?」
「そこまでは言ってないだろ?」
「あらあら、本当仲良いわね」
師匠、今の光景見て感想それだけですか?弟子の軽はずみな爆弾発言で危うく死にかけるとこだったんですが。私の死亡記事がケイコウオのネオン新聞に載る未来はそう遠くないかもしれない。
「それで、有意義な話は聞けたかしら?」
「神話自体に認識の阻害みたいなものがかけられていて、エムリットの神話と思われる『そのポケモンに触れた者 三日にして感情がなくなる』の部分と他に2匹の神様がいることくらいしか分かりませんでしたね」
「興味深い内容ね。どうしてエムリットは3匹目の神様の存在を隠しているのか…果たして本当に私たちの味方なのか」
「怖いこと言わないでくださいよ」
「あ、そういえば貴方達が授業を受けに行ってる間に依頼…というか果たし状が来てたのよ。当然受けるわよね?」
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果たし状
レントラーやチェリムが強い奴と戦ったと聞いた。あいつらだけ抜け駆けしやがってズルいぞ。俺様にも極上の勝負を味わわせろ。バクバク砂漠で待ってるから早く来い。
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また変なのに目をつけられちゃったなぁ…
「私たちに受けるメリットあります?砂漠にスノードロップなんて咲いてる訳ないし…ほら、強いポケモンなら誰でも良さそうだし、荒事大好きなムクホーク隊長に依頼するのはどうかな?」
「残念ながら隊長はムクの縄張りの管理・警備とリーフィアさんのお家作りで手一杯です」
「そうだった…何でよりによってこんなタイミングで…」
「私たちはそういう星の下に生まれたのよ…諦めましょう」
グレイシアが悟りを開いている。
「何も悪いことばかりじゃないわよ?バクバク砂漠は砂嵐が吹き荒れ凶暴な鮫が跋扈する危険地た…未開の地」
「今危険地帯って言いましたよね?」
「それに守護者のレントラーやチェリムと知り合いなんだから、貴方達が探している意志を司る神様の守護者かもしれないわよ?」
「こんな守護者嫌だなぁ…でも確かに一理ある」
「それじゃあ無理しない程度に頑張ってきてくださいね」
「何言ってるの?激しい戦いになるのは分かりきっているのだからタマンタちゃんも医師の卵として付いてくのよ?」
「う、うう…師匠にいじめられてます。リーフィアさんなら分かってくれますよね?」
『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』とはこのことか。タマンタには悪いが、平穏な日々は諦めてもらおう。回復役がいてくれるとこっちとしても助かる。
「グレイシアに右ストレート撃たれたら治療頼むよ」
「余計なこと言わないでよ!!」
ごふっ
重低音。あれ、意識が…
○
*エムリットside
「この問題の解決には時間が要るから敢えてリーフィアにバクバク砂漠のこと教えなかったのに!
??君のバカぁぁああ!!」
エレキ平原に神様の情けない叫び声が響き渡った。