Wizards on the Horizon   作:R-TYPE Λ

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Report.1 『幽霊船』

 

『人類は無限に広がる暗黒の海に浮かぶ《無知》の孤島に生きている』

 

H・P・ラヴクラフト

第97管理外世界 A.D.1890.08.20 ~ 1937.3.15

小説家・詩人

 

 

 

次元世界は広大である。

それは誰もが知り得ている事象であり、事実であった。

その果てを知る者は居らず、また存在したとしてもそれは果てしのない過去、或いは未来に於ける人物である事は間違いない。

嘗ては次元の海を席巻し、あらゆる事象を手の内にしたとまで謳われる文明『アルハザード』であっても、その果てを知りえる事は不可能であったろう。

 

そして宇宙もまた広大である。

それもまた誰もが知る事象であり、疑い様のない事実であった。

その果てを知る者は居らず、また存在したとしてもそれはもはや人類ではなく、全く異なる概念の下に完成された絶対的存在である事は間違いない。

相対性理論という名の拘束を破る事の叶わぬ現状、秒速300,000kmの壁を打ち崩す事もできず、人はごく狭い空間へと隔離されている。

 

しかし、人は願った。

遠くへ往きたい。

遠くへ、もっと遠くへ。

更に遠く、更に更に遠く。

幾多の世界を過ぎ、数多の星を追い越し、次元の海を、光の瞬きを、恒星の束縛さえ振り切って、遥か遥か無量大数の彼方まで。

越えてはならぬ壁、越えられるべき定めにない壁にさえ『穴』を開けて。

そう―――

 

 

―――『事象の地平面』すら乗り越えて。

 

■ ■ ■

 

「スカリエッティの逃亡先が判明した」

 

突然の集合、そして部隊長より発せられた言葉に、古代遺失物管理部・機動六課の面々は各々の身体に緊張を走らせる。

ジェイル・スカリエッティ、広域指名手配次元犯罪者。

レリックの強奪、ガジェット及び戦闘機人による破壊活動、違法生体研究。

ありとあらゆる手段を用い、機動六課を苦しめた張本人。

六課設立の主な要因となった人物であり、その構成員とは因縁浅からぬ男。

 

 

そして、あと一歩にまで六課を、管理局を追い詰めながら、全てを打ち捨てて何処かへと消えた人物。

 

 

詳しい事は何も分からない。

理由を知る者も居ない。

ただ忽然と、しかし周到に、彼は消えてしまったのだ。

No.2を除く1から4までの戦闘機人だけを引き連れて、宛ら霞の様に。

 

彼は消える直前に、全ての情報を民間に流した。

最早、隠す必要すらないと言わんばかりに。

自身の出生に関する経緯、自らの目的、地上本部総司令レジアス・ゲイズ中将との裏取引、時空管理局最高評議会の陰謀、評議会の切り札『聖王のゆりかご』の存在。

ミッドチルダを中心に始まった情報の氾濫は瞬く間に管理世界を覆い尽くし、事実上の管理局体制の崩壊寸前にまで至ったのだ。

 

結局、最高評議会の失権と逮捕、レジアス・ゲイズ中将の更迭、聖王のゆりかご発掘、研究所跡の捜索によるレリックの回収、No.2及び5以降の全ての戦闘機人、そしてゼスト・グランガイツ及びルーテシア・アルピーノ、融合騎アギトの保護を以って、ジェイル・スカリエッティ事件は収束したかに思われた。

スカリエッティの消息不明、その一点を除いては。

 

しかし今、機動六課指揮官、八神 はやて二等陸佐が言い放った言葉通りならば、遂にその足取りが掴めたというのだ。

試験運用期間を5ヶ月以上過ぎた今、尚この部隊が存続しているのは偏にスカリエッティ逮捕の為である。

居場所がはっきりしたというのならば、こちらから出向いて拘束するまで。

誰もがそう思考しつつ、しかし続くはやての言葉に顔色を変える。

 

「奴が逃げ込んだんは・・・第152観測指定世界や」

 

第152観測指定世界。

その名称を耳にするや否や、六課隊員達の間にどよめきが沸き起こる。

 

管理局観測指定世界番号152。

その世界は次元間航行技術を持ちながら管理世界への加盟を果たしてはいない、希有な次元文明であった。

第97管理外世界に酷似した質量兵器技術体系、そして高度に発達した科学技術を有していたが為に、管理局による質量兵器廃絶要求をにべもなく撥ね退けたのだ。

管理局内部としては実力行使も辞さないとの意見も多かったのだが、次元航行技術と大量の戦略級核兵器を有している事もあり、慎重に慎重を来し観測指定世界に分類するに留め状況は諜報戦へと突入。

以降40年以上に亘り観測を継続してきたのだが、彼等は壮絶な内戦状態にあり、それが要因となって管理局との武力衝突が発生するには至らず、危うい均衡を保っていたのだった。

 

しかし今年になり、遂に最大勢力である統合政府が首都に対する戦略核攻撃により事実上崩壊。

暫定政権が核攻撃を実行した軍事国家を武力統治した後、全世界の実権を握るに当たって、被害の大きさを考慮し管理局への恭順及び質量兵器の段階的破棄を宣言するに至る。

40数年振りに当該世界を訪れた管理局次元航行部隊は、ドックを埋め尽くす次元航行艦の数に唖然としたものだ。

実に70隻を超える次元航行艦が、その巨大な艦体をドックに横たえていたのだから。

第152観測指定世界側から提供された情報により艦内を捜索すれば、それら各々の艦艇全てに搭載された20発超の核弾頭が発見される。

その事実も衝撃的ではあったが、何より管理局を戦慄させたのは90を超える空きドックの存在と、撃沈記録の存在しない60隻ほどの次元航行艦の存在であった。

 

その情報は管理世界に、JS事件に勝るとも劣らぬ衝撃を齎す事となる。

単艦につき20発超もの核弾頭を搭載した次元航行艦が最低でも60隻、最悪90隻前後、最終的な航行計画すら抹消された状態で消息不明となっている。

その情報に誰もが恐怖し疑心暗鬼となり、JS事件の余波も収まらぬ内に発信されたが為に管理局が情報封鎖に失敗した事実も相俟って、唯でさえ危うい各世界間の軍事バランスは崩壊寸前にまで追いやられたのだ。

現状でこそ大規模な武力衝突は発生していないが、最早その均衡が崩れ去るのも時間の問題である。

一刻も早く消息不明となった艦艇を発見・拿捕すべく、本局次元航行部隊は行動を開始。

しかし如何なる手段を以って足跡を絶っているのか、艦艇群が発見される様子は一向にない。

焦燥だけが募る中、とある情報が第152観測指定世界より齎されたのだ。

 

「スカリエッティは、暫定政権によって打倒された軍事政権と繋がりがあったらしいんや。其処で、とある実験船の開発計画に携わっていたらしい」

「実験船?」

「何でも、新理論によって開発された航行システムを搭載した、超深次元探査船だったそうや。戦闘機人技術の提供と引き換えにプロジェクトへ滑り込んだスカリエッティは、その探査船に何らかの可能性を見出したんやろうな。

研究員の証言によると『この船さえあれば、聖王のゆりかごなど稚児の玩具に等しい』とまで嘯いとったらしいんや」

「・・・船の、名前は?」

「名前らしい名前はない。プロジェクト上では『識別番号501072』と呼称されとった。全長2.5kmの巨大船や。この船も、他の艦艇群と同様に行方を晦ましとった」

「それが見付かったんですか?」

「そうや。第102管理世界の近辺、次元世界の真っ只中でな。今は102の保有する艦艇が監視に当たっとるが、いつ動き出すかも分からん。船内にはスカリエッティと戦闘機人が3名、それに軍事政権の残存兵が少なく見積もっても200名。

迂闊に踏み込む事はできんが・・・」

 

はやては端末を操作し、第102管理世界の艦艇が撮影した超深次元探査船の全貌を表示する。

極彩色の空間に浮かぶ鉄の艦体は、御伽噺から抜け出してきた異形の悪魔の様な印象を見る者へと与えた。

巨大な機能集約部である前部デッキ、其処から長く延びる複数本の主要連絡通路、巨大な翼部を思わせる後方機能集約部に巨大な球状の機関部。

まるで異形の十字架の様な造形のそれが、何ひとつ目に見える反応を返す事なく空間を漂っていた。

 

「これが・・・」

「『識別番号501072』や。3日前に発見された。出現時の状況は一切不明。通常航行で流れ着いたんか、特殊な航法で出現したのかもな。現状で判ってるんは、唯ひとつや」

「何なんですか?」

 

スバルの問いに、はやては答える。

感情を抑制した声の中にも、隠し切れない不審を込めて。

 

 

「この船は、救難信号を発しとる」

 

■ ■ ■

 

「今回、クラウディアクルーと共に目標船の調査に当たる超深次元探査船開発計画主任、エリック・ベニラル博士や。博士」

「どうも・・・はじめまして。今回は皆さんと共に任務へと当たれる事を嬉しく・・・」

 

XV級次元航行艦クラウディア、ミーティングルーム。

其処では艦が保有する武装隊と機動六課の面々、そして艦長たるクロノ・ハラオウンを含むクルー十数名が、1人の人物を前にしていた。

エリック・ベニラル博士。

第152観測指定世界、軍事政権下に於いて超深次元探査船開発計画の主任を勤めていた人物。

彼が述べる挨拶を遮り、クロノは必要事項の説明を促す。

 

「博士、余計な挨拶は結構だ。あの実験船の詳細について話して貰おうか」

 

親しみなど欠片も感じさせぬ声。

クロノのみならず、ミーティングルームに詰めた人員の殆どが、冷やかな視線を博士へと注いでいた。

彼は核弾頭を搭載した次元航行艦を管理世界へとばら撒いた世界の人間、しかも軍事政権下で研究を続けていた人間だ。

現在の管理世界の混乱を目の当たりにしている管理局員としては到底、好意的に捉える事などできる筈もなかった。

 

「・・・解りました。それでは『識別番号501072』についての説明に移りますが・・・これから話す事は、第152観測指定世界及び管理世界に於いて、最高機密に属する事柄です」

 

突然のベニラル博士の言葉に、誰もが目を見開く。

最高機密。

一体、何の事なのか。

 

「『識別番号501072』ですが、この船は従来の反動推進エンジン及び魔力による力場解放型エンジンではなく、新たな理論により開発された『重力推進機構』を備える、超高速深次元探査船です。その速度は光速を超え、管理世界の端から端までを一瞬にして・・・」

「与太話は止してくれ」

 

またしても、クロノの声が博士の声を遮る。

彼はその視線をより一層怜悧なものへと変え、射殺さんばかりに博士を見据えていた。

彼だけではない。

幾人かの人間が、蔑む様に博士を睨んでいる。

 

「光速を超えるだと? 馬鹿馬鹿しい、空想科学じゃないんだ。相対性理論を知らないのか」

「光速を超える事なんてできる筈がない。此処に居る人間がそんな事も解らないとでも?」

 

次々に吐かれる言葉は、明確な敵意を以って博士へと投げ掛けられた。

それは六課の面々も例外ではなく、博士が明らかにこちらを謀ろうとしていると判断した彼等は、胡乱げな者を見るかの様な視線で以って彼を見やっている。

しかし博士はそれを気にも留めてはいないのか、手元にある1枚のファイルを破ると、其処にペンで2つの穴を開けた。

 

「確かに、光速を越える事はできない。相対性理論は絶対だ。しかし相対性理論を破るのではなく、応用する事はできる」

 

博士はペンで、2つの穴を順に指す。

そして、問うた。

 

「A点とB点、この2つの穴の最短距離は?」

「直線じゃないんですか?」

 

ミーティングルームの其処彼処から笑いが起こる。

咄嗟に答えていたスバルは、横合いのティアナに頭を叩かれていた。

博士はその様子に苦笑すると、紙を折り曲げる。

 

「いいや。この2点間の最短距離は・・・『ゼロ』だ」

 

紙が折られ、2つの穴が重なり1つとなる。

その穴に、博士はペンを通した。

 

「こうして空間を折り曲げ、2つの地点を同じ時間、同じ空間に固定する。船は両者を繋ぐゲートを通り・・・」

 

ペンが穴を通り終えると、博士は紙を元に戻す。

穴は2つ。

 

「通過を終えると、空間は元に戻る。これが『重力推進』だ」

 

誰も、何も言わない。

嗤う者も、馬鹿にするなと憤慨する者も居なかった。

何らかの学術的反論を行おうとする者も中には居たであろうが、しかしその言葉が声になる事はない。

 

 

「色々と異論はあるだろうが、とにかく我々はこの技術の実現に成功した。これを搭載したのが『識別番号501072』だ」

 

 

ミーティングルームに、ブリッジからの目標艦艇発見との報告が響き渡った。

 

 

次元の海に浮かぶ、鉄の威容を誇る船。

管理局、そして第152観測指定世界のそれとも異なるデザインのそれは、まるで無人の幽霊船の如く空間を漂っていた。

幾度ブリッジクルーが応答を呼び掛けても、超深次元探査船『認識番号 501072』からの返信は一切確認されない。

目標船は唯々、救難信号を発し続けるばかりである。

クロノは、第102管理世界の艦艇より受信した近距離スキャン結果をクラウディアによるそれと照らし合わせ、結論付けた。

 

「目標船の武装は全てオフライン。102艦艇による外部兵装の物理的な破壊も確認した。目標船に武力的脅威なし。接舷し生体反応をスキャンした後、武装隊を送り込む」

 

一方で、待機室にてモニター越しに実験船の全貌を見つめる魔導師達は、目標の余りの巨大さと荘厳さ、その威容に絶句していた。

全長2.5kmの巨大船と聞いてはいたが、実際に目にするとその巨大さに物理的な圧迫感すら覚える。

誰もが息を呑み、船体外周に沿ってゆっくりと航行するクラウディア、その外部光学認識システムを通して船体の全貌に魅入られる中、フェイトはベニラルへと語り掛けた。

 

「見事な船ですね、博士」

 

その言葉に、ベニラル博士は薄く笑みを浮かべる。

そして、口を開いた。

 

「ありがとう、テスタロッサ執務官」

 

フェイトはその呼称に、何か言い知れぬ違和感と不信感、そして不安を抱く。

ハラオウン執務官と呼称される事はあったが、テスタロッサの名で呼ばれたのは、シグナムとザフィーラを除けば随分と久しぶりの事だ。

何故この人物は、このクラウディアの艦長であるクロノと自身が同じ姓である事を知りつつ、自身をテスタロッサと呼ぶ事を選択したのか?

 

そんなフェイトの内心を知る由もない博士は、彼自身も魅入られた様にウィンドウ越しの船体を見つめ続ける。

その目に、まるで恋人を見つめるかの様な熱が込められている事に気付いた彼女は、途端に背筋を走った得体の知れない感覚に身を震わせた。

そうして、フェイトは聞いたのだ。

ベニラルが嬉しそうに呟いた、その名を。

 

 

「ただいま・・・『クレア』」

 

■ ■ ■

 

「微量の放射能漏れを確認、安全レベル内。生体への影響はありません」

「船内環境は?」

「重力は発生していません。低出力AMFの稼動を確認。環境維持システムは停止状態、船内気温は-48℃」

 

ブリッジにてクロノは、接舷した『501072』のスキャン作業を見守っていた。

クラウディアの誇る優秀なクルーは、速やかに目標船の各種スキャンを実行してゆく。

 

「内部は極寒の世界か・・・生命反応は?」

「現在、スキャン中です」

 

クルーの指がコンソールを叩き操作を実行してゆく様を、クロノは確かな信頼と共に見つめていた。

しかし、その指の動きが不自然に停止、一瞬後には忙しなくコンソール上を走り始めた様を見て、彼は違和感を抱く。

 

「どうした?」

「いえ、それが・・・生命反応を検出しました。しかし・・・」

 

クルーは隠し様もない困惑を表情へと浮かべ、クロノへと振り返る。

そして、徐に口を開いた。

 

 

「位置の特定、できません・・・船全体が反応しています・・・」

 

■ ■ ■

 

『船内に入った・・・連絡通路に人影はない』

『何もかも凍り付いている・・・博士、聞こえていますか?』

『ああ、聞こえる』

 

武装隊、そしてなのはとフェイト、シグナムとヴィータが、防護服を纏い目標船内部へと侵入する様子を、残る武装隊員と六課隊員、そしてベニラル博士は待機室よりウィンドウ越しに見守っていた。

博士は船内に侵入した彼等のナビゲートを行いながら、更に各種質問に対する答えを通信機越しに述べてゆく。

AMFにより、念話は使えない。

防護服を着ている上、船体に穴を開ける訳にも行かないので、一応携帯しているとはいえデバイスも待機状態である。

 

『居住区と船の制御系は前部デッキ、後部機関室には原子炉と重力推進機関がある。この船内環境下で乗員が生存しているとすれば、乗員保護用の重力タンクしかない』

『タンクの数は?』

『60だ』

『全員が入るには数が足りない・・・つまり・・・』

『殆どは死体、って事か』

 

侵入班は二手に分かれ、それぞれ前部デッキと後部機関室を目指す。

フェイトとシグナムは前部、なのはとヴィータは後部の捜索班へと加わった。

 

『医務室だ・・・使われた形跡はない』

『クルーは?』

『博士、クルーを発見すればすぐに報告します』

 

数分後、捜索班の1人が重力タンクを発見。

しかし、それらの内には1人として乗員の姿はなかった。

 

『どういう事・・・?』

『全員死亡したのか・・・若しくは船を放棄したのか・・・?』

『どの道、碌な状況じゃなさそうだな』

 

捜索班は、この状況に対する各々の意見を交わし合う。

この瞬間、彼等が足元の重力タンク溶液保存槽内を漂う無数の人影に気付く事はなかった。

 

フェイト等が医務室へと足を踏み入れた頃、なのはとヴィータを含む後部捜索班は、機関室へと続く対放射能ドアを開けていた。

その向こうに広がる光景は、無数の巨大な刃を備えた円筒形の壁が回転する、その中を宙に浮く様にして貫く一本の通路。

金属的な異音が周囲を満たす中、なのは達はメイン・エアロックを通じクラウディアへと直結するセーフティワイヤーを引き連れながら、不気味な通路へと侵入する。

 

『博士、これは何なんです?』

『磁場の影響を避けて第二耐放射能ドアへと向かう通路だ』

『・・・まるで挽肉器だ』

 

やがて、第二耐放射能ドアを抜けた先には、漆黒の空間が拡がっていた。

漏れ出した炉心冷却液が周囲を漂う中、彼女等はCO2除去剤の装填されたフィルターの並ぶ通路を抜け、機関部メインコントロールパネルの前へと立つ。

生命反応、スキャン開始。

 

『おかしい・・・やっぱり、そこら中から反応がある』

『故障じゃないのか?』

『レイジングハートも同じ事を言ってるよ、ヴィータちゃん。アイゼンは?』

『・・・本当だ、反応の位置が特定できない』

『博士、此処は何だ?』

 

捜索班の問いに、博士からの答えが返される。

 

『パワーを上げてみてくれ。説明はその後だ』

 

1人がパネルに歩み寄り、炉心出力を上昇させる。

すると照明が徐々に明度を増し、空間全体を明るく照らし出した。

そして、その中央に位置する異形の装置をも。

 

『何だ・・・これ・・・』

 

それは、余りにも奇怪な造形の装置だった。

表面に無数の円盤が敷き詰められた、錆色を纏った巨大な金属球体。

その周囲を、同色の3つのリングがジャイロの様に取り囲み回転している。

それぞれのリングに角度を変えて通された支柱、そして装置全体の基部までもが回転し、とても理解などできない複雑怪奇な回転運動が、捜索班の眼前に展開されていた。

 

『それが重力推進のコアだ』

 

誰もが巨大な装置の威容に圧倒され、言葉もなく回転する球体を見つめている。

やがてヴィータが、搾り出す様に呟いた。

 

『訳わかんねぇ・・・何なんだ、一体・・・』

『その3つの輪は磁気リングだ。それが揃うと・・・』

『・・・博士? 博士、どうしたんです?』

『クラウディア、聞こえるか? 前部デッキ捜索班、おい、返事をしろ・・・駄目だ、通信障害だ』

 

突如、通信が途切れる。

全員の注意がそちらへと向いた瞬間、空間に重々しい金属音が響き渡る。

反射的に振り返った彼等の視線の先で、3つのリングが平行に並び、中心の球体が動きを止めていた。

重なったリングの断面は球体を中心に、捜索隊の位置するコントロールパネルの方向へと向いている。

 

『・・・何だ? 何が起きている?』

『・・・見て!』

 

数秒後、球体の中央、表面を覆う無数の円盤の1つが徐々にその表面を開放し始め、内部より強烈な光が放たれる。

余りの眩さに皆が視線を逸らす中、無数の円盤はその1つを中心に同心円状に次々と表層を開放してゆく。

空間全体が眩い光に覆われ、視界が機能を失う事、約10秒。

漸く光が止んだ時、其処には異常な光景があった。

 

『・・・おい』

『どうなってんだ?』

『球体が・・・無い?』

 

其処に、コアの球体は無かった。

3つのリングの中心には、ただ『闇』があるだけだ。

『闇』そのもの、平面の漆黒だけが、其処に現出していた。

 

『おいおいおいおい・・・何の冗談だ。魔力反応は?』

『・・・皆無です。あれは、魔法じゃない』

『じゃあ、一体・・・』

『ああもう、面倒くせえ!』

『ヴィータちゃん!?』

 

つと、ヴィータが進み出た。

グラーフアイゼンをハンマーフォルムへと変え、その先端を『闇』の表面へと近付ける。

なのはを含め数人が止めろと警告するも、彼女は止まらなかった。

 

『どうせ調査しなきゃならねーんだ、危険かどうかだけでもはっきりさせなきゃならないだろ!』

 

ハンマーヘッドを『闇』へと沈め、引く。

『闇』はハンマーヘッドへと絡み付き、黒い粘性の液状物質となって被膜を形成していた。

ハンマーヘッドから剥がれるや否や、それは漆黒の液面へと引き込まれる。

 

『・・・ほら、見ろよ』

『・・・異常は・・・無いの?』

『全然、ほれ』

 

そう言うとヴィータは再度、更に深くアイゼンを沈めた。

液面からの反応は、無い。

 

『何ともないぜ、ほら。怖がらないでこっち来いよ』

『何なんだろう、それ・・・』

『一体どういう原理なんだ?』

『分かんねーけどさ、特に危ないモンじゃ・・・ッ!?』

『ヴィータちゃん?』

 

突然、ヴィータの言葉が途切れる。

彼女の様子が豹変し、銀色の防護服が不自然に揺らめく。

そして、焦燥を多分に含んだ声が、通信機越しに響いた。

 

『なっ・・・クソッ、畜生・・・!』

『ヴィータちゃん? ねえ、どうしたのヴィータちゃん!?』

『おい、何だ、どうした!?』

『何かが・・・何かがアイゼンを引っ張って・・・クソッ、引き戻せねぇ!』

『おい、液面に近付いてるぞ、手を離せ!』

 

そう叫ぶ間にも、ヴィータはリングの中央へと向け引き摺られてゆく。

半ばまで『闇』に呑み込まれたアイゼンは一切の反応を返す事なく、必死に引き戻そうとする主に対する言葉さえ発せられる事はなかった。

 

『おいアイゼン! 何で黙ってるんだ、何かあったのか!? 返事しろ、アイゼンッ!』

『おい、デバイスを放せ!』

『ヴィータちゃん、アイゼンを離して! 引き摺り込まれるっ!』

『嫌だッ! 離すもんか・・・』

『ヴィータちゃんッ!?』

『畜生、何てこった!』

 

それは、一瞬だった。

ヴィータがアイゼンを手放す事を拒否し、それを促す言葉に対する反論を叫ぼうとした瞬間、彼女の小柄な体は一気に『闇』へと引きずり込まれていた。

磁力式ブーツが、金属製の床面より引き剥がされる程の力で。

跡にはクラウディアより伸びるワイヤーだけが、その場に激しくのたうっている。

直後、残る班員達は即座に行動を開始した。

 

『引き戻せッ!』

 

1人が、咄嗟にワイヤーを掴む。

瞬間、その指が根元から吹き飛んだ。

悲鳴、血飛沫。

ワイヤーは、高速で『闇』へと引き込まれ続けていたのだ。

 

『うぁぁぁあああああッ!?』

『よせ、暴れるな! 押さえろ、傷にフィルムを掛けるんだ! 気圧を維持しろ!』

『ああ・・・指が・・・指が・・・!』

『ヴィータちゃんッ! どうすれば、どうすれば・・・ッ!?』

 

一方で、クラウディアでも混乱が起こっていた。

通信が途絶えてから約4分後、突然ヴィータのセーフティワイヤーだけが急速に引き出され始めたのだ。

クロノは、すぐに指示を下した。

 

「巻き戻せ!」

「不可能です! 引き出す力が強すぎます! 既にモーターは破損、ワイヤーの残りは200mです!」

「現在の伸長距離は!」

「1360mです!」

「何が起こっている!?」

「残存ワイヤー『0』! 伸長、止まりました!」

 

ワイヤーの伸長が停止した瞬間、機関部では『闇』に異常な反応が起こっていた。

液面が通路側へと膨張し、今にも破裂せんばかりの様相を見せていたのだ。

唖然とその様子を見つめる捜索班の眼前で直後、膨れ上がった『闇』が一瞬、爆発するかの様に振動。

其処から、視認すら可能な空間の歪みが、衝撃となって放たれたのだ。

捜索班は一様に、鋭利な先端を持つ巨大な突起が並ぶ壁面へと叩き付けられた。

幸運にも、突起に接触する者は存在しなかったが、余りの衝撃に例外なく意識を奪われる。

 

だが、それで終わりではなかった。

衝撃波は機関部より解き放たれ、船内を舐める様に高速で移動しつつ、前部デッキ及び接舷したクラウディアをも襲ったのだ。

 

突然の破壊的な衝撃に、クラウディア内の人員は例外なく宙へと投げ出され、床面、或いは壁面へと叩き付けられた。

そして艦内の其処彼処から、破壊音と大量の火花が放たれる。

小爆発が連鎖的に発生し、優美なVX級次元航行艦の艦体を大きく引き裂いた。

艦内循環システムが停止、亀裂より空気が艦外へと漏れ始める。

火災発生、システムの6割が停止。

警報と破壊音、そして悲鳴が艦内を埋め尽くす。

 

「被害は!?」

『艦のシステムは既に8割がダウンしています! 魔力炉は暴走の兆候が現れた為に安全装置が作動、先程停止しました!動力は非常用のバッテリーに移りましたが、こちらも火災が発生していて何時止まるか分かったものじゃありません! もうおしまいだ!』

「機関室を放棄しろ! 艦内の気圧は!?」

「既に低下を始めています! このままでは全員窒息です!」

『艦長、『501072』へ! あちらならまだ空気はある! システムを起動させれば救助が来るまでは保つ!』

「何だと!?」

 

ミーティングルームより、ベニラル博士の声が飛び込む。

目標船への避難を促すその言葉に、クロノは思わず呻いた。

 

「馬鹿な事を言うな! クラウディアを放棄する訳にはいかない!」

『放棄はしない! 実験船には船体応急処置用の資材もある! 活動拠点をあちらに移し、クラウディアの修復作業に当たるんだ!』

「しかし!」

『もう時間が無いんだろう!? 此処でこのまま死ぬよりはマシな筈だ!』

「艦長・・・」

 

博士の声に続き、クルーの1人が響く。

そちらへと視線を投じたクロノは、絶望に満ちたその表情を目にし、もはや博士の提案以外に選択肢が残されてはいない事を理解した。

 

 

 

「残存空気量・・・最低基準値を切りました・・・」

 

 

 

前部デッキにて衝撃波に襲われたフェイト等であったが、損害は軽微であった。

態勢を回復した後、彼女達はクラウディアと後部捜索班、その双方と連絡が途絶した事に気付く。

2名をブリッジに残し連絡通路へと戻ると、シグナムを含め半数はクラウディアとの連結部であるメイン・エアロックへ、フェイトを含め残り半数は後部機関室へと向かった。

ブーツの磁力を解除し、中空に伸びるワイヤーを伝って機関室へと飛び込む。

先頭を行くフェイトは、そのワイヤーの先端が巨大なリングの中心へと吸い込まれている事に気付いた。

 

『まさか・・・!』

 

脳裏を過ぎる、最悪の予想。

果たして数瞬後、その予想は正しかった事が証明される。

リングの中心、『闇』の液面より、他の者より2回り以上は小柄な防護服が浮かび上がってきたのだ。

 

『ヴィータッ!』

 

力なく浮遊してくるその身体を、フェイトは正面から受け止める。

ヴィータは、何ら反応を返さなかった。

衝撃に対し、僅かなりとも身体を震わせる事すらしない。

気絶だけでは、こうはならない。

まさか。

 

『ヴィータッ! しっかりしてッ! お願い、目を開け・・・ッ!』

 

フェイトの言葉が止まる。

ヘルメットバイザーの向こう、ヴィータの双眸は、既にしっかりと見開かれていた。

一旦は安堵し掛けるフェイトだが、それが彼女の期待した状態ではない事を知るや、思わず息を呑んだ。

 

ヴィータの目は、確かに見開かれていた。

開かれているだけだった。

その瞳は一切の光を宿してはおらず、何も映してはいなかった。

口は閉じられ、呼吸をしているらしい事は判るも、唯それだけだ。

それ以外の一切が、ヴィータの身体より抜け落ちている。

彼女の状態を理解するや否や、フェイトの口から悲痛な声が上がった。

 

数十秒後、ブリッジに残った隊員により人工重力発生装置が起動し、全てが地へと落ちる。

環境維持システムが再起動し、艦内気温が上昇を開始。

原子炉からのエネルギー供給が正常に行われるや、船の内外に明かりが点る。

 

 

そして、船は息を吹き返した。

 

■ ■ ■

 

気温が18℃に固定される頃には、全ての人員が実験船への移乗を終えていた。

艦内の態勢が整えられてゆく中、クロノと六課の面々、そしてベニラル博士と主要クルーは『501072』のブリッジに集合。

状況の報告を始める。

 

「博士、システムの起動はどうだ」

「主要なシステムは全て起動した・・・何とかね。通常航行と武装、通信以外の機能はほぼ正常だ」

「クラウディアの損傷は?」

「艦体に40mの亀裂、Bブロックの修復は絶望的です。左舷のエンジンは完全に破壊され、通信機器も破損しました。内部にて主要区画の密閉修復を行ってはいますが、循環システムが機能を回復できなければ無意味です」

「循環システムの修復に掛かる時間は?」

「約16時間です」

 

その言葉に沈黙すると、クロノは六課の面々へと向き直る。

其処には、幾人かが足りない。

意識の回復しないヴィータは無論の事、その治療に当たるシャマル、彼女に連れて行かれたなのはの計3名は席を外しているのだ。

クロノに対し、はやては深刻な表情で頷きを返すと、空間ウィンドウではなく、この船独自のプリズムディスプレイへと映像を表示した。

 

「・・・ひッ」

「う・・・」

「酷い・・・」

 

其処彼処から、呻きと小さな悲鳴が上がる。

重力タンクと呼称されるこの船独自の生命維持装置、その溶液を満たしたタンク内から次々に引き上げられる『死体』。

既に30体を超えたそれらは、皆一様に凄惨な傷が全身へと刻まれ、長期間水中にあった為か、どれもこれもが醜く膨れ上がっていた。

既に崩壊を始めている骸は糸状の体組織を其処彼処より垂れ下げ、腹部や背部などに開いた体組織の穴は内圧により次々に破れて広がり、薄い蛍光色を放つ溶液を開放された蛇口の如く溢し続ける。

余りの惨状に口元を押さえる者が続出する中、はやては自身も顔色を酷く青褪めさせつつ、言葉を紡いだ。

 

「・・・今のところ、スカリエッティと戦闘機人は見付かっていない・・・保存槽内部の死体の数は、50には満たんそうや」

「つまり、150人以上が行方不明という事ですか・・・?」

「・・・そうなるな」

 

重い沈黙。

クロノが、首を振りつつ呟いた。

 

「この船で、何があったというんだ・・・?」

 

■ ■ ■

 

「・・・どうですか?」

 

なのはは強制的に治療を受けさせられた後、シャマル等によるヴィータの検診に付き添っていた。

ヴィータは、眼球の正面にペンライトの光を当てられ、鼻先にアンモニアのアンプルを近付けても、一切の反応を返さない。

仕舞いには指先に針の先を当ててもみたのだが、やはり一切の反応を示さなかった。

彼女は目を自然に見開いたまま、最低限の生命活動を除き一切が『静止』していた。

 

「シャマルさん・・・?」

「・・・なのはちゃん。ブリッジに行って、はやてちゃんを呼んできて欲しいの。お願いできるかしら?」

「それって・・・!」

 

絶望に目を見開くなのは。

しかしシャマルは苦笑しつつ首を振ると、穏やかに彼女へと語り掛けた。

 

「大丈夫、安心して。ヴィータちゃんは今、ちょっと意識が奥に沈んでしまっているだけだから。現状を説明したいから、はやてちゃんに医務室へ来るように伝えて。すぐにでなくても良いわ」

「・・・はい」

 

安堵した様に息を吐き、医務室を出るなのは。

その背を見送り、シャマルは目薬を取り出すと、薬液をヴィータの眼へと落とし入れる。

眼球に水滴が当たっても、ヴィータは瞼を微塵にも動かしもしなかった。

 

「外部から与えられる全ての情報を拒絶している・・・何が起これば、こんな・・・」

 

■ ■ ■

 

ブリッジではフェイトを筆頭とする捜索班と、ベニラル博士による論争が発生していた。

フェイト等は、機関室への侵入時にリングが重なっており、その中心に黒い液面が発生していたと主張。

ヴィータはその中より現れ、重力の発生直後に黒い液面は消失し、その中からコアの球体が現れたと述べた。

なのはやヴィータと共に捜索に当たっていた者達も、リングが揃うと光と共に球体が消失し液面が現れ、その中にヴィータが引きずり込まれたと報告。

更には、衝撃波がその液面より放たれた事を明かす。

 

博士はそれらの状況報告を聞き、全てが理に叶っているという事を認めた上で、しかし乗員による操作もなしにリングが揃う事はないと、コアが全ての元凶とする彼等の主張を撥ね退けた。

彼はこの2時間以内のログを呼び出しそれを表示させると、其処にコアに関する操作記録が無い事を指摘する。

誰かが操作したにせよ、或いは偶発的な要因による事故にせよ、コアとそれに関連する事象の記録が一切存在しない、などという事象は有り得ないと結論付けた。

コアからの重力波の流出が起これば、クラウディアの破壊、ヴィータの消失、その全てに説明は付くが、そんな事は起こり得ないと。

 

幾人かが激昂し博士へと掴み掛かろうとする中、クロノはそれを静止し、博士を問い詰めた。

あのコアとは何なのか、一体どういう原理で重力推進を行うのか。

 

「・・・説明は難しい」

「時間はたっぷりある。説明して貰おう」

 

博士は沈黙し、周囲の面々の表情を見回す。

やがて、諦めた様に息を吐くと、彼は全員を機関室へと誘った。

それが25分前だ。

 

「見たまえ、これが・・・重力推進機関のコア、即ち『ゲート』だ」

 

回転するコアを前に、博士は告げる。

誰もが僅かに距離を取り、遠巻きにコアを眺める中で、はやては彼へと問い掛けた。

 

「『ゲート』? この球体が?」

「ああ」

「具体的には、どの様な?」

「この3つの磁気リングは安全装置だ。通常、これらが重力子の放出を抑制している。リングが重なると重力子が開放され、人工のブラックホールが発生するという訳だ。船は其処を潜り、次元の何処へでも瞬時に移動できる」

「ブラックホール? 人工の? そんなもの造れる訳がない・・・」

「そうかね? だが、我々は造った。そして実際に、この船は何処かへと行ったんだ」

「何だって?」

 

全員の視線が、博士へと集中する。

彼は何処か誇らしげにさえしながら、嬉々として言葉を紡いだ。

 

「私はスカリエッティが犯罪者であるとは知らなかったが、しかし彼の人間性は理解しているつもりだ。完成したこの船を手に入れて、彼が何もしない筈がない。彼の目的はひとつだった。それはこの船に乗り込んだ者達も同じだったろう」

「目的?」

「『アルハザード』だよ。スカリエッティは、其処を目指していた」

 

アルハザード。

その名称に、ある者は顔を顰め、ある者は表情を凍り付かせる。

またある者は表情を消し去り、ある者は嘲笑を浮かべた。

 

「御伽噺だ。本当にそんな話を信じているのか」

「彼は信じていたよ。自分は其処の技術を用いて『製造』されたと語っていたしね。誰にも邪魔されない、好きなだけ自身の知識探求欲を満たせる楽園。彼は純粋にその世界を欲し、この船のクルーは未知の次元世界へと向かう為、政権の傀儡達はこの船の機能を利用して報復を行うべく接収の為に乗り込んだんだろう」

「彼等の目的は一致していなかったと?」

「そうだ。正規のクルーは超深次元へ、スカリエッティはアルハザードへと向かう為。兵士達に至っては単に軍事利用が目的だったのだろう」

「アルハザードが実在するとしても、それは虚数空間の向こうよ。この船も唯じゃ済まないわ」

「この船には魔法技術は一切用いられていない。虚数空間の影響は受けないよ。初めから、其処への航行を想定されていたんだからね」

 

そう言い放つと、博士は眩しげに目を細めつつ、コアを見つめる。

そして、言葉を紡いだ。

 

「ログを遡ってみようじゃないか。きっと彼等の軌跡が残されている筈さ」

 

■ ■ ■

 

「どういう事だ・・・?」

 

クラウディアによるスキャン結果を前に、グリフィス・ロウランは呻く。

提示された情報の示すところは、余りに異常な事実だったからだ。

 

「どうしたの?」

「シャーリー・・・」

 

背後より声を掛ける幼馴染にして同僚に、彼は振り返りつつディスプレイを指す。

其処に表示された情報に彼女、シャリオ・フィノーニもまた表情を引き締めた。

 

「何、これ・・・」

「見ての通りだよ。スキャンの結果、前部デッキと主要連絡通路の材質組成に対して、後方機関部のそれが強靭過ぎるんだ」

「重力推進と原子炉の危険性を考慮して・・・って訳じゃないよね、これだけのばらつきがあるんじゃあ・・・まさか」

「前部と後部で、建造元が異なるんじゃないかな」

「それぞれ別に造ってくっつけたって事?」

「いや、それが・・・」

 

グリフィスはディスプレイを操作し、とある映像資料を拡大表示する。

後方機関部の第二耐放射能ドアの近辺、どうやら後部捜索班のカメラ映像らしい。

 

「これがどうかしたの?」

「今から拡大する箇所を見て」

 

グリフィスは更に操作を行い、停止した映像の一画を更に拡大する。

建造後に追加構築されたらしき放射能遮断壁の一画、何らかの要因で崩壊した其処に、その言語は刻まれていた。

 

「・・・まさか」

「僕だって信じられなかったけどね。でも間違いない。これは第97管理外世界、地球の言語だよ」

 

その文字の羅列は、雄弁に語っていた。

この船は、第97管理外世界の創造物であると。

第152観測指定世界でも、スカリエッティでもなく。

地球人類の手によって建造された船であると、声高に主張していた。

 

知らず戦慄しつつも、グリフィスはその名称を読み上げる。

震える舌先、震える声で。

 

 

「・・・U.S.A.C. DEEP SPACE RESEARCH VESSEL・・・『EVENT HORIZON』」

 

 

2人の背後、端末に表示された生命反応が、極大値にまで膨れ上がった。

 

 


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